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No.24487の一覧
[0] 天使と悪魔と妖精モノ。(剣と魔法と学園モノ。3)【完結】[りふぃ](2014/05/11 22:24)
[1] 天使と悪魔と妖精モノ。(設定資料)[りふぃ](2011/07/02 13:43)
[2] 天使と悪魔と妖精モノ。①[りふぃ](2010/11/22 11:29)
[3] 天使と悪魔と妖精モノ。②[りふぃ](2011/11/05 01:59)
[4] 天使と悪魔と妖精モノ。③[りふぃ](2010/11/22 11:37)
[5] 天使と悪魔と妖精モノ。④[りふぃ](2010/11/22 11:45)
[6] 天使と悪魔と妖精モノ。⑤[りふぃ](2010/11/23 18:32)
[7] 天使と悪魔と妖精モノ。⑥[りふぃ](2010/11/23 19:00)
[8] 天使と悪魔と妖精モノ。⑦[りふぃ](2010/11/27 16:24)
[9] 天使と悪魔と妖精モノ。⑧[りふぃ](2010/12/02 16:30)
[10] 天使と悪魔と妖精モノ。⑨[りふぃ](2010/12/10 11:33)
[11] 天使と悪魔と妖精モノ。⑩[りふぃ](2011/12/23 10:16)
[12] 天使と悪魔と妖精モノ。⑪[りふぃ](2010/12/19 15:47)
[13] 天使と悪魔と妖精モノ。⑫[りふぃ](2010/12/23 16:36)
[14] 天使と悪魔と妖精モノ。⑬[りふぃ](2010/12/30 18:45)
[15] 天使と悪魔と妖精モノ。⑭[りふぃ](2011/01/08 00:07)
[16] 天使と悪魔と妖精モノ。⑮[りふぃ](2011/01/15 19:08)
[17] 天使と悪魔と妖精モノ。⑯[りふぃ](2011/01/29 23:34)
[18] 天使と悪魔と妖精モノ。⑰[りふぃ](2011/02/12 14:31)
[19] 独り言[りふぃ](2011/02/12 14:32)
[20] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act1 前編[りふぃ](2011/06/23 11:51)
[21] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act1 後編[りふぃ](2011/07/02 13:43)
[22] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act2 前編[りふぃ](2011/11/11 16:58)
[23] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act2 後編[りふぃ](2011/11/17 23:56)
[24] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act3 前編[りふぃ](2012/09/08 10:26)
[25] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act3 後編[りふぃ](2012/09/14 12:34)
[26] 生徒会の非日常に見せかけた、生徒会長の日常茶飯事[りふぃ](2013/04/10 21:09)
[27] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act3 一方その頃前編[りふぃ](2013/08/29 23:04)
[28] 天使と悪魔と妖精モノ。外伝 Act3 一方その頃後編[りふぃ](2013/09/12 03:31)
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[24487] 天使と悪魔と妖精モノ。⑰
Name: りふぃ◆eb59363a ID:c8e576f0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/02/12 14:31
昼時に学生食堂がごった返すのは決して珍しいことではない。
プリシアナ学園でも例外ではなく、その時間には多くの生徒でほぼ全てのテーブルが埋め尽くされる。
中には立ち食いする生徒も居るが、食事にありつけただけでも彼らは幸運なのであった。
安くて量もそこそこを誇る冒険者養成学校の学生食堂は、毎日が売り切れ御礼なのである。
そもそも冒険者とは味覚が洗練とは逆方向へ矯正されている人種なのだ。
ラビリンスの探索は幾日も携帯食料で凌がねばならず、其れも尽きたときは虫でも草でも食んで生き残らなければならない。
そんな彼らに取って湯気の立った食事というものはこの上ない贅沢品であり、其れを提供する食堂は生徒たちの大人気スポットだった。
しかしこの日、学食の一角が常とは違う雰囲気に包まれていた。
隅のテーブルに二人の生徒が向かい合い、その周囲に隣接するテーブルには生徒がいない。
其れは決して食堂がすいているからではなく、其処を除くテーブルは満席である。
原因は向かい合う二人の男女が、この学園ではそれなりに有名人な事に起因するモノだった。

「お怪我は、もう宜しいので?」

そう問いかけたのは、漆黒の翼のセレスティア。
薄桃色のウェーブヘアに端正な顔立ち。
プリシアナ学園の制服の上に新調した白衣を着込んではいるが、時折寒そうに身を震わせている少女。
その双眸はからかう様に、しかし穏やかに細められ、口元にも微笑が浮かんでいた。

「リリィ先生に治療していただいたからね。死に掛けても三日で完治させられてしまうのだから、本当に恐ろしい世の中だよ」

そう答えたもセレスティア。
この学園では知らぬ者の無い生徒会長、セルシア・ウィンターコスモスである。
少年はほろ苦い笑みを浮かべて少女の微笑と対峙した。
二人は数日前の三学園交流戦の優勝決定戦において死闘を演じた間柄。
周囲の生徒も其れを知り、実際に殺し合い寸前の領域で斬りあう所を目撃しているのである。
そんな両者が公然と笑い合っているのだから、周囲の者も疑問に思う。
しかし圧倒的な力量をぶつけ合う当時の姿を知る生徒達は、この二人の間に割って入ってまで好奇心を満たそうとするものはいなかった。

「其れは結構。正直苛めすぎたかなと思わなくはありませんでした」
「……まぁいいよ? 今は言わせておいてあげるさ」

挑発的でからかう様な堕天使の声音に、深い息を吐く天使の少年。
二人が挟むテーブルには、同じ紅茶のカップとカード。
そして互いに十枚のコインがあった。
少女は慣れた手つきでカードを切ると、向かいに座る少年に束を手渡す。
セルシアは無作為に三回程カードの束を入れ替えてテーブルに戻した。

