帝国海軍‐北洋艦隊司令部付き第二演習海域高度100波飛沫に顔をしかめつつ、デグレチャフ少佐は接舷強襲隊形を指示。海面すれすれを維持しつつ、できる限り速度を落とさずに目標へ吶喊。それに応じる形で各中隊がそれぞれ援護しあう隊形を構築。敵迎撃弾幕を欺瞞するための煙幕にまぎれて一気に取りつく。『右舷敵魔導師接近!近接戦用意!手すきの者は右舷へ!』幾人かの下士官が対応するべく動き始めるが、やや遅い。すでに手遅れだ。懐に魔導師を入れてしまった時点で甲板戦は避けられない。どたばたと駆け回る相手は、いささか不慣れなのだろう。狭い甲板とはいえこける者まで目につく。あれは、相当に訓練するほかにない。「魔力刃構えェ!!中隊、続けえぇえ!!」ともかく、今日も今日とて先頭に立っているデグレチャフ少佐は一切減速することなく突っ込んできた。慌てた水兵たちが逃げ惑うところへ追撃の干渉式まで展開してだ。吹き飛ばされる水兵たちが混乱を悪化させて、駆けつけてきた海兵隊を巻き込む。統制を回復させようとする海兵隊の努力を後続の中隊が阻害。牽制射撃の応酬で時間を奪われた海兵隊が阻止する機会が失われる。『寄せるな!撃ちまくれ!』『着剣!総員、着剣!』少数の士官と水兵が辛うじて応戦体制を辛うじて造るが衝撃力を押しとどめるには至らない。デグレチャフ少佐とその直卒中隊は簡易防御陣を突破。そのまま第二艦橋の砲弾破片避け用の緩衝材に魔力刃を突き立て取り付く。減速は、全くなしだ。おそらく、内部のフレームの一つも歪んでいることだろう。見ている側としては、実に気が気ではない。「ランディング!制圧だ!GO!GO!GO!」ほとんど正面衝突の様にぶつかったにも関わらず第203大隊員達は意気軒昂そのものだ。きびきびとした動作で手際良く橋頭堡を確保。そのまま艦内の主要部分を制圧にかかる。少数であるにもかかわらず、お互いをカバーしあう連携によってその隙はほとんど見受けられない。「対空砲座を潰すぞ!後続のポイントを確保!」『各砲座、これ以上近づけるな!』『第二艦橋を奪還する。海兵隊を中心に襲撃隊を編成。』やや手間取っていたとは言え、海兵隊を中心とした逆襲部隊の編成が完了。いくら大隊規模の魔導師とはいえ艦内という閉鎖空間では最大の売りである機動力は発揮できない。だからこそ、海兵隊や海兵魔導師は一般の魔導師とも互角に艦内で死闘を繰り広げられる。「逆撃きます!マリーン共です。」「海に突き落とせ!断固排除しろ。」だが、迎え撃つ第203大隊要員らも驚いたことに手際よく艦内の要所要所を制圧している。通常の魔導師は機動戦や空中機動を重視するあまり近接戦が不得手となりがちだ。矢面に立つ前衛ならばまだ別だが、後衛ともなれば平均的には苦手な部類。それが大魔力の行使が誘爆の危険性から制限される閉鎖空間での近接戦ともなれば本来は致命的だろう。『マリーンの精神を見せつけろ!陸ガメごときにでかい面をさせるな!』「後続、到着いたしました!直ちに、制圧に向かわせます。」だが、第203大隊と海兵隊はがっつりと組みあってお互いに譲らない。一進一退の攻防は、やや地の利がある海兵隊に有利とはいえ流動的。次の一手にお互い苦心しているところに、後続の中隊が到着。我勝てり。そうニヤリとしたデグレチャフ少佐と中隊指揮官。これに対して、増援を許した海兵隊側の表情は芳しくない。余剰戦力を抽出しようにも海兵隊は底打ち。一般の水兵もある程度は戦力になるが、砲座等から引き抜くわけにもいかない。わずかに躊躇し、指揮が滞る。『手隙の要員は直ちに白兵戦用意!叩きだすぞ!』とはいえ、このままでは艦橋や機関ブロック・弾薬庫まで制圧を許してしまう。そうなれば、いくら戦力残っていようとも艦は終わりだ。躊躇なく艦に残っている余剰戦力をかき集めることを艦長が決断。