こんにちは。陸軍の最大秘密を御存じでしょうか?口が裂けても海軍には漏らせないと皆が口にしていることです。ところで、私は魔導師なので厳密には陸軍軍人でないのですがおわかりでしょうか。ええ。ここは、一つ陸軍最大の重要機密を露呈しようと思います。これによって、陸軍が粛軍されればと切実に願うからであり、一切の私心がないことを明言しておきます。私は、帝国軍を愛し、帝国陸軍を愛しているからこそ申し上げるのです。参謀本部の会食室で喰う飯は、海軍が誇るワードルームどころかガンルームの飯より不味いのです。本当に驚きのまずさ。民間人から人気が無いのは、絶対に食事の質に原因があるハズです。海軍の会食パーティのにぎわいをご覧ください。いえ、もちろん前線の塹壕で喰らう缶詰よりはましですが。それにしたって、これは酷いと叫びたい代物でした。絶対箱モノに予算をかけすぎたせいで、中身にかける予算が底をついたに違いないですね。もしくは、料理人が逃げ出したに違いない。唯一まともに食えるのが、ジャガイモのサラダという時点でなくしかないですよ。まあ、海軍に見栄を張って高い食器を買い込んだおかげで、見栄えだけはそこそこ良いです。ですが、それ以外は酷い。評価できるのはそれくらいとしか言えないくらいに酷い。正直、連合王国の食事ぐらいとしか競えないのではないかと思うほどです。それでも、せいぜい違う点は冷たいか、暖かいかの違いかくらいしか上げられないのですが。証言者:匿名希望の幼女参謀本部人事課応接室参謀本部というものは、外部からの人間にとって極めて居心地が悪い空間だ。常に中で働いている人間は、外からの来客をじろじろと眺めればよい方で、大抵は誰何してくる。物珍しいというよりも、外部からの訪問者を基本的に疑ってかかるのだ。もちろん、機密を扱う部署故にと思えば仕方のないことなのだろう。だが、訪問者にしてみれば居心地の良いはずもない。そのため、参謀本部は伏魔殿とまではいかずとも軍全体からはやや忌避されている。一般論で言えば参謀本部は嫉妬の対象であると同時に、なんとなく虫の好かない連中の巣とされているのだ。まあ、一般論であり各人それぞれ受け止め方は違う。大尉殿、どうぞ、と従兵に伝えられた人物はその点、実に独創的な印象を抱いた。曰く、構造上非効率的なオフィスだ、と。機密保持を徹底しようにも、ソフト面・ハード面で劣る。その上、作業効率も欠陥がある建物に本社機能が集中しているようなものだ。以前西方で見かけた海軍の軍艦の方がよほどスマートに設計されていた。空間が限られている中で最大限効率性を追求することにかけては、海軍の方が上手に違いない。・・・陸軍軍人が聞けば激昂して斬りかかってきかねないような独創的な表現である。「デグレチャフ大尉、命により出頭いたしました。」実に、軍人然とした申告。誰だって、初めて知遇を得る相手には相応のふるまいをするものだ。将校ならば、軍人ならばこうするべきだ、こうあるべきだというステレオタイプの模倣。少なくとも、軍という大きな組織では無駄ではない。事実、相手もそうするべきだ、そうあるべきだという態度をとってくれるからだ。「おめでとう。」事実、初めて出会う人事部の大佐殿が満面の親しげな笑みを浮かべてくださる。相手もそうするべきだという態度をとっているに過ぎないが、礼節とは無意味なものではない。少なくとも、交渉に際して相手の隙を付けるかもしれないツールなのだ。油断して隙を見せるよりは、相手の隙を探す方が有益なのは言をまたない。「昇進だ。デグレチャフ大尉」「ありがとうございます。」内心の無関心とは裏腹に、盛大に声を出す。昇進はすでに辞令が出ていることだ。いまさら、さもありがたく大佐殿に言われずとも知っている。重要なのは、これからの本題だ。「さて、来てもらったのは昇進だけではない。貴官の配属についてだ。」そう。陸大卒業後の進路だ。