主よ、わたしをあなたの平和の道具としてください。憎しみのある所に、愛を置かしてください。侮辱のある所に、許しを置かしてください。分裂のある所に、統一を置かしてください。誤りのある所に、真実を置かしてください。疑いのある所に、信頼を置かしてください。絶望のある所に、希望を置かしてください。闇のある所に、あなたの光を置かしてください。悲しみのある所に、喜びを置かしてください。主よ、慰められるよりも慰め、理解されるより理解し、愛されるよりも愛することを求めさせてください。なぜならば、与えることで人は受け取り、忘れられることで人は見出し、許すことで人は許され、死ぬことで人は永遠の命に復活するからです聖フランシスコによる平和の祈り人の世で、何時の時のことだろうか?人知の及ばぬ次元において、それらは苦慮していた。流出するエーテル。揺らぐ秩序と安定。輪廻の順序すら崩壊しかける大混乱。これは、そんな世界の崩壊に立ち向かう高次の存在らの物語。「エーテルが、エーテルが足りません!」秩序を構築する存在らの悲鳴。智天使が、無窮の存在と、手足となるべきものらの間を引っ切り無しに往復する姿。「緊急!煉獄の境界線喪失!」天界を構築するエーテルの喪失。アーエールの濁りと、希薄化に対応するために注ぎこまれたエーテル。高次元の炎で、本来は結晶化すべきエーテルが濁り切ったこともエーテルの存在を危うくする。人という存在がアーエール界に作られて以来、彼らはこの日があることを常に危惧してはいた。だが、それを避けるためだけに10にも及ぶ戒律を授けたのだ。本来ならば、それがあるがために避けられたはずの事態。しかし、一部の信心深い内部告発が明らかにしたように天界はアーエールの汚濁に直面せざるをえなかった。急速過ぎる人間の絶対数の増加。本来ならば、輪廻によって昇華されたはずの魂。それらは当初の契約と誓いを完全に裏切り無秩序なアーエールの浪費に陥っていた。当然、本来の秩序を揺るがす重大な行為だ。原則において、人の自立を促すために不干渉。その前提を持つ存在らとて危惧し、たびたび警鐘を人に発せざるをえない事態。にもかかわらず、人の子らはその異例の警鐘にすら耳を傾けえようとは為し得ない。かくして、本来ならば避けられた事態はいつの間にか破滅の一歩手前で勃発してしまう。「警報!アラームです!」天使らが右往左往し、慌てふためく中でも響き渡る警報。アーエールの深刻な希薄化と、汚染は本来ならば審判の日にようやく実現されるもの。それ故に、ここまでエーテルが希薄化しているのは4騎士が放たれたとラッパが判断。完全に想定されていない事態。故に、完全な誤解ながらも世界を焼くべく第一のラッパが鳴り響き始める。まだ、子羊が封印を解除してもいないというのにだ。「審判の日は、まだ先だ!誤作動だと門に伝えるのだ、早く!」だから、秩序を重んじる存在らは事態の掌握と混乱の解決のために全力を注ぐ。その存在らにとって、定められた日はまだ先でなければならない。故に、彼らにとって天界の秩序が乱されることは完全に望ましくなかった。にもかかわらずだ。事態は深刻さの度合いを刻一刻と増してゆく。「存在が歪んでいます!」「駄目です!?」天使や、高位の大天使以上の存在まで駆り出される事態。ありし日を想定し、その備えは行われている。だが、間違っても誤発動で構築した世界を壊すわけにはいかなかった。「子羊を出すな!今、審判の日を迎えると輪廻が崩壊しかねない!」悲鳴のような警句。増えすぎた人の子は、本来ならば転生する際により高次の概念へと昇華を望むはずだった。だが、現状では想定とは異なり輪廻において昇華の現象は実に稀。