§
パーティー結成から半刻後。
ディアボロスの少女とセレスティアの少女は、歓迎の森攻略に乗り出した。
「午後の授業……いいんかなぁ」
「そういう戯言は、ちゃんと生徒になってから言いましょう」
「入学手続きは済んでる!」
「だけど校章が無いと、生徒名簿にものれないんですよ?」
「うぅー」
掛け合いでへこむのは大抵が悪魔の少女。
天使の少女は割と打たれ弱い悪魔の心を、先端の丸めた針で突く事を好んだようだ。
「ディアーネさん、ほらほら、出番ですよ」
「むむ、面倒な……」
二人の行く手を阻むのは、一つ目の魔導師達。
森の中では非常にポピュラーな魔物であり、入学したばかりの生徒の練習台になる相手である。
一人一人の強さは雑魚だが、とにかく数が出てくるのだ。
ディアーネの発言は、恐らくその為だったろう。
「じゃ、ちょっと行ってくるっす」
「はい。怪我したら、無様でも逃げてきてくださいね」
「言ってろ」
悪魔の少女は敵に切り込み、天使の少女はそれを見送る。
二人の専攻はしっかり前衛と後衛が分かれている。
英雄学科のディアーネが前衛、光魔術学科のエルシェアが後衛。
もっとも諸事情で七学科を転科したエルシェアは、この程度の相手ならどちらもこなす自信はあった。
(さて……)
天使の少女が相棒の戦いを見るのは、これが初めてだった。
ディアーネが用意した装備は、学園で最初に支給されるダガーではなくサーベル。
自腹を切って補強してやる必要が無かったことに、エルがこっそり安堵したのは彼女だけの秘密である。
この一戦で見極めるつもりだった。
二人の現状と戦力で、クエスト攻略が可能か否か……
接敵と同時に悪魔の剣が一閃し、一つ目魔導を切り飛ばす。
横合いから突き出された棍は身を捻って回避し、捻った身体を戻す動作を利用してまた一閃。
ディアーネは危なげない動きで攻防をこなし、見事な一振一殺を繰り返す。
「へぇ……」
エルは感嘆の息を漏らす。
このクエストはディアーネの為にプリシアナ学園の校章を手に入れることが目的である。
当の昔に校章獲得を終わらせていたエルシェアにとって、あまり意味のある行軍ではなかった。
はっきり言えば、彼女一人が戦ってもディアーネを連れて行けただろう。
最悪はそうなる可能性も考慮していたのだが……
「何でこんな子があぶれてたんでしょうねぇ?」
頭上から降り注ぐ光がまぶしく、手をかざして目を庇う。
夏の暑い日にあって、太陽が最も高くなる時間である。
一つ息を吐き、再び視線を相棒に戻す。
ディアーネは最後の敵の反撃を盾で止め、返礼と言わんばかりに首を飛ばす。
返り血まで避けるてみせる、余裕の完勝劇である。
「お見事」
「これくらい楽勝っすよ」
気負うでもなく笑むディアーネに、エルは微笑みながら首をかしげる。
「どーしたんです?」
「いえ、貴女に興味が沸いたんですよ」
そう言ってエルはディアーネの手を取り歩き出す。
回復魔法の一つも掛けさせてくれない、出来の良すぎる相棒だった。
「此処は真っ直ぐの一本道です」
「そっか、エルは来た事あるんすよね」
「ええ。もうすごく前の事ですので細部の記憶は怪しいですけど」
地図を片手に位置を把握し、確実に目的の場所まで詰めて行く。
途中で幾度か魔物との遭遇があったものの、全てディアーネが切り伏せていた。
「もしかして、一人でも普通に攻略できていたんじゃありませんか?」
「校章を取ってくるだけなら、出来たかもしれないっすねぇ」
進む上で目印となる沢と、木橋を発見した所で小休止する二人。
冒険のお供はおにぎりと、プリシアナ学院名物の紅茶である。
欲を言えば、紅茶ならパン系の軽食が欲しかったエルだが、相手の財布なのでおとなしく受け取った。
おにぎりの比率が三対一なのは、エルが一つ辞退したためである。
