協商連合某所・・・連合王国人道支援団体“ピース・ワールド”病院『爆撃機部隊がやられている!援護はまだか!?』『光が、光が、うわぁああああああッ』『編隊長機シグナルロスト!?』『散開!早いぞ!弾幕を張れ!近づけるな!』「ピクシー02より中隊各機、吶喊だ」『ッ!前衛が抜かれた!射撃中止、即時近接戦用意!』『メイデイ!メイデイ!救援はまだか!?』『ノーランドコントロールより全部隊。作戦中止!作戦中止!現刻をもって作戦を中止!』『爆撃機部隊が!』『糞ったれ!前衛が喰われた!何なんだあいつらは!何なんだあいつらは!』『リーコン中隊が排除された!このままでは、包囲される!』『直掩部隊が抜かれた!?』「ヴァイパー02よりピクシー01。現在急行中。」「了解。敵増援の兆候なし。追撃戦を想定されたし。」「ヴァイパー02、了解。」『敵増援の反応あり!大隊規模です』『増援は?こちらの増援は!?』『ノーランドコントロールより全部隊。直ちに、第二集結地点へ後退せよ。繰り返す、第二集結地点へ後退せよ。』『駄目だ、振り切れない』『・・・畜生、畜生、畜生!!』「ピクシー01より大隊各位。掃討戦へ移行する。」「ヴァイパー02より、ピクシー大隊。我貴隊を視認す。」「こちらもだ。追撃戦は任せられるか?こちらは残敵掃討を行いたい。」『敵増援が!』『糞ったれ!足を止めるな!逃げるんだ!早く!』「了解です。感謝します。」『糞ったれ、まるで地獄だぞ!』『俺の腸が!誰か、俺の腸を拾ってくれ!』「貴様らの怨敵だ。遠慮無用。オーバー」いったい、昨晩飲んだのは何だったのだろうか。最初に感じた疑問は埒もないものだった。誰かに揺さぶられているのが分かるが、久々に頭が働かない。ガーニング中尉は、全身を苛む気だるい気分に疑問を感じた。だれかに、よばれている?『っ!・・・!』ぼんやりとした意識がやや浮かび上がり輪郭を浮かび上げ始める。『中尉!中尉!』・・・困ったことになった。呼び捨てにされているということは、憲兵か上官だ。まだ、頭がぼんやりとしているのに。くらくらしてたまらない。本当に、何を飲んだのだろうか。染みついた習慣から、うっすらと眼をあける。真っ白な眩しい空間。何かがぱちぱちと光っていた。いや、何かの機械だろうか?眩しいなと思いつつ、体を動かそうとして何か違和感を覚える。ざっと見たところ、自分のベッドではない。見覚えのないようで、ある空間。真っ白な空間。いや、空間なのか?これを自分は、知っている。「・・・うう、自分は?」答えなど求めていないうめき声だが、こちらに呼び掛けていた誰かには聞こえたらしい。突然、あたりががやがやと騒がしくなる。体を起こそうとするも、ひっくり返りかけてしまう。体が思うように動かない。誰かに助けられたらしく、抱きかかえられていることを漠然と理解する。「中尉!?よし、意識はあるな?衛生兵!軍医を早く!」「・・・自分は?」ようやく口に疑問を運ばせるだけで全身が倦怠感に包まれる。何かがおかしい。目の前の光景がぼやけている。焦点が定まらないどころか、ぶれてすらいるのだ。現実感がゆっくりと回復し始め、其れと並行して違和感が増大。「落ち着け。どこまで覚えている?」「・・・何を、何を言っているのですか。」だめだ。それ以上思い出したくない。思い出してはいけない。・・・何を?「大尉殿、だめです。見事にミンチであります!」「同じく。ログも全滅でした。回収はしましたが、何かに役立つとは到底思えません。」ミンチ?全滅?私は。私の戦友たちは・・・・・・・・・・・『ようこそ、帝国へ。パスポートはお持ちですか?』『はっはっはっ、大隊長殿。歓迎の花束を忘れてしまいましたが、どうしますか。』『おや、困った連中だ。代わりに花火でも持ってきているだろう?』『おお、そうでした。盛大に咲かせてやりましょう。』『ああ、なら私は歓迎の歌でも歌ってやるか。』『おや?