第4話:アニス・沢渡
二十日目、朝10時頃。
起きてからシャワーで体を洗い流したランスは、
そのまま武装せずにスタスタ歩いて道場広間に顔を出した。
……すると、彼を迎えたのはいつもの二人だけではなく、
リアとマリスの他にもう一人追加されていた。
大体予想していた事なのだが、その姿にランスは少し目を見開いた。
「あ、ランスさん! お早う御座いますッ!」
「おう、もう大丈夫なのか?」
「夜遅くまで、巫女の人が回復魔法を掛けてくれたんです。
まだちょっとダルいんですけど、こ~して動けるようになりましたッ。」
「そりゃ良かったな、しかしなんだ? その格好は……」
「あのですねッ、私すっぽんぽんだったんで、
これも巫女の人に着せてもらったんです、似合いますかっ?」
「今迄何着てたのかは判らんが、良いんじゃねぇのか?」
察しの通り、もう一人の者とはアニス。
昨日あれほどボロボロであったのに、ポニーテールを揺らし、
こうして元気良く挨拶している事から、思った以上に丈夫な体のようだ。
だがリアとマリスよりも早くランスに近寄る事から、少々無神経かもしれない。
そんな彼女は、上が白で下が赤の巫女装束を着ており、
道場夫婦の亡き娘の物をそのまま貸して貰えたらしい。
露出した腕や胸元には包帯がチラホラ見え、頬にはシップが貼ってあったりと、
やや痛々しさが目立つが、包帯だけの姿と比べれば雲泥の差だろう。
ちなみに、道場夫婦は訪れた客の治療をしているのか、別の部屋に居るようだ。
「えへ、やっぱりそうですかぁ? 自分でも気に入ってたんですよ~。」
「(悪いコじゃないと思うんだけど、なんだかなぁ~……)」
「(話していて判りましたが、ああいう性格のようですね。)」
「それはそうとアニス、色々と聞きたい事がある。」
「あッ、はい……マリスさんに聞きたんですけど、
ランスさんがリーザス王だったなんて驚きましたよ~。」
「うむ、いかにも俺様はリーザスの……いや、世界の王様だ。」
「ゼスも負けちゃったみたいですし、
私が死んじゃってから色々とあったみたいですねえ。」
「何、死んだッ?」
「ところでランスさんはどうして"カテドラル"なんかに?
休暇を取られて旅行でもしに来たんですかあッ?」
「アホかッ、誰が好き好んでこんな所に来るか!
それより"死んだ"って言ったよな? どう言う事なんだ!?」
「ダーリン、立ち話もなんだし座ろうよぉ。」
「むっ……そうするか。」
ランスは魂を肉体から離されて"こちら"にやってきた。
しかし、アニスは"死んだ"と言ったので、こちらに来た経由が違う。
よって指摘するのは勿論、4人はちゃぶ台を囲んで話す事にし、
アニスは正座し、ランスは胡坐で、リアとマリスは足を楽に崩している。
≪コトン≫
「どうぞ、お茶です。」
「良い心掛けだ、マリス。」
「あッ、私にもください!」
「ズズズ~……で、死んだってどう言う事なんだッ?」
「ずずずー……(うぅ、口の傷に沁る……)
……そ……そのままですよ、私は一回死んじゃったんですよ。」
「何故亡くなられたのですか? 戦死したようでは、無い様ですが。」
「……そ、それは~……」
「言いたくないのぉ?」
自分が死んだ理由を躊躇うアニス。
お馬鹿なアニスだが、流石に死んだ時の事を思い出すのは嫌なモノだった。
よって俯く彼女が死んだワケを漏らしたのは、一分ほどを要した。
「わ……私、"ピカ"の材料にされて、死んじゃったんです。」
「"ピカ"の材料だとォ!?」
「そ、それって、あのリーザスの4軍を消滅させちゃったって言う……?」
「そんな……まさか、貴女が使われていたなんて……」
「……千鶴子様とパパイヤ様に言われて、
ピカを作る為の材料を頑張って探したんですけど……
"魔法Lv2の魔法使いの血"だけが、どうしても見つからなくって……
結局……私が血を抜かれてッ、その……まま……ぐすっ……」
「……なんてこったい。」
「酷い事するねぇ……(リアも人の事、言えないけど……)」
「アニスさん、これを。」
「あ、どうも……うぅッ、鼻咬んでも怒りませんか?」
「ふふ、どうぞ。」
≪ずび~ッ≫
長い人生ではないが、本気で彼女が"怖い"と思ったのは、死に直面した時。
大量の血を抜かれはじめ、意識を失う直前、彼女は半乱狂になっていた。
それを思い出して思わず涙が毀れるアニスだったが、
マリスが優しい表情でハンカチを差し出し、受け取ると鼻を咬む。
そして一段落置くと、ランスは頭を掻きながら言う。
「まぁ……ケバくなくなったり、研究員やってたりと、
俺様のお陰で千鶴子とパパイヤは、今は多少丸くなってるけどな。
"あっち"に戻れたら、その分はキツいお仕置きでもしておいてやる。」
「は、はぁ……」
「で……次だが、なんで"こっち"でメシア教徒なんてやってたんだ?」
「それはですね、ラファエル様に生き返らせて貰ったんです。」
「"ラファエル"様だぁ?」
「なんか、私が"救世主"だとか、"千年王国"を作るだとか、
難しい事ばかりで良く判らなかったのですけど……
私の"力"を必要としてくれたみたいだったので、洗礼と言うものを受けました。」
「何で"救世主"なんかにされたんだ?」
「洗礼って何なのぉ?」
「千年王国について、詳しく判りますか?」
「う、うぅっ……」
≪ぷしゅ、ぷしゅう~っ≫
「あ!? ちょっと、大丈夫ぅ~ッ!?」
一度に多くの質問をされてか、アニスは目を回す。
頭の上から湯気が出ており、見るからに説明下手なようだ。
そのまま後ろにブッ倒れそうなアニスだったが、
横に居たリアが体を支え、最悪の事態は免れたらしい。
ランスはそんな反応に"こういう奴なのか"と思いながら口を開く。
「(しかたねぇな)それじゃあ、次で最後の質問にしてやる。」
「ど、どうぞ~。」
「何で、"あんな所"で捕まってたんだ?