「でもほら、これって最初の一歩でしょ?」
「ええ、まぁ、そうですね」
「其処に一人で挑んじゃったら、なんか寂しいじゃないっすか」
「寂しいですか?」
「そりゃ寂しいっすよ。仲間が見ててくれたほうが、やる気も増すってもんでしょ」
幸せそうにおにぎりを頬張る相棒に、エルは穏やかな微笑を送る。
麗らかな昼下がりに、森への散策はいいものだ。
一人ではないのもきっと、良いものなのだと天使は思う。
自分もおにぎりをかじりつつ、エルは当初から感じていた疑問を投げてみた。
「貴女は……」
「んー?」
「貴女は、どうして一人だったんですか?」
「むぅ……なんでっすかねぇ」
それ以上はしゃべらず、首をかしげて黙考するディアーネ。
言いづらいという雰囲気ではなく、うまい説明を見つけているような印象だった。
そう感じたエルは、悪魔の返答を少し待つ。
間をもたす為に、おにぎりを一口。
防腐剤代わりの梅干に、少女は眉間に皺を寄せた。
やがてディアーネは、天使の少女を見ずに語る。
「最初はさ、学科が無魔法って事で出遅れちゃったんですよ私」
「ふむ」
自分の内面と対話しながら、一つ一つの思いを形にして行こうとしている。
そんな相棒の姿を見ながら、エルは一口紅茶を飲む。
魔法瓶で保存したアイスティーは、心地よい冷気で喉を潤す。
「わたしゃ、別に急ぐことも無いやーって感じで、ひたすら講義と訓練場の反復で剣を磨いてたんだよね」
「基本ですか……大事ですよね」
「うん。でも、周りは皆先に行ってた。私は、なんとなく自分に納得できなくて……幸い……なのか解んないけど、ディアボロスは嫌われ者多いから、敢えて声を掛けてもらえることも無かったしね」
「ふむ」
そこで一度言葉を切り、二つ目のおにぎりを完食するディアーネ。
エルは空になっていた魔法瓶の蓋に、新たな紅茶を注いで手渡した。
「どーも」
「いえいえ」
冷たい紅茶を一息に飲み干し、三つ目のおにぎりを齧り出す。
焦れもせずにエルが待つのは、相棒の心理に引っかかるものを感じたから。
何か言いづらい事がある。
それを上手く伝える言葉を、悪魔の少女は模索しているのだと思う。
だから急かすような真似はしない。
エルの質問の回答は、ディアーネの真実の一端は、きっとこの先にこそあるのだから。
「んー……」
半分ほど攻略したとき、ディアーネは一つ空を見る。
夏のまぶしい太陽が、ようやく少し傾いてきた。
気温はすぐに下がらないが、風が孕む熱が減れば過ごしやすくも為るだろう。
「毎年さ、入学後に速攻で森に行った大勢の連中が、やっぱり一斉に帰って来るじゃない?」
「ええ。最初は目的地も同じで、熟練度にも差はありませんから……わぁーっと行って、わぁーっと帰って来てましたよね」
「うちの学科でも、皆その話題で持ちきりなんさ。武勇伝自慢で、活気付いた雰囲気になった」
「……」
「でも、中には泣いてる奴もいてさ。聞いてみたら、足引っ張っちゃってパーティーから外されたんだって」
「私と一緒ですか……」
「うん。ちょっと、カルチャーショックだった」
おにぎりを食べきったディアーネは、再びエルから紅茶を受け取る。
今度は直ぐに飲み干さず、琥珀色の液体に遠い目を向けていた。
「私が子供のときに読んで、憬れた英雄の伝説は、そんな事一つも書いてなかった」
「……」
「仲間と切磋琢磨して、短所を補い合って長所伸ばして、最初の仲間と最後まで苦楽を共にするお話が殆どだった」
「……」
口を挟まずに聞くエルは、ディアーネの顔を見つめる。
彼女の瞳はやはり紅茶の水面に注がれ、エルを見ていなかった。
悪魔の赤い瞳は、やはり遠い目をしていた。
幼い頃の幻想と学園での仲間意識のギャップに、隔たりを感じているのだろう。