「エルシェア君は、正式参加はしていなかったんだね」
「ええ、面倒なことは嫌いでして」
「それは知っているけれど」

お互いにコインを一枚差出し、交互に一枚ずつ五枚のカードを取る。
勝負手を引いたらしく、少年の瞳が細くなった。
少女の顔は最初の微笑から動かない。

「それで、態々負け犬の呼び出しに応じて差し上げた寛大な私に、何か仰る事はございませんか?」
「ええと……本当にありがとうエルシェア。今日も可愛いね?」
「……堂々とカンペを取り出し、しかも棒読みとは……死ねばいいのに」
「だから実際に死にかけたんだけどね。まぁ、冗談はこのくらいにして本題に入ろうか」
「ふむ、良いでしょう。私も君に用がありましたし」
「用?」
「そちらが先で構いませんよ。行動を起こしたのは貴方の方が速かったのですから」

セルシアは一つ頷くと、手元五枚のカードの内二枚をテーブルに伏せた。
そしてヤマ札から二枚はぐると、再び五枚になったカードを眺める。
天使は九枚になったコインの内、四枚を最初に送ったコインの上に乗せた。
強気の姿勢に少女の瞳から笑みが消える。

「実は、君達のパーティーに同盟と互助を申し入れたいんだ」
「ん……? 合併じゃなくて?」
「ああ。僕達自身も、そのメンバーもアクが強いからね。無理にパーティーという形に拘らずに協力していく方が上手く回ると思ったんだ」
「同感ですねぇ」
「だから、互助。僕達だけでは苦しいと判断したときには、君達の助力を願うことを許して欲しい。勿論逆の場合も協力は惜しまない心算だよ」

少女の瞳が少年の顔と、手元のカードを行き来する。
気だるげな表情でしばし考え込んだ後、手元のカードを四枚テーブルに伏せた。

「其れは君の独断ですか?」
「いや、フリージアやバロータとも相談したよ。この先の事を考えたとき、三人パーティーというのは必要最低限過ぎるとね」
「なるほど……」
「勿論今すぐに返答を求めたりは――」
「構いませんよ」
「……あっさりと引き受けてくれるものだね?」

悪戯っぽく微笑む少女に、呆れたように呟いた天使。
エルシェアはヤマ札から四枚のカードを引く。
やや考え込んだ少女は、上目遣いにセルシアの瞳を覗き込む。
困惑したような光を見つけた堕天使は、満足げに頷いた。

「此方都合よく頼れる協力者が欲しいのは、私達も同じでして……候補に貴方達のお名前もあった。其処からお誘いを頂いたのですから、別に断る理由もありませんよ?」
「君達も……?」
「別に不思議は無いでしょう。此方は組み出してから日も浅く、ティティスの成長のお陰で漸くパーティーとしての形が整いつつある段階です」
「ああ、そうか……とても安定しているパーティーだという印象が強かったよ」
「私が状況で転科を繰り返している時点で、もう……ね? 戦力やバランスでは穴も多いんです。困ったことに」

苦笑したエルシェアは、セルシアに合わせてもう四枚のコインを積み上げる。
少年の強気を受けて立つ姿勢。
今回後出しの堕天使が衝突を回避しないのは、読み合いの勝負に踏み込んだからだろう。
少女はどう読んだのか。
セルシアの強気を威嚇と読んで勝負に来たのか、それとも勝負手を真っ向から踏み潰せる役が揃ったのか。

「では、同盟成立かな。だけど早速で悪いのだけれど、此処は君の奢りだよ?」
「……へぇ?」

セルシアは札をフルオープンし、その手を相手の下に曝す。
赤と黒。
それぞれ二枚ずつ違う絵柄が描かれた、同じ数字が現れる。

「ジャックで、フォーカード」

四枚のJに一枚のK。
エルシェアの瞳が曝されたカードの上を滑る。
そして口元を手札で隠して一つ笑むと、自らも勝負手を明らかにした。
三枚のQ、一枚の8、そして可愛らしい道化師の絵札。

「私もフォーカードですね? ジョーカーとクイーン三枚で」
「……そんな馬鹿な」
「ご馳走様。会長」 

肩を竦めたセルシアは、両手を挙げて降参を示す。
此処までは勝ったり負けたりの結果だった。
しかしその中で一番強い役を揃えた挙句に競り負けた時、今日の勝運が堕天使に向いていることを認めたのだ。

「今日の所はこのくらいにしておく事にするよ」
「攻守の判断が正確で早いですねぇ……本当に可愛げの無い」
「僕にそんなものがあっても、不気味なだけだろう?」

やや憮然とした少年に苦笑した少女は、手早くカードを片付けて冷めかけた紅茶を一口。
拗ねてしまった男の子のご機嫌を取るべく、自分の用事を済ませることにする。
白衣のポケットから三枚の封筒を取り出し、セルシアに差し出した。

「此れは……」
「明日うちのパーティーで忘年会しますので、お誘いに」
「それは急だね。予定があったらどうする心算だったんだい?」
「ありえませんねぇ」
「……根拠は?」
「貴方は友達が少ないですから、というか居ないですから。年が明けてからご実家に帰省する以外は、生徒会のお仕事があるだけでしょう?」
「否定できないところが、なんとも癪だよ……」

エルシェアが指摘した通り、セルシアには友人と呼べる相手が居ない。
フリージアは友人だが、彼には執事という明確な上下関係が存在する。
そしてそれ以外となると、対等に付き合えるのはバロータしかいないのだ。
セルシアは高すぎる目標の為、周囲に弱者を置くゆとりが無い。
其処にずば抜けた実力が加わった時、彼の周囲には崇拝や嫉視は在れど友誼を結ぼうとする相手は寄って来なかったのである。
苦笑した少年は、招待状を懐にしまう。

「では厚かましくお邪魔させていただこうかな」
「是非。実はその席で互助の相談を持ちかける、下心もありましたので」
「なるほどね……会費は?」
「ローズガーデンにある学園運営の宿舎をお借りします。この時期は無料でしたよね」
「シーズンオフだからね。だけど、それ以外は?」
「当日に使う食材等も、貰い物ですので誰のお財布も傷まないんですよ……私達は」
「なんだか悪いな。本当に良いのかい?」
「はい」

