ラ ン ス Ⅶ
~魔人の娘 黒姫~
――――島津家、本城。
"戦艦長門"と"出雲"の国境沿いにて、毛利との決戦を控えた島津四兄弟達は、
再び各々の役割を済ませた後、大広間で顔を合わせていた。
今現在は互いに伝達を行っている最中であり、長男・ヨシヒサが弟達を前に喋っている。
どうやら彼の話が最後だったようで、ヨシヒサは話を終えるとタハコを取り出した。
≪ジュボッ≫
「……俺からの伝達事項は、以上だ。 何か気になる点はあるか?」
「うんにゃ、特に何も。」
「では、会議は終了……とならば、後は毛利との"戦い"を待つだけだね……」
「ようやくって感じだよね~。」
「そうだな。」
「15000対20000か、ちっとばかし骨が折れそうだよな~。」
「そうだね……今までに無い戦いだ。」
「…………」
"15000+呪い付き元就"が毛利の予想戦力だったのだが、彼の呪いが落ちた代わりに、
何故か毛利の兵数が20000となってしまったので、急遽作戦を練り直した四兄弟達。
結果 全ての準備が整い、伝達も済んだ今、後は"その時"を待つばかりなのだが……
やはりトシヒサの言うよう"今までに無い戦い"の為か、緊張していないと言えば嘘になる。
それは部下達も同じであるからこそ、四兄弟達はその"弱さ"は決して見せる事が出来ない。
……だが兄弟同士であれば隠す必要は無く、最も神経をすり減らしていたのは、やはりイエヒサ。
元服すらしていない"少年"の彼にとって、島津全軍を指揮する軍師と言う責任は重い。
故にトシヒサの一言に眉を落として黙ったイエヒサに、ヨシヒサは煙を吐くと声を掛ける。
「イエヒサ、どうした?」
「!? な、なんでもないよ。」
「遠慮するな、言ってみろ。 お前の相談相手になれるのは俺達だけだ。」
「……っ……なら、言っちゃうけどさ。 ヨシヒサ兄ちゃん、これで本当に良かったの?」
「んあ? 何言ってんだよ、イエヒサ。」
「どうしたんだ……いきなり?」
「なんかちょっと、"急ぎ過ぎ"なんじゃないかと思うんだよね。」
「急ぎ過ぎている?」
「うん。 こんな正面から挑まなくたって、"前みたい"にする方が、
こっちの被害が少なくて済むし、戦力をいくらか吸収できるしさ……」
イエヒサの言う"前みたい"と言うのは、四兄弟お得意の"寝取り作戦"だ。
いわゆるアギレダの国に行った戦法であり、敵対する女達を寝返らせて勝ち、
残った兵達をそのまま島津の軍に引き入れてしまうと言う、嫌らしい戦法だ。
しかしながら、女達は幸せになり無駄な血も多く流れず、"された側"は悲惨だが、
"やる側"は極めて安全に敵国を落とす事ができるのである。
故にイエヒサは以前から無理に毛利と正面から挑む必要は無いと考えていたのだが……
"寝取り作戦"には、一つだけ致命的な"欠点"が存在していた。
「確かに、あの毛利に正面から挑むのは馬鹿げている。」
「それなら!」
「だが、俺達には"時間"が無い。」
「……っ!」
その"欠点"とは、敵国の女を寝取り、寝返らせるには"時間"を要すると言う事。
いくら女を口説くことに関しては天下一品な彼らでも、
一日か二日で女武将達の軍までもを掌握する事は不可能なのだ。
しかし、一ヶ月や二ヶ月もあれば難しくなく、逆に時間にさえ余裕があれば成功する可能性は高い。
なのにそれが出来ないと言う事は……今は"時間"が無いのだ。
「黒姫を取り戻す為には、一刻も早く島津がJAPANを統一せねばならん。」
「うっ……」
「それ以前に、斥候によると毛利の3姉妹は留守にしているらしい。
例え彼女たち以外の女武将達を手込めにしたとしても、
大半が男で、猛者ばかりの毛利を揺るがす事は、時間を掛けたとしても難しいだろう。」
「…………」
「それに……お前は頭の良い奴だから判るだろう?