「当たり外れがあるんだって知った。一発で当たりパーティー引く自信なんてなくて、でも一人でなんて絶対嫌で……」
「今まで、うじうじしていらした?」
「む、自己研鑽に本腰を入れてたと言って下さい」
紅茶を飲み干したディアーネは、半眼になって抗議した。
そんな相棒を見つめ返し、エルシェアは内心でディアーネの人柄を読み取った。
今の話が全て本当だとしたら……
頭の中にお花畑を囲っているとしか思えないのが、エルシェアという少女だった。
「今でも英雄譚の主人公と、その仲間の絆を信じているのですか?」
「信じてるっすよ。物語の彼らは、絶対固い絆があったって」
「現実に、そんなモノがあるとか思ってます?」
「きっと、あるって信じてる」
「英雄譚は、あまり現実の指針になさらないほうがよろしいかと……」
「ひどっ!」
一つ息を吐き、エルは半眼で相棒を見返す。
人差し指を立てて見せると、出来の悪い妹に講義する口調で言い聞かせた。
「英雄譚が有名になるのは、なぜだと思います?」
「えっと、格好いいから?」
「いいえ。現実にそんな例が滅多に無いからです」
「む」
「事例が少なく物珍しく、そして貴女の言うように見栄えの良い話だから、人々はそれに惹かれるのですよ」
「……」
「そして事実を事実として語り継いでいるとは限りません。それは史書の役割であり、英雄譚とはむしろ、捏造を前提とした本当の『架空伝記』と言った側面が強いものです」
「でも実際に彼らが存在して、その足跡が優れていたから語り継がれているんでしょ?」
「語り継ぐのは彼ら本人ではなく、その子孫や取り巻きの場合が殆どです。そういう方々は、虚構をさらに拡大して自分達の都合の良い側面だけを伝えるでしょう」
「まぁ……自分の偉業を自分で語る英雄って聞いたこと無いけど」
「そうですね。英雄譚のモデルで、英雄になろうとして成った方が幾人いるのか……」
「エル?」
「あぁ、話が逸れましたね。つまり頭のお花畑を処分して現実を見ましょうよと」
「ひっどい事言う女っすねあんた!」
「貴女の為に申し上げているのです」
納得行かない顔のディアーネにエルは内心苦笑する。
どうして自分は、こういう事を言ってしまうのか。
彼女がパーティーを転々とした理由は、何も能力だけの問題ではない。
このような時に自説をはっきりと主張し、それを譲らない為に反りが合わなくなるケースも多かった。
エルシェア自身は仲間一人一人の主義主張など、バラバラであっても構わない、というよりもそれが普通だと思う程なのだが。
そんな彼女のあり方が和を乱すものと写った時、排斥されるのは個性の強いこの天使だったのだ。
過去の、失敗と認めたくない失敗に気持ちが落ち込むエルシェア。
そしてまた同じ事をしてしまったと相手の顔を見直したとき、ディアーネも不思議そうにエルシェアに視線を投げていた。
「なにか?」
「んー……貴女が、この話をしてくれた意味を考えてたの」
「意味なら、先ほど言ったとおりですよ」
「うん。でも貴女の言葉を鵜呑みにしてたら、私胃潰瘍で倒れそう。だから、何か意味があるんだろうって優しさを信じてるの」
「……」
「貴女自身が、気づかなくてもね」
「む」
「知ってる? 英雄はね、こういう会話の中にある、相手の本当の言葉を掬い上げるんだって」
「それは英雄学科の講義ですか?」
「うん。グラジオラス先生が言ってたよ。そして私も、そう思う」
「ほぅ……」
エルシェアは息を吐き、艶然と微笑んだ。
さりげない会話の端々から、相手の無防備な内面を読み取る。
読み取った後の方向性は違うだろうが、その教えはエルシェア自身が目指す部分でもあった。
一方ディアーネは、相棒の雰囲気が一変したことに慄いた。