直ちに、反攻作戦のために余剰戦力がかき集め始められる。戦艦というのは、かなり人が乗っているものなのだ。それに本業ではないとはいえ、水兵とて銃撃程度はできる。動員された士官と下士官が懸命に臨時の陸戦隊を形成し、海兵隊への増援として派遣される。駄目でもともと。数で押して押し出す。実にシンプルだが、有効な攻撃方策である。だが、これくらいであれば第203大隊も押し返すだけの地力があった。鼻歌交じりで陽気に煙幕を展開。「大隊各員!海兵だろうと私の大隊と正面からぶつかる無謀を教えてやれ!無様な戦死者は地獄送りだ!」デグレチャフ少佐の怒号と共に、一気に強襲。実質二個中隊の圧迫によって抵抗を強打。鬼の様な形相の魔導師らに圧迫された水兵らが後退し始めたところで、デグレチャフ少佐が少数の部隊を率いて迂回。艦内の激戦に注目が集まってしまった間隙を盗んで左舷側より奇襲を敢行。『挟撃された!?くそ、部隊を一部左舷に回せ!』「足並みが乱れた!?成功だ!デグレチャフ少佐殿が背後を取られたぞ!一気に崩せ!」挟撃され浮足立った相手の様子。それを見逃さず、各中隊指揮官は適切に戦果の拡大に努める。後方からの攻撃と、苛烈さを増した前方からの攻撃によって混乱は拡大。一部の海兵隊が辛うじて迎撃線を再構築しようと試みるも、速やかに叩き潰される。「クリア。」「こちらもです。」「よろしい。第一中隊、艦橋だ。私に続け。第二・第三は機関部だ。第四は弾薬庫。速やかに制圧せよ。」抵抗を掃討しつつ、第203大隊は各中隊ごとに個別目標を設定。敵の主要な抵抗を排除したのちに、艦内主要部分の制圧作業に取り掛かるべく部隊の再編にとりかかる。ほぼ制圧した各区画から順次掃討。そのまま油断することなく主要区画へのアプローチを開始。その時点で艦側が抵抗を断念した。統制が崩壊した艦内の迎撃はほぼ打破されている。同時に、敵部隊は後続と合流し意気軒昂。艦側の戦力はもはや存在せず抵抗の手段も限定されたのだ。彼らは、潔く統裁官に敗北を認める旨を告げざるを得ない。「よし、ツーマンセルで突入。前衛は、構えておけ。」「デグレチャフ少佐、そこまで。そこまでです。」その知らせは、今まさに艦橋へ踏み込まんとしていたデグレチャフ少佐へも伝えられる。ほとんどぶっ飛んだ機動に付いていかざるを得ない統裁官としては、ようやくという思いだ。正直、第二艦橋に取り付くので御同行をと言われた時には、本気でいろいろと思ってしまった程である。『演習終了!繰り返す、演習終了!』響き渡る艦内放送によって告げられる演習終了の知らせ。これを耳にして艦内の破損した物品のことに思いを馳せつつも、関係者はようやく肩の力を抜く。めったに行わない実戦形式の総合演習。さしあたり、色々と壊れてはいるが事故はなかった。『間抜けな死体ども、動いてよし。』そして、其れまでうつ伏せになって死体役を演じていた水兵らがのろのろと起き上る。やられたと認定されたら、死体としてそこから動けなくなるのだ。演習規格のゴム弾や威力の減衰された爆裂式とはいえ、あまり気分の良いものではない。一部は、必然的に医務室で軍医の世話になる者もいる。例えば不運にも第203大隊と海兵隊の銃撃戦に巻き込まれた水兵だ。伏せているとはいえ、流れ弾がちまちま当たっていたためにかなり酷い目にあったと語っている。彼のように不運な輩は珍しいとしても、怪我は少なくない。待機していた衛生兵と軍医の一団は、大忙しである。手際良く受入の用意を整えて待ちかまえているとはいえ、医務室は当分混み合うことだろう。片付けられた士官室。ゆっくりとした雰囲気の室内に詰め込まれた士官らには、陸軍よりはマシと称される珈琲が配られていた。各自の私物であるレーションやビスケットも持ち込みが許される空間は海軍ならではある。