帝国-ライネホテル食堂秋の日の素晴らしい昼食であった。前菜のパテは、旬の鮮魚を使った素晴らしいもの。絶賛しても、し足りない程だ。敢えて言えば、至高の一品。スープのジャガイモは伝統の一品。食べ慣れているとはいえ、ジャガイモに愛着を持たされるのは微妙な気分だが。とはいえ、これは悪くない。そしてまだ見ぬメインは、白身魚の逸品だとガイドが言っていた。居並ぶ在郷軍人会と地方の名士たちとのコネクション作成もできるとは実にすばらしい。うっとおしい北方方面軍司令部はともかく、兵士たちから餞別としてもらったコスケンコルヴァは大好評だ。さすが、アルコール依存症を高めることで悪名を轟かすだけのことはある。まあ、良い年齢の名士たちだ。物珍しい味わいに驚いているというのが実態だろう。話のタネになるという事で、喜ばれたならまずまず。気分よく、メインにとりかかろう。白身魚のソテーが実に楽しみだ。そんなことを思った時に給仕が待望のメインディッシュではなく、不吉な黒電話と受話器を持ってくる。わざわざ“デグレチャフ様”と断って。中央への帰還途上、とある保養地を経由するために地元の在郷軍人会の名士らと会食をする場だ。そんなとこに、わざわざ戦時中にかかってくる電話にまともなものがあるだろうか?まったく、最高の休日が最悪の休日に一変したようなもの。恭しく差し出された受話器をつかんだ時の気分は、嫌々だ。義務で無ければ、逃げ出したいほどに。叩き起こされて、主力戦艦が撃沈されましたという報告を聞かされるチャーチル氏の様な気分とはまさにこれ。誰か、ストレートで地獄のような珈琲を用意してくれないだろうか。「ターニャ・デグレチャフ少佐か?」「はっ、間違いありません。」頭越しの誰何。明らかに、軍人からのお電話。しかも、要件も、時候のあいさつも抜き。周囲のきらびやかな会食ムードとは裏腹に、電話がお届けするのは最悪の前線からのお誘いだ。今すぐ帰りたい。こんな、すぐに居場所が把握されるような性質の会合にのこのこ出向いた我が身の不明よ。「参謀本部通達、デグレチャフ少佐及び指揮下の部隊は現刻をもって直ちに駐屯地へ集合せよ。完了しだい報告を。」「拝命いたしました。現刻をもちまして、デグレチャフ以下直ちに最寄りの駐屯地にて集合。その後、直ちに報告いたします。」・・・見事なまでに誤解の余地が無いほど明白な召集命令。こんなことならば、無線封鎖してゆっくり訓練名目で帰れば良かった。後悔後先に何とやら。受話器をゆっくりと置いて、従卒にたっぷりチップをはずむ。最悪の知らせをもたらしたのは彼ではない。全く気に入らないが、お仕事には対価を払わねばならないのだから。「おや、何か良い知らせですかな。デグレチャフ少佐?」だが、多額のチップはたいていの場合良い知らせを持ってきてくれたボーイに払われるものらしい。どうにも感情に左右されて合理的な思考ができない人間行動に思えるので、そういうことを私はしないのだが。そのことを御存じない地元の名士が何か、良いことでも?と人の良さ気な顔を浮かべて近づいてくる。笑顔を浮かべて、礼儀正しく対応するべき時なのだろうが上手くできそうにもない。結局、品のないしかめっ面を浮かべて首を横に振る。「いえ、ミスター。残念ながら、あまりよろしくない知らせの様です。」「おや、それは。」心底同情したような表情の紳士は、実に良い人間だ。まあ、戦争行かなくて済む連中の善意である。突撃させられる側としてみれば、実に複雑なものがあるがそれはそれ。丁寧な礼儀作法は、失点を抑えるための必要最低限度のツールに含まれる。