今日なお忌み嫌われる一方で、その異才を恐怖されるゼートゥーア上級大将。全ての列強を相手に、ただ一国でもって渡り合えた化け物。人を、数字とみなし徹底して人を挽肉としてすりつぶす消耗抑制ドクトリン。列強各国を敵にしたうえでフランソワ・イルドアを屠った実績。前人未到の、おそらくは人類史上災厄規模の軍人。故に、彼は戦後の軍事裁判において最初の戦犯として処刑されている。だが今日では、明らかになった事実が彼に下された判決をあざ笑う。彼は、一介の高級将校にすぎなかった。彼は、決戦主義者に左遷され決定的な時期に指導的立場になかった。彼は、国境紛争を抑え込むべく最善を尽くしていた。いや、そもそも協商連合の行動は、彼ら自身の暴走だと史実は語る。それが故に、専門家はこの論争に結論を付ける。ブルドッレー退役大将が同情と憤慨をこめて告発したように。彼は、生贄にされたのだ、と。ただただ、その優秀すぎた頭脳故に。与えられた義務を遂行し、帝国軍人として抗ったがために、と。それ故に、近年は一部から国家に殉じた悲劇の軍人という評価すらなされつつある。だが、その一方で彼の素顔は謎に包まれていた。理由の大半は、資料が極めて乏しいところにある。戦争中に資料の大半が焼失したものとみなされており、今日わかるのは残されたごくわずかな断片資料によるものばかり。証言を取れたかもしれない彼の部下の多くは、司令部ごと核でふき飛び、また大半が戦地に倒れていた。かろうじて、彼の素顔を知りえたかもしれない兵士の多くも帝都攻防戦の際に散華。それがために、ゼートゥーア上級大将はその知名度に反して実像がきわめてあいまいな将軍だった。しかしながら、ほぼ半世紀ぶりに発見された貴重な資料が漸く彼の人柄を伝える。死去したジョン V. ヴーォト合州国空軍大将の手記。遺族から贈呈された空軍が整理中に発見した記録。それは、彼が担当官として収監されていたゼートゥーア上級大将とのやり取りを書き記した数日の記録。そこから伝わってくるのは、収監されていた将軍に対する若いヴーォト中尉の心服だ。彼は、以後、帝国基地に立ち寄るたびにゼートゥーア将軍の墓地に立ち寄っていたらしい。その記録は、開廷直後から始まる。「…愛国者として、殉死されるおつもりですか。」与えられた牢獄は、牢獄というにはひどく快適な一室。せいぜいが、収容しておくための施設ということもありゼートゥーアが収監された部屋は標準的な居室だった。何よりアイゼントルガー将軍らの好意により従卒までつけられた彼は、将官と見間違われるほど厚遇されている。だから、監視というよりは供応役と心得よと命じられた若い中尉には一瞬理解できなかった。何故ゼートゥーア上級大将は、放免は無理でも相応に減刑が望めたにもかかわらず淡々と死を受け入れたのか、と。彼が、辛うじて察しえたのはゼートゥーア上級大将がとうに覚悟を決めているということ。だから、若き日のヴーォト中尉はそれを愛国者として国家に殉じる覚悟かと尋ねる。「若いな、中尉。私は、愛国者ではない。愛国者ならば、誰が、祖国を、ここまで焼くものか。」だが、その問いに対するゼートゥーアの答えは彼の予想とは真逆のそれ。自嘲し、自らの行いをひどく悔いる男の嘆きにも近い呟き。だが、そこに込められた思いは彼の悔悟だ。部下を死なせた指揮官の、生き残った自身に対する自己嫌悪。そのうえで、彼は苦笑いを浮かべながら皮肉気につぶやく。「いや、・・・そうだな。愛国者やもしれん。私は、祖国の名のもとに大勢の若者を死なせたのだ。」その時、ヴーォト中尉は彼が今次大戦において最終的に帝国軍の指揮を執ったという事実に思い至る。大戦末期、もはや大勢が決した時点ですら帝国は敗北を受け入れがたいものとして抗っていた。…実態を知らなかった彼は、少なくともそうとらえていた。だから、真相を知った彼はその苦渋の決断に瞠目したという。だが、知らぬがゆえに当時、彼はごく礼儀正しくそれを耳にしたにすぎなかった。「貴国の辞書を読んだことがあるが、確か、そういう悪党を愛国者と呼ぶのだったな。その意味では、貴官は正しい。」