大隊長が何か御存じですか?』『いい歌だぞ?』“さーいーた さーいーたまぁあっかな花が なーらんだ なーらんだあか くろ きいろさーいーた さーいーたどの花見ても きれいだなー「貴様ら!口を縫われたいのか!」どこかで、誰かが慌てて口を噤むが、もう遅い。まぁあっかな花が 戦友が、上官が、部下が、「・・・ぁあぁああああぁああああああああああアアア!!!!!!」「衛生兵!鎮静剤だ!早く!」「この馬鹿どもがッ!貴様ら覚悟しておけ!」北方方面軍司令部参謀会議室いつの時代かは分からないが、一人の傑物は警告している。『勝利とは、麻薬の様なものだ』と。軍事的勝利は、輝かしい栄光と無上の陶酔感を国家にもたらす。故に、人々は勝利に酔いしれると共にさらなる勝利を望む。誰ひとりとして、何のための勝利かという事を問うことは許されなくなる。軍事的ロマンチズムは、あまりにも激烈すぎる反応を国家に惹き起こすのだ。だから、冷めた軍人という生き物は誰からも好かれない。臆病と罵られれば良い方だ。「故に、消耗を回避し出血は極力抑えることが望ましいと判断します。」表示された地図に描かれているのは撤退行動をとるのは帝国軍。予想される追撃行動をとるのは、当然ながら敵軍である。なるべく兵站線に負荷をかけないようにという視点からの後退案。通常の士官が口にすれば、即座に臆病者という罵詈雑言以上のものが浴びせられることを覚悟しなくてはならない提案である。ターニャは席にゆっくりと腰かけると、居並ぶ諸参謀らの表情を眺めた。大隊は本来の任務を完遂し、一時的な駐屯地へと帰還している。彼女としては、本来の任務を終えたのだ。この猶予を活かして戦線の再編が図られる事を願っていた。それには、取りあえず誰かが撤退を進言しなくてはならない。そうであるならば、躊躇して発言できない間抜けどもを刺激してやらねばならないことだろう。会議で意見を言わないのは、無能か空気を読み過ぎた馬鹿だ。空気を読むのは、根回しの一環ではあるが仕事はやらねばならない。仕事まで空気を読んでくれることを期待する人材ならば、リストラするしかないのだろう。とりあえず、襲撃してきた連隊規模の敵部隊は撃退した。誰もかれもが、浮かれているが彼女は現実を直視している。彼女の大隊は最善を尽くした。まさしく狂気の連中が、最善を尽くしたのだ。できる限りの努力は、連隊規模の部隊を撃退し、爆撃機を叩き落とした。敵魔導師に対する打撃も甚大なものを与えたという自負がある。だが、兵站線の消耗は深刻に過ぎる。すでに、大規模な集積地をことごとく叩かれているのだ。そう、人はパンなくして前進できない。戦術的劣勢を挽回せよというならば指揮官の努力する余地もあるだろう。或いは、奮戦すれば解決できる。しかし、焼かれた集積地の物資は逆立ちしたところで戻ってくるものではない。平然たる表情で、ごくごく単純に彼女が至った結論はシンプルなのだ。帝国軍は、冬越えの物資すら覚束ない。今や、戦線は再編を必要とする、と。だが、如何せん彼女は、彼は単純な人間心理にすら疎いのだ。イェーコフ・シュライゼ中将は、北方方面軍司令部の参謀長として提案を凝視しながら辛うじて激昂するのを抑え込んでいた。提言は、本来的な意味において一つの案として出されたに過ぎない。つまりは、あくまでも一つの選択肢に過ぎないのだ。主力の大陸軍を引き抜かれ、部分的に魔導師戦力で劣ったとはいえ協商連合に対する帝国の優位は確立されている。もちろん、物資が焼かれたのは非常に頭の痛い問題だ。敵魔導師に打撃を与えたことで、これ以上の損害は阻止できたが不足しがちなのは理解できる。「デグレチャフ少佐、確認したい。」ややあって兵站参謀が口を開く。「貴官は、越冬を想定しているのか?」「はい。」彼女はいっそ、淡々と表現できるほど無造作に口を開いた。「現状では、兵站線を維持できません。