無事に、ジュエルシード絡みの事件、後にPT事件と呼ばれる事件は終わった。
ユーノ=スクライアは特に後遺症は無いが、体に多大な負担がかかったのでもうしばらくフェレットでいることになった。
フェイト=テスタロッサとその使い魔・アルフは捜査に素直に協力している。
そして、事件の首謀者であったプレシア=テスタロッサは……?
フェイトは緊張していた。今日は事件が終わってから初めて母に会う日。母の状態は聞かされていたが、それでも不安だった。
あの、完全に拒絶されたことを今でもはっきりと思いだせる。やはりこのような短時間では完全に吹っ切れはしないようだ。
部屋をノックする。
「はい」
声が返ってきた。緊張しながら入る。
部屋の中のベッドの上。そこには自分の母がいた。随分と、老いた気がする。だけど、その顔は今まで自分が見たことのあるどの顔よりも穏やかなものだった。
何故ならば……
「あら……えっと、初めまして、かしら?」
プレシアは、記憶を失っていた。ジュエルシードの多大な魔力がどーたらこーたらとか、精神的なうんたら等の憶測は聞かされていたが、フェイトはあまり覚えていない。どうでもいいし。
少し、悲しい。そんな気持ちを出来る限り表に出さないようにして言った。
「はい。初めまして、です。私はフェイト=テスタロッサ。……貴女の、娘です」
名乗る。表には、出なかっただろうか?
「そう……。貴女がフェイト……」
記憶を失ったプレシアだが、今回の事件はちゃんと聞いている。
……自分が亡くなった実娘の代わりにクローンを作ったが、結局娘と認められなくて虐待していたということも。
身を起こす。フェイトに手招きした。
「?」
素直に近寄るフェイト。そして……
「あ……」
優しく、抱きしめられた。
「ごめん……なさい……」
抱きしめるプレシアがそう言う。
フェイトは、今では自分の生い立ちを知っている。自分がプレシアの亡くなった実娘アリシアのクローン、それも記憶を転写されたクローンという特殊な存在だということを。
自分の中にあった優しかった母の記憶は自分のものでは無く、アリシアの物だということも。
だが、今は確かに母は優しく抱きしめている。アリシアでなく、自分を。
「――っ」
涙が、溢れてきた。それは少し違かったけれども、ずっと、ずっと、自分が求めてきたものだった。
「……?」
ふと気が付くと、自分だけでなく母も泣いていた。
そのまま、しばらく二人で泣きながら抱き合っていた。
その部屋の前。アルフとクロノがいた。
「……入らないのか?」
「まさか。入れないよ」
冗談交じりにそう聞くクロノと笑って答えるアルフ。
「しかし……あの女がこうなるとはね……」
「確かにな……。おかげで捜査が進みにくいことも多々あって大変だ」
そう言って溜息をつくクロノ。同時に大丈夫そうだと判断してその部屋の前から離れ、移動する。
アルフは質問をしながらそれについて行く。
「それで、あたしたちはどうなるんだい?」
「まあそれはこれからの捜査次第だが、君とフェイトはそう大した罪にはならないだろう。……問題はプレシア=テスタロッサだな」
頷いて先を促すアルフ。
「……正直、彼女がどれだけの事をやっていたかの全貌は明らかではない。無論、記憶が無くなったからと言って彼女が犯した罪は消えるわけではない。
収容所に入れられるか、或いは勤労奉仕になるか、それは分からない。勿論、どれだけの期間になるかも。
……だが、彼女の場合別の問題がある」
「別の問題?」
ああ、と頷いて続けるクロノ。
「身体がな、ボロボロなんだ。恐らく大分無茶したんだろうな。このままでは安静にしていても半年持たないらしい」
「……本当かい?」
「ああ」
それを聞いて怒りを露わにするアルフ。
「何でだい!?フェイトがせっかく幸せになったのに!何で!何で!?」