「悪意の辞典ですか?驚きました、将軍がまさか読んでおられるとは。」堅物の、それも畏怖されていた将軍。それがあのアイロニー塊のような本を?想像がちょっとつかないな、というのが彼の感想。一瞬だけ、場の雰囲気が緩み意外な一面を見たような思いに駆られる。「何、私とて勧められて読んだものだ。部下に面白いのがいてね、勝利など幻想だと笑い飛ばすような達観した士官だったよ。」「そうでしたか。」「それでいて、怠け者でな。きっとアルデンヌの森のどこかで不貞寝して起きる気がないに違いない。…私が、殺したようなものか。」だが、次の瞬間には消沈する。いや、背負う重さを思いつつ若い中尉は沈黙せざるを得ない。彼の、ゼートゥーア将軍の部下は、多くが果てているのだ。「ああ、すまない。」「いえ、大変貴重なお話を拝聴させていただいております。」「何、二、三日もすれば刑場に屍を晒す身だ。遠慮はいらんよ。」そう気にする様子もなく笑う姿。淡々と死を前提とした彼の言葉。既に、死を前提にした人間の言葉だと思えば軽い言葉なようで若い将校にとっては理解しがたい重みがそこにはあった。「もう機会もないだろう。そうだな、貴官さえよければつまらない独り言に付き合ってはもらえないか。」「この上ない栄光であります、閣下。差支えなければ、ペンをとっても?」「好きにしたまえ。死にゆく者の言葉など、どうとでもしてくれて構わん。」そこまで話した時、ゼートゥーア上級大将は思い出したように机にしまってあったボトルを取り出す。合州国の将官が、名誉に敬意を表して送ってくれた秘蔵であろうボトル。取り次いだヴーォト中尉は、そのボトルに込められた将軍から『すまなかった、』と言付かってすらいたボトル。「ああ、死にゆく者には勿体ないものをいただいていた。よければ、空けてくれ。」「…っ、頂戴します。」だが、彼にはもう飲む時間も限られている。故に、彼は最後の晩餐の相手を若い中尉に求める。・・・そして、てずからついでやると自らも一気に飲み干し独白を始めた。「私は、ただ、義務に従って生きてきた。」誰もが認めるであろう事実。彼は、軍人としての義務に忠実だった。「帝国を、ライヒを守ること、それが与えられた責務だと信じて疑わなかった。」ライヒのために。それを誓い、彼は長らく軍に奉職していた。「敵対する者がいれば、それを撃ち払い、祖国の平穏を護持する。」何かを掴むように無意識のうちに延ばされた手。握りしめ、想像上の何かを振り下ろさんとする拳。「それが、私の義務だと信じて疑わなかったのだ。」だが、義務が必ずしも、ライヒに貢献しなかった。…そう続けようとして、ゼートゥーアは口をつぐむ。さすがに、疲れ果てた。軍人として、精神を削り続けてきた彼にとって義務だけが最後の務めだった。だから、義務がその求めるところとそぐわないという事実が彼にとって持つ意味は当事者以外には理解できないだろう。「…軍人の義務とはかくあるべきなのではありませんか。」「ある意味で正しく、ある意味で違う。」「私は、祖国を守る義務があった。だが、私は祖国を『軍』で守らねばと履き違えたのだ。」彼は、祖国を守りたかった。守るために、軍に奉職した。…だから、どこかで履き違えてしまったのだ。軍が、祖国を守らねばならないと。「軍は国防のために資するべきでは?」「それは、一つの方法論なのだよ中尉。私を含め、参謀本部はそこで誤った。」軍は、国軍は、ただ一つの手段にすぎないということを忘れた。軍事的な解決のみが、唯一の解決策だと軍が錯覚してしまった。「そう、我々は単純に敵に打ち勝てばよいとしか考えなかったのだ。」戦争に勝つこと。負けぬことでも、戦争を回避することでもなく。帝国軍は、戦争に勝つことを目的に組織されてしまっていた。「帝国の軍事力と制度。おそらくは、それが根本の問題だろう。勝つことを考え、負けることを考えなかった。」言い換えれば、そもそも敗北に対応できる国家ではなかったのだろう。建国以来、帝国は勝ちすぎた。…おおよそ、取り返しのつかない規模で帝国は勝ちすぎたのだ。先人が誤ったとは思わない。