シャベルは偉大だ。それは少しばかり深く身を隠すことの可能な穴を掘ることができる。或いは数を揃えれば立派な塹壕を構築できる。少し見方を変えればトンネルすら掘れる。(滅多に行われないが)頑丈な敵の塹壕も一撃で粉砕できる坑道戦術すら成し遂げる。そして、シャベルは塹壕における最高の近接装備だ。銃剣より長く、ライフルより取り回しが容易で、一番頑丈な装備である。それに加えて製造コストは極めて安価にして量産性抜群。おまけに余計な精神汚染の懸念もなし。理想的だ。まさに、これがあるべき人類の到達点である。何より魔力に依存しないのでサイレントキルにも最適。魔力走査に頼りきりな間抜け共にガツンと現実を教育することが可能なシャベル。まさに夜間分散浸透襲撃には不可欠のアイテムといえよう。もちろん昼夜を問わず汎用性抜群でもある。こんばんは。地面を匍匐前進しているとはいえ、寝そべった姿勢でご挨拶するご無礼をご容赦ください。ターニャ・デグレチャフ魔導少佐です。本当はドレスコードに従いしっかりと礼装でもってお目にかかりたいところ。しかし、ラインで着飾れるのはアホか戦死して後送される英雄の遺体ぐらいになるのです。狙撃兵が休暇返上で皆勤賞を狙っている以上、塹壕のドレスコードは灰色の迷彩色一択。重い鉄帽かぶってこそこそと鼠のように怯えながら前進するしかないとは屈辱の極み。泥まみれになってこそこそと前進するしかないとはなんたる苦痛!ああ、不快極まりない!後方でのんびりしている予定が新人研修の一貫で前線体験ツアーを企画する羽目になるとは。さてさて、あまり愉快ではないのですが今夜も今夜で前線ハイキングとパーティーのお誘い。まったくどうして上は無理ばかり言うのだろう。事態は、半日程さかのぼったところから始まった。喜劇と見るか悲劇と見るかは、どの視点から見るか次第だろう。ただ、以後帝国軍の命令系統と伝達手段が格段に改善される契機となった。しかし、当事者達にとってはその時点では別の次元の問題であった。※()=偉い人の発想 【】=前線のごくごく一般的な士官の発想「野戦能力の改善について貴官の意見を聞きたい。」(補充要員の損耗率が高すぎる。塹壕があるからとはいえ、野戦訓練が省略され過ぎだ。)【夜戦能力?確かに使い物になるにはほど遠いが…】「はっ、大規模な夜戦が起こる可能性そのものは低いために優先度は低いかと。」【心配のし過ぎではないだろうか。組織的な戦闘を維持しにくい夜戦で大規模な攻勢は考えにくい。仮に日露のように師団単位での夜襲があったところで、機関銃と塹壕に支援魔導師があれば撃退は容易だ。少々の損害は許容範囲だろう。】(確かに、大規模野戦の勃発は考えにくい。教導するデグレチャフ少佐が他の分野を重視するのは全体から見れば正しいのだろうが…)「小競り合いの被害も無視できん。」(損害が積み重なるのも問題だ。何より士気が低迷してしまう。)【はてはて?小競り合いの損耗率は許容範囲にとどまるはず。】「小競り合い程度の夜戦であれば、さほどの被害も出ないはずですが?」【せいぜい嫌がらせ。本格的な襲撃はハイリスク過ぎだ。そうである以上大抵は躊躇せざるをえない。やるなら少数の魔導師が浸透襲撃するくらいだが。それとて、規模はさほどでもない。数で対処可能なはず。】(何よりベテランと新兵の経験差が大きい。デグレチャフ少佐の部隊は損耗率が飛び抜けて低いが、他の部隊は徐々に補充要員らの損害が増えている。今は確かにさほどの被害も出ていなくとも、将来的には問題だ。)「野戦とはいえ補充兵はそうもいかん。塹壕の特性に不慣れ過ぎだ。」(狙撃兵の存在、野戦砲の脅威低下。加えて一列塹壕線を突破したところで敵戦線の突破とはいえない。従来の野戦教義で教育された兵では機敏な対応は望みにくい。)【ああ、たしかに塹壕という障害物は夜戦のやり方をずいぶん変えている。警戒の方法も随分と変わったし補充兵が不慣れなのは確かにあるか。