蒼穹を仰げ、いと高き所へと。悪魔が嗤うその夜に。星々は整然と夜天に瞬く悠久の時は流れ、今この瞬刻に遂に牢獄の壁は砕け散る。奴が目覚めるのだ!奴は、彼らを引き連れ戻ってくるだろう。彼らが降り立ち日、愚かな連邦軍は未知なる恐怖を知らしめられるであろう。天地万物は、彼らの恣に取り戻される。彼らが再び舞い降りし時、安息には暗雲が立ち込め無知で脆弱なる連邦の支配は仮初のものであると気付かされるであろう。再臨の日、森羅万象は今再び彼らのものとなる!燦然と、朱く燃え尽くさんばかりに激しく揺れる星々はいつの日か、迫るであろう宿命が再臨せんとする始まりの兆しなのだ。ああ、ああ、ああ、純粋なる恐怖よ!その恐怖に、ただただ怯えるばかりの共産主義者よ。昏き海底から、砲弾に耕されたラインの泥濘から。凍てつく東部の極寒が空から、悪魔が現世へと今再び進軍す。奴は、戻ってくるだろう。彼らは、戻ってくるだろう。再び、彼らは戻ってくるだろう。愚かな連邦軍は、未知にして既知の恐怖を思い出さされることとなる。蒼穹を仰げ、いと高き所へと。悪魔が嗤うその夜に。星々は整然と夜天に瞬く悠久の時は流れ、今この瞬刻に遂に牢獄の壁は砕け散る。彼らが目覚めるのだ!戦場を支配する狂気が、恐怖が、そして苦痛が。ラインを彷徨った幽鬼が、ラインの悪魔が再び徘徊するだろう。再び彼らは戦場を支配するだろう。終わりの見えない戦場が、地獄のふたを開けて待ち構えていることだろう。無知で脆弱なる連邦の支配は仮初のものであると気付かされるであろう。再臨の日、森羅万象は今再び彼らのものとなる!燦然と、朱く燃え尽くさんばかりに激しく揺れる星々はいつの日か、迫るであろう宿命が再臨せんとする始まりの兆しなのだ。ああ、ああ、ああ、純粋なる恐怖よ!その恐怖に、ただただ怯えるばかりの共産主義者よ。昏き海底から、砲弾に耕されたラインの泥濘から。凍てつく東部の極寒が空から、彼らは現世へと今再び進軍す。奴は、戻ってくるだろう。彼らは、戻ってくるだろう。再び、彼らは戻ってくるだろう。愚かな連邦軍は、未知にして既知の恐怖を思い出さされることとなる。いと高き天球の星々は、燦然と輝き否応なくその現実を暴露する。奴は、笑顔で戻ってくるのだ。連邦国家保安局参考資料反体制的カルト集団より押収した一文より。執務室。ただ仕事をするための場所ということ以外を来客に意識させない簡素な室内。その部屋の主は、たった今受け取った報告を二度、読み直してようやく肩の力を抜いた。「…やっと、死んでくれたか。」X案件、解決。病死を確認。その報告を、5回確認させたうえで漸く信じる気分になれたユーリャン・アントロポフ書記長は深々とため息をつく。「遅すぎたかもしれないが、それでも、やらないよりは。」状況は、完全に泥沼だった。カテゴリ-1の師団、その実に30%をも投じておきながら戦線は膠着。統制のとれないゲリラと侮ったツケは、ガタガタの経済と崩壊しきった兵站では到底支えきれないほどの末期状態。たった一人。たった、たった一人の執念で、連邦はここまで泥沼に引きずり込まれていた。とうの昔に墓場に送り込んでやったゼートゥーアの亡霊が嗤うのが今にも聞こえてきそうな悪夢。あの裁判だけが、あの時だけが奴のばら撒いた災厄を未然に刈り取る最初で最後の機会だった。あの、デグレチャフ。何故、その人格を除き職務能力に関しては有能だとされたロリヤが拘泥したのか今では理解できる。否、理解できるどころの話ではない。奴は危険すぎた。頭がいい獣という表現は、あまりにも過小評価だろう。奴は、たった一人でこの連邦を締め上げてここまで追い込んでみせたのだ。『バルバロッサ』という亡霊ども。ゼートゥーアが残したというが、実態はデグレチャフの私兵もよいところだろう。