とはいえ、ただ漠然とお茶会を楽しんでいるわけでもない。むしろ、演習後の本番はこれからなのである。「では、艦隊総合近接演習の総括を行う。」半舷上陸を許され、演習明けの陽気な気分でPXに駆け込む兵卒らと異なり士官らはむしろここからが正念場だ。各統裁官からの講評と各部隊長からのコメントで改善すべき点を洗い出し、訓練に反映しなければならない。なにより、今回の演習は珍しく双方にとって理想的な条件だったのだ。ただやって終わらすというのは、あまりにも無駄が多すぎるといえよう。「まず、実戦形式の演習という事は有意義だったと言える。」評価自体は肯定的なものとなる。やってよかったというのは間違いない認識だ。海軍側としては、対魔導師戦闘の経験がどうしても不足しがちである。対艦戦闘が主任務とはいえ、海兵魔導師の存在は無視し得ない。当然、これを想定して訓練は行われている。だが、海兵魔導師とはそもそも絶対数が少ない存在。陸軍との取り合いに加えて、海軍内部でも奪い合いに近い。オーバーワーク気味な海兵魔導師である。引っ張りだこなために演習のために引っ張り出すのは難しい物があった。その意味において、海軍としては不足を補う意味で今回の演習を歓迎している。同時に、第203大隊としても経験不足な対艦戦闘・対艦制圧戦闘の実践が行えるという事もあったために前向きに取り組んでいた。そのため、統裁官が有意義と評したのは言葉通りの意味が込められている。特に、精鋭の魔導師相手に演習とは言え交戦経験を積んでおくことは海軍にとっては貴重な経験となる。「では、まず演習艦となった戦艦バーゼルのグレイン大佐より恨み事を。」「・・・率直に申し上げれば、完敗です。おまけに、散々壊されてしまった。」指名を受けて立ちあがったグレイン大佐はデグレチャフ少佐に一礼し、口を開く。敗北を認めるグレイン大佐の表情はさすがに諦めの色が漂っていた。演習、人死に無し。だからと言って、艦内が散々あらされたのは事実だ。悪くないとはいえ、思うところもある。なにしろ演習艦という名目ではあっても、十分以上にぐしゃぐしゃにされているのだ。もちろん、後片付けも戦時ダメージコントロール演習という名目で行ってはいるのだが。「ダメージコントロール演習は、まずまずでした。修復も速やかに行えたと評価しています。」結果は、まずまず。まあ、満足できると言えるだろう。機関科を中心に整備を行った艦内は、動作検査に問題はなかった。・・・とはいえ、ある程度の修繕は必要となるだろう。割られたガラスの補修や歪み等は少々時間がかかる。幸い、協商連合艦艇の中立国停泊権利時間が過ぎるまでには修繕も完了する見込みとはいえ艦長にしてみれば気分の良いものではない。察してか、デグレチャフ少佐も頭を下げているあたり、気配りもできるのだろう。正直、居並ぶ大人の中で違和感なく混ざり込んでいる姿は異常なのかもしれない。異常なのかもしれないが、しかしもはや慣れの領域である。そうである以上、誰も気にしないことにしていた。「さしあたり、対空砲火の見直しが課題です。接近してくる魔導師相手にかすりもしないとは。」寄せ付けませんと豪語していた部下を小突きまわしたいという表情。グレイン大佐の勘気をこうむった各銃座は当分猛訓練に追われる事となるだろう。見ていた各艦長らも当分、同じように訓練を強化することになるに違いない。取り付かれたらまずい以上、取り付かれる前に追い払わなくてはならないのだ。「デグレチャフ少佐、突入側から見て改善点は?」「根本的には、火力が不足しているかと。濃密な対空砲火以外に接近阻止できるとは思えません。」そして、あっさりと防御を突破して見せた側の見解はそれ以上に単純だ。火力が足りないというごくごく真っ当な見解に落ち着いている。