『11番目の女神』について、ロンディニウム・タイムズのジェフリー特派員は一つの仮説をうち立てた。それについて、ジェフリーはあまり愉快な予想ではないが、ありえる話だと語っている。今日は、戦場の噂に過ぎないのか、それとも真実なのかについて議論したい。我々が『11番目の女神』について尋ねた軍関係者は何れも、この存在についてコメントを拒否した。本来であれば、否定するなり、肯定するなりするはずなのだが、一切を語りたくないというのだ。それは、あまりにも頑なな拒絶である。『軍の恥ですか?』そう訊ねた時のことだ。それまで、沈黙を維持していた一人の退役将官がテーブルをたたき割る勢いで殴り付けていた。立ちあがった彼の表情は、鬼もかくやという形相。私達は、思わず後ずさってしまう。それほどに、退役将官の激怒は凄まじかった。『戦場を、戦場を知らぬ貴殿らには、絶対に理解できない世界があるのだ!』彼は、私達を一喝すると話すのも不快だ、とばかりに席を蹴るように立つ。奇妙なことに、同席していた他の退役将校らも同時に席を立っていた。まるで、彼らの沈黙が総意を表しているかに思えるほど、気まずい雰囲気だったことを告白する。さて、ここまでの話は事実だ。だが、私達が見た事実だけで真実を語るのでは、何も見えてこないだろう。そこで、ジェフリー特派員の持ち込んだ情報と彼の仮説を議論したい。ジェフリー特派員は、『11番目の女神』が初めて連合王国によって確認された場所を西方ではなく北方だという。何故だろうか?大戦末期の北方反攻作戦に至るまで、連合王国は常に西方戦線に傾注していた。にもかかわらず、西方にいたはずの『11番目の女神』を何故連合王国は北方で確認したのか?答えは、実に単純だという。参戦前の時点で極秘裏に、レガドニア協商連合へ部隊が派遣されていた。そう、連合王国が宣戦布告なき戦争加担行為を行っていたというのだ。今までも、囁かれていた噂だが間違いないらしい。資料の裏付けも万全。連合王国資料室は、かなり手強い相手であったが、既に資料の開示に合意している。何が起きていたのか?その探究の過程で、我々はこの事実を発見した。それによれば、共和国と帝国が激突している最中に連合王国は介入を決断したらしい。連合王国防衛委員会が、将来の敵情調査を目的として実戦情報の収集を勧告。これを受けて、少数の魔導師部隊を主力とした『義勇軍』がレガドニアへと派遣されていた。国際法の批判をかわすために、退役した将兵が、『自主的』かつ『独断』で志願した『義勇軍』。その内訳は、今なお資料開示を拒絶されているものの関係者の話では魔導師を連隊規模で派遣したようだ。当時の連合王国は中立国である。そのために、戦争中盤のように魔導師戦力が切迫していないとはいえ、大した規模の『義勇軍』だ。当然、政治的なごたごたも随分と見られる。そして、『義勇軍』はかなり手ひどくやられたらしい。これが、一番致命的だった。表に出せない秘密裏の介入と、貴重な魔導師戦力の消耗。『11番目の女神』について、言及されるのはここからだ。これが、原因であると『義勇軍』の指揮官が報告書をまとめている。さて、ここに至って『11番目の女神』は人だろうか?それとも、何か特定の用語なのではないか、という疑惑が私達に生じた。ジェフリー特派員の意見は、シンプルだ。「補給と兵站の致命的不足」きっちり、11文字である。要するに、上への不満を明記されるわけにはいかないという事情らしい、というわけだ。まさしく、『軍の恥』ではないか。補給を訓練に置き換えても良い。ともかく、組織上の欠陥を隠蔽したいのではないか?ジェフリーの主張はこのようなものだ。正直に言えば、私は同意できない。