前書き
去年書かせていただいた合同誌の、私が書いた所です。 公開是非と時期ついては主催の方と協議し、双方で同意しております。 本の方には私などよりもっと素晴らしいSSや、素敵な学園祭を彩る絵が満載です。 もし興味を持っていただけた方がいらっしゃいましたら、ぜひお手にとってごらんください(宣伝)
モーディアル学園には、かつて悪の魔導士アガシオンが拠点として利用していた頃の迷宮の名残が、今も残されている。その大半は開かずの扉の向こうに封印されているのだが、今でもその一画を使用している者もいた。元闇の生徒会会長、現モーディアル学園生徒会長のエデンもその一人であり、その日も彼は 日課となっている記録の整理に追われていた。
「……」
彼が纏めているのは、かつて自分が闇の生徒会の一人として、光の陣営と戦った時の戦闘記録である。彼らにとっての勝因と、自分達の敗因を分析して次に活かす。それは二度とは負けないという静かな決意と同時に、今度こそ自らの道を誤らない為に必要な事だと思うのだ。エデンの脳裏に浮かぶのは、プリシアナ学園の生徒会長、セルシア・ウィンターコスモスの姿。かつての自分と同じく学園を代表する位置に居ながら、その道を間違えなかった生徒。
「あの時は敗れたが……」
今ならどうかと思考した時、足音に気づいて扉に目をやる。旧闇の生徒会室に来るものは、同じ所属にいた者だけ。エデンは脳裏に此処へ来る可能性のある連中のスケジュールを列挙する。本校で学園祭が近いこの時期、慢性的な人手不足は何時までも彼らの手を空けてはくれなかった。
「仕事だエデン」
そう言って入室してきたのは、黒衣のローブを着たエルフの少年。エデンが昔、ドラッケン学園に在籍していた頃からの知り合いであるスティクスだった。
「一体どうした……俺の日程なら、三徹かけて今日を開けた筈だが?」
「予定は常に、未定と同じと言うことだね」
「予定じゃなくて、確定した現在の筈だが?」
「この時期に休みが欲しいなら、学校などに居るべきではなかったね。処理して欲しい案件は刻一刻と増えているよ」
そう言いながらエルフの少年は持ち込んだ書類を机に置いた。渋面を作って書類に目を通したエデンは、その内容に溜め息しか出ない。
「各クラスの企画に、公平な場所決め……やはり入口付近と水場付近は人気だな……というかなんだコレは? 昨日までに粗方仕上げたはずじゃないか」
「あれは我らがモーディアル学園内部の申請だよ。今回は外大陸の三校に加え、異次元からもゲストを招いてのお祭りだからね。公平を期すために申請までは自由だから、どうしても凄まじい数のブッキングがおきている」
「まさか此れから被っている申請を処理して行けとは言わないだろうな?」
「それは、明日からでいいよ。今ヌラリとジャコツが手分けをして区分けを手伝ってくれている。その作業が済んでからの方が、君の効率も上がるだろう。まぁ明日、覚悟しておくことだね」
意地悪そうに微笑むスティクスに、半眼を返すエデン。仕方ないこととはいえ、このエルフは友人の貴重な休暇を邪魔して、なぜこんなに楽しそうなのか。エデンは内心で密かに復讐を誓いつつ、持ち込まれた書類を机の脇に寄せる。スティクスの話を信じるなら、今彼がしなければならないわけでもない。にも拘らず書類を持ち込んできたのは、この性悪エルフの嫌がらせだろう。
「話はそれだけか?」
「とんでもない。それでは僕が、まるで君を絶望させるためだけに態々足を運んだみたいじゃないか」
「違うというのか?」
「僕も其処まで暇じゃないさ。実は、ソフィアール校長先生からの伝言がある。伝言というか、まぁ依頼と言ってもいいだろうね」
「先生から?」
「そう。それを伝える事こそ、僕の本当の目的だよ」
「……」
ならば最初からそれだけ伝えればいいと思うエデン。なぜ態々未処理の書類の山など持参して、此方の心を折りに来るのか?
