一年を締めくくる最後の行事、『三学園交流戦』。
各校の学科上位の生徒と、そのパーティーメンバーが参加する対抗戦は、一流の冒険者への登竜門として知られている。
優勝パーティーを出した学園は今年の実績を称えられ、優勝したものは界隈に大きく名が売れる。
そんな一大イベントの当日……
プリシアナ学園大聖堂で行われた出陣前の訓示を、堂々とバックレた問題児の集団があった。
「このルールですと、各学校が配置したゴーレムを倒し、より多く魔法石を集めたパーティーが優勝する仕様のようです」
人気の少ない学園北校舎屋上に集った三人娘。
全員が同じ交流戦説明書を開いている。
薄桃色の緩いウェーブを背中まで伸ばしたエルシェアは、確認するように呟いた。
「うちから出るのは、『プリシアナセンチネル』とかいう木偶人形っすね」
天使の発言を受ける形で、ディアボロスの少女が続ける。
漆黒の髪を真っ直ぐに伸ばした、緋色の目をした少女の名は、ディアーネ。
その隣で説明書を読んでいた、小さな人影が顔を上げる。
金髪碧眼のフェアリー、ティティスは、風に弄られる髪を整えるのに苦労していた。
「場所は『歓迎の森』に放つらしいですね。専用の探知機が貸与されるってあります」
「あ、探知機はパーティー単位みたいだよ。私が貰ってる」
此処までは確認するまでも無く、三学園共通のマニュアルに乗っている。
その上で勝つために重要な要素こそ、今この場で話し合われる議題であった。
パーティーのブレイン役を務める天使に、自然と視線が集まる。
「センチネルはこの学園の生徒で奪い合いになるでしょう。問題は他の二校が放つゴーレムを如何に早く攫えるか……ですね」
「うぃっす。ティティスちゃんの魔法に期待だね」
「お任せください先輩方。どちらの学校にも、『スポット』すれば一瞬です」
ティティスは賢者学科を専攻する魔法使いであり、転移魔法も習得している。
更に彼女は他校への訪問経験もあり、移動手段は豊富であった。
「一応、ルール上は生徒同士で戦う必要は無い……と書かれてはいますね」
「……微妙な表現だなぁ」
エルシェアの言葉に苦笑したディアーネは、その表記の裏の意味を良く把握している。
「本当に微妙ですね。戦闘厳禁とは書いていません。他校のゴーレムを探す際は、その学校で配布される探知機が欲しい。そうなれば……」
「……奪い合いにもなりますか」
「そうなると思います。更に欲をかけば、私達が使う以外のレーダーを全て破壊出来れば、言うことはありませんね」
堕天使はそう言いながらも、其処までは無理であろう事は承知している。
此処は如何に早くレーダーを手に入れ、ゴーレム狩りを行うかに掛かっていた。
やや考え込んだエルシェアは、相棒の悪魔に情報を求める。
「ディアーネさん、貴女が留学したタカチホ義塾……生徒さんの強さは如何でした?」
「此処に出てくる連中が弱い訳無いよ。でも、先ず間違いなく勝てるかな」
「貴女お一人でも?」
「うぃっす。開幕奇襲で倒されない限り負けない自信あるっす」
「それは頼もしい」
微笑したエルシェアは、再びマニュアルに目を通す。
ディアーネもティティスも、そんなエルシェアに信頼の視線を向ける。
この堕天使が構築した作戦を遂行できれば、必ず勝てる。
実際どうかは解らないが、そう信じていることは間違いなかった。
「さて……どうしたものでしょうね……」
手元のマニュアルを閉じながら、エルシェアは仲間に視線を送る。
背中に両手持ちの魔剣を背負い、制服の上からタカチホで仕入れた『千早』を羽織る相棒、英雄学科専攻のディアーネ。
腰に大振りのナイフを携え、その手には『ヘイルの杖』を持った賢者学科専攻、最近では盗賊風味に染まったティティス。
エルシェア自身も含め、この三ヶ月前後で飛躍的に強くなったパーティーである。
「此処はセオリーを無視してでも、速さ重視で行きましょう」
「分担する?」
「はい。更にヤマを掛けて行こうと思います」
エルシェアは作戦を纏めると、各人の動き方を決めていく。
「先ず、分け方は私が単体で動きます。ディアーネさん、レーダー私にくださいな」
「うぃっす」
「ディアーネさんとティティスさんは、二人組みでタカチホに飛んでください」
「解りました」
特に異論を挟まれること無く、エルシェアの意見が採用される。
しかし天使はやや不安げな視線を寄越す妖精に苦笑し、その頭を撫でてやった。
「今回は良い盾をいただいているので、『ナイト』の経験を生かします。硬い学科ですし、危なくなったら逃げますから大丈夫ですよ」
「そう……ですよね」
「余り心配しないでください。貴女のその態度が、妙なフラグを立てかねません」
エルシェアは風で収まりの悪い後輩の髪を、更にくしゃくしゃにしてしまう。
頬を膨らませたティティスが必死に髪を纏めるのを、微笑ましく見つめる先輩コンビ。
「センチネルは私が狩り込みます。ディアーネさん、ティティスさんの事を頼みますね」
「任せて。生かさず殺さず、たっぷりとしごいてくるっすよ」
「それは……ティティスを? それともあっちの生徒を?」
「両方」
「ひぃっ!?」
「此れだから体育会系は……まぁ、程々にお願いします」
ディアーネは一つ頷くと、ふとある事に気づいて首を傾げる。
