連合王国ロンディニウムの王立病棟が一角。そこにあるのは、死期の近い重篤の患者が最後を迎える病棟。「…結局のところ、デグレチャフというのはなんだったのか、お教えてはもらえないだろうか。わが友よ。」医療機器がびっしりと並んだ病室で口を開いた男も、死の一歩手前で気力だけで踏みとどまっているような状態だった。最新の医療技術や、最先端の医療機器を用いてもなお克服しえない生物としての限界。寿命だ。そして、それは今にも尽きようとしていた。「そこまで、迫ったのだ。…友よ、君ならば想像はつくのではないのかね?」その男を眺める人間も、また相応に年老いた老人だ。そして、ひどく人生に疲れたような顔。ただ、その表情には秘密を分かち合った親しい友人に対するような微笑が浮かんでいる。「想像ならば、少しは。」一人は、名の知れたジャーナリスト。もう一人は、名が知られることがあってはならない無名の公僕。立場も、政治信条も、生き様も違う彼らを結びつけるのはたった一つの紐帯。「だが、私は死にゆくものの悲願として知りたいのだ。…真実を。」「私はな、それを墓場にもっていかねばならんのだ。」長い付き合い。そして、一度もかたられることのないその話題。だが、それこそが、彼らをして長い付き合いに至らしめる紐帯なのだ。長くはない、余命。お互いにそれを意識し、かつ死にゆく者の嘆願ともあれば聞かざるを得ない。本来ならば、老人とて寝たきりとなって久しい友人の頼みを無下に断ることなどありえなかった。だが、それは語れないことなのだ。「話すと、迷惑がかかるというのか?」「せめてもの餞に説明すると、少し違う。話せないのだ。私は、誓ってしまった身なのだよ。」「…守秘義務だとばかり思っていた。」苦笑し、せき込む病人を見やる老人の眼は穏やかなものだ。友人に対する敬意から、話したい気持ちはあふれんばかり。だが、同時に話してはいけないという誓いを彼はなしていた。そのことについても、彼はこれまで口外したことはない。あの日、あの場所で誓って以来、ずっと、だ。「母の名に懸けて、ゼートゥーア将軍に誓ってしまったのだよ。Mr.アンドリュー。私には、話せない。」「ははははは、ごほっ、ごほっっ・・・それは、知らなかったよ。」こんな時でも、知的好奇心は健在らしい。いや、職業柄しみついた習慣だろうか?少なくとも、寝たきりの患者はひどく話に食いついていた。「友よ、君が、あのゼートゥーアに誓ったと?いったい、いつ?」「君の推測通りだよ。帝国と取引したんだ。」「あと、一年早く聞けていれば。もう一冊書けたんだがなぁ…。」ぽろりと放り投げられた答え。そして、それは男が生涯をかけて追い求めていた謎の中にある一つの答えだ。「君は、まだ私よりは若いのだ。そう気を落とさないことだね。」「…自分の体だ。長くはもたないことくらい理解しているよ。」だから、去りゆく者への餞に、すべてを語ってはくれないか。眼でそう語りかける男は、ジャーナリストとしては失格かもしれない。だが、一生涯をかけて真実を探求し、探求し続けている男からすればそれは一つの願いなのだ。彼は、知りたかった。あの戦争は、何のために行われたのか、を。そして、彼はわからないがために知りたかった。いったい、あの戦争にかかわった人間はどうなってしまったのか、を。「あの戦争は、謎が多すぎた。一生涯かけてもたどり着けるかなどわからないほどに。」「…もとより、承知していたというわけか。」禁煙の張り紙をよそ目に、葉巻を取り出すと老人は友人に一本すすめると自分も火をつける。健康だの、なんだのと言われて煙草を自分から取り上げようとする輩には申し訳ないが大戦以来の習慣なのだ。こんな時くらいは、一服したくなる。煙が、肺を満たすこの瞬間、吐き出した煙の分くらい、語ろうじゃないか。「戦争しか知らない子供がいたとしよう。」