あのZASのうっとおしい介入によって、対外諜報局や出身母体からの敗戦記録も山のように積みあがっている。だが、その小賢さしい連中に気を取られて本質を見誤ったのが連邦最大の失策。奴の、本当に恐ろしいのはその頭脳だ。あれには、未来が見えているとしか思えない。…極秘裏に入手してのけた、X論文、それに続く封じ込め政策並びに締め上げ政策の極秘項目。そのいずれにおいても、奴は、我々が機密を入手することを前提に書いていた。前文に入れられた一節。単純な謝辞に見える一文。『この論文を、1人の詩人に捧げようと思います。惜しむらくは、糖尿病に苦しまれ直接献辞できないことだけが心残りでした。ターチナ夫人とお子様お二人によろしくお伝えください。』入手した時、思わず凍りついたものだ。スキャンダルの摘発を行おうとしていた矢先の一文。国家保安局のいらだちと、浸透についてよく知っているとばかりの一節。いや、自分の私生活など知る者は本当にごくごく限られているはず。妻の名前を知っている人間など、国家保安局でさえ、限られたスタッフのはずなのだ。それを、さりげなく献辞に混ぜ込み、いつの日か流出することを予期していた、と?読んだ瞬間、初めて奴のことを時代錯誤な反動主義者と侮っていたことを後悔。改めて奴の分析を行わせた結果を目の当りにした時、さしものアントロポフも絶句したほどだった。その時に受けた衝撃は、今でも思い出せる。そして、気が付いた時にはアルガニスタンは泥沼だった。『薄汚いハイエナ』と軍が称したPMC。非正規戦の専門家どころか、対連邦の伏撃戦に卓越した連中。ああ、そうだろう。やつらは、そのためだけに設立されたカバーカンパニー。戦争のために、何処からともなくかき集められた兵隊。道理で、道理で幾ら山岳地帯とはいえアルガニスタンにおける戦局が膠着するはずだった。貧弱な輸送インフラと、厳しい経済情勢を嘆いていたが、そもそもここまで追い詰められたのが敵の戦略目標だと理解できてれば。いや、あの、デグレチャフを、せめてもっと早い段階で処理できていれば!だが、それは望むべくはない。あれは、ネームド程度では鎧袖一触されるラインの悪魔。戦中、あれ一人にモスコーまで蹂躙されたのだ。とまれ、奴は死んだのである。辛うじてではあるが、辛うじてではあるがまだ間に合う。祖国は、祖国は傾きつつあるがまだ持ち直すことは不可能ではないのだ。労働規律の弛緩、党の腐敗、非効率的な経済。忌々しいことにX論文で予期されていた案件ばかりであり、奴の呪いとしか思えない。だが、合州国の対連邦政策を主導していた奴は排除できたのだ。「これからだ、これから、なんとしても連邦を。」国家の再建。そのために、なんとしても。だが、その決意を抱えた彼に与えられた時間はあまりにも少ない。「追悼飛行?意味が分からんよ。単なる訓練飛行だ。空軍機が、訓練空域で訓練して騒がれては仕事にならん。」「何?下で、誰の葬儀をしていたって?知らんよ、空軍がいちいち私人の催しごとまで把握しているわけもないだろう。」ウーガ連邦共和国軍中将、『匿名軍人』追悼飛行疑惑に対するコメント。懐かしい食堂。すでに三代目に代替わりし、往年の名残は味くらいだろう。陸大時代、奴と腹を割って話したことを今日のように思い出す。そこで後方勤務を進められた自分だけが、結局今はライヒにある。皮肉なものだとウーガは辛うじて連邦共和国に編入された、旧首都で呟かざるを得ない。家族のために後方勤務を志願したがために、彼は数少ない政治的に問題の少ない将校とみなされた。それがために、再軍備時代に召集され、祖国の再軍備に関与。バルバロッサが望んだように、ライヒは力強く再興していた。悲願こそ、まだ叶わぬが。だが、物思いにふけりつつあった彼は待ち人の来訪によって思案から引き戻されることとなった。