それを見て落ち着くように言うクロノ。
「落ち着け。僕はこのままではと言ったんだ。まず本局に移送して治療を受けさせる。その後、クラナガンにある、管理局のそういった施設に移す。
そうすれば、もう少し長く生きられる。あと……そうだな、これはまだ確定された情報ではないのだが」
本来ならば半端に希望を与えるだけだから言うべきではない。でも、彼女には言っておくべきかもしれない。主に言わないように釘をさす必要はあるが。
「フェイトには秘密にしておくというのならば、もうひとつ教えることがある。……半端に希望を持たせるわけにはいかないからな」
「……分かった。そういうことならば言わない」
アルフは頷く。
「プレシア=テスタロッサから押収された資料の中にプロジェクトFを始めとする生命技術のものが多く見つかった。
これを応用することができれば、さらに良くなる可能性があるとのことだ。その場合臨床試験と言う形になるだろうが。何しろ悠長に待っている余裕は無い」
「なるほどね……」
そう言って納得するアルフ。確かに、半端に希望を与えるだけの可能性はある。
「まあフェイトは幸せそうになったし、あたしは満足さ」
「そうか」
そう言って満足そうに笑うアルフ。クロノは相変わらずの仏頂面だがどこか穏やかだった。
高町家、なのはの部屋。ユーノがなのはにそれを切り出した。
「なのは。僕はアースラに乗って行こうと思う」
「……え?何で?」
なのはその理由を聞き返す。これから暫くユーノといちゃいちゃしながら過ごせると思っていたのだ。
なのにこの発言。……だが、ユーノは何も無しにそのようなことを言う人間ではない。
「うん。闇の書事件のため。……なのはは、何か考えていた?」
「うーん……。リィンさんを何とかするために今回の報酬で大容量のデバイスを貰おうと思ってたくらい、かな。適当な理由を付けて」
そうだった。闇の書事件がある。ユーノと暫くいちゃいちゃできると考えていたため、頭から、少しだけ、抜けていた。少しだけ。
確かに、はやてはほとんどうちの家族と言っていい状態だ。素直になぞるとは考えにくい。
「僕ね、今回の報酬代わりに無限書庫の利用許可を貰ったんだ。僕が司書長を止めた後の話だけど、書庫から夜天の書の取説な様なものが見つかって大騒ぎになったことがあった。
正確な場所は分からないけど、何処の区画で見つかったか位は聞いている。
……夜天の書のリカバリーディスクの様なものも付属していたらしい。上手くいけば、バグはどうにかなるはずだ」
それを聞いておおー、と感心するなのは。
「まあ、書庫に潜るのは久しぶりだし、あの頃とはずいぶん勝手が違うから簡単にはいかないと思うけど」
「ううん。そんなことは無いよ。私には、出来ない。それにユーノ君だったらきっと大丈夫」
そう言うなのは。照れたようになるユーノ。
「まあ、それ以外にもいくつか考えていることはあるけど……。まあ一番重要なのはこれだから。 ……ごめんね、なのは。せっかく再会したのに」
「そんなことは無いよ。私はね、今すごく幸せ。ユーノ君がいるから。……生きて、いるから。ちょっと離れたくらいで、私たちの絆は無くならないよ!」
そう断言するなのは。頷くユーノ。
「でも……ちょっと寂しいから、お願い、聞いてくれる?」
なのははそうユーノに言う。
「何かな?」
「“ぎゅっ”てして欲しいな。ユーノ君をしっかり感じれるように」
「うん、いいよ。……僕も、なのはの事をしっかり感じたいし」
そう言って抱き合うなのはとユーノ。
そのまま、暫く二人は抱き合っていた。
そして、アースラが出発する日がやってきた。見送りになのはを始めとする高町家の面々がいる。
「ユ-ノ、元気でな」
「ユーノ、また来なよ」
「身体には気を付けるのよ」
「修行も怠らないようにな」
