視点変遷:共和国東方方面司令部、第4ブリーフィングルーム。『登録魔導師』通称、ネームド。航空魔導師の世界は狭い世界だ。中隊規模であっても、12人編成。航空魔導大隊でようやく36人編成。そんな世界だ。5人も航空魔導師を撃墜すればエースと呼ばれ、スコアが50に至れば、エース・オブ・エースと認められる。エースを6人以上有している部隊か、個人の撃墜スコアが30を超える頃が一つの境界線だ。それを越えれば、敵軍に『登録』され、警戒すべき好敵手として認知される。ネームドは戦場を支配する。ネームドに対抗できるのは、圧倒的な物量か、同格以上のネームドのみ。空に存在する味方のネームドは戦場において、友軍将兵にとってこれ以上にない精神的支柱だ。特に数的優位に依存する傾向の強い共和国軍にとって、帝国の精鋭とも渡り合えるネームドへの信頼は群を抜いて強い。ネームド自体の希少性と、戦術的価値から重要な作戦に投入された彼らは勇名を轟かせている。第4航空魔導師団所属、第42航空魔導団106捜索魔導中隊もその精鋭として名を轟かせていた。つい、先日までは。「これより、106捜索魔導中隊及び、107捜索魔導中隊壊滅に関する戦技評議会を開始します。」初期想定では、帝国の主力は東方に位置しネームドを含めた有力魔導部隊は不在とされている。故に、ネームドとそれに準じる精鋭が壊滅するなどということは通常ならば、ありえないことだろう。だが、壊滅したのだ。それも、圧倒的に数的優位にありながらも、ほぼわずか一人の魔導師の手によって。初めて耳にした時、誰もが自分の耳を疑った。何かの間違いだ、と。「106及び107は、敵観測魔導師の排除に従事していた際、迎撃に上がってきた敵魔導小隊と接触。」長距離侵攻の必要性からネームド部隊が出された。難しく、厳しい任務であるがために余人では代えがたい、と。だが、信じがたいことに同数以下の部隊によって甚大な被害を被ったとなれば状況いかんによっては戦局に影響しかねない。そのことを理解している参謀たちの表情は、畢竟、険しくならざるを得ないのである。「現在配布しているものが、回収された演算宝珠と、生存者の報告を総合したレポートです。」だが、分析に従事した魔導士官らの表情はそれ以上に思いつめている。彼らは、先だって分析に従事する必要から、回収された演算宝珠の記録と、レコーダーの分析を行っていた。生存者への聞き取りも、重傷者相手ということもあって制限されたものではあるが、衝撃的な内容を耳にしている。半生半死のわずかな生き残りらから回収したもので無ければ、まず信じがたいものなのだ。いや、信じたくない、というべきか。「・・・ですが、まず、交戦記録の画像をご覧ください。」「MAYDAY MAYDAY MAYDAY」接敵を知らせる緊急警報。いつだって冷静であることが仕事の前線戦域管制官が悲鳴を上げている。これが、新人ならばまだ笑えるが、彼はベテランだ。106壊滅の記録を最初に司令部に報告し、撤退支援要請を発している。おかげで、辛うじて107と106の生存者が収容できた。「Break!break!」ノイズ交じりの画像には、指揮官の命令に即座に従い、迅速に散開する部隊が映し出されている。分析した航空魔導士官らは、ここからの光景が未だに、現実のものとして受け入れ難く感じていた。記録によれば、この時限界交戦距離を遥かに上回る超長距離より精密狙撃をされた、とあるが未だに信じがたいのだ。全力で乱数回避を行っている106。「ショーン!?」そして、急激な乱数回避軌道によって画面が急激に移動を繰り返す。すでに、幾人かが被弾し、落とされていた。「Bandit!Angel12」「Angel12!?」そして、高度12000。そう、信じがいたことに高度12000からの攻撃だ。すでに、本国へ急報しているが、既存の倍以上の高度へ帝国軍魔導師は至っている。これが事実であれば、既存の航空魔導師は軒並み無力化されるに等しい。『・・・馬鹿な、ありえん』誰が呟いたか不明瞭なその一言が、司令部の総意を体現した言葉だ。12000という数字に、彼らの頭は一瞬麻痺してしまう。それほどのものなのだ。魔導師の実用限界高度は6000それが、常識だ。人間の限界と言い換えても良い。対地上比で6割程度の酸素濃度に加えて、信じがたい魔力消費量になる。戦闘機動など、取った瞬間に魔力が枯渇するだろう。「It is supposed to be a fighter!」「Shit!It's not!The magi particle is detected!!」