第六話「オペレーション・スピットブレイク」
プラント本国にいるパトリック・ザラは、地球上で待機している全軍に通信で号令を下した。
『この作戦により、作戦が早期終結に向かわんことを切に願う、真の自由と正義が示されんことを……オペレーション・スピットブレイク、開始せよ!』
その号令を待ってましたと言わんばかりに、待機していたザフト軍は唸りを上げるように、目的地である連合軍の基地に向かっていた。
もっとも、その目的地というのが一部を除いた者達を除いて予想外の場所だったのだが……。
「パナマじゃなく……連合軍本部を攻めるんですか!?」
オペレーション・スピットブレイクを実行する艦隊の列に加わったクルーゼ隊の母艦クストー、フェイトとアルフはその廊下で前を歩くラウに作戦内容を聞いていた。
「戦争は頭を潰した方が早いだろう? 向こうも大慌てだろうさ」
「アンタ……もしかしてこの事を知っていたのかい?」
「部下には内緒にしておいてくれよ」
そして三人はMS格納庫にやってくる、そしてそこで今出撃しようとしているイザークと鉢合わせた。
「隊長……!」
クルーゼの姿を見るや否や、パイロットスーツ姿のまま敬礼するイザーク。そんな彼にクルーゼはねぎらいの言葉を掛けた。
「この場に居ない者達の分の活躍も期待しているぞ、イザーク」
「はっ!」
直立不動で敬礼したままの体勢のイザーク、そんな彼を見て……フェイトは懇願するように話し掛けた。
「……ちゃんと帰ってきてくださいね」
「……ふん」
イザークは何も言わず、そのまま自分の乗機であるデュエルの元へ歩いて行った。
「なんだいあいつ! いーっだ!」
素っ気ないイザークの態度に怒るアルフ、それを見たラウはふっと笑っていた。
「彼も照れているんだろう、君のような美人に帰りを待ってもらっているのだから」
「び、美人!? そんな私なんて……」
いきなり褒められてアワアワと顔を真っ赤にしながら慌てるフェイト、普段は管理局の仕事ばかりで、異性に褒められることはあまりないので耐性が無いのだ。
「私もしばらくしたらディンで出撃する、早くパイロットスーツに着替えておきたまえ」
「私達は大丈夫ですよ、バルディッシュ」
[イエッサー]
バルディッシュに指示を出したフェイトは、そのまま金髪を下してザフトの緑の軍服姿から、黒いミニスカートのバリアジャケットに黒いコート、そして白いマント、黒いリボンで結んだツインテールといった格好にセットアップした。
「「「!!!?」」」
突然フェイトの格好が変化し、ラウや周りにいた兵士達はあまりにも(自分達の)常識外れの光景に驚愕していた。
それに気付いたアルフは、冷静にフェイトに突っ込みを入れた。
「フェイト……この男にはバレてるとはいえ、ここは管理外世界なんだよ」
「……あ゛」
フェイトはようやく自分の失態に気付き、顔を徐々に青くしていった。
それを見たクルーゼはとっさに目撃者である兵達に声を掛けた。
「何をぼーっとしている? 敵の本拠地はすぐそこなのだぞ」
すると正気を取り戻した兵達はすぐに自分の持ち場に戻って行った。あまりにも現実離れした光景だったので見なかった事にしたらしい。
「す、すみませぇん……」
「次は気をつけたまえ、それにしても君はそんなことまでできるのか……まるでコミックだな」
そしてクルーゼはフェイトとアルフと共に自分の乗機であるMS……空中戦に特化したディンを自分のパーソナルカラーである白で染めた期待に乗り込んだ……。
数分後、クストーから発進したクルーゼのディンは、主戦場から少し離れた場所を飛行していた。
「すっげー! MSに乗るなんてあたし初めてだよ!」
「アルフ、はしゃいじゃ駄目だよ」
「しっかり掴まっていたまえ、敵影の無いルートを通っているとはいえ、万が一見つかる可能性もあるのだからな」
「は、はい」
そう言ってフェイトはクルーゼが座るシートをぎゅっと掴む、そして……コックピットのモニターに映る連合とザフトの激しい戦闘の様子を眺めた。
とはいえ、連合軍は主戦力をパナマに集結させており、ここに居るのは大した装備を持たない留守部隊……ジンやディン、バクゥなど大量のMS、MAを投入してくるザフト軍に敵うはずもなく、一方的に蹂躙されていた。
