そうして、彼は目を覚ました。
(あれ……?)
同時にひどい違和感を感じる。身体が妙に軽い。
部屋を見渡す。自分の部屋では無い?……いや、見覚えはあるここは……
(スクライアの、テント?)
確かそのはずである。でも、と思い
(なんで……?)
スクライアへ帰ったのは執務官を引退してすぐが最後のはずである。そして気が付く。
(身体が、若返っている……!?)
思考に浸ってられたのはそこまでだった。
「おいおいおい、ユーノ大変だ!起きているか!?」
なんだか見覚えがある男が飛び込んできたからだ。えらい若返っている、むしろ故人だったはずの彼は
「カロ兄さん?」
「おうよ。おはようさんユーノ」
カローラ=スクライア。スクライアにいた時は兄のように慕っていた男だった。
「ど、どうして……?」
「あん?寝惚けてんのか?昨日お前帰ってきたんだろうが」
へ、と思う間も無く
「まあいいや。飯出来ているからさっさと目覚まして来いよ!」
嵐のように去って行った。
(え?え?どういうことだ?)
しかしとりあえず
(ご飯を食べてから考えよう……)
そう結論を出すのであった。
そしてスクライアの、まるで食堂のようになっている所に行く。
「来たな。改めておはようさんユーノ」
「う、うん。おはようカロ兄さん」
なんでこんなことになっているんだろう……もしかして……、などと思考に没頭しそうになっていると、カローラが話しかけてくる。
「何だ?今日は変だな。やっぱ緊張してたから疲れてんのか?」
「……?緊張って?」
疑問に思ったことを聞く。なにか昨日までやっていたのだろうか。
「だからさ、お前昨日まで初めての遺跡発掘の指揮取っていたんだろ?それでだよ」
その言葉にえ、と反応する。そして呟く。
「ジュエルシード……?」
「そうだな……っとそうだった!大変なんだよユーノ!」
その言葉にまさか、と思う。しかし
「ジュエルシードの輸送船なんだがな、襲撃を受けたらしい。このままじゃ金になんねえ」
予想は、当たってしまった。まあ管理局には連絡したみたいだけどな、と言う。そしてユーノは
「――行かなくちゃ」
そう決意する。しかしカローラが言う。
「は?何で?別に輸送艦の責任であってお前の責任じゃないだろ?封印も施してるんだろ?管理局だって行く。ほら、お前が行く必要は無いじゃないか」
しかしユーノは言い切る。
「それでも、僕は行かなくちゃいけない」
それにカローラはふむ、返事をして
「まあそこまで言うんだったら別に止めないが……。発掘現場責任者として、とかか?」
そんなことを聞いてくる。だが、ユーノは答える。
「――違うよ。僕の大切な人を守りに、かな」
はあ?となにを言っているのかわからない、という顔をしていたカローラだったが、ふと気が付いたのか別の事を聞いてきた。
「そういやユーノ。お前何時の間に左手に指輪なんてしてんだ?昨日は付けてなかったよな」
「え?」
気が付いていなかったユーノが左手薬指を見る。そこには、確かに彼女との結婚指輪がしてあった。
おもわず、涙がこぼれる。
「あー、なんか悪いこと聞いたか?」
カローラがばつが悪そうに聞いてくる。
「そんなこと、ないよ。……ありがとう兄さん。気が付かせてくれて」
「あー、ならいいんだ。ほら、行くんだろ?さっさと食って用意しろよ」
そして照れくさそうに答えるカローラ。ユーノはそれに気が付かないふりをして、そうだね、と食事を進めるのだった。
行く準備を進める。同時に思考を纏める。
(どうやら僕は戻ってきたようだ……しかもこのタイミングに)
とりあえず、替えの下着をいくつか。
(確かにこの体は全然僕の戦闘スタイル慣れていない。だけど今の僕でも、例え相手がフェイトだって倒せる。そのための経験値位はあるし、元々何度も模擬戦をした相手だ。あの時より強いということは無い)
着替えは最悪バリアジャケットで代用できるから別にいい。
(だから……なのはに頼らないでも、巻き込まないでも済む。……なのはを、魔法の世界に引きずり込むわけには、あんな最期を迎えさせるわけにはいかない)
それからサバイバル用のセットを。
(もちろん、会いたくて堪らない。なのは、なのは、なのは、なのはなのはなのは!)