警報が過敏だったりするのは全体でも問題だった。加えて、魔導師は日中塹壕にいる機会が乏しい分なおさらか。】「成る程、確かに魔導師らは特に塹壕に不馴れなところがあるのは事実でしょう。」【(つまり、新しく補充で送られてくる魔導師は塹壕に不慣れ。再教育が必要なのは事実。)】「ああその通りだ。特に非魔導依存環境下での戦闘は見ていられない。」(塹壕で非魔導依存環境下を厳命されていても、気がつかずに漏らして敵に捕捉された事例が多すぎる。)【ああ、間抜けが進軍中に位置を露呈し部隊ごと吹き飛ばされた事例がそういえばあったな。査問会が開かれたというが、その結果として補充兵研修の見直しが図られたか?なるほど、確かに一人のミスで損害が拡大しすぎるのは問題か。】「まして錬度不足の補充兵では夜戦の小競り合いすら不安と?」【だとすれば、上が補充兵の練度全体を危惧するのも理由のない話ではないか。懸念、と笑い飛ばすわけにもいかん。】(まさに。いずれ規模の大きい戦いが起きた時にこの手の問題が悪化しないという保証はどこにもない。)「そういうことだ。大規模野戦の発生はともかく、小競り合い程度は頻繁にある。」(ともかく、大規模会戦が勃発する懸念は低いとしても将来的には無視しえない。我々が攻勢に出るにせよ、防衛を迫られるにせよ練度は不可欠だ。小競り合いで補充兵を中心とした部隊の多くが劣勢にあるというのはその意味において大きな問題を映し出している。)【確かに。大規模夜戦の可能性そのものは皆無に近い。だが、個人のミスで規模の割に大きな損害を出しすぎる事例が散発したのではたまらないか。なるほど、改善が必要だ。】「わかりました。教導に際して留意しておきます。」【ミスの防止を求められるということは、ある意味においてまともな組織運営上の発想。ミスする人間を首にできる民間と異なり、一人のミスでみんな戦死しかねないのだ。一人はみんなのために。みんなは一人のために。まったくもって名言だ。一人が失敗すればみんな死ぬし、みんなが間違えば一人が奮戦しても結局勝てない。】「それに関してなのだが。」(教導で配慮してくれるのは助かる。だが、それだけでは十分とは程遠い。やはり、実戦経験の欠如そのものが問題なのだ。)「はっ、何なりと。」【はて?これ以上となると、無理難題になるが。面倒事でないといいのだがなぁ】「経験させてやれるかね?」(やはり、実戦経験を損耗率の極端に低い熟練部隊と共に積ませるのが一番だ。経験は教育に凌駕する。)【本気か?夜戦を経験させてやれと?いったいぜんたいどうやって?】「は?経験、でありますか。」【教導しろというのは、死体に対してではあるまい。まさかとは思うが、ツアーを組めと?】(・・・やはり負担が大きいために彼女も反対するか。確かに、野戦指揮官として交戦しつつ、教導しろというのは難しい。しかし、彼女以外にこのような依頼ができる人材は少ないだろう。いや、皆無だ。)「ああ、塹壕でしばらく教導し野戦の機会があれば現地部隊と共闘してもらいたい。」(教導部隊として、塹壕に補充兵と共に赴いてもらえれば前線の補強にもなる。)【・・・後方から塹壕にぶち込まれて、しかもお荷物抱えて?現地部隊の質いかんではさらに難題になるのだぞ。夜戦の機会とは、要するに夜間浸透襲撃の実習をやれと。ろくでもない命令極まりない。】「夜戦を、でありますか?危険が大きいと具申致します。」【・・・あまり表だって反抗するのはまずい。とはいえ、さすがにこれは避けたい類の命令なのだが。いくらなんでも要求が厳しすぎる。もう少し緩くしてもらえないのか。】(デグレチャフ少佐の反対は理解できる。難易度は高い上に彼女の部隊を危険にさらす。前線指揮官、部隊指揮官として彼女は命令に対して異議を申し立てる義務があるのは当然だろう。ある意味で、唯々諾々と従うよりはよほど安心して補充兵を託せる。)