「酷い……」
フェイトは凄惨な光景に思わず目を逸らす、時空管理局執務官という職務上、人の死というものには何度か触れたことがある彼女だったが、殺意が渦巻く戦場の空気にはさすがに適応できなかった。
そうこうしているうちに、クルーゼは基地から発射される対空砲火を回避し、地球連合軍本部……JOSH-Aのゲートに迫る、そしてディンの武装の一つであるMM-M76mm重突撃銃の銃弾を発射し、ゲートを守っていた砲台を潰す、そしてそのまま近くの滝に突っ込んでJOSH-A内部に潜入した。
「……アンタ、こんな裏口を知っていたのかい?」
「事前に情報を集めていてね、すんなり入ることが出来て良かったよ」
クルーゼのあまりの手際の良さに不信感を抱くアルフ、クルーゼはそんな彼女の視線に意を返さず、どこから手に入れたのかJOSH-A内部の正確な見取り図を開いて進み続けた、そしてしばらくしてディンは動きを止めた。
「よし、ここからは足で進むぞ」
クルーゼは小型コンピューターを片手に、フェイトとアルフと共にディンから降りて、内部通路を進んでいった。
「変だよ……人気が全くない」
「ここに来る途中も全然攻撃されなかったし……ここって本当に連合軍の本拠地なんですか?」
フェイト達は銃しか装備していないクルーゼを守るように進みながら、先程から感じている違和感を彼に訴えた。
「ふむ、確かに変だな、とにかく我々は自分のすべきことをやろう」
「……」
フェイトはクルーゼの余裕の態度にも違和感を抱き始めた、この人……もしかして初めからここに人がいない事を知っていたんじゃないか? そんな疑念がフェイトの中で少しずつ大きくなっていった。
そしてしばらく進むと、彼らは目的地である管制室にやってきた、するとクルーゼはフェイト達を手で制止させ、銃を構えながら管制室の中の様子を伺う。
(……誰かいる)
部屋の奥からカタカタとキーボードを叩く音が聞こえてくる、クルーゼ達よりも先にここに来ていた者がいたのだ。
(……? 変だな、アズラエルの情報ではもうここに人はいない筈……)
クルーゼは銃を構えたまま、ゆっくりと管制室の中に入って行く、するとキーボードを叩いていた人物がクルーゼの存在に気付き、そのままクルリと彼の方を向いた。
「……ザフト軍か」
「ほう、まさか先客がいたとはね」
「「!!!」」
その時、管制室の出口から中の様子を伺っていたフェイトとアルフは、その人物を見て目を見開いた。なぜならその人物が……彼女達のよく知る人物だったからだ。
「「スウェン!!?」」
その人物の名前はスウェン・カル・バヤン、5年前起こった闇の書事件の中心人物であり、親友達の大切な家族、そしてフェイト達の大切な仲間でもある男だった……。
「……!? フェイト!? それにアルフまで……なぜこんな所に?」
スウェンもまた、ここに居る筈のないフェイトとアルフを見て驚愕する。するとフェイトとアルフは数年ぶりの再会を喜ぶよりも、彼がしでかしたある事について憤怒しながら問い詰めはじめた。
「そりゃこっちのセリフだよ! アンタこの数年どこほっつき歩いていたのさ!?」
「そうだよ! はやて達も心配してたよ!」
「あ、いや……これはだな」
二人に問い詰められ、珍しくクールなキャラを崩して狼狽えるスウェン、すると一人展開から置いてきぼりを喰らったクルーゼが満を持して発言した。
「……知り合いかね?」
「知り合いもなにも! この家出野郎はこの前話したスウェンさ! アンタこんな所で何やってんだい!!」
「それよりお前たちこそ何故ザフトの将校といっしょにいる?」
「それが……」
フェイトはこの世界に来てクルーゼに保護された時の経緯を簡潔にまとめてスウェンに話した。
「成程、そんなことが……」
「今度はこっちが質問する番だよ、なんでアンタ連合軍にいるのさ?」
アルフの質問にスウェンは答えず、先程まで操作していたコンピューターからフロッピーディスクを取り出した。
「すまない、説明している時間は無い、ここはもうすぐサイクロプスによって焼かれる」
「「サイクロプス?」」
(この男……なぜその事を?)