結局、確率論でしか迎撃できないのであれば数を増やすしかないという哲学がそこに横たわっていた。もちろん、デグレチャフ少佐の主張はごくごく単純に戦史を知っているからに過ぎない見解だ。ハリネズミのように対空砲火を取り付けない限り、艦艇は対空防御において無力となってしまう。「バーゼルの対空砲座はかなり強化されているはずですが。」だが、逆に言えば其れを知らない人間からすれば機関銃を山ほど乗せた船に突入するなど自殺じみた行為としか思えない。機関銃と言えば、歩兵の突撃を粉砕し、地上の魔導師でさえ押し戻せる火力を誇るのだ。そんなものが山積みされた戦艦という要塞。その中でも卓越した防御火力を誇っているバーゼルならば火力としては十分ではないのか。疑問を口にされ、一部の士官も興味深げに同意する。少なくとも、火力は十分だったのではないか?と。「突入側からいえば、さして脅威でもありません。」しかし、その疑問を実際にあっさり制圧してのけたデグレチャフ少佐は一蹴する。実際に迎撃網で脱落者を出すことなく制圧してのけた少佐の言葉には重みがあった。対魔導師戦闘や演習の経験が不足していた北洋艦隊司令部にとってみれば魔導師の脅威を改めて実感する思いでしかない。同時に、魔導師として第三者の意見も欲しい。そう判断した総統裁官が、デグレチャフ少佐らについていた統裁官にそれとなく目を向け意を伝える。くみ取った統裁官は発言を求めると、大凡の所見を述べ始めた。とはいえ、それはデグレチャフ少佐とほぼ同意見だ。「デグレチャフ少佐の御意見に同意します。実際に、突入に随伴してみて驚いたのですが火線はそれほどでもありません。」「・・・防御火力が貧弱と?」艦の防御力に対して過信していた。そう言われたに等しい結果だ。今までも幾度かは、魔導師と軍艦で合同演習を行ってはいたが、規模が違った。これまでは、せいぜい中隊規模が一番大きかった事例である。増強大隊相手に実践した結果は驚くほど艦の防御力に対する疑念を提起していた。「ええ、想像以上に数が足りないと思われます。接近阻止のためには、ハリネズミのように銃座を増設するべきかと。」「同意です。それと20㎜だけではなく40㎜機関砲の配備も望ましいかと。」そして、理想的な対空砲火の配置ということに関しては米軍の模倣が一番だとデグレチャフは一人信じている。この世界では、まったく前代未聞である試みだが少なくとも実戦でコンバットプルーフされた方法なのだ。だからこそ、淡々とではあるが新機軸を自身の功績という態でそれとなく提言していた。「どういうことかね?」「私見ですが、20㎜は短距離防御用です。重層的な迎撃網構築のために中距離火器の配備を強く推奨します。」20㎜は取り回しや速度において利点があるとはいえ射程と威力で多少難点がある。中距離で迎撃のためにも40㎜機関砲を配置する事は合理的だろう。なにより、魔導師の外殻といえどもまして航空機といえども40㎜の直撃を受ければひとたまりもない。連装機関銃座を複数側面に配置し、ハリネズミのように対空銃座を配置すれば戦艦を攻略するのは骨が折れる仕事になるだろう。「できれば、数を重視していただきたい。既存の10倍程度は必要かと。」「グレイン大佐?いかがか。」「・・・面白い提案だと思う。ただ、側面の副砲を取り除くなど大規模な改修をしないと数はさほど置けないだろう。」「踏み込んで申し上げれば、副砲は無用の長物。対空防御の方が優先度を上げるべきかと。」航空戦の時代を知っているのだ。デグレチャフ少佐にしてみれば、大艦巨砲主義よりも航空信者に宗旨替えを促したいところである。まあ、同時に火力戦の信者であるので対地砲撃用の火力自体は極めて高く評価しているのだが。だが、同時に一方で受け入れられにくいだろうという事も理解している。本来の艦隊の任務は対艦戦闘であり設計段階では魔導師の運用がそれほど発展していない。