世界大戦には、謎が多い。特に、帝国側資料は終戦期の混乱もありほとんど謎に包まれている。いくつもの禁忌に両軍が手を出したとされるが、全ては分厚い機密のベールに包み隠されたままだ。私はあの戦争に、world today's newsの従軍記者として参加した。大戦に関わった多くの同世代人と同様に、私は真実を欲している。断罪のためではない。ただ、何が起きていたのかを知りたいのだ。私は、賛同してくれる仲間たちと戦争の真実を追求したいと思い、WTN編集会議でドキュメンタリーを作成する事を提案した。告白するが、何から手をつけていいかもわからないという状態で。自分でも、なにをしていいのかわからなかったのだ。しかし、幸いにも理解ある上司と仲間たちの協力を得ることができた。WTNと素晴らしい仲間達に満腔の感謝を。しかし何から手をつけていいのか、という疑問は尽きないのが実態である。戦場の真実は何か?そんなもの、各人によってそれぞれではないか。そんな意見すら飛び交い、我々は方針を決めかねていた。いくつも機密文書の機密指定が解除されたが、それは全体図の理解を深めるというよりもむしろ混乱を招くものだったからだ。当初、私達は比較的機密指定解除が早かった連合王国の資料に注目した。初めは、大戦後半のダカール沖事件を調べてみた。陽動作戦として語られる事の多い南方作戦。その作戦へ参加した連合王国海軍本国第二戦隊が旗艦フッド以下7隻まるごと全滅した事件は有名だ。艦隊が唐突に消滅したのは何故か?きっと機密にされる理由もそこに違いない。私達は帝国が欺瞞情報に掛り全迎撃部隊をダカールに集結させたのでは?と考えてみた。つまり、本命の帝国奇襲作戦を隠匿する生贄として、連合王国は第二戦隊を差し出したのだろうという想定だ。その事実を隠匿するために機密指定にされたのではないのか?戦場で、そういう陰謀があったのではないかと私達は想像していた。実際、汚い話は従軍記者の時に耳にしていたので資料で裏付けられたか、とも予想したほどである。そう思いさっそく機密解除された資料を読んだ我々だが、一気に予想が狂わされた。『連合王国海軍最悪の一日は×××××××××××によって惹き起こされた。』わずか一文のみが解除されたそれだが、軍関係者は全て口を貝にしてコメントを拒絶している。そんな時、知り合いの戦史関係者が興味深い話を持ってきてくれたことは何かの縁だったのだろう。戦場の噂を良く分析してみると真実が見えると彼は示唆してくれた。曰く、×××××××××××という11文字のコードはいくつかの戦線で散見される、と。彼によれば、おそらく高級将官かスパイのコードではないかとのことだ。我々はこの×××××××××××をタロットに関連付け『11番目の女神』と名付け調査を開始した。調査の結果は驚くべきものだった。『11番目の女神』は帝国の大規模な戦闘には、ほぼ全てと言ってよいほど顔を出していた。最も初期に確認されるのは、大戦の2年前。国境紛争地域で某国の情報部が報告していた。ここから我々はおそらく、情報将校かエージェントではないか?との仮説をたてた。だが、奇妙なことに気がつく。当時一線で交戦していた軍人の一部が、『11番目の女神』という我々のネーミングに敏感に反応したのだ。曰く、『最高に悪いジョークを聞いた思いだ』。ひょっとすると、偶然11文字のXが一致しただけで複数のものを混同しているのではないだろうか?そう思った我々は、文脈と地域からできるだけ合理性の高いと思われる『×××××××××××』を抽出するべく統計に挑んだ。そして、最も×××××××××××というコードが散見される戦場を発見した。ライン航空戦(大戦の天王山とも呼称される)最激戦区として『空が3割血溜まり7割』と恐れられたライン絶対防空圏を巡る魔導・航空戦。