聞いたことのない単語に首を傾げるフェイト達の後ろで、心の内で予想外の事態に動揺しているクルーゼ、するとスウェンはそんな彼に話し掛けてきた。
「見た所アンタはザフトの将校だな? なら早く部下達に撤退命令を出すんだ、そうしないと全員死ぬぞ」
「なぜ君がそのような事を知っているのかね?」
「俺の知り合いが調べたんだ、連合……大西洋連邦はユーラシアの兵を生贄にザフトをおびき寄せ、サイクロプスで皆殺しにするつもりなんだ、俺達はそれを止めに来た」
そしてスウェンはフェイトの方を向き、先程コンピューターから取り出したフロッピーディスクを彼女に手渡した。
「フェイト、念の為にこのコピーを渡しておく、もし俺に何かあったらこれをリンディさんやクロノに渡してくれ、彼等ならこれをちゃんと使ってくれる筈だ」
「これは……?」
「これにPT事件や闇の書事件の真相が記されている、頼んだぞ」
「お、おい!?」
スウェンはそのまま、アルフが止めるのも聞かずに管制室を出ようとする……が、途中で立ち止って最後の一言を伝えた。
「はやて達に伝えてくれ……俺とノワールは元気だ、やるべき事が終わったら必ず帰ると」
「スウェン!」
フェイトは去っていくスウェンを追いかけようとするが、彼はすでにその場から姿を消していた。
「スウェン……」
「何なんだろうねそのディスク? PT事件の真相って……」
フェイトはそのディスクを懐にしまい、クルーゼの方を向いた。
「クルーゼさん、私達も行きましょう、イザークさん達を助けないと」
「待ちたまえ、先に私もやらなければならないことが……」
そう言ってクルーゼがコンピューターに向かおうとした時、彼の所有する通信機にクストーから通信が入って来た。
『クルーゼ隊長! 緊急事態です! 早くお戻りください!』
「なんだ? 私は今忙しいのだが……」
切羽詰った様子のクストーの指揮官の声にクルーゼは顔を顰める。
『そ、それが……地球軍が降伏してきたのです!』
「なんだと……!?」
クルーゼが驚愕するのと、管制室のモニターに髭面の厳つい顔の男が映し出されたのはほぼ同時だった。
~数分前、アークエンジェルブリッジ~
(何故こんな事に……)
アークエンジェル艦長のマリュー・ラミアスは、ブリッジでクルー達に迫りくるザフト軍のMSの迎撃を命じながら、このような状況に陥った自分達の運命を呪っていた。
キラとストライクを失いながらも、命辛々味方の本拠地があるアラスカに逃げ込んだアークエンジェルに待っていたものは、手薄になった本拠地に迫りくるザフト軍を迎撃するという、とても生きて帰れそうにない厳しい任務だった、さらにムウとナタルは転属命令が降りてこの場にはおらず、マリュー達は苦戦を強いられていた。
「司令とコンタクトは!?」
「とれません!!」
カズイの悲鳴のような声がブリッジに響く、マリューは本部に援軍を要請しようとしているのだが、この時の彼女はまだ司令部の人間達がこの基地から脱出している事に気付いていなかった。
「どのチャンネルを開いても『各自防衛線を維持しつつ臨機応変に対応せよ』って……!」
そんな馬鹿なとマリューは歯噛みする、もうすでに防衛線は崩され、本部に敵の侵入を許してしまっている、戦況を見て兵を動かす司令部が一体何をやっているのだと心の中で毒づいていた。
その時、ブリッジにいたトールがインカムを投げ捨ててマリューにある提案をしてくる。
「艦長! 俺がスカイグラスパーで出撃します! いないよりはマシでしょう!!?」
「駄目よ! フラガ少佐のは押収されて、今あるのは不調で動かない2号機だけなのよ!!」
「でも……このままじゃ皆死んじゃいますよ!!」
その時、二人の会話を遮るように、バリアントで撃墜されたディンが爆散し、ブリッジの閃光が照らされる。
「ひいいい!! もう駄目だー!!」
ついにカズイが死の恐怖に耐えかね、頭を抱えて俯いてしまう。
それを見たブリッジクルー達は、自分達の死期が間近に迫ってきている事を感じ始めていた。
「やっと……やっとここまで辿り着いたのに、こんなのってアリかよ!」
