おぎゃーおぎゃーと赤ん坊が泣く。耳障りな声で。泣き止まない声が口元から喚き出るのが五月蝿くてしかたない。しかもそれが自分の口元からなら尚更だ。
――そう、俺の体は赤ん坊で、しかも精一杯に泣いていた。
また意味不明な話の出だしだが、普通の日本人だった俺はどうしてだかは知らないが、いつの間にか赤ん坊の体の中にいたのだ。そして泣き止まない自分の泣き声をただ聞いていた。
これが自分の体ならどうにかできてよさそうなものだが、赤ん坊の体っていうやつはとにかく泣くようにできているらしくて厄介だ。まず衝動に近い感情が胸を揺さぶって、気がつけば泣いてしまう。
やれやれ、不便な体だぜ。と大人だった頃のように肩をすくめて見せようにも、それもできない。今の俺にできるのはせいぜいが指先を少しだけ動かしたり、体をよじったりすることぐらいだからだ。赤ん坊なだけに、それぐらいしか神経が上手く通っていないらしい。
「あ、あ、……ゼン君、おなか減ったの?」
俺の泣き声をやっと察したのか、母親である女がやってくる。ゼンというのはここでの俺の名前であるらしい。
この母親には言いたいことは色々あるが、まず愚図すぎた。行動するには一々つまらないことを考えてからでないと行けないし、分からないことがあるとすぐに子供の前でも情けない表情を見せた。今も俺の股間を濡らす不快感にさっと気がつくことができないでいるあたり、母親としてどうだろうと思わずにはいられない。
まあ、母乳を出す胸だけは張りがあって乳首もほとんどピンク色をしているので、寛大な俺は許しているのだけれど。
「そ、そっか。オムツか。変えなくちゃ。ちょっと待っててね、ゼン君」
ようやく俺の不快感に思い当たったらしい母親は、そのまま急いで部屋を出た。
はあと出せもしないため息を吐かずにはいられない。母親の行動はのろますぎて、こっちが代わってやりたいと思うぐらいなのに、この体が動かないのだから苛立ちは募った。
そして少しばかりの時間が流れる間、俺は放置。オムツの替えぐらい俺の部屋にはなから置いておけと思わないでもない。
ただ、それをあの母親に望むのは無理があるだろうな。そう思った時だった。
――目の前に、さあっと木の葉吹雪が舞い、母親が姿を現す。その登場シーンはまるっきり忍者のそれで。
「はい、ゼン君。お着替えしましょうね」
そしてたどたどしくも俺の足を手に持ってオムツを替える母親の額には、木の葉のマークが刻まれた額当てが嵌められているのだった。はっきり言ってしまえば、週刊漫画雑誌に連載されている某漫画のそれと寸分違わないデザインで。
ここまで説明すれば誰だって理解できるだろう。
結論として、赤ん坊として俺が生まれたのは、NARUTOの世界だったのだ。
本当にため息をつかずにはいられない。
意味も分からずNARUTOの世界に生まれた俺。どうしてこんなことになったのかは本当に理解出来ない。ただ普通に寝て起きたらいきなり赤ん坊だったという、わけもわからない展開に、人生ってのはそういうものだという諦めに似た悟りを開くことしかできなかった。
ただし、混乱するだけっていうのも癪だったから、ある程度の情報は自分でも調べていった。赤ん坊だったので、枕元で母親が話す断片的な情報からの推測でしかないのだけれど。
まず、俺が生まれた場所は木の葉の里で間違いないらしい。そして、母親はそこで下忍をやっているダメ忍者だということ。母親になるくらいの年齢(具体的には十七)だって言うのに、未だ下忍ってのは才能が無いとしか思えない。――ただ普段の愚図っぷりを見ていると、それでもよく下忍に慣れたと感心してしまうので、どうでもいいが。
そして重要なことに、現在の火影は四代目であるらしい。三代目の爺さんが火影の役職に就いていないと言う事は、つまり原作が開始された頃よりも過去に俺は生まれたということになる。
――それは厄介なことに、これから里に九尾の化け狐が襲来することをも意味していた。