同僚のクレイグと私はWTN派遣の従軍記者としてライン航空戦を見ていた。『悪魔の住むライン』『ネームドの墓場』『銀すら錆びる戦場』など、大げさに聞こえるだろうが、全て事実だった。経験から断言させてもらうが、あの戦場には本当に悪魔が存在する。例えば、我々と酒場で意気投合した気の良い魔導師がいるとしよう。だがわずか6時間後には、彼の葬儀に私達が参列しても不思議ではない。少なくとも、3度其れを経験した。『あそこは、人間が人間でなくなる』親しくなった航空魔導士官の一人が戦死する直前に漏らす声は、今でも生々しい質感を伴って思い出すことができる。あそこは、人間の狂気が集まった戦場であった。そのライン航空戦で『11番目の女神』は絶対な存在感を示している。私達は俄然興味を抱くことになった。無理を承知で、当時の帝国軍関係者から聞き取り調査を行った結果はNEED TO KNOWの壁が想像以上に分厚いということだけ。参謀本部勤務だったある将校がただ重い口を一言開いてくれた。彼からは、自分と連絡が取れなくなった時に公表してほしいと言われている。そのことを、聞こうと思って連絡を取ろうとしたが既に音信不通となった。以後、今に至るまで彼と連絡は取れていないことを付記する。匿名を条件に彼が語った一言を、彼との約束に基づきここに記す。『V600』私達はこの謎を追っていく。あの狂気の時代に、何があったのかを知りたいのだ。※アンドリューWTN特派記者クリューゲル通り三番地、ゾルカ食堂陸大の教育は、かなり贅沢な時間の使い方をしていた。それだけに、戦時には随分と削られた科目も多い一方でより実戦的な教育が志向されたとも言える。実際、通常2年の教育が一年弱に削減されたが中身はより厳しくなったと評されるほどだ。自分自身の能力は、決して劣っていないと思いたいが綺羅星のごとき俊英らと机を並べると世界が広いと実感させられる。世間的には、一家の長として幸せな家庭を持ちながら軍のエリートコースを昇っている自分は恵まれた方だろう。両親は軍人への道を強制しなかったが、士官学校に合格した際には我がことのように喜んでくれた。自分には不釣り合いなほど、良い妻と巡り合うことができたのは最大の幸福だった。つい先日生まれた我が娘は、自分の血を引いた新しい命がこれほどまでも愛おしいとは信じられない程に愛くるしい。だから、という表現は適切ではないのかもしれない。しかも曲がりなりにも持つものが、持たざる者に問いかけるというのは許されないかもしれぬ。それでも、これまで敢えて気にしないようにしてきたことを、聞く気になったのだろう。聖グレゴリウス教会近くの閑静な食堂。事前に聞いていた通り、ライフルと演算宝珠を無造作に机の上に放り出した少女が昼食のオーダーを頼んでいた。教えてくれた憲兵隊の知人によれば、いつも日曜はここで食事をしているとのことらしい。なんでも、武装したまま入れる教会近くの食堂が他にないからだとか。「ウーガ大尉殿、珍しいところでお会いしました。」ウェイターの視線でこちらに気がついたデグレチャフ中尉が、見事な敬礼をこちらに向ける。答礼しつつ、彼女の席へ近づきウェイターに適当なものを注文しつつチップを渡して追い払う。「いや、いつもここだと聞いたのでね。少し良いか。」「もちろんであります。どうぞ、こちらへ。」見る限り、彼女は軍装以外には、飾り気すらない。正直に言えば、彼女が私服でいるところを見ても彼女とは気がつかない程軍装が馴染んでいる。11という年齢よりも、中尉という肩書がしっくりくるほどに彼女は軍人なのだ。私物と思しき私物も官給品以外には、これといって見当たらない。強いて言えば、机の上に広げられた新聞と書き込みの為されたロンディニウム・タイムズやWTNの特集号。だが、陸大の語学教育は周辺国の言語習得を推奨している。