「まだ諦めるな! 私達は……!」
マリューがクルー達を励まそうとした時、ミリアリアがまさに死神の到来を告げる報告をしてきた。
「前方より敵影1! デュエルです!」
「!!」
一同がモニターに視線を向ける、そこにはグゥルに乗ったデュエルが一直線にこのアークエンジェルに向かっている様子が映し出されていた。
「回避―!!!」
「間に合いません!」
マリューはとっさに、操舵手であるノイマンに回避を指示するが、度重なるザフト軍の猛攻で稼働率を低下させていたアークエンジェルではとても間に合わなかった。
『これで終わりだああああ!! アークエンジェルぅぅぅ!!!』
デュエルの……イザークの仲間を奪われた憎しみを込めたビームが銃口から発射される、それは一直線にアークエンジェルのブリッジに向かっていた。
「……!」
その一瞬、マリューは自分の運命を悟り、悔しそうに自分に迫りくるビームを睨みつけた。
自分達はこんな結末を迎える為にここまで生き延びてきたんじゃないのに……! そんな悔しい思いが彼女の心を駆け廻っていた。
しかし、その瞬間は訪れる事はなかった。ブリッジに突然閃光が走る、しかしそれはマリュー達の命を脅かすことはなかった。
「え……!? な、何? 私達生きているの……?」
ミリアリアを初めとしたブリッジクルー達が戸惑いの声を上げる、そしてモニターを見ると……そこには見たことのない青いGタイプのMSが、背中に装着されてある大きな二本の房状の装備の先端を前方に向けながら、数本のアンテナを出し球形のエネルギーフィールドを展開してアークエンジェルとデュエルの間に立っていた。
「あれは……アルテミスの傘!?」
ふと、サイがそのMSが展開しているフィールドを見てぽつりと言葉を漏らす。
アルテミスの傘とは、アークエンジェルがヘリオポリスから脱出し、ユーラシア軍の宇宙基地であるアルテミスが展開していた防衛用光波防御帯である。
『基地残留の連合軍、およびザフト軍、聞こえるか』
「……! あのMSより通信です!」
ミリアリアはすぐさま、謎のMSから発せられた通信をマリューの通信機に繋いだ。
『こちらはユーラシア連邦軍特務部隊X所属、カシェル・ベルヴィルだ、両軍ただちに戦闘を停止せよ、繰り返す、両軍ただちに戦闘を停止せよ』
「ユーラシア軍……!? 特務部隊Xって……!?」
突然の乱入者に戸惑うマリュー達、それはデュエルに乗るイザークも同じだった。
『何を突然……! そこをどけ! 俺は足つきを討つんだ!!』
突然現れたMSの停戦勧告も聞かず、ビームライフルを乱射するイザーク、しかしそれはすべてアルテミスの傘……アルミューレ・リュミエール(装甲した光)によって阻まれた。
『俺達は非武装だ、一時武装を捨てて話を聞いてくれ』
『ぬう……!?』
よく見ると周辺では謎のMSを緑色にカラーリングしたMSの大群が、アルミューレ・リュミエールを展開して、ザフト軍の攻撃を防いでいた。
「どうなっているんだ!? ユーラシア連邦があれほどのMSを量産していたなんて!」
明らかにストライク以上の性能を見せつけるそのMSを見て、マリューらアークエンジェルのクルー達……否、その場にいたザフト軍や連合軍も混乱し始めていた。
『えーゴホンゴホン、ただ今マイクのテスト中―……連合、ザフト両軍聞こえていますかー』
するとその時、アークエンジェルのモニターに髭面の厳つい顔の男が、戦場というこの場所に似合わない呑気な声で通信を入れてきた。
「!? 何この人……」
また新たな介入者に戸惑う一同、そんな彼らに意を返さずモニターの男は演説を始めた。
『私はユーラシア連邦所属のアリューゼ・ベルヴィル少将……これよりアラスカ基地はザフト軍に降伏する、繰り返す、アラスカ基地はザフト軍に降伏する、なので両軍は速やかに武装を捨てて戦闘を中止してくださーい』
「……は?」
アリューゼ・ベルヴィルと名乗った男は突然、連合軍は降伏すると言い出し、アークエンジェルブリッジ内の空気が一瞬凍りついた、すると地上で連合軍を守っていたMSらが白い旗を振り始めた。