島津は何故、毛利と正面から決するか。 ……いや、決しなければならないのだ。」
「……!」
島津四兄弟達に"時間"の余裕が無いのは、黒姫に一刻も早く島津に戻って欲しいが為。
そして、彼女に気兼ねなく戻って貰う為には、女を寝返らせて国を奪うと言う、
回りくどい方法ではなく、正々堂々と天下を統一せねばならないと考えていた。
あくまで目的は黒姫だけなのだが、JAPANを女を寝返らせながら統一したとしても、
半分は男……必ず、不満はいずれ爆発し、再びJAPANを混乱に落とし入れてしまう。
軍師であるイエヒサは、それも十二分に判っており、ヨシヒサの言葉に反論できない。
口を挟まないカズヒサとトシヒサも、既にその事は理解しており、
知っていながら聞いてしまったイエヒサは、精神的年齢から聞かずにいられなかったのだろう。
だが……答えたダケではイエヒサの"今後"に関わってしまう。
故にヨシヒサはタハコを灰皿に投げると、渋さは変わらないが優しい口調で言う。
「全ては黒姫の為……俺達は止まる事はできん。 わかるな? イエヒサ。」
「……わかってるよ。」
「その為、軍師であるお前に無理な作戦を任せて申し訳ないと思っている。
……だが、お前は"完璧"な作戦を立ててくれた。 流石に幾分かの被害は否めんが、
カズヒサ・トシヒサ・そして俺でさえ立てれんような、立派な作戦だ。」
「だよなぁ~、やっぱ凄ぇって思ったぜ? イエヒサは。」
「そうだね……これでは、兄である俺達の立場が無いとも思ったよ。」
「に、にいちゃん……」
「だから、何の心配も要らん。 それに作戦を遂行するのは、お前の兄である俺達なのだからな。」
「そーそー、任せておけって!」
「ふっ……作戦以上の働きを、期待するんだな。」
「う、うんっ!」
長男ヨシヒサは四兄弟で最も優れ、尊敬されている存在。
そんな彼とカズヒサ・トシヒサに励まされ、イエヒサの蟠りは消えた。
まさに仲良し四兄弟……なんぴたりとも、彼らの絆は断ち切る事はできないだろう。
こうして島津家は、祝勝祈願と言う名のもと、夜更けまで酒盛りを楽しんだ。
……
…………
――――伊賀家、本城。
"原 昌示"を殺し、伊勢を手に入れた忍者王・犬飼は、
ひとまず伊勢を部下に任せ、大和の城にへと戻ってきていた。
今は以前のように上座で瞑想しており、やはり周りには"わんわん"が沢山居る。
……さておき、彼が考えているのは、今後の"伊賀"と言う国について。
「(原の国主を殺め、新たな領地を手に入れたのは良いが……)」
伊賀の忍軍とは本来、先代信長以前からの織田家・直属の部隊であった。
だが、織田が衰退すると同時に突然独立し、犬飼は伊賀に忍者の王国を築き上げた。
そんな彼の"理想"とは、武家に消耗品として扱われた忍者の、権利と身分を守る事。
そして、JAPAN各地に存在する"忍者の里"と連絡を取り合い、忍者組合を作る事である。
しかしながら……前者はおろか、後者の計画も全く進んでいなかった。
「(やはり、国を治めるというのは……難しいものだな。)」
犬飼は非常に優秀な男であり、部下からの信用も厚い。
だからこそ伊賀の国主となっており、伊勢を手に入れる事もできたのだが、
新しく国を造るに当たって、"やらなければならない事"があまりにも多すぎた。
故にまだまだ基盤が出来ておらず、伊勢の奪取で更にグラついている状況である。
朝倉義景や直江愛のような非常に政治に秀でている者が居れば、大分違うのだろうが、
元々部下は忍者ばかりであるし、犬飼は"北条早雲"のような完璧な国主でもなく、
武田の風林火山や島津四兄弟のように、国主を支えれる程の優秀な仲間が不足していた。
故に忍者の為に立ち上がったモノの、その難しさを痛感しているところだった。
……だが、鈴女のように"忍び"の質はJAPAN最高峰であり、
自分に付いて来てくれる部下達の為にも、もはや理想を投げ出す事はできない。
だがどうする……? そう、答えの出ない自問をしていた犬飼であったが……
「失礼致します。」
「どうした?」
「はッ、鈴女殿が戻られました。」
「そうか、やはり仕事がはやい……が。」
「……犬飼様?」
「何故、お前が言いに来る? あいつならば、直接 俺の元に来る筈だが。」
「それが……何やら客人を連れて来られたようです。」
「まことか?」
「はッ。 人数は6名、うち女性が5名。 2名は"異人"との事です。」