西方戦線に従軍記者として参加した記憶から言えば、補給はまあマシだった。訓練も、まあ見た限り悪くないように思う。もちろん、一記者だが、長く取材しているのだからある程度の推察はできるはず。なにより、西方戦線の消耗は異常だった。いや、異常が日常になるほどの別空間ともいう。あんな世界で暴れまわる悪魔がいても不思議ではないのだ。おかげで、私達の議論は平行線だ。まあ、政府の権力監視ということを旨とするロンディニウム・タイムズ。対して、海外からのニュース提供を得意とするWTNでは、見方が違うのかもしれない。ともあれ、私達はこのことを継続調査していきたいと思う。なお最後に、素晴らしく理解ある妻を持てたことを幸福に思うと付け加えたい。では、また来週。※アンドリューWTN特派記者連合王国義勇軍前線司令部「ネームドです!西方で確認されたネームドが現れました!個体照合、ラインの悪魔です!」観測兵が驚いたような声を上げ、司令部の注目を一瞬のうちに浴びる。眉唾ものと思われていたネームドの出現情報だ。曰く、デスゾーンを容易に飛び越える。曰く、ネームドの中隊を単騎で屠る。曰く、空間を歪曲させるほどの干渉式を使える。共和国軍担当者から情報を受け取った時、何かの冗談に決まっていると笑ったものだ。帝国軍の技術水準が高いのは事実だが、これは無理がありすぎるだろう、と。連合王国の分析では、存在自体が疑問視されていた。だが、さすがに観測兵が感知したとなるとやや疑わしい情報も見直す必要がある。「実在したのか?共和国軍の連中、白昼夢を見たものだとばかり思っていたが。」何かの間違いなど、良くある話。戦場では、誤報など当たり前の話である。故に、せいぜい誤報だろうとおもっていた士官連中もさすがに騒ぎ出す。幾人かが、分析班を叩き起こすべく受話器に飛びつき、もう幾人かが上級司令部を呼び出し始める。「魔力で同定。間違いありません。急速接近中。」さらに、複数の観測兵が魔力で同定。間違いなく、登録されている魔力反応だと分析。単独の検知であれば誤報もあり得るが、ここに至っては実在が事実と認められる。「敵増援は大隊規模。記録にない部隊です。」加えて、複数の大規模魔力反応。規模から察するに、間違いなく大隊規模。下手をすれば、増強大隊規模の魔力反応だ。随分と、思い切り良く増援が出されている。しかも、その魔力傾向が過去の記録と一致しないということは、新手だ。帝国軍の連中が、新手の魔導大隊を出して来たという事実は大きい。「データをとるぞ。レコーダーは回しているな?」「事実なら、単騎で中隊を屠るような化け物ですよ。ぬかりありません。」簡単な軽口を叩きながら、情報士官は目の前に映し出される情報を分析する。魔力傾向に見覚えのない部隊だ。なにより、西方で未確認ながらも存在が噂されたネームドが実在したのが気にかかる。「傍受はできているか?」「だめです。未知の暗号・通信形式です。少なくとも、ライブラリには存在しません。」だが、ある意味予想通りの返答。解読とまではいかずとも、ある程度の形式は記録がある。そのため、通信波長を傍受することによって大凡の所属程度は予想可能。しかし、まったく未知の暗号・通信形式となればいよいよ新手だ。「司令、少なくとも新手です。過去の北方軍とは共通点も見当たりません。」「結構。管制機を上げたいところだがな・・。」苦笑を浮かべる面々。極寒の地に送られたとはいえ、その表情は陽気なものだ。彼らは知っている。余裕のない戦争など、今さらだという事を。同時に、政治的な制約によって様々な制限があることもだ。取りあえず原因に関係のありそうな神と悪魔を一通り罵り倒した後に、受け入れている。「さすがに、管制機を持ちこむわけにはいきませんしね。」