実際、部隊も戦闘機かとも勘ぐっていた。だが、相手は紛れもなく航空魔導師である。複数の光学処理された映像から映し出されるのは、帝国軍制式仕様ライフルとアンノンの演算宝珠反応を伴う敵影。距離があるため、相手の姿までははっきりと映し出されていないが、随分と小柄か。しかし悠然と、支配者のごとく空を遊弋するその姿からが、一切の障害を物ともしていないことを表してやまない。「Climb! Climb and maintain 8000!」疲れ切った部隊。すでに、長時間の任務に従事していた106の戦闘力は十分な状態ではなかった。ましてや、この敵はあまりにも非常識。ありえないのだ。たとえ、充足しきった状態であったとしても苦戦は免れ得ないだろう。本来であれば、高度8000ですら、戦闘機動は自殺行為に等しい見られる環境。そこへのアプローチを部隊長に即断させるほど、高度差があるというのは俄かには信じられない。『・・・8000へのアプローチ?』『俄かには信じられん。』しかし、航空魔導戦に限らないが空で上を抑えられるのは致命的。故に、上がるしかない。彼らは、上がるしかなかったのが映像でよくわかる。視界は全てこちらが見上げる形で記録されているのだ。上がらねば、一方的に鴨撃ちされてしまう。逃げるにしても、戦うにしても上がらなければ何もできない。彼らに選択肢はなかった。「Engage until Bingo fuel.」魔力限界までの交戦を部隊長が宣言。後退の許されない重要拠点の防衛か、戦闘の回避が不可能と見なされた時のみのそれだ。回収されたレコーダの記録と並行して映し出されているのは、戦域航空図。厄介なことに、彼らが後退すれば退却中の友軍が敵砲兵隊に叩かれかねない状況にあった。加えて、迎撃に上がってきた敵魔導師は迎撃に上がったばかり。余力がある以上、追撃戦は容易に想定できた。故に、106の活路は、敵魔導師を排除しての後退のみ。それ以外に、選択肢が無かった。だからなのだろうが、Bingo Fuelの覚悟で持って交戦に挑んでいる。「Go for engage and defeat them or just die!」指揮官の決意がこもった号令とも叫びとも付かない一言。叩きのめすか、我々が叩き潰されるか。そこに込められた悲壮感は、全滅を覚悟している。「B in Engage!」ブラボーと呼称されていた107がほぼ同時に魔導小隊と接触。これによって106は完全に孤立する事となる。わずか、一機の航空魔導師相手に、孤立してしまうのだ。同時刻に107が交戦した小隊は、練度こそ高いものの、平均的な帝国軍であったと報告されている。明確な足止め。相手は、本気で106を狩りに来た、と戦術担当士官は分析している。「My God!」そして、106はここに至って交戦相手が『登録魔導師』であると確認した。性質の悪いことに、この戦域で急激に頭角を現して来た新鋭である。詳細なデータはすべてアンノン。対策はおろか、一般的な戦術手法に至るまで未知の脅威。情報部の尻を蹴っ飛ばして現在再調査させているが、未検証ながら前線の噂として否定されていた報告がいくつか既に見つかった。曰く、中隊と単独で交戦した。曰く、ありえない高度を飛ぶ魔導師がいる、等々。戦場だ。情報に混乱があることは承知しているが、相手の異常さゆえに発覚が遅れたのが悔やまれる。「It's a Rhine's Satan!」『止めろ。カギール大尉、ラインの悪魔とは?』『詳細不明のネームドです。魔力反応で同定されているにとどまります。』問い詰められる情報参謀の顔色は真っ青だ。魔力反応のみでの同定とは、要するに何も分からないのと同じだ。それは居並ぶ高級将校の前で、情報部の無能を告白するに等しい。交戦した際の演算宝珠のレコードを解析すれば、概要程度は把握できる。意味するところは、レコードの分析を怠っているか、単純になにも記録されていないかのどちらかでしかありえない。『レコードの分析はやったのか。』当然、誰もが思いつく疑問を座長の参謀長が問いかける。貴様らは、その程度もやらなかったのか、と。『撃墜され回収された物を17件検証しました。生存者への聞き取りも既に完了済みです。』だが、情報部の解答は実に明瞭である。彼らとて、仕事はしっかりと行っていた。未確認の魔導師によって甚大な被害が出ているという情報はそもそも、彼らが発したものだ。特任の調査班を編成し、わざわざ撃墜され、回収されていない魔導師の遺体収容作戦まで敢行している。