一片の慈悲も無い剣技が、堕天使の白衣を内側から朱に染める。
天使の右手には『魔法のレイピア』。
左手には『ゴルゴンナイフ』。
刺突と斬撃が入り乱れ、少女の手傷は増えてゆく。
右手から繰り出される高速の三連突。
左手から繰り出される低速の三連斬。
この二つを交互に繰り出すだけで、エルシェアの攻め手は封殺される。
彼女が今だ倒れない理由は二つ。
その一つは、完全な防御に徹しているから。
攻めを返そうと欲を出せば、セルシアの間断ない連携に絡め取られるだけだろう。
堕天使にはそれが読める。
だからこそ動きようが無かった。
「盾一つでは苦しいかな?」
「右手の剣とか、貸してくださいません?」
「少しは慎みを見せたらどうだい? 其処せめてナイフだろう」
「そっちなら貸していだだけます?」
「お断りだね」
閃光のような細剣の突きと、変幻自在の短剣の斬り。
エルシェアは致命傷になる部位に来るそれを、『アダーガ』で受け止める。
力それ自体は少女に分があり、軸さえ合えば守りきれる。
しかし速度はセルシアに分があり、どうしても止められない攻撃がでてくるのだ。
アダーガは攻撃能力を有するが、その間合いは極短い。
少年は細剣で突きのリーチを生かして攻め、短剣は盾から伸びる刃を弾くように狙う。
ゴルゴンナイフのターンで深く踏み込んでこないセルシアは、距離と速度を活用してエルシェアを封じる。
「……」
内心で舌打ちしたエルシェアは、真っ直ぐ後ろに引き下がる。
セルシアはそれを追おうと足を踏み出し、しかし不意に眉をしかめてその場に踏みとどまった。
半瞬遅れて両者の間に炸裂する炎。
「不思議な魔法だね……何時唱えているのか、こうして向き合っていても分からないよ」
「……それでも避けてくるのですから、大したモノです」
珍しく直球の賞賛を投げ、深い息を吐いた堕天使。
セルシアは優勢を確保しつつ、今だ決着をつけられない。
二つ目の理由が少女の魔法。
守りながら盾で自分の詠唱を隠し、発生に遅延を掛けて退く。
攻めを誘ってその進行方向に発現する攻撃魔法に、天使は警戒を隠せない。
だがそれすら、最早距離を稼ぐ程度の役しか果たせなくなりつつあった。
「……」
実はセルシアの発言にはブラフがあり、少女の詠唱のタイミングだけは、ほぼ完全に掴んでいる。
それは盾で口元が見えなくなっている時であり、身体を狙う刃を強引にアダーガの魔力刃で受ける時だった。
珍しい技術ではあったが、その繰り手である堕天使も、今だ生徒。
構築する戦術には本人にも見えない穴があり、相手にそうと悟られる場合もあった。
ましてやセルシアは拮抗か、それ以上の領域の敵なのだ。
再び始まる天使の剣舞。
流れるように繰り出されるレイピアとナイフの競演に、エルシェアの顔が歪む。
少年にはその表情が本当に苦しんでいるか否かは分からない。
ただ少女が倒れる時まで油断無く、そして容赦無く剣を振るい続けるのみである。
その時にこの堕天使が生きているかどうかは、彼女の運と生命力しだい。
早々に諦めてくれれば、生きの目も出てくるだろう。
少女自身が語ったことだが、此処には優秀な保険医もいる。
「……」
セルシアが一瞬リリィの姿を確認する。
学園では悪評の絶えない、しかしこの上なく生徒想いの保険医。
エルシェアが俯き続けた長い迷走期間も決して見捨てず、立ち上がるときを信じて寄り添った教師。
感情表現が上手くなく、どんな時でも表情があまり変化しない女性。
今も常の無表情だが、その両手は胸の前で血の気が引くほど硬く組まれている。
少年は胸中に罪悪感を抱くが、それも刹那のことでしかない。
彼にはセントウレアという大きな目標があり、それ以外を全て切り捨てる覚悟がある。
死ぬ覚悟は先程決めた。
殺す覚悟も決めたはず。
「……え?」
それをセルシアの隙と言うには、余りに酷だったかもしれない。
彼が視線を外したのは、ほんの一瞬。
決して殺人快楽者ではない少年は、殺し合いになるかもしれない勝負に出る前に、保険医の姿を確認しておきたかった。
リリィがいれば、万一の事故が起こっても大丈夫だから。
その発想自体が甘さと言えないことも無い。
しかしエルシェアと同様、彼もまだ生徒なのだ。
少年が視線を相手に戻したとき、右手に握られていたのは身の丈に近い両手剣。
刀身からは濃密な魔力が放たれ、その向こうの景色が歪んでいるかのような錯覚を覚える。
「『オルナ』?」
それは天使が視線を外した半瞬で、堕天使の相棒が投げ放ったモノ。
中空でその柄を握ったエルシェアは、重量をまるで苦にせず剣を振るう。
咄嗟に両の武器で受け止めたセルシア。
軽い物に対し、重く、硬い物が高速で衝突したらどうなるか。
天使の両足は簡単に地面から引き抜かれ、冗談のような勢いで宙空を吹き飛ばされる。
「くぅっ!?」
浮遊能力を有するセレスティアは、見た目よりも体重が軽いものが多い。
その場にいる全員が持っている知識だが、いま目の前で起こった事は余りにも現実離れしていた。
圧倒的な膂力で大剣を片手で振った少女。
剣に捕捉されながら直撃は避け、中空では浮遊を駆使して足から着地した少年。
「良い仕事してくれますね、ディアーネさん」
「それは良いんだが、君の相棒は困らないのかな」
エルシェアは無手でバロータと対峙しているであろう悪魔を想う。
しかし刹那で切り替えると、何時もの穏やかな微笑に戻る。
本当は、今すぐにでも傍に行きたかったが。
「ご心配は無用です。あの子はきっと勝ちますよ」
「ほぅ、理由は?」
「……私の首に鎖を着けた女ですよ、アレは」
「……成る程、それだけ聞くと凄いことだね」
両手剣と盾を持った堕天使。
細剣と短剣を持った天使。
優勝決定戦は、まだ終わらない。
§
ディアーネが取った行動は、決して頭で考えていたことではない。
只、苦戦する相棒を助けたかったから。
竜と相対する自分は其処へ行けないなら、自分の最も信じるモノを彼女の元へ届けたかった。
「……で、どうしようか?」
「お前、アホだろ?」
「ん、否定出来ない」
ディアーネは英雄学科の首席を納めた少女である。
この学科は様々な武器を扱うし、拳による戦闘も必修科目。
当然ながら彼女にもその心得があるが、決して本業ではない。
英雄はやはり『剣』を持ったときにその真価を発揮する。
その状態で、やっとバロータとは互角の勝負が展開できた。
では、その武器を無くせばどうなるか?