「ありがとうございます」
挨拶をする。ついでにお土産のクッキーを持たされた。
「なのはとは、いいのかい?」
「大丈夫ですよ。昨日さんざん話しましたし。……それに、これからも会えるんですから」
そう言って惚気るユーノ。それを熱い、熱い、とからかう桃子と美由希だった。
それからもう一方では……
「フェイトちゃん」
「なのは」
二人が話していた。
「ねえ、なのは?」
「何かな?フェイトちゃん?」
「私は、なのはの友達になりたい。……いいかな?」
「もちろんだよ!でも、既に私は友達だと思っているからね」
笑顔で肯定するなのは。
「ありがとう。……どうすれば友達になれるのかな?」
そうフェイトが問いかける。なのはは、それに答える。何時かのように。
「それはね、名前を呼んで。最初はそれだけでいいの」
「そっか……あれ?」
そこでフェイトは気が付く。
「……じゃあ、私はとっくになのはの友達だったのかな?」
「だから、そう言っているじゃない」
にゃはは、と笑うなのは。フェイトもそれにつられて笑った。
「そろそろだ」
クロノがそう告げる。
「少し、待って」
なのははそう言うと髪を止めているリボンを外してフェイトに渡した。
「思い出にできるの、こんなのしかないけど」
「じゃあ私も」
そう言ってフェイトもリボンを外し、二人はリボンを交換した。
フェイトは最後に言う。
「なのは!ユーノ!」
「何?」
「何かな?」
宣言する。
「……今度は、あんなにあっさりとは負けない。勝つからね!」
それを聞いて顔を合わせるなのはとユーノ。そして返した。
「負けないよ」
「僕も、簡単には負けないからね」
うん、と満足そうに頷いているフェイト。
「時間だ。いいか?」
クロノが告げる。ユーノとなのはがそれを聞いて目を合わせる。そして……
「んっ!」
「ん……」
互いに、口づけをした。しかもそれだけでは無い。
「んんっ……」
「んんん……」
なのはが舌を入れた。それに驚いたユーノだったが、すぐに舌を絡ませる。それを見て固まる面々。
そうして暫く互いに絡ませたり舐ったり歯茎を舐めたりしていたが、やがてどちらからとなく離れる。
「はふぅ……」
「ぷは……」
唾液の橋が架かる。それはきらきらと光を反射していた。
「それじゃあユーノ君!またね!」
「うん!またね、なのは!」
二人が別れを告げると同時に、時は動き出した。
「な、ななななな、なん、なん」
言葉になっていない士郎。
「あらあら」
若いわねー、とでもいうような桃子。
「……」
固まったままの恭也。
「……もしかして、なのはに先を越される?」
急に危機感が出てきた美由希。
「~~~~~~~」
固まったままのフェイト。恭也と違って真っ赤だが。
「へえ……」
興味深そうなアルフ。
「……」
頭痛を堪えるような仕草をしているクロノ。だが、仕事は行う。
「それじゃあ、転移するぞ」
「お世話になりました!」
「なのはも、また会おうね!」
そう言って、転移していく。その後には、誰もいなかった。
美由希がなのはに話しかける。
「でも意外だなあ」
「?何が?」
なのはは問い返す。
「ユーノの事だよ。まだ本調子じゃないんでしょう?それにを口実に、なのははもっとユーノの事を引き留めると思ったよ」
「あはは、そんなことは無いよ」
そのなのはの答えに、そう?と聞き返しす美由希。それになのははうん、と頷いて言う。
「大丈夫だよ。私とユーノ君の絆はちょっとやそっとでは壊れないよ。……それにお互い生きているんだ。必ず、会えるよ」
そのなのはの言葉に御馳走様ー、と言っている美由希。
なのははふと空を見上げる。それは、何時かと同じく真っ青だった。
だが、今はあの時と違って希望に満ち溢れている。なのはは、その空に自分とユーノのこれからことの思いを馳せるのだった。