「ああ、あああ、あああああああああああああ!!!!!」
なのはの慟哭が周囲に響き渡った。
あの光景をを思い出す。何も出来なかった自分。ユーノからただ流れる血。
「あ、あ……」
……彼女にとってはいまだに酷いトラウマだ。戻ってきてからも、思い出してしまって寝れない夜を過ごしたのは一度や二度ではない。
「ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君ユーノ君……」
名前を呼びながら必死に彼に近寄る。そして、その体に触れようとした瞬間。
(え?な、何……?)
彼の体が、彼の魔力光によって包まれる。そして……
(あ……そっか……)
ユーノは、フェレットになっていた。
なのははそっとユーノに触れる。呼吸をしているのだろう、規則正しく動いている。つまり……
(無事だったんだ……。よかった……)
安心する。それと同時に緊張が解けたのかへなへなとその場に座り込む。
(そういえば、フェイトちゃんは?)
周囲に気を払う余裕も出てくる。だが……
(いない、か)
既にフェイトは消えていた。
(フェイトちゃん、もし今度出会ったら――)
物騒な方向に思考が行きかける。しかし、そこでユーノが視界に入る。
(……うふふふふふふふふふふふふふふ)
顔が緩んでいくのが分かる。
(ユーノ君、ユーノ君、ユーノ君!本物の、ユーノ君!!!)
戻ってから、この時を何度夢に見ただろう。いや、むしろ夢に見ない日のほうが少なかった。
(本当に、本当に、本当に!ユーノ君が!ここにいる!!!)
まあ予定とは少し違ったが。……それを自覚して自己嫌悪に陥る。
(う……。役に立たなかったなあ……。むしろ邪魔しちゃったし。ユーノ君、お、怒ってないよね)
そのまま思考がスパイラルしていく。
(お、怒っているかなあ。何で邪魔したんだ!とか。……いや、もし『もう君となんか会いたくない。二度と姿を見せるな』とか言われたら……)
冷静に考えればユーノがそこまで怒るわけないのだが。
(どうしよう……。もし、そうなったら私生きていけないよ……。……遺書ってどう書くのかな?)
どんどん思考がネガティブになっていく。
(駄目だなあ、私……。役立たずだし、お荷物だし、お邪魔虫だし、いまだに自転車乗れないし……)
そんな負の思考を破ったのは(空気の読めない)デバイスの声だった。
『そこの人』
「ひゃいっ!」
話しかけられると思っていなかった(むしろ彼女を忘れかけていた)なのはは思わず声が裏返る。
『貴女はマスターの知り合いなのですか?』
「え?」
本当に、分からない。
『違うのですか?先程から幾度かマスターの名前を呼んでいるようですが』
「え……?」
本当に、気が付いていなかった。そして、レイジングハートはさらに爆弾を投下する。
『……そういえば、マスターもあなたの事を知っているようでしたね。なのはさん、でしたか?』
「――!!!」
声に出ない驚愕の叫び。
「それ本当!?レイジングハート!!!」
『おや。私の事も知っているのですか。マスターから聞いたのですかね』
相も変わらずマイペースなデバイス。それにいらいらしたように急かす。
「いいから言うの!ハリーハリー!!!」
『やれやれ……。カルシウムが足りていませんよ。貴女位の年頃なら特にしっかり取ったほうが良いです』
それになのはは絶叫する。
「いいからさっさと言いやがれなのーーーーー!!!!!」
ぜい、ぜいと肩で息をしているとようやくレイジングハートが答えた。
『それはですね、先程あなたを庇ったでしょう?その直前に“なのは”とマスターが叫んでいたので』
「そ、そうなんだ……」
それを聞いてもしかしたら……という期待が湧いてくる。
『あと、この街に来た時に妙に感慨深い声で呼んでいましたね』
「そうだ!指輪!ユーノ君、指輪していた!?」
そうだ、確かあの指輪はロストロギアだとユーノは言っていた。こんな効果の事など聞いていなったが……死んで確かめるわけにもいかないから当然だろう。
あの指輪に書かれている言葉は『例え死が二人を別つとも』。いかにもそれっぽいじゃないか!
『ええ、付けていましたね。左手の薬指に。確か、ジュエルシードを発掘している時はそんなもの付けていなかったと思いますが』
次々と入る情報になのはは歓喜する。
(もしかして、もしかして、もしかして――)
あの、ユーノ君かもしれない。……私が愛して、私を愛してくれた。
それと同時に
(でも、今まで何で指輪の事を気にしなかったんだろう。……普通に考えれば、真っ先におかしい所だと思うのに)
疑問が一つ。まるで考えがそこまで行かないようにしているかのようだった。そんなことをなのはは思う。……まあ、今はそれよりも大事なことがある。
「他には!?他には何か無いのレイジングハート!?」
レイジングハートから情報を絞り取ることだ。
『他ですか……。いいえ、貴女のことは特にありませんね』
「いいから!例えばここに来たときほかに何を言ってたかとか!?」
どんなことからでも情報が入るか分からないのだ。
『ここに来た時ですか……アリサさんとやらの葬式以来だから10年振りだとかなんとか』
「え……」
まだ10年も生きていないのに何を言っているんでしょうね、これがこの国で言う厨二病とやらでしょうか、などとレイジングハートが言っているがなのはは聞いていない。
(そう……か……。あのユーノ君とは別人なんだ……)
期待して損した、などと思うがすぐにその考えを否定する。
(いやいや何を考えているの!勝手に期待して勝手に失望するなんて筋違いだよ。例え、どんな未来から来たユーノ君だとしてもユーノ君はユーノ君だ!)