少女は話を終えると立ち上がり、少年に笑みかける。

「それでは、当日現地でお会いしましょう」
「ああ。何か手伝うことは?」
「お客様は堂々といらしてくださいな」

堕天使はそう言い残し、人混みの中へ紛れ込んだ。
少女の姿が見えなくなると、セルシアも冷めかけた紅茶を片付ける。
この時間だと、フリージアは図書室に居るだろう。
運がよければバロータも其処で寝ている。
招待状を届けるべく、彼もまた立ち上がった。



§



堕天使が食堂でセルシアと話していた頃、その相棒は職員室を訪れていた。
この時期は学園が冬季休業に近くなり、『講義全般』が開講しない。
生徒達は望むものだけが自主的に単位取得の為に実習に出かけ、学園施設も幾つかが閉鎖されて使えなくなる。
自然と教員の数も減り、閑散とした職員室の中で少女は目的の人物を見つけ出した。

「あ、先生みっけ」
「やあ、ディアーネ君。怪我はもう治ったんだね」

ディアーネが呼びかけたのは、英雄学課で師事している教師のグラジオラス。
こうして面と向かうのは、それなりに久しぶりだった。

「うぃっす。元気っすよ!」
「そうか。では改めて、交流戦の優勝おめでとう。ディアーネ君個人の戦いぶりには、言いたい事が山程あるが……」
「……我ながら無謀だったと今反省してるから、責めないでやってください」
「見ている分には、本当に面白かったんだがな」

そう言って笑う恩師に、ディアーネは小さくなって俯いた。
彼女は自分の武器を相棒に貸して、格闘学課のバハムーンに素手で立ち向かって行ったのである。
相手となったバロータも無手の勝負に付き合ってくれたが、そうならなかった時は確実に負けていたであろう。
自覚があった為、其処を指摘されるとぐうの音も出ない少女だった。

「しかし、最後の肘は見事だったな。正に必殺の威力があったろう」
「タカチホで教えて貰った奴っすね。性格鬼みたいな小人先生が此れ得意で……」
「ふむ。所で今、君の留学先の師へ、此度の受け入れと指導に対する御礼の手紙を書いていたんだが――」
「地べたに頭こすり付けますので今の発言は御内密にっ」

本当に土下座を始める教え子に苦笑し、グラジオラスは了承をくれる。
安堵で深い息を吐いたディアーネ。
教師は愉快な生徒を一度流し見て、机に向き直って書類をまとめる。

「すまないな。直ぐに終わる」
「あ、あんまりお構いなく。お時間は取らせませんので」
「ん? そうか」
「はい。っていうか先生、何で一人だけ働いてるっす? 講義とかも無いし、交流戦も終わったのに……」

無邪気に聞いてくる教え子に、口元だけで笑むグラジオラス。
彼の仕事とは先程も少し語ったように、留学したディアーネに対する事後処理である。
ある意味では仕事の元凶である少女に対し、彼はその事を告げる心算は無かった。
子供がその可能性を伸ばす事へ遠慮する事が無いように環境を整えてやること。
其れが教師足るものの務めだと思うグラジオラスである。

「まぁ、年末年始は家庭持ちの教師には色々と都合が入るだろう? そちらで希望休が多くなると、独り者に仕事が回ってくる訳だ」
「其れって不公平じゃないっすか?」
「そうでもない。年間の休暇日数の総数は同じだからな。偏りがあるというだけで」
「世の中持ちつ持たれつか」
「そういうことだな」

言いながらも手は止めず、教師は筆を進めている。
少女はそんな恩師の背中を見つつ、先程の発言を吟味していた。
家庭持ちの教師は用事が出来るから独り者が働いている。
要するに今働いているグラジオラスは、ある意味においては暇だから仕事をしているのだ。

「それにしても、今回は本当に良くやってくれたよ。此れで他の生徒たちも、少しは交換留学と座学の意義を見直してくれるだろう」
「お?」
「どこかで聞いた事がないか? 交換留学は今の生徒達には迂遠に見えるらしくてな……あまり歓迎されていない」
「ああ、そういえばリリィ先生が言っていた気がする」

現在、冒険者養成学校の生徒達は校外へ実習に出ることで単位を稼ぐのが主流である。
ほぼ学校には寄り付かず席だけ置いて、自習自得に励む日々。
向上心旺盛なのは良いのだが、冒険の基礎から自分流で伸ばしている生徒達の中には、その時点で既に間違えて覚えている者も少なくない。
そして周りの生徒達がこのように急ぐものだから、その周りの生徒も我先にと足を速めようとする。
グラジオラスとしては、ひよっこが死に急いでいるようにしか見えないのだ。

「留学者を二人出して、その間探索に出れなかったパーティーの優勝だ。基礎固めが如何に重要か、此れで少し見直して欲しいものだがな」
「……私エルに会うまでは、本当に基礎しかやってなかったっすからね……」
「だがそのお陰で、動き始めてからはあっという間にうちの学課で首席を取れたろう。長い下積みが正当に報われた結果だな」
「良い仲間、良い戦、そして良い師に恵まれた結果です。今年一年も、本当にありがとうございました」

ディアーネが頭を下げるのと、グラジオラスが手紙に署名を書いたのがほぼ同時。
教師は一つ息を吐くと、椅子を回して生徒と向かう。

「何より、君自身の努力によるものだよ」
「今後も怠らずに伸ばして行きたいと思います。つきましては、来年もよろしくご指導ご鞭撻のほどを」
「ああ。此方こそよろしくな」

外向けの礼儀を重視して、やや硬く感謝の意を告げる生徒。
自然体で受けた教師は、思い出したように少女に椅子を勧めた。
ディアーネは其れを謝絶すると、懐から封筒を差し出した。

「果たし状?」
「……リリィ先生と同じボケですよそれ」
「む、すまんな」

苦笑したグラジオラスは、視線で開封の可否を生徒に問うた。
頷いたディアーネを受けた教師は、中から二枚の紙を取り出す。
一枚は簡単な手紙で招待状。
二枚はローズガーデンの学生宿舎の使用許可証。

