時空管理局本局・食堂。クロノ=ハラオウンは以前自分達が関わった事件で出会った少年と会っていた。
「久しぶりだなユーノ。どうだ、進んでいるか?」
「……クロノ?どうしたの?ここで会うのは初めてだよね?」
もう一方の少年はそれに驚いた様な反応をする。今まで食堂で会ったことなど無かったが。
「まあ、昨日までなんだかんだで忙しかったからな……。今日は久しぶりにそれなりにゆっくりと昼食が取れそうだ」
「そっか。でも忙しくても食事と睡眠は大事だよ。特にクロノはまだまだ成長期なんだし。……成長期だといいね」
「大きなお世話だ」
背が低いことを気にしているクロノは若干不機嫌になる。
「あはは……。で、進行状況だっけ?」
「ああ」
ユーノは以前の事件での報酬代わりに無限書庫の利用許可を求めた。なんでも調べたいことがあるというと理由だった。
無限書庫――正式名称は第8管理世界・無限書庫。管理世界と言っても正確な世界の場所は特定できておらず、管理局でいくつか管理されている特殊な転送ポートから行けるだけの世界。
世界としての規模はかなり狭い部類に入るが、書庫としては破格の大きさであり、それ自体がロストロギアなのでは?、と言う説もある位に様々な情報がある。それこそ、美味しい料理のレシピ本の様なものから軽く世界を滅ぼせるロストロギアの情報まで。
ただし、そこは現状まともに利用できる状況とは言い難い。必要な情報を得るためにはチームを組んで数か月と言うのも当たり前であり、そもそも見つからない無いことも多い。
以上の事から、利用許可を出したとはいえ、一人で探しているらしいユーノの進行状況が気になったので話題代わりに聞いてみたのであった。
だが、返ってきた答えは予想外のものだった。
「うん。とりあえず大体は終わったよ」
「……何?」
驚愕する。前述のとおりチームを組んで数ヶ月が普通である。それがこんな短期間で大体終わったという。
「一体どんなことを調べていたんだ?」
興味が湧いたので訊ねてみる。
「……うん。それに絡むことでクロノに相談したいことがあるんだ」
「ほう。……ここで気軽に話せないようなことか?」
やや硬い表情のユーノ。それから何となく察してクロノはそう訊く。
「うん」
「そうか。ならば後で話そう。恐らく今日は定時に上がれるはずだ。終わったら連絡を入れる。うちでいいか?」
「いいよ。ありがとうクロノ」
ユーノは何も言わずに了承してくれたクロノに感謝を示すのだった。
その夜、ハラオウン家。
「ただいま」
「お邪魔します」
「いらっしゃい、ユーノ君。それからお帰りなさいクロノ」
クロノがユーノを連れてやってきた。
「……リンディさんも?」
「あら?私がいたら駄目な話なのかしら」
「いいえ。……むしろ、都合が良いです」
「ありがとう。実はクロノが友達を連れて家に来るのは初めてなのよ」
くすくす笑いながらそんなことを言うリンディ。
「母さん!余計なことを言わないでくれ!」
それに反応するクロノ。くすくす笑っているリンディ。苦笑いしているユーノ。
「それじゃあお話の前に夕飯でいいかしら。勿論ユーノ君の分もあるわよ」
「あ、はい。ありがとうございます。いただきます」
「遠慮しないでいいからね」
そして、食卓に着き、和やかに夕飯が進むのであった。
夕食後。三人で雑談に興じていた。
「へえ……じゃあプレシアさんも何とかなりそうなんだ」
「ああ。違法実験が中心だったが、結果として大きな人的被害が出ていなかった事が幸いした。彼女から押収した資料を元にした治療の臨床試験の、まあ悪く言えば実験体になった後、勤労奉仕と言う形になると思う。
まあ、元々そうでもしないと長生きができない身体だったという理由もあるから、臨床試験を受けることは別に問題無く了承してくれた。フェイトにどう切り出そうか悩んでいた」
「そっか。フェイトともうまくやっているようで安心したよ」
そう言ってユーノは安心したような笑みを浮かべる。
それを見てからクロノが切り出した。
「……さて、それじゃあ本題に入ろうか。ユーノ、僕に相談したいこととはなんだ?」
その言葉にユーノも表情を戻す。
「うん。……まずは、この画像を見て欲しい」
