ラ ン ス Ⅶ
~魔人の娘 黒姫~
「え~っと、いきなりだと思うけど、これから――――」
……俺、ちょっと伊賀の城まで行ってくるよ。
先日の軍事評定の最後に、信長はそんな事を言い放った。
それにより香姫・3G含む全員が驚き、真っ先に3Gが止めに掛かった。
続いて香姫も止めに入って来てくれたと思われたが……
「兄上を行かせるぐらいなら、私が行きますっ!」
香姫も信長と"同じ事"を考えていたようで、やはり兄弟と言ったところ。
だが、どちらが行こうが立場上・非常に危険な為、特に勝家が大反対した。
よって呆然とする謙信と愛を他所に、色々とゴタゴタとした結果……
結局、勝家と乱丸が犬飼の元に出向く事となり……今に至るのである。
ちなみに交渉に優れる光秀は、個人の武力の問題もあって、
織田の各部隊の武将や直江愛と、軍の編成等についての話し合いを行っている最中だ。
「(元は自ら……"信長"らしいな。)」
「……と言う訳で、拙者ら二人が出向く事になったのでござる。」
「直ぐ様 面会の機会を頂けた事、感謝致します。」
「ふむ……それでは、用件を聞こうか?」
「では、担当突入に言いまする。 足利との戦に備え、斥候の為の忍びをお借りしたいのでござる!」
「左様。」
「(……やはりか。)」
織田が足利に攻められていると言う事を、原を滅ぼした犬飼は当然 把握済みだ。
伊賀は織田を攻めるつもりは今のところ皆無なモノの、斥候だけは多く出している。
故に今の織田の欠点も把握できており、勝家の言葉も大体予想ができていたのだ。
……だが、犬飼は織田を裏切って伊賀と言う新しい国を創った。
その為、直ぐに答えを出す訳にもゆかず、ひとまず黙っている犬飼。
対してヒソヒソと話をしている彼の家臣達 約10名を左右に、二人の使者は続ける。
「無論、只とは言いませぬ! 足利と蹴散らした暁には、数国の領地を進呈する所存ッ。」
「我等が必要とするのは斥候の忍びのみ故、貴国に無駄な血れる事は少ないかと……」
≪ざわっ、ざわ……≫
「それは悪く無い話だ。」
「!? それは、まことでござるかッ?」
「だが……その前に聞きたい。 "その話"は信長公から、俺に対しての申し出か?」
「……いえ、あくまで織田と言う国から、伊賀に対してへの願いです。」
「そうか。」
犬飼の意味深な言葉に対し、乱丸が表情を変えずに即答すると、犬飼は再び沈黙した。
……もし、信長が"犬飼本人"にそう願い出るつもりであれば、交渉決裂の可能性が若干上がっただろう。
前途のように元々伊賀忍軍は織田家の直属の部隊であったが、それを裏切って犬飼達は独立した。
つまり今は信長の部下では無く、未だに主君を気取られていると、
例え条件の良さから犬飼が妥協したとしても、彼や信長を悪く言う者が出てくるだろう。
だが"対等の国同士"としての交渉であれば、織田も"忍者に対する立場を弁えている"と言う事になる。
それならば破格の条件からして、100前後の斥候の忍者を出す事など容易であるが……
「(…………)」
――――犬飼が沈黙した理由は、他にも有った。
実は……彼は以前から、"軽率"に思っていたのだ。
何が軽率かと言うと、"信長を裏切ってしまった"と言う事について……である。
故に今の機会であれば極端な話、織田に下る事も不可能では無いのだ。
しかしながら……そう簡単にいかないのは、犬飼本人が一番わかっている。
独立したのは確かに軽率だが、それには"理由"があり、
"その理由"を信長や香を信じて相談していれば、独立はしていなかったかもしれない。
かと言っても今はもう遅く、織田に下ろうとも伊賀の者達が納得しないだろう。
よって犬飼は沈黙の中、あくまで伊賀の"国主"として交渉を進めようとしたが――――
「(お乱ッ。)」
「(頃合か。)」
「……?」
「――――蜘蛛弾正。」
「!?」
≪ざわ……っ!!≫
乱丸は勝家とのアイ・コンタクト後、唐突に一人の武士の名を挙げた。
その名を聞いた直後、家臣達の表情が驚きの声を上げ、犬飼の目が僅かに見開かれた。
対して勝家と乱丸は動じず……数秒の間を置いて、再び口を開いた。
「今述べた名を含め……これからの話は、信長様 御本人からのお言葉です。」
「信長公の?」
「はッ。 武士、弾正は表向きでは善人を装い……忍びを消耗品に様に扱っていた模様……
