視点:二号生最初は、信じられなかった。なんだ、と思った。曲がりなりにも、軍の士官学校だ。高官や、お偉いさんの子供がいてもおかしくはない。それが、式典でスピーチをするのだろう。面倒なことだ。そう思い、壇上に上がった少女を見て違和感に気がつく。軍装をまとった子供?あれが、先任?そこで、あたかも新入生に全く期待していないと言わんばかりの罵詈雑言。子供に言われているという実感よりも、憤り、思わず感情のままに激昂しかけたくなるような代物だった。あれが、強面の軍人然とした人間ならば、恐怖もあるだろうが、少女ではそうもいかない。だから、何くそという反発の方がつよかったあれほど、現実離れした経験もないだろう。想定外の事態に対処せよという軍の教訓ならば、まごうこと無き大成功だ。・・・そう思った。思っていた。入学式を終えて、今後の教程が説明されたのちには、これが、軍隊の洗礼かとみんなで話し合ったものだった。声色に不釣り合いな、鬼気すら漏れるようなスピーチも絶大な効果ありだなと、同期で笑いあったものだ。役者として、なかなか優秀な子だなあ、と呑気に笑うこともできた。次の日に、僕達が、爆破干渉式で叩き起こされるまでは。不慣れな生活故に、もたついていた僕たちは、隊舎ごとデグレチャフ一号生殿に吹き飛ばされていた。曰く、5分前行動もできない無能は、間引いておくが祖国のためと。デグレチャフ一号生殿は、本気で、一言一句其のままの意だった。それを理解できねば、ここでは生きていけない。激昂し、反抗しようとした奴を、命令不服従と、上官反抗だと告げて軽く撫でる。少女が、激昂した青年を撫でるということは、なかなか衝撃的な光景だ。撫でられた方にしてみれば、死んだ方がましな激痛なのだが。曰く、神経系に痛みを誤認させる干渉式だ、と。外的な損傷もなく、後も引かないがために、実に思いやりと慈悲が溢れる教育的な干渉式だろう?冗談じゃない。あれは、拷問用か、悪意の塊にきまっている。神経に何かを溶かされるような違和感。直後に、発狂してしまえば、楽になれるような狂った神経を駆けまわる痛覚の大合唱。痛みで気絶し、痛みで意識が蘇生させられる最悪の循環。あれを一度食らえば、とてもじゃないが、反抗する気はなくなる。罵詈雑言の嵐とて、百聞は一見に如かずだ。“エビのようにピクピク痙攣し、私の餌になりたいのか?”“そののろまな尻で誘っているつもりか?この蛆虫どもめ!”“私は、差別が大嫌いだ。公平性こそが人間を人間たらしめると思う。貴様らと私の違いは、まさにそこだろう。”“安堵せよ。私は、誠実だ。貴様らとて差別はしない。故に、蛆虫一匹だけ特別に罰を与えはせん。”“貴様らの足りない頭に、連帯責任という言葉を、教え込むためだ。難しいだろうが、頑張って覚えたまえ。”ごく、少数、本当にごく少数の連中は、それが理解できていない。頭よりも、本能で動くような、連中。それが、なまじ人並み以上の頭脳を持っているがために、ここに存在してしまったような連中。学歴の割に、無能というべきだろうか?誰にとったって、望ましくないのだろうが。例えば、そいつらが、演習計画を完全に無視して、暴走したとすればどうだろう。デグレチャフ一号生殿は、実に平等な方なので、我ら二号生一同ことごとく、懲罰ものだ。当然、煉獄から地獄に突き落とされるに等しい。クソッたれ!同期の足を引っ張る無能どもに災いあれ!!!悪魔のような一号生殿にもだ!視点回帰:デグレチャフ前回の連中は、教科書通りの戦術を、無批判にセオリー道り採用した。少し掻き乱すだけで、混乱し、碌に対応もできずにいたので、一人一人丁寧に指導してやった。まあ、この短期間でセオリーを曲がりなりにも形にしたということは評価してやってもよいだろう。応用ができないという点もある。だが、さすがにそこまでは現時点では求めない。しかし、実によろしくないことに、あれがあるべき戦闘の手法だと勘違いしているようなのだ。てんでばらばらに散開し、分散進撃という態を取るところは、無能の極み。確固撃破の最適対象である上に、統制がとれていないために、分散進撃にすらなっていない。