アースラ。その一室。フェイト=テスタロッサはそこで何もせずいた。
アルフはなにやら自分のために時空管理局の人たちと話しているらしい。
(べつに、そんなことしなくてもいいのに……)
そう別にどうでもいい。自分は、母に捨てられた。よく分からないが、それだけは分かる。
自分は、アリシアとやらの偽物、人形だったらしい。
それも、どうでもいいことだ。母に捨てられた自分に意味など無いのだから。
だが、そこに……
「こんにちわ、フェイトちゃん」
自分の、自称友達が入ってきた。
「……」
だが、特に反応は示さない。どうでもいいから。
「ねえ、フェイトちゃん」
応えない。どうでもいい。
「あのね、フェイトちゃんはフェイトちゃんだよ」
……。どういうことだろう?
「もう一度言うよ。フェイトちゃんはフェイトちゃん。他の誰でも無い」
…………。
その時、通信が入った。
『なのは!そろそろ出撃用意!』
「うん、分かった。……フェイトちゃん」
そこで、フェイトは初めて反応を返した。
「……何?」
「フェイトちゃんは、何がしたいの?」
「……わたし、が?」
「うん。……それじゃあ行くね。最後に一つ、フェイトちゃんは、私の友達だよ!」
そう言って去っていくなのは。
(……………………)
自分は、自分。何か、答えが出そうな気がした。
それより少し前。アースラの一室。クロノがアルフより話を聞いていた。
「……こんな感じだよ。あたしらはあの婆の命令で、ジュエルシードを集めていた。前回帰った時なんか二個しかないって、フェイトは文字通り鞭打たれていた。
それで、私が逃げようって言ってもフェイトが母さんのためだからと言ってね」
「大体事情は理解した。……その通りなら十中八九、情状酌量の余地ありと判断されるだろう」
「……それを聞いて安心したよ。……なあ」
アルフがクロノに問いかける。
「なんだ?そろそろ時間が無いから手短にな」
「訊きたいことがあるのさ。あの婆が言っていた事、フェイトが偽物だとか人形だとか、一体どういうことだい?」
「……プレシア=テスタロッサは、26年前に、一人娘を亡くしている。彼女の名が、アリシアだ。……それと、これがアリシアの写真だ」
「な!?」
その写真を見て、アルフは驚愕する。フェイトを小さくしたような少女だったのだ。本人と言えば納得するほどの。
「調査報告や、彼女のフェイトへの発言から、恐らくフェイト=テスタロッサはアリシア=テスタロッサのクローンだ」
「……」
無言になるアルフ。その表情には怒気が浮かんでいる。
「以上だ。協力、感謝する。あまり色々な所へ行くのは許可しないが、フェイト=テスタロッサの所へは行ってもいいぞ」
「いいのかい?」
意外そうな声を上げるアルフ。それにクロノは答える。
「……一応監視は付けてあるが、彼女の不安定な精神状態では、むしろ一人にしておくことの方が不安だ。それに、この艦はこれから戦闘区域に突入するのでな」
「わかった。ありがとうよ」
「礼はいい。それでは、僕は出撃準備があるので失礼する」
そう言って去っていくクロノ。アルフは、フェイトの所へ行くのだった。
アースラ、ブリッジ。そこに出撃準備を終えたなのは達がいた。
「いよいよ、だね」
「そうだね……」
皆、無言。そろそろ転送陣に行くかと言うところで、彼女達が入ってきた。
「フェイトちゃん!?アルフさん!?」
「何故此処に?部屋に戻れ!」
クロノがそう言うが、彼女は聞かず、リンディに問いかける。
「貴女が、ここの責任者ですか?」
「ええ、そうよ」
一拍。そしてフェイトは言う。
「通信装置を、貸していただけませんか?」
「私達に、どんなメリットが?」
「通信から、勝手に庭園の正確な位置を割り出してください」
「……」
リンディは黙る。大体の場所は分かった。だが正確には分かっていない。そして、今こうしていても何時ジュエルシードを使う準備が整うのか分からないのだ。
「……いいでしょう」
「ありがとうございます!」
「艦長!?それは……」
反対する意見も上がったが、リンディは一言言った。
「時間が、無いわ」
そう言われては納得せざるを得ない。
そして、フェイトが通信装置を起動した。
モニターには、どこか研究所のような場所が移っている。そこには一人の女性。それと、巨大なガラス管の様なものに入った少女。その顔はフェイトと瓜二つだ。
『……人形。管理局の設備を借りてまで何をしたいのかしら?』
「……母さん、貴女に言いたいことが」
フェイトはそう答える。
『人形が、母と呼ぶな!私の娘はアリシアだけよ!』
「あなたの言うとおり、わたしはただの人形なのかもしれない。それでも、わたしはあなたに産み出してもらった、育ててもらった、あなたの娘です!
