第一話「出発」
~Side:N~
次元世界の狭間にある時空管理局本局……そこで研究所から戻ってきたなのは達は、ブリーフィングルームに集まって状況報告と今後の指針について話し合っていた。
「ゴメン……私が付いていながらフェイトちゃんとアルフさんが……!」
研究所で二人と共に行動していたなのはは、二人が突如起動した転移装置に巻き込まれ行方不明になったことに責任を感じていた。
そんな彼女を隣にいたヴォルケンリッターの将の一人……ヴィータが強い口調で慰める。
「泣いている場合じゃねえぞ、二人はまだ死んだって決まったわけじゃねえんだ、今はエイミィ達の報告を待とうぜ」
「うん……」
一方、なのはから提出された報告書を読んでいたはやては、彼女にいくつかの質問をぶつけてくる。
「なのはちゃん……その転移装置が第101世界と言っとったのか?」
「うん、その後にフェイトちゃん達は……」
「第101管理外世界……コズミックイラか」
はやては何故その装置が突如起動してフェイト達を転移させたのか、何故行先をコズミックイラに指定したのかあれこれ思案していた。
(何かが起動キーになっていたんやろうか……とにかくもうちょっと調べなきゃあかんな)
「皆、揃っているようだね」
するとなのは達のいるブリーフィングルームに、アースラの現艦長であり今回の調査の司令官であるクロノ・ハラオウンが入ってきた。
「クロノ君……フェイトちゃん達の行先はわかったの?」
なのはは真っ先にフェイト達の安否をクロノに確認する、対してクロノはふうっとため息をついて答えた。
「ああ、エイミィ達の調査結果、なのはの言うとおりフェイトとアルフは第101管理外世界に飛ばされたらしい」
「我々はどうすればいいのだ?」
話を聞いていたヴォルケンリッターの将の一人、シグナムは今後の行動方針について質問する、するとクロノはブリーフィングルームに設置されている巨大スクリーンを操作して、そこに今回の事件の発端となった管理局員の顔写真を表示させる。
「殺されたムラヤマ少将は局から横領した資金、そして時空航行船の設計図をある組織に流していた、その組織が何者なのかを調べる為、僕たちはムラヤマ少将の自宅に残されたメモに記されていたミッドチルダの廃研究所の捜査に向かった……という所までは解っているな?」
クロノの問いにブリーフィングルームにいたなのは達は一斉に頷く。
「その中にあった転移装置で、フェイトとアルフは第101世界に飛ばされた、その後の調査で基地のコンピューターや転移装置のデータはすべて消去されていた、つまり今回の事件の真実を知るにはコズミックイラに直接赴くしかないということだ」
「うーん……確かにそうなるなあ」
そしてクロノは再び端末を操作し、スクリーンに第101管理外世界の主要都市を複数映し出した。
「我々はこれよりアースラで第101管理外世界に向かう、目的はムラヤマ少将の取引相手の調査と、フェイトとアルフの救出だ、出発は三日後……メンバーは追って伝えるからそれまで各自待機していてくれ」
一時間後、なのはは本局の廊下をとぼとぼと歩いていた。
(はあ……まさか復帰第一戦目がこんな事になっちゃうなんて、どうして私はこうも……)
「あら、なのはちゃんじゃない、どうしたの?」
するとなのはの前から、本局で技術官として働いているヴィアがやってきた。
「あ、ヴィアさん……」
「話は聞いたわ、フェイトちゃんとアルフ……心配ねえ」
「ごめんなさいヴィアさん、私がもっとしっかりしていれば……」
ヴィアはなのはが出会う前からのフェイトとアルフと知り合いであり、よく可愛がってもらったとなのははフェイトから聞いていた。それ故になのははヴィアに対して申し訳ない気持ちで一杯だった。
そんな彼女に対し、ヴィアは少し厳しい口調でなのはを叱った。
「なのはちゃん……あまり自分で何もかも背負うのはよくないわ、あの時だって……」
「ご、ごめんなさい……」
ヴィアに叱られなのはは、三年前に自分が引き起こした自己の事を思い出し、さらに落ち込んでしまう。