当然ながら、私も其れに倣うのは自明だろう。人間とは、本質的に政治的な生き物なのだ。「申し訳ありませんが、軍令です。小官はこれにて中座させていただきたく。」「・・・御武運を。少佐殿。」「ありがとうございます。無礼のほど、ご容赦いただきたく思います。では。」一礼するとそう言い残し、預けておいた外套をボーイから受け取る。礼装とはいえ軍服だ。実用を意識した外套はがっしりしていた。いつもながら思うが、つくづく軍隊というのは変なところで不合理だ。こんな代物までコートと同じ扱いにするというのは無駄だろう。そこらに放り出しておいても問題ない強度なのだが何故こうも貴重品扱いするのやら。・・・塹壕戦用のトレンチコートをファッションに使う一般感覚もどうかとは思うが。コートを受け取ると同時に、待合室で待たせてあった従卒に気がきくボーイが知らせたのだろう。すでに、部下は車を廻していた。エンジン音が気分を良くしてくれる日が来るとは。素晴らしい。たっぷりとボーイ達にチップを惜しまないことは正解だった。丁寧にドアが開けられているのも良い。そのまま、手早く乗り込むと車を出させる。「伍長、帰営する。すまないができるだけ飛ばせ。」「はっ。」伍長が直ちに車を発進させ、微妙な揺れを感じつつ不幸の共有を決断。座席に体を沈みこませる暇もなく、演算宝珠を起動。駐屯地へ繋ぎ、週番士官へコール。わずか2コールめで対応したのは合格点だ。電話番としてはまずまずだろう。『いかがされましたか、少佐殿?』まあ、あまり良くない知らせだ。前置きを長々とおくよりも単刀直入に用件を伝える。『休暇打ち切り!即時召集命令発動!現刻より、直ちに総員を集結させよ。』『・・・はっ、召集命令を受領いたしました。半休の将兵を直ちに呼集致します。』まったく、保養地での休養予定が一気に予定の繰り上げだ。ルーデルですら、休養を取らされていたドイツ軍が羨ましい。いったい、どうして休養を取りたくない奴が休めて、休みたい人間が休めないのだろうか?どこぞの石油会社のトップではないが不公平だと叫びたくもなる。『急がせろ。参謀本部からの御指名だ。』『了解です。』わざわざ名指しで命令してくるとは。まったく最悪のことを予想してしまうではないか。帝国軍第203大隊仮設駐屯地「帝国軍北洋艦隊司令部より入電!」「・・・読め」艦隊?よりにも寄って、艦隊司令部からの入電?それも、方面軍を経由しないという事は参謀本部が其れを望んでいるということか。手早く状況を判断しつつも、ターニャは入電を読み上げるように促す。構わないのかと伺ってくる通信兵に頷く。其れに応じる形で招集をかけられた士官らが疑問符を浮かべる中、通信兵は任務命令を読み上げた。「捜索遊撃戦闘命令です。第203大隊は帰還計画を即時中止。離脱を図る協商連合残存艦隊の追跡任務に至急向かわれたし、以上!」まったく。捜索遊撃命令とは楽に言ってくれる。サーチアンドデストロイなど、いまどき流行らないに決まっているのだが。そもそも、魔導師に洋上航法能力なんぞ無いのに洋上で敵艦隊を捕捉せよ?無理難題も良いところだ。「副官、北洋方面戦域管制図を。ノルデンコントロールを呼び出せ。」全く頭が痛くなってくる。頭を振って気分を切り替えると、当該方面の地図を持ってくるようにヴァイス中尉に指示を出す。並行して、当該方面の管制と通信ラインを確立。「はっ、直ちに。」機敏な動作で差し出される地図と、受話器。相手は、ノルデンコントロールの管制官か。一言二言話しただけで、海軍側の人間につないでくれる。