凄まじく不味い展開だ。俺は赤ん坊のまま、ころっと死んでしまうことだって、十分に考えられる。せっかく生まれたのだから、割礼するよりも先に死んでしまうのは御免こうむりたい。
よくわからん展開だが、この里の女は相当美人が多いから、将来に期待しているというのに。嫁も作れないうちに死ぬなんて酷すぎる。
そんなことを考えていると悲しく思えてきたので泣いた。盛大に泣いた。
すると母親がすっ飛んできた。だが、周りを良く確認していなかったらしく家の柱に頭をぶつけてうずくまっている。
――本当にダメだコイツ。
やけに甘い母乳を出す乳が無ければ、本当に子供を辞退したいくらいである。
「大丈夫? ゼン君」
頭を抑えながらも言ってきた母親に、お前が大丈夫かと猛烈に言い返したい衝動が生まれたが、我慢する。どうせ言葉はまだ口に出来ないし、言おうとしたら意味が分からなくて母親が無駄におろおろするだけだからだ。
面倒なのはマジでごめん。
しょうがないので、暇つぶしに胸をしゃぶってみることにした。腹が減ったと泣いて主張する。母親は最近になってようやく泣き方の違いに気がついてきたのか、珍しく一発で俺が母乳を飲みたがっていることを察した。
分かり易いように、腹が減っているときはおぎゃーおぎゃーと長い間隔で、オムツが汚れたときはおぎゃおぎゃおぎゃと短い間隔で泣き続けていたというのに、それに気がつくのが半年かかるあたり母親のダメっぷりは際立っていると思う。
「はい、お腹が減ってるんだね」
ぽろんと形のいいおっぱいをさらけ出して、俺の口元へと寄せる。ダメ忍者であろうとも、忍を名乗るだけあってその体は鍛えられていて張りがあるので、この乳にはむしゃぶりがいがある。生えかけの歯で乳首を甘噛みし、舌を這わせると、母親はんんっと甘い声を出した。
感度がいいらしく母親はいつも授乳する際に頬を赤く上気させてしまうのだ。このあたりは非常に合格点を上げたい。普通ならふざけた赤ん坊だと考えるべきところなのに、このダメ忍の母親は間抜けだからそれを疑問に思っていないところがナイスすぎる。
どうやら自分が恥ずかしい性癖を持っているだけだと勘違いしているようだ。
俺にとってはそちらのほうが都合がいいので、是非ともこのままでいてもらいたいものだ。そう考えると、普段の母親のどじっぷりも笑って許せるような気がするから不思議である。
俺は更に舌に緩急をつけて、母親の乳首付近を重点的に攻めた。びくっと一瞬だけ震えた母親の体は次第に火照り始め、やがて大きく震え始めた。
「――んっ、うう、んんっ!」
そして母親は目を瞑り、歯を噛み締めながら、微細に腰を震わせた。イッたらしい。ほうと甘いため息を吐いて、とろんとした目で俺を見る。俺は一仕事が終わった充足感から、今度は真面目に母乳を吸い始めた。
とろとろと甘い母乳が口の中に広がる。普通、母乳ってのは不味いと相場が決まっているはずなのに、かなり美味しく感じるのは俺が赤ん坊だからなのだろうか。理由は定かではない。
だが、そんなことはかなりどうでもいいので、俺は再び母親の胸に舌を這わせた。
「ん、あ、ああっ」
どうせだから右の胸だけじゃなくて左の胸にも噛み跡をつけないと面白くないからな。
そんなこんなで、意味もなくNARUTOの世界に生まれてから五年がたった。毎日、母親にセクハラして飯食って寝るという赤ん坊ライフを満喫していた俺は立派なクソ餓鬼に成長し、元気に家の周りを駆け回っている。というか、未だにこの世界の情報を集めている。
死にたくないから、本気で頑張るしかないためだ。
本当ならかったるくてやってられないが、俺の薔薇色の将来のためにも努力は怠れない。元・大人の意地で三歳までにこの世界の文字を学習し終えた俺は、それから定期的に忍者アカデミーの生徒でもないくせに図書館に侵入したりして、色々と勉強していた。
不法侵入だからつまみ出されるかと最初は思っていたが、逆に校長である三代目火影の爺さんの目に留まり 「四歳児のくせに学問の勉強を始めるとはあっぱれ」というお墨付きを頂いたので、それからは自由に蔵書を借りたり読むことができるように取り図らわれた。