言いたいことは山程あったが、口でこの性悪エルフに勝った事がないエデンは、一つ静かに息を吐いた。その動作の中で大切なモノを一つずつ諦め、常備している胃薬を飲みながら先を促す。
「それで、先生はなんと?」
「今回は初の合同学園祭だからね。僕達生徒会にも、何か催しをして欲しいらしいよ」
「催しって……当日か? 運営はどうするんだ」
「当日の運営は各校の教師陣がやってくれるからね。始まってしまいさえすれば、僕達も身体が空くはずだよ」
そもそもエデン達、生徒会のメンバーがこれ程苦労しているのは、現在教師陣の大半が別の要件で取られているからである。
学校単位どころか世界単位での合同学園祭である。異次元へのリンクとその維持には膨大な異能力を必要とし、ソフィアールやネメシア、またミカヅチ等は今も不眠の作業に追われているのだ。
「……本当に、誰が考えたんだろうなこの無茶な企画……」
「ニーナ校長の発案らしいが、それを受け入れたのはソフィアール校長さ。天使の御意向なのだからそれこそ、神の思し召しじゃないかな? 偶然……運命……? いや、必然だね」
「……今だけは神すら締め上げてやりたいよ」
「僕も大筋では同意するけれど、出来ないのかと思われるのも屈辱じゃないか。やるからには完璧な運営実行をやって見せるべきだろうね」
「……確かに、その通りだな」
スティクスの意見に頷いたエデンは、現実の課題に向き合うことにする。校長たるソフィアールの意向であれば可能な限りそってやりたいとは思う。しかし現状では企画を決めて催しを進めるだけの余裕はなかった。例え当日が自由に動けたとしても、その前に準備を進められなければ催し等覚束無い。
「現状では、生徒会としての企画を出す当ては立ちそうにないな……」
「だろうと思って、僕も一つ提案を持ってきたよ」
「……何かあるのか?」
「僕達には残念ながら、企画の立案に労力を割くゆとりは無い。ならば、暇そうな生徒を借りてそっちの進行を頼めば良い」
「暇そうな……この時期に暇な生徒がいるのか? いたとしても、それは学園祭そのものに興味の無い極一部だろう。そういう生徒が協力してくれるとも思えないな」
「確かに、会長の言う通りだね。だけど何事にも例外はあるよ。普段自分からは何もしなくとも、舞台さえ用意してやれば好き放題してくれる生徒がね」
そう言って笑うエルフの少年はエデンの目には、とても機嫌良く見える。案外この腹黒エルフも、学園祭を楽しみにしているのかもしれなかった。
「そっちにも、何かあてがあるのか?」
「ああ」
「では、任せる。相手が正式に引き受けてくれるようなら、改めて代表として挨拶しに伺おう」
「そうしておくれ。では、良い休日を」
「ああ」
そう言って出ていくスティクスを見送り、エデンは再び記録の整理に没頭する。後に彼は振り返り、合同学園祭の調整に忙殺されていた不眠不休の日々が、まだ平和な日常であったことを思い知る事になる。
§
数日後、モーディアル学園生徒会メンバーが、スティクスの名義で招集された。集まったメンバーは生徒会長エデンを始め、紫色の毛並みのフェルパーであるベコニア。そして中性的に整った容姿のエルフの少年、最近は正統派のアイドルとしても有名なアマリリスだった。
「ちょっと……なんで私達だけ? ハゲとデカ乳はどうしたのよ?」
忙しい中呼び出されたであろうベコニアは、重い目蓋を目薬で誤魔化しながら言う。素が半眼に近いこの少女は目つきが相当鋭い。しかし今はそれ以上に、目の下に色濃く出来ているくまが痛々しかった。
「あの二人はブッキング申請の区分けが、やっと一段落した所。揃って今日は休みだよ」
「休みじゃないでしょアマリリス? 呼び出しなさい」
「いや、だってさ……あのバカップルがイチャイチャしてる所に突っ込んでいけっての?」
「うむ……甘波による糖死がオチだろうな」
悟ったように頷くアマリリスとエデンの様子に舌打ちしたベコニアは、一つ息をついて広くもない生徒会室を見回す。そう遠くない過去に置いて、彼女も闇の生徒会の一員として、此処で人形研究に励んだこともあった。あの当時の自分が今の自分を見たらどう考えるか……
間違いなく丸くなった自分に、ベコニアは内心苦笑した。
「まぁ、いいわ。帰ってきたらあのリア充共は書類の渦に沈めましょ」
「意義なし」
「当然だな」
独り者ならではの連帯感でもって同意した男共とアイコンタクトを交わしつつ、ベコニアは今ひとつの案件を訪ねた。
「それで、私達を呼び付けた本人は何処に行ったのよ?」
「スティクスなら、本日のゲストを呼びに行っている。他校の外部協力者で、学園祭で我々生徒会の出し物の企画と準備を進めてくれることになっている」