だが、帝国軍がその自己目的を勝利においた時点で、帝国軍はライヒに資する存在ではなくなったのだ。「…我々は、敗北を想定できなかったのだ。」受け入れがたい事実。あの理知的なレルゲン少将ですら、実感できていない事象。だから、彼は祖国を焼くに至ったのだ。彼にとって、選択肢はなかった。だが、選択肢を奪われた時点で対応すべきだったのだ。それが、国家に対する高級軍人としての義務。言い逃れのしようのない、自身の無能の証。「敗北を前提として、戦争計画を立案する将軍はいない。貴国とて、同じことだろう。」「その通りです。」「故に、我々は敗北を回避するための方策を模索する。…戦争そのものを回避すべきだったのだ。」帝国は、戦う必要などなかった。協商連合を大陸軍でもって叩き潰したのは最悪の失策。膺懲するにとどめ、国境の守りを固めるべきだったのだ。戦争を誘発するような大規模動員など、まったくの失策。…純軍事的に正しかろうとも、ライヒを焼いた咎はそこにある。「なるほど、大変興味深いご指摘です。」礼儀正しく相槌を打つ合州国の将校にしてみれば、知識にすぎないだろう。彼らは、少なくとも敗北を知らない。そして、彼らは今次の大戦において勝者なのだ。…理屈としては知り得ても、感覚としては実感できないだろう。「何故、勝たねばなりませんか?そう尋ねられた時、私はその疑問が抱けなかった。」だから、彼は答えを期待することなくただ、思いを零す。「戦争を終わらせるということのむずかしさ。まったくもって、度し難いことに誰も知らずに開戦していたのだ。笑うしかない。」負けないように、周辺諸国を疲弊させるべく採用した消耗抑制戦術。内実は、死体を積み上げ損害を競う最悪の競争だった。そこまでしたうえで、帝国に出口は見つけられていない。「私が死屍累を築き上げて学んだたった一つのことだ。出口のない勝利なき戦争など、人が無駄に死ぬだけだと。」「…金言、確かに頂戴いたしました。」「中尉、死にゆく者の戯言だよ。」このゼートゥーア上級大将の最後の教えは繰り返される。不幸にも、歴史は繰り返した。あの泥沼のような民族紛争の時代、このヴーォト中尉はヴーォト将軍となり数少ない非介入派として警句を発している。だが、皮肉にも彼の警句は彼の尊敬する将軍同様に忘れ去れ、彼もカッサンドラと化した。そして、なんという歴史の皮肉だろうか。ゼートゥーア上級大将は、無意味だとわかっている戦争において最悪の結末を避けるためだけに指揮を執った。ヴーォト将軍は、自らが介入に強硬に反対したインデンシナ半島派遣軍の指揮官たることを強いられた。そして、彼は勝てるはずもない戦いのために最善を尽くし、泥沼の戦場でもがくこととなった。半島紛争とカッサンドラより国破れて、山河在り。古来より、敗れた国というのは悲惨な運命が待ち構えている。かつては栄華を誇った古の大帝国。その残滓にすぎない名残を見るにつけ、誰が敗れた国家の行く末を思わざるものか。否。断じて、否。誰が、祖国を、ライヒを、思わざるものか。先祖が、先達が、友が、愛した祖国。誰が、思いのこもった祖国を、愛せざるものか。「…停戦文章が正式に発行いたしました。手続きが済み次第、武装解除に」取りかかろうかと思います。ゼートゥーアは、そう続けようとするレルゲン少将に対し、腕を上げて制止する。彼の疲労困憊しきった顔に、理解しかねるという表情が浮かぶが敢えて口を挟みたかった。そう、苦い現実を受け入れるように促さねばならないと。「我々は、負けたのだ。」「承知しておりますが。」無論、ゼートゥーアとてレルゲン少将が頭で理解していないとは言わない。バルバロッサ作戦が目指した国家の再建は、敗北を前提として企画立案された計画なのだ。中枢要員として関与してきたレルゲンが知らないはずもないだろう。敗北を前提とし、敗北を受け入れたうえでの対処方法の模索という弥縫策。戦略次元での敗北を前提に、次回に繋ごうという計画。なればこそ、この混乱しきった情勢下においてバルバロッサはかろうじて舵取りに成功しているのだ。だが、とゼートゥーアは苦笑する。