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No.24487の一覧
[0] 天使と悪魔と妖精モノ。(剣と魔法と学園モノ。3)【完結】[りふぃ](2014/05/11 22:24)
[1] 天使と悪魔と妖精モノ。(設定資料)[りふぃ](2011/07/02 13:43)
[2] 天使と悪魔と妖精モノ。①[りふぃ](2010/11/22 11:29)
[3] 天使と悪魔と妖精モノ。②[りふぃ](2011/11/05 01:59)
[4] 天使と悪魔と妖精モノ。③[りふぃ](2010/11/22 11:37)
[5] 天使と悪魔と妖精モノ。④[りふぃ](2010/11/22 11:45)
[6] 天使と悪魔と妖精モノ。⑤[りふぃ](2010/11/23 18:32)
[7] 天使と悪魔と妖精モノ。⑥[りふぃ](2010/11/23 19:00)
[8] 天使と悪魔と妖精モノ。⑦[りふぃ](2010/11/27 16:24)
[9] 天使と悪魔と妖精モノ。⑧[りふぃ](2010/12/02 16:30)
[10] 天使と悪魔と妖精モノ。⑨[りふぃ](2010/12/10 11:33)
[11] 天使と悪魔と妖精モノ。⑩[りふぃ](2011/12/23 10:16)
[12] 天使と悪魔と妖精モノ。⑪[りふぃ](2010/12/19 15:47)
[13] 天使と悪魔と妖精モノ。⑫[りふぃ](2010/12/23 16:36)
[14] 天使と悪魔と妖精モノ。⑬[りふぃ](2010/12/30 18:45)
[15] 天使と悪魔と妖精モノ。⑭[りふぃ](2011/01/08 00:07)
[16] 天使と悪魔と妖精モノ。⑮[りふぃ](2011/01/15 19:08)
[17] 天使と悪魔と妖精モノ。⑯[りふぃ](2011/01/29 23:34)
[18] 天使と悪魔と妖精モノ。⑰[りふぃ](2011/02/12 14:31)
[19] 独り言[りふぃ](2011/02/12 14:32)
[20] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act1 前編[りふぃ](2011/06/23 11:51)
[21] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act1 後編[りふぃ](2011/07/02 13:43)
[22] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act2 前編[りふぃ](2011/11/11 16:58)
[23] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act2 後編[りふぃ](2011/11/17 23:56)
[24] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act3 前編[りふぃ](2012/09/08 10:26)
[25] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act3 後編[りふぃ](2012/09/14 12:34)
[26] 生徒会の非日常に見せかけた、生徒会長の日常茶飯事[りふぃ](2013/04/10 21:09)
[27] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act3 一方その頃前編[りふぃ](2013/08/29 23:04)
[28] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act3 一方その頃後編[りふぃ](2013/09/12 03:31)
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[24487] 天使と悪魔と妖精モノ。⑫
Name: りふぃ◆eb59363a ID:c8e576f0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/12/23 16:36
プリシアナ学園学生寮。
男女別棟に分かれているこの寮は、普段は余り人がいない。
この学園では校内の講義をそこそこに、生徒達は外のラビリンスへ探索に向かうことが多いためである。
しかし『三学園交流戦』を間近に控えたこの時期は、それに参加するために帰参してくる学生もいる。
特に各学科上位者の多くは学園に帰参して備えているため、寮は寒い冬にも関わらず奇妙な活気に包まれていた。
そんな学生寮の二階……
フェアリー種族が多く割り当てられるこの一画で、一人の少女が呻いていた。

「……開かないっ」

無個性な寮の一室で行儀悪く床に座り、青い宝箱相手に格闘を続ける妖精。
金髪を真っ直ぐに背中まで伸ばし、箱と同じ色の眼をした女生徒である。
恨めしげな半眼を箱に向け、手の平で一つ引っ叩く。
当然ながら、痛かった。

「むぅ……」

彼女は現在賢者学科に在籍しつつ、その講義を半分ボイコットして独自路線で盗賊技能の習得に励んでいる。
その点で独学は厳しいので、何故かそっち方面にも明るい学園保険医の指導を受けながらであったが。
物静かなディアボロスのドクター、リリィによって一月前に出された課題が、この箱を開けることである。
開封が出来れば中身を進呈するとまで言われただけあり、その難易度は今までの開錠とは桁違い。
一ヶ月の殆どをこの箱と共に過ごしながら、未だにご機嫌を伺うことが出来ていない。