結果は火を見るより明らかである。
「……」
バロータは半眼で少女を睨む。
ディアーネは苦笑を浮かべているものの、絶望感や悲壮感は全く無い。
竜の少年は、そんな悪魔の思惑が解らなかった。
「おめぇ、俺が殴れないとか思ってるか?」
「思ってないっすよ」
「じゃあ、他に武器でも隠してるか」
「持ってないっすねー。今度から何か用意しておこう」
カラカラと笑うディアーネ。
影の無い表情は、彼女に迷いが全く無い事を示している。
これが堕天使ならば、ポーカーフェイスの可能性に思考を逃がしてやれたろう。
しかしこの悪魔にそんな芸は無い。
ならば何故、この状況で笑えるのか。
単純であるが故に、その内面を読ませぬ少女であった。
「バロータ先輩、格闘学科とパティシエでしたっけ?」
「……おう」
「んー……そりゃ、殴り合いとかも強いっすよねー」
悪魔の少女は両手をゆっくり握り締め、同じ時間を掛けて開く。
それを三度繰り返すと、深く息をついて左足を引く。
右を前に残した半身の姿勢。
その構えを見たバロータは、ある回答が脳裏を掠める。
しかしその回答に正解を与える事は、彼の常識が拒否していた。
「あー……もしかしてお前さんさ」
「うぃ?」
「本当にもしかしてなんだが、お前殴り合いで俺に勝つ心算なのか?」
「うん。勝つよ」
きっぱりと言い切ったディアーネに、バロータは絶句する。
そんな先輩の姿に、内心で溜息をつく少女。
恐らく今、自分を見ている生徒達も同じ事を考えているに違いなかった。
例えどれ程気に入らなくとも、それが周りの評価と言う物だろう。
しかし彼女にも言っておきたい事がある。
「なんか不思議そうにしてますけど、バロータ先輩私に勝てると思うっすか?」
「流石に今のお前さんにゃ、負けねえと思うぞ」
「私には、それこそ不思議でしょうがないんですけど……」
「あ?」
「いや、だって……エルに勝てない先輩が、私には勝てると思ってるんだもん」
バロータの表情から感情が消える。
彼は誇り高い竜の末裔、バハムーンの少年である。
確かに彼は最強ではない。
セルシアには勝てないのは間違いない。
先日はエルシェアにも敗北した。
だが、だからこそそれ以外の相手に負けるわけにはいかない。
悪魔の発言は、彼の矜持を明確に傷つけた。
「なんだよ、おめぇエルシェアよりつえぇ心算だったのか」
「ん? 私がエルより強いわけ無いけど……弱いわけも無いっすよ」
ディアーネは冥界の血を継ぐ、ディアボロスの少女。
長年に渡って差別と排斥を受けてきたこの種族は、他人に頼らず自らの足で立つ気風がある。
ディアーネ自身も幼い時は多くの白眼に曝された。
その中でいつも夢想していたのは、何時かこんな自分を見てくれる誰かと共にある事。
彼女は悪魔として生まれて苦労はしても、そう生まれたことを後悔したことは無い。
少年には竜の誇りがあるように、少女にも悪魔の誇りがあった。
「私はエルの相棒なの。友達なの。対等なの」
「……」
「エルが先輩に勝ったのなら、私だって勝てるよ」
ステンドグラス越しの光の中で、不敵に笑った悪魔の少女。
少年は嘗てこの光の中で跪き、祈る少女を目撃している。
自分の半身を預ける相手と巡り会うことを痛切に希求していたディアーネは、その半年後にエルシェアを得た。
「成る程、お前は見つけたんだったな」
「お?」
「運命の人ってやつさ」
「ん。エルは私の、天使なんだよ」
「っは、お熱いこった」
バロータは苦笑しつつも左腕のブレスレットを外す。
同時に彼の両手から燐光が消え去り、悪魔と同じ無手となった。
「お?」
「コレでやろうぜ? 折角のお祭りだし、楽しまねぇとな」
悪童の笑みで拳を作り、肩を回すバロータ少年。
年長者の余裕と、所属学科で培った努力。
それらが生み出す無理のない自信を感じ、初めて少女の顔が曇る。
武器や道具に拠らない、彼自身の強さを肌で感じたディアーネ。
バロータを一回り大きく感じ、その圧力だけは『オーラフィスト』装備時よりも上に思う。
戦闘力が低下した事は間違いないはずなのだが……
「武器を振り回してくれた方が勝ち易かったか?」
「どっちにしろ負けやしねぇから、遠慮なく掛かって来な」
「舐めんなよ」
「お互い様だろ」
ディアーネは正面から踏み込むと、バロータは余裕を持って身構える。
小細工無用とばかりに振るった右フックを、少年は腕を上げて受けた。
思いがけずに強い衝撃に、バロータの動きが半瞬止まる。
少年の動きの遅滞を逃さず左拳を突き出すも、バロータは右手で払う。
しかしディアーネは接触の瞬間に突き出した両手を開き、少年の腕を取った。
「お……ぐっ!?」
そのまま相手の身体を引き寄せ、自分も身体ごと飛び込みながら鳩尾に膝を打ち込む少女。
思いのほか喧嘩慣れした悪魔の少女に、バロータは頬を引きつらす。
痛みに少年の身体が折れ、二人の身長差がなくなった。
ディアーネは自分の顔より低くなった少年を、上から潰すために拳を掲げる。
少女の目にはバロータの後頭部しか見えておらず、彼が笑んでいることに気づかない。
彼は足の位置からディアーネの身体の位置を見切り、唐突に折った身体を跳ね起こす。
「っぎ?」
バロータの後頭部がディアーネの顎を跳ね上げ、少女の身体が蹈鞴を踏む。
竜の頭も割れそうに痛むが、当てに行ったのは彼である。
先に動けたのはバロータ。
後ろに傾ぐ悪魔に踏み込み、その顔目掛けて拳を突き出す。
ディアーネはサイドステップで回りこみつつ、右足の膝を狙って前蹴りを飛ばす。
逆間接に入るその蹴りに対し、膝を曲げて受けた少年。
もし膝を伸ばしきった状態で受けたなら、間接に重いダメージを負ったろう。
バロータが舌打ちした時、更に踏み込んだ少女はその手を両手で掴みとる。
「ん?」
竜は少女の意図が読めず眉を潜めるが、一瞬の後にその疑問は氷解する。
悪魔は両手で少年の手首を捻り、そのまま肘、肩と順に極めて行く。
背筋を凍らせたバロータは、ディアーネが捻る方向に身体を逃がして飛び込んだ。
自分から地面に投げられに行った少年は、それに拠って腕間接の破壊を食い止めた。
彼はバハムーンの腕力を駆使し、ディアーネを自分ごと地面に引き倒そうとする。
しかし純粋な力比べでの不利を知る悪魔は、両手を離して飛び退いた。
最早疑う余地は無い。
ディアーネは間違いなく、無手の戦闘技術にも長けている。
「格闘……いや、カンフーか?」
「うぃっす。ウズメ先生強かった!」
少女がやっている事は、留学先の師から散々やられた事である。
彼女ははっきりとウズメからカンフーを倣ったことは無いが、身体に刻み込まれた動きと打法の幾つかは見取りで覚えている。
思えばウズメは、ディアーネが見失うほどの速度を出したことは無い。
恐らく彼女はその指導の中で、態と少女に技を見せていたのだろう。
遠いタカチホ義塾の師に感謝しつつ、ディアーネは油断無く身構えた。
バロータは起き上がりつつ埃を払い、一つ息を吐いて少女と再び対峙する。
その表情から油断は感じないが、相変わらず悪童のような笑みを張り付かせている。
「やるじゃねぇのお前さん」
「うぃっす。本気出して貰えますか?」
「おう。楽しもうぜ!」
両者は同時に地を蹴ると、真っ向から拳を打ち合わせる。
衝突で押し負けたのはディアーネだが、少女は直ぐに足を使って衝撃を流す。
