序章1「新しい生活」
はやてがスウェンと出会った数日後、彼女は彼を自分の家に招き入れていた。
「ここが私の家や、二階に空き部屋があるから好きに使ってええよ」
「ああ、すまない……」
スウェン・カル・バヤンは自分の名前以外の記憶を失っていた、故郷のことも、家族のことも、自分自身のことも……。
一応石田医師が警察に彼の身元の割り出しを頼んでいるのだが成果は上げられず、スウェンの帰るところは見つかることはなかった。
「それなら私のうちに来ます? 記憶が戻るか家の人が見つかるまで居てもええですよ」
そんなスウェンの状態を見かねて、はやては彼を自分の家に招き入れたのだ。怪我が治っているうえに無一文なのにいつまでも病院に世話になる訳にもいかない、そう考えたスウェンは石田医師の勧めもあり彼女の申し出を受け入れた。
(こんな得体のしれない奴を簡単に受け入れるとはな)
そんなことを考えながら、スウェンは空き部屋にポツンと置かれていたベッドに寝転がった。
一体自分は何者なのか? なぜ海辺で倒れていたのか? そんな考えがスウェンの頭を駆け巡っていた。
「スウェンさーん、ちょっとええか?」
するとそこにメジャーを持ったはやてがスウェンのいる部屋に入ってきた。
「どうかしたか?」
「スウェンさん服それしか持ってへんやろ? これから着替え買いに行くからちょっと測らせてー」
「いや、そこまでしなくても……」
「ええんよ、それ一着じゃ今後いろいろと不便やろ? ほら腕をあげて」
「……」
スウェンは言われるがまま両腕を上げ、はやてに自分のスリーサイズを測らせる。
「うわっ、スウェンさんってがっちりしとるなー、なんかスポーツでもやってたんかいな?」
「さあ……思い出せん」
そしてはやては測り終えると、車いすに座りなおして部屋を出ようとする。
「それじゃ私、買い物に行って……あれ?」
ふと、はやては車いすの車輪を壁にひっかけてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってえな……んしょ、おいしょ……」
「……」
脱出に悪戦苦闘するはやて、その姿をみたスウェンはすっと彼女の車椅子に手をかけた。
「スウェンさん?」
「スウェンでいい、買い物に行くんだったな、俺も一緒に行こう……自分の服は自分で選ぶ」
「ふふふ……それもそうやな」
数時間後、買い物を終えて帰宅したはやては、買ってきた食材で夕飯の支度を始める。
「それじゃスウェンは待っててえな、今支度するから……」
「ああ」
夕飯の準備ははやてに任せ、スウェンは居間に置いてあるテレビのスィッチを点ける、そしてテレビに映る画面をぼーっと見ながら、先日石田医師に言われたある言葉を思い出していた。
『はやてちゃんはね……幼いころ両親が亡くなって、今は父親の友人のグレアムさんって人からの援助を受けながら一人で暮らしているのよ』
(あの齢で一人暮らしか……)
自分より少し年下であるはやての普通じゃない身の上を知って、スウェンは半ば複雑な思いをしていた。
『だからこんなことあなたに頼むのもおかしいかもしれないけど……しばらく彼女と一緒にいてほしいのよ、ほんとはあの子も誰かに甘えたい年頃だろうし……』
(俺にそんな役が務まるのか? 自分のことすらわからないのに……)
『私の勘じゃあなたは悪い人じゃなさそうだしね、でもはやてちゃんに変な事したら……後はわかるな?』
(…………。)
その時の石田医師の周りには、なぜかゴゴゴゴゴという威圧感たっぷりの効果音が鳴っていた。
(まあ記憶が戻るまでの辛抱か……)
「スウェン、ごはんできたでー」
するとスウェンのもとに二人分の食事を乗せたトレイを持ったはやてがやってくる。
「ああ、ありがとうはやて」
「冷めないうちに食べよかー、スウェンに合うかなー?」
それからスウェンははやてと共に、心穏やかな生活を毎日満喫していた。二人の間には初めて出会ったときのタドタドしさは無くなり、何年も前から一緒にいる家族のような関係になっていた。
そして6月3日、二人が出会ってから10日程経った頃に事件は起こった。