中立国のロンディニウム・タイムズやWTNなどは一般に手に入る中では良い教材だ。私物、という程のものでもない。「大尉殿は、ふだんこちらに?」新聞への書き込みを中断し、こちらを見つめる眼差しは意図していないのだろうが私の背筋を冷たくする。この小さい彼女は、同時に帝国軍魔導師の中でも有数の誇り高きエースオブエースなのだ。迂闊な質問は、侮辱を意味し、最悪決闘になりかねないだろう。だが、人は無謀というかもしれないが、私はどうしても知りたいという欲求を抑えることができなかった。「デグレチャフ君、失礼なことを聞くが君は何故志願した?」「・・・はっ?」なんと問いかけるべきだろうか。そういろいろと考えていたが、言葉を飾ることに意味はないのだろう。結局、口から出ていたのは単刀直入な疑問であった。単純化され過ぎていて、彼女がこちらの質問の意図を理解しそこなっているほどだったが。まさか、あのデグレチャフ中尉が顔面に疑問符を浮かべる姿を目にすることになるとは。どうやら鉄仮面の様だと同期ですら語られる彼女にも、表情はあるらしい。感情表現に乏しいとは思っていたが、やはり人間じみたところもあるのだな、と安堵する。「ああ、大尉からの問いかけではなく、同期の疑問だと思ってほしい。」なんとなく上官の疑問に応じようとする姿勢ではなく本音が聞きたかった。そのためには、上官としてではなく陸大の同期として胸襟を開くつもりだ。「君ほどの才幹があれば、道はいくつもあるだろう。なぜわざわざ軍に?」単に魔導師としての才能が突出しているだけならば選択肢もさほどないのだろう。軍は優秀な魔導師を渇望しているのだ。才能があれば、あまり年齢には頓着しない。彼女ほどの才能があれば、確かに若くして軍に徴用されているかもしれない。そうであるならば、彼女は一個の兵器として扱われるに留まっていた。だが、それにしてもまだ年齢の猶予はあるはずだ。まして、彼女は純粋に自身の才知で以て陸大までたどり着いている。わずか齢11で、末席とは言え陸大12騎士の一翼を占めるに至った。天性の魔力だけでは、一個の兵器留まりだっただろう。それほどの才能があれば、技術者としてでも研究者としてでもいくらでも選択肢があるはずだ。事実、帝国大学は飛び級を受け入れているし、優等な学生には学費を免除するどころか奨学金も出す。道はいくらでもあるはずだが。「・・・私の父は軍人でした。」「でした、ということは。・・・すまないな。」でした、という表現に引っ掛かりを覚えすぐに悟る。珍しい話ではないが、帝国軍人というものは死と隣り合わせだ。いつ何時、誰だって死んでしまう。その死んでしまった人間には、それぞれの家庭があり、残される家族がいる。「御気になさらずに。いまどき珍しくもない話です。」しかし、デグレチャフは気にした様子もなく笑って見せる。もう慣れた。そう言わんばかりの態度だが、まだ子供の様な年齢の彼女がそこまで悟っていることの方が私には悲劇に思えてならない。彼女は、復讐を意図して軍に入ったのだろうか?「孤児だった私には他に道が見つかりませんでした。その中で、最善を選んだつもりです。」だが、復讐を意図したというには微妙な表現が気にかかる。そう、ぼかした表現だ。他に道が見つからないという表現は引っ掛かる。何がか?簡単だ。確かに彼女は、最善の選択を選べる中から選んだとは言っている。だが、それは望んで自発的に選んだとは言っていない。他に見つからなかったといっているのだ。まるで、それでは選択の余地がなかったと告白するに等しい。「しかし、士官学校に入れる学力があれば高等教育も選べたのではないのか。」この年齢で、あそこまでの難関を突破できる頭脳があるのだ。奨学金など希望すればいくらでも取れるだろうし、飛び級も可能だろう。幾人かの篤志家は、こうした才能ある若手を応援する事を喜んでやるとも聞く。