人生の過半を戦場と軍隊で過ごした子供というのは、この年になっても理解しがたい。いや、年をとればとるほどより理解しにくくなったと言い換えてしまっても妥当だ。「その子供が、ひどく純粋に祖国を想い、かつ信心深かったとしよう。」子供の思いは純粋だ。だが、純粋さというのは現実によって蹂躙されるもの。クリスマスのプレゼント、それはサンタではないと知るのは小さな第一歩だろう。では、戦争によって最初から蹂躙されたとすれば?酷く歪んだ愛国者が育つのも自明だろう。そして、種として見た場合歪んだのではなく適応進化だと本人は笑ってのけるに違いない。「そして、天稟の才能に恵まれていた…そんな存在を私たちは妖精と呼ぶのだろうな。」「おとぎ話などこの国には溢れているけれども、興味深い。もう一本?」無言で、葉巻入れを取り出すとケースごと差し出す。ああ、確かに煙草の煙は末期の患者にとって健康にはよろしくないのだろう。が、末期の患者というのが、苦痛を押し殺して生きながらえているとすれば、短い余生で楽しんで何が悪いものか。「構わないとも。パンドラの箱を開けることに恐怖がなければ、他愛のない話でも話すことにしよう。」「恐怖、恐怖か。友よ。…君らは、いったい何を恐れているのだろうな。」恐怖というのは、感情だ。そして、感情というのはごまかしようのない内心。では、百戦錬磨の妖怪どもをして恐怖させるとはいったいなんだろうか。「アンドリュー、君はゼートゥーアという帝国軍人を恐ろしいと思わないか?」「恐るべきゼートゥーア、だ。知れば知るほど、あの鬼才は背筋が冷たくなったのを覚えているよ。」淡々と目的を追求する軍人。戦術で、戦略の劣勢をはねのけた戦争芸術の達人。世界を相手に、列強一国でもって渡り合った戦略家。連合王国情報部を手玉に取り、イルドア・フランソワの両国を一刀のもとに屠った軍略家。あの戦力差で、あの国力差で、対等に戦ってのけた異常さ。そして、その極限状態を戦前に予見し備えて見せたことこそ異常さの真髄だろう。彼は、列強が本格的な武力衝突に至る以前に総力戦を予見し、組織し、開戦と同時に総力戦に備えていた。各国が総力戦を手探りで探っているときに、彼は総力戦後すら見据えていたという。知れば知るほど、恐怖するしかない。「彼が二人いれば、今頃帝国は世界に冠たる大帝国。そんな想いすらいだく将軍だった。」そして、彼は自分の死すら利用してのけている。…フランソワとイルドアのアホ共による復讐。それに抵抗するどころか、荒唐無稽な汚名まであえて甘受し、裁判で一切抗弁しなかった姿勢は恐ろしい影響を今日にもたらした。彼が一身に責任を負うことによって、すべての汚名と悪名は彼個人の裁量とされてしまったのだ。常識人が考えれば、一介の高級将校がすべてを企画立案して世界大戦を引き起こすなどありえないというのに。おかげで、大戦後も旧帝国軍人への追求は弱まりがちだったうえに、帝国への不当な罰の重さを糾弾する声は根強い。「自らの死すらも、帝国の擁護に使ってのけた。…恐ろしい政治的・軍事的傑物というほかにはない。」「では、そんな軍人をして、『卓越した』戦略家というのは想像できるかな。」「難しいな。正直、ゼートゥーア将軍は評価が分かれるにしてもあの時代最高の将軍に数えられる。彼を超えるとなると…。」難しいどころではない。戦争は、ゼートゥーア将軍の予想通りに終わらせられたとまで評価される将軍なのだ。彼にしてみれば、周辺国がアホすぎたがために大戦を防げなかったとまで評価される人物。それが、卓越したと評価するとなればその視野はどこまで見渡せるだろうか。「いたとしたら、恐ろしいとは思わないかな。」「・・・・・・・・・・・・・・・・・いたというのか。」「さて、いるとしたら妖精さんに違いない。」遠い目をして、何かを思うようにつぶやく古い付き合いの友人。長い付き合いで、お互いに腹の探り合いは散々してきている仲でもある。