その結果として、複数の演算宝珠を回収し、残骸から何とか物になる資料が無いかと調べまでした。・・・だが、なにも出てこないのだ。その存在を示唆する証拠は山ほど積み上げられたにもかかわらず、実像が一切出てこない。『・・・それで魔力反応のみ?どういうことか。』『近距離有視界交戦後の生存者がほとんどおりません。生存者の大半はアウトレンジで撃墜されていました。』近づいた魔導師は軒並み、全身が爛れるほどの火力で吹き飛ばされていた。回収された演算宝珠は、頑強な外殻が融解し、核が損傷している。通常兵器でこれを為そうと思えば、重砲か1トン爆弾を引っ張りださねばならない程だろう。近接戦では極めて高火力によって排除し、遠距離からは精密狙撃を行ってくる魔導師が存在する。そのような戦術的脅威と認識されて、未確認ながら魔力反応によってのみ軍のライブラリに登録された魔導師だ。ラインの悪魔とは、見えない敵への恐怖と嫌悪がこもった二つ名である。なにしろ、当該方面の戦闘で出現が確認されたのは、わずか1か月前。そう、記録が正しければ共和国軍の進撃と同時に出現し、撃墜スコアが60を超えた。前線からは、ネームドの投入による駆逐を切実に希求する要請まで出されている。『続けます、これは、奇跡的に生存した106部隊員の演算宝珠が機能停止前に記録した映像です。』映し出されたのは、中隊規模の統制射撃をものともせず回避する敵影。何処を狙っているのかと訝しいほど、こちら側の火線はあたりそうにすらない。信じがたいことに、十字砲火を受けているにも関わらず、敵の軌跡はいっそ優雅と表せるほど穏やかなものだ。『・・・まさか、踊っているのか?』思わず、誰かが呟いてしまうほどに、その姿は蠱惑的ですらある。魔力光が盛大に光を発し、あまたの光源が降り注ぐ中、敵影はひらりひらりといっそ優雅と評したいほど見事に回避している。忌々しいことに、まるで当たる気配がしない。誰が名付けたのか知らないが、ラインの悪魔とはよく言ったものだ。統制射撃を掻い潜り、危なげなく応戦するなど常人では考えられない。『統制射撃が追いつかないのは、機動性が追いつかないからか?』『それほどの高機動だというのか。』従来、帝国軍魔導師の質的優位を背景として、共和国軍では統制射撃を生み出すに至った。個人の力量を過信し、突出しがちな敵魔導師を集団で確実に仕留める。その教義は、数的優位を前提とはするものの、共和国軍にとっては一つの解答と見なされてきた。弾幕を展開すれば、落とせない航空魔導師など存在しない、と。『空間爆破も回避されています。おそらく、こちらの初期照準を検出し、回避機動をとるまでのタイムラグが一切ありません。』『数秒あるかないかの時間に回避するだと?それでは、魔力誘導系は全てかわされるではないか!』統制射撃の基本は、多数の誘導弾を複数用いることによって、回避軌道を著しく限定し、直撃に持っていくことだ。空間爆破は、相手の大凡の速度と方位を測定し、予想進路上を広範に吹き飛ばし、巻き込むことを狙う。だが、何れも相手を照準し、測定しなければ有効弾は極めて困難とされている。それが、集団での戦い方なのだ。つまり、これが有効でない相手とは、集団による戦いのメリットが全くとは言わずとも、大幅に減少せざるを得ない。息を飲む列席者の心臓は、次の瞬間縮み上がる。敵演算宝珠からの測定魔力値が観測限界を振り切ったばかりか、魔力を還元し、増幅させている。複合多重干渉誘発による魔力素の衝突がいくつもの光を生みだしているではないか!多重詠唱規模の魔力を、帝国軍は単体の魔導師が発現させしめた。『観測機の記録も、観測値の限界を突破した、とあります。』『馬鹿な!?それでは、』言葉が途切れたのは、魔力素の固定反応が、惹き起こされているという観測データが突き付けらたことにある。観測不能規模の魔力、意味するところは多くの魔導師が、国家が意図して遂に断念した現象。理論上、魔力発現現象が空間座標へ干渉し得るなど、ありえないとされた。魔力の変換現象発現固定化実験など、狂気ざた、とされているのだ。それが、ありえるはずもないことなのだ。『・・・ありえん、ありえん!』その意味を誰よりも理解している技術士官は、壊れたように現実を否定し始める。それは、魔導師の技術ではなくもはや神話の世界の議論だ。「汝らが、祖国に不逞を為すというならば、我ら神に祈らん。」最大望遠で記録された姿は衝撃的だ。『・・・子供ではないか。』まだ、幼いと形容して差し支えのない魔導師。それにもかかわらず、紡がれる言葉は撃滅と殲滅の音。