何故、彼女は選択の余地がないと?「・・・大尉殿、失礼ながら大尉殿のご家庭は恵まれておられるのでしょうな。」「いや、幸福ではあるが普通の家庭だったが。」父は官吏として、中堅どころ。母は、平凡な家庭の生まれ。これと言って、権門とのつながりもない。父方の祖父は海軍軍人だったために、軍人になることを喜んでくれたがその程度だ。だが、次のデグレチャフ中尉の言葉には言葉にしえない衝撃を受ける。「ああ、羨ましいことです。孤児には、選択の余地などありませんよ。その日暮らしでかつかつでした。」まるで、そのひもじい日々を思い出すような口調。言葉にはされないものの、彼女は自らの凄まじい境遇を全身で匂わせる。想像もつかない重みのある雰囲気に我しれず、背もたれに背がぶつかっていた。「・・・軍人遺族には、恩給があるはずだ。」「大尉殿、私は母親の顔も覚えていない私生児なのですよ。孤児院が無ければ、今頃は野たれ死んでいたことでしょう。」淡々と紡がれる言葉は、ウーガにとって想像もできない世界の言葉だ。彼は、ごくごく善良な中流階級出身の士官である。言い換えれば、まともな生活を送ってきたのだ。それ故に、なればこそか、と悟る。教会付きの孤児院だろう。不幸な始まりとはいえ、彼女は教会に救われたからこそ、ああまでも熱心に教会に通うのか。だからこそ、真摯に祈るというのか。「しかし、あれだ。何と言っていいのかわからないが、君はまだ子供だ。軍人は止めるべきだ。」だが、それにしてもだ。戦時中故に、軍を止めるのは夢物語だろうとも道をいくつも捨てるべきではないだろう。軍人という生き物は、本質的には無駄飯ぐらいでなければならないのだ。無駄飯ぐらいとはいえ、いざという時には死なねばならない。そんな仕事を、仕方なく子供が選んでいるというのは悲劇だ。「・・・ウーガ大尉殿、大尉殿は小官の資質を疑われると?」だが、余計な一言だった。曲がりなりにも、名誉と誇りある軍人に対しての一言ではない。彼女を憐れむのは不遜だろうが、今の発言は完全に余計なものだった。それでは、憐れみに等しい。「それは違う!だが、君のような子供が戦争に行くことに違和感を覚えるのだ。」弁明じみてしまうが、これが本音だ。こちらを試すような目線でにらんでくる中尉は、少女なのだ。誰が、娘を戦場に送りたいと思うだろうか。生まれたばかりの娘を、戦場に送るかと思うだけで気が狂いそうになる。命をかけてまで帝国に殉じた彼女の父親とて、そんなことは望んでいなかったに違いない。同じ父親として、間違いなく断言できる。「軍務です。軍人である以上、避けようのないことではありませんか。」だが、彼女は平然と、一片の躊躇なく軍務と断言する。軍人としてあれ。その言葉を、文字通りで体現しているのだ。建前としての軍人論ではなく、他に道を知らずに軍人となり、まるで軍人としての自我を成長させたかのように。彼女の自我は何処にあるのだろう。我知らず、そんな意味もない疑問すら頭をよぎる。「本気で言っているのかね?」そして思わず、我ながら意味もない問いかけを発してしまう。彼女は本気も本気だろう。こちらを見つめる眼差しは、こちらの真意を見逃すまいとする真剣な眼だ。戯れや偽りで、こうまでも断言できるとは思わない。ましてや、実戦経験を存分にえた人間だ。現場を知らない人間の空論とは全く違う。硝煙と鉛でコーティングされたゆるぎない信念がある。「・・・大尉殿、さきほどからどうかされたのですか?」ウーガの煩悶を訝しんだのだろう。礼節を保ちながらも、デグレチャフは目前の相手にわずかながら疑問をぶつける。それが、ウーガにとってはとてもいたたまれない。「子供が生まれたんだ。女の子らしい。」「それは、おめでとうございます。」丁寧に祝辞を述べてくれるが、実に礼節によった対応だ。