この状態において、審判の日を迎えることはそもそも天界の想定せざる事態だ。これでは、輪廻の輪が魂の過剰供給で崩壊しかねなかった。そうなれば、秩序と契約に従っていた魂までもが巻き込まれかねない。それは、導くべき義務にある彼らにとって許されない事態だ。人という種に対する愛と、義務。それらが、契約を守らない不信心な輩に対する怒りとはまた別個に存在する。「緩和しろ!早く!」それ故に、魂の昇華を為すべくたびたび天使たちは相対的にせよ善きものは昇華せしめんと望んだ。信仰の言葉も、祈りの言葉も、原初からかけ離れようとも信心があれば、と。もはや、天上の言葉を聞くことすら叶わない輩であろうとも、形はどうあれ信徒であるのだ、と。「駄目です!?真理部は、教理と契約の解釈を順守させるべき、と!」だが、それは真理とは真逆。本来の秩序を維持すべき教理と契約からの逸脱だ。故に、曲げることなど叶わぬと叫ぶ天使らも又正しい。良き教徒が、真の信仰者らが守られるべきだという言葉も道理。「縋り付き、お願い奉れ。どうか、御言葉を頂くのだ!」「主を煩わすのですか!?」「まだ終末が宣告されていない以上、秩序は保たれねばなりません!」それらは、平和を保たねばならないのだ。だが、それを統べる存在にとっても事態は決して容易ではない。「…また、であるか。」「主よ、どうか御心を騒がすことをお許しください。」ひれ伏す天使が恐懼するのを許しながらも、存在とて悩まざるを得ないのだ。エーテルとアーエールの浄化は、決して容易い技ではない。それを必要とするに至った事態という事其の物が、本来は望ましくないのである。だが、同時にそれが自らの使命なのだ。「よい、ラッパは鎮めさせよう。」故に、その存在は終わりを告げようとするラッパを収める様に吹き手に命じる。「地上のアーエールはいかがいたしますか?」「浄化しよう。また、いつ何時濁るか分からないが…。」そこまで口を開き、全能の存在は其れゆえに嘆く。「だが、残念なことに、そう遠くではないな。」かくして、その存在らは労苦を惜しまず働く。報われることを望むわけではない。義務と、誠実な愛ゆえに存在らは真摯に憂うるのだ。だが、だからこそ。それらは問わざるを得ない。一体、なぜ人の子らは此処まで堕落したのだろうか?と。一時期は、神の御業を再現せんとまで熱心なまでに信仰者だった彼ら。それが、何故ここまでアーエールを汚すほどに天上の言葉を忘れたのか?と。原初の話に戻ろう。それは、デグレチャフという一個の異常者が初めて実戦を経験した時の話だ。実のところ、調べ上げた張本人である私ですらいまだに現実とは信じがたい話。だが、悪魔とも救国の鬼とも呼ばれた軍人というには過ぎた化け物の始まりだ。あるいは、奴ならば平然とやってのけたやも知れない。いや、平然とではないかもしれないだろう。・・・・・・・・“嬉々として、笑い声を漏らしておられた”。機密と忘却の分厚いベールに覆い隠された一つの証言。当時、口頭で報告され司令部要員が覚書として書き記したたった一つの証言。それが物語るのは、余りにも非現実的なそれ。帝国軍北方管区ガナルダ地区。係争地域として、のちに戦史に名を轟かせるノルデンのガナルダ。それは語られることすら稀な、忘却されつつある水面下で戦われた一つの戦争だった。だが、その非正規戦の数少ない生き残りは口をそろえて断言している。あそこは、“魔のトライアングル” 敵が敵でなく、味方が味方でない何もかもが虚構で信じられない悪夢のような係争地。故にその戦域から生きて帰った情報部員は、口をそろえて叫ぶ。あそこには、『悪魔』が住んでいた、と。