それに伊賀忍軍の不満が爆発するまで気付けなかった事を、心から詫びたい……」
「……ッ……」
「されど、今となっては遅し事……再び織田に仕えて欲しいと言っても、納得ゆかぬだろう……」
「…………」
「しかしながら、織田が足利を倒し……貴国の考え変わらば、共に弾正を探し討とう……と。」
「……ッ!」
≪ざわわっ……≫
「(終わったのか?)」
「(あぁ。)」
「…………」
「では犬飼殿、拙者らはこれで失礼しまするッ! 良い返事を期待しておりますぞ!?」
「近いうちにまた使者を送ります故、これにて御免。」
「…………」
――――蜘蛛弾正。
この男の所為で、伊賀は織田から独立したと言っても過言では無い。
故に鈴女含め伊賀忍軍、全ての者が弾正に殺意を抱いている。
その弾正の悪行に織田は気付かず、信長達も今になってそれを後悔していた。
……だが、独立して国を持った伊賀に"謝るから、また部下になってください"と言っても、
今更 遅い事など十二分に判っており、だからこそ今の機会でしか"この事"を言えなかったのだ。
いや、今の機会であっても既に遅いかもしれないが……信長は"言う人間"であり、
家臣に止められなければ直接 告げにに来たと言う事だろう。
さておき……信長の言葉をそのまま告げると、乱丸と勝家は早々と広間を去っていった。
そして、その場には突然の言葉に面食らった犬飼と、家臣達が残され、沈黙が訪れた。
沈黙はそのまま数十秒続き、何時の間にか家臣達は犬飼の言葉を待っているようだった。
「……俺は少々、浅墓だったのかもしれん。」
「い、犬飼様ッ?」
≪ざわっ……≫
「……疑心暗鬼に囚われていた。 例え相談しようが、無駄だと。」
「…………」
「ふっ、信長"様"であれば……そのような心配は無用だったと言うのに。」
「……っ……」
「だが、今すぐ"結ぶ"訳にもいかん。」
「…………」
「織田が足利を下せるか……お手並み拝見といこう。」
「はっ……」
「使者を待つ必要は無い、直ぐ忍びを集めろ。」
「ははっ!」
嘆くように言葉を漏らす犬飼。
その言葉に何も異論を唱えないあたり、家臣達も同じ事を思っていたのかもしれない。
だが犬飼を前にそんな事は言えなかったが……彼が言った今、気にする必要は無くなったのだ。
……とは言え、織田と"結ぶ"は否、伊賀が"下る"には相応の実力を見せて貰う必要が有る。
よって犬飼はひとまず織田を支援する事にし、全てをその"結果"に委ねる事にした。
……
…………
――――翌日。
伊賀の城内で一泊させて貰ったランス達は、再び犬飼と向かい合っていた。
昨日と同様 家臣達の姿は無いが、今は純粋に昨日の件の所為で忙しいのだろう。
そうなれば犬飼も忙しい立場なのだが、異人との件も彼にとっては無視はできない。
「……で、結局どうなんだぁ?」
「犬飼様~?」
「単刀直入に言う。 瓢箪が欲しければ、伊賀に協力して貰おう。」
「ちっ、やっぱりそうきやがったか。 武将とかならお断りだぞッ? 面倒だしな。」
「そうでは無い。 ひと働きして貰いたいだけだ。」
「それは……どう言った内容なのでしょうか?」(黒姫)
「……間も無く、織田が足利と交える。 その際、伊賀は斥候として織田に"忍び"を派遣する。」
「それがどうしたんだ?」
「あ~っ、その中に混じって、敗走した味方を助けたり、敵を捕まえたりすれば良いのでござるね?」
「むっ、まぁ……そう言う事だ。」
「ちょっと待て! 何でそんな事をせにゃならんのだ!?」
「我々の被害が抑えられるからだ。 俺が行く訳にはいかんからな。」
「いや、答えになってないだろうがっ。」
「お前達の理由で言えば、魔人の話を"信じる為"だな。 嘘を言っている気はせんが、
確たる決定的な証拠も無い。 だが、お前達は"強い"と聞く。 その証明が信じる事に繋がる。」
「ほぅ……我を試すというのか? 面白いな。」
「そ~いやぁ、伊賀の忍者の質ってのも気になってたんだよな~。」
「ちぬもー、なんだか面白そー☆」
「!? おいこらッ、何で勝手に乗り気になってる!」
「……それならば、決まりだな。」
「決まりでござるね。」
「うが~ッ、決めてんじゃねぇ!!」
「ら、ランス様 落ち着いて……」
