エピローグ:リーザス編
Part1
……ランス達が"あちら"に戻る為の転送を受けていた時。
元の大陸では、ランスが東京に飛ばされてから、
計5日が経過してしまっており、現在は5日目の20時頃と言ったところだ。
そんなようやく空が真っ暗になった、夜のリーザス城の一室。
「姫様……」
「すぅ、すぅ……」
ベットの上で静かに眠る、一人の若い女性……香姫。
そして椅子に腰掛け、"香姫"を見守っている彼女の乳母の"永常"。
"こちら"の香姫は、彼女の魂が天魔として"東京"に来た時から、
2日間丸々眠り続けており、心配を隠せない"永常"。
(香姫が東京に来たのは、ランスが意識を失った丸3日後)
前々から香姫が恐ろしい夢を見るのを彼女は知っていたので、
今回は"それ"が影響して香姫が目を覚まさないのではないかと考えていた。
それは大体は当たっており(夢ではなく別の場所で戦っていたのだが)、
"永常"は彼女が起きなくなってからずっと傍に居る。
……と、永常が香姫から目を離し、溜息をついて嘆くのだが――――
「恐ろしい夢を見たとは何度も仰られていたけど、
"こんな事(目を覚まさない事)"は今まで無かったのに……」
「…………」(ぱちっ)
まったく声を出さずに、香姫の目がゆっくりと開いた。
この瞬間こそ、彼女の魂が無事にリーザス城に戻ってきた時なのだ。
よって、香姫は上半身をゆっくりと起こし、体が動く事を感じるが、
少し視線を移すと永常が俯いているのを見て、優しく問うた。
≪むくっ≫
「……永常。」
「!? ひ、姫様ッ!!」
「何を、驚いているの?」
「何をこうもありません! 目を覚まさなかったので、私は心配で……!」
「ずっと見ていてくれたのね……ありがとう。」
「いえいえ姫様、それより体の方は大丈夫なのですかッ?」
「体のことなら何も心配は要らないわ、少し夢が長かっただけ。
それよりも……私は"どれ程"眠っていたの?」
「それは――――」
驚きと同時に、嬉しさを隠せない永常。
それに気遣いを香姫は感じ、微笑みながら返す。
戦いの末無事に戻れ、自分を待っていてくれた者への感謝の気持ちをこめて。
「そう……二日丸々寝ていたの……」
「あちらに五十六さんも来ておりますッ、すぐお呼びしますね!」
「あっ、永常……」
≪どたどたどた……≫
「五十六様! 姫様が目を覚まされましたッ!」
「な、なんですって~!?」
≪がたんっ、どたどたどた……≫
永常がベットを離れると、部屋の入り口で転寝(うたたね)をしていた、
"山本五十六"を呼びに行き、同時に椅子が転がる音が響く。
五十六も香姫の身を案じ、彼女を見守り続けていた者である。
一方、少しの間だけ一人残された香姫は、上半身を起こした姿のまま思う。
同じように"こちら"の世界に戻れた筈のランス達の事を。
「(皆さん、どうやら私は、無事に戻れたようです……)」
自分がこうして"こちら"で目を覚ましたのだから、間違い無い筈。
よって香姫は、ランスと仲間の身を案じ、心の中で想う。
彼女だけの想いだけでなく、受け継いだ"記憶の想い"も一緒にだ。
龍王ノズチ、女神アリアンロッド、堕天使レオナルド……そして、鬼女アルケニー。
数体の仲魔の想いも、ランス達の身を案じている。
「(ランス様、無事に戻ってきて下さい……"私達"は待っていますから。)」
ちなみにこの3時間後、アニスが彼女の部屋に出現する事となる。
突然のアニスの登場に香姫は多少の驚きで済んだが、永常と五十六は驚きを隠せなかった。
香姫は目を覚ましただけにしか見えないが、アニスは突然"現れた"のだから。
しかし、アニスの言葉で香姫は状況を把握し、適当に誤魔化す事にした。
細かい内容は省くが、なかなか信用しない二名(特に五十六)を、
ランスの名を出して納得させる事で纏めるに至った。
「アニスさんは、私とランス様の知人で、"テレポート"でこちらに……」
「テレポート!? と言う事は、五十六さん……」
「まさか、アニス殿は"魔法レベル3"とッ?」
「その通りです! では証拠に"メギドラオン"を~!」
「だ、駄目ですアニスさん! そんな魔法を使ってしまっては、
リーザス城が消し飛んでしまいますッ!」
「消し飛ばす~? それは無理ですよぉ、せめて半壊させる程度……」
「は、半壊も駄目です! 魔法は絶対に使わないで下さいっ!」
「わ、わかりましたよぉ~。 そう言えば、
ランスさんにも大人しくしているよう言われましたしー。」
「もうちょっと、早く気付いてください……」
「(この御様子……)」
「(やッ、やはりランス王と……)」
……
…………
『ん? テメェ、何しにきやがったッ?』
『け、ケイブリス様! お願いします!』
『あぁ~ん?』
『私に……私にカミーラ様の魔血魂のお世話をさせてくださいッ!』
『何ィ!? カ、カカカカミーラさんの魔血魂をどうするつもりだァ!?