そう言ってレイジングハートの取らせた後、自分の端末に転送させた画像を見せる。その画像にクロノとリンディは激しく反応した。
「それは……」
「まさか、闇の書!?」
そう。その画像に映っていた物はロストロギア、闇の書。十一年前に父を、夫を無くした事件の原因であるロストロギアである。
ユーノは無論、そのことを知っていて内心も大体予想が付くがそんなことはおくびにも出さない。
「……これを、何処で?」
厳しい顔をしたクロノが問いかける。ユーノはそれに答える。
「地球で。なのはの家によくお世話になっている、八神はやてという女の子の家に行った時に見つけたんだ。
その時はあれってロストロギアじゃなかったけ、とかその程度だったんだけど、無限書庫の利用許可を得てからふと思い出して調べてみたんだ。吃驚したよ」
クロノと同様に厳しい顔をしたリンディも問いかける。
「その八神はやてという女の子の人物像を教えてくれないかしら?」
「いいですよ」
それを受けてユーノが説明をする。物心つく前から孤児で、さらに足が不自由なこと。それが原因で学校にさえ通っていないこと。ここ数年、なのはと知り合ってからは良く高町家に来ていること。
勿論非魔導師であり、さらにそれを悪用するような可能性は低いと思われること等々、色々と語った。
「……」
「……」
クロノとリンディは真剣な表情で何かを考えている。さらにユーノは爆弾を落とす。
「彼女の保護責任者は一応、ギル=グレアムという名前です」
「……!」
「……!」
反応する二人。だがユーノは気が付かないふりをして続ける。
「この人物がまた怪しいです。彼女の両親の遺産管理を驚くほど健全にしており、さらに多額の仕送りをしているにもかかわらず全く姿を見せない。
それに士郎さんがはやての親権を取り上げようとして、ギル=グレアムを調べたらしいです。士郎さんは昔の仕事柄、割とそう言った関係に強い人物とのコネもあるらしいのですが、不明。
確かにギル=グレアムという、彼女に仕送りをしている人間は発見できたそうですが、その日常が全く不明らしいです。何処で何をやっているのか。そのお金をどうやって調達しているのか。
普通ならば、例えマフィア等でも分かるのに」
そこで一息入れてユーノは続きを言う。間違っていると分かり切っている仮説を。
「ですが、魔法が関わっているのならば別です。このギル=グレアムは、闇の書を何らかの形で狙う次元犯罪者かもしれません。
その推測の元になったものもあります」
そう言ってユーノはさらに画像を出す。それにはとある使い魔の姿が映っていた。
「!!!」
「!!!」
やはり反応する二人。やはり気が付かないふりをするユーノ。
「この、猫の使い魔がはやての監視についていたそうです。二匹いて、直接監視していた一匹目は恭也さんにぼこぼこにされた後、転移魔法で逃走、
サーチャーを使い監視していた二匹目はなのはに発見され、やはり撃墜、転移魔法で逃走。その二匹目をレイジングハートが撮った画像がそれです」
「……」
「……」
絶句すると同時に考え込むという器用な事をする二人。ユーノは続ける。
「ちなみにレイジングハートの話では、真っ当な治療設備を使わない限り治癒にかかる時間は早く見積もっても二月はかかるとのことです。
それから……」
「……まだあるのか」
なんとか声を出したクロノが言う。正直お腹がいっぱいだ。内密にやらねばならないことがたくさんできた。
「うん。僕が調べていたのは闇の書だったのは分かってくれたと思う。でもね、調べていたらさらに別の事が分かったんだ」
「……別の事?」
うん、とユーノは頷いて闇の書と夜天の書について話した。悪意ある改造が元になっているのであろうということも。
それを聞いたクロノ達だが、そうだとしてもやらねばいけないことがある。
「そうか……。だが先ずやるべきことができた」
「そうね。ユーノ君、この画像は頂けるかしら?」
「はい、どうぞ」
ユーノはそれを渡す。
うん、と二人は頷いて目配せする。
「すまない、ユーノ。やらねばならないことができた。今夜は泊まってもらっても構わないが、僕はいそうにない」