「先輩方……帰ってきちゃったしなぁ」
「お? 喜んでくれてないっすか?」
「ひぎぃ!?」

唐突に掛けられた声に、少女の声が裏返る。
慌てて背後を確認すると、にんまりと笑ったディアボロスの女生徒の姿。
プリシアナ学園の制服の上から、『千早』を羽織っていた。
半分パニックに陥った少女は、とにかく床から立ち上がろうと足を動かす。
その拍子に足の小指を宝箱で強打し、非常に滑稽な仕草で再び床に崩れ落ちた。

「おお……痛そう」
「ディ、ディアーネ先輩……」
「うぃっす。頑張ってるねティティスちゃん」
「の、ノックくらいして下さっても……」
「したよ」
「あぅ……すいません、気がつきませんでした」

半ば悶絶しながら自分に『ヒール』を掛ける盗賊風味妖精賢者。
本来なら数分はのた打ち回る激痛も、この世界では数秒で収める事が出来るのだ。

「詰め込みは効率悪くするよ? お昼だし気分転換にいらっしゃい」
「あ……でも此れ……」

ティティスは未練がましく宝箱を見つめる。
彼女には憬れの先輩が二人おり、目の前の悪魔がその一人。
留学から帰った先輩との再会は、彼女にとって何よりも嬉しかったが……
出来れば宝箱の開錠をこなし、リリィのご褒美を手土産に、格好良く出迎えたかったという欲もあった。
結局間に合わなかったが、だからこそ開錠を急ぎたい心情は強い。

「その箱、出迎えてくれたときも持ってたよね」
「はい……もう一月以上開けられなくて」
「罠とか無いの?」
「はい。それは確認してます」
「ふむ、ちょっと見せて?」

ティティスから受け取った宝箱を見回すディアーネ。
かなり大きな箱であり、ディアーネが両手を回しても抱えきることが出来ない。
恐らく魔法処理されたその箱は、重さを誤魔化されているようでかなり軽かった。

「よし、ちょっと持ってて」
「はい?」
「動かないでねー」

後輩に箱の背中を押し付け、自分は鍵穴と対峙したディアーネ。
何をするつもりか解らず、小首をかしげるティティス。
妖精の眼前で銀光が閃き、金属同士がぶつかる澄んだ音が部屋に響いた。

「開いたよ」
「は!?」

何時の間にか抜き身の剣を引っさげたディアーネ。
見れば箱は前面から鍵穴部分が正確に両断され、その役割を果たせなくなっている。

「……切った?」
「うぃっす。それじゃ保健室でご飯食べよ? エルもリリィ先生もいると思うから、箱の中身も其処で見ようか」
「……」

妖精は自分の一ヶ月の努力を根底から否定され、力無く床に崩れ落ちた。
やるせなさに目頭が熱くなる。
ティティスが正攻法に固執しすぎたのか、ディアーネの発想が大雑把過ぎるのか。
とにかく、箱は開いたのだった。
一人の少女の心に、消えがたい傷を残したが。

「なぜ泣く?」
「……うれし泣きです! 先輩ありがとうございました」

顔で笑って心で泣いて。
また一つ大人の階段を上ったティティスは、背中からディアーネの首にしがみ付く。
フェアリーは種族柄、平均身長が百センチ程の種族である。
学園を移動する場合は歩調を合わせる為もあり、何時の間にか此処がティティスの定位置になっていた。
軽い妖精が浮遊を使って更に軽くなったとき、ディアーネは宝箱を両手で抱え上げる。

「何が入ってるんだろうね?」
「さぁ……開けられたら、中身はくれるってリリィ先生言っていました」
「きっと美味しい食べ物だよ!」
「……最低でも一ヶ月は常温で放置されていたんですけど」
「むぅ、ティティスちゃんの管理責任を追求する場面だね。食べ物の恨みは恐ろしいよ? 特に私のは」
「もう中身は食べ物で固定なんですか!?」
「他に考えられないよ」

仲良くじゃれ合う妖精と悪魔。
学生寮を出た二人が向かうのは、お馴染みの学園北校舎……彼女らにとって思い出の多い保健室である。



§



プリシアナ学園北校舎は、常から人の出入りが少ない場所である。
交流戦を間近に控え、校内が活気付くこの時期であっても例外はない。
しかし何処にでも物好きはいるもので、極少数ながら好んで此処に訪れる生徒もいる。
先日ドラッケン学園の交換留学から戻った堕天使もその一人であり、彼女は午前の講義が終わるとその足で保健室を尋ねていた。