それに気付いたヴィアは慌てて言葉を取り繕った。
「あ、その……こっちもごめんなさい、思い出したくないことを思い出させて……とにかくジュースでも奢るわ、お互い忙しかったし久しぶりにお話でもしましょう?」
数分後、休憩所にやってきたなのはとヴィアは、ジュース片手に置いてあったソファーに並んで座りながら互いの近況を語り合った。
「そう言えばシュテルちゃん達は元気ですか? 別世界の任務に行っているみたいですけど……」
「ええ、毎日同じ時間に電話を掛けてきてくれるのよ、三人ともとても元気でやっているわ」
シュテル、レヴィ、ロード……四年前に起こった闇の欠片事件の主犯格だった三人は、裁判終了後にフェイトやはやて達のように管理局で働くことでその罪を償っていた。
そして身寄りのない彼女達をヴィアは養子として引き取り、現在も良好な関係を続けていた。
「ドモンさん達も二年後のガンダムファイトの代表に選ばれる為に元の世界で修業中ですし……なんだか昔の仲間がバラバラになっちゃって寂しいですね」
「そうねぇ……でもきっかけがあればまた会えるわよ、生きていればね……」
「……?」
なのははヴィアの表情に一瞬陰りが見えた事に気付く、しかしヴィアはすぐに表情を明るくしてある事を伝えてくる。
「そうだ、今回の調査任務……リンディさんに頼んで私も同行させてもらえることになったの」
「ええ!? どうしてまた!?」
なのはは技術部の人間であるヴィアが、何故このような危険な任務に同行するのか不思議で仕方がなかった。
「一応コズミックイラは私の故郷だし……一度様子を見ておきたいと思ってね」
「あ……」
なのはは以前フェイトやシンから、ヴィアもまたコズミックイラ出身の人間で、とある事故に見舞われてこの世界にやってきたということを教わっていた。
その故郷は現在、世界規模の戦災に見舞われている……そういう事なら気になってしょうがないのだろうと心の中で納得した。
(でもすぐに帰ろうとしなかったのは何か理由があるのかな……うーん、聞き辛いかも……)
その頃、ブリーフィングルームに残ったはやては、ヴォルケンリッターの面々と共に任務に赴くメンバーを選出していた。
「戦闘要員は私らとなのはちゃんで行くことになったわ、アースラの乗員にはヴィアさんやユーノ君も同行するそうや」
「あら? ヴィアさんは聞いていますけどなんでユーノ君まで?」
そう質問してきたのはヴォルケンリッターの将の一人シャマル、仲間内では回復・サポート役を担っている。
「うん、なんでもコズミックイラで調べたいことがあるそうや、最近無限図書で珍しい本を発見したらしくてな……それに関係しとるらしいで」
「調べものねえ……とにかく早い所終わらせようぜ、戦争している世界になんてあんまり長く居たくないからな」
「リインも頑張るです!!」
そう言ってヴィータの頭の上にちょこんと乗っかるのはリインフォースツヴァイ、八神一家専用のユニゾンデバイスであり、ユニゾンデバイスとしての機能を失ったリインフォースアインの妹分として四年前に生み出されたのだ。
そんな元気一杯のリインを見て、すぐ傍にいたリインフォースアインは優しく微笑みかける。
「ああ、二人で頑張ろうツヴァイ」
「はいアイン姉さま!」
その様子を見ていたシグナムもまた、釣られて微笑みながら決意を新たにする。
「こうやって家族みんなで揃っての任務は久しぶりですからね……気を引き締めなければ」
「シグナム」
その時、守護獣のザフィーラ(おとなフォーム)はシグナムの制服をクイクイと引っ張って無言で何かを伝えようとしていた。
「あ! す、すみません主……!」
シグナムはすぐに自分の過ちに気付き、すぐさまはやてに謝罪する。
対してはやてはにっこり笑って首を横に振った。
「大丈夫やでシグナム、あの二人がいなくなってもう何年も経つんや、流石に怒ったりせえへんよ」
「で、ですが……」
「大丈夫、二人はそのうち帰ってきてくれる、置手紙にそう書いてあったやないか」
そう言ってはやては自分は怒っていないとアピールするが、ヴォルケンリッターの面々は気まずそうにはやてを見ていた……。