「先生、暇そうだから明日飲みに行くっすよ」
「いや? 暇とは誰も言っていないが」
「暇だから仕事してるって言ったもん」
「……」

言葉の裏を探ることをしない割りに、意味の解釈は怠らない少女。
教え子の言う様に取れなくも無い返答をしていたグラジオラスは、両手を挙げて降参の意を示した。

「生徒同士の企画だろう。態々教師を誘っても硬くなるだけだぞ」
「そうでもないっすよ? 参加するのってうちと会長のパーティーっすから、大人が欲しい所っす」
「ふむ……」

メンバーを聞いたグラジオラスは、この宴の意味を了解した。
ディアーネのパーティーとセルシアのパーティーは、優勝決定戦で双方が瀕死に陥るほどの激闘を行った。
それぞれに決して私怨は無いが、周りで見ていた多くの生徒の中には、不仲を印象付けたろう。
お互いのこれからの為、早めに友好関係を強調して置きたいと言うのがエルシェアの考え。
ディアーネもティティスも、此れには賛成したのである。
最も、この陽気な悪魔は大勢で騒ぐほうが楽しいというだけだったが。

「なーに黙り込んでるっすか」
「お?」
「生徒に飲み会に誘ってもらえるとか、教師冥利に尽きるイベントじゃないっすか。其れとも何かご予定が?」
「無いな。会費は?」
「実家から私でも食べきれない程の食材が送られてきたんで、お願いですから食べて行ってくださいって感じの宴会なんすよ」
「いいのか?」
「はい。本当にこのまま腐らせるのは忍びないので、一緒に片付けてください」

右手で敬礼したディアーネは、言うだけ言うと颯爽と踵を返す。
長い黒髪が靡き、燕のような軽快なステップで立ち去ろうとする悪魔の少女。
グラジオラスは一瞬あっけに取られたが、ふと思い立って教え子の肩を捕まえる。

「お?」
「君に、一つだけ言っておく事がある。あまりにも自然に言われたので聞き流すところだった」

ディアーネの背筋に冷や汗が浮く。
しかしまさか此れだけの会話でばれる筈が無いと、極力平成を装って振り向いた。

「なんす?」
「教師を誘う以上、飲酒は許可出来ないからその心算でな」
「ばれてるし!?」
「当たり前だ」

苦笑したグラジオラスに、崩れ落ちたディアーネ。
悪魔の少女は心の中で相棒に謝罪しつつ、恨めしげな視線を恩師に向けるのであった。



§



ローズガーデンはその名に相応しい薔薇園と、都市中央の噴水が有名な避暑観光地として知られる街である。
また、晩秋から早春以外の季節では雪がなくなる気候故、此処より北へ向かう旅人の中継点としても利用されていた。
しかし本格的な冬が訪れると、この街も雪に閉ざされる
この時期のローズガーデンは夏の頃の賑わいは無く、住民は日々厳しい寒さに耐えていた。
最も、観光シーズンで利潤を上げるためにはこの時期からの備えを怠ることは出来ず、それに携わる多くの住民に暇な時は無かったが。
そんな街の中央区よりやや北側に、プリシアナ学園が運営する生徒兼冒険者用の宿泊施設が存在する。
格安ということもあり、夏季はそれなりの利用者があるこの施設。
シーズンオフになる冬季は殆ど使うものが無い為、生徒が希望すれば無料で使用させて貰える。
しかし設備は大したことの無いこの宿は、余程金銭面に余裕の無い生徒以外は避けたがる傾向が強かった。

「勿体無いですよね。無料開放していただけるのに使わないなんて」

宿泊施設の一室から、少女の声が聞こえてくる。
それは金髪碧眼のフェアリーであるティティス。
プリシアナ学園の冬季制服に身を包み、頭には無地の三角巾を被って壁の埃をハタキで落す。

「世の中は、便利な時間を過ごすためには多少のお金は惜しまない方々の方が多いです。明日をも知れぬ冒険者ならなおさら」

答えたのも女の声。
私服の上に白衣を着込み、長い髪の中から対に生えた悪魔の角。
彼女はプリシアナ学園の教師にして校医を勤めるディアボロス。
学園内では死神先生として悪名高いその名を、リリィと言った。

「でも、資材いろいろ持ち込めるから其れほど不自由はしないと思うんですけど……」
「其れは私達の目的が宴会で、その場で終わりに出来るからです。此処を拠点に冒険をしようとした場合、態々荷物を持ち込むのは手間でしょう」
「なるほど……だけど、この時期の宴会会場には凄く便利ですよね。エル先輩、何でこんなところ知ってるんだろう……?」
「あの子は昔此処に引き篭もって居た事がありましたからね」
「引き篭もり?」
「はい。餓死しないように餌は私があげていたんですけど、私のお財布も厳しくなってきたので三日で引っ張り出しましたが」

昔を懐かしむように微笑し、目を細めて語る保険医。
其れを見つめるティティスは、今の発言の多すぎる突っ込み所に迷って逆に何もいえなかった。
実はこの保険医とエルシェアの付き合いの長さは、ティティスとディアーネの其れを足して二倍しても足りないのである。
その事に思い至ったティティスは、この機会に色々と聞いてみたいことがあった。

「エル先輩って、昔は結構問題児だったんですか?」
「そうですね……打たれ弱い子でしたよ。打てる子もいませんでしたけど」
「打たれ弱い?」
「彼女は才能で結果を出せてしまう子でした。其処に自分の努力という過程が伴わなかったために、高い評価も自分の自信に出来なかったんです」
「……」
「片手間にやった事を『素晴らしい』と言われ、適当にやっているのに『頑張ったね』と言われてしまう。エルシェアさんは、自分を客観視出来る子でしたから……」
「自己評価と他人の評価の落差に苦しんでいたんですね」
「はい。そんな環境に居れば、誰だって何かを真剣にやろうとはしなくなるでしょう。片手間にやっても出来るんですから」