「相変わらず、閑古鳥だけがお友達のようですね?」
「酷評ありがとうございます」
「でも、私はそんなリリィ先生の事大好きですよ」
「飴と鞭……か」

口の悪い堕天使の皮肉やら、向けられた親愛やらで涙ぐむリリィ。
エルシェアはそんな保険医に正面から抱きつくと、リリィは静かに抱き返す。

「まぁ、此れくらいは良いですよね? 先生、私をあんな毒婦の所に送ったんですから」
「ええ。その様子だと、カーチャに随分気に入られたようね」
「……見限られはしなかったと思います」
「そう……良かった」
「んぅ……」

リリィの胸に顔を埋め、ゆっくり十を数えてから離れた。
エルシェアとしては今少し『リリィ成分』を補給したいところであったが、まだやる事が残っている。
二人は丁度二つある椅子に向き合って座った。

「お医者さんごっこって良いですよね」
「私のは、ごっこじゃないのだけれど」
「今度私がドクター役やりますから、やってみません?」
「構いませんが、私の前でドクターに有るまじき行為に及んだ場合……」
「申し訳ございませんでした」

お互いに身の危険を感じる奇妙な会話は、そこで一端打ち切られる。
エルシェアは回転式の椅子を回して保険医に対して背中を向けた。
そして『白衣』と学生服の上着とワイシャツを脱いで抱え、上半身だけ下着になる。
肩越しに振り返ったエルシェアは、視線でこれ以上の脱衣の必要性を問う。
リリィは一つ頷くと、エルシェアの身体に手を当てる。
両肩から二の腕、そして背中から脇。
背骨をなぞって降りてきたリリィの手は、少女の腰を両手で触れる。

「こっちを向いて」
「はい」

再び向き合った生徒と教師。
リリィは座ったまま上体を倒し、天使の足を両手で触れた。
足首からふくらはぎに指が滑り、そのまま太腿に到達する。

「握手」
「はい」

右手同士を繋いだ二人。
リリィはそのまま徐に力を込めていく。
教師の握力の六割から七割に移行しようとしたあたりで、エルシェアの表情が引きつった。

「痛かった?」
「少し……」
「そう。次は左ね」

左の握手は、右手よりもゆっくりと力を込めたリリィ。
こちらは七割から八割の所で、女生徒は同様の反応を見せる。
手を離したリリィは一つ頷き、少女に服を着るように促した。

「見た目は変わっていないけれど、全身筋力は桁違いね。筋繊維の質から弄られている印象です」
「ふむ」
「背骨を中心とした骨格に歪みも無い。骨盤と背骨の接合部分もおかしな所は見られません」
「握力ってどうなっています?」
「以前の貴女を正確に測ったことはありませんが、今だと大体百二十から百三十前後でしょうか」

平均的なヒューマンの成人男性と比較しても、二倍以上の力になる。
リリィは自分が右手の握力のほうが強いことを知っており、そこを差し引いて考えるとエルシェアは左右ほぼ同等の力になるだろう。
彼女はドラッケン学園の友人が施した訓練の成果に満足した。
実際に訓練していた当人は地獄だったろうが、その結果はリリィ本人が太鼓判を押すほどである。

「流石カーチャ。セレスティアの身体の作り方を良く知っているわ」
「あの……気にはなっていたんですけど、あの毒婦と先生のご関係は……」
「情婦です」
「死んでやる」

懐から小刀を取り出し、迷うことなく手首に当てる。
一瞬リリィを確認すると、指先に『メタヒール』を用意して微笑していた。
エルシェアの手が完全に止まり、唖然とした顔で保険医を見つめる。

「切らないの?」

このままリストカットを試みても癒されるだけだろう。
保険医の前で自殺など出来ない。
やや青ざめた顔で慄いた堕天使は、決まり悪げに小刀を仕舞う。

「死神め……」
「癒そうとしたのに?」
「だって生かすも殺すも思いのままなんですもの」
「貴女を死なせるわけ無いでしょう」

リリィは常の無表情に戻ると、エルシェアの頭を撫でる。
天使はリリィの冷たい指の感触を、瞳を閉じて受け入れた。

「カーチャとは昔、相棒だったのよ。そうね……丁度貴女とディアーネさんのように」
「……あっちの先生と同じ回答だったので、信じてあげますね」
「安心しました?」
「……安心することにします」