「お、終わったんですか? 戦闘……?」
「は! そ、そうなのかしら?」
カズイの一言で現実に引き戻されたマリューは、とりあえず現状を把握しようとモニターで基地周辺の様子を確認する。
基地周辺では突然の降伏宣言に戸惑うものや怒る者、いまだに戦闘を続けようとするものの謎のMSによって鎮圧される者など様々だった。
『とりあえずザフトの司令官、説明したい事が色々ある、会談の場を設けたいのだが……』
アリューゼの要求に対し、ザフト側は慌しく状況を把握しようとしていた、するとアークエンジェルの元に、一機の戦闘機が飛来してきた。
『おいアークエンジェル! 無事なら応答しろ!』
「フラガ少佐!?」
通信を入れてきた戦闘機のパイロットは、転属命令によりこの基地を去ったはずのムウだった。
「ど、どうしてフラガ少佐がここに……!?」
『嫌な胸騒ぎがして戻って来たんだよ、それにしてもお偉いさん方に一杯食わされたぜ!』
「どういう事ですか?」
『俺達は生贄にされたんだよ! 地下にサイクロプスが仕掛けられていたんだ! 発動したら半径10キロは溶鉱炉になっちまう代物だ!』
その頃、アラスカ基地に接近している一隻の海上戦艦……そのブリッジでアリューゼ・ベルヴィル少将は、先行してアラスカ基地内部に潜入していた部下からある報告を受けていた。
『少将の予測通り、サイクロプスは何者かによって破壊されていました』
「やっぱりねえ……お陰でこちらの手間が省けたってもんだ、お前達は基地内部の兵士達の救護に当たれ、連合とザフト、分け隔てなくな」
『了解しました』
アリューゼは通信を切ると、どかっと艦長席に背を齎せた。
「ま、トール・ケーニヒの生存が確認された時点でもしやとは思ったが……あの“人形”が動いているのか、こちらとしては好都合、んっふっふっふ」
アリューゼは不敵に笑う。するとオペレーターがアリューゼにある報告をしてきた。
「少将、ザフト側はこちらの要請に応じるそうです」
「そうかそうか! それじゃ行くとしますか! 私の舌にこの世界の命運が掛かっている!」
アリューゼはやる気満々といった様子で、片腕を軽くぐるぐると回しながらブリッジを後にした……。
その頃、アークエンジェルでは……ブリッジに上がって来たムウが、クルー達に自分が基地で見てきた真実を話していた。
それによると、地球連合軍……大西洋連邦はザフト軍がこのアラスカ基地に大軍勢を投入してくる事を何らかの方法で知り、それを逆手にとってユーラシア軍やアークエンジェルのような向こうの都合で切り捨てた部隊を囮に、サイクロプスですべてを焼き払おうと画策していたのだ。
「急いでその事を伝えようとして慌てて戻って来たんだが……なんか変な事になっているな」
「え、ええ……」
命が助かったのは良かったが、突然の降伏に戸惑いを隠せない一同。
「艦長、MSのパイロットをお連れしました」
するとそこに、謎のMSのパイロット……カシェルを連れたサイがやってくる。パイロットの方はというと、全身が紺色のパイロットスーツ、おまけにヘルメットとバイザーまで紺色といった紺色ずくめの姿をしていた。
「よお、君がアークエンジェルを守ってくれたのかい、礼を言わなきゃな」
真っ先にムウがフレンドリーに話し掛ける……が、彼はそれを無視してヘルメットを外す。
カシェルの素顔はキラやムウのように短く切りそろえた黒髪、俳優のように整った顔立ち、そして何より鋭い目つきの奥で輝く紫色の瞳が特徴的な美少年だった。
「あ、ちょっとカッコいい……」
「ミリィ!!?」
ミリアリアの思わぬ一言に凹むトール、そんな二人を無視してカシェルはマリューに向かって敬礼する。
「マリュー・ラミアス艦長ですね? これまでの勇名は我々の間でも有名ですよ」
「あ、はい……」
「君はユーラシア軍と言ったな? あのMSは一体何なんだ?」
「あれは……CAT1-Xハイペリオン4号機、我がユーラシアで量産目的で開発されたMSです、皆さんはご存知かもしれませんが、あれにはアルテミスの傘の技術が使われています、ちなみに他の機体はハイペリオンFと呼称しています」