「いいよ、帰るから。そんな予感はしていたしね」
「ありがとう。……では僕は調査を始めます」
「ええ。内密に、特にあの人には気が付かれないようにね」
「心得ています」
そう言って家を出る準備を始めるクロノ。リンディも片づけを始める。
「それじゃあ、僕も帰るよ。……これからは無限書庫でさらなる資料を集める。もしかしたら何とかなる方法が見つかるかもしれない。
はやてはなのはの親友だし、僕も友人だから死んでほしくないからね」
「ああ。……もし、良きにしろ悪きにしろ何か新しい資料が見つかったら連絡をくれ。すぐに出れない可能性も高いが、その場合メッセージを入れておいてくれると助かる」
「うん。分かった」
そう言ってから、帰る準備をして家を出る。
「ごめんなさいね、なんだか追い出すような形になってしまって。それから今回の事を教えてくれてありがとう」
リンディが見送りに出てきた。とは言っても彼女もこの後すぐに準備をして出るつもりなのだろう。
「いえ。そんなことはありません。この話をする時点で予想できましたから」
そう言って答えるユーノ。
「そう言ってもらえると助かるわ。それじゃ、気を付けて帰るのよ」
「はい」
そして歩き出す。
帰り道。ユーノは思考に浸っていた。
(これで、クロノとリンディさんを動かすことはできた。後は、例のあれの資料か)
今回はジュエルシードの時と違い、時間もあれば頼れる人間もいる。なにより、なのはを巻き込むまいとする必要が無い。今度は、前回よりも余裕を持って当たる事が出来るであろう。
(それにしても、最初はあんな感じだったなぁ……)
無限書庫を思い出す。はっきり言って混沌と呼ぶのがふさわしい状況だった。
(これが終わったら書庫もなんとかしないとな)
無限書庫の情報量は非常に頼りになるものである。これから必要になることも多いだろう。
(まあそれよりも、今はこちらをやらないとな)
そう思い、とりあえず体を休めるためにねぐらに帰るユーノであった。
およそ一月後。もう一つの資料が手に入ったユーノはクロノに連絡を入れた。
「クロノ、今いいかな」
『ユーノか……いいぞ』
「例のあれの、重要な資料が見つかった。あるいは、何とかなるかもしれない」
『……本当か!?』
驚くクロノ。
「それで、そっちはどう?」
『ああ。……実は、連絡を入れていてくれたことは都合がよかった。そのことで話したいことがある。うちの場所は覚えているな?今夜来てくれ』
「分かった。覚えているから大丈夫だよ」
『そうか。ならまた後でな』
「うん、また後で」
そして通信が切れた。
「よく来たな、ユーノ」
その夜。再びハラオウン家を訪ねたユーノはクロノに迎えられた。
「うん。お邪魔します」
「ああ」
そして家に入る。
居間。そこに通されたユーノは茶を出されるのもそこそこに話し始めた。
「さて、前置き無しで初めていいかな?……そういえば今日はリンディさんはいないの?」
「ああ。母は仕事だ」
そう答えるクロノ。
「そっか。……じゃあ、クロノ。先に話してもらっていい?」
「いいぞ。……そうだな、何から話そうか……」
そしてクロノが話し始める。闇の書と自分たち親子、そしてギル=グレアムとの因縁。
ギル=グレアムは自分たちの恩人でもあること。彼は地球出身の魔導師であること。例の画像に映っていた使い魔は彼の使い魔だったこと。
確かに八神はやての後見人をやっていた事。使い魔は両方ともここ一月少し、全く姿を見せていないこと
それを調査をして、先日彼にそういった資料ごと問い詰めに行ったこと。
そうして、暫く誤魔化そうされたが、やがて素直に白状された事。闇の書を完成させ、八神はやてと共に封印するつもりの事。
吐露された彼の心の内。その様な相手だからこそ、情を移したくないと会わなかった事。
巻き込む人間を少しでも少なくするために彼女の家の周りに認識疎外の結界を張って独りにさせていた事。
だがその外でたまたま一人の少女と出会い、彼女に知り合いがたくさんでき、苦々しく思ったこと。しかし、同時にとても安堵したこと……等々。
「……」
「……」