高速の歩法と出入りでバロータを翻弄するディアーネ。
少年はじっくりと腰を落として悪魔を見る。
バハムーンは全種族中で最も体格に恵まれた存在である。
ディアーネとの身長差はそのままリーチの差であり、少女は必ず彼の間合いに侵入しなければならないのだ。
接触の瞬間を狙うバロータと、捕まりたく無いディアーネ。
徐々に高まる緊張感の中、遂に少女が飛び出した……
§
ありえない筈のモノを見たとき、人はどのような反応を示すのか。
その一例が此処にあった。
「……」
降り注ぐ雷が収まった時、無傷で佇むエルフの少年。
荒い息を吐くフェアリーの少女は、膝に手をついて身体を支える有様である。
二人の様子から戦闘の趨勢は明らか。
しかしその表情は大方の予想と間逆にあった。
俯きかける首を必死に上げ、瞳をギラつかせて睨むティティス。
捕食者に狙われたかのような錯覚を覚え、背筋を凍らせるフリージア。
彼は自らが構築した消耗戦に妖精を引きずり込んだ。
それは功を奏し、少女の魔力に過度の負担を強いることに成功したはずである。
だが、それでもティティスが止まらない。
『イグニス』
『魔法壁』
両者の声が同時に響き、紅蓮の炎は少年に届かず霧散する。
同時に壁も破壊され、澄んだ音を大聖堂に響かせた。
「……二十八。此れほど魔法を使ってもまだ底を見せませんか」
「……はっはぁ、こほっ……」
上がりきった息に、時折むせ返るティティス。
その右手に握られた『パリパティ』は、既に取り落としそうな程頼りなく揺れていた。
幽鬼のような表情に変わりつつある妖精賢者は、しかしフリージアの前で左手を刺し伸ばす。
その手には仄暗い闇を侍らせている。
少年ははっきりと解るほどに、眉間に皺を寄せている。
ティティスの魔法行使は異常であり、明らかなオーバーペースの筈である。
消耗の大きな古代魔法を既に三十近く撃っておきながら、尚次を放つ準備を止めない。
まるで彼自身が底なしの泥沼に引きずり込まれたような錯覚を覚え、少年の瞳が鋭くなる。
「……」
フリージアは両腕で抱きかかえていた『マリオネット』を開放する。
彼自身の魔力に拠って支えられた人形の身体は、持ち主の手を離れても、まるで生き物のように佇んでいた。
それはこの戦いの中で、フリージアが始めて見せた攻撃態勢。
執事のスキルである魔法壁は、その強力な効果に比較して消費する魔力が少ない。
しかも魔力を加工する必要も無い為、ほぼ確実に相手に先駆けて発動できる、相手からすれば悪夢の防御技術である。
しかしそれでも消費は零ではない。
さらに彼が奥の手とする光魔法の奥義『イペリオン』は、単純計算で魔法壁十五回分の魔力を食う燃費の悪い大魔法。
ティティスの驚異的な粘りに拠って魔力を削られた少年は、最早それを行使するだけの魔力を残していない。
泥沼の消耗戦に引き込まれた少女は、先に沼地を干上がらせる事に成功した。
後が無くなった少年は、先に勝負をかける事を余儀なくされたのである。
「あ、あれ……?」
フリージアの動きに、虚ろになり掛けていた少女の瞳に光が戻る。
眉を顰めたティティスだが、視界と思考が戻ってくると、頭の隅に鈍い痛みを感じてふらついた。
限界に近い魔力の行使が、その代価を肉体への負荷として戻ってくる。
ティティスは最早思考回路すら放棄して魔法行使に専念していた。
意識を完全にクリアにし、自身の中の魔力を全て使い切る。
粘りに粘った妖精賢者は、初めてこの戦いの行方を動かした。
「……貴女は本当に、バケモノなのですか?」
「それ、年頃の女の子に言う台詞じゃないと思います」
「失礼。ですがその魔力……正直私の常識を超えていらっしゃるもので」
「世の中不思議がいっぱいなんです」
「そういえば、特に少女は秘密が多いと伺いますね……」
少年の魔力がマリオネットに注がれる。
主の意思と魔力を受けた人形は、その右手を指し伸ばしす。
光魔法を携えたその手は、フリージアの開放命令を待っている。
彼がティティスを見据えると、少女は深呼吸しながらパリパティに魔力を流している。
先程の準備した闇魔法をキャンセルし、別の魔法を選択したか。
それとも、その動き自体が牽制か……
フリージアにはティティスが後、どれ程の魔力を残しているか予想がつかない。
彼の知る限り、術師系の学科上位者でも古代魔法は二十撃てれば一流である。
そんな彼の常識を、少女は八度も超えてきた。
「……」
フリージアはこのまま守り続けるか、攻めに転じるか、この段階でも迷いが在った。
それは現在の戦況と過去の成功の板ばさみ。
彼は相手が魔術師の場合、的確な魔法壁に拠って完封してきたのである。
今まで自分を勝たせて来た戦術を、此処で放棄するか否か……
彼自身の本音を言えば、ティティスの様に大魔法を無尽蔵に扱う相手にこそ、この戦法で封じたかった。
必要な魔力を必要なだけ使い、その戦いの後まで魔力を温存する。
これは彼だけではなく、回復補助のエキスパートたる光術師全体が持つ発想である。
見境無く魔力を消費する相手に、持久戦で負けたくない。
そう考えた少年は、柄にも無く意地を張っていた自分に苦笑する。
思えば丁度一月前、他校への道行きを共にして以来、この少女に対して何処か一線を引いて対応している自分がいた。
自覚してしまえば何のことは無い。
魔術師としての方向性が間逆であるこの少女を、彼は何時の間にかライバル視していたのである。
「終わりにしましょう!」
「閉幕と行きましょうか!」
戦闘スタイルを先に変えてきたフリージアが苦しいことは間違いない。
しかし苦しいといっても、本当に後が無いのかどうなのかは、ティティスに取っては解らない。
フリージアも相手の余力を正確に測る術などない。
そんな事情から両者の最終局面は、ごく正統的な隙の探り合いから始まった。
『アクアガン』
先に動いたのは、やはりと言うかティティスであった。
水流が少年と人形を囲むように展開され、水の幕の先にある少女の姿を覆い隠す。
フリージアは一切構わず、人形に蓄積した魔力を解き放った。
『シャイガン』
水流を貫いて光球が突き進み、ティティスがそれまで立っていた場所ではじけ飛ぶ。
手応えは無い。
返礼は新たな攻撃魔法で示された。
『ファイガン』
それはフリージアの左手から響いた声。
水の幕を張った少女は、高速の浮遊で少年の左側面に回りこんだようだった。
思わず舌打ちがもれるエルフ。
この速さも、彼が今まで攻勢を躊躇わせた要因の一つ。
両者が共に一撃必殺の魔法を持った状況なら、攻め合えば先撃ちしたほうが勝つ。
其処へ来て相手は、全種族中最速のフェアリー。
彼の持つ技能の中で魔法壁が選択されたのは、この速度差を補う意味もあった。
少年が右側へ飛び込むように床を転がった時、水と炎が接触して爆発。
多量の水蒸気を生み出した。
霧のように立ち込める水蒸気が、再び両者の視界を塞ぐ。
『エアー』
一陣の風が大聖堂を凪ぐ。
人形を通して放たれたその魔法は、執事学科での必須魔法。
それはティティスが生み出した霧のカーテンを引き裂いた。
しかし両者の視界が戻る前に、少女は霧を自らの前進で追い抜いてゆく。
「勝負です!」
「……」
パリパティを携えた賢者が、光術師に襲い掛かる。