「あれ……ドラッケン学園はどうする?」
「あっちは捨てます。私達はプリシアナ、タカチホ方面の二箇所を制圧し、総合評価で一位を狙います」
「成る程、確かに三箇所同時は難しいですよね」
交流戦が始まれば、多くの生徒は先ずレーダーを使える自校のゴーレムを狙うだろう。
プリシアナのゴーレムをエルシェアが担当し、ディアーネとティティスは直ぐにタカチホへ飛ぶ。
此処までは、殆ど時間をロスすることなく動ける。
しかしその先、タカチホ、プリシアナのゴーレムを殲滅した後からドラッケンに向かっても、恐らく敵は残っていない。
ドラッケン学園の生徒は近場から狙うだろうし、最初から其処にヤマを張る生徒も居るだろう。
故に、ドラッケン方面のゴーレム狩りは捨てる。
ディアーネはタカチホへの留学経験があり、周辺の地理にも明るい。
其処での探知機入手とゴーレム狩りの時間を短縮出来るであろう事を期待した配置である。
エルシェアには今一つ思案があったのだが、それはこの場で披露することは出来なかった。
「今更なんですけど質問、いいでしょうか?」
「どうぞティティスさん」
「学校のゴーレム……最大で六人までで挑んでいいって書いてありますよね?」
「そうですねぇ」
「えっと……私達は、そんなバケモノに勝てるでしょうか?」
「勝てると思いますよ。私達なら」
エルシェアの返答にディアーネを見たティティスは、微笑して頷く悪魔を見た。
別に根拠の無い発言ではなく、二人は他校への留学中に各学校の上位陣と、直接手を合わせた経験がある。
流石に交流戦のゴーレムと戦ったことは無かったが、生徒達には負けた事が無い天使と悪魔。
二人が手も足も出ない敵だった場合、他校の成績上位者も、徒党を組んだ所で勝てない可能性すらある。
幾らなんでも其処まで鬼畜なゴーレムが、交流戦で使われることは無いと読んだエルシェアだった。
「それでは、他に質問が無ければ解散です。開戦と同時に動きましょう」
「あれ……エル先輩、どちらに?」
「着替えてきます」
開始時間まで、後三十分少々。
エルシェアは装備を変えて転科を行うため、学生寮へ向かう。
「あ、エルもしかして転科する?」
「ええ」
「ん、じゃあこれ」
ディアーネは制服のポケットから鍵を取り出し、エルシェアに渡す。
それはエルシェア自身も持っている、学生寮の個室の鍵だった。
「私がタカチホで使っていた剣とか刀がお部屋にあるの。好きなの使って」
「それは助かりますね。ありがとうございます」
一礼して鍵を受け取ったエルシェアは、ヒラヒラと手を振って屋上を後にした。
残ったのは悪魔と妖精の二人。
「ティティスちゃん」
「はい」
「勝とうね!」
「はい!」
ディアーネはティティスを脇に抱えて空を見る。
雲ひとつ無い冬の空は何処までも遠く青かった。
§
タカチホ義塾は交流戦開幕から、パニック状態に陥った。
「奴だ! 悪魔が来たぞ!」
「下級生を、校舎内にっ」
「校門閉めろ! 早くっ」
「きゃぁ!?」
「嗚呼! アサミン!?」
「あの子はもう駄目よ! 振り返っちゃ駄目、走って!」
「い、いやぁあああああぁ……」
交流戦開始から一分後。
タカチホ義塾全景にスポットを掛けたティティスとディアーネ。
その姿は多くの生徒が目撃し、それが悲劇の始まりだった。
「先輩……留学中に何をなさったんですか?」
「言わないで。いや、お天道様に顔向けできないようなことはしてないよ?」
多くの生徒は潮が引くように校舎内に非難していく。
転んで泣き出す下級生も居れば、苦笑してそんな生徒を慰めている上級生もいる。
ある程度落ち着いているのは、留学中にディアーネとそれなりに付き合いがあった者である。
「大惨事になってますけど……」
「うん……此れだからディアボロスは辛いんだよね」
「……絶対に、それだけじゃない気がします」
ディアーネは留学中、普通ならパーティーを組んで踏破するクエストを一人でクリアしてしまっていた。
実際にはロクロと一緒だったのだが、彼女は殆ど手を出していない。
最初から圧倒的な強さだけがクローズアップされた彼女は、タカチホ義塾の裏番として虚像を拡大されていたのである。
「あーらら。いきなり凄いとこに出くわしちゃったなー」
騒動の中で呟かれたその声を、ディアーネは間違いなく聞き取った。
それは盗賊としての修練を積んだティティスも同様であり、二人の視線は全く同じ方向に注がれる。
大勢の生徒達が校舎へ向かって駆け出している中で、その流れを縫うように歩いてくる少女。
絹糸のように細く長い金髪。
特徴的な長い耳。
赤を基調とした、この地方独特の衣装である着物を身に纏ったエルフであった。
「綺麗……」
後輩の呟き声に、ディアーネは心の底から同意する。
それは彼女との初対面時に自身も呟いた言葉であった。
人波に逆らいながら、更にぶつからずに歩いてくると言う荒業を披露したのは、タカチホ義塾のロクロ。
留学初日からディアーネと付き合い、最も懇意にしていた相手である。
「やっほーロクロちゃん」
「やっほーディアーネ。相変わらず人間磁石やってるわねー。同極的な方向で」
「言うな!」
やがて全ての人混みを縫って来たエルフは、ディアーネと笑い合って手を握る。