子供への愛情というよりも、単純に慶事があったことに対して淡々と祝辞を述べられているような感覚。まるで、自分とは縁のない世界に対する視線かと感じてしまうほどだ。それは私の思い込みが原因なのだろうか。確かに私には、彼女が母となるところが想像できない。だから、そう感じてしまうのか。「君を見ていると、ふと思ったんだ。自分の娘も、戦争に行くことになるのだろうか、とな。」すでに、彼女は随分と胸襟を開いている。率直な意見を聞けたという実感もある。だが、まるで乗り越えられない認識の齟齬と違和感にぶつかってしまう。正体不明の感覚。言葉にできない違和感と壁が、厳然として存在している。「可愛い盛りの子供を、戦場に送る社会などどうかしている。そうは思わないだろうか。」自分でも、何が言いたいのかよくわからない。ただ、思ったままに感情をそのまま言葉で表現している。こちらを見つめる視線が何かを見極めようとするものになっているのはわかる。正直に言えば、自分だってここまで我を見失うとは思っていなかった。だが、言葉をぶつけてしまった以上、後には引けない。やがてその様子を観察していたデグレチャフ中尉は、ゆっくりと宣託を告げる巫女のように口を開く。「・・・大尉殿、貴方は常識的な方だ。退役をお勧めします。」まるで、立場が逆転したかのような言葉だ。「何を言うかと思えば。戦火を次の世代に引き渡さないように自分たちでけりをつける時に退場しろとはひどいことを言う。」「貴方は、戦場を知っている良識ある人間だ。貴方が退役すれば、一つの力になれる。」そうすべきだ。言外に含みを込めた彼女は、テーブルの上で小さな手のひらを握り拳にして力説する。貴方は、止めるべきだ、と。「私とて軍人だ。軍人以外にはなれないよ。」「いいえ大尉殿。貴方には理性がある。同期として厚かましい助言をさせて頂くと、狂気の幕が明ける前にせめて後方に下がるべきだ。」「それは、許されない行為だ。」戦争なのだ。悠長にデスクで仕事をできるような状況は終わった。それに、自分一人、仲間を、同期を、戦友を置いておめおめと下がれるものではない。友らよ、君達と共にあの戦列に並ぶと誓ったのだ。ゆめゆめ、下がれるものではない。「大尉殿、生きることも戦いなのです。娘さんを戦場へ送らないためにも。」「・・・考えておこう。」だが、彼女に反論できない。反発は覚えるのだが、それ以上に言葉にできない。まるで、11歳の言葉に呑まれているかのようだ。いや、呑まれているに違いない。「あまり時間もない以上、決心はお早めに。」「参謀みたいことを言うやつだな。」「そういう教育しか受けていませんので。」まったくもって、余裕が無いらしい。陸大の学生相手に参謀じみているなといったところで、無意味だ。なにしろ、高級参謀や幕僚としてそうあらしむべく教育されている。むしろ、褒め言葉だ。使い道としては、これほど間違った使い方もないだろう。よほど、動揺していたのだなと自分でもそれとなく悟る。「・・・なるほど。確かにその通りだ。」確かに、としか言いようがないではないか。「ああ、昼食がきたようです。ご一緒しましょう。」「・・・ああ、そうしよう。」お昼時であったウーガ大尉は、どうやらお子さんができて錯乱していたらしい。うん、まあ親になるということが心理学上の変化を誘発するという学説には同意することにしよう。まあ、彼が善良であったということなのだろうが。なにしろ、世の中には虐待や育児放棄など珍しくもない現実が広がっている。一介のリバタリアンとしては、自由を愛するし、できる限りの尊重もするつもりだ。だがそれでも、最低限度自主的に運命を選択できない子供には、保護を与えるべきだと思う。でなければ、児童保護の名目で国家が個人の家庭に介入する口実をもたらすことになるのだ。曲がりなりにも、自由を獲得するための不断の努力を義務付けられた個人がそれを怠るに等しい。