困ったように息を吐き、ティティスの落した埃を追いかけるようにモップをかけるリリィ。
この一室を掃除して、ティティスの魔法で学園に戻る。
そして学生寮のディアーネの個室から食材を運び込み、明日の宴会の準備を整えなければならなかった。

「セルシア君に負けて、いろいろ非行に手を染めて……その挙句に此処に引き篭もったのも冬の事でしたね」
「先生は、エル先輩と何処でお知り合いになったんです?」
「あの子が『堕ちた』と話題になった時、今まで彼女に頭を押さえつけられていた生徒の一部が暴走してしまいました。小集団で襲い掛かって――」
「!?」
「あっさりと返り討ちになりました。当時ナーバスの極みだったエルシェアさんは、殆ど手加減せずに全員瀕死にしてしまって……此処までやれる子ってどんな子だろうと、此れが最初の興味でした」
「先輩が一番だった頃は、お会いにならなかったんですか?」
「私は保険医ですから、特定の学課を持っていません。彼女の噂は耳にしていましたが、関わる機会もありませんでした」
「……」
「魔法と手術で処置をした私は、直ぐに犯人に会いに行きました。彼女は……校舎裏の花壇で花に水をやっていました。返り血の乾かぬ制服を着て」
「凄い絵ですね……」

そう語るリリィは、一度ティティスの顔を確認する。
常識で考えれば奇行を通り越して異常なエルシェアの行動に対し、この妖精は嫌悪感や恐怖は感じていないらしい。
ティティスは既にエルシェアの中の光と闇を受け入れている。
過去に何があろうと、妖精の知る堕天使は共にある時間のみ。
その輝きを至福とする少女にとって、大切なのは過去より未来だと知っている。

「其処で声を掛けて、ちょっとお話をして……結構盛り上がってしまって……」
「えっと、どんなお話だったか良ければお教えいただけませんか? そんな状態の先輩と、まともに会話が成立するって信じられないんですけど」
「内容は……蘇生手段の技術革新とロスト率の激減における、学生達の学習意識の変化の関連性についてですけど……」
「……は?」

きょとんとした目を向けてくる妖精に苦笑し、保険医は拭き掃除を続ける。
其れは当時リリィが書いていた論文のテーマ。
生徒達が学園で基礎を学び切る前にラビリンスへ行こうとする原因の一端に、ロストの危険が減った事が関連していると言う内容だった。
彼女の書いたモノの中では比較的好評だったその論文は、プリシアナ学園で天辺も底辺も味わったエルシェアから聞いた、生徒達の生の声を反映したものである。

「でも私、あの子と出会った時から分かっていたんです。この生徒とは気が合うって」
「出会った時って……」
「血染めの制服を着て、花の世話をする様な生徒でした。ですが、私には確信があったんですよ」

そう言って笑う保険医に、ティティスは手を止めて浮遊を解く。
床に足が着いたとき、築二十年の木造建築物は極々僅かに悲鳴を上げた。
リリィも一度モップを止め、水を張ったバケツにさす。
横目で妖精少女を見れば、思いのほか真剣な視線を向けられていることに気がついた。

「その時、先生は先輩の中に何を見つけたんですか?」
「あの子が水を上げてくれた花壇は、私が作ったものでしたから……」
「……あ」
「私が美しいと感じ、愛でているもの……同じものを、あの子も愛でてくれていた。だから私は、エルシェアさんとは心の一部を重ねられると思ったんです」
「そっか……そっかぁ」

ティティスはけぶるような微笑を湛え、本当に嬉しそうに保険医の白衣に正面からしがみ付いた。
面食らったリリィだが、とりあえず小さな妖精の体を抱き返す。
かなり身長差のある二人。
ティティスはは顔を上げると、やや困惑したような保険医と目が合った。

「私、先生が羨ましかったです。先輩の特別な先生が。昔から先輩といれた先生が、本当に羨ましかった」
「……」
「だけど、此れも本当に心から思います。先生が、先輩を見つけてくれて本当に良かったって」
「ティティスさん……」
「エル先輩の一番辛いとき、傍にいて下さってありがとうございます。先生がいなかったら、今のエル先輩はきっと無かった。ディアーネ先輩はまだ一人で、私は歓迎の森で死んでいたと思います」

ティティスに取っては寒気がする程恐ろしい、しかしありえた可能性。
エルシェアとディアーネの出会いの端に、ティティスの命は繋がった。
どちらが欠けても拾えなかった奇跡の末に、生きることを許されたのがこの妖精である。
彼女にとって大切な天使と悪魔。
その片割れを見出し、大切に見守ってきた一輪の百合……。
其れが保険医リリィだった。

「ありがとうございます。エル先輩に、ディアーネ先輩に、私に、未来をくれて、本当にありがとうございます」
「そんな……大げさな事は私、していませんよ?」
「先生に取ってはそうなのかもしれません。だから此れは、私達の方で大切にして行かなければいけない事なんだと思います」

真っ直ぐな謝辞を向けられ、リリィは言うべき事を纏めることが出来なかった。
彼女は生徒から好意を向けられることに不慣れ過ぎたから。
エルシェアすら此処まで直球を向けることは少ない。
自分の対人能力の不味さを痛感している保険医に、ティティスは構わず続ける。
土壇場では決して躊躇をせず、しかも答えを間違わないのがこの少女だった。

「先生」
「はい」
「来年も、よろしくお願いします!」
「此方こそ、よろしくお願いしますね」

二人は同時に笑い合い、そして掃除を再開した。
明日はこの大部屋が狭く感じる程にぎやかな宴が始まるだろう。
其れはきっと、幸せな記憶を積み重ねる時間になる。
今から待ち遠しい二人の作業は、自然と軽やかに進んでいった。



§



プリシアナ学園の北校舎は、設備の関係上生徒の用事が出来にくい場所である。
常から閑散としているこの校舎の一画に保健室が在った。
主たるリリィがローズガーデンにいる今、本来無人であるはずの空間。
そんな保健室のベッドの一つに、エルシェアは独り腰掛けていた。
時刻は夕暮れ。
昼と夜の短い境界の交差を、窓越しに眺める少女。