そして隣のティティスに向き合うと、丁寧に頭を下げた。
「始めまして。私、タカチホ義塾のロクロっていうの。よろしくね」
「あ、どうもご丁寧に。私はプリシアナ学園のティティスと申します。どうぞよろしく」
こちらもしっかり頭を下げて挨拶し、ティティスは隣のディアーネを見上げた。
「こっちの仲良しさんだよ。来たばっかりの私に優しくしてくれた良い子」
「貴女の事は、良くディアーネから聞いていたわよ。頑張る子だって」
「あ、ありがとうございます」
「そう言う事、あんまり後輩の前で言わないでね?」
苦笑したディアーネは、彼女が一人で此処に来た違和感に漸く気づく。
「あれ? カータロ君とトウフッコちゃんは?」
「ああ、あの馬鹿ドワーフはトウフッコの腐ったお豆腐食べて、今休んでるわよ」
「……なぜ腐った豆腐とか持ち歩く?」
「さぁ……発酵食品が多いのは、この地方のお国柄ってやつだけどねぇ」
からからと笑うロクロを見て、ティティスも自然笑みになる。
ロクロを一目見た印象では、まるでセルシアやフリージアの様に近づきがたい雰囲気を感じたティティスであった。
こうして話している所を見ると、柔らかい表情でよく笑う、朗らかな少女だと感じる。
しかし次の先輩の一言が、緩みかけた意識を引き締めた。
「じゃあ、ロクロちゃん。貴女のパーティーの魔物探知機、一つ私にくださいな?」
「直球ねー。もう少し旧交を温めてもいいんじゃない?」
「此れが終わったら、一緒にトコヨの温泉とか行きたいっすねー。此れが、終わったら」
お互いに笑みのまま、表情一つ変えずに雰囲気だけ凍てついて行く。
ティティスが感じた最初の印象は、決して間違いではない。
ロクロは甘いだけの少女ではなく、この交流戦に正式に参加できる実力者なのだ。
「態々私から奪わなくてもさ、その辺に転がってる連中なら、喜んで差し出してくれるんじゃない?」
「ん……」
ディアーネが周囲を見回すと、辺りには逃げ遅れた数パーティーが遠巻きにこちらのやり取りを眺めていた。
悪魔の少女の視線を受けると、身を震わせて目を背ける。
苦い笑みを浮かべつつ、彼女はロクロに謝った。
「ごめんね。本当にごめんロクロちゃん」
「謝るようなことを、あんた私にやったのかしら?」
「これからするよ。やっぱりさ、もう背中を向けた相手を追いかけてモノを奪い取るって、駄目だと思うんだよね」
「私からなら、良いの?」
「今、私の前に立っているタカチホ義塾生は……ロクロちゃん、貴女だけだから」
妙な所で義理堅い悪魔に、ロクロは深い溜息を吐く。
ディアーネは決して悪意からロクロを狙っているわけではない。
この悪魔は多くの生徒の中で彼女だけを、競う相手として認めたのである。
「……ったく。カータロじゃないんだから、こういう暑苦しいの好きじゃないんだけどなー」
「ごめんね……何となく自覚はあったんだけど、私もそっち系みたいっす」
「自覚あるだけあいつよりマシね。因みに、私はずっと前から分かってたわよ?」
「ああ、だから好かれてたのか」
「――誤解されそうな発言、自重してね」
返答に一瞬間があったことは、気づかない振りをしたディアーネ。
傍に控えるティティスを手で制し、周りの生徒の輪まで下がらせる。
「悪いね」
「いえ……私も、なんだかお二人の勝負が見たくなっちゃいました」
「バトルマニアの血が騒ぐか! 流石私の後輩、次の強敵は譲ってあげよう」
「私は観戦専門でいいです」
一対一の状況を作り、お互いだけを見つめる悪魔とエルフ。
この時になり、ディアーネは始めて気が付いた。
ロクロとは、留学初日から一緒にいたのである。
後半はウズメとの組み手の合間に、多くの学科の生徒とも直接手を合わせた。
しかしロクロと戦ったことは、考えてみれば一度も無い。
ずっと傍にいてくれた、一番近くでディアーネを観ていた少女。
そんな相手が今、悪魔を前にして平然と戦闘を受けたのだ。
「もしかして……私は雌狐に嵌ったのか?」
「何か言った?」
ディアーネが背中から両手剣を抜き放つ。
保険医リリィから託されたその魔剣の銘は『オルナ』
鞘を抜かれた瞬間から、刀身が歪んでいるかのような錯覚を起こすほど、濃密な魔力を放っている。
「いい剣持ってるなー。それがあんたの本当の武器か」
「まだ武器に使われてる身分だけどね」
「そっか。でも良かったわ」
苦笑したロクロは胸元から取り出したのは、手の中に納まる程の小さな棒。
しかし悪魔の目の前で一振りされた棒は、次の瞬間身の丈近い長さに変化する。
「それくらい持っててくれないと、幾らなんでも不公平だもんね」
「それが、ロクロちゃんの本当の武装っすか?」
「『如意棒』よ。護身用にねー」
身体を半身にしつつ、腰を落ち着けた脇構え。
長い棒状の武器が、ロクロの身体の線の中に完全に隠されている。
棒自体の派手さは無いが、それを構えたロクロからは凄まじい圧力を感じる。
「行くよロクロちゃん。死なないでね」
「おいで、ディアーネ。遊んであげる」
タカチホ義塾の生徒とプリシアナ学園の後輩。
それぞれが固唾を呑んで見守る中、両者の得物が噛み合った。
§
歓迎の森に足を踏み入れたエルシェアは、『プリシアナレーダー』に寄る探索を早々に放棄した。