自身で百合系腐女子を自覚しているエルシェアだが、相棒のディアーネに食指が動かない。
エルシェアにとってディアーネは、恋愛感情を差し挟む余地すらない程に必死で求める対象である。
それはディアーネにとっても恐らく同じ。
二人は誰よりも高く評価している相手にとって、相応しい相棒で在ろうとしている。
互いが互いを高めあい、限界を限界でなくしてしまう。
リリィにとって、カーチャがそんな相手だったと言うなら、その絆には何者も侵すことは出来ないだろう。

「貴女達が居なくなってから、此処もすっかり静かになったわ」
「私が留学する時には、賑わっていましたけれどね?」
「あの子達は皆、自主退学してしまいました」
「流石ディアーネさん。生徒七人分の学費って年間どれくらいの損失になりますか……」

苦笑したエルシェアに、無表情のリリィが頷いた。
実際リリィの元にはティティスが入り浸っていたのだが、その他に此処に来るものは一人も居なかった。
生徒達が目的を持ち、このような場所に見向きもせずに直走っているのなら、それはそれで構わないが……
それでも、やはり寂しい保険医だった。

「貴女が卒業したら、私もそろそろけじめを付けようかしら」
「けじめ?」
「ええ。潮時かなと思わなくもありません」

エルシェアの髪を撫でながら、何処か遠い目をして語るリリィ。
自分がこの学園に必要ないのではないかという思考は、別に今更のものではなかった。
そんな保険医を見つめる天使は、髪に触れているその手に自分の手を重ねる。
リリィの手は、エルシェアが身震いするほど冷たかった。
しかし、決して離さぬように握り締める。

「此処をお辞めになったら、一緒に冒険者やりません?」
「……面白いかもしれませんね」
「あ、言いましたね? 言質取りましたよ」
「ええ、そうね……貴女が卒業するまでそう考えてくれるなら、一緒に旅をしましょうか」
「はい!」

邪気の無い満面の笑みで返事をした天使。
相手がエルシェアであったことを思えば、その笑みの希少価値は計り知れなかったろう。

「あ……そうだ、忘れるところでした」
「はい?」

エルシェアは制服のうちポケットから、小さな袋を取り出した。

「前に先生に教えていただいたお花の種です。ドラッケン学園からは、比較的近場で取れました」
「……覚えていてくれたのですね」
「はい。暇を見つけては集めていたんですけど……何故か一度に多く見つけられなくて」

リリィは手渡された袋を開ける。
中から出てきたのは、花の種が六個。
涙ぐみそうになったが、リリィは深く息を吐いて感情を胸に沈める。
今エルシェアが示した優しさと想いは、全て自分のものだった。
涙などで外に零す真似はしたくない保険医である。
生徒の真心を両手でしっかりと胸に抱く。

「ありがとうございます。春にはきっと、この種が花をつけるでしょう」
「素敵ですね」
「ええ」

微笑したリリィは種をデスクにしまい、しっかりと鍵を掛けた。
今日の仕事終わりにプランターを購入し、園芸活動を始める。
好きな花をこの天使と一緒に、一日も早く見たかった。

「ああ、そうだ」

保険医は胸元のスカーフを緩めると、服の中に入れていたペンダントを取り出す。
細い銀鎖のペンダントのトップは、本を模ったスクウェアの銀細工。
長い髪を背中側からかき上げると、取り外したペンダントを堕天使の首に手ずから掛ける。

「お礼です」
「此れは……ロケット?」
「ええ」

ペンダントを開くと、中には押花にされた花が収められていた。

「春が来たら……」
「……」
「春が来たら、貴女に花束を贈りましょう。それまでは、此れで待っていてください」
「はい。素敵な贈り物、ありがとうございます」

エルシェアはリリィが先程そうしたように、ペンダントを両手で抱きしめる。
そして直ぐに制服の下にしまい込むと、誰の目にもつかない様に身に着けた。
憬れていたリリィからの初めての贈り物。
一生の宝になるであろうその品を、エルシェアは服の上からそっと撫でた。



