前線に比べれば、後方のなんと快適なことか。まさか、一日三食暖かい食事が取れるとは驚きです。いやはや、もう一度前線にいけるでしょうか。っと、大変失礼を。ごあいさつを申しあげるのが遅れてしまいました。キャンパスライフを満喫中の皆さま、これよりよろしくお願いしたく存じる所存です。ああ、失敬。ライフルではなく、筆記用具を持参するべきでした。いや、まだ前線の気分が抜けていないようです。どうにも、手元に演算宝珠とライフルが無いと落ちつかないのですよ。幼児性と笑ってくれますな。子供がお気に入りの毛布や人形を手放せないのと同じとは考えたくないのですが。しかし、身体に精神が引きずられる可能性もあるので、戦々恐々としているところです。実に、実に、お恥ずかしい限り。窓がある生活にもそのうち慣れると思います。さあ、机を並べて楽しく平和に、たくさんの敵兵を排除し、明るい帝国の未来を確立するべく共に学びましょう。こんにちは、ターニャ・デグレチャフ中尉、11歳です。今年から、晴れて大学生になりました。ええ、大学生です。陸軍大学は、立派な大学です。何度でも言いますが、大学です。ああ、世間的には飛び級ということになります。素晴らしい教育制度と奨学制度のおかげで、私は学費に悩む必要どころか、給与まで受け取って学べるのです。しかも、ただ学ぶだけで昇進し、エリートコースまっしぐら。生命の安全度も跳ねあがり、軍中枢への道と、安全な軟着陸戦略も模索できるのです。ああ、なんと学びの素晴らしいことか。歴代の賢人が積み上げてきた英知を継承し、あまつさえ其れにじかに接する機会を与えられることの素晴らしさ。規律正しい清き正しい平和な学生生活の素晴らしさ。学生とはなんと、なんと素晴らしいことでありましょうか。ああ、これほど素晴らしい環境です。離れたくなくなる気持ちも、理解できますが、如何せんここは陸軍大学。正常な組織ですので、無能は陸大に不要と、前線送りです。そういうわけなので、長くいることはできません。まあ、頑張れば優秀な成績次第では後方勤務なので、インセンティブには不足がありませんが。さあ、そういうわけで今日も今日とて楽しくお勉強です。さすがに、ライフルと演算宝珠を持参し、衛兵司令にとがめられるのは、今日でおしまいにしたいのですが。やはり、一度染みついた習慣という物は恐ろしいですね。サラリーマンが定年退職後もうっかりスーツに着替えてしまうのも納得という物です。さて、無意識のうちに担いだライフルは何処に隠せばよいのでしょうかね?「おはよう。ラーケン衛兵司令。」かけられた声で、ようやく接近に気がつく。本当に、気配すら感じられなかった。曲がりなりにも、実戦を経験してきたとはいえ、やはり戦地帰還組からすればなまっているのだろう。それとも、彼女が卓越した兵士だからだろうか?「おはようございます、デグレチャフ中尉殿。失礼ながら、今日もライフルをお持ちで?」下士官として、幾人もの将校を見てきたが、彼女ほど前途が明るい士官も少ないだろう。聞けば、わずか10代で陸軍大学に入るなど前代未聞という。それ以前に、10代で中尉任官という経歴もありえないのだが。もしも、何も知らずにそのことを聞けば、一笑して笑い飛ばすに違いない。頭でっかちの秀才参謀だって30代に行くか行かないかだ。そんな限られた枠を10代前半の餓鬼がとれるものか、という笑い声を自分が出していても不思議ではない程に。だが、世界は広いらしい。まさか、戦場で一度も遅れをとったことのない自分の背後を、あっさり取ってしまう士官がいるものだ。明らかに、デグレチャフ中尉殿は、外見で侮ってはいけない部類の士官だろう。聞けば、毎日のようにライフルと演算宝珠を持参し、当直の衛兵司令に預けているらしい。武器を手放さないのは、戦場での経験だろう。たまに、戦場帰りで武器を精神的に手放せなくなる奴もいるがこれとも違うようだ。