艦艇整備要求で対魔導師戦闘や対空戦闘の要請が始められているのは、今年次からの要請とも聞く。正直に言えば、魔導師は陸で戦うものだと思われていたのだ。演算宝珠の性能向上と航空機のスペック向上。これらによってようやく脅威たりえるかもしれないという程度の認識がようやく広がりつつあるのが現状なのだ。航空機の発展が第二次世界大戦中に劇的に進展し、一気に一足とびで進歩する歴史は知っている者にしか理解できない。それほどまでに、科学技術の発展を戦争が促すとは夢想だにされていないのだ。「ううむ、確かに対空防御は重要ですが・・・。」「対艦戦闘能力に問題が発生するとなれば、やはり考えざるを得ない。」事実、無能とは程遠い高級士官らをしても既存概念というのは重いものなのだ。対艦戦闘に重点を置いて整備された艦隊は、どうしても対艦戦闘という本来の任務を意識せざるを得ない。そして、対艦戦闘というドグマに基づいて考えれば副砲はどうしても惜しい。加えて接近戦に備えるという意味が薄れたとはいえ、肉迫攻撃を仕掛けてくる水雷艇や駆逐艦の撃退は無視できない要素。「艦政本部とも議論せざるを得ませんな。この問題は、海軍大学と艦政本部に預けたいと思います。」結局、一応棄却されずに考慮されるようではあるが先送りに等しい結論となってしまう。まあ口を出しただけある以上、デグレチャフ少佐にしてみれば義務は果たしたようなものだ。なにしろ、対空砲火が強化されずとも彼女には実害がない。自分が乗る船でもない限り、何処で沈もうとも本質的には無関係だとすら思っているのだから。そんなことをおくびにも見せずに、謹厳実直という態に擬態している彼女だがごくごく真剣でもある。少なくとも、自分の生存確率を高めるためには自分の部隊を鍛え上げておくに越したこともないのだ。当然、反省会による問題の洗い出しということに関しては実に熱心である。いや、熱心にならざるを得ない。ミスの予防こそが、最善だと信奉しているのだ。「結構。他に、突入側からの意見は?」「強いて申し上げれば、連携に問題があるかと。」「それはどのような?」「海兵隊と水兵の連携に問題がありどうも水兵の混乱に海兵隊が足を取られているという印象がありました。」どうも、異なる部署同士の連携に問題があるというのが受けた印象だった。これが今日配属された部隊同士であれば、連携不足も分からなくはないが同じ艦に乗り合わせている部隊同士だと少々問題だ。見たところ、海兵隊は自分の仕事は地上戦や上陸作戦だとばかり思い込んでいる節が見受けられた。もちろん、それが主任務であることは否定しないが艦内戦闘がド下手糞というのは望ましくない。同時に、水兵と連携できずに混乱していたのは全くもって駄目駄目である。営業とシステムエンジニア程乖離した組織は、デスマーチで持って補う羽目になるのだ。この場合、デスマーチのデスは文字通りのデスとなるだろう。友軍の連携不足で巻き添えを喰らう可能性を思えば、連携強化を提言しておくことは絶対に必要となる。自分勝手な理屈ではあるが、至極まっとうに考えた結果としてデグレチャフ少佐は連携改善の必要性を滔々と述べた。根本にある発想は自己保身。だが、同時に利他的であることで最大多数の利益を実現するべく行動していた。そして、その最大多数の利益という思想は全体に許容される提言につながるものだ。「なるほど。海兵隊としてはどのように?」連携不足という事を漠然と誰もが意識していたのだろう。総統裁官も納得しつつ当事者の意見を伺うそぶりを見せる。もちろん、ある程度海兵隊の面子を重んじるための手法でもあるが。「お恥ずかしながら、艦内戦闘を想定した訓練が不足しておりました。再訓練の必要性を認識しております。」