お役所仕事ではなく、横の連携が良いという事は実に最悪だ。これを名目にさぼることもできない。手際が良すぎるというのも考えものか。いや、少なくとも労働に対して誠実であるという事を称揚するべきかもしれない。一介の善良なる市民として、勤労の義務を果たしている市民を賞賛するのが正しいあり方。其れを思えば、やはり公共善のために耐えるしかない。仕方がないので、時間を無駄にすることなく必要な連絡を始める。愚痴は時間の浪費という贅沢だ。企業戦士にとって、時間を浪費する贅沢が許される日などない。貴重な休日を自由に過ごすためにも、最大限のパフォーマンスは必須である。軍人とて、なんら違いはない。「北洋艦隊の配置は?」ともかく、協商連合残存艦隊の情報と友軍の配置が必要だった。頭の中で、一般通達を思い起こしながらターニャは手早く必要事項の確認にとりかかる。北洋艦隊は大洋艦隊程ではないにしても、ある程度の主力艦を含めた有力な艦隊。連動して動く分には十分に期待できる戦力ではある。だが、何より全く経験のない戦区での任務だ。現地情報は何よりも不可欠であるし、最新の情報は喉から手が出るほどに必要だ。下調べのできていない戦闘など考えたくもないほど面倒でしかない。言うならば、交渉相手のことを何一つとして知らずに買収交渉に赴くようなもの。これで交渉がまとめられるほど優位にあるとすれば、そもそも交渉の必要があるかすら疑わしいくらいに隔絶する優位が必要になるだろう。ヴァイス中尉から受け取った地図を机に広げさせると、ペンと受話器を握りしめる。「北洋艦隊は現在キィエール軍港より第二巡洋戦艦隊が出港。第13潜水任務群が哨戒網を構築しております。」キィエール軍港からすでに緊急出港した第二巡洋戦艦隊が索敵中。書き込んでみて頭を抱えたくなる。巡洋艦や巡洋戦艦は足が速いが比較の問題に過ぎない。見つけられるかどうかは、やや微妙。対する潜水艦の定点監視と哨戒網は悪くないが、コンタクトしても攻撃できるかは微妙なものとなる。「予想される敵残存艦隊は?」「巡洋戦艦2、巡洋艦1、駆逐艦6であります!」そして、肝心の敵艦隊は巡洋戦艦を含む協商連合残存のほぼすべての艦船。まあ巡洋戦艦とはいえ協商連合所属艦の実質はポケット戦艦。海防目的用の小型戦艦だ。捕捉できれば第二巡洋戦艦隊の敵ではない。問題は、小型故に足が速く28ノットと優速なこと。巡洋戦艦隊で捕捉しきれるかが微妙な速度だ。「大物だな。・・・空軍・魔導部隊はどうしている?」当然、このような背景がある以上偵察部隊としては空軍や魔導部隊が期待される。だからこそ、近隣に配置されているとすら言える。むしろ、魔導師部隊として第203大隊が召集されるのも其れを思えば当然の部類。敢えて言えば、管区外の部隊を動員するほどに手が足りないのはあまり良くないということか。「第二偵察魔導任務群が先発しています。空軍は天候不順に付き出撃見合わせです。」「天候不順?現地の天候は?」まあ、理由はそういう事だろうと思う。夜間飛行可能な偵察機はともかく、天候不順で飛べるほどの機体は多くない。その点、魔導師ならば多少の悪天候にも対応できるとされる。あくまでも、されるだけだが。飛べるとは言え、雨の中索敵飛行させられる側にしてみればたまったものではない。偵察魔導任務群のような専任部隊でもない限り、索敵任務に専従するのは困難が大きいか。まあ、その意味において実戦部隊として203に捜索遊撃命令が出たのは配慮されたのだろう。「気象台の予想では荒れるそうです。