学園の教師陣に、技術の粋を結集したと豪語させるゴーレム達。
相当数放たれているらしいそのゴーレムは探すまでも無く、我が物顔で森を跋扈していたのである。
仲間達への宣言通り、ナイト学科での探索を進めるエルシェア。
装備はリリィから受け継いだ『アダーガ』と、ディアーネから借りた『エストック』。
更に最近愛用している『白衣』であった。
「……」
エルシェアは四匹目のセンチネルを盾の方で殴り倒す。
それは直径一尺程の円盾であり、前面には中央と上下左右の計五ヵ所に、魔法処理された宝石が埋め込まれている。
裏側は指を通せる握りがあり、拳に被せるように装着できる盾であった。
この盾の最大の特徴は、魔力を流した時に宝石部分から刃を展開できること。
中央から垂直に、上下左右の宝石からは水平に伸びた一尺程の魔力刃。
その切れ味はディアーネから借りた剣を遥かに上回っていたのである。
「べ、便利すぎませんかこれ?」
誰にともなく呟いたエルシェアは、まじまじと盾を見つめる。
半身になって盾を構え、相手に近づく。
そのまま相手が攻めてくれば、盾を構えたまま脇を抜ける。
魔力刃に引っ掛けるように動いてやるだけで、かなり相手を削れてしまう。
「ふぅ……」
最もそれだけで倒せるような甘い相手でもなく、此処まででエルシェア自身も手傷を負っていた。
竜の上半身と蛇の下半身を融合させたようなゴーレム。
地を這うように移動し、かなり伸縮幅の大きな身体を、うねらせる様に襲ってくる。
巨体を生かした突撃も厄介だが、背中部分のハッチを空けて飛び出してくる三本の触手攻撃……
更には毒も使用しているらしく、意識障害、眠り、筋肉の麻痺等の症状が出るのを確認している。
最大六人までで挑んで良いというルールは、やはり伊達ではないようだった。
「ナイトで来てよかった……」
そのスキルである『経験則』によって、毒が致命になる前に対処している天使。
リリィが此処で盾を渡したのは、もしかすると此れを見越した上の、自分の立場からの精一杯のメッセージだったのかもしれない。
そんな事を考えながらも、比較的順調に五匹目のセンチネルを解体した天使である。
ふと周囲を見渡せば、視界の中に動く者の気配がない。
先程まで別グループの生徒もいた気がするが、何時の間にか此処にいるのはエルシェア一人。
既にレーダーを頼りに、森の奥まで入って行ったらしい
エルシェアも道具袋からレーダーを取り出し、起動する。
やはり周囲に反応は無く、近場の反応は一区画も先だった。
一つ息を吐いた天使は、水筒から水を一口含む。
外気に冷やされた冬の水は、戦闘で火照った体に心地よい涼をもたらした。
「……」
歩きながら道具袋から軟膏を取り出し、傷口に塗りこむ。
本格的な回復魔法が欲しい所だが、無いもの強請りをしている暇は無かった。
簡単な治療を終えると再びレーダーを確認し、多くのゴーレムが集まっているポイントを発見する。
それは天使の位置から比較的近い一画であり、移動にもそう時間はかからない。
此処を取れれば、或いは一気に勝負を決められるかも知れない。
そんな予感を抱いた天使は、翼を打って舞い上がった。
彼女は普段、初動の取りやすさを重視して地に足を着けて歩いている。
しかし勝手知ったるこの森でその様な必要も感じられず、飛行で現場に急行することにした。
木々を追い越し風を切り、やがて天使の少女は森の一角に舞い降りる。
「ぁ……」
そこに居たのは、プリシアナ学園自慢のセンチネルが五匹。
此れを刈り取って討伐数を十に伸ばせば、チームの有利はかなり固まったことだろう。
この森に合計幾つのゴーレムが配置されているのかは知らないが、撃破数を二桁に乗せる事が出来ればトップは硬い。
だが、幾らなんでも五匹同時に戦って完勝出来ると信じるほど、彼女は自分を美化していなかった。
「……」
森の木々にその身を隠し、エルシェアは動かない。
今こうしている間にも、別の場所では生徒達がゴーレム狩りをしているだろう。
勝てないと見切ったのなら早々にその場を立ち去って、狩りを続行すべきであった。
そんな事は重々承知しているのだが、天使はゴーレムに……正確にはゴーレムに囲まれた三人の生徒に、冷めた視線を送っている。
エルシェアはこの一画にセンチネルがこれほど集まった理由を諒解した。
恐らくこのパーティーが、最初の一匹を引っ掛けた。
プリシアナセンチネルは状態異常耐性が無い場合、かなり高レベルのパーティーでも躓く可能性がある。
今囲まれているパーティーも、そんなどつぼに嵌ったのだろう。
そして逃げたところに別のゴーレムを引っ掛け……
最終的には数が此処まで膨れ上がったのだと思われた。
「んー……」
生徒達の制服は、彼女自身が留学していたドラッケンのモノだった。
両手に銃を構えたヒューマンの少年と、剣と盾を構えたフェルパーの少年。
二人が間に入れて守っているのは、盗賊風のクラッズの少女。
少女は半失神しているらしく、膝をついて立てないで居る。
三人ともかなりの傷を負っているが、今だ致命傷だけは避けていた。
既にほぼ動けない少女と、同等の傷を負っている少年二人。
それは彼らが少女を見捨てず、常に庇い抜いてきた証左であった。
良いパーティーだと天使は思う。