目の前の天使の笑みは、獲物を目の前に舌なめずりする肉食恐竜のソレだと感じる。
「では、貴女はわたくしの何を読み取ってくださいましたか?」
「えっと、私が仲間に理想持ってるのが気に食わなくて……」
「ふむ」
「……で、今私の仲間をやってくれてる貴女が、そういうことを言ってきたわけだから」
「……」
「私がどんな心算で貴女の手を掴んだか気になってる? 物語の大英雄とその仲間みたいな壮大なストーリー前提で誘ったんだとしたら、きっとギャップで疲れるから」
「まぁ……当たらずとも遠からず、と言っておきましょうか」
一応の及第点を出してくれた事に安堵したエルは意識して穏やかな笑みを作り直す。
肉食系の笑みから開放されたディアーネも、内心で息を吐いて人心地ついた。
「それで、どうして出会ったその場で、暴言で泣かせた相手を誘おうとか思ったか、出来ればお教えいただけませんか?」
「そりゃ、六回も転科してるって聞いたから……」
「ああ、なるほど」
エルは何処か安心したようにいつもの微笑に顔を戻す。
聞くべきことを聞けた気がした。
歓迎の森はそれ程深い技量が無くても攻略可能なラビリンスである。
触りだけとはいえ、七学科もの経験があるなら、それは十分な付加価値があるだろう。
エルシェア自身は決して意識していない部分であったが、いつの間にか相手に利用価値を示していたらしい。
自分の意識していなかった言葉を拾い上げ、自分を見つけてくれた少女。
それで十分と感じた天使は、会話を終えて立とうとし……
まるで保健室の焼きまわしのように掴まれた左手首に目を落とす。
掴まれた手首から、相手の手を視線で手繰って顔を見る。
其処にあったのは煙るような笑み。
綺麗だと思った。
それだけで思考を空白にされた天使は、続いて掛けられた言葉に戦慄する。
「だって仲間の為に六回も、したくも無い転科やってたんでしょ?」
「ええ」
「其処まで誰かに優しくなれるあんたならさ。私がこの手を掴んでる限り、貴女からはきっと見捨てないでくれるって……そう思った」
「私から、離さない?」
「そうっす」
「根拠は?」
「エル優しいし」
「離しちゃったら?」
「……離すの?」
「いや、離しませんけど……」
言い終わる前に、エルはもう認めていた。
この能天気なディアボロスに、自分は完全に負けたのだと。
ほぼ無意識に左拳を握り、高速拳を顔面へ。
「ぷぎゃ!?」
ディアーネは仰け反ったが、宣言通りエルの手首は離さなかった。
しかし握力が緩んだ隙に、エルの方から手を払う。
次の瞬間、エルは自らの手でディアーネの手を掴んでいた。
「ちょっと!」
「行きますよ」
ディアーネが抗議の声を上げたとき、エルは既に背を向けていた。
手は、繋いだままで。
(どうしよう……)
振り返らずに歩くエルシェアと、遅れずに着いて来るディアーネ。
エルシェアは、今の自分が赤面しているであろう事を知っていた。
顔を見せる心算は無く、それ故にこの時、相棒がどんな顔をしているかを見ることも出来なかった。
いつの間にか、エルが握り締めた手は相手にしっかり握り返されている。
(どうしようっ……)
エルシェアは、ディアーネに先に認めてもらった。
天使の少女はそう自覚してしまったとき、自分の中に大きな負債を抱え込んだことを悟ったのだ。
それは恐らく、一生掛けて返していかなければならない負債であろう。
少なくともエルシェアはそう感じていた。
§
沢に掛けられた木橋を渡り、手を繋いだまま一直線に目的地に向かう天使と悪魔。
途中襲い掛かる複数の魔物を高速連携で粉砕し、破竹の快進撃で校章が隠された地点までやってきた。
「うっわ……」
「あーぁ……」
其処で二人が見たものは、阿鼻叫喚の地獄絵図。