「久しいな、グランツ大尉。どうだね、アルガンは。」久しい顔。ウェイターにしばらく外してくれるように頼み、席を勧める。「やはり、非正規戦は今後の課題でしょう。」軽く頭を下げつつ、着席。アルガン帰りの顔にあるのは、優位な情勢にもかかわらず深刻な懸念の色だ。連邦軍を摩耗させるという戦略目標は、あまりにも容易く達成されていた。言い換えれば、条件付きの制限戦争に正規戦型軍機構では対応できていない。そして、それは合州国にとっても無視しえない課題なのだ。その事実が、グランツをして表情を曇らせる。「ウーガ閣下。やはり、私にはアルガンゲリラに宝珠を流した決断が正しいとは思えません。」「だろうな。…デグレチャフの言葉ではないが、統制できない魔導師など危険すぎる。」ある種の懸念と愚痴。だが、根本において彼らはライヒのことのみを愁うのだ。究極的にはライヒにとって利があるかないかでいえばまだ未知数。正面装備を充足させ、対共産主義の最前線と化している祖国にとって連邦が摩耗するのは大歓迎できる。すでに、新型の攻撃ヘリや一線級の師団が転用されているのは望ましい兆候だった。その意味においては、バルバロッサにとってはアルガンの不安定化は許容できる。だが、国内の共産シンパによるテロリズムに手を焼いた記憶はウーガにとっても生々しい。あの中に、魔導師がいたとすれば。取り締まりは、憲兵では武装の度合いが足りない羽目になっていただろう。いや、それ以前に。「何より、フランソワ人師団の轍は踏みたくない。合州国は、その辺の理解が甘い気がするな。」帝都攻防戦の最中、帝國によって投入された親衛隊。実質は政治的なプロパガンダのために編成されたお飾り師団でも、数にはなるだろうという判断。だが、帝国側に立って戦ったという事実がフランソワにとってはあまりにも許容しがたかったらしい。公式には、同部隊は存在しないことにされた。だが、彼らは事後処理を誤る。その結果、残存要員は武装したままエスカルゴ内部で武装集団化したと聞く。アルジェンナ紛争の際に、彼らが現地勢力に味方したという風聞もだ。武力をもった集団は、事後処理を誤ると利益以上の災いと化しかねない。下手に装備を充足させ、兵器を持たせたとしてそれが自分に向けられないという保証はないのだ。「まあ、いい。今日は、別件で来たのだろう?」だが、そういった配慮は空軍に属する彼にしてみれば優先順位ではまだ高くない。今日集ったのは、古い共通の故人を偲ぶためだ。なればこそ、故人にゆかりの地でゆかりの食堂にて待ち合わせたのだ。「話は、食べながらでもよいだろう。」「ご相伴にあずかります。」昔懐かしい食堂。その一角に腰を下ろし、彼らは食事をオーダー。ウーガ中将は記憶にある品を。相伴するグランツは、同様に戦友と囲んだ品を。程なくして運ばれてくる食事を前に、彼らは彼らの流儀で食前の祈りを唱和。「「戦友に。」」そして、わざわざ頼んで用意させたチコリの代用珈琲で乾杯。珈琲擬きの味わいは、彼らが脳裏にて生々しい記憶を再生。そう、戦争の味だ。彼らが知っているその味は、戦時下の貧窮状態がもたらした代用品の味。そして、彼らが偲ぶデグレチャフが散々文句を垂れた一品でもある。アイントプフ、それとリーキのグラタンは戦時下で自給できた最大のぜいたく品の一つ。アイスバインと付け合わせのザワークラフトは、彼らにとって戦地で親しんだ味。それを食べるとき、彼らの思いは過去へとさかのぼる。「…もはや、慣れた味だがまあ奴は是は嫌っていたな。」飲み干したチコリ珈琲の味わいは可もなく、不可もなく。だがウーガ中将は、デグレチャフが陸大時代からとにかく珈琲にだけは妥協したがらなかったことを思い出す。そういえば、イルドア制圧時には買えるだけ珈琲豆を買い求めたとも耳にした。