この状況でも誰一人心を折るものがいない。
生還の可能性を捨てず、必死に抵抗するその様子は、エルシェアの目には非常に美しく……また酷く滑稽に映る。
少なくとも、現状でこのパーティーが生き残れる可能性は、彼女の予測では零だった。
「……」
惨劇から身を隠し、暢気にレーダーを確認するエルシェア。
自分が歩いてきた方向と、周囲のゴーレムの配置。
更に地図を取り出すと、地形と森の構造を照らし合わせて、他の生徒達の分布を予想する。
此処は森の西側であり、ゴーレムの反応は殆どが東に集まっていた。
ゴーレムの多いほうに生徒も集まる。
このパーティーが東側から敵を引っ張り、此処まで来てしまったのだとすれば……
「誰かが都合よく通りかかるなんて、奇跡のような事は起きませんよね」
「おめぇはどうなんだよ?」
「さぁ……どうでしょうね」
エルシェアは不意に掛けられた声に苦笑する。
聞き覚えのある声だった。
そして、懐かしい声でもある。
振り向いた少女は、ニヤニヤと品の無い笑みを浮かべた少年と目が合った。
「よぉ、エル。ローズガーデンですれ違って以来だから……三ヶ月ぶりか」
「そうなりますね。お久しぶりですバロータ君」
二人は挨拶もそこそこに、再び戦場を眺める。
センチネルはガンナーの少年を集中的に狙いだし、状況は悪化の一途を辿っていた。
出来ればこのまま見なかったことにしたいエルシェアである。
しかし此処でエルシェアが彼らを見捨てた場合、残ったバロータに一人勝ちさせる事にもなりかねない。
彼女は最大限の安全と利益を確保する為に思考を進める。
「質問、二つだけいいでしょうか?」
「おう」
「先ず一つ。セルシア君は?」
「ドラッケンだ」
この場にたった一人現れたバロータ。
そしてこの質問の答えで、エルシェアは十分事足りた。
自分達がしている事を、セルシア達もしているのだろう。
此れで作戦上の有利は無くなった。
後はそれぞれのメンバーが、どれだけ仕事をこなせるかである。
ディアーネとティティスの能力に不安はない。
後は遠いドラッケンの地で友好を深めたクラッズの少女が、セルシアの足を極力止めてくれる事を祈るだけだった。
「二つ……此処の魔法石の取り分は私が三で、貴方が二と言う事で宜しいですか?」
「其処は二、二、一にしておかねぇか?」
「一は誰?」
「……細けぇ女だなお前さん、そりゃ助太刀されるあいつらだろうさ」
「まぁ、それなら良しとしましょうか」
ごく自然に、名も知らぬ生徒達を仲間に計算している竜の少年。
エルシェアは彼がそういう少年だと言う事を知っている。
同期で入学した二人は、セルシアが入学してくるまでの半年は組む機会がそれなりに在ったのだ。
当時の二人は大きな実力差があり、コンビとはとても言いがたかったが……
「行くぜ!」
「お供しましょう」
突っ込んでゆくバロータに、溜息を吐いたエルシェアが続く。
少年は何も変わっていない。
自分のほうが弱かったのに、何時もエルシェアを置いて先陣を切ろうとするバロータ。
その背を半眼で睨み付け、しかし遅れぬ様に追いかける事が、この二人の関係だった。
§
ロクロを倒し、『モノノケ羅針盤』を手に入れたディアーネ達はそのまま狩りへと移行した。
タカチホ義塾が送り出したのは、式神『瀬戸大将』。
二足歩行型のゴーレムは、巨大な煙管を怪力で振り回す化け物であった。
常ならば、ディアーネ一人でもそう苦労しない相手だったかもしれない。
しかし此処へ来て、そのディアーネ当人が精彩を欠く。
「っぐ」
「先輩!?」
豪腕から繰り出される煙管を、ディアーネはオルナで受け止める。
そのまま剣は圧力に負け、悪魔は砂漠に転がった。
瀬戸大将は追撃に足を進めるが、それはティティスの雷に阻まれる。
跳ね上がるように起き上がり、相手を目掛けて駆けるディアーネ。
雷を振り切るように飛び出してきた瀬戸大将と、悪魔が再び切り結ぶ。
薙ぎ払う様な悪魔の剣と、打ち下ろされるモノノケの煙管。
中空でかみ合った二筋の軌跡。
振りぬかれたのは悪魔の魔剣。
「ん……」
切り飛ばされた煙管が砂漠に刺さる。
打ち勝ったディアーネだが、後ろで見ているティティスは違和感を拭えない。
刃を溜めて振りぬく際、ディアーネの動きが一瞬止まる。
その硬直は悪魔の剣が速度に乗る事を阻み、本来封殺するはずの相手の攻撃を有効にしてしまう。
今の状態であれば、ティティスにもはっきりと解る。
ディアーネは何処か故障していた。
「先輩、離れて!」
「っつ!?」
ティティスの声に従い、追撃を中止して退くディアーネ。
モノノケとの距離が空いた時、賢者の声が場を圧す。
『トール!』
それは古の雷魔法。
ティティスの生み出した紫電は縦横無尽に荒れ狂い、モノノケを瞬時に炭化させた。
敵の消滅を確認し、膝を折ったディアーネ。
悪魔の元に妖精が駆け寄った。
「お見事だねティティスちゃん」
「先輩! 何処を怪我なさっていますか」
ディアーネに縋るように問いかけたティティスは、困ったように笑う悪魔と目が合った。
彼女はタカチホ義塾で校生のロクロと戦っている。
斬撃と打撃がめまぐるしく入れ替わる二人の戦いは、見るものを圧倒する領域の攻防だった。
