参謀本部戦務課第601編成委員会こんにちは。自分の感性が、他人と合わないと感じたことはありませんか。受けた印象が全く真逆で、同じものをみたとは思えない事態です。同じ言葉を話しているつもりでも、全く違う結論に至って不思議に思う事はありませんか。なんか、合意できたと思ったら全く違う合意でした。常識という言葉は何処に行ったのだろうかと勘繰ったことはありませんか。まともに考えたらこうなるはずだと思って用意してみたら、全く違って笑うしかありません。他人と、意志疎通できるならば忌々しい悪魔にでも祈って見せると歎いたことはありませんか。私は、現在進行形で全てを体験しております。申し遅れました。私、第601編成部隊編成官を拝命しております、ターニャ・デグレチャフ大尉であります。参謀本部が実験的に設置を決定した即応魔導大隊構想に基づく遠大な計画。このたび軍人としてその一端を担えるは、無上の喜びとするところ。随喜の涙を流すあまりに、なんでこうなったのだろうかと考えてしまうほどであります。意味がわからん。ただ、なんとなくそう申し上げたい気分です。何故か知らないうちにお偉いさんから大隊を好きにしていいよ?といわれるなど意味不明にも程があります。率直に申し上げて、訳がわかりません。強力なバックアップに、官僚機構が出したとは信じられないような大盤振る舞い。逆に、怖すぎます。気前の良い大蔵官僚に出会った気分とはまさにこれ。信じられないものを見て、思わずだれかの頭をライフルで撃ち抜いて現実かどうか試してみたい衝動に駆られるほどに不気味です。しかも、ほぼフリーハンドとはこれいかに。編成の規模は増強大隊。締め切り自由?なんの冗談かと本気で笑いたくなりませんか。私は、笑ってみました。ニヤッと笑っているところを見られて、死にたくなりましたが。本当に、下士官という気のきいたベテランじゃなければ言いふらされて精神がぼこぼこにされるところでした。いや、優秀な補佐役らとしての彼らは大したものです。彼らにそれとなく意見を聞いてみたところ、素晴らしい意見がありました。編成が自由なら、大尉殿が納得されるまで要員を選抜されてはいかがですか?なんて、言ってくれるのですよ。古典的な牛歩戦術とはいいますが、悪くない。精鋭の選抜には時間がかかりますからね。ブリテンのスペシャルなエアーのサービスとか選抜に時間がかかって仕方がないと聞いたこともあります。おかげで、ようやく育った隊員が民間軍事会社にヘッドハントされて涙目とか。これが、供給が限られた状況での売り手市場というやつですね。自己投資を怠らなければ、この世界でも戦後には民間軍事会社へ転じることができるかも知れません。そうすれば、いつの日か約束されたビバリーヒルズも夢ではないかもしれないのですから。『常に彼を導き、常に彼を見捨てず、常に道なき道を往き、常に屈さず、常に戦場にある。全ては、勝利のために。求む魔導師、至難の戦場、わずかな報酬、剣林弾雨の暗い日々、耐えざる危険、生還の保証なし。生還の暁には名誉と賞賛を得る。』どうみても、地獄への片道ツアーの案内です本当にありがとうございました。常識的に考えて、こんなむちゃくちゃな募集要項に応募してくる連中はいないでしょう。自分だったら100%応募しない自信が保証つきであります。当然、部下の戦意不足と再訓練に補充とやることは多いでしょう。下手をすれば、部隊の編成そのものが危ぶまれることになりかねません。それでも、時間は稼げますし何より自分の要求水準が高くて部下が集まらないならば、参謀本部にも問題を転嫁可能。合理的に考えて、これにまさる募集広告は無い!そう確信していたのが、一週間前です。思えば、よくこんなむちゃな募兵要項を戦務課が通してくれたものだとすら感心していました。いやー現場を知らない連中だから、大言壮語を好んでくれて助かるとすら思っていましたとも。