「そういえば、そうですね。閣下は、確かに珈琲党でしたので。散々、四方八方手を尽くして買い求められたほどです。」「ああ、それならば聞いた記憶があるぞ。それは確か、低地地方で撤退するとき泣く泣く手放した奴だろう。」「ご存知でしたか?」あまりに、気落ちしていたので貴重なストックを分けた記憶がある。覚えていないはずもない。「もちろんだ、それを種に残っていた珈琲をもっていかれたからな。」「…我らが戦闘団長らしい。」「長い付き合いだ。いずれ、返してもらうつもりだったのだがな。」だが、機会がなかった。あの終戦時のバルバロッサ作戦において、ウーガは渉外担当として工作に従事。対するデグレチャフは、実働戦力として行動し最後は合州国入りしていた。その後ウーガは、連邦共和国において祖国の再軍備に従事。PMCを設立し、マークされているデグレチャフとのコンタクトはタブーが多かった。結局、レルゲン閣下が一度会った他は機会がなかったのだ。そして、奴が先立ってしまう。「…まあ、仕方ない。」この年だ。散々、多くの先達を見送ってきた。だが。「よもや、奴を送ることになるとはな。」ウーガはさびしげに呟き、手にしたカップを眺めながら故人を思い出す。殺しても、死にそうになかったデグレチャフだ。平然と死に神を殺し返すような、悪鬼羅刹。アイツは、ラインの死線だろうとも平然と歩いてのけた。全滅前提の東部において、極寒の中笑いながら突撃行程を為して見せた。そのデグレチャフが、病死だ。世界というのはつくづく不思議に満ち溢れている。一方で、幾多の先人や戦友が先立つ中でウーガは生き残っていた。「奴の葬儀には、参加できずにすまなかったな。」戦友の葬儀。まして、浅からぬ縁のあるデグレチャフだ。本来であれば、陸大の数少ない生き残った同期として自分が送るべきなのだろう。だが、政治的制約としがらみによってわずかな餞を捧げることしか自分には許されなかった。「いえ、閣下のご配慮には感謝を。ヴァイス少佐より、お礼をとのことです。」だが、古参兵らにとっては203とは思い入れの深い数字。それは、大隊の始まりであり、同時に戦闘団の母体だった。参列していたヴァイス少佐などは思わず、空を見上げ号泣したほど。創設要員でこそないものの、グランツとて思い入れの深い数字。それを見たときは、感極まる思いを抱かざるを得なかった。彼は、彼らは、理解していたのだ。祖国は、ライヒは、その挺身を忘れてなどいないということを。「よもや、203を飛ばしていただけるとは思いもしませんでした。」その数字は、ある種の特別な意味を持っていた。だからこそ、ウーガ中将は面倒事を覚悟したうえでそれを飛ばす。「あの程度のこと、祖国への挺身を思えばどうということでもない。」祖国よ。ライヒよ。ライヒがために。それを願っていた奴のことを思えば、枠組みを壊すわけにはいかない。一方でせめてもの手向けとして、飛ばしたのが203だった。「先だった者に、志半ばで逝ったものに、我らは誓ったのだ。」一つの義務と、誓い。それがために、敬意を示す。ただ、それだけのことだ。「「ライヒに、黄金の時代を、と。」」「では、デグレチャフ・ドクトリンの概説を行う。」士官学校の一室。緊張しきった若者が、張りつめた表情で集う講義室の一室。常日頃も真剣に学ぶ彼らも、今日の講義には緊張を隠せていない。まあ、無理もないだろう。教壇に立つのは、戦史の特別講義を依頼されて招聘されたジョン V. ヴーォト合州国退役空軍大将。その鋭敏な頭脳と、戦略家としての名声は空軍のみならず軍全体に轟いている。その戦略の大家が、年に一度、限られた面々相手とはいえ講義を行うのだ。「諸君も知っての通り、大凡半世紀ほど前に確立された概念だが今日なお有用であるのは言うまでもないだろう。」