連中、後続との支援と接続を構築しつつ、継続戦闘能力を維持するという発想が頭からごっそりと抜け落ちている。というよりも、動物的な暴走だ。おおよそ、理性がある人間が採るべき戦術ではない。いや、アメーバなのか?アメーバなのだろうか?「さて、糞のように無能諸君」私は、とにかくひたすら生き延びるべく自分を鍛えねばならない。或いは、上層部に自分の有用性をアピールし、生き残る機会を最大化せねばならない。にもかかわらず、新任どもはこのありさまだ。前線では、華々しい戦果を求めて、盛大に自爆するだろう。自爆テロにでもつかうならば、まだしも、戦争には全く使えないにきまっている。与信では、人格に問題があると報告されて仕方ない水準だ。こんな連中の指導者に、誰がまともな評価を出すだろうか。そして、実に遺憾ながら指導を担当する一号生は私。つまり、責任者とは私のこと。常識的に考えて、信賞必罰が軍隊どころか、社会の基本。さて、人事が採用した新人すら教育できない管理職は?当然、まともに評価されるわけがない。全く我慢ならん。「48時間以内に、申告せよという私の忠告が難しかったことは詫びよう。」普通は、仕事をやる時に一通りの訓練を受けて、その最低限度の試行錯誤の中から、必要なスキルを身につけることになるはずだ。つまりは、ある種の新人研修は模倣である。模範となる形を模倣し、やがて、自分のスタイルを確立することになる。企業の管理職を見てみればいい。千差万別であるが、みな共通して抑えるべきところは抑えている。だが、それは、基本ができてからの話。新人が、好き勝手にやれということでは断じてない。創造性など、独創性などというのは、基本を知っているからこそ飛躍し得るものでもあるのだ。よっぽどの特異な例外的天才ですら、基礎的な分野に関する知見はあった。ナポレオンしかり、ビスマルクしかりだ。この無能どもには、何故それが理解できないのだろうか?「諸君に、頭脳が存在すると、確認もせずに断定した私の落ち度だ。」人は、言ってみせ、やって見せねば動かぬという嘆きがある。実際に、教育する身としては、幾度も痛感してきた。だが、ここは軍隊。言ってやらねば、銃殺のはずなのだが。研修時も、反抗する部下は、銃殺してよいという軍令に乗っ取って処理しようとした。恥ずかしいことに、ハズしてしまい、経歴のために暴発事故として処理したのは苦い思い出だ。暴発事故と記載する時ほど、教育役としてついてきた軍曹の眼がきつかった事もない。彼が、上手く処理してくれたおかげで、キャリアが守られている。やはり、優秀なノンキャリアとは上手くやっていくことが肝要だ。そういうのを見つけておくと、人事の評価もよいし。ああ、益体もないことだ。今は、目の前のことをどうにかせねば。「諸君の頭蓋骨を解体し、頭脳があるかは自然科学の基本に則り、自分で確認すべきかもしれん。」それにしても本当に、言われたことも覚えられない連中に、頭脳があるのだろうか。案外、魔法の世界。これは、新任をまともに指導できず、新任の素質を疑うべしという教訓を与えるべく魔法人形か何かではないのか。少しくらい、脳を覗きこんでみても賢明ではないだろうか?幸い、演算宝珠は多少の外科的手術は可能なのだ。頭蓋骨を切開し、閉じるくらいであれば、そこまで難しくはない。炎症も魔導で抑えられるうえに、痛みは、四肢を麻痺させれば、暴れられることもない。問題は、特にない上に、近接魔導刀の生成・発現は割合得意な干渉式だ。ふむ、少し檄発させれば、名目は立つかな?「諸君は、どう思うかね?」ほどほどの表情。疑問を呈しているのだという印象。これが人事部の誇る、殴られ役だ。具体的に言うと、法的は問題が無くとも、感情には著しく影響することを呟く役割だ。後は、首を切りたい奴が檄発し、殴られ役を公衆の面前で殴打すれば完璧だ。ただちに、医療機関に運び込み、診断書を作成し、懲戒免職一発。軍は、もっとシンプルで、上官に反抗するだけで、事足りる。この点は、実に効率的だ。