それに、と考える。
(レイジングハートの話を聞いている限り、少なくとも私は感慨に耽るくらいには大切に思われているはず!)
そんなことを考えていると……
「う、ううん……」
ユーノが、目を覚ました。
「う、ううん……」
目を覚ます。そして現状を確認。
(フェレットになっちゃったか……これは痛いなあ……まあ、昔よりは早く回復できるだろうけど)
まあそれよりも一番大切なことは
(なのはは?)
それだった。そしてそう思っていると
「ユーノ君!」
突然、抱きしめられた。
「ユーノ君、ユーノ君、ユーノ君。会いたかった、あいたかったよお……」
(え、え、え、?)
ユーノは混乱中。でも、彼女が言っていることは、その、つまり……
「なのは……僕の事、分かるの……?」
そういうことだ。
「勿論だよ!」
その満面の笑顔は、実に75年振りに見るもので
「あ、ああ、あああああああ!!!」
歓喜の声を上げた。もしも、フェレットでなければ号泣していただろう。
「なのは!なのは!!なのは!!!なのは!!!!なのは!!!!!」
なのはは、自分が落ち着くまで優しく、優しく抱きしめてくれた。
「落ち着いた?ユーノ君」
「うん、ありがとうなのは」
そのまま二人で黙る。だがその沈黙は、別に居心地が悪いわけでなく、むしろ良いものだった。だがこういうのをぶち壊すのは例の赤いの。
『で、結局貴方達の関係は?正直さっきから話が見えなくて背中がムズムズするのですが』
お前の背中は何処だ、赤い球。
「……」
「……」
「……そうだね、説明するよ。ユーノ君に。私の予測が大分含まれるけど、いいかな?」
「お願い」
『何故私には説明してくれないのでしょうか、なのは』
「……レイジングハート」
『何でしょうかマスター』
「本当に、空気を読めるようになろうね」
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「そういう、ことか」
大体の説明が終わり、ユーノは納得したように息を吐く。
「うん。今まで何で指輪とこの現象を結び付けられなかったのかは疑問だけど」
「多分、それまで効果なんじゃないのかな?指輪を身に着けた者同士が合わないとそこまで思考が至らない、みたいなね」
なるほどー、流石ユーノ君、と納得しているなのは。それからもう一体。
『……世界は不思議で溢れていますね』
「……意外。納得したんだレイジングハート」
それに諦めたような声色の答えが返ってくる。
『まあロストロギアですし。どんなトンデモ現象もロストロギアだと言われれば納得するしかありません』
「あー、確かに」
妙に納得したような返事をするユーノ。
『それでは私は休止モードに入ります。お二人で積もる話もあるでしょう?』
「「レイジングハートが空気を読んだ!?」」
そんな思わずツッコミがハモる。レイジングハートがそれに反論する。
『失敬な。幾ら私でも今の空気は読めますよ』
「普段あまり読めていないのは否定しないんだね……」
「なの」
『……否定はしません。休止モードに入ります』
そして、本格的に二人きりになった。
「……」
「……」
しばらく、心地の良い沈黙が続く。
「……」
「……」
一緒にいるというだけで二人は満たされる。
「……」
「……」
だが、それを破ったのはなのはだった。
「ねえ、ユーノ君」
「何、なのは?」
どうしても聞きたいことが一つだけあった。
「あのね、そっちの私とユーノ君ってどんな関係だったのかなって」
それにユーノはなんだか嫌な顔をする。フェレットなのに。それを見たなのはは遠慮する。
「あ、ううん。話したくないならいいんだ!ごめんね!」
しかしユーノは決意して言う。
「夫婦だったよ」
「そ、そうなんだ!」
なのはは嬉しそうに答える。だが
「すぐに別れたけどね」
「え……」
そう答える。なのはは何で、何で、何で、と顔に出している。それを見ながら変わらない声音で言う。
「……死別だった。結婚式の日、反管理局の過激派の連中にね、なのはは殺された。僕は、なのはが血に染まるのを見ることしかできなかった」
なのはが息をのむ。
「……僕はこうだった。僕はね、一番大切なものを護れなかったんだよ」
自嘲気味にユーノが言う。それを見て、沈黙するなのは。しかしなのはも決心して言う。
「ユーノ君、私もね……、夫婦だった。すぐに別れた。死別だった。結婚式の日、私の代わりに過激派の連中にユーノ君は殺された。私はユーノ君が血に染まるのを見ることしかできなかった。
私は……一番大切なものを護れなかった」
ユーノも息をのむ。
「……」
「……」
二人で沈黙する。
「ねえなのは」
「何かな?ユーノ君」
「僕はね、生まれて初めて自分に嫉妬をするという経験をしている」
「実は、私も」
そんなことを言い合う。
「……」
「……」
再び沈黙。
「……」
「……」
そして
「……なのは」
「……ユーノ君」
「今度こそ、一緒に幸せになろう」
「――うん、今度こそ」
そのことを、再び誓い合った。