「ただ、実際に戦ってみた感想として魔導師としても艦内戦闘の経験が不足していました。」同時に、本題へ入る。魔導師のみの第203大隊は精鋭なれども経験が足りない。生き残るためには、経験が必要なのだ。そのためには、一番この方面に経験がある海兵隊との合同訓練こそがデグレチャフ少佐の希望する結論だった。生き残るためには、専門家に知恵を拝借する事を躊躇してはならない。それこそ、生き残ってから事後策を考えればよいのだ。あと、長引けば夕飯が艦隊から供与される。つまり、海軍士官向けの良い食事である。長引かせることは、別段苦痛でもなかった。連合王国-ロンディニウムダース単位で苦虫を噛みつぶしたかの如き雰囲気の室内。ハーバーグラム少将の不機嫌さが室内に蔓延し、状況は最悪に等しい。元々気難しいとされる人物が、いらだちを募らせているのだ。不用意な発言次第では首が飛ぶ。その空間に飛び込んできた知らせを見た通信参謀は実に幸運だった。通常は、地雷原に突っ込まされるかの様にびくびくせざるを得ないのだが今回は異なるのだ。はっきり言えば、悪い知らせではなかった!ほとんど小走りで責任者へ注進へ向かったのは幾日振りだろうか。職務である以上、好き嫌いで左右されるわけにはいかない。だが、悪い知らせを持っていくことほど気が進まないことが無いのも事実だったのだ。「特務艦アルバトロスより最優先です。」「回せ。」不機嫌そうな声にひるむことなく、通信でもたらされた事実を端的に伝える。民間船に偽装した連合王国の情報収集艦や仮装巡洋艦からの報告。それらの中でも特に優先度の高い緊急の報告が使い捨ての暗号を使ってまで送られてきたのだ。めったにない悪い知らせかと覚悟していたが、解読してみれば驚くべきことに少なくとも悪い知らせではない。そう、悪くないのだ。まあ、良い知らせと手放しに喜べるかどうかは分からないが。「協商連合政府が、要人輸送を希望しているそうです。」内容はシンプルに言えば、要人輸送。もっと正確に言えば、協商連合政府のなかでも実質的に最高権力機関である評議会の評議員輸送だ。実質的に亡命政府樹立のために、協商連合がなりふりかわまずに頭を下げてきているということになる。「・・・外務省の仕事ではないのか。」だが、受け取った側からしてみれば管轄違いと思わざるを得なかった。対外戦略局の仕事は、あくまでも立案と分析である。断じて窓口ではない。なにしろ外交上の要請を受け取るのは外務省だ。協商連合の場合、現地の大使館から知らせてくるのが普通だろう。仮にも一国の代表者らが、情報部や戦略局の一室に直接亡命交渉を持ちかけてくるものだろうか。窓口を間違えたとしか思えないという感情に包まれたとしても、それは不思議ではない。上官の訝しげな態度は、通信参謀にもすぐに理解できる。まあ、彼とて少しは同じような疑問を持ったのだからなおさらだ。とはいえ、無駄を嫌うハーバーグラム少将には手短に説明しておく必要がある。「協商連合海軍関係者からの私的な接触があったとのこと。」「漏えいしたのか?だとすれば、随分と情報保全に穴があったとしか思えない。」「いえ、どうもうちの船舶全てに当たっているようです。」要するに、連合王国の情報機関と関係がある船に声をかけたのではない。むしろ逆なのだ。偶々頼ろうとした船が連合王国特務艦アルバトロス号だったということである。なにしろ、協商連合に寄港しているほとんどすべての船舶に打診しているときた。情報保全に根強い疑念が生じている時とは言え、これはむしろ当然の結果としての要請だろう。先方も駄目でもともと位の意識に違いない。「なりふり構わずか。悪手だな。リストは?」「こちらに。他は全て定期航路船の様です。」そして、なりふり構わず支援を求めれば必ず何処からか漏えいしてしまうことだ。仮に隠し通すつもりがあるのならば、もう少し慎重にやるべきだろう。