ええ、前線からしてみればこんな無理難題を言われるのがわかりきった部隊に志願するのはアホだろうと。だって、そうでしょう?ようするに、常に最前線に放り込まれ、撤退時は最後に後退。無理難題だろうとも、戦線をこじ開け、降伏も後退も認められないような常在戦場配置を宣言。素直に、戦場は至難の場所と書いた挙句に、報酬はわずか。うん、これで普通なら十分以上に説明義務を果たしたはずだ。これに加えて、剣林弾雨の激しさと一寸の油断もできず、油断すれば即死とまで書いてある。生還の暁には、一応メダルとかもらえるとは書いておいたけど、要するに特に何もないということだ。エリートとして名高い魔導師が、こんなむちゃな求人条件で応募してくるはずがない。いってみれば、ウォールストリートで『サービス残業あり、労災適用外、休日出勤常態化、低賃金、医療保証なし成功の暁には、満足と充実感を保証(成功の見込みは甚だ乏しい。)』という求人広告を出すようなものだ。エコノミストやトレーダーが応募してくるとは、誰だって思わないに決まっている。応募してくるのがいれば、そいつはアホか天才だ。それより過酷な募兵条件を出した時点で、3か月は志願者集めで時間を潰せると想定したほど。・・・現実逃避は時間の無駄。一介の常識的なリバタリアンとして、自分の時間を自由に使う権利の行使は何物にも代えがたい喜びではある。が、可能であればできる限り満足度の高い時間を使いたいもの。つまり、逃避行動は時間の無駄。ここは素直に積み上げられた志願書に向き合わなければならないだろう。『従兵!従兵!』参謀本部の一角にオフィスを設けて以来、一週間が経過しているが従兵を呼び出すのはこれが初めてだ。正直に言えば、最初は如何に時間を稼ぐか、に思考を没頭させていた。幾人かのベテラン下士官らに目的をそれとなく匂わせて、彼らの提案を参考にしたのだが。何故だ?何故、こんなに志願書があつまる?・・・ひょっとして、半ば強制的に志願させられたとかだろうか?だとすれば、牛歩戦術は見破られているということになりかねん。そうなれば、この書類にケチを付けるためにまず事務員を結集する必要がある。とにかく、一刻も早く事態を打開するべく行動を開始せねばならない。そうしなければ、いつの間にか既成事実化してしまう。ここは、些事も見逃さない口うるさいタイプの憲兵将校がダース単位で必要だ。できる限り、今すぐに。『はっ、はい大尉殿。なにか、ご用でしょうか。』ん?女性?入ってきた若い(とはいえ、自分よりは年配になる)女性が敬礼してくる。答礼しつつ階級章に眼をやれば特務伍長。ようするに、一芸で評価された人間か。男女平等な帝国軍は、主として後方勤務に女性を大量に動員している。まあ、一部では動員の代わりに労働に充てることを戦争経済の必要性から検討しているらしいが。ようするに、事務員として戦える人間を後方におくのは無駄という発想らしい。実に合理的極まる発想だ。案外、女性の社会進出も早いだろう。もちろん、それ以上に前線送りのリスクもあるが。例えば、能力があれば女性だろうと前線送りだ。さすがに、歩兵には皆無に近く、少数の航空隊や魔導師。それに、例外的な狙撃兵くらいだが。おかげで、敵国や第三国によって帝国軍は女性まで戦わせるとプロパガンダでぼこぼこにされる。まあ、事務員くらいならば別にどうでもいいと思うのだが駄目なのか。『・・ん、ああそうか。貴官とは初対面になるか。官姓名を申告したまえ。』そもそも着任して以来、忙しすぎて従兵を呼ぶ暇すらなかった。一応、習慣として人を呼びに行きたくなったので呼び出したのだが。そもそも、彼女は誰だ?あと、私が顎で使ってよいのか?重要なのは、この二点である。『サーシャ・カヴェーリン特務伍長であります。大尉殿付きの従卒を命じられております。』『ターニャ・デグレチャフ大尉だ。なるほど、どうやら随分と気を使われたようだ。』