その日、スウェンはケーキが美味しいと巷で噂の喫茶店に一人で向かっていた。
「ここか……喫茶店翠屋というのは」
一言つぶやいた後スウェンは店の扉を開く、するとカウンターにいた店のマスターとその妻らしき女性がスウェンに気付いた。
「いらっしゃいませー」
「すみません、バースデーケーキが欲しいんですけど……後ロウソクも」
「はいはいちょっとお待ちを……ロウソクは何本にします?」
「9本で……」
スウェンは以前、石田医師から6月3日がはやての誕生日だということを教わっており、世話になっている礼の意味も込めてバースデーケーキを買いにきたのだ。
そしてマスターがバースデーケーキを用意している間、その妻らしき女性がスウェンに声を掛けてきた。
「弟さんか妹さんのお誕生日ですか? 9歳ってことはうちの一番下の娘と同い年なんですよー」
「妹……確かにそんな感じですね」
それ以外にどう見えるんだろう? 恋人か? まあどうでもいいかとかスウェンが考えているうちに、可愛くラッピングされたバースデーケーキが彼に手渡された。
「はい、3150円になります」
「じゃあこれ……ありがとうございました」
スウェンはお金を払って一礼し、そのまま翠屋を出て八神家に帰っていった……。
「……あの子、ずいぶんと鋭い空気を纏っていたな、軍人か?」
「やだ貴方ったら、そんなわけないでしょう……それよりもうすぐなのはが帰ってくる時間だし、お昼ごはんの準備をしましょう」
その日の夕方、スウェンは先程翠屋で買ったケーキを冷蔵庫に入れる。
「スウェン、さっきのケーキはもしかして……」
「ああ、バースデーケーキだ、はやての誕生日は明日だろう?」
「ありがとう……明日は御馳走作ったるでー」
そう言ってはやては鼻息をふんと鳴らして夕飯の支度を始めた……。
数時間後、スウェンは自室のベッドで寝転がりながらはやてから借りたファンタジーものの本を読み耽っていた。
「ふむ……まあこれも面白くはあるが……それだけだな」
スウェンは本をポンと放り出すと、天井を仰ぎながら考え事を始めた。
(一体俺は何者なんだ? なんであんな所で倒れていたんだ? わからん……)
そうしてグルグルと頭の中で考え事をしていたスウェンは、ふと部屋に掛けている時計の針がもうすぐ夜中の12時を指そうとしている事に気付く。
「もうこんな時間か、もう寝るか……」
ドクンッ
「!?」
その時スウェンは自分の胸で何かが蠢くのを感じ、ベッドから起き上がった。
「なんだ今の感じは……!? はやて!」
イヤな予感がしたスウェンは考えるより早くはやての部屋に向かった。
「はやて! ……?」
そしてはやての部屋に駆け込んだスウェンが見たものは、ベッドの上で困惑しているはやてと、彼女に向かって跪いている黒い衣服を見に纏った妙な四人の男女の姿だった。
(なんだこいつら? 強盗か?)
その時、四人の男女のうちの一人……ピンク色の髪をポニーテールで纏めた女性がスウェンの存在に気付く。
「むっ……!? 貴様何者だ? 主の関係者か?」
「主……? お前らこそ何者だ? 強盗か何かか?」
スウェンはとっさに鉛筆をポケットに忍ばせながらいつでも戦えるよう構える、その姿を見て女性や後ろにいた金髪の女性と犬耳を付けた男性は心の中で感心していた。
(ほう、この少年中々できる……)
(油断しちゃ駄目よ、あの子隙を見て私達に攻撃を仕掛けるつもりよ……)
部屋に立ちこめる緊張感、その時……四人組の最後の一人、赤い髪を二本の三つ編みで纏めた少女がはやてのベッドの上に乗って話しかけてきた。
「おい……こいつ気絶してるぞ」
「「「「は?」」」」
見るとはやては突然現れた四人組に驚いたのか、目を回して気絶していた。
「はやて!!?」
スウェンはすぐさまはやてに駆け寄り、彼女に意識があるかどうか確認する。
「いかんな……すぐに病院に連れていかないと」
「お、おい……」
「話なら後にしろ!」
そう言ってスウェンは気絶しているはやてを抱えて部屋を出て行った。四人組はとりあえず放置して……。
「……なあどうする?」
「とりあえず私達も付いて行ったほうがいいかな……?」