それは、否定しているようで否定したという彼の癖だと男は知っていた。「うるさい連中から隠しておいたスコッチがある。そこだ、棚の底に仕舞い込んである。」寝たきりになった男にとって、それはもう飲むこともないかと覚悟していた酒。まだ動けるときにこっそり持ち込み、飲みそびれていた酒だ。てっきり人知れず、朽ちさせることになると思っていたのだが。「最後の機会だ。せめて、飲みながら話そう。かつてのように。」「…なに、退役したい?」「はい、閣下。ティクレティウス少佐が辞表を。」空軍基地の一角。散々上から扱いに注意を要するといわれた軍人が、辞めたい?司令個人としては、やめてくれるならば今すぐにでも、やめさせたいところだ。だが、いかんせん不味いことに有能すぎて手放したくないと考えているお偉方も多い。「理由は?」部下が辞表を提出した時としては、ごくごくまっとうな疑問。まあ、不満があるならば耳を傾けなければ不味いという危機感があるとしても普通の範疇だ。だが、てっきり予算なり権限なりへの不服申し立てを予期していた彼の予想は完全に覆される。「起業したいといっていました。」「起業?…ビジネスの起業か!?」あの、軍人が。戦争と闘争と火力を愛してやまないあのティクレティウス少佐が。ビジネス?…それは、乏しい想像力の斜め上もよいところだ。「はい。なんでも、サービス産業を始めるとか。」「カンパニーはなんと?」「…大歓迎するそうです。」そこまで聞けば、もう十分だった。要するに、またぞろ誰かの胃が痛くなるような計画が立案されているということなのだろう。そして、カンパニーにとって利益になると連中が信じているということだ。確かに奴の天稟は、空軍から失われるには惜しいのだろうが国家全体の利益を考慮するならば妥協の余地もあるに違いない。そうであるならば、即刻退役を認めるにやぶさかではなかった。かくして。丁重ながらも、速やかに危険物は空軍の管理下から出される。ただ、当の本人にしてみれば給費学生として面倒を見てもらったあげく不義理を海容してもらったという意識。故に双方にとって実に円満に、一人の佐官軍人の退役は実現した。こうして。晴れて、軍属から解放されたターニャが始めたのは傭兵派遣のビジネスだ。なにしろ、元手が乏しくても起業できるうえに一番難しい人員確保の目途が初めからついている。大戦中の部下は、一部こそ民間に身を投じることに成功していたが大半は戦争に浸りすぎていた。言い換えれば、日常生活に復帰するには少々以上の問題があったともいえる。そんな連中を受け入れてくれる軍機構は、残念なことにライヒには望みえない。となれば、失業対策を兼ねてこうした特殊技術を保持する旧帝国軍人を管理する機構をカンパニーが求めるのは自明だった。そして、あのデグレチャフの部下ということにもなれば野放しにできる度胸ある管理職など皆無だ。当然のこととして、失業対策と人材活用を兼ねたサービス産業のニーズがそこに生じることとなる。ターニャにしてみれば、マネジメントは自分でやりあとは部下をこき使えば利益が上がる寸法というわけだ。何よりも、人事管理の経験は豊富であるし人員の質からして他を凌駕するとの評価は下していた。そうなれば、比較優位がある以上PMCという戦争産業への参入は成功しえると判断。カンパニーの同意を経て、PMCとして起業することを決断。平和を持て余していた旧部下らを中心としてかき集めた古参兵らを基幹要員として、さっそく組織づくりを始めることとなる。ただ、ターニャにとって誤算だったのはカンパニーのテコ入れ具合。当初は人員集めに協力程度かと思っていたのだが、気が付けば専用の輸送機に、小なりとはいえ拠点空港まで供与される始末。突撃宝珠や、新式でまだ公式には発表されていないはずの『東側』宝珠すら持ちこまれていた。そればかりではなく、ターニャが空軍時代に散々突っ突いて要求していたヘリの初期型すら転がっているのだ。