「そういうことだ。前線に注意喚起を。」「了解。」見事な敬礼をしたCP将校が無線機で指示を叫び始める。敵情判断は難しい情勢ではあるが、少なくとも後方には精鋭が集められていた。将来の対帝国戦をも見据えた上での派遣。そのためにも、各種経験と教訓の収集が望まれているのだ。「しかし、驚きだ。まさか、300近い速度で飛んでくる大隊があるとは。」実際、幕僚の大半がありえないと否定したネームドが実在している。つまりは、戦場の空気を読めていないのだ。大規模な実戦経験の欠如は誰もが痛感している。戦場の情報は、正に職人のみが分析できるものだ。情報の仕事は、教えてくれと言ったところで、誰も教えてくれない。まして、専門の教科書なぞあるわけもないし、よしんばあったとしても役には立たない。「・・・話半分くらいには覚悟するべきかもしれませんね。」故に、派遣された将校の多くは経験を積ませるための情報将校だ。彼らの多くは、この派遣目的が純粋に自分達を教育するためのものだとは知らされてはいない。だが、それを察する事もできない程度の奴は時間と資源の無駄遣いとして強制帰還させられている。それだけに、彼らの多くはありえないと思いつつも、客観的な情報分析を始めていた。だからこそ、危機感を抱くのだ。例え全てが大げさに誇張されているとしてもだ、ネームドである。まして、増援部隊は大隊で増強大隊の可能性も濃厚。単純に見ても、大規模な大隊による迎撃だ。楽観視できる状態ではない。「例のネームドが、中隊を一瞬で吹き飛ばすと?さすがに連隊相手では無理だろう。」仮に、仮に中隊を相手にできるネームドがいたとしよう。だが、数は質を圧倒し得る。故に、ネームドはまだ対策できなくもない。単独であれば、さほども問題視されずにすんだであろう。「だが、大隊は無視できない。速度から察しても、かなりの練度だろう。」「対するこちらは、数こそ多いとはいえ混成部隊。・・・厳しいな。」しかし、純粋に数だけ見れば新手の増援は深刻な脅威となる。連隊に対して大隊と言えば、大した脅威とも見えないかもしれない。だが、連隊は消耗しており、相手が増強大隊だとすれば事情は異なってくる。「共和国、連合王国、協商連合、いずれも戦闘ドクトリンが全く異なる、か。」なにより、彼らは寄せ集め。連合王国・共和国が極秘裏に共闘しているために、共有できていないものは少なくない。協商連合に泣きつかれ救援を望む共和国と、対帝国戦情報収集を意識している連合王国の足並みは多分に乱れている。「協商連合はともかく、共和国は数が多い。分断されかねません。」そのため、共和国と協商連合はともかく、連合王国は戦闘に際しても戦力温存となりがちだ。兵器テストの意味合いから、輸出したという態で爆撃機や戦闘機を持ちこんでいるが。だが、基本的に可能な限り消耗を避けたいというのも本音である。「なにより、時間をかければ再編された大隊の来援もあり得ます。」その『義勇軍』にとってみれば消耗の多い突破は望むところではない。なにより、時間が経過すれば帝国に増援も予想される。つまり、益が乏しい割に苦労が多い。本音で言えば、後退したいところですらある。だが、ここまで犠牲を払って敵兵站線を撹乱してきたのも無視できない。「最悪、爆撃機だけで拠点を叩くことになるか。」故に、最低限の目標達成の手段として爆撃機へ期待がかけられる。燃料の集積地に対する爆撃だ。少数の攻撃成功でも、大きな戦果が期待できた。「反対です。邀撃戦闘機が出てくれば、無視できない損害を被りかねません。」「軽快な魔導師相手ならばともかく、高速爆撃機ならば振り切れないか?」「すでに、共和国が試して大やけどしている以上反対だ。」