「外注のプロデューサーみたいなのかな?」
「そうだな。そんなものだろう」
エデンとアマリリスの会話を聞き流し、ベコニアは眠気覚ましにミントを齧る。彼女はモーディアル学園生徒会の手伝いに加えて独自の人形研究の成果発表の準備もあり、ここ数日寝ていなかった。不意に痛みを覚えた少女は右手で肩を摩りつつ、ゆっくり首を回す。若さに似合わぬ破壊的な音を首の中から聞いたベコニアは、やりきれなさをため息に乗せて吐き出す。その時、漸くベコニアは自分が男達の視線を受けてることに気づいた。
「……なによ?」
「いや、辛そうだなと思ってな」
「会長さぁ……そう思ってんなら、断りなさいよ? 生徒会で企画なんて現状無理だって」
「そうしたいのは山々だったが、俺達は脛に傷を持つ者の集まりだ。内申点は稼げるところで稼いでおかねば、卒業出来るかわからない」
「世知辛い世の中だよねー」
エデンの発言に同意して肩を竦めるアマリリス。ベコニアの見た所、このエルフの少年は普段と変わらぬ様に思える。アマリリスも生徒会の仕事に加えて当日はライブを予定しており、寝る間もない日々を送っているはずであったが。
「……」
ベコニアは意識してエルフの少年を観察するが、その仕草や顔に疲労が浮いている様子はなかった。
「何?」
「いや、あんた忙しいわりに元気よね……」
「ああ……アイドルは体力勝負なんだよ。研究屋とは基礎体力が違うからね」
「私も一応万能学科でツンデレ履修してるんだけど……」
「アマリリスの体力はアイドル云々ではなく、血筋だろう。顔と体格は華奢でも、あの男の弟だぞ」
「あ、納得」
エデンの見解を聞いたベコニアの顔が緩み、口元を抑えてくつくつと笑う。
アマリリスとしては笑われた事に抗議したかったが、根がブラザーコンプレックスの少年は兄と同じと言われたことに満足してしまうのだ。
少女が一頻り笑った時、外の廊下から足音が聞こえてくる。数からして二人分。
「漸くお出ましだね」
「誰を呼んできたのかしらね?」
今まで猫の手も借りたいほど多忙だったベコニアにとって、この生徒会独自の催しまで手をかける余力はない。外様の協力者とやらが何を企画するかは知らないが、勝手に進めてくれればありがたい話であった。
もっともそれはアマリリスやエデンにしても似たような心境であり、彼らは基本的に企画の全てを協力者に委託するつもりだったのだ。
「お待たせしたね」
その声と共に開かれた、旧闇の生徒会室。
入室してきたのは、黒衣を纏ったエルフの少年が一人と……
そして今ひとりは、薄桃色のウェーブヘアを背中より伸ばした長身のセレスティア。その背中と頭から伸びた翼は漆黒に染まり、彼女が堕天使学科を専攻していることを示している。アマリリスとベコニアには、馴染み深いプリシアナ学園の制服に身を包み、さらにその上から白衣を羽織った少女は、穏やかな微笑に気だるげな雰囲気を滲ませて挨拶した。
「よろしくお願いします皆様。プリシアナ学園よりやってまいりました、エルシェアと申します。まぁ、皆さんに今更自己紹介が必要とも思えませんがね」
完全に固まったプリシアナ学園生二人と、モーディアル学園生徒会長を意に返さず、先に入室したスティクスは客人たる堕天使に椅子を引いた。
「ありがとうございます」
丁寧な礼と共に着席したエルシェアは、凍りついた一同を見渡して宣言する。
「それでは、元闇の生徒会のプロデュースを始めましょうか」
鈴の音が鳴るような美しいソプラノが狭い室内に響き渡る。この堕天使の性格が悪い事を知るエデン達は、其々に顔を引き攣らせて
未だ硬直から抜け出せずにいた……
§
「なんであんたが此処に居るのさ!?」
長い自失の後、いち早く正気を取り戻したのはアマリリスだった。
「……」
その声によって硬直を抜け出したベコニアとエデンは、少年が声を上げる影で視線を交わす。二人は互いの瞳の中にゲンナリとした自分の顔を見つけて息を吐いた。
「呼ばれたからに決まっているでしょう? そうでなければ、誰がすき好んで、こんなカビ臭い穴ぐらに戻ってきたりするものですか」
堕天使は気怠げに言い放つと、隣に座ったスティクスに視線を送る。
「すまないねエルシェア君。だけど、僕は会長には外部協力者を求めることは許可を得たよ? 第一僕達にとって、やるからには協力者が必要だった。選り好みなどしていられる立場にはなかったのさ」
「それにしても、限度というモノがあるだろう……何でよりによって『彼女』を選んだ?」
「それこそ愚問だろう会長君。僕達をまとめるなんて面倒な事、並みの生徒に出来るはずないじゃないか。その上でこの時期暇にしている可能性がある生徒なんて、この鬼畜堕天使の他に誰がいると?」