§



保健室を訪れたディアーネとティティスは、先に来ていたエルシェアと合流した。

「いらっしゃい。ディアーネさん、ティティスさん」
「うぃっす。リリィ先生相変わらず顔色悪いっすね」
「お邪魔します先生。エル先輩を誑かすのは程ほどにしてくださいね」
「……もう、生まれてきた事を土下座して謝りますから、苛めないでください」

入室するなり保険医を突く仲間に、エルシェアは生暖かい笑みを送る。
涙目になって落ち込むリリィは生徒達から見ると大変愛らしく、三人はカメラを持参していなかったことを後悔していた。
ディアーネは背中にティティスを張り付かせたまま宝箱を放り出し、先程自分でへこませたリリィに抱きついた。

「んー……リリィ先生久しぶりっす。私ね? 留学した時思ったの。プリシアナに入ってよかったって」
「あら、どうしてですか?」
「だってタカチホのウズメ先生、おっかないんだもん」
「……貴女も随分気に入られたのね」

苦笑したリリィは、ティティスごとディアーネを抱き寄せる。
相変わらずその手は冷たいが、エルシェア同様この二人も、そんな事は苦にしない。
やがてリリィから離れたディアーネは、傍に控えたエルシェアに並ぶ。
保険医は並んだ生徒三人を順に見渡した。
この三人が、プリシアナ学園でリリィを慕う生徒のほぼ全てと行って過言ではなかった。
彼女らの存在がどれほどリリィを救っているかは、今更語る必要すらない。
だからリリィは、別の話をするのである。

「ディアーネさん、両手を」
「ん?」

言われるままに手を出すと、保険医はその手を取ってまじまじと眺めた。
親指の付け根から手首、腕と視線を送り、その箇所を押さえて手で触れる。
直ぐに肩まで確認したリリィは、また手の平に視線を戻した。

「なんす?」
「肉のつき方とマメの出来方を確認していました」
「おお? 結果は?」
「二刀流を続けていたマメの出来方では在りませんね。重いものを両手で握る出来方です」
「大正解っす。流石先生」

悪魔同士の会話を聞きながら、エルシェアはディアーネが投げ出した箱が気になっていた。
それは帰参時に出迎えてくれたティティスが、大事そうに抱えていた箱だと記憶している。

「ディアーネさん、その箱は?」
「ん、ティティスちゃんが気になるみたいだったから、開けちゃった」
「なんというか、切断面が見えるのですが……」
「ん、ティティスちゃんが気になるみたいだったから、開けちゃった」

満面の笑みでエルシェアを見つめるディアーネ。
懐っこい子犬が、褒めて褒めてと視線でねだっている。
その頭を撫でてやりつつ、ややしょぼくれている後輩に慰撫をかけた。

「大事なことなので二回言っていただきました。ディアーネ先輩ありがとうございます」
「自分で開けたかった?」
「はい……でも、私にはまだ無理だったかもしれません」

ティティスはディアーネから降り、極自然に先輩二人の間に納まった。
この二人を相手にセンターポジションを確保する妖精は、やはり只者ではないのかもしれない。
そう考えて微笑したリリィは、仲睦まじい三人に遠慮しつつ声を掛けた。

「多少反則気味ですけど……開ける事は出来ましたね」
「はい……ごめんなさい」
「まぁ、いいでしょう。その中身は今回の留学を正式なクエストとして消化した、貴女方への報酬として考えていたものです。この時期には開けて頂かないと逆に困るところでした」
「そうっすよ。そろそろ開けてあげないと鮮度が落ちて腐っちゃうし」
「鮮度……腐……?」
「すいませんリリィ先生。先輩、お腹空き過ぎて錯乱していらっしゃいます」
「ディアーネさんには、稀に良くある発作ですのでどうか御気になさらずに」
「むぅ!? んんー!」

相棒に手で口を塞がれ、後輩から両手を後ろ手に抱えられる悪魔の少女。
呻き声で抗議するも、二人は全く耳を貸さない。
リリィも錯乱しているという妖精の意見を受け入れると、一つ咳払いして続ける。

「ティティスさん、中身はもう確認しましたか?」
「いいえ……」
「ではどうぞ。先ずは貴女へ贈る物です」

ティティスは悪魔を天使に任せ、自分は青い宝箱を開ける。
中から出てきたのは一振りのナイフと、二枚の紙。
妖精はとりあえずナイフを手に取ると、その品に込められた魔力に身震いした。
見たことも無いほど強力な武装だというのは、その場の生徒全員が理解する。
エルシェアはディアーネを開放していたが、彼女も何も言わなかった。