人知を超越し、何もかもを飲み込み焼き尽くさん悪意の原初が燻っていた、と。研修とは態の良い派遣社員か。忸怩たる思いを抱きながらも、今日も今日とてターニャは国境警備に従事する。名目こそは、国際法規と前線地域での実務を学ぶための6か月の紛争地域研修ではあるのだが。実態は手の足りない国境警備への応援だと、派遣され2ヶ月目のターニャ・デグレチャフ准尉は悟っている。要するに、病院が人手不足を研修医で誤魔化すようなものだ、と。北方の山岳地帯。伝統的に入り組んだ地域故に国境線が曖昧だろうとも、国境は国境。そして、鉱物資源という問題まで絡んだ北方はいつものごとく不穏である。一応、紛争を避けるために、双方ともに自軍の正規軍はその地域に展開してないという立場である。せいぜい国境警備隊と、少数の国境監視用の飛行可能な部隊が展開しているという建前。欺瞞の世界だ。そこに軍事基地などないし、存在しない以上襲撃される道理もなし。だから、不法入国者か武装強盗団の拠点でしかありえないのだ。そういう理屈で、双方ともに小競り合いが勃発している国境。国境警備といえども、不意遭遇戦を想定した行軍隊列は必然だった。伏撃を想定し、長偵ご自慢の長距離哨戒。言うまでもなく、こういった地域においてパトロールは極めて重要だ。そして、パトロール部隊として歩兵よりも強靭かつ機動性の高い航空魔導師は最適なのだろう。山岳猟兵や航空部隊と組まされ、来る日も来る日も雪山を飛ぶ毎日。そして、その日のターニャは招かれざる不法入国者を発見する。目標を発見した瞬間、気が付けばほくそ笑む。これに関与すれば、しばらくは書類や関係各所への隠匿で後方勤務だ。言い換えれば、ほとぼりがさめるまでは望まない最前線から合法的に逃げ出せる。研修だから、国際法なり関連法規でも覚えておけばいいだろう。或いは、兵站業務について勉強する時間もあるかもしれない。なにより、正式な任官が前倒し。その分、給料とキャリアにプラスだ。だが、まだ捕らぬ狸にすぎない。それを前に、出世の算段など捕らぬ狸の皮算用。そこまで考えて、ターニャは頭を振る。獲物は、手に入れてから笑うべきもの。油断は禁物。買収と同じだ。買い占めてから、ようやく笑えるのである。終わるまでは、絶対に気が抜けない。気を引きしめ、改めて目標の観察に戻る。当然、注意を目標に集中しつつも周辺への警戒も怠らない。目標だけに気を取られ、敵増援や伏兵に襲撃されるのは至愚。だから、ターニャは眼前の獲物を前に笑みをひっこめ油断なく周囲を見渡す。ただ、淡々と手順通り司令部への回線を開くターニャは知らない。獲物を前に舌なめずりしかけて自制したように見えることを。「ザウバー07より、CP。コンタクトレポート。匪賊キャンプを確認。」「CPよりC小隊。国境内か?」「ザウバー07より、CP。国境内だ。」国境内かどうかなど、誰も知らない。なにしろ、複雑に入り組んだ状況での長距離哨戒。だが、だからこそ。公式には、誰もが国境内と認識していたという記録が必要なのだ。最低でも過誤で誤魔化す為に。知っていて、越境作戦を行うのと比較すれば錯誤の方がはるかにまし。だから、このやり取りは定型文だ。国境警備に従事しているC小隊は、“国境内”だと認識していたという記録。最悪、深刻な事態に発展した場合でも誤認による越境を証明するための法的配慮。早い話が、アリバイ作り。「排除の許可がほしい。一撃を提案する。」「承認する。増援は無用か?」速やかに承認される攻撃案。実際、実効支配を主張されかねない拠点というのは見つけ次第双方が潰しあっている。ごくまれに、明白な越境の証拠として騒ぎ立てる場合もあるが今回は微妙なライン。