我はターニャ。ターニャ・デグレチャフ。主よ、敬虔なる貴方の僕として、御前にて願い奉らん。主よ、我御前にて、神聖なる御誓いをたてん。主よ、世の乱れを正したまえ。主よ、我を平和のための道具といたしませ。帝国の清浄な門を犯せし、罪人を帝国の善き人々にあだなす、敵を帝国の誇りを汚せし、汚物を帝国と主の王国の名において、我は滅すことを御誓いいたす。咎人地より消え、悪しき者絶滅されるよう、我が魂よ、主を頌えよ──ハレルヤ主よ、不義なる者を打ちのめしたまえ。主よ、この心の虚しさを正義の憤怒で満たしたまえ。 主よ、我に力を与えたまえ。おお、主よ、主よ、主は偉大なり。 我は、ターニャ。ターニャ・デグレチャフ。主よ、我と我が朋友を御照覧くださりませ。我が付き従えるは、帝国の防人。我らは信仰の守護者にして、帝国の処刑人。すなわち、我らは神の代理人。神罰の地上代行者。主は我を導き、剣は我に付き従う。かくて主の助けによりて、我らは勝利せん──我らが使命は我が神に逆らう愚者をその肉の最後の一片までも絶滅すること―――主よ、あなたのまします天が下より彼を逐い、御怒りによって滅ぼしたまわんことを。Amenエイメン ・・・出典不明 ライン戦線資料収集館収蔵物 『ラインの戦唄より』ターニャ・デグレチャフ魔導少佐であります。みなさまにご挨拶申し上げること、帝国軍人として万感の思いであります。いささか、諸事により御挨拶を長々と行えないことを御海容ください。一介の野戦将校とはいえ、戦地においては煩雑を極めるものであります。『ブレイク!ブレイク!』『04、Fox3!Fox3!』『糞ったれ!13がやられた!』『01より10、11、カバーしろ!さっさと引き摺って下がれ!』ああ、まことに失礼いたしました。現在、作戦行動中につき音声が乱れることがあるやもしれません。この埋め合わせと謝罪は、後ほど行いたいと思う次第です。では、現在のライン戦線の気象観測をお楽しみください。空一面の砲弾。雨霰と地面から空へ逆に打ち上げられるのは、鉄だ。ただ、暴虐なまでの鉄量がひたすらに単一の目標に向かって飛び去っていく。暗闇の中でも絶えることのない発砲炎が、人の営みを意味していた。ライン戦線。そこでは、人間の命が最も安い。地獄への最寄り駅。死神と悪魔の稼ぎ場。この世で最も死の境界線が曖昧な煉獄である。名だたる魔導師ですら、例外ではない。ラインは魔導師の墓場ですらある。『フェアリー01よりCP,完全に包囲された。長くは持たない。状況は?』高度8000への打撃力不足は魔導師に限った話だ。戦闘機にとってみれば、まだ許容高度。まして、対空射撃を想定した高射砲の榴弾や対空散弾の濃密な弾幕は魔導師とて容易に屠る。防御膜として魔導師の体より1メートルほどの間隔で展開している魔道障壁。ここで防御できれば、魔導師にとっては損害皆無に等しい。だが、魔導障壁といえどもそうそう強度は強くない。直撃を受けて防御膜で防げるのは一般に単発ならば12.7㎜。もちろん、個人差はあるものの飽和攻撃を受ければ歩兵の小銃相手でも魔導障壁が減衰し貫通しかねない。防御を意識し、リソースをこちらに回せば40㎜程度までは持ちこたえられる。だが、仮にそうだとしてもそうそう大口径砲の直撃に耐えうるものではない。最後に頼ることになる防殻は肉体に直接自らの力で防御装甲を魔導師が纏うだけあって頑強ではある。だが、物理法則までは捻じ曲げられない以上着弾の衝撃は覚悟せねばならない。分散させるとしても、120㎜の直撃を受ければ内臓の受ける衝撃でひとたまりもないだろう。運が良くてもブラックアウトし、墜落することになる。大半は、そのままミンチになるほうが多いのだろうが。幸か不幸か、私の保有するエレニウム95式は88㎜程度まで防御膜で弾ける。その上に120㎜の直撃を耐えられる程度に抑えられる防殻を生成可能だ。加えて、その時まき散らす高濃度の干渉係数によって広域に魔導障害を惹き起こす。このことで、視認率を極端に低下させることすら可能。