「面倒な事とか自分で言ってちゃおしまいじゃない……エル、あんた紅茶で良かったっけ?」
「お願いします」
エルシェアと呼ばれた堕天使は、ベコニアに頷いて息を吐く。彼女はかつて、此処がまだ暗黒校舎と呼ばれていた頃、闇の生徒会だった彼らと関わりがあった。時に剣を交え、時に共に戦う関係として縁を結んだ間柄。最も、決して良い関係では無かったことは先程のやりとりの通りであるが。
「……外部協力者を求めるなら、せめて内部の意見くらいは統一してから探してください。このやりとりすら、本来なら時間の無駄です」
「……確かに頼んだ側の非である事は間違い無いな。すまないエルシェア。俺達はお前の協力が必要だ」
そう言ったエデンは、食ってかかる雰囲気のアマリリスを手で制す。この場でごねているのが自分一人である事と、本来であれば、少なくともエデンはこの堕天使を呼びたくなかった事を察したアマリリス。諦めた様に溜息をつき、力なく着席した。
「ヌラリ君とジャコツさんは、私が来ることをご存知ですか?」
「彼らは今日が休みで、此処に来ないだろうことは最初から分かっていたからね。会長の次に話はしたよ。最も……甘ったるい雰囲気でじゃれ合っていたからね……頭に入っていたかどうかは、僕にも自信の無い所だよ」
「まぁ、話してあるなら良しとしましょう」
元々癖の強いこのメンバーにおいて、全会一致等望みようがない事は承知しているエルシェアである。それでも実際、ことが始まれば何とかなってしまう辺が、旧闇の生徒会の連中がいかに優秀かを物語っていた。
堕天使は少なくともこの場での発言権を確保したことを確かめ、エデンに説明を促した。
「お前も知ってのことだと思うが、きたる八月の十日、今から約四月後に世界合同の学園祭が開かれる」
「ええ。無茶な企画だと思いますが……」
「ソフィアール校長とニーナ校長が協力して行うらしいから、無茶でもないらしい。運営を考えると死にたくなるが」
「そうみたいですね……うちでもセルシア君やフリージア君は、大変お忙しいようですし」
「そんな中で学校放り出して、こんなとこで遊んでる訳?」
「セルシア君が折角、寝る間も惜しんでお仕事を頑張ってくれているのです。かわりに私くらい、じっくり休んで上げなければ釣り合いが取れないでしょう?」
アマリリスの皮肉を涼風のごとく受け流し、口元に手を当てて微笑む堕天使。
丁度その時、人数分の紅茶を入れたベコニアが戻って来る。
「待たせたわね」
「……ゴールデンルールは、相変わらず完璧ですね。美味しいです」
堕天使は先程までの作ったような微笑ではない、柔らかな笑顔でベコニアを労う。肩をすくめたベコニアは、自らも着席して自作を味わった。
「ま、これが出来ないとセルシア君に、お茶も煎れさせてくれなかったからね。フリージアの奴は」
紅茶の善し悪しなど分からない男性陣を差し置いて、和やかに語る女性陣。エデンは短い会話が切れるのを待ち、続きを語る。
「実際、此処までの運営は忙しいながらも何とかなっていたんだ。しかし此処へ来て、今一つの案件が浮上した」
「それが、わたくしが呼ばれた理由と言うわけですか?」
「その通り」
エデンはスティクスに視線を送ると、その意を察した少年は、自らがソフィアールから聞いた言葉を伝えた。
「……この時期に一番忙しい部署から出し物とか、正気の沙汰では無いと思うのですが?」
「僕もそう思ったんだ。だけどもしかしたら、其処にすら校長先生が何らかの思惑を含ませているかもしれないと思ってね」
「ふむ……」
堕天使が一度メンバーを見渡すと、全員が同じ表情で頷いた。エルシェアとしても彼等の意見が一致するなら、その筋から思考を進めるつもりはあった。
個人的な好悪の念はともかく、その能力はそれぞれが評価しているのである。
「ソフィアール先生か……正直、昔の人って何を考えてるのか分からないんですよね……」
「ほんとだよね。原始の学園攻略した時もさ、
勿体ぶった言い回ししてたし」
「古代では物事を直接的に表現するのは、生徒に思考させる機会を失わせる……みたいな教育方針だったんじゃない? それよりも私はあの服装について言いたいことが有るんだけど」
「失礼なことを言うものではない。まぁ、あの服装が教師として相応しいのかと言われれば、どうかと俺も思うがな。初めてあった時は頭がおかしいのかと思った」
恐れを知らぬ若者たちは、ソフィアールを指して言いたい放題である。
思わず周囲に人気がないことを確認したスティクスだが、幸いな事に誰かが潜んでいる気配はない。このような会話がソフィアールの耳に届いたらどういうことになるか、好奇心はあれど試してみたいとは思わないエルフであった。