陸大卒組の人事は、教育総監ではなく参謀本部が握っている。少数の仲間意識の強い連中が、人事権を管轄するのだ。当然、気に入られなければ割を喰らう。逆ならば、大いにやりやすい。「できる限り、希望を考慮することになっている」「有り難くあります。」大佐殿は、考慮するという。要するに、聞くふりだけはしてやろうというメッセージだ。人事部の人間ならば、誰だって少なくとも頭越しに命じることは少ない。リストラする時ですら、一応は情理を尽くして説得するものだ。極めて、理不尽なことに我々が相手に同情する態を演じながら、である。首を切る人間が、切られる人間に同情する振りをさせる会社もどうかと思う。だが仕事なので仕方ないのだが、やはり社員の生命保全という観点からすれば変えてほしいところだ。後、リストラ担当者はリストラ名簿を作成されて仕事をするので、必ずしも選んでいるわけではないことも告知してほしい。自分の部下に首を告げられず、我々に告げさせた挙句に同情する振りをする上司も上司だ。だから、人事の人間がいくら友好的であろうとも油断してはならない。むしろ、建前論の世界で生きている人たちなのだ。建前論には建前論に限る。「ですが、小官は軍人です。命令とあらば、どのような配置でも謹んでお受けいたします。」しらじらしく答える。どのみち、最終的には人事命令という形で辞令が来るのだ。どのような配置でも謹んでお受けしますという方が、下手に藪蛇となるよりもましな場合も多い。もちろん、貧乏くじを引かないように注意は不可欠だが。「結構だ。貴官にはこのように書類が回されてきた。」大佐殿はご丁寧にも人員要望書の束を取り出し、差し出してくる。いずれも、第一線の部隊。そして、切実に魔導師と士官を必要としているようだ。見た限り、後方で再編中の部隊もなくはないが。仮に、何か下手なことを言えば選ぶ余地もなく一番厳しいところに送られたに違いない。「ああ、それと参謀本部からも一枚出ている。」出された書類は、ただ参謀本部が参謀本部付きを求めているという配属希望書だ。「貴官の武功を考慮し、人事部では選択を強制しない。好きなものを選びたまえ。」「選り取り見取りでありますね。迷ってしまいます。」いくつもの選択肢がある、といはいえあってないようなものだ。人事を決定する参謀本部がいくつものオファーが来ていることを知らせてくれたのは、まあいい。だが、決定権を持つ部署がうちに来いと言っているのに聞かない馬鹿はいないだろう。断れるなら、断るに決まっているが、断れるわけがない。「だろうな。」大佐殿は重々し気に、熟慮したまえと促してくる、ポーズであっても、その姿は真摯にキャリア選択を悩む若者に助言するという人物像を造りだしていた。まったく、大した役者だ。まあ、こちらの大根演技に付き合ってくれる時点でオチの見える三文芝居。「だが、いつの時代も楽な仕事というものはない。」「はっ」背筋を伸ばした姿勢のまま、応じる。相手にしても忙しいのだ。こちらの下手な芝居に長々と付き合える時間は無いらしい。「参謀本部が君に何を命ずるかは知らないが、幸運を祈るとだけ伝えておく。」「痛み入ります大佐殿。」幸運を祈る、という表現は私的な表現だ。要するに、個人的な好意を表明してくれたというメッセージに違いない。相手は、何かこちらを高く評価する要素をもっているということ。つまり、最初の『何を命じるかは知らないが、』は嘘偽りで何をさせられるか知っていると見るべき。なにかを御存じなのですか?それを聞くべく、微妙に首をかしげたターニャ。其れに対して、心得たりとばかりに大佐殿は頷き、意味深な一言を残した。「なに、貴官のことだ。すぐにまた会うことになるだろう。」人事の応接室から退室するデグレチャフ大尉。ゼートゥーア准将は、副官を待機させており、そのまま自分の執務室へと案内させた。開口一番目をかけている部下の昇進を受けて満面の笑みを浮かべる。