「それは承知している。貴官が錬度不足の補充兵で野戦に危惧を抱くのも道理だ。」(だからこそだ。だからこそ、彼女にやってもらう。)「それでも、ということでありますか。」【もろもろを承知の上で夜戦を行えということか。まったく何たることだろう。無理難題を言われるのは民間企業だろうと軍隊だろうと同じかもしれないが、結果が違いすぎる。納期を早めろと言われたり、配属場所を変えたりする結果が違いすぎるのに!】「その通り。命令だ。」(すまないとは思う。しかし、野戦の教導はぜひとも必要なのだ。)【・・・これ以上の抗弁は不可能。それどころか、微妙な立場にある身としては控えるしかない、か。最悪、補充兵をおとりにして逃げ帰る算段でも立てておくことにしよう。ともかく、生き残ることを考えなくては。】かくして、決定的な齟齬があることに誰一人として気がつかぬままにデグレチャフ少佐は命令の遂行に邁進する。夕食をゆっくりと味わいつつ、指揮下の中隊長らに夜戦用意と補充兵らの担当を相談。ついでにけしからんことに、ジャガイモが古くなっていることを当番兵に指摘する。当番兵から、補給部隊が缶詰を優先して運んでいるとの説明。・・・兵站網の整備と効率優先らしい。いわく、長期保存が可能な分計画的に搬送可能な缶詰が優先されておるとのこと。逆にいえば、生野菜や肉魚介類はあまり期待できない。まあ、戦場で新鮮な食事を期待するのは海軍だけの特権だ。もしくは、優遇されているという潜水艦部隊だけ。まあ、潜水艦部隊はその他の環境が悪すぎるが。要するに、輸送効率が優先されてはじめているのかと納得。さすがに効率優先には異議を申し立てようもないとして、矛を収める。仕方なく仕事の打ち合わせを続行。とはいえ、魔導師が大隊規模で夜襲というのは統制が魔導依存になる。干渉式を発現すると感知されるうえに、個人個人の無線機など配備されていない。こんな状況で新兵を加えて夜戦をやろうというのは無謀の極み。まだ、イランに向かうイーグルクロ―作戦のほうが可能性は高いほどだ。では、小隊規模で各自任意に分散進撃か。単独でも通常の歩兵中隊にすら匹敵する火力を誇るとする帝国軍魔導師の小隊だ。まあ、現実的に見ても歩兵中隊と小隊で同等の戦力は発揮できるだろうとなる。加えて夜襲。混乱の拡張が期待できる。だが、明らかに魔導に依存してしまう。当然、魔導依存となる。干渉式を発現した瞬間、敵部隊が後退して一帯が絨毯砲撃で吹き飛ばされかねない。いや、あるいは単純に機関銃の阻止火力に阻まれることすらあり得る。では、中隊規模で浸透襲撃。現実的ではあるが、難易度はけた外れに高い。それぞれが陽動を兼ねてまったく異なる4地点を襲撃するのは悪くない計画だ。しかし、増強大隊とはいえ4個中隊全てを動員すると予備戦力がなくなる。当然、予備戦力を指揮するという名目で後方に残りたい自分としては認められないプランだ。一番練度の高い第一中隊を直卒。後は、襲撃に参加させるのが私的なベスト。しかし、部下らの提唱する作戦は私指揮下の第一中隊が主攻。他が陽動で予備戦力なしというプランだ。目的は、夜戦としては比較的難易度の低い敵兵拉致。要は、警戒壕にいる敵哨兵を招聘するということである。「つまり、貴官らは極力交戦を回避したいというのか。」「はい、大隊長殿。率直に申し上げて補充兵付きの戦闘なぞ不可能であります。」・・・戦闘回避は確かに重要か。私の受けた命令は単純だ。『夜戦を経験させよ』につきる。己を知り、敵を知れば百戦危うからず。あるいは、高度に文明的に相互理解に努めること。このために、敵兵をお誘いにいく夜間ハイキングも悪くはない。そう、悪くはないのだ。良くもない。物事は単純に善悪とは言い切れないということ。「しかし、速度が懸念材料だ。迅速な撤収が何よりも要求される。」思わず懸念材料を口にしてしまう。なにしろ、責任者としてはありとあらゆる可能性を検討して対応する必要がある。