二人より前に此処に着いた者だろう、5人分と思われるプリシアナ学園生徒の……遺体。
既に獣によって荒らされたらしく、損傷が激しいモノが多い
そしてその惨状の中にあり、場違いな存在感を示している宝箱が一つ。
「どういうことっすか……」
「ふむ」
青ざめた顔色のディアーネに対し、エルシェアは何処か冷めた視線を遺体に向ける。
そしてすばやく周囲に転がる生徒以外の魔物の屍骸を確認し、状況を彼女なりに分析した。
「彼らは恐らく、先にたどり着いた方々でしょう。遺体の損傷は激しいですが、この気温で腐敗していない所から時間はさほど経っていません」
「あぁ……」
「先ほど橋を渡りましたよね? あの区画からもう少し先に来ると、魔物の生息域が少し変わるんですよ」
「えっと、新手がくるの?」
「はい。悪戯好きのピクシーの縄張りと、一つ目魔道のそれが重なってくるんですね」
事も無げに解説するエルシェアに、ディアーネが縋る様な視線を向ける。
ディアーネはパーティーを組んだことが無く、このような惨状も経験が無い。
小さく震える相棒の手を握り、落ち着かせるように微笑する。
「落ち着いた?」
「あ、うん……」
「説明を続けますとね、そのピクシーはこの森の中でかなり強い部類になります。ちゃんとした構成のパーティーでも、不意を打たれてメンバーを潰されれば危険です」
「あ、そういえばこの敵の死体は妖精がいっぱい」
「ええ、最初に彼らが戦ったのはその妖精達でしょう」
「……最初に?」
「はい。彼らはおそらく、二回戦ったんですよ」
エルシェアは周囲に散乱した妖精と、学生の屍を見比べる。
陰鬱な溜息が漏れたのは、学生達の運の悪さが良く分かってしまったからだ。
「本当に、運の無い方達です」
「どういうことっすか?」
「このピクシー、外傷は刃物か……そういった物で斬られてますよね?」
「うん」
「つまり接敵は恐らく背後から、最初に弓や銃を扱う後衛や、魔法戦力から潰されたのではないか……とわたくしは予想する訳です」
「な、なるほど」
「その状態であれば、本来なら即時撤退をすべき所ですが……」
エルは其処で言葉を切ると、惨状の中にある宝箱に視線を移す。
ディアーネもそれに習い、宝箱を見た。
「欲を出してしまったのでしょうね。その箱の中身が校章です」
「マジ!?」
「はい。彼らは九割がたクエストを達成していました。故に最後の備えを怠ったのでしょう」
「最後の備え?」
首を傾げるディアーネは相棒の顔が意地悪く微笑むのを見た。
エルシェアは先程から、この惨状に全く動じていないように見える。
ディアーネは相棒との経験の差を感じつつ、今はその胆力や分析を吸収しようと耳を澄ます。
「貴女の大好きな英雄譚。目的のアイテムを手に入れます。その後、もしくはその前に、いったい何が待っているでしょうか?」
「ボス戦!?」
「大正解。この場合は先に宝箱が見えている……というのが生徒の油断になるのでしょうね」
エルシェアの解説を聞き終わり、ディアーネは苦い表情を浮かべた。
不意打ちを凌いでピクシーを退けた同級生達。
その被害は大きく、恐らく撤退すべきである事は分かっていただろう。
だが、後一歩の所に目的の品がある。
エルシェアの言ったとおり、彼らは欲を出したのだろう。
そして箱を開けてしまい……
「ふむ……見たところ彼らの武器は、学園支給の安物ダガーですね。加えて後衛戦力が壊滅していたと予想するなら……」
「勝てるわけ、ないっすよね」
「そうなりますね。此処のボスには、私も最初苦労しました」
ディアーネは両手で自らの両頬を一度叩く。
相棒と会話していたおかげで呼吸を忘れはしなかったが、心音が煩いくらい響いているのは抑えようが無い。
その音が邪魔だった。
今の話を聞いていたのなら、この惨状を引き起こしたモノとこれから自分が戦うのである。