少年は表情を変えずに一歩退く。
同時に魔力で操る人形を一歩動かし、ティティスの間に割り込ます。
フリージアは突進してくる妖精が、呼吸と共に薄く羽を発光させているのに気づく。
それは足を止めて魔法を使っていた時には気づかなかったもの。
「あれは……?」
違和感を覚えはしたが、彼はその正体までは解らなかった。
ティティス自身も無意識の発光現象の正体は、魔力の胎動である。
妖精は羽で光を吸収し、体内で魔力を生み出す種族。
しかし勿論どんな妖精にも出来る事ではない。
それはあらゆる魔法を使いこなす『賢者』が、果てに極めるとされる妖精種族の奥義。
結論から言えば、フリージアの戦術転換は正しかった。
此れが出来るという事は、この少女に魔力切れは理論上無いということなのだ。
ティティスの短剣が振るわれ、高速二筋の銀閃が彼の人形を斬り飛ばす。
「……」
少女がマリオネットを破壊した間隙に、エルフはバックステップで退いた。
息の上がったフェアリーは追えない。
見送るティティスは、フリージアに会心の笑みを見る。
人形を囮にしつつ、媒体無しの魔法行使を敢行した少年。
ティティスとしては少年の魔力が溜め込まれた人形を放置は出来ず、攻撃で破壊する手間を掛けざるを得なかった。
結果、詠唱を相手より僅かに早く始められたフリージア。
唱えた魔法は、光術師学科の最新魔法。
『ウィスプ』
少年の声に招かれたのは光の獣。
豹のようなフォルムの獣は、発生と同時に主に従い、敵手たる少女に襲い掛かる。
ティティスはパリパティを両手に持つと、真っ向から光の獣に刀身を叩きつけた。
少年の魔力と短剣の魔力が干渉し、弾け飛ぶ光の残滓が少女を抉る。
だが、同時に少年は声を聞いた。
『ビッグバム』
光に呑まれた少女が生み出す、幾重もの紅い帯状の筋。
それは少年の周囲に収束すると、派手な爆発を引き起こした。
光の奔流と物理的な爆発。
互いに魔法を駆使した勝負の最後は、両者の魔法をそれぞれに喰らう展開で幕を引いた。
「きゃあ!?」
「っぐぅ?」
光の獣に食われた少女と、目の前で爆ぜた空間の圧力で吹き飛ばされた少年。
やがて光が、爆発が収まった時、ギャラリーが見たのは満身創痍の生徒が二人。
ほんの一瞬の魔法でボロボロにされ、床に叩きつけられて意識を失ったフリージア。
たった一度の魔法に飲み込まれ、光の中で焼かれたティティス。
「……うぐ……つぁあ……」
パリパティを床に差し、その剣にもたれ掛かるように立ち尽くす妖精少女。
戦闘続行など冗談にもならない様子であるが、この戦い……最後まで立ち続けたのは、ティティスであった。
「……」
フリージアは術師系学課の奥義の一つ、『倍化魔法』を最後まで使わなかった。
それは自分の魔力の残量が心もとなかったという事もあるのだが……
「っごふ?」
唐突に血を吐いて床に崩れた少女。
多くの古代魔法の適性を持ち、回復補助の魔法まで完備するのが賢者という学課である。
自身の体内で魔力まで生成出来る程に魔法の扱いに長けるその反面、フィジカル的な部分では病的なまでに脆い。
魔力を多く消費した倍化の魔法等扱う必要は無い。
たった一度の攻撃魔法直撃で、既にティティスは虫の息。
ティティスは歓迎の森で、自分自身すら気づかぬうちに死を迎えた。
天使と悪魔に拾われた後は、必ず二人に守られていた。
おおよそ久しぶりに体感する激痛に悶絶する少女。
「あぅ……ぅふふ、い……痛いよぉ……」
床をのたうちながら、ティティスは場違いな笑みを湛えていた。
この妖精にとって痛みこそ生きた証である。
エルシェアの胸に抱かれて始まった二度目の命は、苦痛の中に在ったのだから。
「……エル先輩……ディアーネ先輩……私――」
余りの痛みに少女の身体は痛覚を麻痺させ、精神の発狂を予防する。
しかし痛みで意識を繋いでいたティティスにとって、それは気力の元を失うことにもなった。
ティティスがこの日の最後の意識で想うのは、タカチホを共に旅した先輩。
あの時の自分を超えられたと、胸を張って宣言した姿が忘れられない。
「私も……頑張りましたよね……?」
その問いに答える者はいなかった。
しかし少女が気を失う寸前、目蓋の裏に見た幻は、暖かく自分を抱き上げる天使と悪魔の姿であった。
§
正面から踏み込んだディアーネの拳が、少年の顔に伸びてくる。
その突進は直進に見えるほど早かったが、決して真っ直ぐは進んでいない。
悪魔はその身体を左右に小さく揺すりながら、やや小刻みな摺り足で動いている。
その歩法はバロータの視界を幻惑しつつ、送り出される拳打の威力を増幅させる。
「っち」
舌打ちと共に小さく仰け反り、少女の手から身体を逃がす。
起こし際に自らも拳を返すが、ディアーネの影にも触れない。
少女は自分の間合いよりもやや遠い地点までしか踏み込んでいなかった。
正確には、バロータが其処までは入れてくれない。
双方共に足一つ分遠い距離の攻防は、それぞれの防御と回避を強固にする反面、決定打を撃ちこむ機会も与えずにいた。
バロータは自ら踏み込むと、攻撃後の隙に攻め込もうとした少女の出鼻を挫きに掛かる。
「ん……」
急速に詰まった間合いに眉を潜め、サイドステップで受け流すディアーネ。
回避は自分の左。
追撃は自分の右。
「うぁ!?」
相手の行動を強制しつつ、ヤマを掛けて正解する。
少年が格闘家としての経験を駆使して悪魔を次第に追い詰める。
両者が共に自分の主導権下で間合いを詰める事を望んでいた。
それを先に成功させたバロータは、遠慮無く少女の顔に拳を伸ばす。
今度はディアーネが小さく仰け反り、同時に首を捻って威力を殺す。
まるで少年の拳がすり抜けた様に振りぬかれ、その内側から滑り込んだ少女の拳が、逆にバロータの顔面を的確に捉える。
「っく!」
命中の直前で顎を引き、歯を食いじばる竜の少年。
ディアーネは右手に硬い感触を覚えたが、バロータに決定的なダメージが通らない。
少年は足首をしならせる様な下段蹴り放ち、咄嗟に少女が上げた足に命中する。
舌打ちしながら飛び退く悪魔。
先程からバロータが狙ってくるのは、少女の足を止めるローキック。
顔に飛んでくる拳は、それを意識させて下段の守りを揺さぶる布石。
今の所は回避か、若しくはカットで凌いでいるが、守ったところでダメージは溜まる。
本格的に足を止められれば、殴り合いで悪魔が竜に勝てる道理が無かった。
少女としては動けるうちに勝負を掛けたいところだが、遠目の間合いで幾ら当ててもバロータの耐久力を超えられない。
彼を戦闘不能に追い込むためには、今一つ強力な技が必要だろう。
両者は無言のままに一度揃って距離を置く。
周囲の生徒達のどよめきが、当事者達には心地よかった。
「んー……見て貰えるってやる気出るなー」
「だよな。やっぱり祭りの主役はいいもんだ」
ディアーネは左を後ろに溜めた半身の姿勢。
バロータは右を後ろに溜めた半身の姿勢。
同じ右利き同士で構えが逆なのは、双方の純粋な腕力から来る選択だった。
相手と比べて非力な少女は、威力差を埋めるために強い利き腕を少しでも相手に近い位置で使いたい。
バロータは左の牽制でも相手の注意を引ける自信があり、利き腕を溜めて一撃で相手を打ち抜きたい。
現状では手数を多く当てているのは悪魔だが、バロータには殆どダメージが通っていない。