悪魔の少女は激戦が本格的な死闘になる前に押し切り、戦いの後でティティス本人が双方に回復魔法をかけている。
しかしこの様子からすると、ディアーネの傷が癒えきっていないことは間違いない。
此れで三匹目のゴーレムだが、この悪魔の乱調は狩りの最初から始まっていた。
「ん……何処も悪くないよ」
「だって! それじゃ――」
「ティティスちゃんが、自分で癒してくれたんでしょう?」
「はい。ですが、効果があったとは思えなくて……」
「それで治りきらないって言うのはね……回復魔法が身体の異常を認識できない怪我なんだよ」
「……は?」
そんなものが在るとは、夢にも考えた事が無い妖精賢者。
ティティスにとって傷とは外傷の事であり、今のディアーネは見た目に大きな怪我は無い。
しかしタカチホ義塾に留学し、この地方の技を触りだけとは言え習った悪魔は、自身の状態をある程度理解していた。
「ロクロちゃん、顔狙わないで身体打ってきたでしょ……当て易さからだと思ったけど違ったんだよ」
「身体……?」
「動物は頭を刈れば意識を無くす。でも、小さくてよく動く身体の先端部分の一つを、最初から狙うのは難しいでしょ?」
「はい」
「だからあの子、私の脇腹狙ったんだね。肋骨を抜ける衝撃が内臓弱らせて、息が出来なくなるように」
「な、何ですかそのエグイの……」
ディアーネは苦笑するが、その笑みがティティスには弱々しく映る。
その原因が悪魔の青ざめた顔色と紫の唇にあると、この時初めて気がついた。
明らかなチアノーゼ症状である。
「……」
妖精は手を伸ばし、ディアーネの額に触れる。
その汗は砂漠の熱によるものではなく、自身の変調に押し出された脂汗。
悪魔は深く静かな呼吸を繰り返し、剣を支えに立ち上がった。
「ああもう! お腹痛いし息苦……ごほっ」
「先輩!?」
苛立ったように大声を上げ、酷使した肺の反逆にむせ返るディアーネ。
心配そうに寄り添った妖精は、しかし悪魔の顔が声に反して嬉しそうな事に驚いた。
「ねぇ、ティティスちゃん。ロクロちゃん……強かったよね」
「はい……凄かったです」
これはティティスの本心である。
盗賊の心得を齧った今の彼女は、近接戦闘のノウハウも持っている。
そんなティティスの目にも、ロクロの身のこなしは感嘆に値した。
しかし彼女はそんなロクロにすら勝利したディアーネに、更なる尊敬を寄せる方が大切であった。
何処までもこの少女の思考は、エルシェアとディアーネに占められている。
「あはは……っぐふ、ごほ……でも、さ。それでも私、勝ったんだよね」
「はい!」
「ロクロちゃんがあんなに強かったなんて、知らなかった。でも私、それにも勝った」
ディアーネはふら付く足を気力で支え、剣を背中の鞘にしまう。
そして傍らの妖精の頭を撫でながら、半分独語の様に語る。
「留学前の私じゃ絶対勝てなかったよ? 私、初めて自分が強くなったって実感出来た」
「先輩……」
「この三ヶ月で、エルは凄い強くなってた。ティティスちゃんも頑張ってる。だけど私も、今はっきり言える……私は、『冥府の迷宮』の自分を超えられたんだ」
ディアーネの笑い声が響く。
時折咳き込みながら、喘ぐような息を必死に繰り返し、それでも悪魔は笑い続ける。
決して進歩と成果に慢心したためではない。
この時、ディアーネは笑わなければ泣いていた。
後輩の前で涙だけは見せたくない彼女の意地は、感情の表現を喜色によって表現することを選ばせたのだ。
「ディアーネ先輩……」
笑い続ける悪魔に寄り添う妖精。
ティティスはディアーネが心に抱えた傷を正確に理解している。
冥府の迷宮で見た地獄。
前衛と後衛の、たったそれだけの距離が遠かった堕天使の背中。
二人は同じものを見て、同じ傷を心に負った。
――あの時の自分を超えられた
その台詞にディアーネがどれ程の想いを込めていたのか、ティティスだけが理解できる。
何時か、自分も心の底からそう言える日が来るのだろうか……
はっきりと出来るとは断言できない妖精は、其処にたどり着いた悪魔を心から祝福した。
「先輩」
「ん?」
「おめでとうございます!」
「ん……ありがとティティス」
小さな妖精を抱き上げ、そのままきつく抱きしめる。
圧迫された肺が悲鳴を上げるが、根性で無視する悪魔。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
タカチホ義塾の生徒は、序盤で混乱してゴーレム狩りに出遅れた。
しかしディアーネ達もロクロに苦戦し、その後遺症で狩りが順調に行えない。
状況は、決して予断を許すモノではなかった。
「さぁ、続き行こう。私達も頑張らなきゃ」
「そうですね、頑張りましょう」
ティティスを張り付かせたまま、ディアーネが砂漠を行く。
何時の間にか二人のときは、自然となった歩き方。
「二人掛りでエル先輩に撃破数で負けたら、何を言われるか……」
「きっと満面の笑みを浮かべてネチネチと、嬉しそうに皮肉が飛んで来るんだよ」
「え? それはご褒美じゃ……」
「……ティティスちゃん。一応それ、あんまり他で言わないほうがいいと思うよ」
しっかり堕天使に調教されているらしい後輩に、心の中で合掌するディアーネ。
最も、方向性は違えどあの堕天使に染められているという点では、彼女も他人の事は言えない。