だからこそ、脱出行が決行されたと海軍は予想しています。」そして、敵側にしてみれば帝国の索敵網弱体化は脱出の好機となる。なればこそ、わざわざ纏まった部隊がこの時期に突破を図るのだろう。協商連合部隊が連合王国か共和国に逃げ込めば、協商連合亡命政府ができかねない。・・・北洋艦隊としては、断じて逃がすわけにはいかないということだろう。「なるほど、把握した。海軍側の要望は何か?」その意味からすれば、我々があっさりと北洋艦隊司令部に貸し出されたことも納得は一応できる。本国の連中にしてみれば、面倒事を防止するためにならば、我々を貸し出しても安くつくと考えたのだろう。なれば、海軍側の意向に忠実に従っておくことこそが正解。「現状では、特にありません。コンタクトがあり次第敵海兵魔導師の排除をお願いしたく。」「海兵魔導師?協商連合にそれほどいたとも思えないが。」「さあ?どこからか、突然湧いてくるのはいつものことでは?」そして、相手の対応も実に正解だ。協商連合の亡命政府は政治的正当性という観点から見た場合、共和国や連合王国にとって不可欠とまでいかずとも重要。列強の海兵隊が義勇軍として参戦していても何らおかしいことではない。まあ、溜息は我慢できないが。「なるほど把握した。では、我々は前に出ておく。いつでも、発見次第連絡を。」「了解。感謝いたします。」受話器を下ろし、気分を切り替えるために冷えてしまった珈琲を飲み干す。苦いものを二重に飲み干す気分で、少なくとも意識は覚醒する。まあ、最悪だという心情に何ら変化はないが。敢えて言えば、メインを喰いそびれたおかげで軽い空腹がある。思えば、豪雨の中の出撃になる。部隊に食事を取らせておく方が良いだろう。そうすれば、自分ももう一度食事にありつける。「副官、今すぐに部隊に食事を取り直させろ。」「はっ」気のきくことに定評が私の中であるヴァイス中尉だ。そんなに時間をかけることなく食事を用意してくれることだろう。「豪雨の中を飛び回る。多少腹持ちのよいものを用意させておけ。」「了解しました。」一応、上官ぶって指示しておくがまあ形式美というやつである。軍隊という奴はこれを怠ると散々批判されるというから苦痛極まりない。神の讃美歌を歌わされる並みに無駄が多いことは嫌いなのだが。だが、今回ばかりは気合を入れて仕事をする必要がある。政治亡命の可能性が高い敵残存艦隊の追撃戦だ。しくじることは、あまりにも問題が大きい。将来のことを思えば面倒事は避けたい。だが、かといってそれ以前に敵前逃亡や問責で危険なことになるのも御免だ。「第二巡洋戦艦隊に合流を?」「いや、北進しよう。近隣で即応できる魔導大隊は我々だけだ。出遅れるよりは、前で備えるべきだろう。」問題は、危険をほどほどに抑えられつつ奮闘する事。つまり、第二巡洋戦艦隊への合流は駄目だ。本格的な戦闘でボロボロになるまでお付き合いするか、何もないかの二つしかない。それよりは、ミドルリスク・ミドルリターンの即応部隊の方が無難だ。艦隊の援護がなければ、適当なところで後退する理由になる。加えて、前方展開していれば長期滞在は消耗したとの理由でさけることもできよう。「艦隊の先鋒ですか。胸が躍りますな。」なにより、先鋒というのはそれだけで評価される。「何を今さら。即応魔導大隊なのだ。いつものことだろう。」「大隊長入室!」敬礼で迎え入れられた大隊長の表情はごく普通だったと部下には見えたことだろう。ターニャは何事にも動じないというあるべき士官の姿を演じ切れていることに自信があった。