無益な攻勢で物資・兵員を浪費し敵を喜ばせる義理もありません。」シュライゼは兵站参謀と作戦参謀に視線を向ける。ある程度予想していたことだが、兵站参謀は納得したような表情を浮かべていた。なにしろ、軍の規定を考えるまでもない話で物資が足りないのは末端の兵卒に至るまで耳にしている。この兵站参謀とて格別卓越しているというわけでもないが、物事を常識で考える程度には優秀だ。物が足りていないというのはよく理解している。だが、作戦参謀らの表情は驚愕に歪みかけていた。彼らに与えられている命題は、兵站参謀と異なるのだ。「デグレチャフ少佐。それでは時間を失う。」「はっ?」同席の面々の表情は実に多様だが、概ね状況を伺っている。特に、作戦参謀らが上官の意向を伺うようにこちらに目線を向けて見せた。シュライゼは頷き、次の言葉を促す。「年を越えてしまう。長期戦は望ましくない。物資の消費もだが、これ以上部隊を拘束されるわけにもいかない。」作戦参謀は北方軍の苦しい内情をにじませつつ続ける。グレイン北方方面司令が同意を示して頷いたので、シュライゼは肩の力をかすかに抜く。少なくとも、時間の制約という点において北方軍が一致した見解を持てていることは重要なのだ。「条件は敵も同じです。」其れに対する解答はあくまでも抑揚のない声だった。デグレチャフ少佐を睨みつける視線に微塵もひるむことなく、彼女は反論する。「敵地でずるずると消耗するよりは、一刀のもとに解決するべきだ。」「兵站が耐えきれません。」状況を踏まえた上での提言。もちろん、彼女はそのつもりで戦線縮小を提言したのだあろう。だが、それは暗中模索の一手というよりは、他に手段がないと信じ切っての態度だ。戦局打開のためにも早期決着を望む作戦参謀らの意見に耳も傾けない。いや、それどころか彼女は華奢の体から理解しがたいと言わんばかりの雰囲気を漂わせながら、切り捨てる。「おそらく、すぐに攻勢限界に直面します。」右こめかみを指先で軽く押しながら、シュライゼは兵站参謀を睨みつける。彼は少なくとも、短期攻勢ならば物資を賄いきれると保証されていた。「短期攻勢ならば十分賄える。」その視線を受けた兵站参謀が口を開き事実を述べ始める。曰く、二会戦分の標準弾薬、3週間分の糧食。基準値の航空燃料と多目的燃料。示された数値は、少なくとも方面軍が3週間の攻勢を行えるという事を示す。3週間だ。ようやく決着がつきつつある北方戦線ならば3週間以内に解決できる。「反対です。敵の抵抗は頑強であり、到底短期間に打破し得るとは思えません。」だが、示された数字に眉ひとつ顰めることなくデグレチャフ少佐は首を横に振る。まるで論外と言わんばかりに示された数字には見向きもせずに、一蹴。そして、これ見よがしな溜息を盛大につく。幾人かの将校が表情を引き攣らせるが、シュライゼは其れすら辛うじてではあるが耐える。残敵掃討ならば、1週間かかるかどうか。最悪の場合でも、3週間も抵抗されるとは思えない。なにより、敵主力はすでに大陸軍が撃破済みなのだ。唯一の懸念材料であった敵魔導師も排除済み。正直に言えば中央軍派遣組は今となっては、厄介者なのだ。これ幸いと追い払う口実ができるかもしれないならば、まだ耐えて見せるつもりであった。「一理はあるが、敵の抵抗もすでに限界を超えた。」「倍以上の敵を撃破。これは貴官の戦功だ。協商連合など恐れるには値しないとは思わないのか。」なにより、敵魔導師の消耗から察しても、敵軍は既に限界を超えている。いくばくかは他の列強より介入があったにしても新手とはいえ増強大隊に連隊が駆逐されるようでは内情が察されることだ。敵の主要な抵抗線は散発的な攻撃を繰り出すのみ。協商連合全土の制圧はほとんど、時間の問題。幾人かの情報参謀がデグレチャフ少佐に水を向ける。「兵力・質で勝っているのだ。物資を喰い尽くすよりも、動くべきだ。」