ならば、叩き潰してしまう方が禍根は少ないという判断は当然だ。ただ、何を馬鹿なと叫びたいのは単独でやるかというCPの問いかけ。増援なくして、一手に敵を引き受けて全滅しろと?冗談ではない。「火急的かつ速やかにお願いする。巣穴をたたかれてやってくる連中をたたきたい。」「CP了解。ただちに、部隊を手配する。」敵が増援を手配したところで、それは襲撃を受けてからだ。既に展開を依頼してある友軍よりも先んじるということは考えにくい。故に、ターニャとしては少々時間的な余裕を見出せた。最低でも、半時間は早く来援できるだろう。それだけあれば、最大戦速で離脱を試みれば後方の拠点に逃げ帰ることも可能だ。建前の都合上、匍匐飛行で探知を逃れながらであっても前進拠点までは下れる。「ナパームの用意。並行して、敵周波数の割り出しだ。」なにより、幸いというべきだろうか。匪賊のキャンプは、隠匿性を重視したつくり。コンクリートで防護された火点は乏しく、火で十分に焼ける。寒いときは、たき火に限るだろう。加えて、ナパームの炎は後続部隊への誘導としても最適だ。「しょ、正気ですか候補生殿!?」「ん?ああ、案ずるな、間違っても、延焼させはしないよ。」幸い、延焼しそうな可燃物は拠点以外には乏しい。若干手間取りそうな部分としては、燃料タンクくらいだろうか?「ハロゲン化物消火剤を精製。突入5分前に投入しろ。対BC防御を徹底させるのも忘れるな。」「…候補生殿、ホスゲンをお使いに?」問いかけてくる軍曹の危惧。まあ、確かにハロゲンはホスゲンを化学反応によっては『不幸なことに』意図せず発生させるやもしれない。だけれども、国境研修でターニャはきちんと国際法規と判例を学習している。「ガスのことか?それならば、問題ない。」しっかりと、国際法規は研修済みだ。さすがに、こんなことに使うとは思っていなかったが。「国際法規定で、ガス其の物の製造は禁忌だが消火剤は完全な合法だ。」火災が発生し、延焼を防止するためにハロゲン系の消火剤を活用することを禁止する国際法は一切存在しない。ホスゲンガスの投入は違法だろうが、消火剤の投入自体は完全に合法。ならば、延焼防止のために全力を投じて何が悪かろうか?こうして、不幸な火災を防止したにもかかわらずターニャは上司から譴責すら受ける。そして、本人としては想定通りとほくそ笑んだ後方配置。だが、それは不幸なことに平穏無事とは程遠い事態へ投じられることになる。帝国軍北方方面軍第Ⅶ混成国境警備隊R-3(救難捜索)部の作戦室へ通じる通路は憲兵によって周囲から隔絶されていた。無数の銃剣を煌めかせながらも休むことなく立哨する憲兵らは、吹雪で荒れる外界をそれでも何も見逃さじと凝視し続けている。そして、ヴィクター・フォン・ヴァルコフ准将はその吹雪を心底忌々しげに眼を歪めながら睨みつけていた。「もう一度、言っていただけますか?」許される限度いっぱいの抵抗。眼をそらし、問い直すことが彼にできる限界だった。「遭難者の救援任務だ。それも、極秘の。」背の高い初老の男性。見た目こそ、何処にでも居る老紳士然とした男性だろう。「…率直に申し上げますが、飛行魔導師か航空機であっても限り冬のノルデン地方は極めて危険です。」だが、ヴァルコフ准将にとって遺憾なことにその男性は単なる民間人ではない。参謀本部から、極秘と通達され派遣されてきた情報部の人間。しかも、極力その意に協力せよと厳命すらされている。軍人としては、命令に従うことに異論はない。だが、と思う。コークスを放り込んで盛大に燃やすストーブを置いてなお寒さを痛感せざるを得ないノルデン地域。「二重遭難の恐れがきわめて高いことをご考慮ください。