だが、同時に相手の防御も無視できない。つまり、不本意ながらも彼らは成果を出すためにも攻めざるを得ない立場にある。「だとすれば、敵魔導師の排除はどの道必要だ。」「問題はネームドと未確認大隊の能力。潰せればよいのだが。」そう呟いた時、運命の女神はいたずらなことをする。20キロ以上先の前線を管制するための簡易指揮所。協商連合軍の隠蔽された管制施設を引き継いで使用している彼らは失念していた。魔導師にとって、20キロという数値は、別段さして遠くもないのだという事を。「何?本当かそれは!?間違いないのか!」突然、管制任務に従事していたCP将校が立ちあがり、血相を変えて無線機にまくし立てた。直後に、幾人かの情報将校も血相を変えて立ち上がる。「α大隊より、緊急通信。退避勧告です!」「機器を落とせ!逆探されている!」それぞれが、叫んだのはほぼ同時だった。「ネームドより高魔力反応!魔力砲撃術式急速展開中!」さらに、観測兵が悲鳴の様な声を上げ、狂騒がさらに拡大する。逆探された?α大隊より、退避勧告?・・・高魔力反応!?「そんな!?何キロあると思っている?」「退避ィーー!!!退避ーーー!!!」思わず、否定しようと叫び声を上げる馬鹿を蹴り飛ばし、幾人もの将兵は退避壕へ駆け出し、直後に吹き飛ばされた。高度9500 集積地点前方交戦地域「朝日のごとく 御光をもて 暗きを照らし 今ぞ生まれし 主をたたえよ」収束する魔導砲撃術式。28センチ砲並みの貫通力と破壊力を込めた魔導砲撃を繰り出す七層の制御式が空間に飛散し消滅。莫大な光量が、一瞬戦場で輝き、直後に盛大な着弾音が空間に轟く。「観測波の消滅を確認!敵観測部隊、排除完了。」同時に、ノイズ混じりながらも観測手を務める軍曹が着弾と効果を報告してくる。言うまでもなく、命中は確実。加えて、相当の打撃も確かに与えているに違いない。いずれにしても、魔導師戦闘の基本である敵観測要員の排除は実に順調に行えた。素人なのか、盛大に強力な観測波を飛ばしまくっていたのであっさりと発見。こそこそと基本的にパッシブ受信のみに専念している共和国軍に比較すれば、随分と楽に見つけられた。協商連合の質的欠陥は未だに改まっていないらしい。高濃度の魔力空間に対して観測波をアクティブで出すなど、長距離を取れる管制機くらいしか行わないものだ。よっぽど間抜けだったのだろう。砲撃術式を展開したターニャは、実に単純ながらも経験からそのように判断した。ひとまず、運があったらしい。そう判断し、小さな手を握り締めて、幸運を噛みしめつつ状況を判断する。「敵通信量激増しました。砲兵隊からのコールを確認。おそらく、前方斥候と思われます。」同様に、観測に専念していた部下からの報告もその判断を強化する。間違いない。紛れもなく、前方斥候と観測班は吹き飛ばせた。そう判断し、ターニャは手にしたライフルを意気揚々と振りかざす。「よし、間違いなく観測班は潰せたな?では、仕掛けるとしよう。」数的劣勢環境下で交戦など、本来は断固としてお断りしたい。だが、相手の観測要員を潰せたということが、事態をだいぶ楽にする。空戦中の部隊は、通常ばらばらになりがちだ。いくら、統制のとれた部隊であっても乱戦になれば全体の様子を見渡すことなぞ叶わない。それを防ぐために管制機が飛ぶが、それと同様に重要なのが前線の航空観測官だ。「ピクシー01より、大隊各機、敵観測班は排除。」その観測班が間抜けにも位置を自ら露呈。ものはためしと、砲撃してみればあっさりと吹き飛んだらしい。こうなれば、敵は統制のとれた大部隊ではなく単なる群衆も同然。CPの支援もない魔導師なぞ、個人戦を戦っているに等しいのだ。「目標は高度6500、数およそ準連隊規模。うち二個中隊が後衛。