「そのナイフは『パリパティ』。古の預言者が使用していたとされる、祭器に近い武装です。武器としても強力ですが、魔法の媒体にも使用出来るので貴女に向いているでしょう」
「これ……本当に私なんかがいただいて良いんでしょうか?」

不安げに首を傾げるティティスに、リリィは無表情を崩さずに答える。

「私が現役で冒険者をしていた時の私物ですから、御気になさらず」

事も無げに語るリリィだが、売れば相当の値になるだろう。
ティティスは鞘に収まったナイフを、刀身半分ほど抜いて見る。
大降りのナイフは背の小さなティティスに取って、やや小さめな片手剣の要領で扱えそうな武器だった。
表面は白金に輝き、鞘と刃を触れさせれば魔力同士が干渉して青白い火花を散らす。

「先生……」
「お気に召さなかったでしょうか……」
「いえ、いいえ! 本当にありがとうございます」

どう考えても破格としか思えない報酬に戸惑うティティスは、保険医の不安げな表情に覚悟を決めた。
リリィは生徒と接する機会が少なく、好意を受けることも示すことも慣れていない。
安堵した様子の保険医に、ティティスも胸を撫で下ろす。
パリパティを、鞘ごと収める皮製ダガーホルダーで腰に挿し、ナイフを一息に抜き放つ。
青い火花を散らした抜刀に、天使と悪魔は目を見張る。

「おお……格好良いっす」
「ティティスさん……立派になって……」
「なんというか……武器だけ立派になってしまって申し訳ないといいますか……」
「今の貴女なら、そう不足でも無いでしょう。お気に召したなら使ってあげてください」

ティティスはリリィに頷くと、ナイフを腰の鞘に収めた。
そしてまだ未確認の紙があるのを思い出し、照れくさそうに確認する。

「此れは……クーポン券?」

妖精が手に取った紙には、可愛らしい丸文字で書かれた『クーポン』の文字。
エルシェアとディアーネも後輩の手元を覗き込み、その紙を確認する。
ティティスの手からそれぞれに渡されたその紙は、リリィのお手製と思われる引換券だった。

「傍で成長を確認出来たティティスさんと違い、貴女方はこの三ヶ月でどう変わるか、私も予想できませんでした」

リリィの声を聞きながら、天使と悪魔は顔を見合わせる。
既に大よその事情を察したエルシェアは、手元の紙をひらひらと振りながら微笑する。

「と、おっしゃいますと……私とディアーネさんへのご褒美は不特定だったわけですね」
「はい。お二人の身体を見て、今決めた所です」

リリィは一つ頷くと、出口に向かう。
途中肩越しに振り返ると、愛する生徒を私室に招いた。

「三人とも、お弁当を持って私の研究室で待っていてください」
「うぃっす。お腹すいたし」
「私は報酬を倉庫から引っ張り出さないといけませんので、先に召し上がっていてください」
「解りました」

エルシェアはドラッケン学園ですっかり身についたカーテシーで答え、保険医の背中を見送った。



§



一度訪れたことのある、プリシアナ学園のリリィの研究室。
完全にリリィの私室となっているこの部屋で、三人はとりあえず昼食を済ます。
購買部で買っておいたおにぎりと、プリシアナ名産の紅茶。
三人で囲うときの定番となっていたメニューだが、実際に口にするのは三ヶ月ぶりのことである。
因みに、おにぎりの総消費量は五十五個。
内訳はお察しである

「そういえば、エル先輩」

リリィを待つ間にしっかりと食事を終えた三人娘。
食後に紅茶とクッキーで談笑している所、ティティスがふと気がついたように声を掛けた。
紅茶のカップを傾けつつ、視線で先を促す天使。
ティティスは一つ頷くと、気になった事を確認する。

「リリィ先生が、交流戦参加の申し込みが来ないって不安がってましたけど……」
「ああ、来ないも何も出る心算が無かったので」
「え……出ないんですか?」

意外そうに呟くティティスに、エルシェアは首を横に振る。

「正式に参加者としては出ませんよ。ディアーネさんのパーティーメンバーとして参加になりますから……準参加者というか、協力者になります」
「なるほど……でも、出れば進路に有利だって聞きましたよ?」
「進路を選ぶ時は有利かもしれません。しかしその先を歩き続けることが出来るかどうかは、こんなモノの結果に意味は薄いと思います」