同性を従卒に付けるという時点で、わりと気のきいた配置だ。プライベートのことを従卒にやらせるつもりはないが、まあ女性の方がやりやすかろうという変な配慮が見えて仕方ない。正直、やりにくいともやりやすいとも思えないのだが。無能で無ければ、それでよい。無能であったら、さっさと別の人物に交代してもらおう。普通であれば、扱き使ってやる。有能だったら、秘書と副官としてひたすら扱き使おう。「さて、特務伍長。すまないが、衛兵司令にお願いして何人か憲兵をお借りしたいと伝えてくれ。」だが、無能な怠けものですらメッセンジャーは務まると過去の偉人も言っていた。衛兵司令に憲兵をお借りしたいというメッセージくらいは誰にだって運べるだろう。正直に言えば、憲兵のオフィスにまで通じる館内電話が欲しいが何故か陸軍参謀本部内にはない。伝声管や、艦内電話がある海軍はよっぽど先進的なのだろう。それとも、陸軍は全体的に予算が欠乏しているのだろうか。だとすれば、それはそれでよろしくないのだが。「憲兵ですか?」そこは、わかりました大尉殿が理想的だった。憲兵の部署を聞いてくるならば、まだ評価できるのだが。それとも、彼女は私のお守でもするつもりなのだろうか。「特務伍長。憲兵が他にいるのかね。できれば、ダースはお借りしたいと伝えること。」部下になめられては、仕事にならない。何のために、職責と序列が決まっているかを理解してほしいものだ。特に、馴れ馴れしくしてくる部下なぞ、碌な連中がいたためしがない。戦場で分かったことは、馴れ馴れしさとリラックスの一線が大きく違うという事だろう。機会があれば、人事マネジメントのコツとでもして本を書くのも悪くない。「失礼しました。すぐに、お伝えしてまいります。」「結構。」まあ、見た目が幼いのだ。敵から外見で侮られる事で、生き延びられるのは歓迎しよう。味方から侮られて足を引っ張られるのは、我慢できないにしても、だ。ともかく、志願者が多すぎる。リストを見れば、東部軍と中央軍どころか何故か西方方面と南方方面のものまで混じっていた。・・・志願者は東部と中央軍から選抜しろと言われているはずなのだが。いやまて、これは使える。どのみち、これだけ志願者が多ければ確認でひと手間かかるハズ。・・・これは、上に相談するべきだろう。うん、そうであるに違いない。なにしろ、規定違反だ。こんなことを許容していては、組織の規律が崩壊してしまう。そういうわけなので、再選考を行う必要がある。「よし、さっそく准将閣下のところへ行かねば。」話が違う、そうねじ込むだけでもだいぶ時間は稼げるだろう。そう思い、腰を浮かしかけた瞬間に自分の短慮を歎きたくなる衝動に駆られた。マテ、待て待て。単純すぎないかその見方は。志願者が集まらないと見越して出した募兵は何故か、逆に成功した。ここで、下手に再選考の必要ありとか言えば、いっそ全軍から募兵して良しと言われかねん。そんなバカなことになればますます面倒だ。西方軍と南方軍の書類は、見なかったことにしてしまおう。所謂、厳正な審査の結果、今回は運よく前線送りを見逃して上げます的なのりだ。そうだ。どの道、無理やり志願させられたに違いない連中。行きたくもない戦場に派遣されそうになっているに違いないから、本心では選外を願っているはず。つまり、選ばないことが最善。絶対、そうしたほうが陰徳も積めるに違いない。そうなると、むしろたくさん応募者がいることを活用しよう。ここから最高の部隊を造るためにハードルを上げるのだ。そうすれば、きっと時間もたくさん必要になる。運が良ければ、編成に時間をたくさん使えるだろう。最悪でも、この選抜を乗り切れば盾くらいにはなるに違いないのだから悪くない。悪くないどころか、素晴らしいと言える。そうだ。ここに至っては、損害を最小化することに頭を切り替えるべきだ。コンコルドのようも馬鹿な決定過程の真似をすることは、避けたい。