爆撃機複数を認む。」なにより、敵がいい具合にばらけているのはパーフェクトだ。前衛の二個大隊はある程度消耗しているらしい。本来であれば、観測班の誘導で新手の二個中隊が増援として参入するところだ。だが、今となってはよくわからないうちに連絡が吹っ飛んだに違いない。経験則上、共和国や協商連合の魔導師は集団戦に特化しすぎているきらいがある。そんな連中だ。何故か知らないが、地獄の様な特訓に嬉々として耐えきったうちの軍人たちなら圧倒できるだろう。まあ、最低限、私の足は引っ張らない。だから、盾としてくらいは全くもって問題なく活用できる。加えて、素晴らしいことに今回は敵爆撃機まで存在しているようだ。こいつらを撃墜すれば、空軍のエースにもなれるだろう。そうなれば、確か規定ではいくつかの昇給と優遇措置も期待できた。いや、実にすばらしい。珍しく、ブルーオーシャンに等しい環境だ。日ごろの行いが良いからこそ、このように恵まれた環境が産み出されたに違いない。たまには、運命の因果律とやらも私に味方するようだ。「第一、から第三中隊は、前衛部敵二個大隊を撹乱せよ。第四中隊は私に続け。」なにより、大義名分がある。私は、大隊長。つまり、部下を指揮する者。言ってしまえば、自分で戦うこともあるよね、程度のレベル。面倒な敵部隊を排除させる仕事は、部下に押し付けても良い。むしろ、そのための部下だ。より重要な問題を考えるためにも、部下には頑張ってもらいたい。少なくとも、諸君には相応の投資を参謀本部が行っている。私が、無能と判断されるような事態をここで招くのは避けたいところ。もちろん、勇猛果敢と判断されてさらに激戦地送りとなるのも避けたい。だから、バランス人事だ。難しいところは、部下にやらせる。そして、その功績を讃えて、厄介事をそちらに送り込むことにしよう。なに、適材適所の極みである。戦争が大好きな彼らならば、きっと喜んでくれるに違いない。私は、良い人材の発掘と推薦という功績で以て後方に下がるつもりだ。これこそ、理想のWin-Win関係。実に、素晴らしいと言える。「敵後衛及び爆撃機を叩く。その後、混戦中の二個大隊を背後より挟撃。」とりあえず、こっちは中隊連れて後方に回り込むことにする。危ないところはできるだけ避けたいところ。つまり、迂回という名目で、毒見をやらせるようなものか。敵が想像以上に強ければ、迂回奇襲中断、友軍救援という名目で攻撃をやめて帰るつもりだ。保険も万全と言える。「戦闘計画は以上だ。ただし、諸君。」ついでに、如何にも戦意旺盛な前線指揮官であるかという事をウォッチングしている東部軍にも示す。こうしておけば、軍隊だ。声の大きい、攻撃思考の積極的果敢な指揮官に対する理由のない批判は沈黙するだろう。声が大きいつじーんを見たまえ。まともな人材を十把一絡げに使い潰し、大いに災厄を振るったにもかかわらず出世できている。「諸君のノルマは、足止めだ。だが別に、私を待つ必要はないぞ?倒してしまっても一向に構わん。」不味くなったら、保身のためにつじーんドクトリンを採用するとしよう。幸か不幸か、あの御仁、戦後にも戦犯として指名されるのを見事に逃げ切った。あの随分とずうずうしい神経は真似できないにしても、いくばくかは学ぶところもあるのだろう。彼もまた、出世の鬼として修羅道に墜ちた企業戦士となったに違いない素質がある。まあ、さすがに人間としてああまではなりたくない。私のように、善良な一介の市民には少々無理な世界だ。とはいえ、やるべきことをやる参考にはなるだろう。「なお、帰還後の祝賀会は一番成績の悪い中隊長の奢りとする。25年物を発注した。破産したくなければ奮闘するように。」