戦術変更の必要を感じた少女は、やや前掛りに加重を移す。
左足の踵は浮いたまま、しかし右足の踵は地につける
フットワークの使いにくい、地に根ざしたその構えは、威力重視の姿勢であった。
「……」
相手が勝負に出る事を見取った少年は、警戒の色を強めて構え直す。
足の位置は変わらない。
上体は拳を作らず、自然に腕を相手と自分の間に挟むように突き出す。
それは身体を腕で守りつつ、パワー重視でスピードが犠牲になるであろうディアーネを掴む為の構えであった。
前衛学課を専攻するバハムーンに捕まれたら、無魔法の場合には同族以外で抜け出せるものは無い。
その事を良く知る少女は、背中に嫌な汗を自覚した。
しかし彼女が勝ちを拾うためには、相手の手が届く所に必ず入らねばならない。
意を決して勝負をかけたその瞬間、先に動いたのは竜の少年。
「ん!?」
生き物は勝負をかける瞬間に、一つ呼吸を入れるという。
その瞬間が最も危険な時であり、相手に取っては攻め時でもある。
格闘家の経験からそのタイミングを完璧に読み取った少年。
左右の動きでは悪魔の軽さに勝てずとも、直進する瞬発力では劣らない。
「はぁあああああああ!」
裂帛の気合と共に振り下ろされる左の手刀。
しかし少女は不意を突かれたが、対応不能域には達していない。
彼女を優秀な前衛足らしめる、生まれ持った素質。
それは動体視力と深視力からなる物体の把握と、把握した相手の動きに身体を追いつかせる反射神経。
研ぎ澄まされた少女の集中力は、竜の動きをコンマ一秒遅く体感させてくれる。
悪魔は受けにも避けにも回らず、バロータの振り下ろす腕のさらに内側に滑り込む。
「っ!」
バロータは懐に入った少女の腕を掴もうと右手を伸ばす。
しかし悪魔は止まらない。
相手の左脇を抜けつつ右手から遠ざかり、並び際で脇腹に拳を一つ入れた。
その威力は重量のある物体になんら効果は無かったが、其処を打たれると身体を捻る動作が一瞬止まる。
さらにディアーネは急静止し、バロータの左半身を自らの左肩で突き出した。
地に根ざした大木を押すような感触だが、相手も二足歩行生物である。
重心を狂わせば倒せない道理が無いと、少女は下側から押し上げるように左の肩を当てて行く。
少年は自分の至近距離から出て行かないディアーネを逆に嫌い、自ら半歩退きながら右の手刀を二度返す。
悪魔は一つ目を避け、二つ目は相手の手首を両手で掴み取る。
再び捻って投げようとした時、驚異的な反応で左拳を振るったバロータ。
彼は右手を敢えて取らせて少女の両手を封じつつ、捻られる前にカウンターで顔面を狙う。
流石に此れは避けられず、ディアーネは首に力を込めて額で受ける。
「んぎ!」
この戦いの中で始めてまともに喰らった竜の拳。
歯を食いしばり、頭部で最も硬い額で受け、首も固定していた。
にも拘らずディアーネは、一撃で首が圧し折れたような錯覚を覚える。
痛手を受けたことは間違いない。
しかしその事に拠って少女の中に芽生えたのは、怖気ではなく闘志だった。
右手を両手で押さえながら、左拳を受けた。
相手は両の腕を使用した瞬間であり、双方蹴りが飛ばせる距離もない。
「かぁあああアァアアアぁっ!」
少女は左手で竜の右手首を押さえ込んだまま、右の拳を振りぬいた。
狙いは胸の中央よりやや左。
心臓打ちと呼ばれる打法である。
命中の瞬間、バロータが体感した衝撃は驚くほど軽かった。
しかし間髪居れずに拳を返そうとした彼の体は、持ち主の意思を裏切った。
「……ぁ?」
強打で一瞬心臓を止め、無防備な相手の意識を狩る。
それは英雄学課で必須とされる、無刀流免許皆伝の奥義であった。
この技は決して生き物の心臓のみを狙う技にあらず。
その真の目的は、相手の動きの動力を止める事にあった。
それは生き物の心臓であり、魔法生物の核であり、霊の念であり、精霊の契約である。
ありとあらゆる存在の源を、拳の衝撃と何より其処から直接打ち込む、自らの意思の力に拠って活動不能に陥れる。
此処まで出来て初めて、英雄学課の生徒は半人前になれるのだ。
ディアーネは硬直した少年から左手を離し、その右手を開放してやる。
しかしバロータは動けない。
少年の顎に返しの左を打ち込まれる。
此れこそ彼女が三ヶ月前に七人もの生徒にトラウマを植えつけた、悪魔のコンビネーションだった。
「ぎっ」
少女の左手に十分すぎる衝撃が返る。
顎の骨が砕ける感触に、ディアーネの顔が一瞬歪む。
しかし次の瞬間、自らの肩に走った激痛。
バロータは硬直から脱すると、顎を砕かれながらも全く怯まず、左の拳を硬く握って小指の付け根を打ち下ろした。
鉄槌と呼ばれるこの打法は、相手の固い部位を打つときに拳を痛めず粉砕する技法である。
悪魔の少女は竜の顎を砕いた瞬間、自分の右肩も壊された。
打撃の後に直ぐ離脱していれば違ったろう。
それは少女の油断としか言いようが無い。
少年は標的が目の前に居るという事実に支えられ、気力と苦痛で意識を保って反撃に転じたのである。
「っ……!」
額に脂汗を浮かべた悪魔は、今度は右腕を振り上げる竜を見た。
振り下ろされたら左肩に喰らう。
両腕を潰されたくないディアーネは、身体を反転させて背中からバロータに身を預ける。
その間に今一度竜の鉄槌が振り下ろされ、先程と全く同じ位置に打ち込まれた。
肩の骨が折れ砕ける音を、この時少女は聞いた気がする。
悲鳴を上げてのた打ち回り、全ての情報を遮ってしまいたいという欲求が鎌首をもたげた。
それら全てを奥歯で食い殺し、ディアーネは守りきった左の肘を少年の据える。
ディアーネが会得している無刀流免許皆伝は二種類。
一つは武器を失った状態から活路を見出す、グラジオラス直伝の生き残る為の打撃法。
今一つは最初から無手の状態で相手を無力化する、ウズメ直伝の破壊する為の打撃法。
「せー……のっ!」
次の瞬間、バロータの目の前で少女の身体が激しくぶれた。
ディアーネの足元の真紅の絨毯が、圧力を掛けて捻られたように皺がよる。
其処から足首、膝を通る力を、腰で回して倍加する。
威力が肩まで昇った時に、右手を真っ直ぐ突き出した反動で左肘を引く。
破壊された肩から激痛が走るが、一秒だけやせ我慢して左肘撃ちを成立させた。
足の先端から腰の捻り、上体の振りに加重移動……
人体で練成出来るあらゆる力が、少女の左肘を媒体にして、接触している竜の体に透される。
遠目から見ているものには、ディアーネが背中でバロータの身体を押し退けたように見えたろう。
男性……しかも全種族中最も体格の良いバハムーンの身体が、まるで冗談のように吹っ飛んだ。
「う、おおぉおおおお!?」
苦鳴というより混乱の声を上げながら、バロータは直線的高速低空飛行を初体験する。
それは留学先でディアーネがウズメに拠って見せられた生き地獄の序章。
壁に打ち付けられた少年は、かつての少女と同じように全身がバラバラに引き裂かれたような激痛に悶絶した。
「っく……つぁあ……」
ディアーネと決定的に違ったのは、バロータは最後まで痛みでは悲鳴を上げなかった。
初めて師から此れをされた時、無様な声を出していた自分を思い出して苦笑する悪魔。
その全身には脂汗が浮き、まるで水浴びをしたように少女の制服を濡らしている。
膝をついて肩を押さえ、泣き出してしまいたかった。