「とりあえず、何を企画するにしても場所どりが必要ですね。エデン君? ちょっと現在の状況表を見せてください」
「分かった」
エデンの手からエルシェアに渡されたモノは、三枚のモーディアル学園の地図である。
「え、なんですかこれ……」
全く同じ地図が三枚で、違ったのは地図に記された印の色。どの地図にも各場所にびっしりと点が書き込まれていた。
「その三枚は、それぞれ世界単位で纏めた場所申請だ。それを全て重ねれば、全世界の学校の生徒が何処を希望しているか分かるようになっている」
「三枚って……私達の世界だけでも、隙間なく埋めつくされているのですが……?」
エルシェアは頬を引きつらせながらも、言われた通り三枚の地図を重ねる。それは最早地図ではなく、膨大な点の集合体で埋めつくされていた。
この時点でも既に場所取り合戦から出遅れたことは間違いない。そもそも何をするかも決めかねている現状では、必要な広さすら定まっていない為に申請を出すことすら出来ないのだ。
「絶対何かありますね」
力強い口調で断言したエルシェア。このような状況で無茶を出してきた以上、ソフィアールには何かしらの意図がある。エルシェアは場所に続いて生徒達の出した企画と、演物の場合はその公演日時の資料まで取り寄せる。ソフィアール校長は、生徒会に何をさせたいのか。その真意を読み解くべく、生徒達は現状集められる資料を全て持ち寄った。
それぞれが資料を手に取り、山積する課題の多さにげんなりする。そうした時間がしばらく続き、やがてベコニアは或ことに気がついた。
「ねぇスティクス?」
「何かなベコニア君」
「ソフィアール先生がこの無茶ぶりしてきたのってだいたい何時よ? 先生がこんなことを言い出す切欠が、その少し前の資料にあったって事じゃない?」
「成程……冴えているねベコニア君」
スティクスが示したのは、現在最も彼らの頭を悩ませる場所申請の地図であった。
「どう考えても場所が足らないよね……」
「そうだな……多くの学園の祭りを、我が校一つにまとめてやろうというのだ。人手はどうにかできたとしても、広さには物理的限界がある」
アマリリスとエデンは三枚の地図を重ねて、その両側から挟むように覗き込んでいる。エ
ルシェアも見ようとしたが、既に頭に入れていた為辞退した。
「……そうですよ。無理なんですよこんな事……あれ?」
堕天使は眉を潜め、地図を覗き込んでいるメンバーに声を掛ける。
「それ、本校の地図ですよねぇ?」
「ああ。そうだが?」
「使える場所は其処しかないので?」
「ああ……あ!?」
エルシェアの言葉に答えかけたエデンは、自らの答えと共に違和感に気がついた。
「何かわかったの?」
「ああ……いや待てよ? ……もしかすると……」
エデンは立ち上がると隣室に引き篭る。
何かを探しているらしく、隣の部屋からは棚をひっくり返すような物音が、しばらく続いた。
「ねぇエル、どういうことなのよ?」
「貴女が教えてくれたんですよベコニアさん」
エルシェアはそう言いながら、ベコニアが煎れてくれた紅茶を飲みきった。
「コレだ! あったぞ」
エデンが持ってきたものは、一枚の羊皮紙だった。しかしその紙に書かれたものは、この際黄金以上の価値を発揮してくれるかもしれない。それはモーディアル学園旧校舎、別名暗黒校舎と呼ばれる『迷宮』の地図だった。
§
モーディアル学園は、大分すると二つの区画に分けられる。一つは多くの生徒達が、日々の精進に励む本校。そして今一つが、開かずの扉の奥に封印された、旧暗黒校舎であった。
モーディアル学園に在籍する者であれば、その扉の存在を知らないものは皆無であろう。しかし其処に封じられた建物が、実は本校の数倍に及ぶ大迷宮である所まで知っているのは、教師を除けば生徒会の一部学生のみであった。
モーディアル学園の生徒にとって、開かずの扉はタブー扱い。一般生徒は近づこうとしないし、生徒会のエデン達はそこから遠ざけようとする。
そのような思考の制約がなかったからこそ、堕天使は只でさえスペースが足りない時に、遊ばせている様に見えたこの旧校舎の存在に違和感を覚えたのである。
「ソフィアール校長のハラは読めた。あの方は学園祭当日の、せめて客だけでも旧校舎にさばいて人の密度を抑えろと言っている」
「確かに、この迷宮の詳細を知っているのは生徒では僕達位のものだ。その線で間違いなさそうだね」
エデンとスティクスが顔を見合わせて頷いた時、アマリリスが挙手して発言する。
「でも、実際どうする? 今からこっち側に場所希望しても良いって伝える……?」