ともあれ、趣味でよいワインを飲む名目くらいは探しておく必要がある。なんでも、つじーんは不適切支出の監査にうるさく、そこから弱みを握る男だったともいう。そこから学ぶことは、企業も大して変わらない。交際費は不適切に使うと、出世に響く。だから、ここは部下の金で呑むことにする。もちろん、ここに大義名分付きで。「「「「了解」」」」「よろしい。では、諸君。皇帝陛下と祖国のために義務を尽くせ。」ちっとも敬愛できない皇帝陛下及び、税金分の福利厚生は期待したい祖国だ。だが、少なくとも軍人恩給と諸手当を払ってくれることを約束している祖国でもある。悲しいことに、どうも第一次世界大戦時のドイツじみた戦略的位置にある祖国でもあるのだが。ああ、なんて悲劇なんだろう。まるで、倒産が確定したような会社にいる気分だ。ちっとも勝ち馬に乗れる状況ではない。早期依願退職して、別の優良企業に乗り換えたいところだ。しかし、戦争やっている最中に裏切るのは非常に厄介な問題が付きまとう。誰が、こんな人間を信用するだろうか?合理的に考えれば、裏切る行為に見合ったリターンは期待できない。すでに、散々戦争で殺し合っているさなかに、保身を目的とするのは難しいのだ。立場的には、狙撃兵に近いものがある。戦争が終わって、無事に復員できればまあよい。だが、万が一戦場で投降する事にでもなれば、その場で射殺されかねん。「頭の足りない協商連合その他に教育してやろう。言葉ではわからん連中だ。」実際、以前共和国軍に降伏勧告を行ってみたが、全く話が通じなかった。酷いことに、経済的合理性のかけらもない連中だ。そんなに戦争が好きで好きでしょうがないなら、国を半分にして自分たちでやればよいのだが。よっぽど、他の人間を巻き込むことが共和国や協商連合は好きらしい。本当に、良い迷惑だ。一般人の迷惑もしばしば考慮してほしいものである。「奴らに、天上の世界から鉄槌を下してやろう。如何に自らが無力なのか諭してやろう。」こちらが、御空の上からのんびりまったりと攻撃できる立場になければ本当にたまったものじゃなかった。今だからこそ、余裕をふかすこともできるが、本当に心臓に良くない。こんな小さな体であることに感謝を覚えるのは、せいぜい的が小さくて当たりにくいだろうと思う時ぐらいだ。えらい人は、“偶々当たるから弾というのだ!”というそうだが、偶々でも当たりたいものではない。「第一、第二、第三の各中隊は先行しろ。我々は、迂回し、後方を叩く。」まあ、そういうわけだ。一番危ない一方で、功績が抜群のところは希望者を送ってしまうに限る。「「「了解。祖国と大隊長に栄光を!」」」「貴官らに武運のあらんことを」いやはや、よっぽど戦争に飢えているらしい。想像以上に、部下はやる気に満ち溢れている。実にすばらしい模範的な勤労精神だ。彼らが戦争などという非生産的なことに専念していなければ、是非ともリクルートしたいほどにすばらしい。まったく残念だ。これだから、悪魔の存在は証明されるのである。神が本当にいるとすれば、かくまでも不適切な資源配分は行われないに決まっている。市場原理こそが、唯一の正しい道なのだ。見えざる手は、市場にのみ存在するという。これは、実に残念でならない。まったく、世の中は難しく出来ているものだ。「第四中隊、高度を上げろ。迂回し、増援と思しき二個中隊を叩く。」ともあれ、仕事に際してはやるべきことをやろう。増強大隊ということは、4個中隊編成。つまり、実質的に大隊+中隊である。大隊で二個大隊を迎撃し、中隊は二個中隊にぶつける。実にシンプルな比率だろう。とはいえ、個人の力量を活用するという点では、後者の方が楽だ。つまり、楽をしたい私はそちらについていく。なにより、もっと楽な目標もある。