計測される魔力値と、忌むべき音は、破滅を予兆している。貴様の祈る神がいるならば、悪魔か、破壊神か、と頭を抱え主に縋りたくなるほどだ。「主よ、祖国を救い給え。主よ、我に祖国の敵を撃ち滅ぼす力を与えたまえ」だが、言葉は純粋だ。そのまなざしは、ただひたすらに無垢である。彼女、と敵魔導師を形容するべきだろうか?その言葉はひたすらに神へ縋っている。「信心なき輩に、その僕らが侵されるのを救い給え。神よ、我が敵を撃ち滅ぼす力を与えたまえ。」我らが、許されざるものであるか、というべき存在か。そう問いかけたくなるほど、彼女の眼差しは敬虔であり我々を批判している。「告げる。諸君は、帝国の領域を侵犯している。」その言葉は、神託を告げる巫女のように、厳かであった。その威は明らかに、信仰に裏付けされている。「我々は、祖国を守るべく全力を尽くす。我々には、守らねばならない人々が背後にいるのだ。」その言葉は、ひたすらに義務感に支えられたものだ。其ればかりが、彼女の義務であると言わんばかりに。守るべき人々が背後にいるのだという切実感と共に。ただ、ひたすらに彼女は義務を果たさんと立っている。「答えよ。何故、帝国を、我らが祖国を、諸君は侵さんと欲す?」災厄を予見したのだろう。106は、全力で阻止せんと火力を集中させる。わずかなりとも詠唱を防ごうとするのだ。「聖徒よ、主の恵みを信じよ。我ら、恐れを知らぬものなり。」だが、現実は無情だ。運命は、彼らに味方しない。神が、いるとすればだが、それは彼女に微笑んでいた。「運命を嘆くなかれ。おお、主は我々をお見捨てにならず!!」収束された魔力が急激に観測記録にノイズを走らせ始める。意味するところは、空間を攪拌する規模で魔力素が滞留しているという事。「遥か道の果て、我らは約束された地に至らん。」そのことばがとりがーであった。思考が停止した彼らが眼にしたのは、すさまじい規模の閃光を放ったモニター。やがて、演算宝珠が破損し、再生された映像が停止する。『・・・神よ、我らを、救い給え。』帝国軍陸軍大学選考再審議会「では、次に東部方面軍より、軍功枠推薦者をご覧ください。」議事進行を務めるのは、陸軍大学の教官。居並ぶ列席者は文字通り、陸軍の中枢を担うにたる人材。そして、彼らが扱うのは、次代を担う人材の選抜。通常、再審議とは合格に届かなかった存在を再審査し、場合によっては合格とするために開かれる。もちろん、逆に合格に不適格と見なされた人物を弾くこともあるものの、通常はありえない。軍の未来を担う人材の選抜に際して、帝国軍は一切手抜かりがないように最善の注意を払っている。だが、信じがたいことに、今回は合格者に対する疑義が提示されているのだ。「今回の審議対象は、公平性追及の観点より、匿名審議の時点で最優が出されております。」出願者の個人情報は一切省かれた書類を、複数の審査員が考査。与えられるのは、実績・情報部・教育担当者による数値評価。それによる講評は情実を一切排除し、比較的的確な審査を可能としてきた。そののち、個人情報が開示され、最終的に陸軍のエリートコースに上る士官が決定されるのだ。この人事は厳正かつ公平なものでなければならないものとされている。「ですが、陸軍大学人事課長よりの異議によって、再審査請求が出されました。本審査は、その要請によるものであります。」故に、議事進行役を務める教官の口ぶりも訝しむという口調にならざるを得ない。匿名審議で優が出る士官ですら、数少ないのに最優、つまり首席合格者に疑義が出されているのだ。これが、軍に有力な影響力を及ぼす将校の子弟や貴族関係者であれば、公平性に疑義ありとも言えるかもしれにない。だが、身上は軍人の遺族。有力な身内はなし。推薦者は何れも、赤の他人。派閥や貴族との縁故も皆無。推薦者は何れも、軍内において堅物と有名な現場上がり。問題行動すら記録されていない士官だ。これほど見事な経歴を実力で昇り詰めてきた士官に門戸を閉ざすように主張するなど、陸軍の伝統では大凡考えられない。「レルゲン人事課長、貴官は何故、異議を申し立てられた?」そのために、居並ぶ面々の眼差しは理解できないと言わんばかりの目線を陸軍大学人事考査局人事課長レルゲン少佐に向ける。これが、陸軍人事の中枢を担うエリート中のエリートにして一切の瑕疵が許されない人事局課長で無ければ怒声が出ていただろう。「現地部隊の推薦、士官学校席次、軍情報部による身辺調査、憲兵隊による調査報告書、軍功、何れも卓越した士官だ。何処に問題が」軍功推薦枠とは、卓越した士官を選抜するための枠だ。