「それは難しくない? ウチと外三校は兎も角、異世界の、しかも七校へ連絡なんてそう簡単には行かないわ」
受付期間を揃えなくては公平性が保てない。
特に主催側が有利になってしまう事柄に置いては、極力仕様の変更は避けるべきだというのがベコニアの主張だった。
「しかし、場所不足が深刻なこの現状では、ある程度の妥協は致し方ない所じゃないかな」
其々に納得の行く理由のある発言同士が対立し、話し合いが纏まらない。エデンは苦笑して旧校舎の地図を堕天使に送る。自分とエデンを除く三人の討論を聞き流し、エルシェアは地図を受け取った。
「……先程までは場所で腐心し、其処が多少潤ったと思ったら、また別の問題が出てきますか……ままならないものですね」
発言の割に楽しそうに笑う堕天使は、今までよりも真剣に思考を前に進める。元より彼女はモーディアル学園生徒会主催の企画の立案実行を依頼されてきたのである。場所が整い、導いた教師の思惑も見つけたからには、此処から先こそがエルシェアの仕事のはずだった。
「……」
何時の間にか自分に注がれていた四つの視線を順番に見渡した堕天使は、確認するように口を開く。
「えぇと……まず私達は、ソフィアール先生から、旧暗黒校舎のスペースを出来るだけ有効に使うことを求められています……ですよねエデン君?」
「ああ」
「その上で、今から此処を共有スペースにするには、連絡準備その他諸々で難しい、と言うことですね」
「そう思うわ」
ベコニアの意見を聞いた堕天使は、視線でスティクスとアマリリスの発言を促す。しかし先程までの討論で、ベコニアの意見に反論しようがない事が分かっていたのだろう。二人のエルフはそれぞれの表情で首を縦に振った。
「では、私達が此処を活用する他ありません。
さも初めから決まっていたかのような顔をして、暗黒校舎を独り占めしてしまいましょう。当日は、最も人々の興味を惹きつける企画によってお客様を此方に引き込み、本校の負担を軽減するのです」
「主旨は其のとおりだね。では、僕たちは何を持って外来の興味を惹くべきだろう?」
スティクスは疑問形を用いたが、既にこの少年は堕天使の答えを承知していた。多くの者の興味を掴むには、それぞれに価値観が共通する部分に訴える事が重要である。今回の場合は何か?
それは学園祭の参加者ほぼ全ての者が、冒険者養成学校の生徒だと言うことである。
「暗黒校舎を開放しましょう。トラップ、魔物、宝物を全て一新して、身の程知らずの冒険者の卵達を迎え撃つのです」
「そのまま使うわけには行かないのか?」
「それでは面白くないでしょう? 私達を含め、ロストも知らない未熟者が襟を正す機会になれば、きっと先生方もお喜びになると思います」
段々と発言が過激になり、その声音に興奮の艶を滲ませるエルシェア。どうやら本格的にブレーキが外れかかっているらしいその様子に、ほかのメンバーは互いの顔を見合わせる。しかしそれも一瞬のことであり、スティクス達は示し合わせたように揃ってエデンに注目する。このような時、敢えて困難に立ち向かうモノこそ、生徒会長と言うことらしい。 渋面のエデンは常備している水無しで飲める胃薬を飲み干しつつ、口の中で物騒なトラップ作成計画を立てるエルシェアと向き合った。
「なぁ、おいエルシェア」
「なんでしょうか会長さん?」
「盛り上がっているところ悪いが、即死トラップは無しだぞ?」
「何故!?」
「いや、何故って……」
心底意外そうに、そして裏切られ傷つけられたような表情のエルシェア。なまじ整った顔をしているだけに、その表情は凄みがあった。
「一般常識を考えろ堕天使。コレはお祭りで――」
「ナマモノの管理が大変だろうエルシェア君。実行するのは八月、暑い時期だよ」
「いやスティクスそういう問題では――」
「そう……ですよね。確かに腐ったら面倒ですものね」
「……」
意思の疎通が難しい二人との相互理解を、早々に諦めたモーディアル学園生徒会長。自分の言語能力の限界を感じたエデンは溜息を吐きつつ、今度は頭痛薬を取り出した。
「あんた薬はいい加減にしときなさいよ?」
痛ましいエデンの様子に苦笑したベコニアが背中をさする。
「……そうだな」
そう思うならお前も自重しろという心の声を、冷め切った紅茶で苦い薬と一緒に飲み干す少年。以前より落ち着いたとはいえ、ベコニアの人形実験は過激なものが多い。加えて当人が周囲の被害にあまり頓着しない性格のため、各所からの苦情が週に一度はエデンの元に上がってくる。
「……はぁ」
そもそもからして、彼が薬を持ち歩くようになったのは闇の生徒会時代から。つまり今部屋にいる連中との付き合いが始まってからの事である。彼としては原因の一端を担うベコニアに、他人事のような事を言われたくなかった。
