『なのは、これを貰って欲しい』
『うん……指輪?』
『そうだよ。この間勢いでプロポーズしちゃったけど、こういうのは大事だと思ったから。地球の習慣であったよね』
『うん、あるよ。……ねえ、付けてくれる?』
『いいよ。……はい』
『わ、ぴったり。どうやって私のサイズ、知ったの?』
『あ、それね、ロストロギアなんだ。自動的に大きさを調節するんだよ』
『へえ……ってロストロギア!?大丈夫?危険は無いの?』
『大丈夫だよ。ロストロギアって言っても年代がえらく古いからなんだ。調べた結果、特にそれ以外の効果は無かったよ』
『そっか。なら大丈夫だね。嬉しいな……。でもどうしてこれにしようと思ったの?』
『それはね、僕が何年か前に発掘したものなんだ。一対の指輪でね、ほらこれが対のほうだよ』
『へえ……あれ?内側になんか書いてあるよ。文字かな?読めないけど』
『ああ、それはラーガ・アルデ・ミゴラス文明の文字だよ。両方に同じ言葉が書かれているんだ』
『どんな意味?』
『それはね……』
「え……」
なのは=T=スクライアは目の前の光景を理解できなかった。理解したくなかった。
今日は自分とユーノ=スクライアとの結婚式。……いつから好きだったか分からない、大切な幼馴染との結婚式。
その誓いのキスの瞬間だった。何故か彼に突き飛ばされた。
そしてなのはが見たものは
身体から
大量の血を流して倒れている
ユーノの姿だった。
「何……やっているのユーノ君。起きて。起きて。ねえ起きてよユーノ君。起きて、起きて……」
ユーノに必死に縋り付く。そうすればユーノが起きると信じるように。しかし
「駄目ですなのはちゃん!救急です!誰か転移魔法を!私は応急処置に入ります!」
長年の知り合いである、シャマルが止める。さらに周囲では怒号が飛び交っていた。
「くそっ!何処のどいつだ!?絶対に許さねぇ!」
「フェイトさんが真ソニックで犯人がいると思われる方向に飛んでいきました!」
しかしなのはにはそれらが思考のうちに入らない。
「ユーノ君、ユーノ君、ユーノ君、ユーノ君、ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君……」
ただ、壊れたように繰り返していた。
結局、ユーノは助からなかった。犯人は反管理局団体の過激派。何度も煮え湯を飲まされ、これからも被害を受けるだろうエースオブエースの無防備な瞬間を狙っての犯行だったらしい。
実行犯はすでに死亡。……そう、実行犯は。まだ黒幕は見つかっていない。周囲は黒幕探しに躍起になっている。
そしてなのはは……以前にも増して前線に出るようになった。壊れかけた身体を気にせず。周囲の声も聞かず。
「なのは、少し休んだほうが……」
恐らく、自分の一番の親友であろう人物がそう言う。しかし
「うるさいよフェイトちゃん。休め休めって」
なのはは取り合わない。
「でも、ヴィヴィオの事とか……」
「いいんだよ。アイナさんとかザフィーラに任せているから」
「……っ!なのは!」
「うるさい!」
逃げるように立ち去る。
久しぶりの自宅。久しぶりに自分の愛娘に会う。
「なのはママ、もう止めて!パパだってママにそんな事して欲しいだなんて思ってない!」
「ユーノ君がそういう風に思っていない?そんなのは当たり前だよヴィヴィオ」
愛娘に笑顔を見せる。しかし、それは愛娘はおろか、他人に一度も見せたことのないような壮絶な笑顔で。
「死人は何も感じない、思わない。これはね、私がやりたいからやっているんだよ」
「なのは……ママ……」
愛娘の顔が恐怖に歪み、どこかに去っていく。その夜、もう一人の親友からヴィヴィオを預かるという連絡が入った。
そして……
「ミ ツ ケ タ」
その時がやってきた。
ここは反管理局、過激派の本部アジト。そこには幹部ともいえる人間が会議のため全員集まっていた。しかし
「警報警報!敵襲、管理局です!」
蜂の巣をつついた様な騒ぎになっていた。
「くそっ!敵の規模は!?」
「一人!ですがエースオブエースです!」
各所から悲鳴が上がる。我先にと逃げようとする。彼らも自分たちの組織がなのはの夫を殺したということを知っていた。
そして……彼女はそれを許さない。
「ふうん……逃げるんだ。いいよ逃げても。逃げられるのならね」
ソレが現れる。
手にはストライクカノン。彼女の愛杖レイジングハートではない。
身体だのヴィヴィオの事だのと小うるさいデバイスではない。
……彼との絆だった彼女ではない。
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!それじゃあ始めるよ!」
ソレが壊れたように嗤う。魔力がチャージされていく。そして……。
過激派のアジトがあった場所の跡地の中心部。なのはは一人立っていた。
周りの制止を強引に振り切り、部隊が到着する前に自分一人で終わらせた。
だが、何も湧いてこない。達成感も、虚しささえも。
ふと今の自分の人間関係を考える。そして考えるまでも無い、自分で全部壊してしまったと思う。
だがそれを後悔してはいない。してはいけない。そうでなければ自分で愛した人の仇を取れなかった。そう思う。思い込む。
(あれ……)
視界が変わる。そこで気が付く。自分が倒れているのだと。リンカーコアを中心に全身から血を流しているのだと。
視界を前に向ける。仰向けでよかった。空がよく見える。今日も、空はとても青かった。
(もう一度、ユーノ君と空を飛びたかったなあ……)
そして目を閉じる。瞬間、視界の端で左手の薬指が光った気がしたが、気にしなかった。気にすることができなかった。
なのは・T・スクライア。享年26歳。過激派本部があった場所と思わしきクレーターの中心部で見つかる。遺体の凄惨さに比べ、穏やかな死に顔だったという。