どう考えても、単なる人材派遣という規模は超えているだろう。「…単刀直入にお聞かせ願いたい。何をお望みか?」そう判断したターニャは早急にカンパニーの責任者と会談の場を設けていた。過剰なひも付き援助、言い換えれば一度阻止したはずの非正規戦担当にさせられるという危惧があればこそだ。部下を戦場に放り込み、人材派遣業務を行う程度ならばターニャとしても想定している。だが、本格的に戦域を担えと要求されるのは話が違う。ブラックなお水のような会社のようにバッシングされ、経歴を探られたくはないのだ。PMCという人材派遣サービスは、節度こそが大切だと本人は固く信じて疑わない。「ジョン・ドゥ局長。お答え願えないだろうか。」「…少佐殿。我々は、あなたの国家への貢献を非常に高く評価しております。」対して、カンパニーの意向は単純明快だ。分析官らがそろって、T/D案件は対連邦上有利と判断済み。言い換えれば、安い投資で甚大な損害を連邦に与えられるという判断が出されている。何しろ、合州国の空軍力整備に対する貢献は莫大だ。むろん潜在的に影響力が大きくなりすぎているという危惧もなくはない。だからこそ、功績でもって取り返しのつかない影響力を確保される前にゴールデン・パラシュートを用意しようという発想だ。ついでに、贈呈したゴールデン・パラシュートで連邦に損害を与えてくれるならば大歓迎というもの。「ですので、ほとんど餞だとお考えください。今後のご活躍にも、期待しているのです。」「…相当高く評価していただいているのですな。」だが、評価される、ということは相手が関心を持っているということの裏返しでもある。言い換えれば、支援に相応の成果を期待していると読み替えてもよい。そして、亡命者としてはスポンサーの意向をそう簡単に裏切れないという弱みがある。むろん、強要することはないだろう。だが、無言の行間をターニャは勘ぐりすぎた。当然のこととして、『期待』の意味を取り違える。「ご期待にそぐえるように、最善の努力を尽くしましょう。」そして、微妙に統制しにくいという評価のターニャが出す回答はカンパニーにとっては微妙に困るものでもあった。なにしろ、手切れ金を渡したつもりが契約の手付金と認識されてしまったのだ。もちろん、有能な反共の部隊が手に入ることは誰もが手放しで歓迎することである。ただ、非常に厄介な部隊であり叶うことならば後方でおとなしく兵器でも開発していてほしい部隊でもあるのだが。こうして。ターニャとジョン・ドゥ局長は内心を押し隠しつつにこやかに握手を交わす。内心では、またひも付きかと片方が嘆き、もう片方はまだ管理責任から解放されないのかと嘆息して。両者は、相手が自分の欲することを欲していることに気が付けていない。なにしろ、ターニャはカンパニーに協力させられると感じていた。ジョン・ドゥ局長は、カンパニーが協力されていると感じていた。双方ともに縁を切るつもりで相手が切らせてくれないと感じていたのだ。とまれ、双方ともに誤算に気が付かないままに彼らは初めの契約を締結する。設立される会社名はZalamander Air Service。名目上の業務は、航空貨物・旅客輸送。もちろん、荷物を空投しようとそれは貨物配達である。特殊な地域だろうとも、お客様がいればご搭乗願う。搭乗拒否といった差別的なポリシーは一切なしで、コミー以外誰だろうとウェルカム。雨の日も、風の日も、ナンバーテンの日も、ワンサウザンドな日も、マザーファッカーな日ですらも。いついかなる時も、必要なところに必要なものを搬送する『信頼できる』Air-Cab。彼らは、こうしてひっそりと誕生した。こうして生まれ落ちたZASは20年後、カンパニーにとってありがたくも頭の痛い『成功』を実現する。だが、少なくともこの当時においてこのことは誰にも予期できない事態だった。