そのまま淡々と答礼し、周囲を一瞥すると満足げに頷く。まあ、内心ではうんざりしているのだが。「御苦労、楽にしろ。ヴァイス中尉」「はっ、状況を説明いたします。」面倒事を部下にやらせるのは、いつの時代も上官の特権かつ義務である。組織というものは、本質的に上下関係によって動くものだからだ。上官が部下の仕事を奪ってしまうような職場は本末転倒だろう。「昨日未明、北方方面軍第224夜間偵察隊所属の偵察機が集結中の艦艇を捕捉。」ボードに張り付けられた写真は、撮影された協商連合艦艇の一覧である。海軍国と言えない協商連合とは言え、一国の海軍だ。そこそこの規模はある。ターニャにしてみれば、大艦巨砲主義なぞ時代遅れの代物に過ぎない。だが、航空機が中途半端に成長し、魔導師なるものが飛び交う世界であっても軍艦は無視できないのも事実。なにしろ、戦艦の艦砲は鉄量だけで見れば歩兵師団を遥かに凌駕する。加えて、ハリネズミの様な艦隊対空砲火と海兵魔導師による迎撃網は実に抜くのが困難な網だ。まあ、協商連合艦艇程度であれば、随分と楽だとも予想しているが。「分析の結果、参謀本部はこれを脱出を図る協商連合軍残存艦艇と推察。」推定航路は、一直線に連合王国に駆け込むルートから、蛇行するものまで様々。しかし、最終的な目的地は共和国というよりは連合王国と推察されている。これは、指揮官クラスにしか知らされていないことだが連合王国艦隊が領海ぎりぎりで演習中という報告もある。「北洋艦隊に対し、捕捉撃滅が発令されている。我々はこれの支援だ。」まあ、支援という幅広い概念でヴァイス中尉が締めくくった。後は私の仕事だと言わんばかりにこちらへ視線を向けてくるので引き継ぐ。さすがに、給料泥棒にはなれそうにもない。「現在、北洋艦隊司令部付第二偵察魔導任務群が先発している。」この雨の中、ご苦労なことにもだ。「我々は、北進し情報を得次第これと合流する。言うまでもないが、臨機応変に対応せよ。」「了解」「情報部によれば、協商連合残存艦艇は砲弾消耗・機関損傷によってまともに戦力発揮できる状況ではないとのこと。」「だが、どこかの親切な人間がいろいろ提供したらしい。つい今朝消息を絶った偵察機が最後に送ってよこした報告は全く別だ。」「敵の足は速い。加えて、海兵魔導師までいるらしい。我々の主任務はこの海兵魔導師の排除となる。」「各自完全装備で60分後に演習場滑走路に集合。何か質問はあるか。」・・・まあ、戦争狂の部下らだ。見事なまでに戦意旺盛である。結局、いつものように特に疑問もなく1時間後に部隊は出立。高度を上げつつ、巡航速度で北進の途上にある。途中、幾度か友軍潜水艦部隊が誤報を垂れ流し私がイライラした以外には特に変わった知らせは無い。しいて言えば、風雨が強まり視界が急激に悪化していることくらいか。周囲を見渡すが、飛行している大隊の面々すらまともに把握できない。編隊飛行には自信があるつもりだが、部隊がはぐれて戦力発揮できないというのでは悲しすぎる。さすがに、そこまで方向音痴の部下を持ったつもりが無いのは唯一の救いだろう。「管制より、ピクシー。現在コンタクト報告なし。」「ピクシー01了解。気象情報は?改善する見込みはないのか。」うんざりとするような報告を、うんざりとするほど後方から聞かされる気分は最悪だ。コンタクトなしということは、ずっと飛び続けている我々がさらに索敵しなくてはならないという事を意味する。雨雲を突破しようにも随分と高度を上げねばならない。結局、中途半端に濡れながらの飛行だ。