損害の最小化とは、失う物を極限まで減らすこと。つまり、藪蛇を避けるべきだろう。其れさえできれば、全く問題ない。悪鬼どころか、鬼神ですら逃げ出すようなむちゃくちゃな基準で選抜してやろう。「アイシャ・シュルベルツ中尉、ただ今着任いたしました。」「クレイン・バルハルム中尉、同じく着任いたします。」東部軍から首都へと呼び出されて駆けつけてきた若い中尉達。彼らが、首都郊外に設けられた第601編成委員会駐屯地に出頭したのは定刻通り11:00だった。最精鋭の魔導部隊が結成される。志願者は名乗りでよと言われ、義務感と功名心から志願した二人は、意気揚々と官姓名を申告する。「御苦労。参謀本部第601編成委員会委員長、グレゴリオ・フォン・ターナー大佐だ。」それを受け入れるのは、グレゴリオ・フォン・ターナー大佐。正面のデスク越しにこちらを見極めんと睨めつけてくる歴戦の古兵を思わせる彼の威圧感に思わず二人とも背筋をただす。しばらく、こちらを睨みつけてくる大佐の眼光によって直立不動となった二人に対し、何かを納得したように大佐は頷く。「諸君には、すでに本日の予定が通知として来ていると思うが変更を告知する。」予定の変更を通知。これは、ひょっとして既に試験が始まっているということではないだろうか。士官学校でも、予定の変更。目標の変更は一般的なことであった。柔軟な反応が求められているに違いない。そう判断した二人は、一言も聞き洩らさないように全身を集中させる。「通達してあるように、本日1400までに第七演習場集合は取りやめ。諸君は、ただちに第六航空戦隊司令部へと向かいたまえ。」ただちに。そう、ただちに第六航空戦隊司令部へ出頭せよということだ。おそらく、『ただちに』というところが重要なのだろう。如何に、緊急の命令に対応できるかが問われているに違いない。「・・・なお、当然のことではあるが選抜過程による機密保持義務が貴官らにはかけられている。」そして、選抜過程による機密保持義務。やはりか。そう思った二人は、機密保持と使える手段の検討に修正を加える。市街地の飛行は原則厳禁。一般の交通手段は使えるだろう。だが、タクシーは機密保持規則上推奨されていない筈だ。基本は、軍の車両。それもできる限り憲兵や司令部付きの奴がいいはずだ。「機密保持資格に疑義が出た場合、即刻原隊へ処分付きで送り返すので注意せよ。」「はっ。」言わずもがなの注意事項を通達され、速やかに退室した二人は即座に打ち合わせを始める。「第六航空戦隊司令部?すまないが、所在地はわかるか?」「ええ、問題ないわ。確か、アウグスブルク空軍基地所在の部隊ね。」バルハルム中尉にとっては聞き覚えのない戦隊司令部。だが、幸いにもシュルベルツ中尉が頭に叩きこんでいた。帝都郊外のアウグルブルク空軍基地。確か、輸送部隊を擁立し、大規模な輸送任務にも対応できるというはずだ。精鋭部隊というだけに、空軍との連携も重視しているのだろう。機密保持を勘案すると、たしかに郊外の基地の方が適切でもある。「そうなると、郊外か。参ったな。軍用車両をどこかで調達できるか?」だが、そうなると軍用車両の調達が課題となる。二人とも、かなしいかな現在の所属は東部軍。一般の部隊に対する命令権など存在しないし、つかえる手段は限られる。「・・・参謀本部付きの憲兵隊なら持っているはずよ。予備を借りられないかしら。」しかしシュルベルツ中尉は頭を廻すとこちらへ敬礼をしてきた憲兵の姿で活路を思い出す。丁寧に答礼し、彼女は目の前の憲兵が参謀本部付きの憲兵軍曹であることを確認した。彼ならば、車両を持っているはず。機密保持資格も問題が無い。「軍曹、車両を回せるかしら?」「はい中尉殿。問題ありません。」打てば響くような快諾。取りあえずは、間に合うだろう。そう思い肩の荷を下ろした二人に車両を手配した憲兵軍曹は最敬礼で二人を見送ると、同僚と共に肩を落とした。