「久しいな、デグレチャフ大尉。昇進おめでとう。」「閣下の御言葉、誠に光栄であります。」優秀だとは思っていたが、まさか齢11にして騎士に選抜されるほどの才幹があるとは。いや、教官連中の見る目が無いのだろうか。この小さな大尉の頭の中には、今次大戦の行く末が入っているかもしれないというのに。もっと、違和感を抱くべきなのだ。こんな幼い段階から、卓越した才能を発揮している人間は異常なのだ、と。独創的な発想を評価するべきか、狂気と評するべきか。だが、少なくとも目前の彼女は理知的な将校だ。そして、自分は彼女のプレゼンを受けて大隊を用意することになっている。相手の見通しが正しく、其れに対する対応も知っているとあれば人材を活用することに躊躇いは無い。「貴様のことだ。実務的な話の方がよかろう。」なにより、お話よりも、実務的な会話の方がお互いに有益だ。言葉を飾ることを好む性格とも思えず、必然、実務の話が一番早い。「参謀本部よりの配属を受けたな?」「はい。参謀本部付きで。」当初の約束を考えれば、参謀本部からの辞令は不可思議にも思えるのだろう。優秀ではあり、選択肢が無いことを悟って自発的に参謀本部を選ぶ頭脳はあるようだが、若い。訝しむような表情がどうしても浮いて出ている。「結構だ。」「・・・小官には、話が見えません。」実際、彼女にしてみればすぐにでも大隊に配属されるつもりだったのだろう。戦史編纂室で、大隊規模の機動を研究していたという話を陸大で耳にしている。その彼女からしてみれば、話が見えないというよりも違うと言いたいのだろう。呼び出された挙句に何も告げられずに参謀本部付きという辞令は訝しいのもわかる。「逸るな大尉。なに参謀本部は、すぐにでも貴様に大隊を任せるつもりだ。」まあ、実際のところを言えば彼女が逸ったのも仕方ないだろう。彼女の配属を希望した部隊の多くは実際大隊であり、前線では彼女を評価している。自分自身を前線向きと彼女が評価しているらしいことは、教官らの多くが指摘しているのだ。曰く、兵を慈しむが、極めて積極的果敢に戦闘を志向する、と。もちろん卓越した魔導師だ。前線向きだという資質は評価できるし、卓越している。だが、私としては数少ない陸大卒の魔導師により広い広範な役割を期待したいのだ。故に、ある意味ではこれが良い機会になるとすら思っている。「だが新編の魔導大隊になる。」「新編、でありますか。」「組織の常だ。諦めろ。面倒事は多い」部隊を組織し、訓練し、統制を確立する。その何れも、経験と熟達した古参兵の支援が無ければ極めて難しい仕事だ。人が組織をつくるが、組織は人をつくらない。故に、何かを組織できるだけの人間は本当に貴重な帝国軍の大黒柱なのだ。「そこで、貴様は明日にでも編成官の辞令を受けることになる。」そして、蛇の道は蛇というが、制度上利用できる制度は全て利用してしまう。例えば、編成官という職業は本来傭兵隊を正規軍に組み込む際の職務だ。雇用する傭兵団をいくつかまとめて管理し、その上に君臨するための制度。本来は、300年ほど前に活用されていた制度だが、廃止されていない以上有効だ。書類上は有効である以上、だれも異議を挟めない。そもそも、編成官なる職務を知らないので抗議もできないかもしれないが。「編成官?随分と、古式めかしい職務でありますが?」だが、優秀なことだ。少なくともデグレチャフは編成官について古式めかしいと認識している。事実上のごり押しを制度上で糊塗する術もそのうちすぐに覚えられることだろう。実に頼もしい。これが男だったら自分の孫娘をやっても良いくらい卓越している。頼もしすぎて、目の前の軍人が、ただの少女に過ぎないということを失念しそうなほどだ。「大尉に大隊を預けるのは難しい。大隊編成の功で無理やり少佐にねじ込んでおく。」本来は、あまり言うべきでないのかもしれない。