外殻で水をはじくとはいえ、気分の良いものではない。「ウルバン・コントロールよりの、戦域管制情報を送る。・・・当分は無理だな。協商連合が逃げ出したくなるのも良くわかる。」「戦区全域にて豪雨に暴風。現在二級洪水警報並びに飛行制限勧告発令中?了解した。他部隊は?」いっそ、飛行制限勧告が飛行禁止勧告になれば帰還できるのだが。「キィエール軍港より捜索遊撃任務に第一戦隊が出港中。空軍は特殊強行偵察中隊が索敵任務に出撃。友軍誤射に警戒せよ。」友軍も捜索中?まあ、何もないよりは、ましか。そんなことを考えていた時のことだった。「了解。・・・っ、大隊!ブレイク!ブレイク!!」錆びた風景。雨音に交じる耳障りな音の原因は纏まりのない悲鳴と苦痛のうめき声。音からして20センチ以上の主砲発砲音。極めて至近。時折鼓膜を揺るがす音は炸裂音か轟音だ。構えたライフルに容赦なく降り注ぐ豪雨は戦闘行動を阻害する。気が付くのが遅れた。やや高度を上げていたのが災いし、魔力素を盛大にばらまいて位置を露呈してしまっている!「ピクシー01より、CP!コンタクト!コンタクト!」「CPよりピクシー01、何事か?」呑気なCPが恨めしい。何が、ノーコンタクトだ。本当に、調べたのか。よりにも寄って、我々の真下にいるではないか!味方の捜索魔導師はなにをしていた!「我砲撃を受けゆ。間違いない、巡洋戦艦の発砲炎だ。ウィンゲンブルク沖200!」報告を入れつつ、編隊飛行を即座に崩す。見失わないように間隔を詰めて飛んでいては、敵の対空砲火に良いようにやられてしまう。「大隊、散開!対魔導師、対艦戦闘だ。片方に気を取られ過ぎるな!」周囲は見渡す限りの暗闇。だが、間違いなく対空砲火に晒されている。目を凝らせば、下から発砲炎とおぼしき光が点滅。もうじき、対空砲火の瞬きが来る。「っ!対魔導迎撃照射感知!対空統制射撃きます!」「魔導師反応です!畜生!海兵魔導師がきます!」実際、優秀な部下は適切に状況を把握している。「総員任意戦闘!各中隊長の判断で応戦せよ!」ともかく、組織的迎撃を受けている以上、対応が必要だ。この暗闇の中で統制だった戦闘を大隊規模で行うよりは、各中隊に任せる方が無難。統制を回復し、ある程度の体制を整えねば!「ええい、視界が悪い!」「海の湿気に留意しろ!相手は慣れている!高度を落とすな!」だが、位置から推察するに下方へは第二・第三中隊が最適な位置にいるらしい。第四と第一は上方警戒だったために高度に余裕がある。そして、私は第一中隊を直卒している以上、危険なことは第四に押し付けたい。素早く計算し、修正することにする。「っ、魔導師を艦隊から引きはがす!第二、第三中隊は前衛だ。敵魔導師を牽制しろ。」海兵魔導師の方が、航空魔導師にとってみれば脅威だ。当然ながら、対空砲火と敵魔導師の攻撃に晒される趣味は部下くらいにしかないだろう。危険地帯の仕事は御免蒙りたい。「第四は後衛。第二、第三中隊の後退を支援しろ。艦隊と撃ち合うなど論外だ!」本音で言えば、第四中隊も壁にしたいがそれは高望みすぎる。それならば、囮を増やす方が結果的には正解だろう。敵にしたところで、一個大隊を狙う方が効率は良いに違いない。「第一中隊、わが身の不幸を嘆け!或いは、武勲の機会に咽び泣け!喜べ、艦隊を撹乱するぞ。私に続け!」危険な対魔導師戦闘は部下にやらせて私は敵艦隊をおちょくる。「「「「了解」」」」「艦隊斬り込みとは、剛毅ですな!先陣はお任せを!」意気軒昂なる中隊要員らが志願するが、貴様らの意図などお見通しだ。「悪いが、指揮官先頭だ。