『全然良くない? 助けたり捕まえたりしたら、ご褒美に繋がるじゃん。』
「ごほうびぃ~?」ギロッ
『女だったらホラ、身体の。』
「!? あぁ、あぁ。 そうだったそうだった。 やはり瓢箪には変えられんな、受けて立とう。」
「(ランス様~……ぐすん。)」
……と、話は勝手に進んでゆき、ランス達は伊賀の為に働く事になってしまった。
内容は前日の斥候(偵察)では無く、戦(いくさ)真っ最中の斥候……
つまり、鈴女の言っていたように敗走する敵武将を殺したり捕らえたりし、味方はその逆に助ける。
だが……流石に敵武将となれば実力も有って逃げられる事も多く、そこでランス達の出番と言う訳だ。
それを最初は面倒臭いのか踏み倒そうとしたランスだったが、カオスの言葉にアッサリ承諾。
とは言え、まだ織田の開戦までには何日か掛かるとの事で、
再び伊賀の城の世話になる事となり、今現在 7人は廊下を歩いている。
「犬飼様も素直で無いでござるな~。」
「あの野郎がどうかしたのか?」
「以前から犬飼様は織田とヨリを戻そうとしてたのでござる。
けれども一度裏切ったんで、今更無かった事になんかできなかったのでござる。」
「そりゃそうだろうな。」
「そんな中 織田の方から救援要請が来たんで、忍者を派遣する事になったんでござるが、
あくまで同盟みたいな関係でござるから、斥候以上の事はする必要は無いでござる。
でも、やっぱり織田の何らかの力になりたくて、ランス達の出番と言う事でござるよ。
どっちが負けても伊賀の不利益にはならないでござるが、犬飼様は織田に勝って欲しいのでござる。」
「織田に勝って欲しかったら、伊賀が軍を出しゃ~済む話だと思うぞ。」
「そうなんでござるが、伊賀のプライドとか立場とか、色々と問題があるんでござるよ。」
「ふんっ、くだらん。」
「それは否定できないところでござるが、鈴女としては一安心でござる。
前から伊賀の基盤はふにゃふにゃで、忍者組合を作ったりするどころじゃ無かったでござるからね。
けど織田に下れば大和も伊賀忍も安泰でござるし、犬飼様もやりたかった事もできるでござる。」
「独立したって聞いたときゃ~忍者もやるもんだねぇって思ってたけど、
伊賀も伊賀で難しい問題抱えてたんだなぁ~。 あたしら毛利みたいにさ。」
「そう言われると、鈴女も"あの"毛利の兵を統率できるのはすげ~って思ったでござるよ?」
ちなみに、犬飼にとって魔人は確かに無視できないが、今の彼には織田の方が大切である。
よって考えた結果……瓢箪の代わりに織田を異人に支援して貰い、
足利に勝った暁には伊賀は織田に下り、魔人については異人に任せれば良いと考えていた。
これは犬飼だけにではなく、北条家や性眼を除くJAPANの民・全員に言える事だが、
彼もまた魔人に対する危機感が若干少なく、あくまで戦に対しての織田家を重要視していた。
黒姫が魔人の恐ろしさについては十二分に語ってくれたが、勝家と乱丸が訪れたタイミングの悪さや、
"魔人なんぞ雑魚だ!"と豪語するランスの自身が、魔人と言う存在を疎かにしてしまっていた。
「まぁ……簡単に手に入ってもつまらんしな、やるとするか。」
「そうですね……頑張りましょう。」
「でも"その日"までは暇なんだよなぁ……おい、シィル!」
「はい、ランス様。」
「この辺にどっかダンジョンが無かったか~?」
「えっと……そう言えば"平城京"って言う迷宮が地図に載ってた気がしました。」
「おっ、行くのかよ? 其処。」
「うむ、お宝でもゲットだ。 てる さんはどうだ?」
「ふっ……よかろう。 慣れた戦場もたまらぬが、魔物と戦うのも一興よ……」
「(もっと、強くならなければ……)」
さておき、ランスは本日の予定を迷宮と決めると、伊賀の城を出発した。
傍から見ると魔人に対し危機感を全く持っていないように見えるランスだが、
魔人の恐ろしさ最も間近で感じた人間なのは間違い無く、"今のまま"では厳しい事は理解している。
よってあくまで"お宝"と言う目的を強調するモノの、レベル上げの為 彼は今日も戦うのである。
また、強くならなければと願うのは黒姫も同じであり、彼女は脇差を握り締めながら城を後にした。
「……ん? 黒姫ちゃん、なんだか冴えん顔だな。」
「そ、そうでしたか?」
「な~に、皆まで言うな。 俺様は判っているぞ?
