「え……」
ユーノ=スクライアは目の前の光景が信じられなかった。信じたくなかった。
今日は自分となのは=T=スクライアとの結婚式。……いつから好きだったか分からない、大切な幼馴染との結婚式。
その誓いのキスの瞬間。何か、赤いモノが自分にかかった。
そしてユーノが見たものは
白いウェディングドレスを
自らの血で
真っ赤に染めている
なのはの姿だった。
「なのは、何で……。そ、そうだ治癒魔法を使わないと……」
しかし動揺しているのか、全く発動しない。それでも彼は使おうとする。
「くそっくそっ!どうして!どうして!」
「ユーノ君!私がやります!救急です!誰か転移魔法を!」
長年の知り合いである、シャマルが代わる。さらに周囲では怒号が飛び交っていた。
「くそっ!何処のどいつだ!?絶対に許さねぇ!」
「フェイトさんが真ソニックで犯人がいると思われる方向に飛んでいきました!」
しかしユーノにはそれらが思考のうちに入らない。
「なのは、なのは、なのは、なのは、なのはなのはなのはなのはなのはなのはなのはなのは……」
ただ、壊れたように繰り返していた。
結局、なのはは助からなかった。犯人は反管理局団体の過激派。何度も煮え湯を飲まされ、これからも被害を受けるだろうエースオブエースの無防備な瞬間を狙っての犯行だったらしい。
実行犯はすでに死亡。……そう、実行犯は。まだ黒幕は見つかっていない。周囲は黒幕探しに躍起になっている。
そしてユーノは……全ての気力を失ったように、結界を張り自宅の自室に閉じこもっていた。周囲の声も届かない。
「ねえユーノ……。出てきてよ……。みんな心配しているよ……」
彼女の一番の親友であったであろう女性。しかしその声は彼に届かない。
「ユーノ!てめぇいい加減に出てきやがれ、この引きこもり!」
彼女の最も付き合いが長かった同僚。しかしその声は彼には届かない。
「パパ……出てきて、出てきてよぉ……」
彼女の、そして彼にとっても愛娘であるはずの子。しかしその声は彼には届かない。
そんなある日……。
「邪魔をするぞユーノ」
ユーノの、恐らくは悪友とでも呼べる存在。その彼がデュランダルで強引に結界を破り入ってきた。
「……」
しかし、ユーノは何も応えない。
「ふむ」
そしてクロノはおもむろに拳を握り
「ふっ!」
思い切りユーノを殴った。
「……」
しかし、ユーノは何も応えない。
「……成程」
クロノはそう呟くと、ユーノを再び殴る。一発、二発、三発、四発……。
そして、大体十発程殴ったあたりでようやく反応が返ってきた。
「……痛い。止めろ」
「む、ようやく無視するのを止めたか」
もう少し殴ってもよかったんだが、など呟きながら問いかける。
「で、何時まで引きこもっているつもりだ?このフェレットもどき」
「……さあ?」
クロノはさらに一発ユーノを殴る。
「例の黒幕だがな、漸く目星がついた。……問題は現時点での足取りが全く追えていないことだが」
それの言葉にピクリとユーノが反応する。
「こちらは順調に進んでいるといっていい。……もう一度聞く。何時まで引きこもっているつもりだ?このフェレットもどき」
「……」
しかしユーノは答えない。
「昔……それこそお前に会った頃にも言った。『世界はいつだってこんなはずじゃないことばかりだ』と。それでも僕は進んでいく。皆も進んでいく。
……なのはも、生きていれば進んでいっただろう。……さて、お前はどうするんだ?」
その答えは
「……クロノ」
「ん?」
「ふっ!」
ユーノの拳だった。
「何をする!」
「うっさい!人のことを散々殴っておいて!」
「反応しないお前が悪い!このフェレットもどき!」
「言ったな!この真っ黒クロスケ!」
そして始まる殴り合い。魔力を一切使わず、ただ殴り合う。二十代も半ばの男二人が殴りあっている光景は、傍から見るとシュールだった。
それも一段落した。お互いにあちらこちらを腫らした二人が倒れこむ。そして
「なあ、クロノ」
「何だ?」
「来年の執務官試験、何時だっけ?」
「お前……」
ユーノも、前を向くことができた。
「……書庫はいいのか」
「もう大丈夫だよ。僕がいなくても、できるようになっている。僕も、僕の道を進む」
それを聞くとクロノは笑った。
「そうか。だが執務官試験は厳しいぞ。書庫に籠っていた貧弱フェレットが通るかな?」
ユーノも笑った。
「何を言っているんだ?元々無限書庫は本局で最もきつい職場さ。無重力だからトレーニングも義務だ。……とはいえ戦い方は誰かに学ばないとな」
碌な攻撃魔法が使えないからベルカ式かな、ザフィーラにでも格闘を教えてもらおうか、などと言っているユーノを見て、クロノは言う。
「まあ、前向きになったのは結構だが、その前に迷惑をかけた相手に謝ってこいよ。フェイトとかフェイトとか」
「分かってるよ、このシスコン。……なのはの墓にも行かないと」
そんなこんな話をしていると
「ただいま……」
ヴィヴィオが帰ってきた。その声には力が無い。しかし
「おかえり!ヴィヴィオ」
「パパ!?元気になったの!?」
「うん。心配をかけてごめんね、ヴィヴィオ」
ユーノが復活しているのを見て元気になっていった。それを横目にクロノが言う。
「さて……僕も帰るかな」
「……そうか。じゃあな。ああ、それと、その、ありがとう、クロノ」
それに一瞬クロノはキョトンとした顔をして
「ああ、分かった。それじゃあな、フェレットもどき。ヴィヴィオも元気で」
去って行った。またね、おじちゃんと言っているヴィヴィオを横目にユーノは思う。さあこれからは大変だ、ヴィヴィオの事、皆の事、執務官試験の事。
しかしあの日から今までとは全く違う充実感が占めているのは確かだった。
その後、ユーノ=スクライアは無限書庫司書長を退職。ザフィーラや高町士郎・恭也の教えを受けて執務官試験を一発で合格。
80歳で引退するまで常に現役の執務官だったという。
そしてその日……。
(今日はなんだか体が軽いな……少し外に出るか)
とある日。普段、高齢で基本的に寝床から離れなれないユーノは調子が良かったので外に出ていた。
(空が、綺麗だなあ。なんだかなのはを思い出すや)
正確にはそれは違う。何時だって、彼女を忘れたことなどなかった。
(なんだか気持ちよくなってきたな……、少し、眠るか……)
目を閉じる。瞬間、視界の端で左手の薬指が光った気がしたが気にすることはなかった。
ユーノ=スクライア。享年101歳。老衰。自宅の庭にて、まるで眠っているように亡くなっていたという。
『それはね、死が二人を別つとも、っていう意味なんだ』
『……』
『なのは?……やっぱり少し重かったかな?』
『――ううん。そんなことは無いよ。すごく、すごく嬉しい』
『なのは……』
『ねえ、ユーノ君』
『なに?なのは』
『絶対に、幸せになろうね!』
『そうだね』