エルシェアはティティスの言葉に答えながらクッキーを一つ齧り、紅茶を一口。
仄の甘いクッキーと、ストレートの紅茶の芳香が心地よい。
保健室と違い消毒用のアルコール臭がしない事も良かったが、リリィがやや遠くなったような気がして複雑な心境の天使であった。
無意識に服の下のペンダントを撫でながら、エルシェアはティティスに笑みかける。

「なので、どうせなら自己鍛錬しておこうと思っていました。だけど気が変わったので……ディアーネさんにくっ付いて参加させてもらいますよ」
「はい! 良かった……一緒で……」
「貴女は正式参加ですか」
「はい。何とか単位も通っていました」
「そうですか……では尚のこと、優勝を目指して頑張りましょう」
「はい」

ティティスがそう答えたとき、部屋の扉が開く。
帰ってきたリリィは大降りの剣と、盾を持ってきた。
それなりに使い込まれた跡は見られるが、魔法処理されたその品は、やはり唯のガラクタではない。
ティティスの短剣が破格であったことから想像はしていたが、この二つの装備も相当に高価なものだった。

「お待たせしてしまいましたか」
「いいえ、お先に食事失礼しました」
「構いません。私お昼は食べませんから」

リリィは無表情に言い切ると、同族の少女に向き直った

「先ずディアーネさんの大剣……銘は『オルナ』。一応魔剣の異名を持った一振りです。此れも魔法媒体としても使えますが、貴女には余り意味は無いでしょう」

ディアーネは大剣を受け取ると、ゆっくり鞘から抜いてみる。
手に馴染む重量感を両手で支え、柄をしっかり握りこむ。
剣越しに見る先が、歪んでいるかのような錯覚を覚えるほど濃密な魔力を帯びた剣だった。

「これ、切れ味洒落になってないような……」
「ええ。貴女にはとにかく両手持ちに適した、強い剣がいいだろうと思いましたので」
「こんな良い物貰っていいっすか?」
「いいんじゃないでしょうかね?」
「……ん、今はまだ自信ないっすけど……すぐにこいつに恥じない使い手になります」

ディアーネは剣を鞘に収めると、革のベルトで背中に背負う。
そしてリリィに向き直り、しっかりと頭を下げた。

「ありがとうございます。リリィ先生」
「はい。頑張ってくださいね」

リリィは微笑すると、エルシェアに視線を投げる。
堕天使はその視線によって、自分がペンダントを撫でていたことに気がついた。
一つ息を吐き、手を下ろす。
エルシェアとしては、このペンダントがあれば他に望むものは無い。
くれると言うなら、あえて辞退する心算も無かったが。

「貴女には、この盾を贈ります」
「此れは……」

エルシェアも見たことが無いその盾は、一尺よりやや大きい円形のモノ。
盾の前面には中央と上下左右の計五箇所に、強力な魔力を込めた宝石が埋め込まれている。
裏側には拳用の武器に近い指を通す握りがあり、構えたときは拳に対して垂直に展開する仕様であった。
重量的にはやや軽いと感じるが、動きの邪魔になりそうも無い。
それまで使っていた盾よりも小ぶりだが、魔法仕掛けの盾は守備力も高いと思われる。

「その盾は『アダーガ』という、兵器です」
「……兵器?」
「ええ。中央の宝玉に魔力を流して」
「ん……」

エルシェアが微量の魔力を注ぎ込むと、中央の宝石が黒く輝く。
輝きは直ぐに四方の宝石に伝播し、盾の側面から外に伸びた、一尺程の漆黒の刃を形成する。
更に中央の宝石からは黒の刃が真っ直ぐに伸び、やはり一尺程の長さで安定した。
盾の中央から十字状に伸びた刃と、垂直方向に伸びた刃。
攻防一体の、武器として使える盾である。

「その盾から生み出された刃……切れ味は生半可な剣なら斬り飛ばせます」
「武器破壊も出来ると」
「使い慣れるまで注意してくださいね? 稀に自分に刃が触れるような事故もありますから」
「成る程……気をつけます」