騙されて基地へ飛んで帰る連中を見送るのが使命とは言え、多すぎではないか?「・・・これで、14組目か。」口に出して確認し、改めて多いなと思う。「今日は、あと何組だったかな。確か、5組だと聞いたがな。」彼らは、すでに今日だけで同じような相談を14件も受けている。わざわざ彼らの目につくように巡回さえ、させられているのだ。一人二人ならば、偶然なのだろうがここまでくれば試験官の意図もなんとなく見えてくる。「まずいなあ、4組ぐらいは受かると思っていたのだが。」まさか、あっさり騙されて原隊送りにされていると気がつかないとは。あの中尉殿達もアウグスブルク発東部方面行きの輸送機で原隊に送り返されるに違いない。「3班の連中が正解でしたか。」全滅するに賭けたのが3班。4組に賭けたのが1班。ちなみに半数は受かると見込んだ2班はすでに脱落している。頼むから、受かってほしいものだ。持っていかれるボトルのことを思い、憲兵軍曹は切実に志願者の合格を祈った。信心深い方ではないにしても、神にすがりたいと思っているのだ。『つまり、V601は宣伝目的のプロパガンダですと!?』若い少尉は、論外とばかりに口角泡を撒き散らしながら抗議の声を上げる。握りしめた拳は今にもデスクを殴りつけようとするほどだ。今にも、苦戦している西方方面軍へ助力せんと駆けつけた東部軍の軍人はプロパガンダをやっておけ?冗談ではない。全身でそう物語る少尉。『落ち着きたまえ少尉。私とて、このようなことを言うのは本意ではないのだ。』相対する少佐は、実に申し訳なさ気に頭を下げる。そう、少尉に対して少佐が謝罪するに等しいのだ。彼もまた、この事態に憂慮している。だが、少なくとも少尉に対して申し訳ないという気持ちを切実に言葉にできずとも態度で表わすのだ。さすがに激昂している少尉も、目の前の少佐にぶつけるのは意味がないことを悟れる。『・・・つまり、黙って踵を返せ、と?』『すまんな。貴官の意欲は嬉しく思う。機会があれば、志願してくれ。』心底から同情したような少佐の声色。そこに込められた思いをくみ取ったのだろう。少尉は握り拳をほどき、見事な敬礼をすると一礼し、退室していく。『・・・失礼します。』そう言って少尉がドアを閉めた瞬間、室内で失望のため息が盛大に零れた。「・・・これではいい加減、対光学系術式対策を徹底しようという気になるな。」つい先ほどまで、壁しかなかった一角に忽然と現れた数人の将官が苦虫をダース単位で噛みしめるように吐き捨てる。彼らは、嫌になるほど単調な三文芝居を延々と見せつけられ嫌気がさしているのだ。全くもって嘆かわしいことに、演じさせられているとは気が付きもしない間抜けの演説を延々聞き続ける。それを演出するのは簡単な仕組みだ。光学系で欺瞞の立体映像を作成。存在しない人物を部屋の隅に置いたデスク前に映し出す。そして、部屋の違和感を光学系偽装式にて誤魔化す。要するに、隅っこの方にある違和感を誤魔化すために内装をいじるのだ。そうすることによって、そのデスクが中心にあるかのように偽装。つまり、室内は随分と小さく見えることになる。余剰スペースでは、高級将官らが苦虫を潰して観察しているというわけだ。ようするに、少尉は独り芝居を盛大に居並ぶ査察官の前で演じていた。結論は仮にも、魔導師であるならば常識以前の基本である認知力。それすら欠落していると如実に証明された彼は、東部軍の実戦経験欠如を見事に宣伝してのけた。そういうことになる。敵軍ならばともかく、自軍の無能さが証明されたのだ。愉快な参謀などいるわけがない。「でしょうね。視野狭窄と言われても仕方ないはずだ。」肩をすくめるデグレチャフ大尉。彼女のうんざりとした表情にいら立っていた面々はむしろ蒼白だ。精鋭部隊の選抜試験で、すでに東部軍は全滅に近い結果を突きつけられた。