ここに至っても、『敗北』を抱きしめることができているのは自分とデグレチャフだけらしい。「停戦ではない。降伏だよ少将。私は、降伏文章にサインしたのだ。」「…ッ、失礼いたしました。」「後を任せる諸君には、重荷になるだろうが敗北を噛みしめてくれ。そして、耐え忍んでくれ。」頭では分かっている。帝国は、ライヒは、敗れたのだ。祖国は敗れた。一兵卒であれば、愛する祖国を守るために、戦い敗れたでよい。彼らに犠牲を強いた士官らにしてみれば、自らの責任で部下を死なせた挙句に、敗れたということだ。そして、国家の命脈を決すべき立場にあった軍人にしてみれば。「すべては、我々の失態だ。無能極まりないことに祖国を焼かれ、徒に兵を損ない、為すべきことを為せなかった。」今次大戦は、負けた。完膚なきまでに、敗北した。理由は単純明快に、誤ったからだ。兵士の挺身は、彼らに要求しえる限界以上のものを彼らはなした。祖国を貧窮のどん底に落とし、そのうえで絞り出された物資は莫大なもの。それらを与えられ、祖国を守る方策をつかさどるべき参謀本部は誤った。いや…それ以前の問題だろう。外交感覚の致命的なまでの欠落は、フランソワの意図を完全に読み違えていた。彼らが、協商連合を一つの重要な同盟国とみなしていたことを理解しえていなかったことは大失態だ。なにより、純軍事的に見て『大陸軍』による決戦ドクトリンはつけ入るすきを与えすぎだろう。ほかにも、地方軍と中央軍。政府と軍部。参謀本部と陸軍・海軍。いくらでも、いくらでも改めるべきところはあった。だがここに至って、それを論じても致し方がない。「武力行使に至ったことが、そもそも我々の無能の証明だ。もはや、害悪であるというべきだろうな。」勝てるという幻想。勝利への渇望。それが、これが、帝国をここまで焼き尽くしたのだとすれば。「剣を取るものは、剣に死す。自明の理だが、誰もが忘れていたのだろう。」何たる皮肉だろうか。祖国を守らんと、護国の、防人たらんと。剣をとりて、駆け参じたる自らこそが。「帝国を滅ぼすのは、結局のところその剣自身という訳だ。」最悪の結果をもたらした。帝国軍が、せめてフランソワ戦で力尽きていれば。あの側面強襲で壊走していれば。剣は、ものを切れる程度には鋭くて。しかして、断ち切れるほどには鋭くなくて。「笑うしかあるまい。祖国のために、いかなる邪悪をもなさんと誓った軍そのものが、事の根源なのだよ。」なるほど、デグレチャフが勝利を望まないわけだ。勝てるはずもない戦場で勝利を追求することの無意味さ。そのことを理解した時、激情のままに叫んだことを思い出す。あれは、敗北を所与のものとしたうえでの最善策をいつから考えていたのだろうか?誰もが、誰もがあれを狂信的な軍人にして勝利を渇望する好戦主義者と評する。だが、あれはただ、鋭敏にして英邁にすぎたのだ。思い出すのは、陸大の図書室。あの、一室。取り留めもない単純な思い付きで発した言葉。『ふと思うのだがね中尉。この戦争はどうなるだろうか。』あの時、自分は単なる一介の士官に世間話のつもりで話を振った。さして得られるところはないかもしれないが、若い者の意見を聞いてみようという程度の軽い気持ち。『お言葉ですが、閣下の御言葉は含意が広すぎます。』そして奴を引き当てた。渋る口調とは裏腹に、確信をもっていると思しき表情。そして、あれはあの時では誰もが予想しえなかった事象を予期していた。否、現実が奴の言葉を追いかけたと評すべきに違いない。『今次戦争は、大戦に発展するものと確信します。』平然と、そして恐るべき慧眼を示した怪物。列強間の、超大国間の衝突を一つの観察対象として俯瞰しえる多面的視点。そして、迷いのない答え。“主要列強の大半を巻き込んだ世界規模での交戦”あたかも、自明の事象について語るかのように語った異常さ。何より絶句せざるを得なかったのは、奴が語った論理だ。それは、時を重ねるほどに正しい推測であることが裏付けられていく。連合王国、連邦の介入の断言。事実、今次大戦において合州国介入までの主敵はこの二か国だった。介入の目的も、今となっては容易に理解できる。