「私達は熱い夏の日に出会って……」

小さく呟く堕天使は、自分の耳で聞いた自分の声に身震いした。
彼女が意図していたよりも、溢れた声は暗かったのだ。
少女が腰掛けているベッドは、夏の日に別れたかつての仲間が暴行の末に運び込んでくれた所。
そして、彼女が本当の相棒と出会った所。
目蓋を閉じればディアーネと過ごした日々の幻が脳内を乱舞する。

「あっという間に離ればなれ……気がついたときは、冬になっていましたね」

思い出に浸っている堕天使の意識を、現の息吹が呼び戻す。
廊下を真っ直ぐ、此方に駆けて来る足音。
其れが誰かなど、思考することすら最早意味を持たなかった。
エルシェアが苦笑したのと、ディアーネが扉を開けたのがほぼ同時。

「エルー? 居るー?」
「視界に入らないでいただけますか? 薄汚い悪魔を見てると、蕁麻疹が出そうです」
「エルはそんなに繊細じゃないもん。病気に失礼な事言わないの」
「……貴女も打たれ強くなりましたね」
「そりゃーいろいろありましたから」

堕天使の皮肉を意に介さず、悪魔の少女は保健室に入ってきた。
かつて今の一言でマジ泣きしていたディアーネは、もう居ない。
その事を頼もしく思いつつ、やや寂しくも感じるエルシェアだった。

「……」

悪魔は天使の隣に腰を下ろす。
肩が触れ合う距離。
初めて会った時は、拳一つ分開けて座っていた。
このヘタレ悪魔は、たったそれだけの距離をつめるのに三ヶ月掛かったのだ。
そう考えたとき、エルシェアの顔には自然と笑みが浮かんでいた。

「何か不愉快な思考を感じるよ?」
「私の傍にいると、良くあることですので御気に為さらず」
「それもそうか……」

納得の行かない表情で首を傾げる相棒に、エルシェアは小さく噴出した。
更なる抗議を重ねようとしたディアーネは、楽しそうな堕天使の顔に言葉を奪われる。
社交辞令を交えないエルシェアの笑みは、本当に綺麗だったから。

「……昼間ね、先生宴会に誘ってきた。オッケーだって」
「助かりますね。胃袋は多いに越したことはありません。因みに、会長達も確保しました」
「やったねー。当日は同盟持ちかけるんでしょ?」
「その心算でしたが、先を越されましてね……あちらから申し出てくださいました」
「おお?」
「ですから、当面の課題はクリアです。明日は純粋に楽しませていただきましょう」
「うぃっす」

ディアーネは沸々と湧き上がる宴への高揚感を抑えるのに苦労する。
遠足を待ちきれない子供の心境。
そんな幼き日の気持ちを忘れぬままに成長した悪魔が、彼女であった。

「あ、そうだ……お酒持ち込もうとしたのが先生にばれた。駄目だって」
「どうせお誘いするときに『飲み会』とか不穏な単語を使ったんでしょうよ」
「あーっ! ばれてるしっ」
「うふふ」
「うー……ごめんね?」
「まぁ、アルコールに頼らずとも楽しめる宴になるでしょう。御気になさらず」
「う、うん」

しょぼくれた相棒をフォローし、堕天使は体をベッドに倒す。
下から見上げる悪魔の顔は、沈みきる寸前の夕日に染まっていた。

「そもそも食材は貴女の提供なのですから、主催として堂々として欲しいものですね」
「ん、まぁ私っていうか、私のお婆ちゃんだけどね……」
「高級食材ばかり山ほど送りつけてくるとか……貴女の事を良く解ったお婆様ですよ」
「うん。否定はしない」

苦笑の中に暖かな思いを滲ませたディアーネ。
エルシェアは体を起こして再び相棒と肩を並べる。
そして以前より気になっていたことを聞いてみた。

「ディアーネさんは、もしかして貴族のお生まれですか?」
「うん。子爵家の一人娘だよ……なんか、エルには気づかれてる節があったけど」
「そうですね。何となくですが」

隠していた訳ではない。
ディアーネは履歴書や自己紹介に偽りで応えたことはなかった。
しかし意図的に自分から触れることを避けていたことも事実である。
気づいていながら素知らぬふりをしてくれたのは、堕天使の気遣いだったろう。
そして此処で聞いてくれたのも、隠しようが無い実家からの仕送りに対して、ディアーネの気を軽くしてやるためだろう。
他人の心を読み取って、正負どちらの方向にも利用できるのがエルシェアという少女だった。

「殆ど勘当状態だけどね。実家は娘が冒険者とかやるのを認めてない」
「まぁ……」
「あ、だけど最近は多少態度が軟化したかな……手紙のやり取りも偶にしてる」
「もしかしてプリシアナ学園にいらっしゃったのは、セレスティアが多い学校だからですか?」
「うん。セントウレア先生が纏めるこの学校は、ディアボロスの影響力が弱いからね。その貴族の家だって手は出しにくいし」
「中々に苦労を為さったのですねぇ」
「兄弟でも居れば良かったんだけど、一人娘だとね……」
「跡取りですものねぇ」

言いながらエルシェアは、不意に苦笑の発作に駆られた。
彼女の知り合いには、跡取り娘でありながら冒険者養成学校で学ぶじゃじゃ馬がいる。
しかもそちらは貴族様を通り越して王女様であった。

「まぁ、この国はお姫様が似たような事をしていらっしゃいますし? 今時の流行なのかもしれませんね」
「……そういえばドラッケンに居るんだっけか」

ディアーネもキルシュトルテ王女の噂は聞いたことがある。
そういわれれば留学中にはタカチホに来たキルシュトルテと言葉を交わし、相棒への手紙を託した程の仲であった。
貴族で、冒険者で、しかも同じディアボロスである。
自分の拡大再生産を発見したディアーネは、相棒の横で笑い出した。

「なんだ、私普通じゃん」
「そうですね。何もおかしくないんですよ」

釣られた様にエルシェアも笑いのツボを刺激され、二人してしばらく笑っていた。
常は閑散としている保健室に、珍しく響く笑い声。
それを聞くものはお互いしか居なかった。