正直にそう言った所で堪える連中ではないから、最早エデンも諦めていたが。
そんなエデンを興味なさげに流し見たアマリリスは、旧校舎の地図を眺めながら呟いた。
「でもさ、流石に暗黒校舎時代のモノをそのままって訳にも行かないのは、確かじゃない?」
「ふむ、当日は相当数のパーティーが腕試しに来る……予定だし、各所の修繕とお宝の再配置位はしておきたい所よね」
「また、寝ずの作業になるのか……」
陰鬱な溜息を吐いたエデン達は、本来の頭脳労働担当の筈のエルシェアとスティクスに視線を送る。六つの瞳の見据える先で、黒翼天使と腹黒エルフは、無邪気に意見を交わしていた。
「全体魔法を使う魔物を大量に配置するのは、基本だろうね?」
「そうですね。一緒に、うにうにチタンを少しだけ混ぜましょう」
「何故?」
「冒険者は慾深きもの。チタンが一匹混ざってしまうと、それを無視して戦うのは困難です。もし魔法戦力を無視して、そちらを叩いてしまうなら……」
「成程、経験値の美味しい魔物の顔見せ興行で、パーティーの初動を誤らせるんだね」
「……方針は決まったか?」
エデンの呼びかけを聞いた二人は、其々に振り向き首を横に振るう。
「まだまだ、序ノ口に入ったところです」
「暗黒校舎が簡単に攻略されては、元闇の生徒会の沽券に関わるからね。此処は妥協できないよ」
「そうか……そうだな」
複雑な顔をしながらも、エデンはスティクス達の意見に頷いた。程度の差はあるにしても、彼だって自分達の古巣を一蹴されてしまうのは面白くないのだ。
そしてエルシェア、スティクスとは対照的に温厚な意見を出してくるのが、元プリシアナ学園の二人組みだった。アマリリスはエデンのマントを引っ張ると、地図を片手に提案する。
「暗黒校舎は十階層の難所だよ? 取り敢えず、三フロア置き位に休憩所を仕込まない?」
「ふむ……悪くはないが、甘くないか?」
「難易度決めてるのはあいつらだよ? こっちは甘いくらいの仕様にしないと、攻略不能になっちゃうって」
「それ、いいかもしれないわね。本校の場所決めに落ちた中で、バザーとか喫茶店する連中に誘致しましょう。公募ではなく、委託の形で、こっちの企画に巻き込むのよ」
「ベコニア……地味にこっちの仕事も手伝わせる心算だな?」
「相互協力よ。異論は認めない」
意地悪そうに微笑むベコニアだが、提案そのものは悪くない。人手が足りない事情は未だ変わっていないのだから。
丁度その時、迷宮難度を話し合っていた堕天使とエルフが戻ってくる。
「食材を使ったり売店を置くなら、搬送とスタッフ用のワープゾーンは必須ですねぇ。手配いたしましょう」
「一フロアを全て、休息スペース兼売店にするなら、本校のブッキングを多少なりとも解決できるね。なにせ無駄に広いから」
基本的に休憩スペース設置については、反論がない堕天使達。エデンは意外に思ったが、どうせ各所の難易度を上げて調整するのだろうと納得した。
「休憩所とか作ってしまうなら、一フロアの難易度はもうあれですよね……ノーフューチャーモードって言う位にいたしませんと?」
「流石だねエルシェア君。君はなんて容赦がないんだ」
「それから、わたくしを鬼畜堕天使呼ばわりした貴方は、メイド服を来て受付に立たせますのでそのつもりでいてください」
「今更それを引っ張るのかい!?」
恨みを忘れぬ堕天使のいじめっ子気質が、遂に身内にまで及んできた。エデンは自らの身にそれが掛かってくる前に、果断速攻で纏めに入る。
「いいか?」
静かに挙手したエデンだが、その動作によって一時的に場を鎮静することに成功した。
ベコニアとアマリリスは元より、エルシェアとスティクスもそれぞれの表情でエデンに注目する。
「整理しよう。俺達は生徒会の事務仕事を進める。迷宮の設定は、エルシェアに任せる。いいな?」
「面白そうなら、何でも良いですよ私は」
「必要な資材があれば連絡をくれ。可能な限り調達する。次にベコニア、アマリリス」
「なによ?」
「なにさ?」
「お前達は、暗黒校舎で出店を委託する連中の選別を頼む。なるべく三世界で均等になるように。通常業務は、復帰したヌラリとジャコツに一部回せ」
「是」
「了解」
我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべ、顔を見合わせるベコニアとアマリリス。丁度その時、休日を満喫していたヌラリとジャコツが、同時にくしゃみをしていたことはお互い以外誰も知らない。
一方最後まで名前を呼ばれなかったスティクスは、このまま何もしないでいられればいいと思いながらも、自ら進み出て問うた。