別段、武器を手放すと不安に駆られるという様子もない。要するに、習慣として、武器をもつことを自らに課しているということだ。常在戦場の心得というが、ここまで貫徹していれば、繰り返しになるが、この年で野戦航空戦技章を授与されるだけのことはある。叩きこまれた戦訓と、下士官兵への適切な態度。次に戦場立つ時は、年齢で敵兵を区別することなく、撃たなければ死ぬかもしれない。一つ学んだと思っておこう。「ああ、恥ずかしながら、なかなか習慣という物は治らないらしい。」その気持ちはよくわかる。自分も、月明かりのある寝台で寝られるようになるまで、常に遮蔽物を無意識のうちに探していたものだ。別段、安全と分かっていても、戦場において命がけで見つけた習慣は簡単には変わらない。「いえ、御立派なものです。」むしろ、しっかりと戦場の要点を理解しているということに他ならないのだ。正気を保ったまま、戦場で何が重要かを理解することが、青い新任少尉にとっての試練である。戦場とは彼らの信じる建前が激しく現実に蹂躙される世界なのだ。勇ましさ、栄光、名誉なぞ泥まみれになって、殺し合い、その中で少数の例外的な士官が名声を手にする。その少数だけが知っている秘密は、実は難しいことではない。下士官兵の言葉に耳を傾けて、彼らを心服させる意見を出せればいいのだ。だが、これができる士官は本当に、本当に少ない。「ありがとう。叩き上げに保証されるほど嬉しいことはない。」だから、目の前の少女の外見ではなく、内実に敬意を払い、真摯に対応する必要があった。叩き上げを評価できる士官は、伸びる。そう思いながらも、衛兵司令は自分の職務を忠実に果たすことで、小さくも恐れ多い中尉殿への敬意を示す。「しかし、失礼ながら、本日の御用向きは?」世間一般で言うところの安息日。つまりは、日曜日だ。敬虔な信徒ならば大半は教会に行くし、人によっては懺悔もする。この中尉殿も午前中はよく教会でひたすら真摯に祈っていると聞く。なにより、実際ひたすら聖像を見つめる彼女の姿を目にしたのは、一度ではない。時間帯からして、昼食をすましたところだろうし、陸軍大学とて日曜は任意だ。まあ、月曜から土曜は過酷極まるらしいが。「なに?どういうことか。」「ご存じのように、本日は休日であり、講義はありませんが。」講義があるならば、学生が登校するのは当然だが、休日に陸軍大学へ要件もなく足を踏み入れさせるほど軍はぬるくない。もちろん、相応の理由がある限りにおいてその限りではないのだが。「ああ、簡単だ。図書室を使いたい。寮の資料室では事足りん。」そして、誠に単純なことながら、デグレチャフ中尉殿は実に、実に勤勉であられる。気難しい司書長ですら、その知識と好奇心、向学心を賞賛しているというのだから、軍人の鏡というべきかもしれないだろう。何より、古い戦訓の分析と概念の再分析は参謀本部の作戦課をして驚嘆させるほどだと、古い上官から耳にした。この小さな頭に、何が詰まっているのだろうかと、本気で感嘆したことを覚えている。「失礼いたしました。毎度のことで、恐れ入りますが、武器をお預けになってご利用ください。」普通ならば、将校の私物を預かるのは、余計な手間がかかり気も乗らないものだが、この中尉殿は別格だ。戦場で、ライフルほど信頼できる戦友は皆無である。そして、魔導師にとって、それと同じくらいにかけがえのないものが演算宝珠だ。これを預かるのは、名誉でこそあれ、手間と感じることではない。「そうさせてもらおう。では、失礼する。」手早く所定の位置で申告書を書き上げ、慣れた手つきで、保管証明書を受け取りデグレチャフ中尉殿は校内へと進まれる。さりげなく見たが、背後から見ても、その足取りは一切躊躇が無い。戦友を預けることに躊躇が無いほどに信頼された、と思えば我もなく嬉しくなるものだ。「・・・准尉殿、随分と、態度のでかい餓鬼ですね。」だが、その下士官冥利につきる感情を理解できない馬鹿が水を差してくる。