だが、彼女にはむしろこちらが味方だという事を素直に納得させた方が良い仕事になるだろう。大隊の新編だ。やるべきことは多い。彼女にとって、戦務は警戒するべき方面ではないと伝えておくことは有益だ。「・・・実質的に大隊長と認識してよろしいのですか。」「案ずるな、そこの約束は果たすつもりだ。全力で取り組め。」さすがに、大隊が欲しいと言ったことを忘れてなどいない。ただの中尉が、准将にだ。並々ならぬ決意と自負があればこそに違いないだろう。その能力は本物だ。魔導師にして指揮官の器を持っている稀有な人材を活用する事は、すでに覚悟している。「周囲の反感を買う事を前提で申し上げてよいでしょうか。」なにより、何食わぬ顔で念押しをしてくる用心深さ。周囲の反感を買う事を前提で、というが既に買っているのだ。直訴して大隊を手に入れたなどという噂は広がっていないにしても昇進の早さで十分目立つ。だが、言葉にするということはしっかりと認識したうえで助力を求めているということだ。「いまさら気にする口かね。なんだね?言ってみたまえ。」「編成に際しては、全権が与えられたと考えてよろしいのでしょうか」「言った通りだ。大隊兵員、装備は可能な限り充当する。」『大隊が与えられないならば、自由にやらせてもらってよいのか?』彼女の疑問に対する答えは明確だ。もちろん、自由にやってよろしい。必要とあれば、戦務を上げて支援する用意がある。初めから、そういう約束だった。大隊兵員、装備ともに可能な限り融通するように手配してある。「48名以下であれば、好きなように編成してかまわん。」そして、大隊を基礎から編成させる詫びも兼ねていくばくか配慮をしておいた。その目玉が、大隊の規模だ。増強大隊相応分の予算を確保してある。名目は、実験部隊に付き例外的措置ということだ。「48名だと、増強大隊になりますが。」「即応大隊が増強大隊なのは当然の処置である。新編ということで、予算はねじ込んだぞ。」即応部隊が貧弱で使えるのか?そう囁けば、運用に従事する作戦も息を合わせてこれを支持してくれる。遠くに点在している複数の兵力よりも、手元で纏まって使える大隊の方が価値は高い。常識的に考えて、誰もが手を挙げて賛成し得る内容だ。「ただ、人材は東部軍と中央という制約がつく。こればかりは動かせん。」唯一の制約は人材の供給源。東部軍と中央軍以外から勝手に精鋭を引き抜かれるわけにはいかない。そういう運用側と方面軍の意向もあり、部隊の中核は東部軍と中央軍出身の部隊になる。その意味において、東部軍の陸大推薦枠を一つ潰したデグレチャフは恨まれがちだがいい機会でもある。東部系の軍官らとも上手くやることで、少なからず身内意識を養うことができれば評判も上がるだろう。それは、有形無形の形となって彼女の支えになるに違いない。「大隊は貴様の本業に合わせて、航空魔導大隊になる。」これは、言うまでもないこと。航空魔導大隊の編成はすでに発令されたも同然に等しく、後は時間の問題に過ぎない。デグレチャフもそれは了承していると見え、何も言ってこない。まあ、無駄な会話が無いというのは機能的ではある。「指揮系統は、どうなるのでありますか?」率直に聞いてくる奴だ。ここで即応軍司令部と答えられれば随分と楽なのだが。まあ、部隊を誰の下で使う事になるかと考えるのも指揮官にとっては必要なことだ。分析的に聞いてくるだけでも、十分な合格点をやるしかない。嫌味というよりは、純粋な疑問なのだから。「即応の観点から参謀本部直轄だ。編成番号はV600番台を用意してある。希望はあるか?」「空きの番を埋めます。」躊躇のない即答。要するに、番号や飾りにはさしたる興味もないということか。まあ、部隊の特定と業務上の必要性には配慮しているようなのだが。「ならば601だ。基本的に貴様の上官はいない。喜べ。参謀本部会議直轄だぞ。」「・・・まさに我が世の春ですな。」「全くだ。誰だって羨ましいことだろうよ。」