そこに、少壮、いや若年と言える士官が選抜されたのは優秀な人材の適材適所を実現し大きな益をもたらすと期待できる。現地部隊の推薦は、手放しの絶賛に等しい。士官学校の席次は年齢を考慮すれば、首席相当だろう。考課評価は完璧に近い。通常、うるさい事この上ない情報部と憲兵隊がそろって絶賛するなど、過去に何例あったか疑問なほど。「さよう、全て最優か、それに準じるものであるのは事実であります。ですが、小官は断じて受け入れがたいと認識します。」だが、レルゲン少佐はその何れも認めたうえで、再審査を請求した、と明言する。言い換えれば、それらのいずれも受け入れがたい、と。「席次が2位、憲兵とのもめごとなし、情報部は愛国心特優、機密保持能力保証ときた。現地部隊からは勲章の申請まで出ている士官だぞ?」当然のことながら、居並ぶ列席者にしてみればまさに戯言としか形容しがたい言掛りに等しい。唯でさえ希少な銀翼突撃章保持者が、前線から軍功により野戦航空戦技章の推薦まで貰っているのだ。人格、技量共に突出していなければ認められない野戦航空戦技章の推薦である。「これを跳ねるならば、今季は入学者ゼロとせねばならない程だ。」重々しげに呟かれた一言が、ほとんど全員の総意であった。力量・軍功・考課の何れも卓越した士官であると形容する以外に、評価のしようがない。こんなスコアの出願者を跳ねるならば、今季の出願者は軒並み選考外と宣告せざるを得ないだろう。「今回は、特例で匿名審議が解除されております。こちらをご覧ください。」さすがに、見かねたのだろう。同席した人事局総務課長が関係書類を配布する。本来であれば、匿名審議の内容を再審査する際も匿名が原則ではある。だが、状況次第では彼の権限によって解除する事もできた。曲がりなりにもレルゲン少佐を知っている彼は、少なくともレルゲン少佐に助力しようと思っている。ただ、それはどちらかと言えば彼の意見を支持するからではなく、彼のキャリアを守ろうという善意からだが。なにしろ、この戦果をあげたのが齢11の幼子だ。まともな士官ならば、誰だって戦場に出すことを躊躇するべき子供。レルゲン課長が、彼女の軍大学進学に反対する理由もその年齢を危ぶんでだろう。そのくらいの認識だが、ともかく彼はこの案件については機密保持を解除することに同意したのだ。「・・・・・このような子供が、このような戦果をあげたとでも、いうのかね?」さすがに、事態の異常さが認識されたためか、室内も静まり返る。若干11にして、魔導中尉任官。士官学校次席卒、白銀突撃章保持、野戦航空戦技章推薦保持。撃墜スコア62、(協同22)のエースオブエース。二つ名は『白銀』そして、教導隊所属の経歴あり?笑うか、どうすべきか迷うところだ。異才、そう形容するほかにない経歴である。「魔導士官の養成は急務でありますが、さすがに年齢が引っ掛かるか。」だが、さすがに若すぎる。部隊を、それも大隊規模の部隊指揮官として部隊を任せることができるかどうか。何より、魔導士官の育成が必要であると叫ばれて久しいが、魔導士官は何れも近視眼的になりがちだという批判も存在する。「さよう、魔導士官としての能力がいくら優秀でも、将校として使えるかは別の問題だ。」なにしろ、極めて専門的な領域で卓越するだけでも一苦労なのだ。航空魔導師は、個人レベルでは卓越した能力を誇るが、部隊指揮を得手とするものは案外少ない。それだけに、魔導士官としての優秀さは必ずしも、指揮官、将校としての力量には直結しないのだ。名選手は必ずしも、名監督とならない。つまりは、個人としてはエースであっても、部隊指揮官としてはまた別な要素が求められてくるのだ。故に、一部の将官らはレルゲン課長が年齢と実力に疑義を有したのか、と解釈する。確かにその面からみれば、疑義をはさむ余地はあるかに見えなくもない。「能力に問題はありません。なにより、軍功、現地の推薦と形式は完全に満たしております。否定する要素ではありません。」だが、考課担当者は、その疑義を否定する。小隊規模の指揮経験が記録されているものだが、瑕疵は見当たらない。まあ、小隊指揮程度もできねば、そもそも士官教育の意味がないのだが、案外ここで躓くのも少なくないのだ。現地の推薦を勘案すれば、少なくとも部隊指揮能力に現時点で疑義を呈するのは適切とは言えぬ。「短期促成教育の士官だ。戦術知識に偏りがあろう。将校教育の方が、適切ではないのか。」だが、一部の将官はそれでも疑義を呈する。なにしろ短期促成の教育だ。