わかりやすく言えば、ECMを全力で稼働させているような状態になる。夜間の場合、光学機器で飛翔物体を捕捉するのは困難を極めるだろう。もちろん、ECMに類似する以上あからさま過ぎる反応なのは間違いない。レーダーがホワイトアウトすれば、何かがいるのは明白なのだ。そのため、隠密裏に行動するには不適格。だが、存在は感知されようとも捕捉されねば誘導弾や統制射撃の類は脅威たりえない。そのため高速で突破し撹乱する程度の隠れ蓑としてはなかなかに優秀だ。重大かつ致命的な副作用として、精神が病むが。『フェーズ2は間もなく完了。現在フェーズ3発令まで所定の防衛行動を継続せよ。』ノイズ交じりの無線。暗号化された上に、指向性の特殊な形式を使用しての魔導師間の通信だ。辛うじて会話の用には足るものの、高濃度残留魔力によるノイズが酷い。共和国軍の観測を掻き乱せる以上、戦術的には正しくとも友軍の動向が明瞭でないというのは嫌なものだ。なにしろ、殿軍である。戦域全体を巻き込んだ、大規模機動となれば隠匿は極めて重要な課題になる。暗闇にまぎれての撤収といえども師団規模ならばともかく方面軍規模ともなれば話が違う。そして、いくら機動性・即応性に卓越した魔導師といえどもライン戦線全域をカバーできるほどの戦力はない。まして、これをやや定数割れ気味の増強魔導師大隊一個で行えというのは尋常な手段では不可能だ。そのために考案されたのが、攻勢計画を偽装した強行偵察。参謀本部は大規模戦域機動に伴う、鉄道網の活性化を誤魔化すことは不可能と判断。逆に、活発な活動を見せ始めた鉄道網の情報を意図的に流出させている。曰く、『大規模な攻勢計画のために集積された物資・兵員の増強あり。』、と。事実、帝都でゼートゥーア准将にお会いした時に耳打ちされていなければ私ですら攻勢計画だと信じるほど手が込んでいた。帝都では、参謀本部の広報官が非公式の場とはいえ『大規模作戦』について言及していた。『ライン戦線における大規模作戦』の風聞。そして、活発に動き始めた鉄道網と物資。敵を引きこみ殲滅するための大規模欺瞞後退計画だ。物資はいくらでも必要になる。そして、アレーヌ市については徹底的な報道管制が引かれていた。おかげで、大抵の事情通たちですら大規模作戦とはせいぜいアレーヌ市の蜂起を鎮圧するための増援としか認識していないようだ。共和国側の判断は情報が少ないが、大凡アレーヌ市で苦戦している以上帝国が全面攻勢に出てくるかには半信半疑という。よくもまあ、誤魔化したものだ。だが、おかげで強行偵察の可能性というものには思いいたっていたらしい。一応、という程度で備えてあったらしい。私の大隊が強行偵察を敢行するために出撃した際、予想以上に混乱は乏しかった。欺瞞行動を感づかれないために、私の大隊は文字通り本当に所定のコースをたどって強行偵察を行う。第203大隊は散開し、ライン全域で強行偵察を実行中である。後ろでは、鈍重な野戦砲を無理やり後送しているところだろう。そのフェーズが完了すれば、あとは歩兵の撤収だ。すでに工兵隊によるトラップの設置は完了済み。撤収はあと数時間もかからないと見込まれる。そして、その数時間を稼ぐことはそれほど難しくなさそうだ。この戦線では頻繁に行われる強行偵察の目的とは防衛体制と戦力配置を確認するための釣りだし。大規模攻勢の前触れとして双方に認識されているために、受けた側は戦力の隠匿が優先される。数時間程度は、こちらの前線に対して監視の目も緩まざるを得ない。当然、情報収集を阻止するために濃密な対空砲火が熱烈な歓迎を行ってくれるが。おまけにやや後方の拠点からは迎撃用の部隊が出張ってくる以上、生還率はけして高くない。最も、強行偵察とはその損耗率すら目安になるのだが。『フェアリー08より01。我、被弾。離脱します。』実際、隣を飛んでいる部下が戦闘継続に差しさわりのある状況になるのも珍しくない。迎撃効率だけ言えば、レーダーがホワイトアウトしている以上統制射撃は夢のまた夢。