俗に大隊長が一番楽しいという。指揮官として現場に立ちつつ、ある程度の自律的な指揮権も持つ。要するに、自分で戦争をしつつ、戦争を指揮できる立場だ。優秀な連中にとっては、さぞ楽しい立場だろう。うっとうしい制約が大幅に取り払われる参謀本部直轄の大隊長ともなればなおさらだ。「編成の期限は?」「早いに越したことはないが、明確な期限は無い。」「なるほど、ではせいぜい選抜に勤しみます。」にやりと笑うデグレチャフはいささか、悪い噂を思い出させてしまう。曰く、部下の選抜基準がきびしすぎる、と。戦場への早期参入を希望しているだけに、彼女は相当思い切って部下を厳しく選抜しかねない。もちろん、部隊の質を保つのは指揮官の仕事だが、部下を育てるのも指揮官の仕事だ。「大尉、忠告しておくが貴様は部下を選びすぎるという評判がある。」その意味において、部下を育てる才能や力量がないのではないかという疑念は大きなマイナスになる。軍では、部下も上官も選べないのが当然なのだ。言ってしまえば、上手くやるしかない。それができないのであれば、個人として如何に突出していようとも軍の力にはなれない。せいぜい、一匹狼として組織の中ではぐれて孤立することになるだろう。群れは、圧倒的に数で勝るのだ。「能力を疑うわけではないが、あまり良い風評ではない。留意しておけ。」「御高配に感謝致します。」だが、彼女には淡々とそれを受け流すだけの余裕がある。すでに、ある程度の人員のアイディアも練っているのだろう。実際、部下を使いこなす才能もあると士官学校から報告されていることを併せて考えれば、それほど悪いことにはならない筈だ。「なに、貴様が実力でもぎ取った成果だ。誇ってよいぞ。」「驕って墜ちるよりは、謙虚で生きながらえたいと思います。」「結構。その様子ならば、問題なかろう。」なによりも、この者は出世や特権に驕ることが無い。自然体に、恩恵は享受しても溺れることなくその分も義務を果たせる。実に稀有な士官だ。いや、貴族的と言っても良いかもしれない。もとより貴族とはあり方であって、血ではないのだ。ありようが、高貴であることに血は関係ないのだから。「明日にでも辞令は出るだろう。今日は、宿舎からでないことだな。」「・・・随分と手回しのよいことですね。」あきれたような響き。まあ、昨日の今日で辞令が変わるともなればそうも言いたくなるに違いない。「せめてもの詫びだ。気にするな。」「いえ、ありがとうございます。」「では、期待しているぞ大尉。武運を祈る。」実験的な部隊を預けるのだ。重責ではあるだろうが本当に期待している。願わくは、この実験的な措置が実を結ばんことを。『V600』この編成番号は、記録には一切存在しない番号だった。戦後公表された部隊資料には、いくつかの機密指定されたものを例外として番号は全て公表されている。だが、V600系統はどこにも存在しない。帝国軍の編成は中央軍のV000番台から始まり、各方面軍を合計してもV400番台に留まる。例外として考えられるのは、中央技研所属の部隊。だが公表された資料ではV000番台か、V500番台に留まる。一部の専門家は、高度な機密維持のために例外的にV600番台が特殊な実験部隊に付与された可能性を指摘した。大戦中、激烈な技術競争は大戦以前に比べて世界レベルで技術を発展させている。その技術競争に勝ち抜くためには、高度な機密保持がどうしても不可欠とされてしまう。機密保持のため、別枠で部隊を設けたのではないか?その指摘は、確かに考えるところが大きかった。さっそくエンダーのチームがそれと思しき関係者のリスト作成にとりかかる。同時に、私達のチームは帝国軍技術部の資料に手を伸ばしてみた。浮かびあがってきた結果は一人の中央技研に所属した技術者。我々は、直接その中央技研の元技術将校に直接尋ねる機会を得た。