よしんば、隠し通す意図が無かったとしても政府首脳が逃げ出す算段をしているというのは国民の士気を削ぐ行為に違いない。そろそろ北方戦線で帝国軍の大規模攻勢が予測されている時期である。正直に言って、この時期にそのような風聞が広まることになれば抵抗が弱体化しかねない。よほど帝国軍の情報操作かと思いたくなるほど碌でもない一面を持ち合わせている。「いかがされますか。受け入れるならば急がねばなりませんが。」だが、気に入らない相手だからと言って放置が許される問題でもない。実際のところ、先の亡命政権樹立構想が頓挫している以上対応は必須なのだ。なにがしかのカードを活用する必要を痛感しているところへの知らせ。活用しないわけにもいかないと、作戦参謀は積極的な意図を込めて質問を発する。動くべきではないか?と。「反対だ。仮装巡洋艦を目立たせて良いことがあるとは思えない。」対して、一部からは慎重策が提言される。なにしろ戦時国際法・各種国際法に抵触しかねない存在なのだ。破ることには良心の呵責が無いとしても、損得計算からの躊躇は邪悪な組織人だ。むしろ、合理的な計算感情から躊躇する傾向も強い。条約とは破るものではない。相手に破らせるものなのだ。少なくとも、ハーバーグラム少将は前回も国際法が許すぎりぎりのラインで踏みとどまっていた。「いや、どのみち臨検される事は避けたい。機材の積み込みは?」だが、同じ思考を共有していても首脳陣の発想はまた異なったものとなる。なにしろ彼らはもう少し、深く知っていた。汚名返上とばかりに情報部が積極的に活動し、いくつか面白い事実をつかんでいる。「ほぼ完了したかと思いますが。」「・・・ならばいまさら余計な荷物を入れてもさほど変わるまい。その要人は?」なにしろ、情報部参謀らにしてみれば汚名返上の好機である。北方戦線の情報収集や分析には鬼気迫る勢いで取り組んでいた。そして、特務艦にはその勢いで彼らが収集した各種情報や使用した機材が密かに積み込まれているのだ。臨検されたらまずいというのは、もはや規定の事項だ。いまさら何か新しい積み荷にを入れたくらいではどうという事もない程に。ならば、いまさら不味い荷物を一つ放り込んだところでさして変わるとも思えない。「評議員です。」評議員が連合王国に亡命政権を樹立するという事は政治上大きな意味を有する。これは、政治感覚が欠落していては務まらない情報部に勤務する参謀らにとっては自明。優秀な参謀らも同様だろう。そして、彼らを束ねるハーバーグラム少将は無能からは程遠い人物であった。だからこそ、彼は躊躇する。「・・・しばし待て。」確かに、確かに亡命が成功すれば前回の失敗を上回る成果を得られるだろう。それだけに、この場の責任者とて問題をよく理解している。成功すればの話でしかないのだ。失敗すれば、政治的外交的リスクがあまりにも大きい。加えて、影響の大きさからハーバーグラム少将といえども独断で決定し得る範疇を越えている。そして、彼の権限では許されていないことも良く弁えていた。だからこそ、手綱を握る立場に抜擢されているのだ。暴走せず、冷静に判断が可能という資質は得難いものと見なされている。事実、統制されなければならない部署なのだからこそハーバーグラムという劇物が放り込まれているのだ。手早く書類を作成させると、自身の手に持つ。機密保持ということにことさらに神経質にならざるを得ない問題なのだ。そのまま幾人かの護衛を引き連れて海軍省に飛びこむ。「ハーバーグラムだ。第一海軍卿は?」執務室を守るように立っている憲兵。当直将校が不審げな表情でこちらを伺ってくることは職務故に甘受せざるを得ない。ハーバーグラム自身、若い時分には上級の将官らを呼びとめる時は相当緊張したものだった。