曰く、無能、怠惰、傲慢、無策、低能、注意力散漫、観察力皆無、最悪の給料泥棒と言いたい放題。結論が、東部方面軍魔導師全般に対し、再教育の必要性を認ムル?冗談ではない。そう言って東部軍から参謀本部に怒鳴りこみに送られてきた参謀が目にしたのは実に情けない光景だ。『口で申し上げるよりも、ご覧になった方が早いでしょう』そう言うや、デグレチャフ大尉は試験官として抗議に同調していた将官らを招聘した。試験自体は単純な仕掛け。ようするに、光学系の欺瞞という基礎的なトリックに気が付けるかどうかだけだ。例えば、はなしかける映像は実態が無い。だから、机越しという配置である程度誤魔化すらしいが、一日中見ていれば非魔導師の自分ですら違和感に気がつく。なにより、立体映像は口を動かす真似をしているだけ。後は、合成音声でデグレチャフ大尉がでっち上げた話を横から適当にしゃべっているだけなのだ。本当に耳を澄ませていれば、横から聞こえてくることに気がつく。種が分かっている人間からしてみれば、忌々しいほど単純な仕掛けにほとんど全員が引っ掛かった。大半の連中は、行けと言われた空軍基地からそのまま原隊に送り返されるという。これでは、抗議よりも東部軍が訓戒されかねない内実である。いや、確実にそうだ。東部軍から抗議に出向いてきた参謀らには、軍中央から叱責目線が四方八方から飛ばされる始末。「なるほど。貴様が散々不合格を突きつけるものだから、視察しに来てみたが納得だ。」戦務次長のゼートゥーア准将が笑いながら、東部軍の使者を睨みつける。一体、貴様らは今まで、何をやっていたのか、と。魔導師の教本には、共和国軍の活用する統制射撃へ光学系欺瞞式が有効な対処法として記載されている。また、共和国軍も戦場で多用する事から対光学術式対策は魔導師の基本とされているのだ。選抜段階で基礎すらできないと証明されては、東部軍の立つ瀬がない。「しかし、中央軍の実戦経験者が半数は見破れる詐術か。」「同水準のそれを東部軍では、ほぼ全員が見破れないのは問題だな。」「光学系の式で幻影を形成しているだけの単純な術式です。実戦では一般的なデコイとして使います。」暗に、デグレチャフ大尉が練達しているからではないのか。そういう意味合いを込めた疑問に対しても、デグレチャフ大尉は淡々と答える。実際、中隊規模の統制射撃を相手に光学系欺瞞を活用し生き抜いてきただけにその言葉は凄まじい重みを持つ。なにより、中央軍で先に西方へ派遣された部隊が半数近く見破っているという事実。「光の屈折で、眺めている試験官の前で実在しない映像相手に踊っているのです。採用したくない気持ちもお分かり頂けるでしょう。」実戦経験者やベテランが、前提条件と見なす条件。それは、最低限度の要求水準と見なすには合理的と言わざるを得ない。これでは、最低限度の要素すら欠落している志願者では、意欲以外に評価できずとも無理もないだろう。「それで、東部軍の成績は?」「東部軍志願組は、これまで29組中27組が幻影に騙されて原隊復帰となりました。」淡々と報告書を読み上げてくる事務官の言葉に、一日中喜劇を見せつけられていた査察官らは思わずため息をつく。あれほどあっさりと騙されているようでは、無理もないのだろう。東部軍の再教育を真剣に検討するべきかもしれないと、すでに作戦参謀らは頭を抱え始めている始末だ。あんなにあっさりと誤魔化されるような部隊で、戦争ができるものかと深刻な疑いが生じている。「中央軍の10組中5組が受かったのと合わせても、中隊分しかありません。」そして、2人1組で行われている一次試験の合格者はわずかに12人。これでは全員採用しても中隊分の人員しか編成できない。目標のわずかに25%に留まる。「現在、残っている東部軍65組に期待したいところです。」一応は、期待しないでもない。しかめっ面をしつつ、ぼそっとデグレチャフ大尉が一言呟いて見せる。