語られる言葉は、ごくごく一般的な知見。「発案者及び、プロセスに相当の資料散失があるため理論の成立過程は不明な点が多い。」学生らにしても、大戦期の混乱というのは想像もつかないが知識としては存在する。彼らは、そのことを既に歴史として学んでいた。「わかっていることは、帝国軍参謀本部所属のデグレチャフ少佐なる詳細不明の人物が発案したという事のみ。」だが、語り手たるヴーォト退役大将はその歴史を経験している当事者だ。それ故に、彼は語れない事実があるということも知っている。あのゼートゥーア大将が、何を彼らがライヒに残したのかもおぼろげながらではあるが察していた。だからこそ、万感の思いを込めて呟く。「時代が時代だが、正に鬼才というべきだろう。」どこまで見据えていたか、今なお読み切れない化け物。ゼートゥーア大将があれほど逍遥と死ねたのは、後事を託せればだ。今にしてようやく理解できたが、なるほど安心して死ねるに違いない。帝国の軍人とは、まったく末恐ろしい。「工業力の戦力転換、国家総力戦を最も初期に提唱し兵站線を活用した内線戦略の卓越した理論家。」狂っていると同時代には、評されたであろうドクトリン群。今日からすれば、常識に近い発想だが当時においては異端中の異端だ。内線戦略こそ、過去に原型が存在するだろう。だが、国家総力戦を前提に兵站線を整備して考えたのは奴が最初だ。「同時に、徹底した火力信者にして機動戦論者だ。敵国に出血を強要する誘引殲滅は古典的典型例である。」機動戦に対する執念は、ほとんど妄執に等しい。だが、その機動力が果たした結果もまた断じて軽んじるわけにはいかないだろう。「技術の進歩で塹壕戦や機動力の概念が一変した今日においては、もちろんこの時代の戦術をそのまま適用できるものではない。」すでに、魔導師の機動力はヘリボーンで大部分が優勢性を喪失。此処の先天的性質に依拠しすぎていた魔導師の多くは陳腐化している。故に今日においては、ごく少数の特殊部隊として魔導軍が維持されているに過ぎない。デグレチャフ式魔導師ドクトリンは今日では、活用されることはないだろう。また、総力戦下での消耗抑制戦略は現在からみてもなお狂気の沙汰。「特に、総力戦下においてのみ許容し得た消耗抑制戦略などは今日において現実的とは言い難いものだろう。」出血量を競う戦術など、曲り間違っても今日では議論することすらタブー視されている。ヴーォト自身、半島紛争で追求されたのは合州国軍兵士の戦死者数であった。彼我の損耗比という冷たい統計は、今となっては誰からも歓迎されない。派兵を決断する政治家にしてみれば、特にそうなのだろう。「だが、“外科的手術による一撃”による一撃論と総合的な戦域認識からなる三次元戦争論は今なお基本原則だ。」逆に、奴の得意とした首狩り戦術と三次元戦争論。こちらは、今日的な意義が今なお増進する恐るべき事例だ。「このデグレチャフ、真偽はともかく空挺戦術への影響や、特殊作戦への貢献という戦史の論争も絶えず存在する傑物だろう。」…最重要機密。ブロークン・アローに関する報告。その中で、一件だけ公開されていない最初期の事故。だが、当時耳にしたのは空軍基地が『襲撃』されたという話だった。そして将官として目にした資料で『ブロークン・アロー』を目にしたとき理解できたものだ。奴は、空挺降下、それも近年ようやく研究が進んだHALO降下を大戦時にやってのけたに違いない。「なにより、戦術の限界によって戦略の劣勢を挽回しかけたという一事で持って恐怖に値する。諸君、これが卓越した士官だ。」化け物。知れば知るほど、その異常さが際立つ戦史のタブーだ。後、10年遅ければ。あるいは、もう少しだけ奴が高い階級と裁量権を与えられれば。勝てただろうか?