その頃アースラのブリッジでは、クロノとエイミィが地上本部にいるリンディと今後について話し合っていた。
『それじゃクロノ、フェイトとアルフの事……よろしく頼むわね』
「任せてください! フェイトちゃんは私たちが必ず連れて帰りますから!」
「こっちの事は任せるよ、何かわかった事があったらすぐに伝えてほしい」
『ええ、わかっているわ、それと……』
「クロノクロノクロノー!!!!」
その時、突如ブリッジに金髪を水色のリボンでポニーテールにまとめた少女が飛び込んできた。
「あ、アリシア!? どうしてここに!?」
その少女の名はアリシア・T・ハラオウン、フェイトの双子の姉(戸籍上)でクロノの義妹であり、現在は第98管理外世界で武道の修業中……であるはずだった。
「いやね! 遊びに行こうと思ったらフェイトとアルフが行方不明だって母さんに教えてもらってさ!! 姉としてじっとしていられなくて飛んできた!!」
「飛んできたって……フェイトが行方不明になったのは4時間前だぞ!?」
「スピードが私の持ち味だからね!!」
そう言ってふんすと鼻息荒げに胸をはるアリシア、それを見たクロノは彼女の破天荒さに頭痛がしていた。
「双子なのにどうしてこうも違うもんかねー?」
「やっぱりあの二人が原因なんだろうなあ……」
クロノとエイミィはアリシアの武道の師匠であるおさげ頭の男と、その暑苦しい弟子の顔が頭に浮かぶ。
一方アリシアは気合一杯で目にもとまらぬ速さでシャドーボクシングを行っていた。
「お願いお義兄ちゃん! 私もコズミックイラに連れて行って! フェイトとアルフを助けたいの!」
『クロノ、連れて行ってあげなさい、どうせ断っても無理やりついて来るんだろうし……上には私が説明しておくわ』
モニターの向こうのリンディの一言に、クロノははあっとため息をついて観念する。
「わかった、連れて行こう……」
「さっすがお義兄ちゃん! 大好き!」
「ただし、君は管理局員じゃないんだ、ちゃんとこちらの指示に従って、勝手な行動は慎むようにね」
こうしてコズミックイラ捜索隊のメンバーは出そろい、後は三日後の出発を待つだけだった……。
~Side:F~
ザフト軍所属の大型潜水母艦ボズゴロフの内部、そこにある薄暗い個室に連れて来られたフェイトは兵達から尋問を受けていた。
「で? 貴様は何故あそこにいたのだ? 一体何者なのだ?」
「……」
緑色の軍服を着た男の質問に対し、フェイトは黙秘を貫く……というよりも何も話すことができなかった。
(どうしよう、コズミックイラって管理局や魔法が認知されていない世界だから、話そうにも話すことはできないし……)
(いっそのことこいつをブッ飛ばして逃げ出すかい?)
椅子の下に寝転がっているこいぬフォームのアルフの意見に対し、その椅子に座るフェイトは意見を却下する。
(無理だよ、逃げるにしてもここは海中だし、とにかく機会を伺わないと……)
フェイトは、ここが管理外世界で魔法を使用している所を見られてはいけないという規則を律儀に守ったとはいえ、今いる潜水艦の中に連れて来られる前にさっさと逃げておけばよかったと心の中で少し後悔していた。
(とにかく、今は大した危害は加えられていないんだし……もうちょっと様子を見よう)
(わかったよフェイト)
「どうだね? お嬢様の様子は?」
するとフェイト達のいる部屋に、先ほど研究所で出会った仮面の男……ラウ・ル・クルーゼが入ってきた。
「それが一向に口を割らなくて……お手上げ状態ですよ」
「ふむ……なら私が代わろう、君は自分の職務に戻りたまえ」
「はっ!」
そう言って軍服の男はラウに言われた通り、敬礼してすぐに部屋を出て行った。
「さて……こんな薄暗い所に拘束して申し訳ない、だがこちらも軍人という職業柄、怪しい人物をホイホイと見逃すわけにはいかないのだよ」
「はい……」
机を隔てて向かい合うラウ、フェイトはそんな彼の眼……というよりマスクのレンズをじっと見据える。
(この人……どうして仮面なんて付けているんだろう? 顔に傷でもあるのかな?)