(バトルオブブリテン時、光学機器に依存した英軍が夜間に敵機一機を撃墜するために必要とした砲弾:30000発)逆に熟練したレーダー観測射撃ならば効率的な迎撃も可能だろう。(一機当たり:4087発まで低下)だが、レーダー観測射撃や魔導師による統制射撃に依存しがちな共和国軍は夜間の有視界戦闘はドへたくそ。にもかかわらず、損害が続出するのは敵の投入してくる鉄量によるところが大きい。下手な鉄砲も数撃てば当たるのだ。恐ろしい。・・・よっぽど砲弾メーカーの株を買っておくべきだった。単価が安く利益率が低い消耗品とはいえ、これほど浪費されるとあれば利益も相当だろう。軍需物資の利益は低く抑えられがちだからと資源系に給与を投じていたのは誤りだったかもしれん。『01了解。06、09、援護だ。私が二連射する間に後退させろ。』後悔後先に立たず。当時、何故そのような判断に至ったのかを再検討しつつ未来に活用せねば。これぞ未来志向。ともかく、今は被弾した部下の穴埋めが必要。当然ながら、私が危険を冒すのは避けねばならない。では、援護しないのが正解だと思うだろうか?答えは、違う。素人は、自分が発砲する事で位置を露呈するかもしれないと心配する事だろう。確かに、その危険性自体は正しい認識だ。だが、それは所詮素人考え。後退する一人の部下を援護するために二人の部下がカバーに入る。そうなれば、3人の塊が出来上がり。私が支援射撃を二回行ったところで空は砲弾の炸裂する煙やらサーチライトやらで一杯である。いまさら、二度の攻撃程度碌に気がつかれもしないだろう。むしろ、撤退支援を行う部下が盛大に反応を出すデコイになることも期待できる。いいかえれば、彼らが撤退している間は敵の視線を彼らが独占してくれるということだ。わずかなリスクで危険を大幅に避けられるとあれば、当然こちらの方が合理的というもの。『大隊長殿、危険すぎます。』当然、危険だということをプロである部下達は認識できる。危険な囮にされたくはないということで、抗弁したくなる気持ちはよくわかるものだ。自分だって会社のために切り捨てられそうになれば、ちょっと待ってくれと叫びたくはなる。契約の末に納得できるものならばともかく、契約外の理由で犠牲になるのは理不尽というもの。『やむを得ん。時間が惜しい。行動せよ。』だが、悲しいかな。ここは軍隊で、私は上官だ。私の上官に当たるゼートゥーア准将閣下から帝都で直々に殿軍命令を受けている以上、皆でやるしかない。“厳しい任務になるだろうが、貴官ならばやり遂げると信じる”?“上は、貴官に極めて大きく期待する”?きっと、口封じということをあれほど見事に婉曲表現できる人は他にいないだろう。抗議も聞き入れられなかった以上、間違ない。どちらかと言えば、あの人とはウィンウィン関係が構築できていたのだが。やはり、その上の意向だろう。状況次第では、准将閣下と再度協力関係を構築したい。ともかく、生き残れればだが。手早く演算宝珠から干渉式をライフルの銃弾に封入。やたらめったら打ち上げられてくる銃弾を防ぐために防殻を盾のように部下らの前に展開。射線を遮ることで、一時的に安全な状況におく。逆に言えば、何か射線を遮る壁が干渉式によって発現していることを共和国軍の間抜けですら理解できるという状況。当然、その先に囮がいることぐらいは気がつくだろう。そうなれば、弾幕の大半はそちらにそれるに違いない。『01より06及び09。援護急げ。長くは持たない。』とにかく、ゆっくりされては囮も長く持たない。できるだけ私以外に眼を集中させねばならないというのに。ハリー・ハリー・ハリー!『了解。御武運を。』『ああ、貴様らにも・・・主の御加護を。』忌々しいことに、武運長久をとかよりも“主の御加護を”という意味不明な言葉が口から出てしまう。泣いてしまいたいが、如何せんエレニウム95式抜きでは防御膜を即座に吹き飛ばされて防殻ごと粉砕されかねない状況。高度8000フィートに対して有効な迎撃兵器なぞ高射砲程度だが、逆に言えばそれに当たった時点でタダでは済まないものでもある。