戦術に、戦略で本当に対抗できただろうか?ヴーォトと、その古い戦友らが時折話題にする限り、甚だ疑わしい。「はっきり言おう、机上演習においてすら奴の成し遂げたことを僅かでも再現できる士官は稀である。」ラインにおける帝国軍の強襲作戦。一番、一番帝国の戦力が充実しているケース。それでさえ、教官連中が四苦八苦してでっち上げに近い形で漸く成し遂げられるに過ぎない。「奴の機動戦は、ほとんど戦争芸術の極致にあるとすら評される。理論としては、理解できなくもない。だが、模倣は論外。」戦史を読めば、一見もっともらしく読めることだろう。敵の間隙をついてだの、連携の弱点部を襲撃しだの。だが、最前線で撃ち合いながら端的にそこを突けるだけで、異常なのだ。まして、最大効率化を図れるともなれば人間業では済まない。「なにより恐ろしいのは、奴はそれほどに卓越した用兵家でありながらそれを下策とみなしていたという事実だろう。」その化け物が、化け物であるだけでなく知恵までつけていた。恐ろしいというよりも、悪夢というべきなのだろう。当時の関係者が、一様にこのデグレチャフを触りたがらなかったというのも理解できる。士官学校で講演するだけの表層的な次元ですら、奴の恐ろしさが感じられるのだ。当事者が、してやられた憤怒のあまり机を拳でたたき割ったという眉唾物のうわさも真実に違いない。「つまり、奴は戦術レベルで卓越していながら視野狭窄に陥らず戦略次元で常に思考し戦域を認識してのけたのだ。」俯瞰視点といえば、聞こえはいいだろう。実際、高高度で戦域を見渡せる魔導師の視野は広い。だが、魔導師がすべて奴のように卓越した技量を見せたかといえば奴の方が例外なのだ。「そして、諸君。総合的な戦域認識とは兵站にある。デグレチャフは、作戦士官であると同時に兵站の専門家だ。」単なるライオンならば、罠にかければよい。狡猾なキツネならば、追い回して仕留めればよい。だが、古典にあるライオンのように獰猛でありながらキツネのように狡猾な敵は最悪だ。「徹底した兵站破壊と、連絡線の寸断。南方大陸で行われた遊撃戦は、その典型的成功といえる。」少数の破壊工作による戦局の不安定化。された方にしてみれば、たまったものではない。「我々は、この帝国に対しそれを凌駕する物量で勝利した。つまり、兵站の勝利である。」純粋に、国力で押し勝ったに過ぎないという事実。言い換えれば、世界最大の国家であったがために勝利できたという現実。だが、それでいいのだとヴーォトは誇る。それこそがステイツの強みなのだ。「故に、私は諸君の中から最良の士官を兵站へ配属する。組織こそが、戦略上の優位を産み出す根幹なのだ。」ステイツの強み。それは、規模だ。質的・数的優位によって、戦術レベルでの勝敗を許容しえる優勢の確保。それこそが、それこそが世界におけるステイツの覇権を裏打ちしているのだ。「そのうえで、今回はアールデン攻勢を題材とする。諸君、史実でこそ阻止しえた攻勢だが侮るな。」だが同時に、戦術レベルでの向上とて怠るわけにもいかない。なればこそ、ある意味において合州国のドクトリンとは真逆の方向性をヴーォトは学生に行わせる。質的優勢、戦略的優勢にある敵に対する仮想演習。それが、敵を、敵の思考原理を知る最上の手段なのだ。「過去の机上演習では、僅か3期のみが阻止しえたにすぎない。諸君の奮起に期待する。」あとがきいやぁようやく理想郷安定しました。よかったよかった。…うん、やってしまった(´・ω・`)つながらないもんだから、(+ガルスの資料が集まんないから)なろうに手を出してしまったorz存在Xとかいう物体名で、『彷徨えるオトラント公爵伝 ~ある政治的怪物の肖像~』を書いてました。なんというタイミングで理想郷が復活。これはフーシェの罠なんだorzZAPしました。