引っ込んでいろ。」こんな時ばかりは、指揮官先頭の精神が役に立つ。誰だって、常識的には先頭で敵の砲火に突撃したいとは思わないだろう。だが、これは素人計算なのだ。私だって、理性的に考えなければやりたくないことだが、こちらの方が安全性は高いと知っている以上躊躇なくこちらを選ぶ。常識的に考えて、理性が恐怖を凌駕するのだ。考えても見たまえ。先頭を狙った弾丸というものは、弾幕となる。これを速度で潜り抜けたとしよう。まあ、一番目は良い。250の速度を想定して敵が弾幕を張ったならば、300で突入すればいいのだ。そうすれば、50の差で先頭は安全。しかし、後続は?後、攻撃後離脱する時後ろに盾があるほうが安心できるのは言うまでもない。目は前についているのだ。考えてみれば考えてみるほど、後の方が危険でしかない。つまり、指揮官先頭の精神こそ安全策なのだ。戦争というのは、如何に臆病になれるかで生き残れるかどうかが決まるという。当然、臆病な私としてはしれっと安全なところをとっておきたい。「我に続け。繰り返す、我に続け。」さしあたり、対空砲火がそれほど濃厚で無い艦影を探索。それはそうだ。平静になって考えるまでもなく、巡洋戦艦や巡洋艦の濃厚な対空砲火とキスしたいと考えるのは狂ったウォージャンキーだけだ。戦争映像なり、特集なり見ればいい。米空母の対空砲火なぞ、空1割に弾幕9割だ。見ているこっちが絶望したくなるような濃厚な迎撃網。いくら魔導師の外殻が強硬とはいえ127ミリ高角砲の対空砲火なぞ御免蒙りたい。夜間で敵味方の姿が明瞭でない分いくばくかやりやすいとはいえ、対空砲火に定評のある大型艦を狙うのは危険すぎる。当然、駆逐艦を狙うのが常道。「・・・っ、あれが駆逐艦か?まあいい、ぶちかますぞ!」暗くてはっきりと視認できないが、やたらめったら乱射している銃座があるために一つの艦影を捕捉する。周囲に僚艦がいないことから考えるに、孤立した駆逐艦だろうか?これならば、他艦の支援も懸念しなくていい分楽だろう。そう判断し、突撃隊列を形成。高度4500より、一気に急降下するべく紡錘形の隊形を維持しつつ突撃角度を微修正。「ーくっ、被弾しました。お先に帰還します!援護無用」だが、なかなか駆逐艦というものも侮れないらしい。考えてみれば、まあ主砲の127ミリ砲が対空射撃可能なのだから油断禁物か。被弾した部下はまあ、飛ぶことに支障はない。だが、見たところあまり状態も良くない以上下げるしかないか。援護無用という事はまあ無事帰れるだろうし、今は他に手当てできることもない。せいぜい、囮になることに期待するしかない。「さっさと帰れ。よし、各員爆裂式用意。駆逐艦の装甲ならば爆雷か魚雷発射管を狙えばやれんこともない。」思考を切り替えて、最善の攻撃方法を検討。空間事爆破するような広範囲対象の重爆裂系はこちらが動きを止めている間に的になる。論外。では、ちまちまとライフルで射撃?嫌がらせにもならないだろう。却下。ならば、もっとも有効な嫌がらせは?起動速度重視の爆裂式で敵の爆雷か魚雷を誘爆させてやることだ。戦艦すら狙える魚雷が誘爆すれば、駆逐艦はひとたまりもないだろう。敵艦の後部に攻撃を集中すれば駄目もとでも速度低下や舵の破壊も期待できる。こちらのリスクはさほどもない。まさに、パーフェクト。「魔導師が艦艇を沈めていけないという法もない。盛大にやるぞ!」「引きはがしました!現在拘束し、距離を取っています!」唯一の懸念であった海兵魔導師の引きはがしも順調だ。これで急降下中に上から襲われるという間抜けな展開は避けられる。