そういう口調だが、目は無理だろうということを主張してやまない。実際、今日のあり様を見ている査察官らも同感である。いや、東部軍の参謀らですら同意せざるを得ない。あんなありさまでは、確かに厳しいだろう。突然東部軍の練度が向上でもしない限りは、せいぜい4、5組受かれば良い方だ。下手をすれば、増強1個中隊が限度となってしまいかねん。「この割合では駄目だろうな。」諦観と共に、東部軍の将校らの肩が落ちる。彼らとて、自分達の部隊が無能だという烙印を押されるのは望まないが現実は残酷だ。当分、東部軍魔導師は冷飯ぐらいになるだろう。「・・・要求水準を引き下げられるか?」「再訓練を施せば、使い物になるという基準設定が必要です。編成に時間がかかります。」失望の念もあらわに戦務課の将校らが、編成期間の見直しに言及する。訓練で何をやっているのだ。そう言わんばかりの目線を東部軍参謀らにむける者も珍しくない。なにしろ、要求水準を引き下げると必然的に部隊の編成に時間がかかる。一番厄介である部隊の教育期間が信じられない程長くなるのだ。誰だって苛立たない方がおかしい。ベテランを部隊に馴染ませるのと、新兵を基礎から叩きこむのでは全く意味合いが異なるのだ。能力差がありすぎる部隊は運用にも支障をきたすために、均質化せざるを得ない。つまり、デグレチャフ大尉が選抜した中隊を基幹としつつも部隊を形にするには時間がかかるということだ。「具体的には?」「一月ほどは。」針のむしろに座らされた東部軍の面々を救ったのは皮肉にもデグレチャフ大尉の一言だ。一月という数字に、思わず全員の意識がそちらに集中した結果、東部軍のことが意識外へ落ちている。選抜し、再教育するということは本来恐ろしいほど時間を必要としてしまう。だが、居並ぶ高級将校の前でなんということも無しにデグレチャフ大尉は大言壮語するのだ。一月もあれば、無能どもですらまともな兵隊に叩き直す、と。ただの大尉がこれを口にするならば、虚言癖かただの馬鹿だと思われるに違いない。新兵教育で2年かかるのだ。いくら経験を積んだ魔導師だからと言って大隊を1カ月で作るという方がどうかしている。『無理だ』『不可能だ』『実現性が無い』と誰もが喉元まで出かかっている。しかし、其れを言わせないだけの風格がデグレチャフ大尉に漂っているのだ。叩き直してご覧にいれよう。実力に裏打ちされていなければ、不遜なほどの自信を彼女は示す。孫の様な年齢の大尉に、居並ぶ高級将校が軒並み呑まれているのだ。東部軍への問責は一時的に棚上げされてしまう。「ならこの際構わない。多少手荒でも、再教育してやれ。」唯一、この事態を予想していたのだろう。戦務課の参謀次長を努めるゼートゥーア准将がニヤリと笑った。多少、手荒でも。この場合は、死なない程度にやってよいという許可だ。一か月しかないのならば、しごくほかにない。「はっ。」良く理解しているのだろう。応じるデグレチャフ大尉も、良く似た微笑みだ。まるで、吸血鬼が獲物を獲得したかのような獰猛な微笑み。そう、笑うという行為は、本質的には攻撃的な行為である。「この記録を、教導隊におくってやれ。連中に、東部軍を再教育させてやる。」そして、彼らはそつがない。思い出したかのように付け加えるゼートゥーア准将は、東部軍を放置する気はさらさらないのだ。これを機会に、むしろ徹底的に叩き直す所存を示す。「全く先が思いやられる。今後は戦訓の共有が課題だな。」あとがき?やあ、大隊戦友諸君(´・ω・`)ノうん、マッセナ師団の真似は無理だorzすまない。今後の更新は金曜:がんばるお。土曜:やってみるだけやってみるお。日曜:ムリぽ。月曜:神よ祖国を守りたまえ。火曜:たぶん復活してるお。という予定(暫定)。あと、多くの反響とかコメントとか感謝感激であります。頑張っていくので、今後ともよろしくお願いします。※微修正しました。ZAPもしました。ZAPZAP