程よく空けられたグラス。病室には望ましくないそれを平然と空けつつ、葉巻をふかす老人の表情は愉快げなものが浮かんでいる。どこからともなく取り出されたツマミを摘みつつ、無言で飲み交わす二人。そして、横たわりやつれた表情の男が突然何かを思い出したようにつぶやく。「では、ZASはカンパニー指揮下のあれか。」「先見の明があった、ということは否定しないな。」幸運だと今まで思っていた。卓越した先見の明があり、機動性の高い半官半民の航空会社。傭兵であるという態を装っていながら、非正規戦に対応してのけた集団。そして、実質的には合州国にとっての先見派遣部隊。たまたま、必要な時に動かせる外部組織をカンパニーが作りそれが泥沼のインデンシナ半島に間に合ったのだ、と。だが、仮にだ。…それを見越して設立されていたとすれば。いや、しかし。「…20年近く前に工作用の組織を作ったと?」「さてね。だが、よくフライトのお世話にはなったものだよ。」ささやかれていた噂は、取材の過程で散々耳にした。卓越した空軍士官、それも第一期の創成期の士官が、だ。わざわざ約束されていた出世のポジションを放り投げて、民業になぜ身を転じたのか、と。あるものは、派閥抗争の結果だと一蹴していた。またあるものは、深い意図などないだろうと気にも留めていなかった。だが、同時に第一期の空軍士官らが一様にその案件については意味深な笑みを浮かべるということは有名だったのだ。そして、ZASと空軍の根深い癒着とまで評される関係は長らく手つかずのままに放置されていた。もしもそれが。最初から意図され、設計されて作られた組織であったとすれば?冷戦構造下、正規軍が派遣できない局地戦や非正規戦への対応を専門とする部隊を初めから作り出すつもりだったとすれば?「ずいぶんと、手際の良い筈だ。」植民地の独立問題。民族ナショナリズムの生み出す地域危機。それらに対し、合州国の対応は教科書に従っているかのように誤りのない対応だった。まるでゼートゥーア将軍が指揮する帝国軍のように迷いのなく、かつ正しい対応と評価できる。…そこまで、そこまで先を見通し状況を分析できる士官が、いたとすれば。「手際の良さが異常なわけだ。…合州国にとって、得難い戦略家ですな。」ベッドの上で、こんな時でも考え始めた半生半死の病人。だが、最後まで彼のジャーナリスト魂は健在らしい。「まあ、私としてはそんな戦略家がいるとしても連合王国の同僚として付き合いたくはないだろうがね。」苦笑し、葉巻を灰皿に押し付けると老人は肩をすくめながらスコッチをグラスに継ぎ足す。さすがに氷がないのは残念だと思いつつも、気にするほどのことでもない。彼とて、戦中の物資不足の経験はよく覚えている。飲めること、吸えることには文句など漏らすつもりもないのだ。そして、友人と飲み交わせるのであればそれ以上は求めるべきではないとも知っていた。「そこまで、戦後も敵国で政策立案が採用されるほど有用な士官というのは面白い仮定だろうな。」「だろうな。探偵小説程度には、面白い想像の小説が書ける気がするがね。」彼の書いた本は、仕事柄きちんと目を通していた。だから、肝心の知られては不味い事実に古い友人があと一歩でたどり着けなかったことも男は知っているのだ。無論、知られては不味いのだが、同時に彼が知りたいと思っていることは尊重している。それ故に、今日は彼に対する敬意で口を開いていた。「事実は小説よりも奇なり。森羅万象のほうがよほど、複雑怪奇ではないかな。」そして、病床で余命いくばくもないアンドリューというジャーナリストにとって、それは何よりの餞だった。ただ、彼にしてみれば時間が無いことだけが惜しい。だからこそ、最後の時を心行くまで楽しみたかった。「まあ、いいさ。知りたいことは、知れないことも分かった。」「友よ。君があきらめるとは、珍しい。」「諦めたのではないさ。