「馬鹿みたい。私、此れでも結構悩んでた時期あったんだよ? エルに会う前はさ」
「当事者には大きな問題でも、少し視点をずらすと大した事が無い……なんて良くある事です。その視点をずらすというのが、個人でやると難しいのですけれど」
「私はそういうの本当に駄目だから、頭のいい相棒にお願いします」
「最初から思考することを諦めていると、脳味噌が『うにうにチタン』の表面みたくツヤツヤになってしまいますよ?」
「ひどっ!」

ディアーネはエルシェアの腕にしがみ付き、上目遣いに抗議の視線を送る。
涼しげに見下す視線をくれる堕天使。
その瞳に写る自分の姿を見たとき、エルシェアもディアーネの瞳に写った自分を見ているのだ。

「……ねぇねぇ? 此処って今私達しかいないじゃない?」
「そうですねぇ」
「で、ローズガーデンにはリリィ先生とティティスがいて、そっちの様子って私達、分からないじゃないっすか」
「はい」
「私達の知らないところで、誰かと誰かがそれぞれに、自分達が主役の物語を紡いでる。この学園だって今も何処かで、昔の私達みたいな出会いを経験してる子が居るかもしれない」
「意外と詩人さんですねぇ……感傷的になりましたか?」
「んー……そうかもしれない。学園って、なんていうのかな……凄い『舞台』だなって思ったの」
「多種族で歳の近いモノを集めて、専門知識を詰め込む機関ですからね……相当に特殊な環境と言えるかも知れません」

一つ息を吐いた堕天使は、隣の相棒を緩く抱く。
悪魔がその気になったときは、何時でも腕から出て行けるくらいの強さで。

「まぁ、良い事ばかり起こっているとも限りませんよ? 貴女と出会う一時間前の私は、私刑を受けていたんですから」
「また夢も希望も無いことを言うー」
「事実でしょう? もしかしたら、何処かで悪の秘密結社が魔王復活を企んで暗躍しているなんてことも……」
「今時そんな事してる連中がいたら、指差して爆笑しても許されるよね?」
「ですよねー」

二人は同時に笑い合うと、そのままベッドに倒れこんだ。
何となく動くのが面倒だった。

「夕日、沈んじゃったね」
「本当に、夜が来るのは早いですね」
「寮まで歩くの、面倒くさい」
「同感です……が、お風呂には入りたいかな」
「私寝てるから、介護して」
「ご存知ですか? 自宅のお風呂場って意外と死亡率の高いスポットなんですよ」
「犯行予告!?」

エルシェアは笑いながらディアーネを開放し、ベッドから立ち上がって伸びをする。
振り向いて、未だベッドに倒れこんで脹れている相棒に微笑した堕天使は、右手を差し出してやった。
喜んで悪魔が手を掴むと、そのまま一気に引っ張り上げる。

「さぁ、とりあえず移動しましょうか」
「うぃっす」

悪魔と堕天使は手を繋いだまま保健室を出る。
エルシェアが預かっていた鍵で扉を閉め、そのまま並んで歩き出した。

「ねぇ、エル?」
「はい?」
「来年は三人で、もっと大暴れしよう」
「そうですね。私達も、少し本格的に卒業単位を稼ぎに出ましょうか」
「うん!」

互いの手をしっかりと握り、誰も居ない廊下を歩く。
上り始めた月の明かりが、繋がった二つの影をうっすらと照らしている。
間に入る後輩が居ない事が、ほんの少し残念な二人だった……



§



プリシアナ学園で、エルシェアとディアーネが保健室を後にしたその時刻……
世界の何処かで暗躍する集団は、本当に存在していた。
廃墟のような校舎の一室。
薄暗い部屋の中に集まる、四人の男女の姿が在る。
そのうちの一人……顔色の悪いヒューマンは、事実を確認するように呟いた。

「此度の三学園交流戦は、プリシアナ学園が優勝したか」
「茶番だがな。あの程度で、我ら『闇の生徒会』にかなう者など」

ヒューマンの発言を受ける形で笑ったのは、ディアボロスの青年だった。
忍び装束に身を包み、頭髪を全て刈り込んだその姿は、何処かの修行僧のように見えなくも無い。
最も、彼が歩むのは仏道ではなく魔道であったが。

「……」

そんな二人の会話を聞き流し、手の平サイズの自作セレスティア型マリオネットを、二体同時に繰る少女がいる。
薄紫の髪を肩に掛かるセミロングに揃え、白衣を着込んだフェルパーだった。
右手の人形は大剣と盾。
左手の人形は剣と短剣。
両手の指を複雑に、しかし見た目は簡単そうに動かすたびに、中空の人形はまるで命を宿されたようにそれぞれの得物を打ち合わす。
部屋にいた最後の一人である背の小さいエルフの少年は、少女の一人遊びを眺めていたが、区切るように息を吐くと会話に混ざった。

「あんたの担当はタカチホじゃん。負けた学校の生徒を見ればそりゃ茶番だったろうさ」
「何だと貴様? あの程度の連中なら負けて当然。そんな連中に勝ったとて何の評価も出来ん」

険悪な視線を向けるディアボロスに、冷笑を投げるエルフ。
どうもこの二人は、あまり仲がよくないらしい。
そんな二人の様子に深い溜息を吐いたヒューマンは、今尚人形達に複雑なステップを踏ませるフェルパーに声を掛けた。

「プリシアナの担当はベコニア……君だったな。どうだった?」
「……」

ベコニアと呼ばれた少女は、完全な無反応で人形繰りを続けている。
露骨な無視としか見えない少女の態度に、彼の中で嫌悪感の泡が小さく爆ぜた。
フェルパーは人形しか見ていない。
険悪な雰囲気になりかけた時、苦笑したエルフが発言を代わる。

「一人面白いのを、ドラッケンで見つけたよ。能力も素質も特A級の掘り出し物」
「珍しいな……お前が其処まで持ち上げるのは」
「バックダンサーに欲しい位の子だったからね。誘い方次第でこっちに来るよ、アレは」