其れを思えば、止めることを行った当直将校は随分と生真面目なのだろう、と頭の片隅に留めておく。「執務中です。お約束が?」「ない。急ぎの用件に付き第一海軍卿に御取次願いたい。」幾度か、当直将校が確認を取った後に執務室へ。すぐ近くの海軍卿執務室へ駆け込むなり、人払いを願った。言わずもがなかもしれないが、情報保全に関してピリピリとしているのだ。突然の来訪。何か機密度の高い会話だと察した海軍卿が手早く人を追い払う。付き人を全て外に出しきり、周囲に人影が無いことを確認した上で報告。「少将、手短に頼む。」「はっ、私では判断いたしかねる事態が発生しました。」簡潔にまとめた書面を提出。同時に書類の概要を口頭で報告する。第一海軍卿が書類に目を通しているのを確認しつつ、細かな補足説明を加えることで理解を促す。ともかく、一刻を争う事態なのだ。「協商連合の評議員が特務艦による輸送を希望しています。」「厄介事だな。他に、あの地域に停泊している連合王国籍の民間船は?」政治的にはまあ、ありな選択肢。だが、海軍卿はこれを厄介事と口にしていた。もちろん、理由がある。確かに、政治的には大きな成果が期待できる。だが問題は、輸送手段なのだ。どうやって連合王国の地に送り届けるのか?特務艦アルバトロスは、目立つ。なにしろ、定期航路船ではなく純粋な貨客船として登録してあるのだ。何処に寄港していても不思議ではない。不思議ではないのだが、湾口を監視している人間がいれば絶対に気が付く。そんな船に重要人物の輸送を行わせるのは少々リスクが高そうに見えるのだ。「4・5隻程度は。しかし、定期航路船です。帝国が監視しているかと。」そして、不味いことに連合王国船籍の船は協商連合に寄港を自粛していた。正確には、協商連合湾口施設への寄港を開戦後激減させている。中立国の義務というよりは、巻き添えを喰らう事を恐れてだろう。だから、今入港しているのは予め決まっている定期航路船程度にとどまる。そんなところに、定期航路以外の船が停泊しているのだ。目立たないと思う方がおかしい。客観的に考えれば、帝国がみすみす見逃すとは到底思えない。正直に言えば、情報部の収集した情報は外交官に持ち出させることすら海軍省は検討中であった。アルバトロスは少なくとも、武装は施されていない。まあ、速度は29.5ノットと明らかに貨客船にしては無用なほどの速度。おまけに、遊覧飛行用という名目で小型の水上機まで密かに艦内で保有しているが。それでも、機密資料さえなければ臨検されても国際法上は痛む腹は無い。加えて、船員が魔導師であったとしても、それは職業選択の自由に過ぎないのだ。なにしろ、連合王国は自由の国家である。だが、交戦国の亡命を幇助するとなればやはり面倒だろう。「アルバトロスは其れなりの速度は出せます。ですが、帝国の哨戒網を突破できるかは。」アルバトロスは足が速いといえども、限界もある。ましてや、前回の巡洋戦艦襲撃を勘案すれば必ずしも安全とは言い切れない。踏み込んで言えば船というルート事態が疑問視されている。「よし、洋上で友軍潜水艦に移乗させよう。」だからだろう。思い切った決断を第一海軍卿は下すことにした。船は確かに沈む。或いは、簡単に居住区画が襲われる。だが、最初から潜航できる船ならば隠れることも可能だろう。「潜水艦?使い物になるのですか?」「マイヤー提督は保証している。ともかく、潜水戦隊司令部と協議が必要だな。」あとがき①めずらしくペースが速い件について。⇒テンションがヾ(@°▽°@)ノ②なんか、話が普通じゃない?⇒次へのつなぎ的な何か。③誤字脱字そろそろ訂正せんか。⇒今からやります(;´Д`④結局オリジナル版いくん?⇒三〇話をめどに校正つついくことにしました。⑤一部分かりにくい文章について。⇒以後気を付けたいと思います。追記 誤字修正ZAP