まさか魔人にでもなるつもりじゃぁ無ぇだろうなあ~ッ!?』
『ち、違います! 私はカミーラ様の傍に居たいだけで――――』
『ふぅ~む……』
『け、ケイブリス様ッ?』
『オレ様のアホな使徒と違って、その心意気は立派なもんじゃねぇか……』
『じ、じゃあ……』
≪のそっ……≫
『だがなぁ!!』
『えっ……』
『カ、カカカカミーラさんを助けずにだなぁ……
ノコノコと戻ってきたァお前を、生かしておく訳にゃあいかねぇんだよォ!!』
『ひっ……!?』
≪ズウウウゥゥゥン……ッ!!≫
……
…………
「――――ハッ!?」
≪がばっ!!≫
「……(夢……か)」
丁度一時間後……魔王城の一室。
香姫に続いて、今度はカミーラが目を覚ました。
順番的にカミーラが二番目であるのはご存知だろうが、
"世界(東京)"と"世界(大陸)"の転送により、1時間の誤差があるようだ。
そんな彼女は何やら"嫌な夢"を見ていたようだったが、
頭を軽く左右に振ると、気を取り直して自分の体を確認する。
魔血魂では無く、しっかりと"肉体"を持ってでの帰還を確かめるのである。
「(戻れたか……ふふ……)」
スティーブンの技術で、魔血魂に"カミーラの肉体"が上書きされたので、
現在の彼女は"魔人"として蘇った状態のようだ。
自分の肉体なので、それをあまり掛からず理解したカミーラは、
少しだけ不敵な笑みを浮かべた(本人は微笑しているつもりのようだが)。
直後、しっかりと"あちら"での記憶は受け継がれている事から、
カミーラは自分の目的を果たす為に、ゆっくりと部屋を出て行った。
……
…………
「(……静かだな)」
≪コッコッコッ……≫
「(ケイブリスの気配が、しない……)」
膨大な広さの魔王城をカミーラは歩く。
自分は"魔人"なのでいくら強いモンスターと遭遇しても負ける事は無いし、
ケイブリスが自分に近付いてくれば、気配で簡単に場所が判る。
今は一対一で戦うべきではないが、勝てないとしても"逃げる"事はできる。
以前のプライドが高い彼女は、逃げる事など考えず、
戦って死ぬ事を選ぶタイプだったが、命を無駄にする気は無いのだ。
「(あれが良いか)」
さておき、カミーラは歩みを進める中、一匹の女の子モンスターを発見する。
自分には気付いておらず書類を持って廊下を歩いている、
最も高い知能がある女の子モンスター、その名は"バトルノート"。
カミーラは、その女の子モンスターに背後から近寄ると――――
≪ば……っ!!≫
「うッ!?」
「動くな。」
素早く接近し、右手で胸元を押さえ、左手で口を塞ぐ。
そして今は武器となっている翼で"バトルノート"を包むようにすると、
長身のカミーラは、若干腰を落として耳元で小声で言う。
そんなカミーラの姿を横目に、驚きを隠せないバトルノート。
彼女はカミーラの魔血魂の存在を知っていたので、
カミーラがが"こんな場所"に居ることなど、"ありえない"のだ。
頭脳に優れるが戦闘力は高くない"バトルノート"は、
相手がカミーラと知って抵抗する気を無くす。
"相手"が別であればどうにか勝機を窺うが、魔人と言う事実が思考を停止させる。
対してカミーラもバトルノートの力が抜けたのを感じると、口を塞いでいた手を放す。
考えてみれば、カミーラはまだケイブリス派の魔人に属されているので、
これもバトルノートが抵抗する気を、直ぐに無くした理由のひとつでもある。
「(ぷはっ)そ、そんな……貴女は……」
「状況が掴めん、教えて貰おう……」
「わ、わかりました。(そうか、カミーラ様は魔血魂だったから……)」
「(ケイブリスは、何処に行ったのかしら)」
……この後、カミーラは"ケイブリス"が魔王城に居ない事を知った。
"ホーネット"と"シルキィ"が地下に囚われている事も知ったが、
今の彼女は"ケイブリス派"という事になっているので、無理に助ける事は出来ない。
やろうと思えばたいして苦労はしなさそうなだが、恩着せがましい事はしたくないのだ。
あまりホーネットが好きではないのもあるが、"以前"ほど嫌いと言う訳でもない。
「(急ぐか) ……スクカジャ。」
≪ブイイィィンッ!! ――――バシュンッ!!≫
「は、速い……(それに……)」
バトルノートから話を聞き終わると廊下を進み、
驚きを隠せない何匹かの魔物とすれ違う中、堂々と魔王城を出るカミーラ。
ランスと合流する約束をしたのもあるが、急がねばならない理由がまだある。
そんな中、しっかりと"継承"されていた"スクカジャ"を唱え、
跳躍後高速で飛び立つカミーラを見送って、唖然とするバトルノート。
冷静な彼女の弱点は、"常識外"や"想定外"の事であるので、仕方ないだろう。
それを一度に何個も経験したバトルノートだが、一番印象深かった疑問は……
「……何だか、優しく感じた……」
今までのカミーラは、殺気だけで人を殺せる程の威圧感を持っていた。
直接カミーラとバトルノートは話したことは無かったが、彼女の頭の中には、
カミーラには"近付くことも許されい、冷酷な魔人"というイメージしかなかった。
しかし、初めて会話をしてみると……早い話、何とも無かったのだ。
「(カミーラ様……ご無事で。)」
カミーラの姿が消えると、バトルノートは何故か彼女の無事を祈った。
正直ケイブリスは好きではないが、彼女には死んで欲しく無いと思ったのだ。
これからの"勝敗"がどうなるかはバトルノートにでも判らないが、
想像しておいた以上の結果が、彼女を待っている事になる。
何を隠そうカミーラにとって、始めての"女性使徒"が誕生するのだ。