一応、名目とはいえ撹乱できていることにもなるので完璧に過ぎる。「よろしい。そのまま艦隊支援圏外まで引きずり出せ!」「「「了解!」」」現在急行中の友軍艦隊到着まで拘束するのは困難だろうが、敵の消耗を促すだけでも勲功抜群だろう。なにより、敵艦隊の位置を特定できた時点で随分と仕事をしているのだ。ここは一当てしてさっさとRTBするに限る。捕捉した以上、撃滅は他の部隊に責任を押し付けてしまえばよいのだ。「さて、第一中隊諸君、戦果なしの丸坊主と言われたくなければ仕事の時間だ。」一気に、ダイブ。対地攻撃とは異なり湿度が不快感をもたらす急降下。とはいえ、雨にまぎれての急降下だ。さほどの迎撃効率もない。予想通り迎撃の弾幕は、私に追い付かずに、後ろにそれていく。当然だ。たいていの場合先頭の方が生存率は高い。なにしろ、先頭の速度に合わせて後続が突入してくるとあれば、先頭の速度に合わせて銃撃すれば撃墜可能。敵が救いがたいほどに無能で無ければ、二番機以降が危ないのは自明なのだ。部下を囮にしてでも、生き残って出世するというのは企業も軍も変わらない不変の真理。「・・・総員、術式展開!」とはいえ、脱落が無かったのは嬉しい誤算だ。まあ、駆逐艦なのだから先ほどの脱落はまぐれあたりというところか。手際良く中隊は爆裂式を展開。後部に集中させた攻撃が連続して放たれる。「第四中隊より弾着報告。なれど、敵艦健在の模様。」その着弾を確認する間もなく急速上昇によって離脱。部下が後ろの盾となるとはいえ、あまり期待できない気休め程度である以上全速でだ。のんびり戦果観測をして撃墜されるのは間抜けの仕業。当然、遠距離から見ている部隊が戦果報告を判断する確認機の仕事は請け負ってくれる。その第四中隊によれば、まあ敵艦健在らしい。誘爆音がしない時点で、わかりきってはいたが残念なことである。「十分だ!敵の掻き乱しという目的は達した。離脱するぞ!」急速離脱する第一中隊に合わせる形で、他の3中隊も距離を取り始める。そのまま、敵海兵魔導師を牽制しつつ、離脱。一気に距離を取るべく最大速度で帰還隊列を形成させる。まあ、悪くはないだろう。確かに主目的の敵海兵魔導師撃滅は失敗しているが、戦略的に敵捕捉の功績は無視されないだろう。つまり、これ以上の戦闘は消耗が多いだけで利益は少ない。手柄は友軍に譲るべきだ。「戦果報告はいかがされますか?」「魔導師撃墜6、不明艦不確実中破だろう。駆逐艦にしてはかなり足が落ちている。機関部には損傷を与えたはずだ。損害は?」「こちらも、6名ほど重傷を負っています。軽傷は多数。」「・・・ほとんど、負け戦だな。合わせる顔が無い。」まあ、今回のことで当分は無理を言われずに済むだろう。彼らならば、この無理難題にも対応できると思われるよりはずっとましだ。むしろ、部隊の受けた損害から再訓練と休養を申請できるかもしれない。其れを思えば顔がにやけそうになるほどだ。もちろん、自制し、沈痛な表情を造る位には経験を積んでいるが。「魔導師で対艦戦闘までやられたのです。十分な戦績であります。」「後は、友軍に任せよう。帰還だ。」あとがきヾ(´ω`=´ω`)ノ オハヨォ色々と感想を頂いており恐縮の次第。ハートフルな童話や白い妖精さんは検討中です。チラシの裏から移転するかは正直迷ってます。コールサインのミスは修正しました。更新速度は・・・・うん、ごめんなさいorz(つ∀-)オヤスミー 追記誤字修正漢字変換がアレなのでRTB等の用語に置き換える事にしました。ZAP