「ふむ……(まさか、例の異人を連れて来たのか?)」
「如何致しましょう?」
「……鈴女の客人とあれば興味が有る。 通せ。」
「ははッ。」
ひとり考え中の犬飼の元に、音も無く一人の部下が報告に来る。
どうやら"あの"鈴女が客を連れてきたようで、意外に思う犬飼。
しかも、うち二人は鈴女に調べさせた"異人"と関係がありそうであり、自然に興味が湧く。
よって犬飼は"伊賀の今後"の事についてはひとまず置いておき、客人との謁見に臨む事にした。
……
…………
――――1時間後。
「……と言う訳で鈴女達は、3個目の瓢箪を目指して、伊賀にやって来たのでござる。」
「むぅ……」
6名の客人を広間に通した犬飼は、鈴女から今までのランス達の旅路の報告を受けていた。
まずは鈴女が迷宮(黄泉平坂)でランス達の前に姿を晒してしまった事からはじめ、
毛利の城に乗り込んで瓢箪を手に入れたダケでなく、3姉妹をも仲間に引き入れた事。
そして姫路では、毛利と明石が停戦する為の交渉のついでに2つめの瓢箪を手に入れ、
次は3個目の瓢箪を手に入れる為に、此処"大和"にやってきた事 迄である。
……その説明にあたって、鈴女は瓢箪に関する"真実"は告げていない。
いわゆる"魔人"が封印されている事であり、それは黒姫に説明して貰うに限る。
その為か、"異人が島津の客将と瓢箪を集める"と言う謎の行動に、犬飼は疑問を隠せない。
「……って言っても、"肝心な事"は言ってないでござるから、本題は此処からでござるね。」
「そうだな、話の辻褄が全く合わん。」
それ以前に、島津の客将はまだしも、かの有名な"毛利3姉妹"が此処に居るのが驚きだ。
この3人が集えば、100や200の兵でさえ蹴散らせると言われている。
そんな3姉妹を"力"により従えた(?)とされる異人のランスと言う茶髪の男。
鈴女の話によると、なんと毛利元就とも決闘して勝ったらしく、かなりの人物なのだろう。
では、大陸では一体どれ程の……そう思っていると、問題のランスが口を挟んでくる。
「それじゃ~、瓢箪を寄越せって言っても駄目か?」
「……当然だ。 瓢箪は貴重な家宝。 "それだけの話"で渡す事は出来ん。」
「なら仕方ねぇな、力ずくで……と言いたいところだが、黒姫ちゃん。」
「はい。」
「また長くなっちまうが、話してやれ。」
「……わかりました。」
「おい、鈴女。 交渉してもダメだったら力ずくだからな?」
「大丈夫でござる、鈴女は犬飼様を信じているでござるよ。」
「(……全く解せんな。)」
……
…………
「……と言う訳で私たちは少しでも魔人の位置を特定し易くする為、瓢箪を集めているのです。」
「500年以上前にJAPANを恐怖に陥れた、魔人サビエルを倒す為……にか。」
「はい。」
「ふむ……(まさか、瓢箪にそんな秘密があったとはな……)」
「話は終わったな? さあ、とっとと瓢箪を出すのだっ。」
「ら、ランス様、だからそれはいきなり過ぎるんじゃ――――」
「うるさい。」
「……(今の話が本当であれば、島津の宣戦布告の件や異人の行動についての辻褄は全て合う。)」
「犬飼様、鈴女は本当だと思うでござる。 信じて欲しいでござるよ。」
「……(だが俺は忍者王として、国主として伊賀を……)」
……十数分後、黒姫は犬飼に瓢箪に封印されし"魔人"についてを話した。
その真実に犬飼は、顔には出さないが、流石に驚愕していた。
にわかに信じられる話では無いが、魔人ザビエルの娘・本人である不老の黒姫。
魔人を斬れると言われる"魔剣カオス"を持ち、魔人を倒した実績を持つと豪語する異人・ランス。
そして、魔人の"使徒"が体内に潜んでいるとされる、小早川ちぬ の存在。
完璧な証拠が揃っているワケでは無いが、これだけの素材を並べられると、
彼女が嘘を言っているとは思えず、何より鈴女がランス達を信用してしまっているのが大きい。
かと言っても、ハイそうですかと瓢箪を差し出すのも、国主としての威厳に関わる。
故に新たな悩みの種が現れた事で、犬飼は直ぐには答えを出せずにいると……
「い、犬飼様ッ。」
「どうした?」
「それが、お耳を――――」
「なんだぁ? 真面目な話だったってぇのに~。」
「!? ……まことか?」
「はッ、是非とも謁見を願いたいと……」
「そうか、直ぐ通せ。」
「ははッ。 では失礼致します。」
やや慌てた様子で先ほどの部下が現れ、犬飼に何やら耳打ちする。