うっかり考えていませんでしたとはいえない。想定内と口にして失敗すれば嗤われるし、想定外だと言えば無能を糾弾される。真剣に考える必要から、懸念材料は口にせざるを得ないのだ。抵抗する敵兵を殺さず気絶させる。これ自体は、まあ魔導師なら簡単だ。士官学校や新兵教育でさんざん殺さず生かさずを実践している。大権現様や調所様も驚きの便利さだ。農民ではなく、兵隊相手というが統治論としては同じ結論だろう。いや、シビリアンを相手にしないだけ私の方がまだ良心的だ。あるいは、シャベルの平べったいところで軽く叩いてもよい。横でたたくとスライスだが、平べったいところで叩けば一丁上がり。実に便利といえる。よっぽど、補充されてくる新兵どもにはシャベルだけで参加させたいほどだ。だが、確保した後はどうするか。警戒壕がアラートを発してしまえば、戦うか逃げるかしかない。捕虜を獲得するのが目的である以上、戦うのは無意味。借金をしているのに支出を増やす並みに無駄な行為だ。さっさと帰るに限る。それこそ、この時になって初めて空を飛ぶくらいだ。隠していた魔導反応を盛大にぶちまけつつ戦線を急速離脱。数分間の命がけのチキンダッシュである。逃げないと砲撃に吹き飛ばされるだろう。まあ、よっぽど変な当たり方をしない限り苦しまないで済むともいうが。とはいえ、誰だって生命を謳歌したいに決まっている。自殺志願者だって、生まれてすぐに自殺を欲するほど熱烈に人生に絶望していないのだ。人間は、未来に希望を抱ければ明るい平和な未来を築ける素晴らしい可能性を秘めている。人間に代わりなんて存在しない。オンリーワンなのだ。少なくとも、他の人間は知らないが私は代替が存在しない。だから何としても生き残りたい。いや、生き残って見せる。そのために、この数分間だけはいやいやでも悪魔を神と讃えながら全速力で飛ばしている。一応、相互に援護しつつ後退などと言ってはいるが足を止めることは絶対にない。脱落はそのまま良くて捕虜、下手をすれば戦死を意味する。「・・・まあ適度に緊張感はありますな。」だが、私の部下はどうにもみんな狂っている。私は懸念材料を口にしたつもりなのに、なぜ彼らは適度な緊張感と口にするのだろう。よっぽど戦争中毒者ばかり集めた部隊になってしまったのが失敗だろうか。ちょっと距離を置きたい。誰か、他に、何か、まともな意見はないのかと探す。発見。「危険なのは、最後の数分間。まあ、近づいて行く途中に馬鹿がいなければの話ですが。」まだしもこちらは常識的な見解。接近中に音を立てるか、魔導反応をばらまく間抜けがいなければ接敵は可能。「ふむ、まあ意見が出揃ったならばまとめてみよう。」できるだけ常識的な結論にまとめてみよう。①交戦は極力回避する。もちろん、平和が一番である。反対する理由はない。②一番有力な部隊を派遣する。忌々しいが、軍事常識的に反論するわけにはいかない。常識的に採用。③発見されねば接敵は可能。ただし、離脱は危険。だが、一番無難な計画。ということは、漸進と急速後退の手はずを整えれば問題はないということか。「よろしい、所定の方針を通達する。」さて、初めてのピクニックをご一緒する補充魔導師達はだれにしようか?夕食はジャガイモ。後、少しばかりの肉類。優遇されている魔導師ですらこれだ。後方拠点だということもあってまだましだというが、前線はどのような状況なのだろうか。大陸軍は徐々に敵戦線を圧迫しているというが、兵站線の苦労も大きいのだろう。そんなことを思いながら、ようやく任官したばかりのヴォーレン・グランツ魔導少尉は軍人らしく手早く食事を終えた。野戦演習場のレーションよりはましな食事だ。少なくとも、食欲は満たされるうえに舌も拒否を示さない。だが、食事はそこそこでも気分は数日前から実に憂鬱である。なにしろ、最激戦区のライン送り。