時間にゆだねるのだよ。」古い友人同士、口を開いて出てくる言葉の意味はお互いよく理解できる。時間だけが、解決策であるだろう。そして、時間が秘密を秘密のままにするか、暴くかは後世でなければわからない。違いない。そう笑った男は、身を起こすのも苦しいだろう病人が愉快げ起き上がろうとするのに手を貸す。ほとんど意地だけで、杯を掲げる彼に苦笑しつつ乾杯。出会った時は、アルコールなど物の数にも入らないという勢いで共に年甲斐もなく飲み交わしたものだった。お互い仕事柄から、腹を割っても話せないことも多かったが、それでも良い友人だと思えている。「なるほど。では、時間と秘密に。」「時間と、秘密に。」連邦共和国軍の主催する航空ショー。高級軍人のための隔絶された空間。その中にあって、無理を言って一人にしてもらった男は階級以上の影響力を持っていることを関係者ならば知っている。男の階級は、少将。そして、明日には退役し営門中将となる身だ。一介の軍人というには高い階級であるが、同時にこの場に参加するような軍人からすれば群を抜いて高いというわけでもない。だが、彼は隠然たる影響力を連邦共和国に持つ長老の一人である。彼にとって、階級とは対外的な肩書にすぎない。知る人間にとって、男の存在は階級ではなくその背景が問題となるのだ。空を飛ぶ航空魔導師と航空機の編隊飛行を眺めつつ、少将の軍服をまとった軍人は懐かしい顔を待つ。『貴様は、正しかった』と認めるために。そして、廃墟より立ち上がったライヒをゆだねるために。…黄金の精神。ライヒへの、誇り。別たれた祖国の再統一という悲願。まだ、夢は叶えられていない。だが、夢を見ることは叶うところまで男は進んできた。時計の時間を、そこまで進めて見せた。関係者は、ずいぶんと無理をしてくれた。汚名を甘受し、日向の世界から追われてなおライヒがために尽くしてくれた。言葉にするとたったそれだけだが、こめられた思いはどれほどだろう。結局、彼女は愛国者だった。傭兵など始めたときは、理解しがたかったが今になれば意図がわかる。否応なく、その行動の背景が理解できるのだ。猫の手でも借りたいほど各所で勃発する民族紛争に統一問題。その時、連邦共和国も当事者の一つだ。アンクルサムの欲する手は貸せない時も少なくない。いや、下手をすれば頭痛の要素にすらなりかねなかった。だが、そんなライヒに対しアンクルサムは常に好意的とならざるを得ない理由があったのだ。その挺身は、今日のライヒにとって記録されない最高の貢献だった。なればこそ、彼は願いを託す。ライヒに、黄金の時代を、と。そして、皮肉気に笑う。ゼートゥーア閣下、あなたもやはり正しかった、と。結局のところ、彼の常識は狂気の世界にあっては邪魔でしかなかった。そして皮相的には平和な世界においても、構築している背骨は狂気なのだ。だが、それでも。狂気にあってなお、精神は尊い。『ライヒに黄金の時代を』それは、狂気に対する一つの答えなのだ。おしまいあとがき一応、本編はこれで終了いたしました。半分以上、衝動に身を任せ見切り発車した本作がここまで来たことには皆さんにおつきあいいただければです。いや、回収し損ねた伏線とかいろいろあるのですが♪~( ̄ε ̄;) 無理ヤリマトメテナイヨ?ホントダヨ?ノルマ達成のために、ちょっと手つかずでしたorzうん、こんな計画経済やってれば経済が破綻するのも無理はない。と、コミー式の問題点を指摘してフォローのためにそのうち番外編で補足説明をすることをもくろむ実に姑息な作者はすでに一度ZAPしておきました。次回作、正直に言うとガルスは時代背景の勉強が難しくてかけるか微妙なところです。古代ローマとビザンツの合間の頃なので、とにかく参考資料が…。まだ、オトラント公の方が書きやすいorzでも、ユリアヌスの時代は嫌いじゃないので頑張ってリサーチしてみるつもりです。