あの爺さん、中々豪快なところがあって好ましい性格をしているようだ。
「また来てるのか。飽きないな、お前」
「何だ。ながれ兄ちゃんじゃん。――まあね、俺様くらいになると、家の童話なんて読まずに忍術書読むわけよ。わかる?」
「相変わらず可愛げのないガキだなあ……」
机の上に本を広げて、こちらの世界独特のチャクラや忍術といった摩訶不思議パワーについて学習・もしくは簡略化してレポートにまとめている俺を身ながら、アカデミーの生徒であるながれが声をかけてきた。
この男、本質的な善人であるらしくて、小さいくせに図書館くんだりまでやってきている俺を心配してかよく声をかけてくる。顔はヤクザみたいに怖いが、中身はのほほんとしていて、嫌いじゃない。
ただ本編では名前を聞いたことがないので、そんな重要なキャラクターじゃないんだろう。
「そりゃあ今をときめくクソ餓鬼ですから」
俺はそう言い終えると同時に、レポートをまとめ終えたので、バッグの中に紙やら本やらを仕舞いこんだ。そして席を立ち、借りていた本を元の場所へと戻す。
「あ、おい、もう帰るのかよ。もしかしてガキとか言われて拗ねたのか?」
「まさか。ながれ兄ちゃんだって俺がそんな可愛い性格してないって知ってるだろ? 今日の勉強は終わり。俺、今から家帰って飯の準備しないといけないんだ。うち、母さんが抜けてるから台所に立たせたくないんだよね」
「ああ、そういうことな。お前の母親って、おっちょこちょいだったもんな」
哀れなことにうちの母親の間抜け加減はアカデミーの生徒にも知れ渡っているらしい。一体どれほどの武勇伝を打ち立てたのか、昔全てを聞き出してみようと粘ったのだが、聞いてるうちに一日が終了した時点で頭が痛くなってきたので、それからは深く考えないようにしている。
……それにしてもあの母親、よく今まで生きてこれたよなあ。
「そゆこと。じゃね」
しゅたっと右手だけを上げて軽い挨拶をすると、俺はそのまま木の葉瞬身の術で図書館の外へと出た。そのまま並び立つ家屋の屋根を跳躍していって、家へと帰る。
家へと帰ると、何故か焦げた鼻につく匂いがした。何か物が燃える様な。
(何だ……? これ。もしかして敵襲か?)
今は忍界大戦が終わったばかりの時期で、治安はいいとはお世辞にも言えない。もしかしたら他国の忍が何らかの破壊工作を木の葉の里で行う可能性もないではない。
俺は体を緊張させ、唯一現在使える攻撃用の忍術である火遁の術の印を組みながら、すえた煙の臭いのする方向へと向かっていった。
そして台所へとたどり着き、見た。――涙目を浮かべながら母親が、鉄鍋からもうもうと煙を噴出させている醜態を。
「母さん、お前はアホかッ――!」
「きゃっ、ゴメン、ゼン君、ゴメンなさい」
俺に見つかってしまった母親はびくっと体を震わせると、ひゃあと頭を抑えてうずくまった。恐らく俺から拳骨を落とされるのを警戒しているのだろう。
煙をコレでもかと出す鉄鍋に濡らした台拭きをかけた後に俺は、鬼ではないので無防備な額にでこピンを食らわせるだけですませてやった。チャクラで割かし強化したきっつい奴を。
「いたっ! お母さん、痛いよっ?」
「痛いじゃないだろ? 俺、危ないから台所には立つなって言ったよな? 覚えてなかったわけ? それともそんなことも覚えれないわけ?」
抗議する母親の声を無視して、睨みつける。すると母親はすすっと気まずそうに目を逸らした。まるで子供の様な仕草に、何故か子供の俺のほうが大人のように逸らした顔ごと両手で掴んでこちらへとむけさせた。
むぎゅうと割かし綺麗な母親の顔が横に潰れる。
「もいっかい聞くけど、俺、台所には立つなって言ったよね?」
じろりと睨みつけながらそう言うと、母親は露骨に慌て出した。表情から、そのことを覚えていたと言う事が丸分かりである。
どうやらこのドジ母忍者は、火災が危ないから台所に出入り禁止と俺が言いつけた事を覚えていてなお、この台所へと入り込み、あまつさえ火災を起こす一歩手前までいってしまったらしい。――こいつ、本当に忍者か?