それが終わると、彼は魔人の話と同じくらい驚いた様子であった。
直後 犬飼は部下に指示を出すと、その者は退室し、再びランス達7名と犬飼が残った。
「犬飼様、なんだったんでござるか?」
「おい、それより瓢箪の話はどうなったんだ~?」
「それについては……少し、考えさせて貰おう。」
「なぬっ?」
「鈴女。」
「んにゃ?」
「客人達を客間へ。 丁重に持て成せ。」
「は~い、わかったでござる。」
「伸ばすな。」
「はいはい。」
「"はい"は一度だ。」
「はい……って、こんな時に例の説教は無しでござるよ、犬飼様~。」
「お前が注意すれば良いだけの話だ。」
「おいッ、どう言う事だぁ!?」
「急用だ。」
「急用なら仕方無いでござる。 ランス、行くでござるよ~。」
「え? おいこらっ、まだ話は済んで――――」
……どうやら、今伝えられた事は急ぎの用であるらしく、
ランスは鈴女に引っ張られると、ずるずると広間から遠ざけられて行ってしまった。
それをシィルは慌てて追いかけ、毛利3姉妹も ちぬ 以外が"やれやれ"と言った様子で続き、
黒姫も立ち上がると、広間を出る前に一度振り返って軽く会釈をすると退室した。
そして広間には犬飼(+わんわん達)が残され、暫しの静寂の後――――
≪どすどすどすどす……≫
大きな足音を響かせながら広間に現れたのは、犬飼の部下数名と2名の武士(客人)であった。
以前は仲間であった者なのだが、犬飼が織田を離れて敵国となってしまった今、
この2人が何故 危険を伴う伊賀の城に、わざわざ訪れたのだろうか?
それは今から明かされるのであろうが……案の定、犬飼が察するには及ばない。
「…………」
「御免。」
「犬飼殿、お久しぶりでござるなぁ!」
さておき、訪れた2名の武士とは……信長の忠臣である、尾張の鬼武者"乱丸"。
そして足音を響かせていたと思われる、同じく鉄壁の足軽を率いる"柴田勝家"であった。
この2人との"交渉"の末、翌日 犬飼は、大きな"賭け"に出る事になるのである。
……
…………
……数時間後。
鈴女によって客室に案内されたランスは昼食後、夕方まで好き勝手に過ごしていた。
部屋割りはランス・シィル・黒姫&毛利3姉妹と言う分け方なのはさておき、
それまでの時間、シィルと黒姫が襖の向こうに居ながらちぬ を部屋に連れ込んでエッチしたり、
給仕(実は監視付きで仕方なく働かされていた阿樹姫)を口説いたりして、時間を過ごしていた。
ナンパは案の定 旨くいかなかったが、阿樹姫のように"良い女"が意外と多く、
最初は話を中断させられ機嫌の悪かったランスだが、今や明日をのんびり待つ事にしたようだ。
「もう少しで、夕飯が来ると思うでござる。」
「そうか。 がははは、そりゃ楽しみだな。」
「ご機嫌ですね、ランスさん。」
「…………」←シィル
「うむ。 飯は思ったより美味いし、"良い女"も居たしな。」
「あんなべっぴんさん、鈴女がいた時は居なかったんでござるけどねぇ。」
「しっかし、犬飼とか言う奴……明日 瓢箪、ちゃんと寄越してくれるのか?」
「最悪また、戦う事になってしまうのでしょうか……?」
「そ、それだけは避けたいですね。」
「どうかなぁ……」
「おい、鈴女。 お前が"そんな事"言ってどうすんだッ?」
「戦う事にはならないと思うでござるが、鈴女からは何とも言えないでござる。
今 犬飼様は伊賀の"全て"を抱え込んでしまっているでござるしねぇ。」
「こんな小さな国なんかより、魔人のほうが重要だろうが。」
「ランスにとってはそうかもしれないでござるが、鈴女達にとっては大事な国でござる。」
「う~む、いっその事"協力"なんぞ要らんから、瓢箪だけ寄越してくれりゃ良いんだがな。」
「確かに、その方が良いかもしれませんね。 この旅に協力するという事は、
実際にザビエルと見(まみ)える事にも繋がるのですから……」
「そう旨くもいかないでござるよ。」
「全く、お前が"伊賀は協力してくれる"って言うから選んだのに。」
「断定はしてなかった筈でござる。」
……こうして、ランス一行は伊賀で客人として一夜を過ごす事となった。
一応 鈴女に、瓢箪による交渉が中断された理由を聞いたが、良く判らないとの事。
正直 それは気になるところではあるが、ランスは性格故"まぁいいか"と思うだけで眠りについた。
ちなみに、夕食を運んできた給仕(阿樹姫)を再び口説きに入ったランスだったが、やっぱり失敗した。