『CPよりフェアリー。損耗率・状況を報告せよ。』『フェアリー01よりCP。すでに半数が脱落。現在スケジュールの半数を達成中。捜索中の共和国軍弾薬庫は発見できず。』おかげで、頑丈な我が隊の魔導師ですら脱落者を多数出している。死者こそ今だ皆無だが、戦線復帰が絶望的な面々も少なくないだろう。やはり、募集時に絶えざる危険と正直に書いておいて良かった。虚偽宣伝とか言われたら、正直という近代の生み出した商取引の原則を裏切るところだった。信用経済において信用されないことの恐ろしいこと恐ろしいこと。やれやれ、安堵のため息をつくべきだろうか。『CP了解。01、そちらには悪い知らせだ。』運を信じるわけではないが、先達が運という要素を重視していたことを思い出す。偉大なるまつしーたさんは採用する時、そいつの運が良いかどうかを訊ねたらしい。この狂った世界に飛ばされるという非人道的な扱いをされる前には、理解できなかった。しかし、今なら分かる。確率論の問題に過ぎないのかもしれないが、運という要素を研究する価値はあるのだと。『何か?』『レーダーのホワイトアウト圏外から大隊規模の魔導師がライン戦線に急速接近中。フェーズ3完了までこれを阻止せよ。』『・・・フェアリー01了解。阻止戦闘に移る。他には?』簡単に言ってくれる。阻止戦闘と言っても、こちらは実質二個中隊規模で強行偵察中。散開しているために、密集隊形にはない。加えて、防御陣地を通過するだけで相当消耗している。対する迎撃側は余力が豊富。誤射を受けない限り、敵陣地上空は相手のホームグラウンドだ。緊張感やメンタル面でも随分と気が楽にちがいない。こちらが精鋭ぞろいとはいえ、迎撃しろと言われてはいわかりましたと安請負したい相手ではないだろう。なにより、強行偵察を阻止するべく上げられる大隊だ。言わずもがな、選抜された部隊に違いない。『即時強行偵察中止許可が出ている。』そして、うん、面白い許可がでている。強行偵察を中止してよいという許可。確かに、阻止戦闘を命じられている以上中止するのは一つの可能性としてはありえる。だから、上が中止を許可するのは合理的に見えるだろう。だが、考えてほしい。口封じを考えるような上が、こんな好機に思いやりのある許可を出すものかと。私ならば、絶対に出さない。というか、少し考えれば軍事的合理性が罠だと教えてくれる。『・・・無用に願おう。』素人ではない。合理的な思考を重視する経済人として、訓練されているのは伊達ではないのだ。『なに?何を言っている?』『強行偵察の本義は、敵のインターセプト調査。ここで強行偵察を中止しては欺瞞行動の意図が露呈しかねない。』強行偵察による撤退の欺瞞に失敗すれば、殿軍は最後まで踏みとどまって時間を稼がねばならない。そうなれば、そうなればおしまいだ。ここで、少しばかり無理をして友軍に後退してもらう方が安全に違いない。少しだけ時間を稼ぎ、その後即座に離脱する方が安全なのだ。大隊相手を忌避して、共和国ライン方面の全部隊から追撃戦を受ける方がよっぽど馬鹿馬鹿しい。つまり、リスクを勘案すればここで踏みとどまるより方法は無いのだ。わずかな損を惜しんで、投資を怠ることの愚を知らない人間ではない。それこそ、最終的なリターンこそ大切なのだ。『フェーズ3の完了までに気付かれるわけにはいかない以上、選びうる選択肢は迎撃部隊を叩き落としての任務続行のみ。』『・・・了解した。できる限り急がせる。』『よろしく願う。』結局、相手が協力してくれることになって一息。まったく厳しいものだ。さて、生き残るためにも狂気の世界に負けずに健気に頑張るとしよう。『さて、大隊各位へ通達。対魔導師戦だ。我らに挑む愚を教育してやろう。』まったく。我々に挑むくらいならば、のんびり後方で休暇を満喫していればよいものを。どうしてこんなに面倒な戦争に積極的にでてくるのやら。平和を愛する私としては、本当に心苦しい。私ほど、人間を愛している者はいまい。