敵軍の捕虜から得た情報によれば、既に敵は武器弾薬どころか糧食にすら困窮しているという。情報部は、敵軍に組織的戦闘能力は最早欠落していると結論づけてすらいる。シュライゼにしてみれば、対陣するよりも冬が来る前に決着を付けてしまいたいところだ。にもかかわらず、たった一人の少佐が頑強に抵抗しているおかげで議論がここまで長引いている。中央軍の意向を体現していなければ、今すぐにでもつまみだしてやるところだと思うのは彼一人ではないだろう。「内実は、友軍の奮戦によって損耗した二個大隊に援護のない孤立した増強中隊程度だと記憶しております。」わざわざ情報参謀らが配慮し水を向けた結果は、ぶち壊されるような回答だ。いっそ、戦功が無ければ戦場を知らない餓鬼として叩きだすのだが。シュライゼは重々しい表情の裏で苦々しい思いを噛みしめる。いつだって、そうだった。中央軍は常に実情に合わない提言を行いあげく方面軍を振り回す。慎重であるのはまだ良い。だが、戦機を逃す愚か者に口を挟まれる事は許容できない話だ。のんびりと机上の空論を交わす参謀本部とは異なる。前線では、指揮官が一刻を争う決断を迫られるもの。悠長に冬越えなど論じている場合ではないのだ。「だが、優勢な敵を破ったという事実は変わるまい。倍する敵を屠ったのだ。」「撃破確実は、中隊分にも及びませんでした。撃破というよりは、辛うじて撃退したにすぎません。」暗に、撃退したということを強調するデグレチャフ少佐に思わず魔導参謀が顔をしかめる。撃退後、追撃戦を行った北方軍の戦果はゼロに等しかった。わずかな損害を与えたものを撃墜確実と称しているが、対照的に中央軍は撃墜数を過少申告している。譲られたのだ。大隊規模の戦果をあげたことになっているが、ほとんどは連中のスコア。その裏取引を知っている面々はほんの数人。それ故に、居並ぶ列席者の大半が怪訝な表情を浮かべる中でシュライゼは視線を魔導参謀に向ける。貴様らが、連中にでかい顔をさせているのだから黙らせろ、と。「それでも、実質的に倍する数の敵を相手取って、だ。おまけに、爆撃機の撃墜まで!誇るだけの価値はある。」「友軍が奮闘し、連戦となる疲労し孤立した敵の撃破です。爆撃機の撃墜は、新型の演算宝珠によるところが大であります。」「・・・君は実に謙虚だな。」いっそ、嫌味なまでの口上。思わずだろう。高級参謀の一人が、口の端を歪ませて冷笑的な微笑みと共に呟いていた。本来ならば、咎めねばならぬ。そう思いながらも、誰もが躊躇した。一瞬間が空き、沈黙が室内に広がる。「はい、いいえ大佐殿。小官は、事実にもとづいた解答を行っております。」だが、その気まずい雰囲気をぶち壊すかのような言葉が吐かれた。高級参謀らを睨みつけるように凝視したデグレチャフ少佐。目線を上級者に合わせて応答するというのは、礼儀としては正しいのだろう。だが、つい先刻まで戦場で硝煙と血に浸っていた魔導師が凝視するとなれば話は別だ。気の早い幾人かの魔導士官に至っては無意識だろうが演算宝珠に手を伸ばしている。「そこまでにしよう。」さすがに、これ以上は許されない。そう判断し、口を挟む。目線で部下を制しつつ、両者を取り持つようにシュライゼは言葉を紡ぎ始める。「デグレチャフ少佐の意見は分かった。だが、早期解決こそが喫緊の課題だ。」これだけ散々吠えさせてやったのだ。中央軍からの意向は、嫌になるくらいわかった。正直に言えば、気に入らないことこの上ない話だが、少なくとも理解はする。一介の少佐がここまで、上官らの居並ぶところで抵抗するという事は、よほどの厳命があったに違いない。シュライゼ中将恐れるに足らずとなめられでもしない限り、少佐がこれほど増長するなどありえない話だ。だから、使いはもう大人しく黙っていろ。断固たる意思を込めて眼圧を向ける。「断固として反対いたします。逆に他の方面へ甚大な負荷を及ぼしかねません。」だが、驚くべきことに其れすら彼女は歯牙にもかけなかった。