「……」
MSを持たないユーラシアがいつの間にあんなMSを? 自分達がアルテミスに寄港した時はストライクの技術欲しさに拘束された程なのに、こんな短期間であれ程の数を量産できたのか? そんな疑念がムウ達の心の中で渦巻いていた。
するとカズイがとても嬉しそうな声で、カシェルにお礼の言葉を述べた。
「と、とにかく助かりました! お陰で僕達生き延びる事が出来て……」
「お礼は少将に言ってください、あの人はここがサイクロプスで焼き払われる情報を事前に入手し、独断で部隊を動かしてくれたのですから」
「アリューゼ・ベルヴィル少将ね……あら?」
その時マリューは、自分達を助けに来てくれたユーラシア軍将校と、目の前にいるカシェルの苗字が一緒だという事に気付く。
「もしかして貴方……アリューゼ少将の?」
「ええ、あんなのですが俺の父です」
カシェルは少し苦い顔をしながら答える、親子関係はそんなに良くないのかしら……そんな考えがマリューの脳裏をよぎった。
「とにかく……司令は今ザフト軍と停戦協議中です、いずれ貴方達の方にも来るでしょう、それまで基地で待機していてください」
「……了解しました」
そしてカシェルは伝言を終えると、そのままブリッジから出て行った……。
「……艦長、私達これからどうなるんでしょう?」
「さあ、私にも解らないわ……」
その場に残ったマリュー達は、今後自分達にどのような運命が待ち受けているのかが解らず、ただただその場で立ち尽くしていた……。
一方、ブリッジを去って廊下を歩いていたカシェルは、とある人物と通信を行っていた。
「……プラントの方はどうだ?」
『はい、プランは順調に進んでおります、少将の思惑通りになるかと……』
「油断するなよ、いつイレギュラーが起こるか解らないんだからな」
そしてカシェルは通信を切ると、溜まった疲れを吐き出すようにはあっと溜息をついた。
「はあ……こういうのは疲れるな、俺の性に合わない……」
その頃クストーに戻ったクルーゼは、集まって来た他のザフト軍司令官と共に、会談にやってきたアリューゼの話を聞いていた。
「では貴公は……基地に残された友軍を救う為に、独断で兵を動かしてここに来たと」
「その通り! 大西洋連邦やユーラシアの上層部はあろうことかこの基地の兵達を見捨てようとした! あまりにも非人道的! あまりにも筋違い! だから私は信頼のおける部下達と共にここに来たのです! いやあ間に合ってよかった! 部下達がサイクロプスを破壊していなければ皆さん今頃どうなっていたことか! 本当に良かった!」
大勢のザフト兵を前にベラベラと演説を繰り広げるアリューゼ、そんな彼をクルーゼは半ば呆れたように見ていた。
(よくもまあ……これだけの大勢を前に舌が回る物だ)
そんな時一人のザフト軍司令官がアリューゼに問いかける。
「しかし……貴方は何故我々ザフト軍まで助けたのです? 我々は貴方達の敵なのですよ? あの時介入したときだって、貴方達は一発も銃を使っていない……」
殺し合いの戦争をしている相手を態々助けるなど、その司令官には理解しがたい行動だった。
「うっ……ううっ……!」
「「「!?」」」
するとクルーゼ達の目の前に予想外の光景が映し出される、アリューゼが突然、声を殺して泣き始めたのだ。
「私は……私は悲しいのです! ユニウスセブンで24万3721名の命達が、一部の愚か者達によって失われた事に……そしてその愚か者達は、貴方達や私が愛する国をも巻き込んでこの世界を殺戮の世界に変えてしまった! 実に嘆かわしい……! だから私は決意したのです! この世界の真の害悪である愚か者達を倒し、この戦争を一刻も早く終わらせると!」
(愚か者達……恐らく大西洋連邦か、それともブルーコスモスの事を指しているのか……確かにそういう考え方もできるな)