彼の名前はアーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師。大戦中盤に傑作と謳われたエレニウム工廠製97式『突撃機動』演算宝珠の主任開発者だ。敬虔な信仰をもつシューゲル氏は日曜の午前中に礼拝を欠かさないという。氏が毎週訪問する教会の司祭が口をきいてくれたおかげで、面会が叶うことになった。幸いにも厳しい監視の中ではあるが、我々の訪問は受け入れることになる。シューゲル氏は、前評判通りの理知的な人物だ。『神に祈った日に、遠来より来る客人を歓迎する事ができるのは、私の喜びとするところです。』神のご意思でしょう。そう呟き、安息日の午後に押しかけて来た我々を心からもてなしてくださった。実を言えば、私達は氏のような帝国の技術者というものは気難しいと覚悟していたので拍子抜けである。ここに、善良なるシューゲル氏のごとき人物を疑った自分の偏狭さを告白し、許しを請う。『過ちを悟ったのです。何事も、みこころの導きですな。』そう一笑して謝罪を受け入れてくださったシューゲル氏に我々はさっそくV600番台の部隊について問いかけた。だが、我々がV600の番号を口にした瞬間、監視と思しき憲兵が答えようとしたシューゲル氏を制止してしまう。何かがある。我々は確信を抱く。しかし、シューゲル氏は苦笑いを浮かべて憲兵を見やると、思いもしない話をしてくださった。「V600なる部隊番号は存在しない。だがね、諸君。記録を漁りたまえ。歴史の勉強は記者にとって重要なことではないのかな。」苦笑いを浮かべた氏の言葉に混乱しつつも、我々はV600なる番号を部隊名ではなく別の何かと判断し調べることにする。カギとなるのは、歴史の勉強というシューゲル氏の言葉。まるで存在しない部隊番号だ?違う。存在しないのだ。軍制の専門家が、我々の一か月近くにわたる苦悶を解いてくれるまで、我々はひたすら頭を抱えていた。見かねたのだろう。外信部の同僚が紹介してくれた専門家は一刀両断に我々の過ちを見抜いてしまった。曰く、『VXXX番というのは、そもそも編成番号である。』帝国軍は、その軍事制度上戦務課が編成し、作戦課が運用する。重要なのは、編成する部署と運用する部署が異なるのだ。通常、運用側は編成側が編成した番号をそのまま引き継ぐ。例えば、中央軍の補充目的で戦務がV101部隊を編成したとしよう。作戦はそれを第101任務部隊として運用する。だが、明確に配属が決定されていない場合誤解を避けるべく普段使わない番号を使う。だから、編成番号V600は存在し得るが、600番部隊は存在しないことは自明。底の部分で混同が起き、我々は第600番台部隊という存在しないゴーストを自分たちで作り上げていたのだ。まあ、笑ってほしい。真実を知ったと思えば、こんなありさまだ。突発的にビアホールへ取材に赴くことを決し、一日ぶっ続けでビアホールをチームで体験したとだけ記録する。(残念ながら、ビアホールの取材経費は認めらなかった。)なるほど、賢明なるシューゲル氏には我々が何か変なものを追っかけているように思えたに違いない。氏にとって誤算だったのは、あの助言を悟れるほどに私が勉強しているという誤解くらいだろう。さあ、これではかどるに違いない。そう思った我々は、何故か痛い頭に悩みながら帝国軍参謀本部の戦務課が残した編成資料を読み漁った。すると、事実お目当ての物はあっさりと見つかるのだ。なにしろファイリング分けされている中で600番など一つしかなかった。まるで、見つけてくれと言わんばかりに放置されていたそのファイル。しかし、中身は空っぽだった。ただ、簡単なメモが残されている。帝国軍参謀本部戦務課通達『常に彼を導き、常に彼を見捨てず、常に道なき道を往き、常に屈さず、常に戦場にある。全ては、勝利のために。求む魔導師、至難の戦場、わずかな報酬、剣林弾雨の暗い日々、耐えざる危険、生還の保証なし。