実戦である程度は通用するにしても、知識に穴がある可能性は常に付きまとう。単純な戦術レベルの指揮ならばともかく、複合的な要素を勘案せねばならない部隊長以上の指揮には適切な能力を有するだろうか?その疑問を彼らは常識的に抱く。「彼女の卒業論文は、『戦域機動における兵站』です。以前、陸軍鉄道部が絶賛した代物ですよ?」しかし、匿名審議の時点で特優を付けた考課担当者らは譲らない。なにしろ、戦略レベルで議論ができる、という実証を彼女は卒業時点で出していた。それが『戦域機動における兵站』というタイトルの論文。通常、勇ましいことを好む士官学校生とは思えない程地味な題材だ。彼女の戦果を考えれば、意外と思われるほどに。だからこそ、匿名審議の時点で彼女が11歳などと誰も想像し得なかった。戦域における兵站を論じるなど、熟練の野戦経験者かと、匿名審議時点では想像したほどである。概要は、単純明晰だ。物資集積の重要性と、デポの配備と規格化による円滑な物流による兵站線の確保。極めて、効率化を重視し物資の緊急備蓄を除き、死蔵を排除する事を目的にしている。後方で死蔵される物資への批判から、前線で正常な戦闘行動を継続するために不可欠な物資管理の提案。一読した陸軍鉄道部長が絶賛し、鉄道部への配属をほとんど懇願したというのは兵站関係者では有名な話らしい。事実、査読した幾人かの熟練した野戦将校も軒並みこの論文を絶賛している。曰く、前線で攻勢に出て、物資が不足した経験を持つ人間ならば、この論文が理解できないわけがない、と。その多くが、陸軍大学の卒業論文であると誤解していたことも付記しよう。兵站レベルの議論ができる時点で、もはや近視眼的と形容するのは困難だ。「士官学校時代の現地研修で、すでに陸軍大学への推薦がヴァルコフ准将名義で出ています。現場は高く評価しているようです。」それどころか、一部の将校らは彼女の資質を極めて高く評価していた。紛争地域における活躍を賞賛して、ヴァルコフ准将などその時点で陸軍大学へ推薦しているほどだ。能力が評価されることこそあれども、疑問が提示される事は一度たりとも彼女にはない。「それこそ、何故その時点で審議されていない。」さすがに、というべきか。これまで沈黙を貫いていた座長が口を開く。「・・・小官が、年齢・戦功不足を理由に棄却いたしました。」そして、レルゲン少佐の解答に対し、やはりかとばかりに頷くと、厳しい目線を向けた。「レルゲン少佐」「はっ、なんでありましょうか、大佐殿。」「貴官の公平性に疑義をはさみたくないが、一度目はともかく、今回の審議要求はどのような理由によるものか。」もはや、公平性に疑義が出るレベルの無理難題をレルゲンが口にしているに等しい。座長は口にこそしないものの、同じ疑問をほぼ全員が共有していた。これほどの逸材、これほどの戦功。卓越した士官だ。何故、これに疑義を彼は呈するのか?「・・・デグレチャフ中尉の人格に深刻な疑義を感じたためであります。」レルゲン少佐にとってその答えとは、デグレチャフ中尉の人格へのぬぐい難い不信感を有するからであった。彼は、幾人もの将校を見てきた経験から、ごく自然に違和感を抱かざるを得ないのだ。そして、今やその違和感は深刻なまでの不信感として固まっている。あのような異常人格者を、帝国軍中枢に入れることは断じて阻止しなければ、と彼は決意している。「精神鑑定・情報部の機密保持能力検査、何れも極めて高い数値が出ていることを踏まえての発言か。」「はい。」なるほど、精神鑑定も、情報部の調査もクリアするだろう。それどころか、場合によっては宗教家から敬虔さを褒め讃えられるほど敬虔な信徒かもしれない。交戦時に、神に許しを請うなど、大半の軍人とは無縁の精神構造なのだから。だが、それは彼女の異常さを発見できないだけなのだ。「貴官は、この検査に疑義を呈するのか?」「はい、いいえ。何れも適切な検査結果であったと認められます。」それらの調査は、いずれも適切な数値を出すことだろう。なにしろ、彼女の異常性はそこにはないのだ。まあ、無理もない。その精神鑑定は、大半の場合成人した職業軍人としての精神を鑑定するものであって、彼女のような異常者のためではない。だからその結果は、公平かつ厳正に行われた検査の結果としてみていいだろう。そこにこそ、この異常性の原因があるのだ。「レルゲン少佐、私は貴官の発言が記録に残されていると明言した上で確認したい。」「はっ。」レルゲン少佐にしても、記録を取られる事も、キャリアに深刻な打撃を受けることも恐ろしい。