この戦争の発端になった血のバレンタイン事件、ユニウスセブンが核攻撃されたこの事件は一部のブルーコスモス派の地球連合の将校が独断で持ち出した核爆弾によって引き起こされたもの、さらにブルーコスモスの盟主ムルタ・アズラエルは大西洋連邦軍の総司令ウィリアム・サザーランドと親密な関係があると噂されており、見方によってはユーラシアや他の国は大西洋連邦が引き起こした戦争に巻き込まれた事になる。
「ですが……我々だってニュートロンジャマーを地球に打ち込み、沢山の人間の命を奪っているのですよ?」
「それは致し方ない! 大切な人の命を奪われて怒り狂わない方がどうかしている! 私は……引き金を引いた貴方達よりも! 貴方達に引き金を引かせ! 私達を利用しようとした者達を討ちたいのです!! ありきたりな言葉ですが……貴方達は私達と同じ赤い血が流れる人間じゃないですか!!!」
「え、ええ……それはそうですが……」
アリューゼの涙交じりの演説の迫力に飲まれかけている司令官たち、しかしクルーゼだけは冷静に、アリューゼがどういう人物なのか見極めようとしていた。
(口も達者で演技力もいい……胡散臭いセリフも勢いで誤魔化している……)
「とにかく……私はこれ以上貴方達と戦う気はない! ただ基地にいる兵達の命だけは助けてください!」
そう言って膝に頭が付くんじゃないかと思うくらい深く頭を下げるアリューゼ、それを見たザフト軍司令官達は戸惑いを隠せないでいた。
(どうします? とりあえずオペレーションスピットブレイクは成功したと言えますが……)
(アラスカ基地に残っていた兵すべてが捕虜か……何かの交渉材料に使えるか?)
そうしてザフト軍司令官が小声で話し合っている時、ふとアリューゼはクルーゼに向かって手招きをしていた。
(クルーゼ殿、少しよろしいでしょうか?)
(……?)
クルーゼは何事かと思い、アリューゼによって別室に連れてこられる。するとアリューゼは目をゴシゴシと涙を拭うと、ケロッとした顔でクルーゼの方を向いた。
「さてと……ちょっと私、貴方とお話したい事がありましてね」
「ほう? 私に話とは?」
「いえいえ、そんな重大な事じゃないんです、実はうちの部下が面白い情報を入手しましてねぇ」
そう言ってアリューゼは一枚の写真をクルーゼに見せる。
「!!!?」
その写真を見た途端、クルーゼは急に汗をだらだらと流し始めた。
写真にはとあるバーで、変装をしたクルーゼが隣の客らしき男からフロッピーディスクらしきものを受け取っている様子が映し出されていた。
「んふー、ちょっとこの写真の男を絞り上げた所、貴方の事やディスクの内容をゲロッてくれましてねえ、貴方って本当にひどい人だなあ! 基地の情報と引き換えに、アズラエルと共謀して味方もろともサイクロプスで焼こうとするなんてねえ!」
「貴様……!」
クルーゼは咄嗟にアリューゼの口封じをしようと飛びかかろうとするが、アリューゼが差し出した掌で止められてしまう。
クルーゼはこの作戦の前に、ブルーコスモスの盟主であるアズラエルの、息の掛かった部下と接触しアラスカ基地の情報を入手しており、あろうことか味方にはその事を伝えずそのままサイクロプスの餌食にしようとしていたのだ。
「いやはや、この証拠のお陰で私はいち早くここに駆けつけることが出来た訳ですが……いけませんねぇ、味方を見殺しにするような真似は……」
「……何が望みだ?」
クルーゼは次の一手をどうするか頭の中で思考を巡らせながら、アリューゼの腹の内を探る、するとアリューゼはさらにクルーゼを畳み掛けてきた。
「いや実は私……今回の件で貴方に興味を持ちましてねえ、色々調べさせてもらったんですよ、そしたら面白い事が解っちゃったんですよ」
アリューゼはそのままクルーゼに近付き、彼の耳元で囁いた。
「貴方……ナチュラルでしょ? おまけにクローンときた」
「貴様は……!」
親しい友人しか知らない筈の秘密を知られ、クルーゼは完全に動揺しきっており、頭の中がパンクしそうになっていた
「おおっとそんな怖い顔しないで! 別に私は貴方を陥れようと思っている訳じゃあないんです! ただちょっと……頼みたい事がありましてねえ」
「頼みたい事だと……!?」