人生は、如何に楽をするかだ。苦労は、買うものだというのはヘッジファンドの宣伝に違いない。「了解です。爆撃機はいかがされますか?」「私が独り占めだ。悪く思うな?空軍のエースにもなりたいと思っていたところだ。」「はっはっはっ、ご冗談がお上手い。」大切なことを部下が訊ねてくるので、釘を刺しておく。さらりと言ってのけるが、実に本心なのだ。ところが、如何にも上手い冗談を聞いたとばかりに部下が笑い始めたので不審に思いそちらを睨みつけてみた。眉を寄せて、いったい、何がおもしろいのだ?と。「御存じないのですか?戦闘機で落とす必要がありますよ?」だが、答えは実に単純だ。まったくもって忌々しいことだが、ルールを誤解していたらしい。盛大に部下の前で自分の無知をさらけ出すとは。本当に、形容しがたい恥でしかない。「なんだと?全く実に残念だ。戦闘機を借りてくれば良かった。取りに戻りたいくらいだよ。」「そうされてはいかがでしょうか?正直、大隊長殿と御一緒すると、私が奢る羽目になりそうでして。」随分と、部下に笑われていることだろう。戦闘機を空軍に借りるために帰るということなんぞ、できるわけもない。そんなことをすれば、敵前逃亡扱いだ。銃殺刑、銃殺刑が待ち構えている。こんな外見だけならば、幼げな子供でも間違いなく、官僚機構は銃殺にしてくるに違いないのだ。利権団体でも、権利団体でも、既得権益集団でもいいから擁護してくれる組織はいないだろうか。「敵に背を向けることは、できない。」「では、致し方ありませんな。せいぜい、手早くやってしまうことにしましょう。」その時、タイミング良く他の部隊からも通信が飛び込んでくる。素晴らしい頃合いであることこの上ない。空気が読める部下というのは実にすばらしい。私の出世に大きな力となることだろう。実に、良いことである。『悪いが、貴官の奢りで確定だ。エンゲージ!』『25年物をたらふく馳走になるよ。中隊、続けぇ!!』『良い戦友を持って嬉しい限りだ。では、大隊長殿、お先に!』「っ、あいつら!申し訳ありません大隊長。」雰囲気が確実に変わる。まったくもって優れたフォローだ。飲み会や意味不明な接待に行く回数が少なくて済む人事といえども、このくらい優れていれば一発でわかる。連中、絶対に営業職に向いているに違いない。きっと、営業戦略の根幹を担うに足るはずだ。まったく惜しい。本当に、惜しい。「良い。私に構わず先行しろ。」「ありがとうございます。第四中隊、前に出るぞ!」どうやら、うちの中隊長は全員戦意旺盛らしい。獲物を前にしたドーベルマンのように行きたそうにしているので手綱を放つと、あっという間に突撃していく。あっという間に紡錘の突撃隊形を構築し、上空から敵の頭を押さえにかかっている。実に、見事な動きだが、一糸乱れぬ突撃を即座に繰り広げるあたり、戦闘意欲旺盛にして勇猛果敢にも程がある。本来は、第四中隊を自分の直掩に回すつもりだったのだが。あれほど好戦的ではむしろ距離を取った方が安全かもしれない。盾にするには、少々好戦的に過ぎて逆に敵が近寄ってきかねない程なのだ。「やれやれ、お相手は鈍重な爆撃機か。」一人さびしく迎撃戦。「気乗りしないが、仕事だ。着実にやるとしよう。」目立たないことは良いことなのかもしれないが、アピールできないのも微妙だ。おまけに、相手は爆撃機。ちまちま狙って落とさねばならない。魔力を感知しての魔力誘導ができない以上、熱源探知かレーダー誘導しかない。いくら魔導師とてレーダーは積んでいないし、熱源探知術式を組み込むのは一苦労だ。結局、狙撃に近い攻撃になってしまう事を思えば時間と手間の割に合わない仕事である。正直に言えば、不機嫌になるのも仕方のないことだと思う。