実際、選良中の選良としてエリートコースを驀進してきた彼にしてみれば、本来こういった議論は避けたいものだ。だが、言わねばならないという衝動が彼を襲っていた。全身が、全精神が、人間としての彼に、天敵種の存在を告げているのだ。それは、異端であり、許容できない異常だ、と。「何故、貴官はデグレチャフ中尉に対し、人格上の疑義を抱くのか?」「小官は、3度彼女を見かける機会がありました。」一度目は、卓越した士官候補生だと思った。二度目は、恐るべき士官候補生だと思った。三度目は、狂った士官候補生だと確信した。「公的にか、私的にか?」「何れも陸軍大学の公務によるものです。士官学校査察時に彼女を3度見ました。」おそらく、彼女ほど記憶に残る候補生はいなかったし、これからも現れないだろう。少なくとも、そう現時点で確信できるほど、彼女は異常なのだ。冷静かつ、合理的。そして、愛国的かつ平等主義。敬虔な信徒にして自由主義者。何れも、賛美されるべき人間としての資質を有しながらも、彼女は歪んでいた。形容しがたい違和感と歪さが同居しているのだ。「彼女が問題行動をおこした、そう主張するのかね?或いは、言動に問題が?」「当時の教官らの所見をご覧ください。一言、『異常』と書きなぐられております。」一番彼女に接する機会が多かった指導教官が面白い記録を残している。全てにおいて卓越した、と評価しつつも『異常』と私的に書きなぐったのだ。彼の抱いた違和感こそが、彼女の本質ではないのか。通常、欠点を指摘する事はあろうとも、『異常』と指導教官が記すのはありえない。「・・・ふむ、故なしとも言えないか。説明を。」さすがに、座長も糾弾する姿勢を解き、聞く姿勢を見せる。彼にしてみれば、あくまでも公平な議論の観点から、事実を確認する必要を覚えただけだが。「異常なのです。すでに、完成した人格と視野を有し、人間を物と認識している士官候補生など初めて見ました。」まるで、完成した機械の様であった。命令を完全に順守し、達成する。まさに、理想的な士官だ。それでいて、現実を理解し、空論なぞ一度も耳にしなかった。到底、常人とは思えん。だからこそ、三度目であんなことができたのだ。「秀才特有の現象とは?」「間違いなく現場で通用します。事実、ヴァルコフ准将と情報部が連名で二級鉄十字の申請を出していました。」なにより、あれを新任というには、違和感しかない。権限を限界まで活用した結果、すでに少尉任官以前に実戦参加の疑惑すら見つかった。わずかな手掛かりだが、総合すれば情報部の作戦に関与した疑いが濃厚。叙勲の手続き段階でさすがに棄却されているものの、二級鉄十字が申請される時点で、何かがあったのはまちがいない。「・・・現地研修中にか!?」驚きが全体に広がり、一瞬室内にざわめきがよぎる。いくらなんでも、信じがたい話だが短期間のうちに叩きだした経歴は、それに信憑性を付与するのだ。現地研修中、つまり9歳程度の子供が、実戦参加した揚句に叙勲の申請を得る?もしこれを外部で聞けば下手なジョークと一蹴するところだ。「情報部を締め上げたところ、極秘裏になんらかの作戦に関与させた可能性を示唆しました。」国境の紛争地域。士官候補生の研修地としてはかなり危険度の高い部類だが、そこまではまあ、良いだろう。だが、屈強な兵士が悲鳴を上げる長距離浸透訓練を、実質敵地で行っている?完全戦闘装備で、夜間に、匪賊徘徊地域を打通して、孤立した友軍基地まで行軍するなど、士官候補生の指揮とは思えない。締め上げた知り合いの情報部員は、てっきり叩き上げの少尉が指揮した部隊が作戦参加したと考えていたほどだ。それはそうだろう。そんな力量がある指揮官ならば、情報部だって頼ろうと思うはずだ。まさか、研修中の士官候補生だとは夢にも思わなかったはず。今では、叙勲申請が棄却されたのも、案外情報部が候補生だったと遅れて悟ったからではないかと疑っている。「・・・士官候補生が、現地で、情報部から叙勲申請をだされるほどの作戦に関与した、と?」ここまでくれば、さすがにその異常さが無視できない。睨みつけられた情報将校らは知らないとばかりに首を振る。だが、彼らにしても左手のしていることを右手が知らないという原則は知っているのだ。調べれば、すぐに何かが出てくるだろうということぐらいは、予想しているに違いない。顔色が、先ほどから急激に青ざめ始めているのだから。「許されるならば、機密情報の開示許可を頂きたく思います。」「そちらは調べておこう。それで?それだけならば、優秀な士官というに過ぎないはずだが。」検証はこちらでおこなう。