にも関わらずだ。私ほど、人間を殺すことを命じられる人間もすくない。実に人生とはままならないものである。全く、平穏無事な人生を送りたいものだ。その日、何か特に変わった前触れはなにもなかった。誰もが口をそろえて言う。『普通の日だった』と。強いて言えば、連合王国派遣観戦武官が数人親善のために来訪した程度か。少しばかり夕食後に歓談した後、彼らはこちら側の担当官に案内される形で視察を始めた。最もその時には、すでに共和国軍第22師団所属第3魔導大隊は空だ。通常の待機任務に従事する部隊。当然、スクランブル命令を受領次第空に上がって迎撃任務に就く。彼らに与えられた任務。それは強行偵察を敢行してくる敵魔導大隊の排除であり、友軍地上部隊の援護が想定されている。「管制より、各員。今日のお客さんは、かなり本気だ。手を焼くぞ。」その日、戦域管制官から告げられた言葉は深刻さを少々漂わせつつも何とかなるという含みに溢れていた。魔導師の師団や連隊規模の強行突破や浸透襲撃ならばともかく、大隊規模の強行偵察を撃退するのはそれほど難しくはない。なにしろ、強行とついているが本質は偵察行動だ。多少一当てしたところで退くだろう。まあ、今日突入してきた連中はかなり気合が入っているという評価は素直な賞賛に近かった。「管制、侵入してきたお客さんは?」「増強大隊規模。すでに第三防衛線を突破。第四防衛線が突破されるのも時間の問題だろう。」通常、強行偵察部隊は第一防衛線もしくは第二防衛線付近で陣地と即応度合いを探って引き下がる。出撃した陣地付近ならば援護が期待できるし、第二防衛線付近であれば帰還が比較的容易だからだ。故に、頻繁に派遣される陽動や牽制程度の強行偵察隊との小競り合いが頻発するのもこのエリアとされる。夜間の強行偵察隊と迎撃部隊の小競り合いは夜の風物詩とまで評されてきた。「速すぎる。防衛線の連中、何をしている?」当然ながら、第三防衛線を突破するほど浸透してくる強行偵察隊というのは相当な入れ込み具合である。共和国軍の退避壕や前線戦闘指揮所の所在が把握された可能性はかなり高い。通常、そこまでの浸透を許すことはありえないといってよいだろう。そしてなによりも、第二防衛線を突破されかけた時点で待機部隊にスクランブル命令が下されるはずなのだ。第三防衛線を突破された時点でようやく出撃命令とは信じがたい初動の遅れと言える。「広域魔導ジャミングによって索敵網が麻痺している。おかげでかなり初動が遅れた。」当然、その事実は管制官の苦々しい口調に反映されていないわけがなかった。状況が不明で、待機命令を繰り返された挙句至急邀撃に上がれというのは少々いただけない。最終防衛線前で阻止する羽目になるとは。誰もが、思わず苦々しく思わざるを得ない状況である。たった一個大隊程度の魔導師に突破されたところで、ライン総司令部は叩き潰せるだろう。だが、持っていかれる情報を思えば惨憺たる結果に終わりかねない。広域魔導ジャミングへの対応が遅れたことで、何人かの高官は首がすっ飛ぶことになるのだろう。「それと、対空射撃は光学機器依存らしい。敵戦力は健在の可能性に留意せよ。」「了解。手負いの獣を侮りたくはない。他に、敵情についてわかる範囲で良い。何かあるか?」いつもよりも、少しばかり厳しい任務になる。誰もが、その時初めて事の厄介さに思い至った。消耗した敵魔導師の邀撃とは異なり、比較的戦力を温存した連中とやり遭う可能性。夜間という事も、状況を難しくしてしまう。友軍の対空射撃が光学機器依存となればフレンドリーファイアーまで心配しなければならない。敵味方識別が混乱していることを思えば、ありえない話ではないのだ。それだけでも、十分に嫌な気分だった。「同定には成功していないが、精鋭と統裁官は判断している。帝国の大規模攻勢の噂もある。油断するな。」「助言に感謝する。諸君、気を引き締めていくぞ!」だが。結果論だけいうならば、だ。気を引き締めるべきではなかった。むしろ、死中に活を求める死に物狂いさが必要だったのだ。