第6管理世界、アルザス。ル・ルシエの里。族長の家。
ル・ルシエの族長とユーノ=スクライアが対峙している。
「……と、いう訳なのです。私個人としてはあの様な年齢の娘を追放などしたくはありません。ですが先のヴォルテール暴走の時の被害はあまりに大きすぎた。
多数の重軽傷者は勿論、死者も十人は下らない。族内の世論を考えると、幾らまだ幼い娘だとは言え、追放せざるを得ません」
そう言って一息つき、茶を一口飲む族長。何故この二人が対峙しているのかというと訳がある。
ユーノはキャロの件の為に、事前にちょっとした理由を付けて知り合いになっていたのだ。ちなみにその時、遠回しに気を付けろとは言っていたのだが……無駄に終わったようである。
連絡先も教えてあった。まあ族長は管理局の執務官と連絡が取れるのなら何かあった時便利かも、といったレベルだったのだが。
「付け加えるなら里に居たままでは、それこそ今回の件で恨みを買った人間に殺される可能性すらあります。いや、恐らく起きるでしょう。今の里の空気を考えると」
「そうですか……」
そう言う族長は本当にキャロの事を案じているようだ、とユーノは感じた。まあ感ではあるが。
それにしてもキャロがヴォルテールの暴走によってル・ルシエで出した被害がここまで大きいものだとは思っていなかった。
案外、あんなに幼い少女を追放した理由は、彼女が住人に殺される前に行った処置ということだったのかもしれない。
「わかりました。それでは彼女の事は任されましょう」
「ありがとうございます。……キャロのことをよろしくお願いします」
「はい」
大きく頭を下げる族長。その表情には安堵は浮かんでいた。
「それではキャロを呼んできます。少々お待ちください」
「はい」
そして暫くして族長が幼い少女を連れて戻ってきた。少女の肩には小さな竜。勿論キャロとフリードリヒである。
「キャロ、こちらは管理局のユーノ=スクライアさん―いや、今はユーノ=S=タカマチさんだな―だ」
「はい」
不安げ様子のキャロ。
「……強い力は争いと災いしか呼ばない。そしてお前が行ったことと今の里の様子は分かるな」
「……はい」
俯くキャロ。
「……お前を、このまま里に置くわけにはいかない。追放処分とする」
「……」
無言になるキャロ。
「とはいえ、流石にお前くらい幼い娘を当ても無く放り出すほど非情ではない。よってタカマチさんにお前を預ける」
顔を上げるキャロ。
「よろしくね」
笑いかけ、手を差し出すユーノ。しかしキャロはその手を見たままだ。
「……」
「……」
しかしユーノはそのまま待つ。やがてキャロがおずおずと口を開いた。
「……わたしが」
「うん」
「わたしが、何をしたのかを知っていますか?」
「知っている」
無言になる。
「……」
「……」
再び口を開く。
「いいんですか?」
「いいよ」
そしてまた間が開く。だがキャロはおずおずとユーノの手を取った。
「よろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします」
「キュクルー」
そして頭を下げるキャロだった。
そのままその夜は族長宅に泊まり、翌朝。二人(と、一匹)は出て行った。
そして都市まで行き、ターミナルに行き、ミッドに行く。
そしてクラナガン。
「ここが、ミッドチルダ、ですか。凄い……」
キャロがその大都市振りに驚いたような声を上げる。キャロは里を出てからというもの、驚き通しだ。
「さて……。まあ疲れただろうから役所云々は明日に回して今日はうちに行こうか」
「はい。……でも本当にいいんですか?新婚なんですよね?」
そう訊くキャロ。ここに来るまでに色々と話をした(新婚云々はその中で聞いた)。
その中で自分のこれからの処遇なども聞いた。これから自分は彼が保護責任者になって、そのまま引き取られるらしい。
「気にしなくてもいいよ。なのはも賛成してくれたし、エリオも賛成してくれたし」
「エリオ?」
初めて聞く名に疑問を浮かべるキャロ。なのは、という女性が彼の奥さんだとは聞いているのだが。
「あれ?言っていなかったっけ?エリオっていうのは君同様、僕が保護責任者をやっている男の子だよ。一緒に暮らしているんだ。歳は君と一緒だね」
「そうなんですか」
少し安心する。同じ歳の子がいれば少しは気が楽かもしれない。
「じゃあ行こうか」
「はい」
そして移動する。
「ここだよ」
「ここ、ですか」
着いたのはやや大きめ(キャロはミッドでの標準的な大きさの家を知らないが周りと比べて)の家。
「さ、入ろう」
「はい」
そして入る二人。