軍隊生活に慣れてきた上等兵は得てして士官学校出の士官を馬鹿にする傾向があるが、これは修正が必要な水準だ。その程度の頭だから、未だに曹への道が無いのだとすら思えてきて、頭が痛い。あの程度の年齢の方が、士官で、この馬鹿は年齢以外なにも取り柄が無いとは。「馬鹿か貴様?ション便臭い餓鬼どころか、戦地で浴びた帰り血の匂いをまだ漂わせている硝煙臭い餓鬼だぞ?」さすがに、実戦経験のある軍曹がたしなめるものの、まだ認識が甘い。あそこまで徹底した軍人になるには、古参兵の中でも才能と戦争への愛情が必要だ。言い換えれば、人間として戦争を嫌い抜きながらも、どこかで戦火に恋焦がれる人間でなければ、彼女を理解できないのだろう。「軍曹、貴様の認識はその程度か?」「はっ?いえ、もちろん良い上官になられるとは思いますが。」もちろん、よい上官になられるだろう。自分であれば、彼女が大隊長であれば、喜び勇んで従うはず。突撃だろうと、突破粉砕だろうが、遅滞防御だろうが、いや殿軍だろうと従事するに決まっている。彼女は戦争に愛されているのだ。軍人として、名を残し、あるいは無上の栄光が約束された部隊となるだろう。その誉れが確実に約束されたと確信できる。幾人もの将校を見てきたからこそわかる。あれが、所謂英雄なのだ。「気が付け、間抜け。中尉殿は二個演算宝珠をお持ちだが、御預けになられたのは一個だぞ。」だが、理解できない間抜けには口にしても仕方がないだろう。中尉殿が、こちらの職責に譲歩し、ライフルと予備の演算宝珠をお預けになったのだ。最後に一つ、一番使い込んだ演算宝珠を手元に残すのは、権利に等しい。最も、それを理解して持ち込みを黙認したのではなく、気がつかなかっただけの馬鹿にはいう気にもならないが。「無意識なのだろうが、本当に気を抜かれないお方だ。」「・・・週番士官殿にばれたらことですな。」・・・ああ、貴様らはまだその程度の認識か。・・・ああ、恥ずかしい。心なしか、またあの間抜けがライフル担いできましたよ、と衛兵たちに笑われている気がしてならない。ラーケン衛兵司令が気のきいた人物で本当に良かった。何も言わずに、しっかり保管してくれるおかげで、こちらも自然体に校内へ入ることができる。自分のミスが許しがたく、かつ屈辱でしかないが、かといって醜態を晒すことも望ましくはないのだ。気配りをしてくれるラーケン准尉には、機会があれば職責上許す範囲内で便宜を図ってくれたことへの返礼を考えるべきか。まあ、本心から恥を感じるのはミスをしたという事実があればこそ。そして、ミスの原因は単純だ。いい加減恨みつらみをぶつけようと、休日になると飽きもせずに最寄りの教会で、存在Xの模倣像を呪っているからだ。もし現れればその場でライフルをぶっ放すつもりで持ち込んでいるのだが、残念なことに一度も出会えていない。うん、自分でも、いい加減非効率的極まる非生産的活動は自粛すべきかとも思うのだが。しかし、これを怠ると、エレニウム95式の呪いで本当に敬虔な神の信徒とされかねないのだ。だから、存在Xの像を見るだけでおぞましく思える心を維持する事は、精神衛生上不可避の必要行為。これを怠ることは、呼吸を怠り、思考を放棄するに等しい行為に他ならない。そんな馬鹿な真似は断じてお断りだ。人間の尊厳は、思考するところにあるのだとすれば、思考を停止した時点で私という人格は消失する。そんなことを受け入れるのは、精神的な自殺以外のなんだろうか。自殺でしかないのではないか。要するに、私は生物として自殺できないのだ。証明終了。まったく、それにしても存在Xが遠因で恥をかくところになるところだった。忌々しいことこの上ない連中だ。っと、これ以上のミスを重ねるわけにはいかない。「デグレチャフ中尉、入室いたします。」一言断って、図書室の扉に手を掛ける。休日とはいえ、多少の利用者がいることもあり得るのだ。そしてここは陸軍大学。