そんなことだから、これ幸いと介入されるのだ。まあ、確かに同情すべき点はなくもない。それが自由意思による出産ではなくルーマニアのコミュニストの様な例もあるのだ。チャウシェスクの落とし子といった例は、個人の自由に原因があるのではない。完全に、個人に自由が無いことが原因なのだ。シカゴ学派の某教授にいたっては、経済合理性と自由意思の尊重こそが虐待と性差別を撲滅するとまで断言された。私も、それを強く支持する。帝国も、多少自由を認めてほしいものなのだが。そうすれば、さっさと退役するなり亡命するなり考えるのだが。まあ、組織に忠誠を誓った手前そう簡単ではないのだろう。ともあれ、これでウーガ大尉殿は陸大の出世コースから脱落だ。相手が精神的に無防備になっているところで説得するべきだと主張したファシストは悪魔的な天才に違いない。これで、なんとか陸大で100人中12位を確立できる。まあ、すでに開示された成績に異議申し立てを行うほど大尉も無粋ではないだろう。なまじ、中途半端に下では陸大のメリットも微妙だった。高すぎれば戦後何を言われるかわかったものではない。下手をすれば責任を取れとか言われかねん。しかし、低すぎては自由に行動する事も難しいのだ。その点、一応は優をとり軍の誉と称される陸大の騎士と賞賛されるランクに入れた。まあお勉強の出来と、教官との相性の問題だ。積極的敢闘精神にやや疑いがもたれたことを思えば、この順位は妥当なものだろう。次からは、もう少し積極的なところを見せていかなければとは思うのだが。いつも運が無いだけに、もう少し注意深くあらねばならない。まあ、今日はその点ついている。先ほどの昼食は、舌先で丸めこめたウーガ大尉が立て替えてくれた。夜は、参謀本部に招待されている手前何か出るだろう。海軍ほどではないが、参謀本部の食堂もまあそこそこの質だときく。ぜひとも期待しよう。同時刻参謀本部第二会食室格式と伝統は、参謀本部内部に豪勢な晩餐室を設置させしめた。豪勢であり、兵卒からは無駄の極みと言われ、将校からも使い勝手が悪いとあまり評判はよくない。だが、ある一言が全てを一変させた。曰く「陸軍は、晩餐室も無駄が多い。」このことを笑った海軍に対して、陸軍は戦艦の無駄な設備の削減を勧告した。曰く「ホテルで戦争に行く連中の気がしれない。」そのため、陸軍において今では晩餐室への批判は裏切りと見なされるほど一致団結している。豪勢なその部屋で、昼食を兼ねた会議が開かれるという通達。それがレルゲン中佐へ届いたのは、作戦課のデスクにかばんを置くのとほぼ同時であった。「反対だ。絶対に反対します。」手紙を開いた瞬間にレルゲン中佐は思わず瞠目したのだ。これは、断じて受け入れられない、と。其ればかりを午前中は思って碌に仕事もはかどらなかった。それほどまでに、受け入れがたいのだ。目的を遂げるべく並べられた食事には手もつけずに、居並ぶ高官の中でレルゲン中佐は独り奮戦していた。「レルゲン中佐、貴官の意見は尊重するが主観的な要素は排除せねばならない。」直接の上司に当たる作戦課長は、不幸にもレルゲン中佐の意見を支持していない。なにしろ、彼にしてみれば待望の戦術的改善案だ。そう簡単に手放すには忍びないのだろう。だが、現場からすればそれは危険すぎる。「彼女に即応大隊を持たせるなど、論外です。全滅するまで、前進を止めないような性質を持っています。魔導師を磨り潰すような行為です!」デグレチャフ中尉を陸大卒業と同時に大尉へ。恐れていたことだが、この程度ならばまだ修正が効く。技研か、教導隊に枠があるだろうと油断していた。まさか、上が実験的な部隊をデグレチャフ大尉指揮下に編成しようなどと考えているとは!それは悪夢以外の何物でもないに決まっている。まかり間違っても、受け入れがたい事態だ。