なにしろ、自己完結している組織なので、問題を起こすものは、内部で自由に料理できる。まさに、私達人事にとっては、最適な環境だ。これで、生命がかかっていなければ完璧なのだが。「ふざけるな!!いい加減にしろ、この糞アマ!唯々諾々と聞いていれば、何様のつもりだ!!!」ああ、単純。なるほど、有る程度の学力があり、試験に突破したのだ。相応の自負やプライドもあるのだろう。だが、幼い。いかんせん、自負が高すぎる故に、自制ができない。知性では、私が上官だとわかっていても、見た目が自分よりもはるかに幼い私に罵られるのだ。耐えきれず、檄発する輩は、必ずいると見たが、予想通りすぎる。「しまった、また失敗だ。無能に意見を聞くとは。わかっていたのにミスを犯すとは、私もまだまだだ。」ここで、煽れば完璧を極める。なにしろ、先ほどの発言で十分に問題発言だ。後一歩、彼が踏み出してくれれば、銃殺すら可能になる。この記録は、あまり私のキャリアに傷をつけることもないだろう。「さて。ミスを繰り返すわけにもいかない。」さあ、オペの始まりだ。手順は完璧。干渉式で、微弱なスタンガンモドキを目標に射出。着発式で、麻痺を確認。子供のなりでは、頭を抑えるために倒れてもらう必要がある。故に、痙攣している二号生を足払いし、大地と熱烈な抱擁の機会を贈呈。彼が、大地を思う存分抱擁し、私はその間に彼の頭を覗くことにする。「ああ、動くな二号生。私は近接魔導刀の発現には自信があるつもりだが、オペは本職ではない。」簡単な応急処置と野戦救命措置の講習は完了しているが、魔導師とて万能というわけではない。近接魔導刀は、無菌状態に保たれているとはいえ、傷口が広がりすぎるのは一応望ましくはない。「手元が狂えば、貴様の、まあ、有るとすればであるが、頭脳に刺さりかねんぞ。」それに、暴れまわられては、手元が狂いかねない。私は、サディストではないので、彼に死んでほしいのでもないのだが。むしろ、せっかくの機会なのだ。二号生に応急措置と魔導師の可能な治療法について説明していしまう事としよう。で、あれば講習の時間を短縮できる。「離せ!離せぇええ!!!誰か、この狂人を止めろ!止めてくれ!!」「ふむ、猿のオペは、四肢を拘束してだったな。ああ、拘束すれば麻酔は、無用か?」だから、狂人ではないというに。じたばたされると危ないので、拘束用干渉式を起動。実戦ならば、手足を撃ち抜くらしいが、ここは魔導士官学校。優しく、後を引かないように、魔力スタンに留めておく。舌が上手く回らなくなっているようなので、魔力スタンは有効に効いている模様。ならば、わざわざ麻酔を使い、傷の治りを遅れさせることもないだろう。「デ、デグレチャフ一号生殿!このような事、許されるとお思いなのでありますか!!?」「はて。命令不服従。上官反抗、かつ暴言。彼に精神疾患か、深刻な頭部の異常が無い限りは、銃殺ものだ。」本来は、銃殺一発。でも、それでは、私に指導教官としての資質不足というレッテルが。それは、断じて避けねばならない。精神に異常ありとでもすれば、放校処分。私こと指導担当者も、彼を取った採用担当者も、彼が狂ったとなれば免責。ついでに、彼の周りをフォローしておけば職責も全う。つまり、みんなハッピーになれる。「なれば、銃殺前に上官としては、彼に命令を理解するだけの頭脳があったのかを確認する義務がある。」本人のためでもあるし。二号生の後期課程前には、近接魔導刀なんて、実戦使用で演習だし。だから、今後のためにもこういう馬鹿を生贄に、治療課程を教え込むことには意義があるハズ。「問答無用で銃殺するのでは、彼に頭脳があると断定しているのと同じだ。それが、偏見であったら私はどうすればよい?」はっきり言って、なんでこんなに苦労しなくてはならない。だから、無能は嫌なのだ。私の足を引っ張るのではないかと常々危惧していたが、まさか、あっさりと出てくるとは。リスク分析していなければ、思わず頭痛でこの場なんぞどうにでもなれと思うところだ。我々は、諸君に給料を払っているのだ。働くふりではなく、働いてもらわなければ困るのだが。