あの野郎からは、メシアとガイアが共倒れしたって聞いたが?」
「そ……それはぁ、その……私、まだまだ未熟ですから……
"敵を倒さなきゃ"って思ったとき、魔力が暴走してしまって……
どっかーんとなって……気が付いたら、鎖で繋がれていて――――」
「わかった、もういい! それ以上は言わなくて良いぜ。」
千鶴子に見限られたアニスは、ラファエルの恩に応える為。
メシア教徒の一団を連れ、カテドラル上層を狙うガイア教徒と接触した。
色々と期待され、やる気を出していたアニスだったが、
只でさえ魔法のコントロールが出来ないのに、
"新しい肉体"(見た目は同じ)でまともな魔法が放てるはずが無く、
"メギドラオン"で敵味方巻き込み、自分は気絶してしまったのだ。
そんな彼女は"あの男"に拾われて"商売の道具"にされ、
結局ラファエルにも見限られ、再び帰る場所を失ってしまった。
今までは自分のした事を全く気にしない彼女だったが、
流石に死んだ上、陵辱されるに至った事は応えたのか、暗い表情になっていた。
そのまま再び先日までの悪夢を口に出そうとしてしまったが、ランスが制止した。
「ご、ごめんなさい……私は頭が悪いんでしょうか?
上手に……説明できないです……」
「いや……そんな事、気にすんじゃね~ぜ。
……で、本題に入るが、"テレポート"する魔法は使えんのか?」
「ッ? 瞬間移動……ですか? 確か洗礼の時に、
教えてもらった魔法の中であった気がしますけど~……」
「そうか! 俺様は"その魔法"が必要だ、今度は必ず旨くやれッ。」
「~~……」
「自信が無ぇのか? 三度目の正直を見せてみるのだ。」
「ランスさん、アニスさんは病み上がりです、いきなりは……」
「そうだよお、下手したら死んじゃうかもしれないよぉ?」
「うっ……」
多くのガイア教徒を倒せたとは言え、味方の命を巻き込んだというのは事実。
無神経なアニスでも、その事は負い目を感じずにいられず、
"良い人"と認識したランス達に同じような失敗はしたくない。
よって正座したまま眉を落とすアニスだが、ランスは期待しているようで続ける。
「だがな、"あっち"に帰るのが遅くなっちまえば、
それだけ俺様の体が危なくなってるって事じゃねぇか。
アニス……お前も生きて"あっち"に戻りてぇんだろッ?」
「!? も、戻れるんですかッ? 私も……」
「あぁ、"こっち"に居る必要なんて無ぇだろうしな。」
「メシア教徒には騙されただけなんだし、一緒に頑張ろっ?」
「はい。 失敗すれば、またやり直せば良いのです。」
「わ……わかりました! 頑張って皆さんのお役に立ちますッ!!」
ランス・リア・マリスに、彼らなりの励ましの言葉を貰ったアニス。
それにより(良い意味で)単純な彼女は、
再びやり直そうと表情を改め、三人に向かって協力を宣言した。
対して、ランスは頷くと立ち上がり、破顔してアニスを見下ろす。
「がはははは、それなら行くぜ? "都庁"にな。」
「あっ! それなら準備してくるねぇっ?」
「私も装備を整えて来ます。」
「うむ。 さ~て、俺様も……」
「あ、あのお~。」
「あん? 大丈夫だ、"テレポート"だけしてくれりゃあ――――」
≪どたんっ!!≫
「ちッ、違うんです……足がッ、痺れて、しまいましたあ……」
「……(やっぱり、不安かもしれね~な……)」
仰向けに倒れたまま、情けない顔をしてランスを見上げるアニス。
その表情を見ると、本当に自分の命を彼女に預けて良いのか、
ちょっぴり不安になってしまうランス。
こうして新たな仲間を加え、一行は都庁へと出発しようとするのだった。