入学者の最低階級が中尉以上ということは、私など下から数えたほうが早い位下っ端なのだ。上位者が中にいることを考えれば、常に気が抜けない。「む?」ほらみろ。如何にもと言わんばかりに偉そうな将官がいくつもの地図と記録をほじくりかえしている。戦史研究は比較的マイナーなジャンルとはいえ、重要な分野なのだ。当然、ごくまれにお偉いさんが資料を求めて陸軍大学にまで足を運ぶこともままある。なにしろ、持ち出し厳禁の記録だ。見たければ、自分で足を運ぶしかない。「っ、失礼いたしました。准将閣下。自分は、」そして、これこそ千載一遇の好機である。いつの時代も、上に知己を得ておいて、損は無いのだ。出会いを求めるならば、可能性のあるところに足で出向き、機会を増やすことが不可欠。誠に遺憾ながら、この身はまだ、若い。故に、アルコールを活用する場へ出入りは憚られる上に、相手の酒を不味くするので逆効果だ。しかし、逆に言えば他の場では、好印象にもなる。自分の外見を活用する事は、前世の事情から得意ではない。確かに、笑顔を造る程度のことはできるが。とはいえ、足を引っ張らない程度に常識で判断することはできるのだ。「ああ、良い。今は卒業生として先輩に対する敬意でかまわん。」さいわい、相手は気さくなタイプ。ここは、せいぜい真面目な陸軍大学の大学生として振舞うことにしよう。そうすれば、何かの折に役に立つことがあるかもしれない。「はっ、ありがとうございます。自分は、デグレチャフ学生。帝国より魔導中尉を拝命しております。」「ゼートゥーア准将だ。参謀本部戦務参謀次長を拝命している。」参謀本部の戦務参謀!後方のお偉方トップに近い集団ではないか。全くもってついている。「お目にかかり光栄であります。」心より、そう言えたと思う。なにしろ、参謀本部の人事を司る連中と同じくらいに連中は権威がある。企業で言えば、経営戦略を形成する中枢部門。そこの住人と職務外で知見を得られるのは、ついていると形容するほかにない。「ふむ、中尉、君は何か急ぎの用事があるかね?」「はい、いいえ。准将殿。本日は、知見を得るための自学目的であります。」思わず、飛び上がりそうになるのを自制しつつ、素直に自分の目的を申告する。幸い、知的好奇心を充足させる必要性と、法令研究の用事で頻繁に図書室を利用しているので不自然さは無いはずだ。言うまでもないことだが、偉い人間という物は、つてを求めて近づいてくる人間を一番嫌うものだ。ここは、素直に相手の知見を得られたことを幸いと思うことにして、せいぜい好印象を得るにとどめるべきだろう。お互いに良好な職務関係を構築する事が利益になると思っていただけるように、自己アピールはしたいが。「いい機会だ。座りたまえ。たまには、若い者の意見も聞きたい。」「はっ、失礼いたします。」そして、相手は幸いにもこちらにある程度の関心を有してくれている。こちらへ関心のない相手へのプレゼンに比べれば随分と楽なものだ。人員削減のプレゼンで、必要性を理解してくれずに反発してくる役員を相手にするよりはるかにましと言える。「さて、貴官のことは少しばかり耳にしている。随分な活躍のようだな。」「はっ、過分な評価を頂いております。」『白銀』という身も悶えたくなるような忌々しい二つ名。帝国軍の命名センスを徹底的に再検証するべきだと確信しているが、少なくとも目立つことは目立っているらしい。少壮の精鋭ということもあり、多少知名度が上がったのは出世に幸いか。ただ、目立ちすぎると出る杭は打たれるので、どこかで、調整できるように注意する必要があると思う。「ふと思うのだがね中尉。この戦争はどうなるだろうか。」世間的な会話として、軍人が戦局を語るのは、まあ普通の世間話の様なものだ。ここで、下手に自分が馬鹿であるとアピールし、機会を失う間抜けでもなければ、無難な会話に徹するだろう。それは、確かに凡俗の発想としては間違いではない。