「「大隊長より、各位。敵発見、交戦に備えよ。」」夜故に、双方とも有視界の領域が狭いことが共和国には災いした。発見事態は、ほぼ同時。大隊長が交戦を宣言したのも、ほぼ同時だった。簡単な話だ。組織的戦闘と、統制射撃によって帝国軍魔導師の個々の質を集団で押しつぶすのが共和国軍魔導師の戦闘ドクトリンである。夜間に、近接された領域で実質的には不意遭遇戦。まして、高魔導濃度による強力なジャミングの存在だ。控え目に評価しても、勝手が違う戦いだろう。そして、相手は近接戦に卓越した魔導師らで構成される部隊。突撃を受け止められる道理がなかった。もう少しだけ、もう少しだけ前衛が持ちこたえれば後衛が逃れる時間があった。後わずかに、後衛が多ければ咄嗟射撃で接近を阻止して前衛が逃れる時間を造ることもできただろう。だが、すべてがわずかに及ばなかった。帝国軍魔導師の先頭に位置する指揮官から放たれた爆裂式は見事に前衛に大穴をこじ開ける。同時に、複数の光学系射撃式が各中隊指揮官を潰すべく放たれ指揮系統が刈り取られた。まだ、まだ組織的抵抗を行える共和国軍は咄嗟に前衛が開けられた穴を後衛が防ぐべく制圧射撃を敢行。一瞬で、後衛が前衛をフォローすることで戦力の再編を図れる程度の力は残っていた。それは確かに後衛への接近阻止という成果を果たす。だが、その代わりに生き残っている前衛への火力支援がおろそかになるということを意味した。帝国軍は約二個中隊相当の魔導師からなるが、共和国軍の前衛も二個中隊相当。・・・そして、先ほど固まっていた中央部が信じがたい速度で発現された爆裂式で吹き飛ばされた上に指揮系統が混乱していた。結果的に、共和国軍の前衛と帝国軍の数的関係は逆転。後衛が自衛で手いっぱいになっているその時、斬り込みを受けた前衛の運命は確定していた。常時、憎たらしい共和国軍の統制射撃で接近を拒まれている帝国軍魔導師。他方、友軍の統制射撃によって残敵が破れかぶれで突破する事を阻止してきた共和国軍魔導師。彼らが接触した時、帝国軍魔導師は日ごろのうっぷんを晴らすべく刃を気分よく振りおろしたという。『フェアリー大隊、各位。追撃戦敢行。』あとは、もう、簡単すぎる帰結だ。壁を失った後衛が咄嗟に後退しようとする頃には、全てが遅すぎた。襲撃用に速度が上がっていた帝国軍に対して、共和国軍は振り切れるほどの距離も速度も稼いでいない。急速加速による戦域離脱は、叶わなかった。結局、共和国軍第22師団所属第3魔導大隊はその一戦で持って壊滅判定を受ける。生存者は、皮肉なことに最初に爆裂式で落とされて一命を取りとめた数名のみ。結局、共和国軍はライン総司令部秘蔵の選抜魔導連隊の緊急動員を行うも侵入した大隊の捕捉に失敗。どころか、物資集積場数か所を焼かれるという不手際すら犯した。これにより、共和国軍司令部の視線は完全に侵入した部隊へと移ってしまう。噂される大規模攻勢。囁かれるアレーヌ市の運命。風の便りで聞こえてくる帝国軍の動向。いずれもが、彼らの混乱と誤解を助長した。結果、彼らは完全に帝国軍の意図を読み違えることとなる。その日、帝国軍は共和国に感づかれることなく戦線を放棄することに成功した。あとがき…acfa風味?作戦を説明する。依頼主はいつもの帝国軍参謀本部。目標は、ライン戦線に展開する共和国軍部隊だ。弾薬費・補修費は帝国軍もちになっている。友軍撤退完了まで、好きなように暴れてくれ。敵部隊の損害が大きければ、それに応じて報いよう。ただし、友軍の撤退行動が完了するまでは後退が許可されない。それでも見返りは莫大だ。こんなところか。では、武運を祈る。あとがき・・・いつもの。西部戦線でヒンデンブルク・ラインを形成しようというお話です。つまり、ラインにゼートゥーア・ラインが形成される?という事です。ついでに、それほど戦力比で劣らない帝国軍。きっと、共和国を損耗させて首都を陥落させてくれることでしょう。次回、『西方大進撃!』お楽しみに!誤字修正+ZAPZAPZAP+ZAP