それから一時間後、スウェンとはやて、そしてあの四人組は海鳴大学病院の病室にいた。
「よかったわはやてちゃん……なんともなくて」
「すみません、ご迷惑をおかけしました」
スウェンはお礼の意を込めて石田医師に深く頭を下げる。
「ううんいいのよ……それよりあの人達は? 6月とはいえあんな格好で……」
石田医師の視線の先には、先程突然現れた背格好に関してはバラエティー豊かな四人の男女が立っていた。
「俺にもよく……」
「ああ、あの子達ですか? 実は私の外国に住んでいる親戚で……私の誕生日の為にサプライズで来てくれはったんですよ」
はやてのとっさの説明に石田医師とスウェンは首を傾げる。
(親戚……? そんな話聞いた事がないが……)
「そうなの? そこのアナタ?」
石田医師は確認の為ピンクのポニーテールの女性に話しかける、すると女性は真顔で
「はい、その通りです」
と答えた。
次の日、特に異常は見られなかったのですぐに退院したはやては、早速連れ帰った四人から事情を聞く。
「闇の書の主? 私が?」
「はい、闇の書の完成……それが我らヴォルケンリッターに課せられた使命なのです」
そう言って四人組のリーダー格、ピンクのポニーテールの女性……シグナムははやてに向かって跪いた。彼女の話でははやては“闇の書”と呼ばれる魔導書の主に選ばれ
「あかんあかん、闇の書ってアレなんやろ? 他人のリンカーコアを奪わなきゃアカンのやろ?」
「え? あ、まあ……」
「そんな人様に迷惑掛けるような事したらあかん、それにしてもそうやなあ……アンタら目覚めたばっかで行くところが無いんやろ? ならアンタらの衣食住のお世話をするのがマスターである私の役目やー」
「「「「は?」」」」
はやての予想だにしない発言に、ヴォルケンリッターの面々は目を点にする。
「そうと決まればスウェン、私が寸法測るからメモってー」
「俺が測る方がいいんじゃ……? 車いすに乗りながらじゃやりにくいだろ」
「やんエッチ、女の子に触りたいん?」
んでもって数時間後、ヴォルケンリッターの面々は先程買って来た服を着てはやてに見せていた。
「これで外に出ても怪しまれずに済むな」
「似合っとる似合っとる、それじゃ私夕飯の準備しとるからー」
そう言ってはやては台所に向かう、そしてその場に取り残されたヴォルケンズは一か所に集まって話し合いを始めた。
「なあ……今回の主をどう思う?」
「どうって言われてもねえ……こんなリアクションされたの初めてだから……」
シグナムの言葉に金髪の女性……シャマルは困惑した様子で溜息をついていた。
「なんだお前ら、はやてのどこが嫌なんだ?」
「お前……普通に私達の会話に入ってくんなよ」
そう言って三つ編みの少女……ヴィータは狼形態に変身している犬耳の男……ザフィーラの顎をモフモフしながら会話に入って来たスウェンにツッコミを入れる。
「俺もはやての行動には少し驚かされたが……悪い気はしない、お前達だってそうなんだろう?」
「まあ……そうだけど」
「我々はずっと戦い続けていたからな、平和な暮らしに馴染めるかどうか……」
「戦い続けて……。」
スウェンは何か心に引っ掛かる事があったのか深く考え込む、その様子に気付いたザフィーラは彼に気遣いの言葉を掛ける。
「どうした? そんな難しい顔をして……」
「いや、何か思い出せそうだったんだが……まだ何か足りないみたいだ。」
「思い出す? なんだ、記憶喪失か何かか?」
「まあそんな所だ、俺にもよくわからんが」
するとそこに夕ご飯を作り終えたはやてがやってくる。
「ご飯やでー、今日はみんなの歓迎会やから腕によりをかけたでー」
「お前の誕生日でもあるだろう……ホラ行くぞ、ケーキも買ってある、ちょうど六等分できるな」
「ケーキ!?」
スウェンが言い放った“ケーキ”と言う単語に、ヴィータは目をギラつかせる。
その日はやては人生で最も楽しくて賑やかな誕生日をすごしたそうな……。
はい、今日はここまで、今回は全三回の序章の一本目をお送りいたしました、次回はリメイク前の作品を知っている人ならお馴染みの、あのオリキャラが登場する予定です。