だが、相手がこちらに関心を示しているのだ。素直に、自分の意見を表明する事ができれば、ある程度意欲的と見てもらえるものである。もちろん、馬鹿なことをいわないのは最低条件だが。「お言葉ですが、閣下の御言葉は含意が広すぎます。」だから、相手の質問の意図を確認するという積極性のあぴーるは出世に不可欠。一を聞いて、十を知るができれば理想だ。だが、十を聞いて、一を知るよりは、遥かにましである。なにより、帝国軍人という生き物は、正確さに対して偏執的なまでにこだわるのだ。加点を狙うよりも、失点を防止する方がここは大切だろう。声が大きければ、出世できるわけではない。ちまちまと細かいところに気がつき、大きな声で叫ぶことで、出世できるのだ。「ふむ、確かにそうだな。言い換えよう。貴官はこの戦争の形態をどう予想する?」「僭越ながら、自分は言及すべき立場にないと考えます。」そして、自らの職責を越えた発言は自粛するべきだ。例えば、人事部が営業に口を挟むべきではないし、営業が人事部に口を出すのも同様だろう。もちろん、積極的なブレインストーミングの類は推奨するべきである。無能な人間であろうとも、集まれば、なにがしかの知恵を出せるというのだ。もちろん、単なる衆議では集愚の意見となりかねないので、注意せねばならないのだが。「よい。諮問しているわけではないのだ。自由に述べよ。」「では、お言葉に甘えて失礼いたします。」本来は、やりたくない。だが、これ以上固辞するのも逆に失礼にあたる。なにより、語ることのない無能と見なされかねないのはまずい。黙っていても、わかってくれるだろうというのは甘えだ。それも、超ド級の幻想でしかない。人間は、耳を2個持っているが、口は1つしかないのだ。要するに、聞く耳を持っている相手には、口が一つで十分ということに他ならない。だから、最低限口を動かせばある程度は話が通じるにしても、動かさないで通じるわけがないのだ。「今次戦争は、大戦に発展するものと確信します。」プレゼンの基本その一。予想は、断言したほうがよい。ついでに、独創性をブレンドしつつも堅実に。「大戦とは?」「おそらく、主要列強の大半を巻き込んだ世界規模での交戦に至るかと。」この世界では、これが世界大戦の嚆矢となるのだろうか?まあ、間違いなく列強同士の本格的な戦争になるのだ。大戦と形容して間違いない。つまり、常識的に考えて、世界大戦になるということを認識しているに決まっている。列強と列強が覇権を求めてぶつかるのだ。陣営別に本気で戦わないわけがない。だから、甘い認識ではないと、現実を見つめていると、アピールする方が評価されるだろう。「・・・根拠は?」「帝国は列強として新興ながらも、従来の列強と比較し単独ではかなりの優位を誇っております。」そして、説明を面倒くさがらないこと。言うまでもないこと、などと油断してはいけない。認識のずれは、会議をボロボロにしてしまうという事をもっと熟慮するべきなのだ。無駄の多い会議を防止するための唯一の解決策は、徹底的な共通認識の確立。そういう意味では、准将殿は実にしっかりとされた方だ。たかが中尉を相手に、ここまで真剣にこちらと会話をなさろうとしてくださるとは、驚くほどの寛容さ。「そのため、帝国は他の列強と一対一ならば負けることはなく、勝利が収められるでありましょう。」「うむ、共和国に対しては勝利できるだろうな。」そして、言いにくいことを言葉にしてくださる。『共和国に対しては』ということは、逆に言えば、その他はその限りではないということだ。上位者が軍の潜在的な敵の存在を示唆してくれるおかげで話が進めやすい。部下の力を活用するという点においては、部下を選びにくい軍隊は企業よりも徹底して取り組んでいる。このことは、人事部でリストラを行っていたころには持ちえない視点なので、真摯に学ぶべきだろう。軍隊では、企業と異なり、部下を選びにくいのだから、育てるしかないのだ。