ぐぐっと知らず両手に力を籠めると、むーむーと母親らしき生物は痛いのか暴れ出した。しかも何故か泣き出した。手が涙に濡れて慌てて両手を離す。
「うわっ、何だよ。何でこんなに簡単に泣くかな!」
「だって、だって、わたしだってゼン君に料理作りたいし」
「だからそれは火事にならないように安全に料理ができるようになったら、それか俺の監視下でならいいって言ってるだろ?」
「そんなの何時になるか分からないよ。それにゼン君、最近は全然わたしに構わせてくれないんだもん」
「……構わせてくれないだもんって。けどさ、母さんが教えれることって、ほとんど俺、教えてもらったと思うんだけど。逆に聞くと、母さんって今の俺の何を構えるわけ?」
その言葉が致命傷になったのか、ぐずっていた母親はぴぎゃーと泣き始めた。
まあ気持ちは分からなくも無い。俺が赤ん坊の頃、ドジなくせに頑張って仕事を終えた後も、母さんは疲れているのに楽しそうに俺の世話を焼いていた。それが何度かのドジで俺を殺しかけたことがあったにしても。
そしてそれから俺が成長した時も、今度は言葉を教えたり、読み書きを教えたりと本当に生き生きしながら俺を構っていた。幾度、俺からセクハラを受けようとも天然の間抜けさで気づくことなく。
どれだけ疲れていても、怪我をしていても、母親は本当に楽しそうに笑いながら俺に色んな自分が知っていることを教えようとしたものだ。多分、人に何かを教える、伝えるということに生き甲斐を見出す人種だったのだろう。母は。
だが、そうこうしているうちに悲劇が起こった。恐らくは母の人生における絶頂期。俺に忍術やチャクラを教えている頃、ふとした問題が起こった。火遁の術、木の葉瞬身の術、分身の術、変わり身の術というベーシックな四つの術を教え終わった後に、母は気がついてしまったのだ。――もうこれ以上、自分が教えられるものがないと。
そして悲劇を助長したのは俺の異様な成長速度だった。体は子供、中身は大人という某バーロー探偵のような反則技をもって生まれてきた俺は、当たり前だが物覚えが良かった。何年も落第してやっと下忍になった母の何十倍も速いスピードで忍術を学習していく。
鷹を生んでしまったトンビの悲哀とでも言うべきか、自分の子供に物を教える事を楽しみにしていた母親は、いつしかその才能の無さから、何一つ子供に教えることができないようになってしまっていたのだった。
本当に涙なくしては語れない物語である。
何となく気まずい。普段いいようにセクハラして弄んでいるだけに、罪悪感が、湧く。しかしこの女、こんな全力で泣けるなんて本当に二十二歳なんだろうか? 疑問も、生じる。
「……ああ、もう。悪かったって。俺が全部悪かった」
おざなりに謝っても母は泣き止まない。相変わらずにぴぎゃーぴぎゃーと泣いている。
仕方が無いから、面倒だけどこの母親をなだめることにした。以前から俺は、頭の悪い女を騙すのは得意だったので上手くいくだろう。
泣いた母親の前髪を払った後に、流れる涙を指で拭く。
「ほら、本当に泣くなよ。母さんが泣くの、嫌なんだからさ、俺」
そのまま座り込む母に抱きついた。本心は汚れている俺だが、子供のように振舞ってそのでかい胸に抱きつく。母親はぐずっと鼻を啜った。子供っぽくて脱力しそうになるのを、笑顔で耐える。
「……それ本当?」
「ああ、本当だって。俺達たったふたりの家族だろう?」
たった二人の家族。父親はどうやらいないらしく、今まで見たことが無い。それに親戚も遠縁がいるだけで、しかもそいつらは無能な母親を毛嫌いしているので親交は無い。家を訪ねる人間も、ほとんどいない。
実際に俺と母親はたった二人の家族だった。
そのことに思い至ったのか、母親が、ぽろぽろと泣くのを止める。
「だからさ、そんなに泣かないでくれよ。たった一人の家族にそんなに泣かれたら、俺、どうしていいか分からないよ」
「……ん、そうだよね」
ずずっと母親は最後に鼻をすすってなくのを止めた。マジ子供過ぎて趣味じゃないはずなんだが、付き合いが長いせいかこの母親が笑うと何となく気が楽になる。俺もガキになって中身が少し変わってしまったらしい。
「そうそう。俺さ、母さんがそうして笑ってくれてるだけでいいんだから」
更に力を込めてぎゅっと抱きつく。すると母親も感極まったのか逆に俺を抱きしめてきた。目の前がでかいおっぱいに包まれて嬉しいやら圧力がきついやら。
「ん、分かった、頑張る。泣くの止めるね」
「そそ。その調子その調子」
――その後、何故か薬キめたみたいに幸せそうな母親に引きずられて、一緒に昼寝をする事になった。体だけは一人前の母親の体が無防備に寝転がっていたので、一瞬だけよしもう犯そうと考えたが、俺の物はまだ勃たないのでそれは断念しておいた。
仕方が無かったので、そのまま母親と一緒になって子供みたいに寝る。
さすがにマジ寝する母親を起こすのは忍びなかったので、目の前のでかい乳を揉みたいという衝動を俺は耐えた。