いや、士官学校を出た時は最激戦区に出るということを武者ぶるいしたこともあった。赫々たる戦功をあげて、英雄になってやろうとも少しは考えたのだ。その意気込みも、戦地へ向かう途中の軍用列車がライン戦区に近付くにつれて一気にしぼんでいった。あるのは、砲弾痕と焼けただれた何か。視界一面が灰色になっていた。すべて、焼け野原だ。ときおり、帝国軍列車砲と思しき大きな砲声が轟くことも不安な感情を高めていく。思わずあたりをキョロキョロ落ち着きなく見渡し、同じように不安げな顔に気がつくこともしばしばだった。帝国軍士官学校に伝わる伝説で『戦場よりもデグレチャフ一号生殿が怖い』と当時の二号生がつぶやいたというが、まったく伝説も膨れ上がった誇張もよいところだ。そんなことすら思いながら、ライン戦線司令部へ着任報告。到着するなり、早速教導隊がつくという話を聞いて少しは安堵できた。司令部曰く、補充要員として再教育後配属するのでまずは前線になれること。やっていけるのではないだろうか。そんなことを思ったのが数日前の朝だ。『諸君、ようこそライン戦線へ!』悪魔というのが実在するなら、教導を務めてくださる第203遊撃航空魔導大隊の大隊長殿こと伝説のデグレチャフ少佐殿に違いない。あの笑い方。ウジ虫を眺めるような冷厳な眼差し。血に飢えたような相貌。あれなら、本当に反抗した部下を撃ち殺そうとしたり、頭蓋骨を叩き割っても不思議ではない。戦場でヘマをしたら絶対に殺される。そんな確信を抱くほどに、禍々しい方がわざわざ指導教官として付いてくださった。・・・泣きたい。補充要員の中でも士官学校出は自分だけ。つまり、あの見た目幼女、中身悪鬼の噂を笑い飛ばすか知らない連中ばかりである。あんな子供が戦果を立てられるなら、というくらいならまだよい。侮っている連中が何をやらかすかと思うだけで胃が痛くなる。連帯責任という言葉をこれほど恨んだこともない。今夜は非番だ。手早く寝ることにしよう。そう思った時のことだった。召集がかかり、3分で203大隊ブリーフィングルームへ小隊ごとに集合せよとの命令が出される。「急ぐぞ!走れ!」手早く食事を終えていた自分の小隊を急かし、かろうじて2分と51秒で大隊ブリーフィングルームへ駆け込む。到着した小隊は他になし。いや、直後に我々4班と競っている7班も駆け込んできた。その直後、3分が経過。実ににこやかな表情の上官たちが遅れてくる小隊を出迎える。小隊の多くには、遅れてしまったという悔悟の感覚はあるのだろうか。ともかく、手早く我々全員が集合。かくして、笑顔の大隊長殿によってピクニックの計画が発表されることとなった。『諸君、私としては実に遺憾ながら4班及び7班以外の諸君にはペナルティが必要だと思う。』無能は殺すとかつて士官学校でスピーチしたことがある少佐殿だ。きっと、3分というラインを守れない小隊は地獄に突き落とされるのだろうと同情したが、誤りだった。『諸君、機敏さを学ぶために諸君らは塹壕送りだ。言って分からない以上、機敏に動かない連中がどうなるか実地で学びたまえ。』地獄の底に埋められるに違いない。愕然とした表情の彼らに対して、最前線の警戒壕配属が即座に下達されている。最激戦区の最前線の警戒壕だ。俗に、カナリアと称される配置になる。ちなみに、カナリアのいわれは鉱山内部で籠に入れられるカナリアである。反応がなくなることが、彼らの存在意義とまで酷評される配置と比較されたらしい。だが、安堵したのがまずかった。『さて、時間厳守の立派な諸君。ご褒美だ。』すばらしいことを口にしよう。そんな感じで少佐殿が私たち一人一人を見つめていく。隣の仲間たちが何か、褒章があるのかと期待するようだが私は別であった。すごくいやな予感がする。『今からピクニックに行き、乾杯して新しい友達を見つけて招待しよう。つまり、パーティーだ。』少佐殿がそう口にするなり、どこからともなく手渡されたのが遠足のしおりと書かれた小冊子。