エルシェアは既にオークスタッフを構えて周囲を警戒している。
音を立てずに歩みを進め、その背中に自分の背中を合わせるディアーネ。
「落ち着いて、貴女なら勝てます」
「……」
「私もいます」
「うぃっす」
森の中を風が凪ぐ。
その中で、明らかに風のそれとは違う音が聞こえる。
早く、何かが草の中を疾走するような……
「来た!」
「お!?」
エルシェアは正面の木の影から躍り出た人影……
その魔物が振るう鎌に即応する。
頑丈なオークスタッフで鎌の先端を受け止め、杖に食い込んだ鎌を相手が引き抜く一瞬を捕らえる。
『シャイン』
ほぼ無詠唱で発動した初級魔法は、人影を巻き込んで炸裂する。
無様に転がる人影だが、即座に起き上がってきた。
その動きに遅滞は見られず、エルは小さく呟いた。
「浅かったですね」
「怪我は?」
「無傷です」
事務的な会話に終始しつつ、立ち位置を入れ替える二人。
ディアーネが見た敵の姿は、御伽噺に出てくる死神のそれだった。
それまで蹴散らしてきた一つ目魔道とは桁違いの威圧感。
だが、ディアーネはそれ程の脅威とも感じなかった。
伊達に入学してから今まで、基礎を繰り返してきたわけではない。
初の実践を経験し、その基礎が十分通じることは解っていたし、何より……
「?」
ディアーネは肩越しに一目振り返ると、きょとんとした顔の相棒がいる。
今、彼女は一人ではない。
「来なよ骸骨。ディアボロスの前にアンデッドが立った愚を教えてやる」
「……死霊使いじゃないくせに」
「いいの!」
背後から掛けられたツッコミに応えつつ、ディアーネは疾駆する。
相手の獲物は鎌であり、ディアーネの剣よりやや長い。
ディアーネは自分の間合いの直前で静止し、踵を使って右に飛ぶ。
同時に正面から振り下ろされた鎌が空を切り、ディアーネの背中から放たれた光魔法が再び死神を捕らえる。
「この連携、使えますね」
「私ちょっと怖いっす!」
ディアーネの疾走と同時に、その背中に向けて放たれた光魔法。
前衛の影に隠して放たれた光弾は、ディアーネが逸れた事により突如相手の眼前に出現した。
不意打ちにぐらついた死神。
其処へ再び間をつめたディアーネの剣が迸る。
もはやリーチのハンデはない。
逆に柄の長い武器である鎌の懐に潜られて、優位は完全に逆転していた。
「そら!」
一太刀で鎌を跳ね飛ばし、反す刀を胸の辺りに奔らせる。
無手となった死神はとっさに飛び退くが、切っ先は十分に相手を抉っている。
死神は素手のまま無謀な反撃を試みるが、ディアーネは盾で受け止める。
双方の動きが止まる。
ディアーネは同級生を殺した相手を、ただで逝かせる心算はない。
遺体など、残さない。
骨の一片まで消し飛ばしてその存在を否定する。
「こぉ……」
獰猛な笑みを浮かべるディアボロス。
歪んだ口の端からは、尋常ではない濃度の酸が溢れている。
目の前の死神は、アンデッドである為に恐怖を抱かずにすんだ。
しかし恐怖を持たなかったからこそ、逃げる機会も失った。
もっとも、悪魔が逃がしても後ろの天使は逃がさなかったかもしれないが……
「かぁあああアァアアアぁっ!」
ディアーネは雄叫びの呼気とともに、そのブレスを解き放つ。
体内で生成した酸を肺で気化させ、相手に吐きかけるアシッドブレス。
至近距離でまともに浴びた死神は、そのローブと中の骨まで残さず解け崩れる。
いささか拍子抜けするほどあっさりと、校章探し最後の敵は虚空に解けて風に消えた
§
「溶かすとか……これだから、ディアボロスはえげつないのです」
「剣で切り倒しても良かったんだけどね」
そう言ったディアーネは、周囲に散乱する同級生の遺体を見つめる。
緋色の瞳に怒りを灯し、はき捨てるように呟いた。