奴が口にした理由は、覇権の阻止。事実、そのためだけに連邦は自国の利害をなげうって参戦してきた。そうでなければ、説明のしようのない連邦の行動原理。だが、仮に。覇権国家を阻止するために介入したとすれば。その衝動的な軍事行動が、周辺国を組伏した帝国と相対する恐怖に由来するとすれば。説明できてしまう。そして、奴は警告していたではないか。帝国が圧倒した場合は、合州国ですら介入を決断しうると。その当時、誰もが局外中立を保つと信じて疑わなかった合州国が、参戦すると。その上で、あのデグレチャフという異才は淡々と負けないということを目的にすべきと言い放ったのだ。仮に、仮にゼートゥーアがその言葉を真に理解し、当初から行動していれば。いや、敗軍の将に仮定など無意味。だが、それでも。『わかりません。ですが、負けることもありません。そこで、一撃を与える余力を保つことこそ、戦略上の柔軟性を増すかと。』…負けなければ、戦略上いくらでも取りうる方策はあったのではないだろうか。今日に至るまで、ゼートゥーアの取りえた方策は弥縫策もよいところ。勝てないと悟ったうえで、最悪を避けるために出来る限り足掻いたに過ぎない。だが、負けないという状態さえ保てれば。幾ら、幾ら後悔しても、したりない。そうして、ゼートゥーアは黙り口をつぐんでしまう。「武力のほか一切の望みが絶たれたとき、武力もまた神聖である、というではありませんか!」見かねて思わず、という顔で漏らすレルゲン少将は正しい。彼は、軍人として必要な節度と理知的な態度を保っていた。国家と軍の関係、武力の行使ということでいえば、一切の望みが絶たれたときに武力に頼るというのは理論上では正当だ。だから、ゼートゥーアは戦争をやむなしとした。智謀を傾け、帝国に勝利をもたらすべく全てを利用し総力戦に挑んだ。「勝てなければ、正義があろうとも意味はない。不正義だろうとも、国家に安寧をもたらすことこそが義務なのだ。」そして、負けたのだ。守るべき人々を失い、誇るべき祖国を傾け祖国を、愛すべきライヒを、彼は焼いたのだ。だから。廃墟の上に、彼は誓う。祖国を、ライヒを蘇らさんと。後に続く、戦列のためにいかなる犠牲をも、惜しまず。いかなる汚名をも、甘受し名誉をなげうち。この老骨は祖国の贄に捧げんと。「いや、…つまらないことを言ったな。」最後の別れだ。せめてもの感謝と、敬意をもってゼートゥーアはレルゲンの肩を叩く。「後は、託す。」「…お任せください。」「「ライヒに、黄金の時代を」」短く唱和された祈りに近い言葉。だからこそ、そこに込められた思いは真摯なものだ。彼らは、ライヒに対する義務を果たせなかった敗残兵にすぎないかもしれない。だが、彼らには矜持がある。祖国に対する、偽りなき献身がある。そして、踏みにじられようとも誇れる黄金の精神が脈々と存在するのだ。ライヒに。二度と、二度とこの悲劇を。祖国が焼かれる悲劇を繰り返すまいと。彼らは、誓うのだ。黄金の時代を、再び、と。そして、その決意を抱きゼートゥーア上級大将は茶番劇に挑む。開廷した軍事裁判所。表向きは今次大戦の、戦争犯罪を追求し戦争責任を明瞭とするために設けられた司法機関。内実は、戦勝国による裁断の場であったとしても少なくともこの場にそれを指摘する人間はいない。そして、ゼートゥーアは最悪の原告としてその場に引き立てられていた。なればこそ、彼は眼差しを浴びる。ある者は、敬意の眼差しでもって。ある者は、恐怖でもって。また、あるものは尽きることのない憎悪の念でもって。その法廷に立つ軍人らは、一様に引き締まった表情で緊張も露わに被告席に立ち宣誓する男を凝視していた。だが、幾多の思いと意図が込められた視線を一身に浴びようとも彼は、淡々と宣誓する。既に彼は、生者でありながら死者に近い。ならばこそ、彼はこの場において言葉を費やす必要がないのだ。…彼は、すでに自らが為すべきことをすべて為したと知っている。「被告人、帝国軍人ゼートゥーア上級大将。貴官に対する嫌疑は以下の通り。」「一つ、今次大戦の契機となった協商連合との全面衝突を誘発すべく国境紛争を誘発したことによる国際不戦協定違反。」