あとはそれらをまとめるそれなりの大きさの袋。
(でも、絶対に会わない。会ったら絶対に未練が生じる。今回は万一にでも彼女が被害にあったり、魔法の事を知ったりしないようにするため)
最後に彼女の、そして自分の生涯の相棒だった彼女を。
「それじゃあ出発するよ、レイジングハート」
『分かりましたが……一体何処へ行くんです?』
「……」
今ひとつ締まらない始まりだった。
そして……
「地球か……久しぶりだな」
第97管理外世界地球・日本・海鳴。ユーノはそこにたどり着いていた。
「最後に来たのはアリサの葬式の時だから、体感としては10年振りくらいかな」
魔力を探知する。そして、簡単に発見できるこの魔力は……
「なのは……」
間違えるはずもない。彼女だった。
『マスター。何だかよく分からない感傷に浸っていないで今後の方針を決めましょう』
(いまいち空気を読めない)レイジングハートがそう提案してきた。
「あ、ああ、そうだね。まあ方針としては単純、探知・発見・封印だよ」
『実に分かり易いですね』
「まあね。あとどっかに結界張ってベースキャンプを作ろう。水は公園とかから取れるし、川もある。季節が季節だから場所さえ間違えなければ食べられるものは簡単に取れるし。烏とかを捕獲してもいい」
『ふむ、随分詳しいですね』
それにユーノは一瞬反応して
「……まあ、いろいろあったんだよ」
そう言う。
『まあ何でもいいです。それじゃあさっさと始めましょう』
そうレイジングハート。ユーノはそれに苦笑して
「そうか。それじゃあ始めようか」
行動を開始するのであった。
それから何日か経った。月村邸、旅館の近くなど印象に残っていたので覚えていた所を始めとし合計5つの封印に成功していた。そして今も
ここはなのはと初めて出会った森。……あの時は本当は魔法の事を何も知らない人間などを巻き込むつもりなど無かった。ここは管理外世界、魔法資質を持つ人間など極めて少ない。
だから広域念話をした時、期待をしていたのは万が一にでも念話が届く範囲に魔導師がいることだった。
――だけれども魔導師などいなく、代わりに自分の声に応えてくれたのはなのはだった。……思えば、自分はあの時から彼女に惹かれていたのかもしれない。勿論、今も。
「はっ!」
ユーノの拳がシードモンスターを正確に打ち抜く。魔力で強化されたそれは御神の特殊技法“徹”とあいまって一撃で破壊した。そのまま素早く封印。
そうして6つ目のジュエルシードを手にしたのだった。
「順調だね」
『……そうですね』
「?どうしたのさ、レイジングハート。なんだか歯切れが悪いけど」
まあデバイスには歯無いが。
『いえ……なんだか私、ただのジュエルシード格納庫だなあ、と……』
さもあらん。ユーノは昔の、未来の感覚を取り戻すために、調整と訓練の意味も兼ねて戦っている。本当は二刀小太刀が一番いいのだが、改造されていないレイジングハートにその形状は無い。
よってサブだった格闘で戦っている。ちなみにユーノは“徹”を小太刀以外でも使えるように努力した。結局格闘でしか使えなかったのだが。
ユーノはBJ、封印、結界といったものさえも自分で使っている。まさしくレイジングハートはジュエルシード格納庫だった。
「仕方が無いじゃないか。そのままじゃ僕の魔力は君とは相性が悪い。ある程度お金があったら改造するんだけど……」
そんな理由でまともにレイジングハートは使えない。
『……マスターの甲斐性無し。大体あんな格闘術何時覚えたんですか』
うぐ、と二重の意味で言葉に詰まる。まあそれはそれとして格納しようとする。しかし
『!7時の方角より敵襲ですマスター!!!』
その声とほぼ同時に気が付いたユーノは横に飛ぶ。そして敵の攻撃を回避。襲ってきた相手は赤い毛並みの狼。
(アルフ!と、いうことは……)
「バルディッシュと同じ、インテリジェントデバイス……。ジュエルシードの探索者」
木の上に、黒いバリアジャケットに金髪ツインテールの魔法少女がいた。
「ジュエルシード、頂きます」
いつかはぶつかると思っていたが、思っていたより早かった。そんなことを思っているとレイジングハートが発言する。