あなたさえ望むなら、わたしはどこまでもあなたと共にいて、あなたを守ります。わたしがあなたの娘だからじゃない。あなたが……わたしの母さんだから」
激昂するプレシア。それに話しかけるフェイト。
『あははは……!! 今更あなたを娘と思えとでも?……くだらない。言ったでしょう?私の娘はアリシアだけ、人形になんて、用はないわ』
そう答え、プレシアは強制的に通信を切った。
ブリッジには気まずい空気が流れている。それを破ったのはフェイトだった。
「あの……母を、お願いします」
そう言って倒れるフェイト。それを支えるアルフ。
元々、彼女は限界だったのだ。苛烈な虐待に加え、休養無しで動き続け、さらに暴走したジュエルシードを無理やり封印した。
今まで倒れていないのが不思議なくらいだった。
恐らく、プレシアに伝えたいことを伝えて、緊張の糸が切れたのだろう。
「医療班!すぐに彼女を!」
「はい!」
そうして連れられていくフェイト。
そして……
「そろそろ目的地に到着します!突入班は転送ポートへ!」
そろそろ着く場所まで来た。
「よし、行こうユーノ君!」
「……うん」
「ユーノ君?」
なんだか、ユーノの様子がおかしい。だが、すぐに元の様子に戻る。
「なんでもないよ。行こうかなのは」
「うん。……本調子じゃないなら無理はしないでね」
「大丈夫だよ」
心配したように言うなのは。問題無いと答えるユーノ。
そしてそのままクロノも一緒に転送ポートへ向かうのであった。
時の庭園。アースラは到着した。クロノを筆頭に武装隊員が降りてくる。その中には無論、なのはとユーノの姿もあった。
同時に傀儡兵が現れる。
「随分なもてなしだな」
「そうだね。まあ、問題無いだろう?」
「勿論。何も問題は無い」
そんな軽口を叩きあうクロノとユーノ。そこに迫る傀儡兵だが……。
「遅い」
「……だな」
機関部をユーノには斬られ、クロノには正確に打ち抜かれ、あっという間にやられた。
「それじゃ、なのは」
「うん!ディバインバスター!」
さらに、なのはにまとめてやられ、とりあえずはいなくなった。
「それじゃあ潜入するぞ!油断はするなよ!」
「……クロノ」
そう言うクロノにユーノは話しかける。
「何だ?」
「実はさっきの通信の時、プレシアの正確な場所を割り出していたんだ。成功した。でもちょっと転移するには難しい場所で、術者しか転送できない」
嘘である。別に術者でなくとも転送できる。が、ユーノはできるのならばプレシアに会う時は一人がよかった。
「……本当か?」
「ああ。僕がプレシアの邪魔をする。……それに、時間も無い」
巨大な魔力反応。あちらこちらが揺れている。恐らく、そろそろプレシアがジュエルシードを発動させるのだろう。
だがクロノは渋い顔をする。
「だがな……。流石に民間人をそこまで危険な目に合わせるためには……」
ユーノは答える。
「少しでも遅いと、ジュエルシードで次元震が起きる可能性が高い。資料は読んだんだろう?」
几帳面な男である。読んでいないはずが無い。ユーノは確信している。
「……背に腹は代えられない、か……。分かった。だが無理だけは厳禁だ。僕らも直ぐに行く」
渋々納得するクロノ。なのはもユーノに言う。
「ユーノ君」
「大丈夫だよ、なのは」
そう言って微笑む。なのははいったん目を瞑り答える。
「――分かった。絶対に無理をしないで。ユーノ君に万一があったら私……」
そう言って肩を震わせるなのは。そんななのはに――
「――っ!」
ユーノはキスをした。
「あう、えっと、その……」
フリーズするなのは。それを見てユーノはくすっと笑い
「それじゃあ、行ってくる」
転送陣を出現させ、転移した。
「……それじゃあ、僕たちも行くか。急いで、な」
「うん。行こう」
なのはも、クロノ達と共に急いで奥に向かうのであった。
時の庭園、最深部。
そこに浮かぶは八つのジュエルシード。強大な魔力が渦巻いている。
プレシア=テスタロッサはジュエルシードを使おうとする最終段階に入っていた。
「行きましょう、アリシア。アルハザードに」
しかし、そこに転送魔法により何者かが現れる。
「何者だ!?」
金色の髪に翠の目をした少年。無論、ユーノ=スクライアである。
「一体、何をするために来た!?」