「まずは君の素性を教えてもらおう、見たところ学生のようだが……それは学校の制服か何かかね? それともどこぞの軍の物かね?」
ラウはフェイトが着る黒い執務官の制服を、どこかの学校の制服か、または自分の知らない軍服かと思っていた。
「……私は軍人じゃありません」
「ふむ、では学生か何かかね? 今のご時世君ぐらいの年の子が軍人であっても驚きはしないがな」
「戦争をしているんですよね、あなた達は……」
フェイトはこの世界の現状を、以前管理局で見たデータから大体の事は把握していた。
「まあその通りだ、詳しい内容は話すことはできないが、我々はある任務の途中で君のいた研究施設のある無人島を見つけてね……ついでだから調べていたのだよ」
「そうだったんですか……とにかく私たちはあの施設とは何も関係はありません、ただたまたまあそこにいただけで……」
「たまたま、無人島に、ねえ……まあいい、何か話したくなったらすぐに伝えてくれたまえ」
ラウはこれ以上何を聞いてもフェイトは何も答えないと思い、そのまま部屋から出て行った。
「あの男、行っちゃったね」
「うん……」
取調べを終え、ラウは艦長室に戻ろうと廊下を歩き始める、するとそこに……先ほどフェイトを取り調べていた緑の軍服の兵が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「クルーゼ隊長! 少しよろしいでしょうか!」
「どうしたのだね? そんなに慌てて?」
「実は研究所に残って調査をしていた兵達から、こんな物が送られてきたのです」
そう言って兵はラウに一冊の資料を渡す。
「あの研究所で発見されたそうです」
「どれ、ふむ……ふむ………………!?」
資料の中身を確認するラウの表情は仮面に隠れて見えなかったが、それでも激しく動揺しているのが肩の震えでわかった。
「これは大変なことですよ……ナチュラル共め、まさかこんな計画を行っていたとは! あの女もきっと関係者ですよ!」
「ああ、そうだろうな……」
ラウはふうっと息を吐いて自分自身を落ち着かせた後、改めて資料を持ってきた男に命令を下す。
「君……しばらくこの事は他言無用でお願いするよ、事態は思ったより大きなことになりそうなのでね」
「了解しました」
数分後、ラウはフェイトのいる部屋に戻ってきた。
「やあ、少し聞きたいことがあったのを思い出してね、また少し付き合ってもらうよ」
「は、はあ……」
そう言ってラウは先ほどのようにフェイトに向かい合うように座り、先ほど部下に渡された資料を彼女の前に置いた。
「これは先ほど部下達があの研究所で発見した物だ、目を通してみてくれないか?」
「……? はい」
フェイトは首を傾げながらも、ラウに言われたとおり資料の中身を確認する。
資料の中には透明なガラス管に入れられた赤い髪の男の子の写真が載っていた。
(何かの人体実験……? ミッドの研究所とこの世界と何か関係が……?)
フェイトはふと、写真の下に記載されている文章を見る。
資料にはこう記載されていた。
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“プロジェクトFによるクローン実験の経過報告”
被験者名:エリオ・モンディアル
死亡年齢:**
クローン製造日:*****
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「え……!? なっ……!?」
その途端、フェイトは全身から血の気が引いていくのを感じた。
プロジェクトF……自分の出生、人生、実の母の運命に大きく関わるその単語を目の当たりにして、頭を鈍器で殴られたような激しい動揺が襲い掛かった。
「やはり何か知っているのかね? “フェイト・テスタロッサ”君?」
突如目の前にいるラウが、名乗った覚えのない自分の名前を口にし、フェイトは現実に引き戻されはっと顔を上げる。
(なんでこの人、私の名前を……!?)
ラウは何も言わず、ただ頭をくいっと上に小さく振る、おそらく次のページをめくるよう催促しているのだ。
「……!!」
(フェイト!? どうしたんだいフェイト!?)
椅子の下にいたアルフが心配して念話で声を掛けてくる、対してフェイトは何も答えることが出来ず、震える手で資料の次のページを捲った。
まず彼女の目に飛び込んできたのは、そのページのタイトルだった。
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“プロジェクトFの成功体、フェイト・テスタロッサの観察結果報告”
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そこには、自分が管理局に提出した顔写真のコピーと、その下にはずらっと管理局に入局してからの経歴や模擬戦での成績が記載されていた。
フェイトの思考はグチャグチャになっていた。何故自分の個人データがここに記されているのか、これを記した者は何をしようとしていたのか、母との関わりは、あの赤い髪の少年も自分と同じなのか。
いくつもの疑問が頭を駆け巡り、フェイトは次第に五年前の……愛しく思っていた母から虐げられ、あまつさえ出生を明かされ存在を全否定された時の事を思い出した。
――やっぱりアナタは欠陥品ね、顔だけはあの子に似ているのに、それ以外は何も似ていない――
「う……!」
思い出したくなかった今までで一番辛かった出来事を思い出し、フェイトは眩暈と吐き気を催し、そのままバタンと倒れて意識を失ってしまった。
「ふぇ、フェイト!!」
「むっ……いかんな、医療班!」
ラウはすぐに手元にあった通信機で艦内にいる衛生兵を呼び出した。
何も知らない方が幸せだった、真実なんて知りたくなかった、でも二人は知ってしまった、自分たちが生まれたことで、不幸になってしまった子がいることを。
その真実を知って彼女は逃げなかった、かつて最愛の友達が自分にしてくれたように、自分のすべきことをするために。
その真実を知って彼は迷っていた、その彼女の気高き生き方を目の当たりにして、これから自分のすべきことが正しいのか、本当にすべきことは他にあるのではないのかと。
運命は二人を飲み込んでいく……。
本日はここまで、フェイトとラウの出会いはこのSEED編の三つある話の主軸の一つとなっています。
次回はなのは達アースラ組がオーブに行く話になります、あの少年もついに登場?
ちなみに前回書き忘れていましたが、SEED側の時間軸はキラ達アークエンジェルがアフリカからオーブに入港した頃になっております。