『マスター……』
「ああ、彼女はなかなかやる。ここは気を引き締めて……」
『何故ああいう輩は高い所から登場するんでしょうね。ナントカと煙でしょうか』
「……レイジングハート。まずは改造よりも先に空気を読むことを覚えよう」
何かいろいろと台無しだった。
ユーノが結界を張る。それが合図となり、戦闘が始まった。
アルフが突撃してくる。ユーノはそれをいなす。瞬間、フェイトがフォトンランサーを放つ。回避、フェイトとの距離を詰める。鉄拳。フェイトは回避。
アルフが後方から一撃。ユーノはそれが見えているかの様に横に飛び、回避。
「へえ……なかなかやるじゃないか」
「そうだね。油断出来ない」
しかしユーノが言い切った。
「いや、全く問題は無い。大体分かった」
そう、ユーノは過去のフェイトたちとの模擬戦―無論、一対一も二対一も含む―と照らし合わせていた。そして確信する。彼女達は自分が知る何時よりも弱い。それに加え実戦経験が足らず自分達の癖も理解していない、と。
「なんだって!?」
その挑発を受けたアルフが突進してくる。それが第二ラウンドの始まりだった。
圧倒的だった。先ほどと同じようにアルフの攻撃をいなした。その後はフォトンランサーがどこから飛んでくるのか分かっているかのように回避をし、距離を詰めてきた。攻撃をされたから回避をすればその先にはバインドが待っていた。自分は宙を舞っていたのに、何処に回避するのか分かっていたように。
そしてバインド外そうとした隙にアルフがやられた。防御魔法を使っていたはずなのに、それを易々と無効化して。未だにバインドから抜け出せない。完全にチェックメイトだった。
「わたしたちを……どうするの?」
フェイトが訊ねる。自分たちはあっという間にやられた。何もできなかった。正直とてもとても悔しい。だがそれを押し殺して聞く。一個だけ持っているジュエルシードが取られるかもしれない。
「うーん……。別に何をする気もないけどなあ……」
ユーノは答える。本音である。フェイトの事情は無論知っている。勿論、ジュエルシードをプレシアに大量にやるわけにはいかないが。数によっては次元震が地球まで及ぶかもしれないし。
だが、それを悩んだのが悪かったのだろう。後ろから回復したアルフが猛烈な勢いで突進してきた。ただし、ユーノではなくフェイトに。そして狙い通りに勢いも利用してバインドを破壊した。
「フェイト!こいつはあたしが一時的にでも食い止める!フェイトはでっかいのを!その隙に逃げるよ!」
アルフがそう言う。そしてフェイトは、一瞬呆けたがすぐに頷き、魔法の準備を始める。”フォトンランサー・ファランクスシフト”を。
アルフが攻撃してくる。それは先ほどまでとは毛並みが少し違った。
「む……」
だからユーノは少し手間取る。
「アルフ!引いて!」
魔法が完成する。アルフが引く。同時に発動した。
(まあ、あれ位ならシールドでなんとか……!?)
ユーノは気が付く。自分たち以外に結界内に入り込んでいる人がいることに。そして、その魔力反応は間違えるはずが無い。
(なのは!)
魔法はすでに放たれている。そしてファランクスシフトの魔力弾は無防備な彼女も巻き込む。気が付く前に体が動いていた。
「なのはっ!」
思わず名前を呼ぶ。しかしそんなことを気にする余裕は無い。まだ未熟な体では使うつもりが無かった奥義を使う。
(神速)
瞬間、視界がモノクロになりあらゆるものが遅くなり、しかしその中自分は普通に動く。だが
(少し、足りない“フラッシュムーブ”)
さらに魔法を使い加速。神速中に魔法を使うのはこの未熟な体には相当な負担だ。なのはの所に行く前に倒れそうになるが倒れるわけにはいかない。
そして、辿りつき、彼女を庇い、魔力弾をまともに受けた。
(良かった……今度は護れた……)
倒れる直前、彼女の顔が見えた。まるで、見たくなかったナニカを見ている様な顔だった。
(あはは、赤の他人が自分を庇っただけなのに、そんな顔をするなんて、やっぱりなのはは優しいよ)
そうして意識を手放した。その直前、声が聞こえた気がした。
「え……?……の、く……」
だけど彼は気にしなかった。気にする余裕は無かった。