自覚はしている悪魔だが、それが不思議と心地良いと思うのだ。
結局の所、複数の朱がお互いを朱で染めあっている三人娘。
しかし彼女達個人に言わせれば、自分だけはマトモなつもりであるに違いなかった。
§
エルシェア、バロータの参戦により、五匹のセンチネルは瞬く間に駆逐された。
エルシェアが三人の生徒を庇いつつ、アダーガで削る。
そうして時間を稼ぐ間に、バロータが一匹、また一匹と数を減らす。
多くの時を費やすことなく、五匹のセンチネルは五個の魔法石へを姿を変えた。
図らずも他校生を救助する形となった二人だが、この後が問題である。
助けた三人はかなりの深手を負っており、クラッズの少女は失神していた。
しかしこの場にいる全員が、回復魔法を使えなかったのである。
エルシェアは転科を行えば回復魔法の使用制限が無くなる。
しかしその為には今の装備を、一度全て外さねばならなかった。
「おめぇ、光術師やれんだろ?」
「この場で脱げと?」
そうと知りつつ、にやけた顔で提案したバロータ。
満面の笑みで叩きつけられた殺気は、天使の背中に死神の幻を見せてくれた。
結局の所バロータがクラッズを背負い、五人は一度学園に引き返した。
負傷した三人の生徒はエルシェア、バロータに付き添われ、プリシアナ学園の救護班と合流を果たす。
別れ際に丁寧な礼と、自分達の棄権を伝えてきたのは、リーダーらしいヒューマンの少年。
そして彼らの集めた三つの魔法石は、天使と竜に託された。
入手した八個の魔宝石を、とりあえず二等分した二人。
「……」
「……」
合計九個になった魔法石を道具袋に収めつつ、エルシェアは歓迎の森に戻ってきた。
何故か、竜の少年も一緒に。
先を進む天使から、数歩遅れて同じ道を歩むバロータ。
「さっき二つと言いましたが……もう一つ質問、構いませんか?」
「答えられるもんならな」
「貴方の存在が鬱陶しいのですけれど、もしかして個人的に粘着されているのですか?」
「そいつぁ……わりぃがYESだな。お前を一人、自由にさせると面倒だ」
「セルシア君がそう言ったのですか?」
「質問が増えたな」
「……」
肩越しに振り向いたエルシェアの瞳がスッと細まり、バロータの背中に冷たい汗が滲む。
しかし彼はそんな事はおくびにも出さず、常の口調と態度を崩さなかった。
「答えはNOだ。こいつは此処でお前さんに遭遇した、現場の判断って奴だな」
「そうですか……」
天使は再び歩き出し、竜の少年がその後をついてきた事を確認する。
次いで道具袋からレーダーと地図を取り出し、残りのゴーレムの位置を確かめた。
既に粗方のセンチネルが狩られたらしく、残る反応は少ない。
それでもエルシェアは森の中に踏み入っている。
ゴーレムの反応が無い、先程五匹を狩った場所へ向かって。
「……」
「……」
バロータは前を歩く天使の背中だけを見つめていた。
歩きながら地図とレーダーを確認して、進む方向を決めているらしいエルシェア。
彼はその方向が先程の場所だと気づいていたが、黙って付いて行く。
やがて目的の場所に到着したエルシェアは、振り返って竜の少年と向かい合った。
「本当に良かったんですか……のこのこと、ついて来てしまって?」
「俺以外を連れ込まれるよか、何ぼかマシと思うしかねぇよ」
「うふ、ふふふ……あは!」
破顔して笑い出した天使に、バロータは顔を引きつらす。
先程の自分の答えを、全力で否定したくなった。
今此処にいる事が危険極まりない事態だと、彼は知性と本能で悟っていたから。
「……」
「……」
笑みを納めたエルシェアは、再びバロータと視線を合わせる。
お互いに入学当初の姿を知るもの同士。
天使の記憶よりも大きく、逞しくなった竜。
そんなバロータはエルシェアから目を逸らすことなく、真っ向から対峙していた。
「お前、何時から狙っていやがった?」
「最初から」
「最初……だと?」
「ルールを確認した時から、もっとも効率的なのは『略奪』だと気づいていましたよ?」
交流戦の勝利条件は各校が配置したゴーレムを倒し、その魔宝石を手に入れること。
決してゴーレムの撃破数を競うルールでは無いのである。
そして生徒間の戦闘行為を明確な文章で制限はしていなかった。
勿論、他校のゴーレム探査機を奪う為の戦闘ならばという不文律があったのは間違いない。
だが今大会に限って言えば、拘束力は持たない。
ならば……魔宝石を手に入れた生徒から、其れを奪えばいいのである。
「真っ向勝負しても良かったんですけれどね? 間違いなく、プリシアナ学園の優勝と私達のパーティーの二位以内は取れたでしょうから」
「……」
「ですが、確実に一位を狙うなら……もう一つ決め手が欲しいところでした」
エルシェアは最大のライバルになるであろう、セルシアのパーティーを撃ち落す事を計算していた。
しかし一人で彼ら三人に勝てるはずも無く、実行する機会は無いものと諦めてもいた。
故に標的は、歓迎の森で魔宝石を集めた『他校』の生徒だったのだが……
セルシア達も、自分のパーティを分散させた。
此処にエルシェアが望む各個撃破が出来る状況が生まれる。
「貴方から奪い取れれば、自分のを増やしつつセルシア君の数を削れますね」