「無論、ジュエルシードを暴走されないために。アルハザードなどには辿りつけない」
そういうユーノ。しかし、プレシアは取り合わない。
「そんなことは無い!私はアリシアとアルハザードに行く!そうして取り戻す!こんなはずじゃなかった全てを!!!」
叫ぶプレシア。ユーノは俯く。
「こんなはずじゃなかった事、か……」
「そうよ!何も知らない、分からない餓鬼が、邪魔をするな!!!」
瞬間。
「何も分からない、餓鬼、か……」
ユーノの雰囲気が変わる。
だが、狂気に侵されているプレシアはそれに気が付かない。
「ええ、その通りよ!邪魔をするのならば……!?」
ユーノが顔を上げる。その表情は、今までと全く違っていた。その顔は、一言でいうのならば憎悪。
恐らく、こうなるから自分一人がよかった。他の人間に、なのはにこの顔は見られたくない。
「……今までに、何度も思ったことがある」
「何!?」
その表情に一瞬怯んだプレシアだったが、すぐに元に戻り、訊き返す。
「なのはが、あんな最期を迎えたのは、僕のせいだ。僕があの時、助けを求めなければ、なのはは普通の女の子でいられた。
その才能を開花させずにいられた。戦わずに、あんな恨みを買わずに、あんな最期を迎えずに済んだはずだと。そうなったのは僕のせいだと」
「な、何を……」
だんだん気圧されていくプレシア。だが、何を言っているのかは全く分からない。
「……だが、こうも思ったことがある。そもそも、僕が助けを求めた理由は何故だ?深い怪我を負ったから?その通りだ。ならば何故怪我を負った?
ジュエルシードの暴走体を止められなかったからだ。ならば何故ジュエルシードは暴走などした?そう、それは――」
プレシアを見る。
「プレシア=テスタロッサがそもそも輸送艦を墜としたのからだ。それが、始まりだったのではないか?
なのはがあんな最期を迎えたのはあの女が原因なのではないか」
一拍付き、続ける。
「無論、そんなに単純なことでは無いと理解はしている。だが、それでも僕はプレシア=テスタロッサを恨むのを止められない」
構える。プレシアも、何を言っているのかは理解できなかったが、あれは敵、アリシアを蘇生するのを拒む敵。それで十分だと、構える。
ジュエルシードの膨大な魔力がプレシアの周囲を渦巻く。
しかし……
「……え?」
一瞬にして終わった。いくら魔力があれど、それだけ。そもそも元々プレシアは研究者であり、戦う人間ではない。
プレシアが魔力に志向性を与える前に、神速を起動させたユーノが一撃を食らわせた。そのまま気絶するプレシア。
「やれやれ……」
甘い、かな。だが、もしもなのはと再会する前だったら殺してしまった気もする。八つ当たりが含まれていると思ってはいるが、ユーノはプレシアを恨んでいた。
まあ、今はそれよりも優先することがある。
「最後に、これをどうにかしないとな」
目の前には八個のジュエルシード。元々そうだったのか、それとも使用者が気を失った為かは分からないが暴走している。
「…………」
暴走する魔力を押さえこむ。
「…………!」
きつい、この未熟な体にはかなりきつい。
「!」
それでも、封印をする。一、二、三、四、五……
「封印、完了!」
同時にユーノは意識を手放した。
「ユーノ君!」
そこで見たものは倒れているプレシアと散らばっているジュエルシード。
そして……倒れているユーノ。
「え……」
あの光景がフラッシュバックする。
「あ……え……?」
だが、それを現実に引き戻したのはクロノの声だった。
「ユーノ!……よし、生きているな。プレシア=テスタロッサは……」
!生きているらしい。安堵すると同時にユーノのもとへ向かう。確かに、生きていた。
「よし。それじゃあプレシア=テスタロッサの連行と資料の押収を。……なのは?」
「何かな?クロノ君」
話しかけられ、返事をするなのは。
「……ユーノを連れて、先にアースラへ戻ってくれ」
「いいの?」
「ああ」
「分かった。……ありがとう、クロノ君」
クロノに礼を述べ。直ぐに戻る。万一のことが無いように丁寧にユーノを運びつつ。
こうして、プレシア=テスタロッサは逮捕され、同時に資料が押収された。
後にPT事件と呼ばれる事件は終わったのだった。