しかしまだ、彼女にはやる事が残っている。
悪魔は周囲を見渡すと、大聖堂の片隅で倒れた後輩の姿があった。
「……」
其処まで少し距離があり、歩いていく間に彼女のやせ我慢に限界が来る。
今一度首を巡らすと、未だ地面に倒れ、しかし必死に起き上がろうと床でもがく少年の姿。
その顔は見えないが、恐らく今も諦めていないに違いない。
バロータは間違いなく、身体も心も鍛え抜かれている。
しかしその近くに転がる、白金の輝きにも目が留まった。
少女の顔に微笑が浮かぶ。
その表情は苦痛と混ざって直ぐに消えてしまったが。
「みーつけた」
ディアーネは苦悶を必死で堪え、一つ一つの歩を進める。
やがて目的の場所まで来ると、其処で見つけた銀色の刃物を拾い上げた。
それはセルシアが斬り飛ばした、エルシェアの鎌。
柄は半分以下になってしまっているが、指し当たってはそれで十分。
少女は直ぐ近くでもがく少年と目が合った。
苦しんでいる。
悪魔の肩も粉砕されており、激痛はお互い様かもしれない
しかしあの打法で打ち抜かれた経験を持つ少女は、少年を苛む痛みがどれ程のものか知っているのだ。
勝敗は既に定まっている。
だからこそ、早く少女には行うべき事があった。
それをしてやらなければ少年も、何より自分自身も休むことは出来ない。
ディアーネは左手に持った鎌を、バロータの眼前に突き立てた。
「……」
「……」
それは勝利宣言。
お互いに勝ちも負けも声は掛けず、ただ視線のみを交換する。
バロータの瞳が静かに少女の鎌へと動き、そして再び瞳に戻る。
大きく息を吸い込むと、長い時間を掛けて吐き出した。
それだけでも全身がバラバラになりそうな少年。
しかし最後まで苦鳴は飲み込むと、代わりに一つ呟いた。
「……まいった」
「……ん、ども」
ディアーネは少年の傍に今度こそ座り込む。
こみ上げてくる涙は痛みによるものか、それとも勝利の歓喜のためか。
自分自身でハッキリしないその液体は、吐き出す息と同じくらい苦かった。
「先輩、強かったっす」
「お前さんも、強かったぜ」
座った少女と倒れた少年は、同じ方向を見ていた。
二人の視線の先ではそれぞれの相棒が、最後の死闘を演じている……
§
エルシェアが左手の盾を翳すと、仄暗い闇が迸る。
それを見たセルシアも、光の魔法を打ち返す。
最早幾度目になるか……
両者の魔法は衝撃波と明滅する光を撒き散らしながら互いをのみ合う。
その間隙に乗じた堕天使は、少年との間合いを一気に詰める。
武器を手にしたエルシェアは、それまでの鬱憤を晴らすかのように攻勢に転じていた。
片手で振るわれる両手剣。
相棒から託された魔剣はうなりを上げて、セルシアの頭上に降って来る。
「……」
セルシアは唐竹の軌道で迫る剣を、身体半分ずらして避ける。
そのまま一歩踏み込むと、右手の細剣で少女の右手を斬りつけた。
攻撃を受け流しつつ、武器の持ち手を狙うのは細剣のセオリーの一つ。
だからこそ、それは受け手である少女も良く知るところであった。
間髪いれずにアダーガの魔力刃が差し込まれ、魔法のレイピアを食い止める。
両者の動きが止まった時、至近距離で炸裂する攻撃魔法。
『ビッグバム』
『ウィスプ』
セルシアが光の獣を召還するも、その形が作られる前に別の魔力で引き裂かれる。
エルシェアの爆裂魔法も、セルシアの魔力と押し合って正常な構成を保てない。
結局双方の威力を殺し合う事になり、二人はそれぞれの表情で無念さを露にする。
少女は強引に魔剣を振り払い、その刃を細剣で流す形でセルシアが退く。
下がりながら翼を打って、やや遠目の距離まで空けた少年。
堕天使はその動きが攻撃的転進である事を、誰よりも良く知っていた。
先程から二人は守勢に回る事がない。
両者の選択は相手の攻めをそれ以上の攻めで押し返すパワーゲーム。
それは緻密な戦術ではなく、若い二人のセレスティアはお互いに負けることを嫌って意地の張り合いを続けている。
『ウィスプ』
セルシアが再び光の獣を生み出した。
四足歩行型の獣であり、豹に近いフォルム。
エルシェアが対応を選んでいると、天使は地を蹴り走り出す。
「う!?」
その後を追うように光の獣も駆け出し、セルシアとタイミングを揃えて堕天使に迫る。
獣の姿をしていても、その正体は光魔法。
豹の速度はセルシアのそれを遥かに上回り、直ぐに少年を追い抜いた。
先に来る獣を潰せば、セルシアに対して隙を曝す。
セルシアに構えれば光魔法をまともに食らう。
シンプルであるが故に厄介な連携は、エルシェアの眉を歪ませた。
「……」
血染めの白衣を靡かせて、堕天使は前に踏み出した。
魔法の詠唱を進めつつ、光の獣をオルナの一閃で斬り潰す。
間髪いれずに打ち込まれる、左右の武器の六連撃。
普通なら回避不能の斬撃に曝されながら、エルシェアの魔法が発動する。
『テレポル』
迷宮単位を跳躍する範囲の狭い転移魔法で、自分の身体を空に逃がす。
セルシアの剣は空を斬り、その目が驚愕に見開かれる。
少年は直ぐに頭上の気配に気づき顔を上げた。
彼が見たのは、大剣を振りかぶった堕天使の笑み。
中空から自由落下しつつ振り下ろされた両手剣。
堕天使の渾身の力で加速した鉄の塊は、派手な音を立てて大聖堂の床を粉砕する。
セルシア自身はサイドステップで回避したが、その右腕は避けきれずに浅い傷を残していた。
「っく!」
「浅い!?」
手応えの無さに眉を顰める少女。
剣と魔法と盾を駆使したその戦力は、徐々にセルシアを押し込みつつある。
しかし堕天使は自分の着込んだ白衣……その内側で朱に染まる部分が、徐々に広がっているのを知っていた。
彼女は此処に至るまでに、セルシアの一方的な攻勢を凌ぎ続けて来たのである。
その無理は出血として少女に返済を要求した。
本当に少しずつ……しかし確実に堕天使の動きは鈍くなり、腕の力も入らなくなる。
セルシアに拮抗する速さで動き続け、さらに両手剣を振るい続ければ傷は開く一方だろう。
速いうちに勝負を仕掛ける必要が、エルシェアにはあった。
「……」
エルシェアの着地際を狙いセルシアの細剣が迸る。
アダーガで止めた堕天使は、魔剣を横薙ぎに振り払う。
攻撃範囲が広い斬撃に少年は舌打ちし、ゴルゴンナイフを軌道に挟みつつ身体ごとぶつかって剣を止めた。
堕天使の身体が万全ならば、強引に切り払うことも出来たろう。
傷は少女の力を奪い、セルシアはよろめきながらも殺傷力を削ぐ事には成功する。
しかし完全に重心を崩された少年は、長い硬直を余儀なくされた。
剣を素早く引き戻し、上から潰そうと振り上げる。
「まだだよ!」
天使は転倒寸前の無理な姿勢から強引に少女の喉を突く。
それはこの戦いの中で、エルシェアが始めて喰らう下方向からの攻撃。
目が慣れていなかった事もあり、少女は盾による防御を選択する。
「あ!?」
少女の声は悲鳴に近い。
彼女は自分の選択が致命的な失策であることに此処で気づく。
エルシェアの盾アダーガは、一尺よりやや大きい円盾である。
それで下から喉を狙う突きを防いだ時、それは自分の視界から相手を遮るカーテンになる。
この体勢では剣も振るえず、しかも少年の攻撃待ちの状態になった。
攻めの選択肢を相手に与える事になった少女は、自分の次手を魔法に替えた。