少しの躊躇もなく、淡々と動じることなく参謀総長に意見し、あまつさえ反論した。一介の大隊長がだ。「友軍の負担を減らさんとする意図だ。少佐、軽率な発言は控えたまえ。」増長にも程がある。銀翼突撃章保持者とはいえ、許される限度があるのだぞ?相手に対して、怒鳴り散らしたい衝動を抱くも憤怒を押し殺して口を開く。曲がりなりにも、陸大卒ならば弁えておくべき一線を目の前の少佐はたやすく踏み越えている。戦場で無ければ、絶対に許されることではない。戦場だからこそ、戦場だからこそこの程度の叱責に留めることができる。そう思い、相手を威圧するべく幾人もの将校が厳しい眼を向け始めた。「・・・西方では、友軍が汚泥を啜り、泥濘に突き落とされ、飢えに苦しんでおりました。北方は随分と恵まれておりますな。」だが、相手は驚くほど大胆不敵な行動に出る。いや、挑発以外の何者でも無かった。参謀会議用に持ち込まれた珈琲杯を持ち上げて、用意されている砂糖とミルクに視線を向ける。口元の不快な笑みが実に意味深であった。同時に、室内を見渡し快適なオフィスで何を言わんとするのやらと口にせんばかりの表情。顔は口ほどに物を言う。「ああ、もちろん友軍を思う気持ちは、なんら変わらないと信じておりますが。」その一言は、シュライゼ中将をしてその忍耐を遂に決壊させた。これ以上、中央軍の無理難題に悩まされている方面軍に口を出させるのは耐えられない。我知らず、椅子を蹴って立ちあがっていた。これ以上、あの生意気な口を開かせることが耐えられない。「・・・少佐!そこまで言うならば、貴官はとっとと西方に帰れ!臆病者は北方には無用だ!」「それが、北方方面軍の総意でありましょうか。」「くどい!」気がつけば、将校に対して怒鳴りつけていた。いっそ、蹴り飛ばしたいという衝動すらある。一瞬静まり返った室内において、列席者の多くは沈黙を保ってはいるが気持ちは同じだ。そして、憎たらしい程に落ち着き払ったデグレチャフ少佐は見事な敬礼をしてのけた。「はっ、失礼いたします。」そう言うなり、彼女は実に簡潔に立ち上がると一礼した。まさか、と思うが流麗な動作で扉へ向かいそのまま退出。結局、一言も抗議の声は無かった。北方方面軍第七駐屯地(現大隊駐屯地)「少佐殿?」帝都帰還を通達するべく駐屯地へ戻ったターニャを出迎えたのは、週番士官兼副官のヴァイス中尉だった。気のきいたことに、従卒に予備のコートと珈琲を用意させる手際は熟練のそれだ。彼は実に優秀な人材である。なにより、煙草を吸わないのが素晴らしい。参謀会議は基本的にいつも煙いのだ。いや、戦場でタバコを否定しようとは思わないが、せめて分煙を要求したい。あるいは、私の顔に向かって煙を吹きかけてくるな。個人の権利を制限するのは、明らかに受け入れがたい抑圧だ。しかし、嫌みたっぷりにこちらに煙をかけてくる高級将校共など撃ち殺しても良いはずだろう。仕事もしない癖に、吸っていた葉巻は高級ものだ。よくもまあ、心にもない友軍の心配だのなんだの口にできたものだ。私だって心にもない建前を言う時は、もう少し取り繕うというのに。「実に下らん時間だった。予算の無駄遣いだな。」なにより、ファニーウォーができるというのに戦争したがる等狂気の沙汰だ。乏しい経営資源で、何ができるかを勘案するというのはコンサルタントに指摘されるまでもない真理だというのに。思案にふけりながら、ターニャは手にした参謀鞄をデスクの上におくと戦局図に書き込みを加え始める。兵站線の後退、それによる遊撃防御という名目で北方滞在。それによる主戦線投入回避のプランは崩壊してしまった。しかもそれどころか北方方面軍は、いわゆるデスマーチの匂いがぷんぷんする。「連中、戦争が好き過ぎるな。」まったく、周囲が戦争好き過ぎるのは心底考えものである。乏しい物資で戦争をやろうという発想など付いていけない。