『デグレチャフ少佐、聞こえますか?』『こちらピクシー01、聞こえている。いつからコールサインを忘れた?』だからこそ、少々不機嫌に飛び込んできた通信に対応してしまう。感情を制御できないとは、社会人失格かもしれない。それでも、苦労の多い仕事をしている最中に、規則違反を見せられたとなれば愉快なはずもないのが人間だ。まったく、規則とルールを何と心得ることか。適当な人間があまりにも多すぎる。『も、申し訳ありません。』『軍機と規律を何だと心得る。』謝ればよいという問題ではない。規則違反は、事故につながるのだ。保険屋が統計をとったところによれば、重大なエラーはこうしたエラーに由来するのだ。ハインリッヒの法則をなんと思っているのだろう。可能であれば、こんな人員は配置転換してもらいたいところだ。少なくとも、私に迷惑をかけ得ないところへ。不可能ならば、せめて直接害の及ばないところへ。『そこまでにしてもらいたい。こちらはホテル03、ホテル03だ。聞こえているか?』ともあれ、偉そうな人間が代わりに出てきたので態度を改めることにする。これ以上は、逆にこちらが顰蹙を買いかねない。組織人として、やるべきことは実にシンプルだ。体制に刃向かうことは断じて慎む。『こちら、ピクシー01、感度良好。ご用件を賜りたい。』『ヴァイパー大隊及び、後退した部隊の再編が完了。後詰を出せる。』そして、叱責ではなく素晴らしい連絡だ。消耗が大きく、援軍としてよりもお荷物となると見ていたヴァイパー大隊の再編が上手く済んだらしい。いやはや、北方方面軍の手際が実に良いことである。『おお、随分と手際のよいことだ。よろしい、お願いしましょう。』使える要素であれば、実にウェルカムだ。盾にもならないお荷物は迷惑だが、使える駒は何であれ歓迎する。いやはや、想像以上に今回は運があるようだ。『何?いや、わかった。手配しよう。』『感謝いたします。では、せいぜいご覧あれ。オーバー』ついでに、この嬉しい事実を部隊と共有することにしたい。いくら戦争好きの連中だって、仲間が増えるに越したことは無いはずだ。率直に言ってしまえば、今すぐにでも援軍を歓迎したい気分である。こちらが数的に劣っているのは事実なのだから、大隊の来援は手が喉から飛び出すほどに待ち遠しい。「大隊長より大隊各機へ、告げる。」まあ、部下達も喜んでくれるだろう。なにより、これで後背を気にせず戦えることにもなる。私の安全もさらに高まることだろう。「喜べ。援軍だ。わざわざ、援軍が来てくださるそうだ。」一度下がった部隊をこれほど手際よく再編できるとは。実にすばらしいと言い表すしかない。確かに、一部の事象を見て全体を判断するのは危険である。とはいえ、通信兵が無能であっても、上は有能であることを示しているのだ。すぐにでも援軍が来てくれることだろう。「言わんとすることはわかるな?」ゆっくり、援軍が来るのを待とうではないか。さすがに、言葉にすると戦意に疑問が提示されてしまうので言葉にはできない。だが、わざわざ援軍が来てくれるという事実を伝えたのだ。「「「はっ」」」彼らの短い返答からも、きっと了解の意図が込められているに違いない。「さて、では給料分の仕事はするとしよう。」あとがきコメント、お返しできずにすみませんorz次は、きっちりとやりたいと思います。取りあえず、あとがき的な何か。・勘違いは?⇒微量ですが、常に混入するつもりです。・単位は?⇒フィート、ノットです。・信仰は?⇒そのうち、エビに走る兵隊が出てくるかもしれません。『汝、迷える子羊よ。武器を捨てて、えびを獲れ』的な。更新?テンション次第で(ノ゚⊿゚)ノつまり、台風次第で(・_・;)誤字?ZAPしてます。ZAP