そして彼女の予想通り、盾に剣が当たる感触が来ない。
「貰うよ、エルシェア!」
「……」
天使の勝利宣言を、静かな心地で聞いた堕天使。
体勢を崩したその状態から、苦し紛れに放った突きだった。
そんな攻撃を守ろうとしてしまったのだ。
攻守の主導権が入れ替わったのは少女の失態。
セルシアはエルシェアの防御体勢に即応してフットワークで切り返し、少女の左側面に跳ぶ。
その動きが終わる前に、至近距離からゴルゴンナイフで斬りつける。
盾の影から移動した天使の動きは、少女には捕捉出来ない……筈だった。
「!?」
しかしエルシェアは魔剣を手放し、体を捻りながら右手でナイフを掴みに掛かる。
動きを読まれた事に驚くセルシアだが、此処で攻撃は止められない。
エルシェアは単純な計算で相手の動きを予測した。
正面はアダーガで守っているし、そもそも其処から来ると読んだ少女の裏をかいていない。
後ろに下がる意味も無い。
ならば左右のどちらか。
右手に魔剣を持ち、攻撃は出来ずとも振り上げた攻撃態勢だった為、その方向に回り込むとは考えづらい。
左側面であれば、正面に構えたアダーガの死角に滑り込む動きになる。
単純な損得勘定ゆえ逆手を取られる可能性もあるが、セルシアとしても選択肢を吟味する暇は無かった筈……
自分の最も大きな隙に乗じると読んだ少女は、その読みに賭けて勝ったのだ。
エルシェアの右手とセルシアのナイフが交錯する。
右手の二指と三指の間を切り裂かれた少女。
しかしそのまま踏み込んだエルシェアは、少年の手をナイフの柄ごと掴み取った。
『ビッグバン』
間髪いれずに少女の集団殲滅用爆裂魔法が発動し、二人を等しく飲み込んだ。
轟音と爆風が大聖堂を走りぬけ、両者の悲鳴をかき消した。
やがて煙が晴れたとき、立っていたのは先程と全く同じ姿勢のままボロボロになったセレスティアの姿。
「……無茶を……するなぁ……」
「あの……状況から、ダメージが互角なら……悪い収支じゃありませんよ」
「君に取っては、そうかもしれないね」
セルシアの発言は、この攻防での敗北を認めるもの。
エルシェアの失策から優位に立ち、その状況から五分に近いダメージを受けた。
爆裂魔法は巻き込まれた少女にも深刻なダメージを残したが、直接撃ち込まれたセルシアの傷はその比ではなかった。
しかし堕天使も右手をまともに切り裂かれ、最早長くは戦えない。
終わりが近い事は、双方が感じていた。
少年はよろめきながらも後退り、一度少女と距離を置く。
「……」
無感動に見送った少女は、右手の傷に目を落す。
止め処なく溢れる血が不味い。
後一度オルナを握れなければ、彼女に勝機は見出せない。
少女は一度左手からアダーガを抜き、極限まで絞った構成で魔法を掛ける。
『ファイア』
最弱の炎魔法を出来うる限り弱く使い、右手の傷を焼き付けた。
眉を顰める少女だが、声を上げることはない。
手の感覚の殆どが無くなったが、無理をすれば剣も持てるだろう。
後一度だけ振れれば勝てる。
「本当に、無茶をするなぁ……」
「あら、喜んでいただけないので?」
「……何をだい?」
「この痛みを飲み込むくらいには、君からの勝利に価値をみているのですよ。私は」
「あぁ、そうか。うん……それは嬉しいな」
セルシアは自然な微笑を浮かべ、魔法のレイピアとゴルゴンナイフをそれぞれの鞘に戻す。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す少年。
一つ深呼吸した天使は、再び武器を抜き放つ。
右手に短剣を、そして左手に細剣を。
「では僕も、君に見限られない様にしないとね」
「貴方は……左利きだったのですか?」
「いや、どちらも普通に使えたよ。右で戦っていたのは、最初の君は武器より盾が強かったからさ」
セルシアの言葉に納得した少女。
左で盾を構える相手は、右で持った武器が対する。
少年がその選択をしたのは、アダーガの魔力刃を警戒していたからだろう。
天使は順手に握ったナイフを真っ直ぐに突き出す。
その刃の上に魔法のレイピアの刃を乗せると、弓を引き絞るように半身になった。
ゆっくりと身体が沈み、全身の筋肉を使って飛び掛る姿勢。
右の短剣の刃は、エルシェアの身体の中央で十字になる位置に据えられている。
其処を標準に使いつつ、その手を引く反動で左の細剣を突き出す、セルシアの切り札だった。
「左手が本命。突きを狙った勝負手……ですか」
「ご名答。この動作は左持ちの方がやり易くてね。その意味では、僕は左利きなのかもしれない」
エルシェアは一つ頷いて、周囲の様子を確認する。
自分とセルシアは大聖堂のほぼ中央で向き合っている。
後方にはティティス。
やや離れた壁際には、ディアーネとバロータが勝負の行方を見守っている。
其処を除いた壁際には、観客たる生徒達がいた。
正面にはセルシアが居り、必殺の構えを見せている。
「……」
その奥の壁にはステンドグラスが嵌め込まれ、煌びやかな光が差し込んでいる。
やや眩しいのは致し方ない。
左奥の壁にはパイプオルガンがあり、校長にしてセルシアの兄、セントウレアが穏やかな眼差しを送っている。
右奥には教師達が固まっており、その中には少女が敬愛する保険医の姿もあった。
再びセルシアと向き合う。
エルシェアは左手のアダーガを突き出し、右を引いて半身になる。
そして右手の魔剣は柄を逆手に握ると、肩に担ぐような投擲姿勢に落ち着いた。
「……」
二人とも、武器の間合いはショートレンジの剣である。
しかしその長さは両手剣のエルシェアが僅かに長い。
それでもセルシアの全力突進から繰り出される刺突の前では、誤差の範囲にもならないだろう。
故に堕天使は武器を捨てる。
正確には突進しか出来ない構えの天使に対し、その軌道に剣を投げつけることで隙を作る。
セルシアに盾は無く、か細い剣とナイフでは高速で投擲された両手剣を防ぐのは難しい。
かといって横に避けてしまえば突進速度を削られ、エルシェアに捕まる。
少女の意図をそう読み取った少年。
堕天使の両手剣を、前に出ながら避けるのがセルシアの勝利条件。
「成る程、こういう返しはされたことが無かったよ」
「面白いでしょう?」
「ああ。だが勝つのは僕だよ」
「そうですね……私と貴方の勝負なら、貴方の勝ちだと思います」
「それは、敗北宣言かい?」
「いいえ? 世の中には弱者が強者に勝てる、マグレと言うものがあるじゃないですか」
「僕達の勝負に、そんなものを差し挟む余地を与える心算はないよ」
エルシェアの顔に微笑が浮かぶ。
その発言を聞きたかった。
「では、もし貴方が先に倒れた時……それがどんな不幸な偶然の結果だとしても、私の勝ちだと認めてくださるのですか?」
「勿論だよ? 君は強い。僕は誰よりもその事を知っている心算だし、それを評価している心算なんだ。本当だよ、此れは」
少女は目を閉じ、再び開いた時に覚悟を決めた。
両者が地を蹴ったのは同時。
決して遠いわけではない二人の間合いは、あっという間に詰まるだろう。
堕天使の手から魔剣オルナが投擲された。
「え?」
……プリシアナ学園の公式記録には、こう記されている。
『エルシェアは深手を負い、最早大剣を正確に投擲することが出来なかった』
では……逸れた剣の遥か先に、セントウレアがいた事は果たして偶然だったのか?