3日程やってなかったし、寂しがらんでも今夜はたっぷり抱いてやるからな?」
「え? あ、あの……」
「へ~☆ 黒たまー良かったねー。」
「その……違……」
「…………」←1週間程ご無沙汰なシィル。(涙目)
……
…………
――――足利家。
狂ったセンスを持つ魚類みたいな男、"足利超神"が当主の国。
原家を唆(そそのか)し、その原家は伊賀に滅ぼされてしまったが、それは何のその。
むしろ足利が織田を倒してしまえば原に余計な領地を与えずに済むし、兵力は織田の約3倍。
一度は退かれたモノの、現在の織田はガタガタ! もはや攻め滅ぼすのも容易ッ!
「そう思っていた時期が……俺にもありました……」
(足利武将・新田義貞さん)
……さて、現在は足利家・城内(まむし油田)の広間にて軍議の真っ最中。
其処に超神の姿は無く、数日後の織田侵略に掛けて第一陣を任された武将たちが連なっている。
各武将の側近は除外するが、その数6名……どの武将もセンスの悪い武者鎧を装備している。
だが、1名だけ例外がおり……その武将は美しい黒髪の女性である。
名は"山本 五十六"。 足利家に滅ぼされた小さな一族の姫であり、家族を人質に武将となっている。
彼女は無言で軍議の成り行きを見守っていたが、その内容は酷いものであった。
「衰退している織田など、我々だけで十分よ。」
「楠殿や新田殿、そして義輝殿が出るまでもあるまい。」
「運良く原を退け、伊賀が漁夫の利を得たようだが、もはや万策尽きたであろうな。」
「織田が手に入ったとならば、伊勢や大和もこちらのものよ。」
「はっはっはっは!」
「……お待ちを、まだ織田は甘く見れる存在では無いかと。」
「何ですと?」
「まだ情報が少なすぎでは無いですか? 戦いを楽にする為には、至急斥候を出し――――」
「これは可笑しい、この兵力差で何を恐れる必要がお有りかッ?」
「戦いを恐れてはおりませぬッ、しかし原を容易く退けた織田には必ず何か裏が有ると……」
「ふん、今の織田の"裏"など、たかが知れていよう?」
「五十六殿、いくら命 欲しくばとは言え、あからさま過ぎますぞぉ?」
『わははははははっ!!』
「……っ……」
五十六の意見はごく、当然のものだ。
だが足利は衰退している織田を舐めきっており、最初から勝つ気が満々である。
決めた作戦と言っても、数に任せて一気に織田を叩き潰す程度である。
ならば連中に代わり、最も織田を警戒している五十六が動きたいところだが……
彼女は弟を捕らえられて武将となっている身であり、部下は一兵卒含め、
足利に生かされた200程度の数しかおらず、側近となれば更に少なくなり、
斥候を出そうにも其処までのスキルを持っている"忍び"など居なかった。
故に織田を怪しく思うも、上杉軍はおろか、伊賀が斥候の為 動いている事も知らないのだ。
となれば足利に"忍び"を出す様 手配して貰うしか無いのだが、前途のように聞く耳無し。
しかも、何時の間にか彼女をバカにするような話に代わり、もはやこれは軍議とは言えない。
「な~に、五十六殿は超神様からしてみれば"醜女"ですからなぁ?」
「この度の戦で、少しでも点を稼いておきたいのでしょう。 はははははっ!」
「…………」
「(五十六様……)」
「(わかっている、今は……耐えねばならぬ……)」
侮辱される五十六。 だが、彼女は耐えるしかなかった。
残り5名の武将は皆、五十六の2倍以上の兵を任されており、人質も無く仕えている身。
故に彼らに逆らえば超神に逆らうと同じであり、弟の命さえも危ないのだ。
よって彼女はゴールの見えぬ未来であれど、僅かな希望を信じ、戦うしか無かった。
――――上杉の助力の基、織田と足利が決する日は近い。
「近いうちに、織田と足利。 そして、島津と毛利が決するそうです。」
「ふむ……性眼様が言うに、戦中での国主殿への刺激は避けるべきとの事だが……」
「では、伊賀を先に。 後に大敗した明石含め、落ち着いた国から順に確認へと移りましょう。」
「それでゆこう、任せたぞ?」
――――そして、瓢箪の割れる日も。
●あとがき●
次回でようやくランスと五十六or謙信を接触させる事ができそうです。
長かった……のですが二択……五十六を敗走させてランスが捕らえに入るか、
優勢ながらも謙信が殿している時にランスを乱入させて一目惚れさせるか……
じっくり考える事にします。それでは次回をお楽しみに@w@