「ですが、連合王国や、連邦がこれを座視するとは考えにくいのが実像であります。」「・・・彼らは今次戦争に直接の利権を有していない筈だ。」そして、当然のことを再確認。うん、実にいい。実に、素晴らしい。これこそ、知性的な会話というやつだ。相手が、こちらの知性がどの程度あるのか、と興味を持っていなければ成立しない会話。素晴らしく楽しい。これこそ、社会人の醍醐味だろう。「はい、いいえ。彼らは、覇権国家の誕生を許容するか、拒絶するかの選択を迫られることになるのであります。」「覇権国家?」「はい。大陸中央部において、共和国を排除した帝国は他の列強と比較し相対的ではなく、絶対的優位を確立します。」ドイツ帝国が単独ではフランスにも、帝政ロシアにも勝てたであろうことを考えてみればいい。大英帝国がそれを放置するほど、間抜けだろうか?そうであれば、今頃あの島国は、単なる辺境扱いされていたに違いない。だが、彼らはシビアに現実を理解していたからこそ、参戦している。この世界の列強だって、国家理性の命じるままに戦争に参入してくるに決まっているではないか。「故に、共和国の排除を短期に、それも他国の干渉を許さない形で実現できない場合、必ず連鎖的に他国の干渉を誘発します。」「なるほど。確かに、そうかもしれないが、だとすれば共和国が覇権国家足るのではないのかね?それも受け入れがたいはずだ。」っ。ああ、言葉が足りなかったことを補ってもらえるとは。こちらが幼げにみえることを考慮してもらえたのだとすれば、情けをかけられたのだろう。これ以上の失敗はまずい。強かに頑張ろう。相手の眼をしっかりと見据えて、はっきりと答える。「同意します。ですので、それ故に帝国と共和国が共倒れになるように図られると思われます。」「介入はあると?」「はい。おそらく、共和国への借款から始まり、武器供与もあり得るのではないでしょうか。」有名なレンドリースや、戦費調達。英仏は、戦争に勝ってもふらふらだった。このことを思えば、帝国と共和国が楽しく戦争し、疲れ果てたころに連中が介入してくるのは自然な帰結だろう。「・・・なるほど、見えてきた。」「はい、共和国に多額の資金を貸し付け、共倒れを狙い最後に介入する、という青写真を他の列強が描くと思われます。」まったくもって、国家とは邪悪な存在に違いない。善良な個人をして、邪悪な組織人に至らしめるのだ。人間の本性を大幅にゆがめる存在の可能性を真剣に検討するべきだ。例えば、忌々しいソビエトや東独など、秘密警察が人間性を大きく損なったという。見たまえ、シュタージに監視される社会の恐怖を。自由を。精神の自由を!個人主義こそが世界を救う唯一の正しい道だと、人類は今こそ悟るべきなのに。「では、帝国が圧倒した場合は?」「即座に、介入を決意するものかと思われます。」だが、思想の自由という崇高な命題も重要だが、智的な会話をおろそかにするわけにもいかない。こちらが、なんとかつじつまを合わせて解答しているという見苦しさを出さないように留意。誠実に、考え深く常識的な見解を述べている、という様式を保持するのだ。「なるほど、興味深い想定だ。ならば、どのように対応する?」「それほど、奇策があるわけではありません。」実際、奇策が思いつくならば、上申している。そうすれば、きっと出世の種になるだろうに、軍事的な才能が乏しいことは残念だ。まあ、軍事的創造性なぞ、ナポレオンやハンニバルに任せるべきなのだろう。平和を愛する善良な一個人としては、恥じるべきことでもない。「ですので、過去の歴史に倣い講和を模索し、不可能であるならば消耗を抑制する事を第一目標といたします。」「・・・勝利を目指すわけではないと?最悪、敢闘精神を疑われかねない発言だな。」ああ、まったく。口が随分と迂闊になったものだ。よりにも寄って、戦務参謀次長殿の前で、敢闘精神を疑われるような迂闊な発言をするとは。