「念のため、本当に一応なんだが聞いていいか?」
「はい」
「俺が逃げたら、見逃してくれるのか?」
「別に私の邪魔をしないのでしたら、構いませんよ。その時は別の子を見つけて、美味しくいただくだけことですから」
「……淫魔かお前」
「堕天使ですよ」
艶然と微笑むエルシェアに、苦虫を噛み潰したバロータである。
そうなる可能性に気づいていたからこそ、彼は自分でエルシェアに立ち向かわざるを得なかった。
セルシアとフリージアがドラッケンのゴーレム狩りに出ている今、彼女と立ち回れる生徒は、少なくともプリシアナには彼しか居ない。
「逃げたければどうぞ? 貴方に拘るより、別の子を襲ったほうが楽だし数もこなせるでしょう」
「完全に悪役じゃねぇか……」
「はい。だから、ディアーネさんやティティスさんにお手伝い願うわけにも行かなくて……ね?」
エルシェアは移動効率や、現地での地理を計算してパーティーを分けたことは間違いない。
そして同時に、この時の為に自分を一人にした事も間違いは無かった。
「私はディアーネさんに、この交流戦で優勝していただくと決めました。それは同時に、私の意趣返しでもあります」
「そうか、其処から『セルシアに勝つ』って共通項が生まれるんだな」
エルシェアは左のアダーガの刃を展開させ、右手のエストックを構える。
「……貴方は、理解が早いのですね。退化した竜の癖に」
「……さり気なくキツイなおめぇ。堕ちた天使の癖によ」
バロータは左腕に装着したブレスレットに右手で触れる。
其れは魔力を光のグローブに変換する『オーラフィスト』
両の拳に燐光が生まれ、光の魔力同士が干渉して白い火花が散った。
半身の姿勢で構えた竜は、エルシェアの目から見ても隙が無い。
「さっきも思ったのですけれど……強くなったね、バロータ君。だけど……」
天使の脳裏に、この場に居ない相棒と後輩の顔が浮かぶ。
このような役回りをする自分を、彼女たちはどう思うだろうか?
受け入れてはくれないかも知れない。
認めてくれることは無いかも知れない。
しかし、其れでも良いと思うのだ。
全てはエルシェアが自身で決めた道である。
エルシェアがセルシアに負けたとき、彼女の傍には誰もいなかった。
しかし今、この天使には何より特別な仲間がいる。
―――仲間の為に……そして、自分の為に
決してぶれない目的を、やっと見つける事が出来た天使。
どんなに汚れた仕事だろうと、頑張ることが出来る自分を手に入れた。
そんな自分は間違いなく、セルシアに負けたときのエルシェアよりも強くなったと胸を張れる。
「私もね、強くなったんだよ?」
満面の笑みでそう告げた天使。
その笑みはバロータが知る中で、最も高く飛んでいた頃のエルシェアの顔だった。
後書き
うぅ……チラシ裏に帰りたいよ(´;ω;`)
のっけから泣き言ですが、十三話をお届けします。
戻れないかな……駄目かな……
もし宜しければ出戻りの可否って聞かせてくださると嬉しいです。
あんまりそういう作品の流れって聞かないのですが、完全禁止でしたっけ……?
今回はやっと始まりました、交流戦の本戦です。
尺の都合でVSロクロとVSバロータはばっさりカットの方向でw
このルールでゴーレムの奪い合いをする場合、時間経過をありだとするなら上位入賞の条件は絶対にスポットか、移動系アイテムは必須。
両学校のゴーレムを徒歩で狩りに行くのは論外だと思います。
その場合に強いPTが財力のあるキルシュトルテと、メイン水術師サブ土術師のフォルクス。
しかし王女様のパーティーはアタッカーに偏っており、フォルクス君のパーティーには上位学課を納めた子がいらっしゃいません。
いや、基礎を極めようとしてるこのジークムント君PTって好きなんですけどね。
ドレスデン先生の指導方針を垣間見ることが出来る構成だと勝手に思ってます(*/□\*)
とまぁ私の妄想はおいといて……
そうやって考えていったとき、恐ろしいのがセルシア君のパーティーです。
セルシア君 メイン『プリンス』サブ『弟』
フリージア君 メイン『光術師』サブ『執事』
バロータ君 メイン『格闘家』サブ『パティシエ』
何この一片の遊びも無いガチ学課?
スポットと回復と魔法壁はフリージア君が担当し、前衛にバロータ君が納まってオールラウンドなセルシア君が締める。
セルシア君のサブが弟でイペリオンが二方向から飛んでくるのがおぞましい(((;゚Д゚)))ガクガクブルブル 。
そしてフリージア君……貴方完璧に『執事』の立ち位置にいるくせに敢えてそっちをサブにしている所が抜け目無い……てか隙が無い。
バロータ君のサブがパティシエで、無魔法ながら強力な補正がついてくるのも……
個人的には、フェアリーでありながら無魔法の学課に突撃したチューリップさんみたいな学課の取り方も好きなんですけどねw
でも実際に戦わないNPCの方々に此処まで本気の学課を組ませた所に、アクワイア様の愛とかその他いろいろを感じずにはいられません。
其処に咥えて私のお気に入りパーティー補正が加わって更に強化される王子様達。
此れ三人娘は勝てるのかな……別にいいか負けちゃっても(*/□\*)
此れが今年最後の投稿になると思います。
それでは皆様、良いお年をー(*/□\*)