「やっぱ、アイツ許せない」
「英雄として?」
「人としてっす」
真剣な表情のディアーネに、エルシェアもしっかりと頷いた。
そして天使は顔も知らない旧友に黙祷すると、躊躇無く宝箱を開け放つ。
中にはプリシアナ学園の校章が……二つ。
パーティーのメンバーの数だけ、開けた時、箱に校章が現れる仕組みなのだろう。
エルシェアは二つの校章を手に取ると、ディアーネの元に歩み寄る。
「あ……」
「動かないでくださいな」
微笑で相方の動きを封じ、その襟元に校章を挿す。
「おめでとうございます、ディアーネさん」
「ん……なんか、感無量っす」
ディアーネはエルシェアにつけて貰った校章に触れる。
自分が歩んだ始めの一歩が、確かに成功した証明だった。
しかし無邪気に喜ぶことも出来ない。
その一歩を踏み外した者の末路が、眼前に溢れているのだ。
「こういう時……冒険者ってどうするものなんすか?」
「別に、どうもしないと思います」
「え?」
「……ええ、やっぱりどうにも出来ません。私達は蘇生魔法を使えませんし、二人で全員を学院へ運ぶことも出来ません。戻って応援を呼んだとして、往復の間に今一度は獣が食い荒らすと思われます」
「……」
「また二人しかいない私達が、二手に別れるのも危険過ぎます。現状私達が出来ることは、戻ってこの事実を教師に報告することでしょう」
はっきりと言い放つエルシェアは、意識して言葉が尖らない様に気をつけていた。
しかしディアーネにとって、もっとも聞きたくない返答であったが故に……
そして、彼女自身も内心では分かっていた事だけにどうしても心地よくはなれなかった。
俯いて唇を噛むディアーネに、エルシェアはやや戸惑いながらも声を掛ける。
「失われた命に対して、出来ることなどそう多くありません。私達は、一介の学生に過ぎないのです」
「分かってる」
「今後もこういった機会が増えるでしょう。今のうちに慣れておかないと辛いですよ」
「分かってる!」
やるせない思いを相棒にぶつけるしか、精神の均衡を保てないディアーネ。
彼女自身も八つ当たりだと分かっているだけに、いっそう自分が情けなくなる。
そして恐らく相棒の天使も、そんな彼女の心情を理解して憎まれ役をしているのだ。
「そう、無くなった命に対して……出来ること等殆ど無い……殆ど……」
「エル?」
「ディアーネさん、見てください」
エルシェアは地面に跪き、うつ伏せに横たわる学生の遺体を仰向けにする。
その遺体はこの中で唯一、獣に食い荒らされることを免れていた遺体。
フェアリーの女生徒だった。
美しい金色の髪は泥に汚れ、プリシアナ学園の制服は血に染まっている。
肩から胸にかけて裂傷を負っていた。
苦痛の時間は、あっても極々短かったに違いない。
死に顔も何処か呆然としており、自分に何が起こったのか分からなかったであろう。
種族柄、平均身長が百センチ程ということもあるが、悲しすぎるほど小さな遺体であった。
「エル……せめて、お墓くらい……」
「そんな時間はない」
きっぱりと言い放つエルシェアに、反射的に言い返そうとするディアーネ。
しかし天使の横顔を見たディアーネは、その反論を飲み込んだ。
優しげな、そして穏やかな微笑を浮かべた天使は、横たわる妖精の遺体を抱きかかえる。
「遺体の損傷が傷一つ、内臓の流出もありません」
「エル?」
「夏季による腐食が少し心配ですが、まだ腐臭も無いこの時点なら……」
エルシェアは確認するように呟くと、制服の懐から小粒の宝石を取り出した。
それを見たディアーネは初めに驚愕が、ついで喜色を爆発させて相棒に縋りついた。
「エル! それって……」
「蘇生用のアイテムです。随分前に購買部で一つだけ売っていたモノですが、その時無理して買ってしまいました」