話終えたクロノと話を聞いたユーノはしばらく無言。ユーノは知っていたが、やはり改めて聞かされると、複雑な気持ちだった。彼がやろうとしていることは間違っているが間違っていないのだから。
やがて、クロノが口を開いた。
「彼のことを悪く思わないでほしい、とは言わない。だが責めないで欲しい。彼にとって闇の書はそれだけの物なんだ」
「……うん」
ユーノは頷く。
「さて……。それじゃあ今度はそっちの話を聞かせてくれ」
その微妙な空気を消そうとするようにクロノが言った。
「ああ。これだよ。見てくれ」
ユーノはその資料を出す。それは一冊の本の様なものの、とあるページの画像だった。
「……」
クロノは無言。
「どう?これなら――」
「すまないが」
ユーノの話をクロノが遮る。
「……?どうしたの?」
ユーノは疑問を浮かべる。クロノは答える。
「すまないが、何と書いてあるのかが分からない。教えてくれるか?」
「ああ……。古代ベルカ語だもんね……。ごめん、そこまで配慮していなかった」
そこに書いている文字は古代ベルカ語。彼もただのベルカ語位なら読めるのだろうが、流石に古代ベルカ語は読めなかったようだ。まあその手の考古学者でもあるまいし、仕方が無いことだろう。
「それじゃあ説明するよ。これはね――」
そしてユーノは説明する。これは夜天の書の製作者の手記なのだと。そしてこのページには夜天の書の予備の取説と万一の時のためのバックアップを無限書庫に置いておくと書かれており、その場所も書かれていると。
ちなみに、ユーノが辿った歴史でもこれの発見から今から探そうとしたものが見つかった。
「……」
クロノは驚いたような顔をして無言。ユーノはこの男にそんな顔をさせたことに若干の満足を覚えながら続けた。
「でも、問題があるんだよね」
「……どういう問題だ?」
聞いたところ相当奥の区画である。ならば人の手が入っておらず、そこにいまだ残されている可能性が高い。
「……危険区域の先なんだよ。それも一番の危険区域」
「そうか……」
納得する。無限書庫にはいくつか立ち入り禁止となっている危険区域が存在する。しかもその中でも一番の危険区域。確か資料ではランクSをリーダーとした一個小隊が壊滅したとあった。
配置されている警備のロボット(のようなもの)や罠は、何故か資料の類には影響を一斉与えないらしいが。
……最も、そのような危険区域の奥ならば未だに残っている可能性は極めて高い。
「でも、僕はそれを取りに行きたい」
「本気か?」
ユーノがそう言うが、クロノは反対そうな顔をした。
「本気だよ。だってそうしなければはやては封印される。違うかい?」
「まあ……僕も感情では反対したいが、そうした方がずっと良いのは確かだ」
ユーノの問いにクロノは溜息交じりで答える。自分も少女一人を犠牲にするなど反対したいが、闇の書の被害は無視できない。
「だがどうする?管理局は動かせないぞ。リーダーがSランクの一個小隊が壊滅した前例もあるし、何より堂々と部隊を借り入れる理由が出せない。
闇の書の主を救うためです等と言ったら、そこから色々な問題が出てくる。主が八神はやてと知られ、彼女が闇の書に恨みを持つものに狙われるとかな」
ユーノはそれに頷く。そんなことは承知の上だ。幸い、心当たりはある。彼女達ならば絶対に協力してくれるだろう。
「うん。それは分かっている。だから心当たりに協力を要請するよ」
「……心当たり?誰だ?」
クロノは純粋な疑問として聞く。
「うん、なのは。そろそろ夏休みに入るから協力してくれるはず」
「彼女か。……確かに、お前となのはが強いのは分かっているが、それだけでは不足だと思う。もしもお前たち二人で行くのなら僕は無理矢理にでも止めるぞ。書庫の利用許可を取り下げるとかな」
ユーノの答えにクロノは真剣な顔で言う。
「勿論、僕となのはだけではないよ」
「では、残りは?」
クロノの問いに一拍おいてユーノは答えた。
「闇の書の守護騎士・ヴォルケンリッター。もうすでに出現しているとのこと。主の為ならば、協力してくれるだろう。こちらから様々な資料を彼女たちに見せたうえで説得する」
ユーノの答えにクロノはぽかんとした顔で絶句する。ユーノはその珍しい顔を見ながら彼女たちの説得方法を考えるのであった。