ピクニックの手順?手榴弾とシャベルを装備し、ライフルと演算宝珠を用意しましょう。夜間迷彩はCQB対応装備。ちなみに、許可なく演算宝珠やライフルを使用すれば射殺か撲殺。共和国軍兵士も人間です。つまり、友達になれます?じゃあなんで、シャベルで殴って気絶させるのやら。・・・古代においては、友達を得るためにとこぶしで語り合うものです?今日文明人は、文明の利器たるシャベルを使います・・・?『クレイジーだ。』誰も口にしないが、これは夜間に敵兵を連行するという拉致任務。いわゆる情報収集行為だが、当然のごとく危険すぎる任務だ。なにしろ、敵兵を引っ張ってくるということは敵の塹壕にまで近づかなくてはならない。要するに、機関銃と各種重砲と歩兵砲と狙撃兵とたくさんの歩兵が待ち構える敵陣地に忍び込み敵兵を拉致。『・・・死んだかなぁ』なにより、そこからが厳しい。たくさんのお友達とシャベルで交流後、お家に招待しましょう。ただし、お友達のみなさんは引き留めようといろいろしてくると思います。各自それを振り切って帰宅するまでが遠足です?『ちなみにだ。時間厳守だった諸君には心配ないとは思うが、一言付け加えておこう。』そして、にこやかな微笑みすら浮かべる少佐殿。ああ、神よ。どうか、私たちをお救い下さい。『遅れたら置いていく。ああ、二階級を一気に昇進したいものはその場に残ってもよろしい。』最初に会った時にも似たような趣旨のご高説をたまわった。まったく、一言一句そのままの意味だったとは!ヴォーレン・グランツ魔導少尉は思わず体が震えていることに気がつく。生存本能が叫び声をあげているのだ。戦争に、闘争に、殺し合いにおびえている。だが、その本能すらデグレチャフ少佐の一瞥には屈服してしまう。なにしろ、そちらの恐怖のほうが大きい。そのまま、牧羊犬に追い立てられる子羊のように私たちは出撃。うめき声一つもらさずに、粛々と匍匐前進で最前線を闇夜の帳に隠れて進軍。先陣切って大隊長殿が叩きつけたシャベルの鈍い音。そして、幾人かのうめき声。自分たちも無我夢中で油断していた敵兵の頭にシャベルを打ち付ける。そうして、どのくらい時間が経過しただろうか。体感時間では一生に等しい時間が過ぎ去ったような気分だったが、現実の時間はほんの数十秒のことだった。わずか一瞬。そのほんのわずかな時間の間に、警戒壕の特定区画にいた兵らが無力化されるか、永眠させられた。士官学校の銃殺とことなり、文字通りシャベルを振り下ろした衝撃がいまだに手に残っている。あの感覚。何かをつぶすような感覚がいまだに体を支配していた。もしも、あのまま放置されていれば私はどうなっていただろうか。『時間だ。中隊、捕虜を担げ。新任共は、援護。30秒後に魔導封鎖解除。飛び出るぞ。時計合わせ、3、2、1、初め。』しかし、なんら動揺を感じさせない平坦かつ囁かれるような声で命令が私たちを現実に引き戻す。叩きこまれた命令と訓練がのろのろと体を動かしてくれる。そうあるように訓練されていたのだ。訓練が自分を救ってくれた。命令されるままに30秒後、演算宝珠を全力稼働させながら跳躍。一目散に友軍防衛線まで飛び立つ。たった数分。ただ、飛ぶだけの簡単な手続き。それが、恐ろしくもどかしい。砲撃音に心臓が悲鳴を上げる。呼吸が苦しい。自分が自分でなくなるかのような恐怖。誤射を避けるために高高度をとり友軍後方拠点への安全軌道に乗った時、緊張感が一気にほどけて全身が倦怠感に包まれる。・・・なんで少佐殿は平然と讃美歌を歌えたのだろうか。あとがき※特に抗議なければオリジナル版へ移ろうと思います。感想いただければありがたいです。追記なんか愛されているようなのでグランツをかわいがろうと思います。後、今更ながらタイトル変えるべきかとも悩み始めました(^_^;)追記2※よし、えいっと移行しよう。という訳で動きました。これからもよろしくお願いします。ZAP