それは天使の涙と呼ばれる魔力の結晶。
属性は癒しに特化した宝石であり、生命活動を停止した者すら条件次第では蘇生できる。
エルシェアは女生徒の遺体を見るにつけ、蘇生の可能性を判断した。
助けることが出来るかもしれない。
しかし此処で、見ず知らずの生徒を救うために自分の保険を使うのが正しいのか……
此処にいるのが自分一人なら、エルシェアは間違いなくこのまま立ち去っていたであろう。
「エル?」
「……もし此処でこれを使わないなら、私はきっとこの宝石を、何時か、貴女に使うでしょう」
「……」
「それでも、貴女は此処で使いますか?」
「……うん。お願いエル。助けてあげて」
「かしこまりました」
内心で納得などしていないが、エルはディアーネに頷いた。
女生徒の傷口に宝石を埋め込み、ヒールを掛ける。
宝石によって増幅された回復魔法は、瞬く間にその傷を完全に塞ぐ。
その様子をみたディアーネは、感極まったようにエルシェアを見つめる。
「……助かりそう?」
「恐らくは……」
抱きつくディアーネの方は見ずに、エルシェアは短く切り返す。
腕の中で女生徒が痙攣を起こす。
さらに小さく咽込むと、血の塊を吐き出した。
「ハンカチ」
「ん」
エルは相棒に要求したハンカチを受け取り、女生徒の口内から血を拭い出す。
此処で再び窒息でもされたら目も当てられない。
その頃にはフェアリーの心臓は鼓動を開始し、顔色は土気色なれど確かに命が繋がれた。
馬鹿なことをしたと、エルは思わずにいられない。
「……」
其処でようやく、エルは自分にしがみ付くディアボロスの娘を見る。
悪魔の少女は泣き笑いのような表情で、女生徒の金髪に触れていた。
今、ディアーネが泣き笑いなのはこのフェアリーが助かったから。
もし誰一人助けられなければ、彼女は完全に泣いていただけだろう。
僅かでもディアーネが希望を持てたのは、エルシェアが一人だけでも助けたから……
ならばきっと、この行為はそれだけで意味がある。
今はディアーネが救われればそれで良い。
そう思うエルシェアは、苦笑と共に息を吐く。
「まぁ……今日だけ……良いか」
「ありがとうエル……って、どうしたの?」
「いいえ、それより急いで戻ります。瀕死には変わりありませんし、早くリリィ先生にお見せしましょう」
「うぃっす!」
「あれ、意外ですね……他の方の埋葬くらい主張すると思いましたのに?」
「エルが拾ってくれた命が、今は一番大事だよ。そのくらい分かってる……そのくらい……」
唇をかみ締めて呟くディアーネにエルシェアは一つ頷いた。
ディアーネも納得などしていないのだろう。
だが、それでもすべき事はしっかりと見据えて、間違えていない。
エルは腕の中のフェアリーを抱きかかえて立ち上がる。
「戦闘行為は任せます。私は浮遊を使い、あまり揺らさず彼女を搬送せねばなりません……いけますか?」
挑発的な笑みを浮かべて問うた天使に、悪魔がニヤリと笑み返す。
「見くびらないでください」
二人は同時に頷くと、学院へ向けて突き進む。
ディアーネはその背と剣に自分以外の命の重みを感じ、エルシェアは胸に抱く妖精の小さな鼓動から同じものを感じていた。
§
後書き
この惨劇は、ほぼノンフィクションだったりします初回プレイですorz
ディアーネの最後の台詞は、私のととモノ3を象徴する台詞だったり。
この頃から、この二人の連携に頼っていっぱい聞かせてもらった声ですw
フェアリーの身長が……本当にいくつくらいなんでしょうorz
本編だとバハムーンのお下がりを普通に使えるので、手の平サイズということは無いと思ったんですが……でも妖精って言うのは手の平に乗る、ケセランパサランみたいなもの! 見たいな怪しい固定観念もある作者です。