そういう意味合いを込めつつも、座長はそれが事実だろうとは確信していた。だが、それだからこそ、彼は疑問に思わざるを得ないのだ。年齢、戦功、考課、何れも問題のない士官に、何故彼はここまで疑義を呈するのか、と。「士官学校在籍中に、彼女は命令違反者に魔力刀を突き付けています。」「・・・跳ねっ返りを叩き潰すのも、上級生の仕事では?」極言すれば、私的制裁は軍法で禁止されているが、明文化されていないルールもあるのだ。例えば、訓練中のけがは事故であり、上級生と格闘訓練中にけがをすることもままあると。言い方は悪いが、その程度で、処罰していれば、軍人の半数近くはなにがしかの悪評を得ていることになる。「本気で頭をこじ開けかねませんでした。教官が制止しなければ、一人を廃人にしたはずです。」だが、違うのだ、とレルゲン少佐は叫びたい衝動を抑えて説明する。居合わせた者にしか、理解できないことはよくわかっているつもりだ。「・・・少佐、教育係の発言を信じていれば、今頃軍は死体だらけだぞ?」軍の教育係が新兵に過激な言葉を飛ばすのは、軍にとって通常のことに過ぎない。海兵隊や航空魔導士官において訓練時の新兵に対する罵詈雑言など、殺してやるならば、まだ可愛い方だ。貴様の頭をかち割ってやる、空っぽの頭を吹き飛ばしてやる、などいくらでも平然と教練場で響き渡っている。「やや過激な傾向があったとしても、さすがにそれは、微妙な評価だ。」「年齢を考慮すれば、よく自制したと評価もできる。」その程度、はっきり言って、可愛いではないか、と多くの軍人は自らの経験則で判断してしまう。彼らは、見ていないがためにそう判断してしまうのだ。彼らの多くは、新兵教育時に、それこそ家畜のように怒鳴られ、まごまごするなと魔力刃で斬られかけている。そして、今現在に至るのだ。その経験からしてみれば、不服従を繰り返す新兵に対して魔力刃を突きつける程度、驚くことでもない。言葉にしても分からない馬鹿には、多少お灸をすえるか、素振りを見せるくらいは、許容されているのだ。むしろ、いちいち不服従の咎で、軍法会議にぶち込まないだけ温情的だとすら判じている。なにしろ、上官への反抗は最悪銃殺すら含めた極刑。言い換えれば、判断能力の少ない新兵を銃殺するくらいならば、殴り飛ばす方が温情的だと彼らは信じている。「ふむ、まあ人事課長の危惧は年齢と自制できるか、という点で見ればまあ、わからなくもない。」そこまでくれば、彼らの結論は揺るがない。確かに、年齢不相応のところがあるのは認めよう。新兵をしごいているという人事課長の論説も、まあ行き過ぎはあるにしても、許容範囲。異常な才能を持っていることに、人事課長が危惧を有するのもまあ、理解できなくはない。だが、陸軍大学への進学はむしろ彼女が受けいていない分野の教育を提供することで、有能かつ卓越した士官を養成できるに違いない、と。「だが、やはりレルゲン少佐、君の意見は主観的に過ぎる。客観性を欠くと言わざるを得ないのだ。」そして、やや動揺こそしたものの、彼らは彼女の合格を素直に承認することにする。「もちろん、君が公平に見ようとした事実は認める。だが、君ともあろうものも、印象に囚われすぎだな。」「まあ、よく調べている。情報部の締め上げが課題だな。」むしろ、彼らは人事課長が本気で彼女の問題を取り上げた、とは今やだれも認識していない。軍内力学において、卓越した遊泳術を発揮しなければならない人事課長が表だって情報部を批判できるはずもないだろう。だから、別の話題にかこつけて批判を展開したのだ、と多くは見ている。言葉にこそしていないものの、人事考査の途上で、発見した情報部の不透明な動向を叩く題材としてこの審査請求だと。情報部からの評価が、過去の秘密作戦を反映した不透明なものだ、と。確かにこれならば、彼の失点とも言えないが、功績の方が大きく、評価されるだろう。情報部に至っては、レルゲン少佐を追求するどころか、謝罪する側に回る。つまり、大凡の評価は人事課長はよくやるな、という程度の認識であった。要するに、公平性を追求しつつ、情報部の秘密主義に疑義を呈したのだろうと。「ご苦労だった、レルゲン少佐。彼女の審査請求は棄却するが情報部の再調査要請は受け入れよう。」「・・・ありがとうございます。」かくして、レルゲン少佐の意図とは裏腹に、だれも、だれもそれを止めようとはしないのだ。※常識人苦労する?今後の予定:陸軍大学⇒大隊長(少佐コース)そう、少佐コースなのです。あの、少佐です。例の最後の大隊のww※誤字修正ZAP!ZAP!ZAP!ZAP