クルーゼは必死に心の内で自分に落ち着くよう言い聞かせながらアリューゼの話を聞いた。
「秘密をばらされたくない代わりに、貴方が今抱いている野望……それを諦めて欲しいのです、“この世界すべての人間を道連れにする”という野望をね」
「何故……それを……!」
それは誰にも言っていない、自分の心の内に留めていた思いの筈、なのにこの男はそこまで見通していたのか……! クルーゼは心の内でそう叫んでいた。
「ですが、ですがその代り! 貴方にはとっておきの情報を教えてあげましょう! これを見てください!」
そう言ってアリューゼは小さな携帯端末の画面を見せる、そこには南太平洋が映し出されており、真ん中にチカチカと赤い光が点滅していた。
「これは一体……」
「んっふ~! 実はこのマーカーはとある所属不明艦をマーキングした物でしてね、この艦……アースラにはある人物が乗っているんですよ、貴方ととても因縁深い、ある人物がね」
「ある人物……?」
アリューゼは携帯端末を操作し、今度はオーブの街並みをバックにとある中年女性が映し出されていた。
「こ、この女は……!」
クルーゼはその女性を見た途端、心臓が鷲掴みされたかと思うぐらい強い衝撃を受ける。
それを見たアリューゼは勝ちを確信したと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべていた。
「アースラには……貴方を生みだしたユーレンの妻……ヴィア・ヒビキがいます、さあどうします? 秘密をばらされて破滅するか! 私達に協力するか!」
クルーゼは完全に、アリューゼという男の、魔術のように不可思議で悪魔のように狡猾な雰囲気に飲まれていた……。
同時刻、北太平洋上を一機のMSが飛行機型に可変して飛行していた。そしてそのコックピットには……アラスカ基地から脱出したスウェンと、MSのパイロットであるオレンジ色のパイロットスーツを着た男がいた。
『お疲れ様ですスウェンさん、作戦はうまくいきましたか?』
「ああ、何とかな……」
若い女性らしき人物からの通信を聞きながら、スウェンは一仕事を終えてふうっと息を吐いた、すると……それを見たパイロットはふふっと笑っていた。
「……君でもそういう顔するんだね」
「まあな、感情というものは家族から嫌という程学んだ」
「ははっ、君っていつも家族の話をしているよね、もう何年も会っていないんだろう?」
パイロットの問いに、スウェンはぐっと目を閉じて、大切な家族達の事を思い浮かべながら、自分の決意を語り始めた。
「俺が事を成す為に……家族に迷惑はかけられない、俺が今している事は……もしかしたら世の中がひっくり返る事かもしれないからな」
「そうかい……まあ僕も君と似たような境遇だからね、君が成そうとしている事も理解できるよ」
親しげに語り合うスウェンとパイロット、すると通信相手の女性が二人の会話に入って来た。
『お二人とも……そろそろこっちに戻ってきてくださいな、ヴェーダの次の指示がいつ来るか解らないのですからね』
「わかった、では急ごう……紅茶でも淹れて待っていてくれ、留美」
「アレルヤ・パプティズム……キュリオス、これより帰投する」
MSはそのまま赤い粒子をまき散らしながら加速し、目的地まで一直線に飛行していった……。
本日はここまで、次回は大幅に変化していく世界情勢+αみたいな話になります。
今回出てきたオリキャラのアリューゼとカシェル、二人ともリメイク前の作品に出したオリキャラの設定を一部流用して登場させました。今後も彼等にはこの物語を引っ掻き回してもらいます。実はもう一人登場予定?
ちなみにカシェルが乗っていたハイペリオン四号機と引き連れていたハイペリオンFもオリジナルです、Fとは公式外伝のフレームアストレイズに出てきたハイペリオンGの一世代前の機体という意味で名づけました。基本デザインはFとGは同じですがアルミューレ・リュミエールの出力はFの方が上だけどすぐにバッテリー切れを起こすという設定です。何で量産できたの?という疑問はアリューゼ達の正体と共に明かしていく予定です。