彼女は、危険すぎる。「何度も貴官が主張しているそれだが、陸大の教官らは兵を慈しむと評価している。」デグレチャフに対する繰り返しの疑義提起。一応、参謀本部の人事課が再調査を行ってはくれた。確かに、士官学校では一部の教官らがレルゲンの見解を支持している。『彼女は、好戦的に過ぎる』と。だが、陸大の教官らは違う意見を示した。参謀旅行という極限状況下でも兵を慈しみ、損耗を忌避したと。建前論で行えるものではない、というのが彼らの結論だ。陸大卒で編成される参謀本部では、これが決定的な重みを持ってしまう。曰く『戦闘意欲は旺盛。なれども、損害を忌避する正常な感覚を保持す』と。要するに、優秀な資質だと認識されてしまっているのだ。「先入観に囚われすぎではないのか。」「・・・士官学校時代の報告をご覧になりませんでしたか。」諦めきれずに、彼女に対する否定的要素を調べ上げて提出はしている。だが、レルゲン自身が陸大卒の参謀なのだ。どちらの判断に重きが置かれるかなど、考えるまでもなく熟知している。「最終的に彼女も教育を受けて成長していよう。陸大では問題ないという。」陸大で問題を起こせば全く真逆の評価になることだろう。だが、陸大で優等と評され、選抜されて騎士となった彼女は瑕疵がない。「彼女の行動は、教育の成果というよりも本性です!あれでは、大隊など預けられません!」だが、せめて反対しておかなければならない。それが高級士官とのキャリアを傷つけるとしても、軍人としての義務からは逃れるべきではないのだ。彼女に大隊を任せれば、大隊が敵と戦う前に彼女に殺されかねない。そんなことは、軍人として許容できないものだ。「なにより、若すぎるし階級もつりあいません!」「デグレチャフ中尉はすでに大尉への昇進が決定している。中隊指揮官よりは、大隊指揮官となるべき人材だ。」「帝国には、有能な軍人をあそばせる余裕はないのだ。貴官も承知しているだろう。」だが、すでに上は方針を決定している。いや、既定の方針なのだろう。なにしろ突発的に戦務課から持ち込まれた案にもかかわらず、支持されている。『即応魔導大隊構想』なるものは、初めから戦務と作戦がうち合わせていたに違いない。でなければ、もう少し審議も活発となるはず。即応性の改善という早急な課題を解決するためだ。多少の問題にすら眼をつぶる気に違いない。これは、新参者にも説得するというポーズと配慮に過ぎないのか。「ならば、教導隊に戻すか、技術研究要員にするべき問題です。彼女は、子供だ。子供の無邪気な残酷さを御存じないのか。」試しに別の案を提示してみる。参謀本部は伝統的に議論を歓迎してきた。多様な視点は、瑕疵を減らすと信ずればこそだ。「レルゲン中佐、貴官の意見は傾聴しよう。だが、これは決定したことなのだ。」「参謀本部の決定だ。貴官ならば、意味するところもわかると信じる。」逆に言えば、一度議論が決定すれば異論は許されない。徹底的に論じることは推奨されるが、方針が決定すれば一致団結し遅滞なく遂行する事が求められる。其れができないということは、参謀本部からの放逐でしかない。「・・・っ、失礼いたしました。」実質的に決まっていたことなのか、とレルゲン中佐は肩を落とす。参謀モールがこれほど忌々しく見える日もないが、彼とて自制できる。いや、本来ならばこれほどまで中央にかみつくこと自体ありえない。だが、それでもなお、彼は不安でたまらなかった。「結構。では、予定通りデグレチャフ大尉には大隊を新編させる。」「編成が完了次第少佐への昇進と大隊長への辞令を用意しておけ。」「以上だ。次の議題に移ろう。」・・・本当に、これで、これでよいのだろうか、と。※ノリノリで更新中。⇔金土日と所用があり、世間様だけ祝日の月曜日。更新は極めて不定期になることをご了承ください。ZAP!orzZAP