「僕は何もないのかい? なければそろそろ持ち回りの休みを消化させて……」
「お前はプリシアナ学園に翔べ。当日メイドをするんだろう? 本場の講義を受けてこい」
「誰がするか!」
「決定事項よスティクス。諦めなさい」
「プロデューサーの指示じゃあ仕方ない」
「そもそもエルシェアを巻き込んだのは、お前だスティクス。責任を取れ」
「味方が居ない……だと?」
打ちひしがれる少年の肩に、優しく手が添えられる。肩越しに振り向いたスティクスが見たものは、白く美しい手。その手に沿って視線を滑らせると、聖母の如き微笑を讃えた堕天使の姿。
「ご心配なく。メイド学科はわたくしも確り履修しておりますので、奉仕精神にあふれた理想のメイドに仕立てて差し上げますよ。ねぇ? スティアちゃん」
「……何だいその呼び名は?」
「スティクスの女性名ですよ。周囲からその名前で認識されることによって、自我の部分から認識を変えて女性になりきってくださいな」
「それは洗脳だよね!?」
「洗脳とは物騒な。教育とおっしゃいスティアちゃん」
「や、止めろ堕天使っ」
心底から楽しそうなエルシェアの言葉を聞きながら、その矛先が自分に向かってこなかった事を安堵するエデン達。自分の身が守れるならば、スティクスの英雄的犠牲も、この際は甘受するのは致し方なかった。
「それでは、特に意見も無いようなので……」
「待ちたまえ会長! 僕はこの処置に納得が――」
「無いようなので、本日はコレで締めとする。解散!」
鶴の一声で会議を打ち切り、自分の仕事に向かうエデン。アマリリスとベコニアもそれに倣う。途中までスティアちゃんが何か喚いていた気がするが、エデン会長のログには何も残っていないのであった……
§
こうして立ち上がった生徒会主催、新・暗黒校舎探検ツアー。個性的なメンツ故に纏まるのは遅いが、決まってしまえば無駄に優秀なエデン達は、その実力を余すことなく使い切って準備に当たった。
ベコニアとアマリリスが売店と軽食店を選り分け、エデンが配置を振っていく。
途中合流したヌラリとジャコツが、本校の仕事を捌いてゆく。
どうしようもなく使えなかったのがスティクスで、精神的ショックの大きかった少年はメイド服を(無理やり)着せられ、脱ぐことも許されぬまま生徒会室に引きこもった。
現場担当のエルシェアは、プリシアナ学園での人脈を駆使して人手を確保し、各所の整備と解き放つ魔物の鹵獲、そしてトラップの改造を推し進めた。
全てが順調に回っていき、二ヶ月が過ぎた時には全体の完成図が見えるところまで辿りつく。
事態が急変を迎えたのは、七月の半ばの蒸し暑い日。モーディアル学園に届けられた一通の手紙。
『リリィ先生のお手伝いで救護施設のスタッフに入ります。後は宜しく。
PS.スティアちゃんのメイド姿は写真に撮って焼き増しお願いします。』
呆然とするエデン会長の元に残されたのは、作りかけで放り出された旧校舎と、エルシェアが連れてきたダンジョンメイカー三十人。この日、遂にエデンが胃潰瘍で入院し、生徒会の綱渡り運営も頓挫を余儀なくされるのであった……
その後……エルシェアの職場放棄と同時にメイド服を破り捨てたスティクスが、旧校舎を一週間で完成させた。モーディアル学園生徒会としては、プリシアナ学園に堕天使の所業を報告して抗議したかったが、それでエルシェアが戻ってきては何をされるか分からない。結局の所、報告はスティクスの一存で差し止められる。迷宮作成も彼自身の手によって続けられたので、誰も文句を言うことは出来なかったらしい。
因みに、エルシェアが引き受けた仕事を途中で放り出して来たことは、後日リリィの耳にも確りと届いてしまう。堕天使は保険医の静かな激怒で説教される事となるのだが……この件でエルシェアに同情するものは、誰もいなかったと言うことである。
あとがき
こっちではどれくらいお久しぶりになるのだろう、りふぃです。
決して新作がつまっているからの過去作の投下ではありません。
ありませんったらありませんっ。
とと学祭。の発足当初から、出来れば自分の書いた物はウェブでいつでも読めるようにしておきたいなー・・・・主に自分が仕事先で時間つぶすためn・・・・・・・げふんげふんっ
いろんな方に読んでいただきたいのでw
そういう思いがありましたので、主催のまいたけうどん様とメールでその旨相談して、三月以降ならOKだよーとの事。
それでは遠慮なく・・・・・ということで、こうして出させていただきました。
とと学祭は私を底辺として素晴らしいSS,漫画目白押しの素敵な合同誌です。興味のある方は是非、手にとってごらんください^^