物資がたまるまでは、のんびりと陣地構築に勤しみ激戦は他の友軍に任せるという発想が無いとは。功績と軍事的ロマンチズムに染まりすぎているのではないだろうか。「私には、理解できない世界だ。」自分の無能さを告白するのは本意ではないが、そうとしか判断できない。理解できないのだ。何が楽しくて、連中攻勢など主張するのだろうか?勝ち戦になら声高々に進軍を主張しても良いだろう。むしろ、私が率先してやっている。「予備の地図を。」「はっ、こちらに。」部下から北方戦区全般の地図を受け取り、書き込んでいた戦局図と対比。頭を抱えて苦吟してみるが、どうやっても理解できない。希望的観測ですら、大きなリスクがあることを無視できないほどなのに。地図で全面攻勢を想定し駒を動かしてみる。確かに、山岳地帯を除けば平野部にある都市の制圧は可能だろう。だが、常識的に考えて都市を占領されて素直に降伏する確率は半々だ。山岳地帯の掃討戦を冬場にやるなど、ソ連軍でも躊躇するに決まっている。冬戦争の再現になりかねない。勝てるだろうか?相手にむーみん谷から迷い込んできた妖精さんがいなくとも無理だ。「・・・やはり、無理だろうな。」そんな負け戦に参加し、軍歴に傷を付ける位ならばさっさと撤退するべきだ。沈む御船からサヨウナラ。ごくごく常識的な対応だろう。船が沈みかねないという警告も発している以上、私は道徳的に正しい。つまり、これ以上の警告は無用というよりも義務の範疇を越える行為。そう考えながら、書き込んだ戦局予想図をくるくると丸めて参謀本部宛の報告書に紛れ込ませる。ここに至っては、失敗を想定した保険がないのは馬鹿としか言えない。出世の鬼である秀吉もそう言えば北の負け戦から逃れたという。ここは、その先例を改良して模倣することにしよう。つまり、カッサンドラのふりをするのだ。失敗しても暴言を吐いたのはあちら。軍法会議に持ち込まれる不安はない。いや、まて。少し冷静となろう。少なくとも、ターニャは経験豊富なのだ。失敗を繰り返すようなマネはしない。自分の常識は、必ずしも狂人たちの常識とは限らないのだ。ひょっとすると、戦争大好き教なる宗教でもあって、自殺を推奨しているかもしれないではないか。「ヴァイス中尉、貴官は自殺願望があるか?」「はっ?いえ、突然どうされましたか。」確認の意味を兼ねて部下に訊ねてみる。まあ、ヴァイス中尉の反応から察するに杞憂だったらしい。それもそうか、と思い従卒が持ってきてくれた珈琲に手を伸ばす。北辺は寒いのだ。ホットコーヒーでも飲まねばやってられない。気に入らないことに、北方司令部の連中は私を子供扱いしてミルクに砂糖を盛りだくさん出してきやがったが。「信じがたいことに、全面攻勢だそうだ。兵の無駄だな。」この冬場に全面攻勢。いうならば、手持ち現金が少ないところで大ばくちを打つようなものだ。まあ、賭け金は兵隊の命なので高級軍人はちっとも懐が痛まないらしいが。シカゴ学派的に分析するならば、インセンティブに深刻な欠陥があると判断するところだろう。「・・・兵站の手当ては?」信じがたいというヴァイス中尉の反応から察するに、やはりこれが一般的な反応だ。うん、兵站線という概念が異常で無いとすれば北方方面司令部は何を考えているのだろうか。まさか、へそくりでもあるのだろうか?だとすれば、帳簿外予算の存在だ。査察官を更迭する必要がある。怠慢も良いところだ。これだから、バブル経済を阻止できないと批判されるのだ。適切な監査は市場を正常に動かすために不可欠だというのに。「あるわけがないだろう?冬になれば鉄道も止まる。冬越えの物資を何処から持ち出す気なのか想像もつかない。」まあ、いつの時代も税金を取りに来る役人だけは優秀だという相場がある。自由市場化の信奉者である市場原理主義者ですら、徴税事務の民営化を訴えないということが何よりの証明だ。