「ただいまー」
「お、お邪魔します……」
「違うよ」
「?」
ユーノの一言に疑問符を浮かべるキャロ。
「ただいま、だよ」
「あ……」
そんな声を上げる。
「え……と……。た、ただいま……」
「うん。お帰りなさい。あ、靴は脱いで入ってね」
「分かりました」
そしてリビングに移動する。
「お帰りなさい、ユーノさん。えっと、そっちの子が?」
「あれ?エリオ?学校は?」
エリオがリビングにいた。
「今日は半日だったので」
「そうなんだ。うん、こっちの子だよ。……ほら、キャロ」
そして自分の背中に隠れているキャロに促す。
「え、えっと……」
「僕の名前はエリオ=モンディアルだよ。よろしくね」
迷っているキャロを見て先にエリオが自己紹介をする。
「あ……。えっと、キャロ=ル・ルシエ、その、よろしくお願いします!」
そう言って勢いよく頭を下げるキャロ。
「うん。これからよろしくね」
「はい!よろしくお願いします!」
その様子に少し眉をひそめるエリオ。どうしたのかと少し不安そうなキャロ。
「えっとね、そう畏まらなくていいよ。僕たち同い年なんだよね?」
「あ、えっと、うん。そうみたいだね。ユーノさんから聞いたよ。……これでいい?」
口調を治すキャロ。
「うん。改めてよろしくね」
「うん」
そうして挨拶をし合っていた二人だったが家のチャイムが鳴った。
「あれ?僕が出てきます」
「いや。別にいい」
エリオが出てくると言うがユーノが止める。
「?何でですか?」
エリオの疑問にユーノは無言でリビングの庭に面した大きな窓を開ける。するとそこには……
「あれ?気が付かれちゃった?」
「ルー?」
紫色がかった髪の色をした少女がいた。少女はよいしょ、と靴を脱いでそこからリビングに入ってくる。
「やっほーエリオ。遊びに来たよー」
そこで彼女は見慣れない少女に気が付く。
「あれ……?あ、そっか。わたしはルーテシア=アルピーノ。隣の家に居候しているんだ。よろしくね」
「えっと、キャロ=ル・ルシエ。よろしく」
話には聞いていたのか、自己紹介をするルーテシア。自己紹介を返すキャロ。
ちなみにルーテシアはナカジマ家に居候している。……母メガーヌは未だ植物状態である。
手を差し出すルーテシアにおずおずと手を出すキャロ。そして二人は握手した。
「よし。じゃあエリオ。キャロも交えて遊びに行こうか」
「え、でもキャロは来たばかりだから疲れていると思うし……」
「わたしは構わないよ?」
エリオがキャロに気を使うが、キャロが構わないと言う。そしてエリオはユーノの方を向く。
「えと……」
「ああ、いいよいいよ。行っておいで。あまり遅くなる前に帰ってくるんだよ」
「はい!」
「はい」
「はーい」
「キュクルー」
そして出ていく三人(+一匹)だった。
こうしてキャロは高町家の一員となったのであった。キャロはその後エリオやルーテシアと共に魔法学校に通うこととなる。
それから数ヶ月後。
「初めまして。スバル=ナカジマです」
「初めまして。高町なのはだよ」
「初めまして。高町ユーノ、ユーノ=S=タカマチだよ」
「初めまして。エリオ=モンディアルです」
「初めまして。キャロ=ル・ルシエです。こっちはフリードリヒ」
「初めまして。ルーテシア=アルピーノです」
「ルーは初めましてじゃないでしょ……」
隣のナカジマ家に次女のスバルが陸士学校から長期休暇という事で帰ってきた。
そして妹分がよく世話になっているという事で隣の家に挨拶をしに来たのだ。
出してもらったケーキ(なのはの手製)に舌鼓を打つ。
「んー。美味しいです」
「良かった。多少ならお代わりもあるからね」
「いいんですか?ならお願いします」
「はいはい」
ちなみにこういった物も作るときは割と多めに作る。
「なのはさん、わたしもー」
「えっと、わたしもお願いします」
「はいはい、ちょっと待ってね」
元気よく皿を出すルーテシアとおずおず皿を出すキャロにも乗せる。
「わーい。なのはさんのお菓子はおいしいから好き」
「うん。ありがとうね」
そして雑談に興じる。陸士学校でどんなことをやっているのかという話やら、なのはとユーノの惚気話やら。
そしてその中、なのはが訊いた。
「ねえスバル。一つ訊いていいかな?」
「何でしょうか?」
疑問を訊くなのは。
「何故魔導師になろうと思ったのかな?それと、何故管理局に入ろうと思ったのか」
それを受けてスバルが話し始めた。
「一年以上前の事ですけど……臨海空港の大火災を知っていますか?」
「……うん」
勿論知っている。今回も巻き込まれていたのだろうか?