エルシェアが魔力を止めると、漆黒の刃は消え去り円盾だけが残る。
持ち運びにも便利な装備は、初見の奇襲にも使えるだろう。
エルシェアは頭の中で、既にこの装備を用いた戦術のパターンを組み始めていた。

「先生、ありがとうございます。此れは家宝にして、厳重に保管を……」
「使いなさい」
「えぇ……」

不満げな堕天使に苦笑しつつ、リリィはライティングデスクに備え付けの回転椅子に座る。
それぞれが大幅に補強された装備の使用に戸惑っているようだが……
彼女の目から見た場合、このくらいの武器を持っていてもおかしくないと思うのだ。

「ティティスさん」
「はい」
「貴女は後衛魔法戦力、相手からすれば最初に潰したい敵になります。貴女は、必ず生き残らなければいけませんよ」
「……解りました」
「ディアーネさん」
「うぃっす」
「貴女は最前線で敵を受け止める責務があります。その背を、後ろの仲間全員が見ている事をお忘れなく」
「うん。気合入るっす」
「エルシェアさん」
「……」
「貴女は、好きになさい」
「……どんなお言葉をいただけるか、とても期待して待っていた生徒の純情を返してください」
「それが一番強いでしょう? 貴女はもう大丈夫ですよ」

リリィは壁の時計を見ると、間もなく午後の講義の時間。
時を置かず大聖堂から、セントウレアのパイプオルガンが響き渡る。

「私は明日から交流戦の準備という仕事が入ってきます。終わるまで、誰の味方も出来なくなります」

保険医の言葉を聞いた三人は、やや暗い顔で俯いた。
何時か来ることは解っていたが、やはり本人の口からそう告げられるのは寂しかった。
だからこそ、リリィは年長者としてはっきりと口にしたのだろう。

「今日から、保健室の出入りも禁止にします。勿論此処も」
「……」
「貴女方の活躍を、期待しています」

そうして保険医は椅子を回してデスクと向き合う。
これ以上語ることは無いと、その背中から感じ取った生徒達。
リリィは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

「さぁ……お行きなさい、プリシアナの子らよ」
「うぃっす」
「頑張ります」

保険医の耳には二つの足音が届き、やがて扉の開閉が聞こえた。
最後に残った一人は、その言葉を無視したように動かない。
エルシェアは挑むように、リリィの背中を見つめていた。
この堕天使はプリシアナ学園それ自体に思うことなど無い。
だから、その言葉では動かない。
想いを受け止めたリリィは、彼女をこの学園に初めて執着させた呪いを、この場で再び掛けてやった。

「さぁ、お行きなさい。私の、教え子……」
「はい。行ってまいります……私の、先生」

エルシェアは満面の笑みで一礼し、踵を返して歩み去る。
今の堕天使が持つ絆は、全てプリシアナ学園で育まれたものである。
しかしリリィがいなければ、彼女は今に至る前に学園を去っていただろう。
エルシェアという女生徒を形成するパズル……
その最初の一ピースは、間違いなくこの保険医によって作られたのだ。

「……」

再び扉が開閉し、静寂が研究室を満たす。
プリシアナ学園でリリィを慕う生徒は、殆ど皆無である。
そんな彼女は、恐らく始めて業務上の都合で自分に懐いた生徒達を突き放した。
苦く重い疲労感を両肩に抱えた保険医は、自分が教師に向かぬ性格である事を再確認する思いであった。


§


後書き

神アイテムが続々と登場してまいりました十二話をお届けいたします。
勿論皆様の中には、皆様の神アイテムがあると思いますので、あくまで私の中の……ですがw
合わせて設定資料のアイテム編を更新しております(*/□\*)
一作品書くのと同じくらいてこずりましたorz
この連作初めて十二話で、やっとスポットを当てられたリリィ先生。
思えば本編で花束を頂いた時、物凄く嬉しくてもうアクワイア様分かってやがる!
ってガッツポーズしたのも良い思い出です。
このシーンを書きたいが為にこの連作に手を出したという面もあります。
其れくらい好きなイベントでした。
一応リリィ先生の名誉の為に此処で申し上げておきますと、本編の先生はプリシアナ学園を愛し、その教師であることに誇りを持っていらっしゃいます。
だから、きっと本当は教師をお辞めになるという選択を、この方はしないと思います。
こんな展開になったこと自体が、きっと劣化って言うんだろうな……
でも私にはこの辺りが限界でした。・゚・(ノД`)・゚・。


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