…せめて、天候が回復してからならば。」こんな天候状況で、組織的な捜索活動を秘密裏に行うなど到底無理だった。この寒さと最悪の視界のなかで、捜索隊を動かすことですら想像するだけで無謀そのもの。実際問題として、吹雪の中では航空魔導師でさえ方位を見失い遭難するケースが珍しくない。保温瓶に入れた湯ですら、あっという間に凍てつく状況だ。常識的に考えれば、天候が回復してから空から捜索しつつ死体収容が出来れば御の字の状況。「残念ながら、それはできない。」「では、せめて潜入ではなく正規のルートを使って救援を行うことはできませんか?」ヴァルコフ准将にしてみれば、思い切った発言。秘密裏にしろと言われている任務を、あえて正規の捜索任務に切り替えてほしいという懇願。「准将、これは極めて高度な政治的な判断に基づく任務だ。」だが、老紳士はいっそ憎たらしいまでに平静な声でヴァルコフの懇願を切って捨てた。そのまま、懐から取り出した葉巻をくわえシガーカッターを取り出す有様には取りつく余地がないことを物語ってやまない。「情報部がらみですか?それとも、参謀本部の方で?」「どちらもだ。…だからこそ、なんとしてもお客さんを拾ってきてもらう必要がある。」そう答えるなり、一服し始めるお客人。これ以上、議論を許すつもりは感じられなかった。それに、葉巻をくわえる口元は微妙に引きつっている。神経をピリピリさせている人間特有の、落ちつきを回復しようという動作。実際、何を言ってもこの男性におかえり願うことは不可能だろう。「そうなると、動けるのは冬季戦に慣れている山岳猟兵中隊と長偵の小隊程度になります。」故に軍人としてのヴァルコフ准将は最低限度の可能性のために全力を投じなければならない。だが、現実に動かせる部隊は払底したようなものだ。この雪山に入れる部隊といえば、練達の山岳猟兵か長距離偵察部隊ぐらい。そして、名目上国境警備隊であるヴァルコフ准将の部隊は大半が一般の国境警備隊員。事情があり、手元にある魔導師からなる長偵の一個小隊と予備の山岳猟兵一個中隊。精々、増強中隊程度しか即時に投じられる部隊は手元にない。時間をかければ、国境警備司令部なり北方方面軍司令部に増派を求めることも可能だろう。一方で、天候が回復するまでは状況説明が行える程度だ。この悪天候下で増援部隊を動かすというのは、誰だろうと一顧だにしない。なにより、強行させたところで不慣れな部隊では遭難するのが眼に見えている。故に、現状では手持ちの増強中隊で捜索するしかなかった。「せめて、遭難地点さえ分かれば部隊を急行させることも可能ですが…。」ノルデン北方の紛争地域。係争地点であるが故に、逆に帝国軍は多数の偵察と測量を行わせてあり地形にも習熟してはいる。だが、それでも。ノルデンの山は高く、そして広い。「予定のルート候補これだ。だが、それ以上は把握していない。」「是は…候補が多すぎます。とても、増強中隊で捜索しきれるとは。」そして、差し出された計画のルートは余りに広範な選択肢を想定したもの。情報部特有の複数の計画案による偽装と欺瞞なのだろうが、この場合は最悪だった。遭難している連中がどのルートを取ったかすら定かでないとすれば。見込みで周辺をカバーするだけで到底増強中隊では足りないだろう。「無理は承知だ。だが、なんとしてもやってもらわねばならない。損耗を顧みず、だ。」「…ご命令とあれば。了解いたしました。」「では、よろしくお願いする。」だが、そんな現場の葛藤とは裏腹に客人は実に平然と過酷な要求を突き付けてくる。どれほど重要な案件なのかは知らされてもいないが、まったくもってふざけた要求だ。「くそったれめ!」