この部屋に居るヒューマンもディアボロスも、このエルフの少年が傲慢な性格である事を知っている。
そんな少年が認める相手とは誰なのか、興味が沸いた。

「では、アマリリスはその生徒の獲得に向かって貰う。いいな?」
「了解、会長さん。其処のベコニア借りて良いよね」
「……好きにしろ」
「……」

両手を使って二つの人形を只管に繰り続けるフェルパー。
名前を呼ばれても意に介さず、無機物に魂を吹き込み手繰る。
左の人形は二本の剣を翻して襲い掛かり、右の人形は盾を用いて防戦に徹し始める。
ヒューマンの青年は再び嫌悪感を飲み込み、エルフの少年はそんな少女の態度に溜息を吐く。

「……」

その時、部屋の一つしかない扉が音を立てて開かれた。
部屋の中にいた四人の内三人は向き直り、圧倒的な存在感を持ったディアボロスの入室に備える。

「話は、纏まったか?」
「方針は定まりました。アマリリスとベコニアは、人材確保の為に一度戦線から外しますが」
「そうか」

身の丈程の杖と、装飾の多い漆黒のローブを纏った壮年のディアボロス。
彼こそかつてこの大陸を混乱せしめた悪の魔導師。
その名をアガシオンと言った。
最初に部屋に居た四人とは明らかに格の違うその威風。
対峙している三人は、背中に冷たい汗が伝うのを感じていた。

「……」
「間もなく時は訪れる。星々の位置が正しくなった時、禁断の島への道が開かれ……我らが待ち続けた――」
「――よし、出来た」
『!?』

ディアボロスの声を遮って響いたのは、明るく弾む少女の声音。
それまで一音も発さずに人形を繰っていたフェルパーは、悪の魔導師の発言を堂々と遮った。
人形劇の最後では、右手の人形の盾が左の人形に押し付けられている。
無表情だったその顔には明るい笑みを浮かべ、額にうっすらと滲んだ汗を手の甲で拭う。
此処で初めて周囲を見渡したベコニアは、見知った連中の強張った視線に振り向いた。

「あぁ、校長先生……何時から其処に?」
「今しがたな」
「申し訳ありません、全く気がつきませんでした」
「その様だな」

少女は丁寧に頭を下げて非礼を詫びる。
校長と呼ばれたディアボロスの威風は全く変わっていないのだが、この少女は少なくとも表面上でそれに臆する様子は無かった。
ベコニアは再び机に向き直り、先程完全に無視したヒューマンに声を掛ける。

「会議って終わったの?」
「……ああ」
「あっそ。じゃあ後で議事録読ませて。何も聞いていなかったから」

言うだけ言ったベコニアは椅子を回し、他の三人に習ってアガシオンと向かい合った。
彼女は事此処に至って、始めて他人の話を聞く姿勢を取ったのである。
そんな少女の態度に気を悪くした風もなく、校長は話を続けた。

「――間もなく『原始』への鍵が手に入る。さぁ行け、我が生徒達よ。行って世界を闇に包め」

アガシオンの言葉に、それぞれの胸中で頷く四人の生徒。

『闇の生徒会の名にかけて!』

異口同音に応えた生徒達。
一番扉の近くに座っていたベコニアは、校長に目礼してさっさと部屋を出ようとする。
その背に向かい、ヒューマンの青年が声を掛ける。
呼び止めた名前は、今度こそ少女の聴覚を捕らえることに成功した。

「何?」
「お前の仕事は、アマリリスと人材確保だが解っているのか?」
「何それ? 初めて聞いたけど」

自分の知らないところで勝手に決まっていた仕事に対し、不快気に眉を寄せるフェルパー。
アマリリスはそんなベコニアに苦笑するしかない。

「そりゃ、あんたは聞いちゃいなかったろ」
「それもそうか……」

言いながらも待つような素振りは見せず、止めた足を再び動かしたベコニア。
アマリリスは慌てて立ち上がり、当面の協力者となるはずの少女の背を追いかけた。

「……申し訳ございません、校長」
「構わん。それより、お前達も早く行け」
「はい」
「御意」

青年二人も、部屋から直ぐに出て行った。
残ったアガシオンは、一人になった部屋で目的を反芻する。
魔王アゴラモートの復活こそ、かの魔術師の悲願。

「……」

かつての野望は後一歩の所で阻まれたが、最早当時の勇者も生きてはいない。
全ての障害物を排除し、今度こそ成し遂げねばならなかった。

「……ソ……ふ……?」

意味の解らぬ単語が、ノイズとなって脳裏に散った。
頭痛を覚えた悪の魔導師は、椅子の背に片手をついて長身を支える。
その魔王の存在を、アガシオンが何時、何処で知ったかは自分ですら思い出せない。
何故復活させなければと思い焦がれるのかも解らなかった。
しかしアガシオンに取って、魔王復活への階を上る時だけ自分の生を実感出来るのだ。

「……焦るな……もう直ぐ……もう直ぐだ……」

焦燥感が震えとなって、悪の魔導師を駆り立てる。
その正体を知ることも無く、そして疑うことも無く魔王を求める男。
震えが止まったその時、決まって彼の脳裏を掠めるのは金色の髪と白い翼。
ほんの半瞬にも満たないその幻だけが、彼の心を暖めてくれた……


§





後書き

天使と悪魔と妖精モノ。十七話、此処にお届けいたします。大変お待たせして申し訳ございませんでしたー。
待ってない? うん、分かってる……。・゚・(ノД`)・゚・。
いよいよこのシリーズも一応の完結を迎えることが出来ました。
よかった……とりあえずベコちゃんは出せたよ……
シリーズ通しての後書きは、また別に作成させていただきたいと思います。
ネタばれやら、やりたくて挫折したこととか……あと、どうして此処で区切るのかとか^^;

それでは、もう一つ後書きがありますのでこっちではこの辺りで。
此処までうちの娘達の冒険にお付き合いくださり、本当にありがとうございました!(*/□\*)


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