対して、支出については実に多様な批判と改革案が噴出しているが。見たまえ、シカゴ学派ですら徴税局の民営化には賛成していないのだ!「で、我々は?」「指摘したら中央に送還だ。おかげで祝賀会の費用は期待できないと思う。」全く不幸な行き違いだ。主計科が予算の執行を拒否してくるとは。管轄が違うという名目で、つい先日まで出すと確約した予算の支払いを拒絶。まさに、嫌がらせとしか思えん。祝賀会費用は、北方方面軍からギンバイして調達するしかない。「ご安心ください。我々は、軍の予算を使っておりませんので。」だが、幸か不幸か我が大隊の某中隊長ことゲーレン大尉の部隊は撃墜スコアが大隊最下位であった。ニヤリと笑ったヴァイス中尉らは、散々タダ酒をゲーレン大尉から分捕ったことになる。私?やれやれ、飲みたくとも飲めない以上、他人の不幸で酔うしかないではないか。「ゲーレン大尉に乾杯だな。彼のおかげで、大隊に馳走できる。」「いや、ゲーレン大尉殿には頭が上がりませんな。」まあ、魔導師だ。たっぷりと給料もでる。なにより、出撃手当・転属手当・危険手当etcだ。小さな家くらいなら建てられるほど稼いでいるだろう。まして、中隊長ともなれば額は跳ねあがる。「全くだ。ついでに哀れな北方軍にせいぜい同情の気持ちを込めてお誘いの手紙でも出すとしよう。」そういうわけだ。どうせならば、我々が来る前に獲物を弱体化させてくれた北方軍のお優しい友軍とも親交を深めるのも悪くない。なにより、気持ち悪い信仰告白を垂れ流したことで生じたであろう誤解は解除しておきたい。私は、ノーマルだ。変な風評被害は未然に防止しておかねばならない。宛参謀本部戦務課発信者:デグレチャフ少佐『北方戦線派遣報告』概要一.北方方面軍より派遣要請打ち切りあり。当初命令に従い中央司令部指揮下に戻る。 方面軍命令により、我派遣を打ち切られる。戦果、敵魔導師中隊、爆撃機少数を撃墜。 新型の性能良好。実戦使用問題なし。部隊の練度は再訓練を一部要すると判断。 即応能力・展開能力は良好。概ね問題なし。二. 従前の予想通り、複数の列強魔導師と思しき魔導師と交戦せり。 ドクトリン及び演算宝珠の形式から連邦を含めた潜在敵国の介入を予期。情報部に引き継ぎ済み。 一部、観測拠点に連合王国製機器を確認。連合王国情報部の介入可能性を勧告す。 我が方の機密漏えいは現時点では確認されず。なれど、情報を収集された可能性は濃厚。三.北方方面軍は秋大攻勢を計画中。我、これを危惧す。 戦局推移について北方方面軍司令部と意見が一致せず。後述の理由により我、攻勢に異議を提示す。 シュライゼ中将閣下より、慰留されるも異議を下げず。閣下より帰還を命じられるに至る。 我、本攻勢計画に対し、深刻な疑義を有す。長期化の懸念あり。四.北方方面軍兵站線は、脆弱。同封の資料を参照されたし。 北方方面軍は、複数の兵站集積地にて物資を焼失。冬越えの装備は行き渡っていないのが実態である。 燃料・食料は一定量あるものの、占領地域への輸送経路は脆弱。泥濘地を踏破しえるか深刻に疑問。 短期間の攻勢に耐えると評価されるも、戦前の基準に基づくことを勘案すれば弾薬の欠乏は深刻と判断す。 冬季前に鉄道輸送にて備蓄するべき旨提言するも、受け入れられず。物資の集積は芳しからず。 我、北方方面軍の飢餓すら憂う。五.北方方面軍の軍紀弛緩極めて深刻。 戦地故に、消耗は予期される。なれど、主計科を中心とした部隊に対し査察の必要性を認む。 予算の適正支出に対する疑義あり。以上。あとがき更新速度?・・・( 〃..)ノテンションが上がらない。コメントありがとうございます。ターニャ『言わんとすることはAだ!』世の中の解釈『つまりBですね!』ズレをお楽しみください。文章を読みやすくできればと反省中・・・。いろいろ試行錯誤すると思いますが、お付き合いください。よろしくお願いします。7/31 一部誤記を修正ZAP