目的のためならば、一切の損耗を度外視しての断行が命じられる恐るべき捜索救難戦。厄介極まりない客人が退室した作戦室で、ヴァルコフにできることは吐き捨てることだけだった。そして、無様極まりないことに分からず屋の上司を演じる羽目になっている。自らが呼び出した、ターニャ・デグレチャフ魔導准尉相手にヴァルコフが命じるのは無謀な捜索救難命令。若いというよりも幼い准尉だが、彼女は年齢や外見で侮ると何をしでかすかわからないことをヴァルコフは学んでいる。なんの因果か、国境付近の“匪賊討伐戦”で盛大にやらかしてくれた准尉だ。碧眼に軽蔑の色を浮かべないだけ、自制心があると言えるような命令を受け取った彼女の反応はそれだけに真っ当だった。「率直に申し上げます。遭難推定時刻から48時間以上が経過している以上生存は絶望的です。」情報部から寄越された遭難の時間と推測地点。デグレチャフが地図を調べ、時間を知ったときに口にしたのは単純な誰もが同意できるような分析だ。雪山、特に冬のノルデン地方を知っている人間ながら誰だろうと同意するに違いない。あそこで、吹雪の最中に遭難しようものならまず24時間もつかすら怪しいだろう。「特に、ノルデンの三角地帯は最悪の難所と言わざるをえません。」まして、ノルデンの三角地帯は平穏な天候状況であっても遭難者を多数出している。険しい地形、すぐに一変する天候、そして崩れやすい雪。「ご存知のように、磁赤鉄鉱でコンパスが狂うだけでなく、風化した雪原で吹雪となれば天測による航法すらままなりません。」それどころか、紛争の原因となっている資源が只でさえ厳しい山を魔窟と化さしめている。コンパスすら狂い、太陽も月も見えない状況で飛ぶのは航空魔導師や飛行機ですら遭難しかねない。そんな当たり前すぎる知識は、ノルデンに住む人間ならば子供でも知っている。「観測班によれば、体感温度は-40℃をはるかに下回りかねない情勢です。」そして、異常な爆弾寒波によって観測されている現在の気温は考えたくないほど寒い。体感温度に至っては、人間を即座に凍死させるに十分すぎるほどだ。このような状況下では、耐寒装備で身を固めた熟練の山岳猟兵とて長くは歩けない。ベテランのコマンドでさえ、状況は同じだ。精々、雪洞でビバークして生き延びられれば御の字だろう。「この情勢下、協商連合側コマンドが展開しうるとは考えにくい情勢です。強行する必要性が…。」「准尉!私は、それをすべて知っている!」デグレチャフの言葉は、すべて正しい。専門家ならば、山を知っている人間ならば、誰だろうと同じように考える。ヴァルコフの経験と知識も、それには全面的に同意するに吝かでない。ただ、彼らは軍人なのだ。「失礼いたしました。准将閣下!」口を噤む彼女の心中は察するに余りある。一介の士官候補生に毛が生えた程度の准尉だ。准将から下される命令に抗うことなどこの規格外の准尉でも不可能。故に、即座に口を紡ぎ幾多の不満と抗議を飲み干すしか選択肢はない。「それでも、行ってもらわねばならん。ただちに、捜索行程を立案せよ。」「了解いたしました!」あとがきどうやら、人類は滅亡しなかったようなのでちょっとばかり存続を祝おうと思います。(=゚ω゚)ノさあ、休暇だぁあああああああ!!!!それと、テンションが高いのもあるのかなぁ?後、改稿とか校正とかそこらへんはちょっとタイム。堪忍を、堪忍をお願いします。世の中には、諸般の事情が…。まあ、その分頑張ってThe Day Before Great Warシリーズをお送りし様かと。年末年始にお楽しみいただければ幸いです。次弾装填より先にZAPの嵐が吹く模様。皆様も、冬の山にはご注意を!ああ、ZAPが…