本当に自分の口が行ってのけたのだろうかと、口を撃ち抜きたくなる大失態だ。キャリアに傷がつきかねない。いや、以前臆病者は、最前線で酷使されるとも耳にした。大変まずい。実に不味い。なんとか、動揺を顔に出さず、ごくごく冷静な口調で、そのような意図が無いと、間接的に主張するほかにない。同時に、多少勇ましいことを言って、敢闘精神を見せねば危ないだろう。「はい、いいえ。勝利を目指さないのではありません。ですが、まず負けなければ帝国の勝利であります。」「それで、どうやって勝利する?」「徹底的に敵に敵の血を流させることを貫徹し、敵の戦争継続能力を粉砕します。」徹底的、貫徹、粉砕、等軍人が好む言葉を選択。いかにも、戦意旺盛を示しつつ、現実的な言葉遣いを何とか模索する。「敵野戦軍の殲滅かね?」敵野戦軍の撃滅?理想ではあるが、困難だ。つまり、この質問は釣り。こちらが、迎合するために強硬論を唱えているのではないと示すためには、敢えて反対する必要がある。「それは理想ですが、おそらく困難と思われます。陣地戦で防御に徹するべきではないでしょうか。」「それで、勝てるのかね?」「わかりません。ですが、負けることもありません。そこで、一撃を与える余力を保つことこそ、戦略上の柔軟性を増すかと。」勝てるとは断言してはいけない。だが、負けると取られるわけにもいかない以上、この解答が限界だ。一応、保険として、一撃という言葉を入れておいた。敵を殴り飛ばす意欲があるという言説を止めるわけにはいかないのだ。「ふむ、興味深いな。だが、相手も何れ同じ戦術に至ればどうする?」ここだ、ここで積極性を示すしかない。相手はある程度こちらに関心を示している以上、最後の印象が一番大きくなるはずだ。であるならば、最大限攻撃性をアピールし、敢闘精神の不足という非常にまずい真実を糊塗しなくてはならない。「はい、そのことを考慮し、航空魔導師による戦場錯乱と突破浸透襲撃を提案いたします。」突破浸透襲撃なぞ、正直狂気の沙汰だと思うが、魔導師による実現可能性がわずかなりともある以上、提案する価値はある。実際に、やるのは自分ではないことだし、無茶は言うだけならばいくらでも言えるものだ。つ○ーんを見たまえ。かれなぞ、満蒙国境地帯で散々好き勝手にやらかした挙句に、本国で栄転を遂げているではないか。あるいは、連合国最高のスパイと称された無茶口だか、鬼畜口将軍。いや、まて、ひょっとしたら死ぬ死ぬ詐欺の人だったか?死ぬ死ぬいって示談金をむしり取るのだろうか?うん、なんか、違う気がするし、思い出せないが、まあ、いい。あれほど、無責任になれれば、人生も苦労しないのだろうが。如何せん、私は善良な個人だ。そこまで、人間を止めていない以上、自分の経験談をもとに、まあ、やれるだろうという程度に留める。ああ、なんと私は常識的な人間か。私こそが、善意の塊と言えるに違いない。そう思い、自分の正しさをそれとなく確認しておく。うん、間違いなく自分は正義だ。「うん?魔導師は支援が任務ではないのか?」「陣地戦において、火砲並みの火力を展開し、歩兵以上の俊敏性を持つ魔導師は理想的兵科です。」正直に言うが、機動防御は本当に大変だった。ネームドと殺し合いをやらされた時など、ウォージャンキーを相手にする厄介さをつくづく思い知ったものだ。神がいるのならば、ああいう輩を全部消し去ってから神を主張するべきだ。同族殺しを好むような種族など狂っている。つまり、存在Xが神で無いことは証明済みなのだ。ああ、如何に悪魔から逃れればよいのだろう。「なるほど、売り込みが上手なことだ。」「恐縮であります。」多少はここで恐縮しておくべきだろう。だが、相手の反応は悪くない。肩をすくめつつ、手元に書類に何か書き込み始めたところをみると、問責する気はなさそうだ。実にすばらしい。口先で誤魔化しきれるのならば、ネゴシエーターの職も検討するべきかもしれない。だが、専門は人事なのだ。