生還の暁には名誉と賞賛を得る。』参謀本部第601編成委員会それにしても、編成番号601は、一体どのような部隊番号が割り当てられたのだろうか?残念ながら、資料はメモ書き一枚しかない。だが文学的な修辞を嫌った帝国軍にしては異例なほど情感がこもっている。眼にした人間がいれば、印象に残っているに違いない。そう判断した我々は、当時帝国軍に従軍していた魔導師達へ調査を開始した。すると、一人目で見事にビンゴ。実に情けない話を伺う羽目になる。『ああ、それなら有名ですよ。プロパガンダ部隊を造るという話でしょう?本気で志願した連中がぶつぶつ言いながら帰ってきましたよ。』『プロパガンダ部隊?』『ええ、“帝国の正義と高貴さを表すための部隊”とやらを広報部が欲したとか。』『ええと、プロパガンダといっても我々の手元にそのような資料ありませんが。』『当然でしょう。プロパガンダのために航空魔導師の大部隊を引き抜かれて問題が起きない筈がないじゃないですか。』『ええと、つまり?』『作戦課と前線から激烈なクレームの嵐で編成話そのものが流れたと聞きました。結構有名な話だと思いますが。』まさか、と思った取材班は幾人かの元帝国軍魔導師に話を伺った。否定してくれるだろうという願望5割。ああ、知っているよという解答が来るのではというあきらめが5割だ。だが、運命のいたずらか幸運かは知らないが、事態は微妙に違った。有力な証言を幾人かの魔導師から得ることができたのだ。『ええ。知っています。即応軍司令部構想の妥協に失敗した末の産物ですよね。』『プロパガンダ部隊だったのでは?』『ああ、あれは単なる噂でしょう。私は、即応軍にV600番台が割り当てられると聞きましたよ。』『即応軍?』『ええ、大陸軍より小回りが利く部隊を欲したみたいです。まあ、失敗したようですが。』これは、元中央軍の兵士。『西方方面軍と東部方面軍の合同部隊を便宜上V600と呼称したそうです。』『・・・即応軍やプロパガンダ、という話に聞き覚えは?』『ああ、ブラフですよ。戦時中はよくある話だ。』『それで、そのV600部隊とはどういう部隊なのですか。』『はっきり言えば、開戦当初に消耗した西方方面軍と東部方面軍の再編ですよ。』『再編?』『ええ、解散させるのではなく便宜上整理のために設けたとか。』『では、いろいろな風聞は?』『諜報上のブラフと聞きましたが。なんでも、精鋭部隊を新編中と脅すために。』これは元北方方面軍の兵士だ。そのほかにも、如何にもありそうな話から荒唐無稽に近いものまでありとあらゆる話が出てきた。まるで戦場の噂大全だ、そう私達は笑いながらも迷いを抱いている状態に置かれてしまう。調べれば調べるほど、別の側面が突然新たに湧き出てくるのだ。真実は一つではないが、それにも限度がある。我々は、完全に五里霧中におかれた。何が正しいのだろうか?まず、其れから考えてみよう。いろいろな話を聞くことができたが、何か違和感がある。集めて統計をとってみれば、相互に一致したり矛盾したりしている。つまり、何かしらもとになる事実は間違いなくあって噂が独り歩きしているのだろう。それによって、私達にはまるで、真実がつかめない。この戦争そのもののようだ。戦争について多くのことが語られ、戦争の惨禍は理解されている。だが、この戦争の真実は未だに明らかにされていないままだ。『V600』と『11番目の女神』の混沌さ。それは、まるで、この戦争の本質ではないか。※アンドリューWTN特派記者※あとがきすまない(´・ω・`)数時間前に更新が不定期なるとお詫びしたよね。うん、別に嘘は言っていないんだ。確かに、投稿のペースは変わっている。だが、別に遅くなるとは一言も言っていないんだ。ヽ(・ω・`;)ノ うん、テンションあがっているうちに書き上げてしまった。気まぐれでごめんね。( ;´・ω・`)ついでに誤字もありましたorzZAP!ZAP