セルシアは思考より早く剣を振るい、虚空で魔剣を撃ち落す。
必殺の為に溜め込んだ左の剣で。
セルシアにとってセントウレアとは、自分の中で絶対の聖域に君臨する神と言っても過言ではない。
生まれたときから目指し、憧れ、その背を追うことこそが少年の生きる指針。
人生という暗い闇を照らす光であり、歩むべき道そのもの。
それが、たかだか超遠距離からすっぽ抜けた大剣であろうと決して侵すことの許されぬ存在。
そして何より、敬愛する家族であり大好きな兄だった。
その身を脅かすものを切り払うのに、何の躊躇いがあるというのか?
彼は生涯この一太刀を後悔した事は無い。
例えその事により、飛び込んできた少女の盾から伸びる魔力刃に、胸を射抜かれたとしても。
「ぐふっ」
後にエルシェア自身ですらこの結果をまぐれだったと笑った。
勝負を見届けた生徒たちも、天使の不運を慰めた。
しかし誰がなんと言おうとセルシアだけは、この結果に偶然の介入があった事を認めない。
結局の所セルシアはセントウレアから自立できず、エルシェアは少年の心理的な弱点を容赦なく突いて来た。
『見学者を巻き込んだり、盾にしたりして宜しいので?』
『そうしてはいけないと言うルールは無いけれど、殊更僕が目の前で其れを許すと思うかい?』
先日の会話が少年の脳裏で再現される。
ほろ苦い笑みが彼の顔を滑り落ちた。
お互いに有言実行をした結果が此れだ。
肺に溜まった血が逆流し、天使の口からあふれ出す。
その血を避けようともせず、セルシアを見つめる少女。
「痛い?」
当たり前だと言いたい少年。
しかしそう聞いてくる少女の白衣も血に染まり、痛々しさを伝えてくる。
そんなになってもエルシェアは、セルシアを気遣うことを止めない。
急速に重くなった武器は、この時両方手放した。
そして自由になった、しかしあまり動かなくなった左手を伸ばして少女の頬に触れる。
ぼやけそうになる視界の中で、少女が泣いているように見えたから。
「痛い……ですよね」
少女は盾の刃をそっと引き抜く。
そのまま少女も盾を捨て、何も持たない、しかし自由な両手で少年の身体を抱き寄せる。
最早両の足で立つことも覚束ないセルシアは、もたれかかる様に身体を預けた。
何を言うべきか、何が言いたいのか纏まらない天使。
様々な言葉がぐるぐると頭を駆け巡るが、言葉になる前に消えてゆく。
何か言わねばならないのに、それが出来ないのがもどかしかった。
「ごめんなさい」
謝罪の声を聞いたとき、セルシアの中で最後のピースが埋まる。
少女の言葉は二人が始めて戦い、そして決着した時のモノだった。
兄以外の相手に始めて負けた少年は、悔しさと八つ当たりを込めて悪態を吐いたはず。
最早声帯を動かすのも億劫になりながら、少年は何とかその言葉を紡ぎ出した。
「こ……の、魔女……め」
「堕天使、ですよ」
「ああ、そうだった」
それが二人にとって始まりの会話。
悪態とは裏腹に、天使の表情は穏やかだった。
力尽きたようにセルシアの身体から力が抜ける。
エルシェアは少年を丁重に抱き上げた。
「其処まで。優勝は、ディアーネ君のパーティーです」
セントウレアの声と共にパイプオルガンが奏でられ、優勝決定戦の終結が告げられる。
戦闘開始から三十分。
それは通常講義の三分の一程の時間でしかない。
たったそれだけの時間で、力も技も心も全て使い尽くした生徒達。
エルシェア自身も限界であり、堕天使はセルシアを落さないように気をつけつつも大聖堂の床に崩れ落ちる。
「リ……リ、せんせ……」
駆け出して来る保険医の姿を見届け、安堵の中で気持ちが切れた。
仕事を増やしたことを心の中で謝罪しながら、少女の意識はここで途切れた。
後書き
真っ白に燃え尽きました……遅くなって申し訳ございません。
何とかやりたい事を形にしていこうと試行錯誤を繰り返し書いては消して書いては消して、やっとこの形になった時もう此れを崩したら春まで掛かっても完成しないと気がつきましたorz
とりあえずそれぞれのオーダーのテーマ等……
ティティスVSフリージア
魔法戦。執事の魔法壁と賢者のMP自動回復を如何に絡めて行くかを考えていました。フリージア君の武器がアレになったのは……良いレベル帯の本がなかったことと私のある妄想ゆえですw
もっと動かしたかったんですが、彼は人形師じゃないんですよね……諦めましたw
ディアーネVSバロータ
肉弾戦。勢いでオルナを捨てるという暴挙に出てくれたディアーネさん。
一応彼女は相棒よりも修行シーンを濃く書き込んでいたために、あそこで習ったことを生かそうというコンセプトはありました。
が、バロータ君が付き合ってくれなかったら100%勝てなかったと思いますw
エルシェアVSセルシア
頂上決戦。此処を書きたいという思い故にこの話を書き始めた動機の部分の一つです。
無作為に作ったエルシェアが、ゲーム内のNPCに脳内設定の立ち居地が正反対に出来ていた時から妄想は始まっていました。
二人の最終攻撃力は、エルシェアがオルナ(140)+アダーガ(107)で247の、堕天使の剣補正が1.4倍。
セルシア君が魔法のレイピア(165)+ゴルゴンナイフ(98)の263のプリンスの剣補正1.3倍と短剣補正1倍。
プリンスが剣の極み持ちで1.2倍の補正がつく事、アダーガが盾で守備力があり、魔法攻撃力が地味に32もある事等を加味すると、殆ど互角になるかなぁとか考えながら書きました。
もう少しセルシア君には歪んでいただきたかったのですが、本当に作者がその前に力尽きましたorz
後は〆を持ってくる作業なのですが、ちょっと本気で力尽きているためさらに遅くなるかもしれません。
本当にごめんなさいorz