広く浅くよりも、狭くとも深い方が、給料は良いのだが、どうしたものだろう。戦後の人生設計を始めたいので、手に職を付けるべきかもしれない。其れを思えば、資格は絶対にとるべきだろう。魔導師としての実戦経験豊富・いつでもどこでも殺し合いに対応なぞ、どこのギャング志望かといいたい。いつの時代も、復員兵士の職業問題があるのだから、人材として自分に投資しておかねば問題だ。「で、仮にだが、魔導師を陣地戦に使うとして、規模はどの程度欲しいか。」・・・こうして、人生設計を頭の片隅で考えていたので、良くなかったのだろう。問いかけられた質問に、あまり意図を解釈しようとせずに、答えてしまう。「大隊が、適切であると確信します。兵站への負荷が少なく、かつ戦力として最低限の単位になるかと。」「面白い。まあ、検討してみることはしてみるとしよう。若い意見は常に面白い。」「ありがとうございます。」それが、普段の彼であれば絶対に違和感に気がつき、なんとしても回避しようとした事態だと気がつかなかった。そう、不注意こそが、人生のもっとも恐るべきミスを誘発するのだ。帝都某所にて『ゼートゥーア閣下?』いつになく、考え込んだ様子を懸念したのだろう。幾人かの参謀が気がつけば自分の顔を心配げに注視している。部下の前だというのに、と思いつつ、一方で知的な衝撃の余波が未だに頭に渦巻いているのだ。なんでもない、と誤魔化す気分にもなれず、つい素直な感想を漏らしてしまう。『風聞とは、存外正しいものだな。』『はっ?』どうされたのだろうか、という表情が一斉に並ぶのを見て、ぜートゥーア自身、信じられない思いを口にするのは憚られた。新任少尉が、エースオブエースにして、銀翼突撃章保持?ライフルよりも、人形を抱いている方がよほど似合うような少女が?・・まあ、魔導師だ。突出した天性の才能があれば、まだ可能かもしれない。だが、明るく笑っている方が、よほど魅力的であるべきなのに、軍人然とした姿に違和感を覚えさせない時点で、何か狂っているようだ。魔導師の英才教育は考えものかもしれない。いや、それだけならばともかく、プロパガンダに使う時点で、軍人として違和感を覚えざるをえなかった。だから、それが陸軍鉄道部に絶賛されるほどの論文を書いたというのは、さすがに無理があるだろうと思った。十中八九代筆だと確信していたのだが。たまたま見かけたのを幸い、試すつもりで声をかけたが、これでは予想外も甚だしい。まさか、あの年齢で、参謀本部が躊躇している戦争の先行き予測をこれほど明瞭に語れるとは。他の余人が言えば戯言と断じられるような戦争案だが、妙に説得力があった。まるで、見てきたかのように断言するのだ。あれほど断言できるのは、よほどの確信があるものに限る。人の意見を語る、というよりも自身の考えを述べていると考えざるを得ないのだ。『すまないが、出所は言えないが、この案を検討してほしい。』『・・・随分と、過激な戦局予想でありますが。』それはそうだ。自分だって、世界中が戦争に突入するなどという案は、考えつかない。過激にも程があるだろうが、一考すれば恐ろしい可能性が頭をどうしてもよぎるのだ。そんなことは、ないだろう。どこかに、穴が見つかるだろう、とは思うのだが。しかし、仮にだ。あくまでも仮にだが。もしも、もしも彼女が正しかったとしよう。その時は、約束通り一個大隊預けてやるのも悪くない。狂気に身を任せねば戦争に勝てないというならば、何でもやるのが自分の仕事なのだ。『・・・嫌な大人にだけはなりたくなかったのだがな。』そしてふと、自分の思考に愕然としてしまう。子供を戦争に送る?軍人として最悪の恥だ。・・・ああ、自らの無能が恨めしい。あとがき※つじー○とは、作戦の神様のことです。無茶口将軍なる名前の将官はたぶん日本帝国陸軍に存在しません。大隊長フラグを構築しました。常識人の自己嫌悪フラグを構築中です。ZAP!ZAP!