「それに巻き込まれたんです。母さんともギン姉ともはぐれ、一人さまよっていました。恐怖に不安に疲労。やがて私はへたり込みます。
そこに狙ったように柱が倒れてきました。動けませんでした。ただ、恐怖だけでした。でもそこに割り込んできた人がいたんです」
そして一息つく。続ける。
「そしてその人は私を護るように大きな障壁を張りました。それは一瞬しか持ちませんでしたけど、その一瞬でその人の使い魔が私ごとその人を攫っていきました。私は助かりました。
その人はその後魔力切れですぐに倒れてしまって一言しかお礼を言えませんでしたけど。そして救助され、その時の事を思い出して思ったんです。ああ、あの人みたいに誰か人を助けてみたい、と」
「………」
「なのは?」
なのはは何かを考えている。不審に思ったのかユーノが話しかける。
「ねえスバル。その使い魔、いや、多分守護獣って青い大きな狼じゃなかった?」
「あ、はい。そうです。……もしかして知っているんですか!?」
声を大きくするスバル。なのはは答える。
「うん。多分、私の友人」
「是非紹介してくれませんか!もう一度お礼が言いたいんです!あの後管理局に訊ねても規則がどうとかで教えてくれませんでしたし」
「いいよ」
「ありがとうございます!」
そう言って大きく頭を下げるスバルだった。
そしてその暫く後、スバルは恩人――はやてとザフィーラ――に再会することとなる。
さらに数ヶ月後。
ミッドチルダ。クラナガンのとある病院。高町なのはの病室。そこになのはとユーノがいた。そして、さらに二人。
「うーん。可愛いなあ……」
「可愛いねえ……」
勿論、二人の子供である一臣と優奈である。二人とも今はベッドの上ですやすやと寝ている。ちなみに一臣が兄で優奈が妹。
先日、無事に出産が終わったのだ。
「でもユーノ君があやすのが上手すぎて少しへこんだよ」
そう言うなのは。実際、自分では全く泣き止まなかったのにユーノがあやしたらあっという間に泣き止んだ。
「はっはっは。孫や曾孫どころか玄孫の面倒も見たことがあるからね!流石に来孫はないけど」
誇らしげなユーノ。
「うー……」
「まあまあ。これから学んでいけばいいじゃない」
少し拗ねるなのはにユーノはそう言う。
「そうだね。教えてね、ユーノ君」
「うん。まあ油断しているとあっという間に大きくなっちゃうけどね」
「大丈夫!その場合はまた新しく作るから!」
親指を立てるなのは。互いに顔を見合わせる。
「そっか」
「そうだよ」
そして二人で笑う。
「そういえば明日士郎さん達が来るって」
「そうなんだ」
そしてなのはがふぁ、と欠伸をする。
「ごめんユーノ君。少し寝てもいいかな?」
「いいよ。ゆっくり寝なよ」
「うん。ありがとうユーノ君……」
そして瞼を閉じるなのは。暫くすると寝息が聞こえてきた。
ユーノはなのはと子供たちを穏やかな表情で見つめていた。