「一つ、フランソワ市民に対するアレーヌ方面での虐殺。人道上の罪は、同様に各所で見受けられ、次の通り。」「南方大陸、イルドア半島、東部戦線全域、低地ライン地方。何れにおいても、被告の指示と関与の下で虐殺が行われた。」「一つ、世界を征服すべく内戦戦略を立案。そのために多くの惨禍を世界と人々に強いたこと。」「一つ、イルドア王国に対し、不当な軍事的侵攻を行ったこと。」「以上、4つの嫌疑により、人道上、かつ世界に対する罪として検察はゼートゥーア上級大将に対し絞首刑を要求する。」「被告人、認めるか?」読み上げられた罪状。そのいずれも、彼には身に覚えがない。開戦の時点で参謀本部の次長だった彼に、そこまでの権限はなかった。影響力が皆無とまでは言わないが、少なくともそれを意図して引き起こしうる立場ではなし。だが、ゼートゥーアは死なねばならなかった。そして、ゼートゥーアは効率的に部下を死なせてきたのだ。自らが、自らだけがきれいに死ぬというのは筋違い。命じて死なせた兵士対して、彼は自らの死でもって最大効用を実現する義務がある。「小官は軍人であり、かつ指導的立場にあり続けた帝国軍人であります。」「被告人?」「いくばくかの異議があろうとも、全体の責任は参謀本部において企画立案を行った小官に起因すると言う事に異議はありません。」故に、彼は口を開く。ただ後世が、帝国に免罪符を与えてくれることを願って。「その事実を認めるのかね?」「企画立案者としての責任として、全てに責任があると認識しております。」全ては、自分という一人の責任として被る。そうすることで、帝国の軍人に追求の手が伸びないことを期待して。せめて、バルバロッサのための防波堤たらんと。祖国を担う次代のために、汚泥は一身に。「事実認定で争わない、と?」「不服を申し立てる立場にありません。小官は、ひとえに責任を負うべき立場であります。」故に、彼はすべてを受け入れる。もはや、価値無き自らをせめて有意義に殺すために。当然、その死にざまは復讐者たちが望む醜い最後とは異なる。「裁判長!被告人に対し、反証尋問の許可を!」そして、同時に連邦の思惑とも合致しない。「ヴィッテ連邦軍検事、被告人は事実認定に異議を申し立てておりません。反証尋問は成立しません。」「異議あり!被告は、事実認定を拒否しただけであり、事実を全面的に語ってはいない!」それを妨げようと、咄嗟に介入してくる連邦軍検事は決して無能ではないのだろう。怒気に包まれ、激高しきった表情で睨みつけてくるその表情は事態を理解した人間のもの。リアリストの連中は、フランソワとイルドアの間抜け共を罵りたい気分でいっぱいなのだろう。だから、ゼートゥーア上級大将という個人にすべてを起因させるわけにはいかないと理解しているのだ。…なれば帝国は、ゼートゥーアという個に責を抱かせ責任を逃れられかねない故に。そして、それこそがゼートゥーアの最後の役目。彼は、デコイとしてひきつけ、一身に引き受けなければならないのだ。「弁護側?」「被告は、事実認定を受け入れます。」故に、穏やかともいえる表情で彼はすべてを受け入れる。「…では、語るべきことはありませんな。」「裁判長!?」「後日、判決を言い渡すことにします。では、これにて閉廷。」微笑みすら浮かべた被告人。あまりといえば、あまりな光景だろう。世界の敵とまで宣告されたに等しい容疑を全て、被告が受け入れた挙句にこれだ。それは、裁判の意義をまったく認めていないというに等しい。それは、議論の言葉をただ無意味とみなしているという告白に等しい。だからこそ、被告は悠然と逆に列席者を見遣りもせずに退廷していく。だが、その表情には誇りと、為すべきことを為したという満足感が漂う。…彼は、勝利したのだ。あとがき(*´-ω-`)番外編、ゆっくりやるつもりだったけど書き始めたら割と一気にかけてしまいましたよ…。なんだろうね。とりあえず、精根尽きたので当分更新はさぼりますorz追記うん、なんだろう。人間、追いつめられると能力が急に伸びる気が。