ああ、もう、うっとおしいことだ。「常々思っていたのだ。何故、これほどまでに私の命令に従わないのかと。従う頭脳が無いのではないかと真摯に疑ってきた。」頭を振り、本意ではないということをアピールしつつ、手早く清潔な布と縫合用の糸を用意。消毒用アルコールは常備のもので事足りる。光源が欲しいところだが、まあ野戦演習場だ。一定の光量はある。足りなければ、発光式を誰かに唱えさせればよい。「疑念がある以上、それを確認せずに、銃殺送りというのは不誠実だろう。きちんと確認しておくべきだ。」「教官殿をお呼びすべきです!!せめて、せめて諮問会議にかけられるまでは、処遇を・・・。」「現行犯なのだ。防疫官として、私は為すべきことを為さねばならない。」言っただろうに。まったく、48時間という時間厳守もできない連中が多すぎて困る。5分や、10分ではない。48時間だ。まったく、時計や時間すら理解できていないとは!!帝国の国防を担う魔導士官候補生がこれだ。よっぽど国力や人材面に深刻な欠陥でも抱えているのではないかと危惧しておくべきか。上申書でも出すべきだろう。このままでは、私が生き残れそうにもない。「それに、良い機会だ。魔導師がどういった医療行為が可能かを実演しよう。見ておくように。」そう言い、実演に入ろうとした瞬間に静止。急速接近してくる魔導師。干渉式の精度よりも発現速度を優先した力技か?漏れている魔力光の規模から、あれは教官クラスだ。「何事だ!?」「はい、教官殿。二号生が狂ったので、少々確認を。」手早く立ち上がり、敬礼をしつつ、応答。参ったな。無能の処分に上司がたちあうというのは、やりにくいのだが。最も、ご用件次第だろうが・・・。「殺される!!殺されてしまう!!!!」「ああ、黙りたまえ二号生。ただすこし、脳を覗くだけだといっている。簡単なものなのだよ?」敬礼もできんのかね?まあ、四肢を拘束しているから、それを要求するのは無理だとしてもだ。もう少し手順という物を踏めないのだろうか。やはり、むのうとは掛詞で、無能兼無脳のことではないのだろうか?「デグレチャフ一号生?」「はい、教官殿。」「何をしている?」ああ、この無能をどうして放置しておいたのかと。許容してきたのかという実に、嫌なご指摘だ。思い出したくもないが、採用した奴が使い物にならないと営業本部長から怒鳴りこまれた時を思い出す。「はい、教官殿。指導であります。」「彼は?どう見ても、拷問の用意にしか見えぬが。」「はい、いいえ教官殿。発狂し、命令不服従・上官へ暴言を吐き、上官反抗を為しましたので、拘束いたしました。」言葉を選ばせてくれない。ああ、いやだ。おかげで、無能がいて、私が指導責任を全うできていないということの証明が成立してしまう。「それで、処刑しようと?」「はい、いいえ教官殿。彼の頭脳が存在するかが疑われたため、上官として免責できないか、頭脳の存在を確認すべく用意しているところでありました。」「・・・正気かね一号生。」ああ、これでは、やはり、処刑しとけということなのだろうか?軍人の精神構造は理解しにくい。「はい、教官殿。部下を満足に指導できず、恥じいる次第であります。」気がつけば、輸送車両で北方管区に運ばれることに。何故かは、知らないものの、6か月の紛争地域研修ってなりふり構わぬ動員令では?陸軍さんからは、試験の免除を告げるお知らせまでいただいた。曰く、優秀な貴官の研修成績及び士官学校での成績に鑑み、陸軍は、貴官を選抜す。選抜幹部候補生として、ただちに、任地に赴き、少尉課程を全うせよ。とのこと。陸軍が試験免除。しかも、よりにも寄って、選抜ときた。そう、選抜幹部候補生研修だ。つまり、戦争でさっさと死んでこいというに違いない。一般企業の人事で解釈してみよう。わが社の中核事業において、高度に専門知識を必要とする重要なプロジェクトのために、関連会社に出向し指導を行うべし。要するに、オブラートに包んだ肩たたき。何がまずかったのだろうかね?やっぱり、無能の間引きを怠ったからだろうか?※これまでに解除された実績・「エターナルヨウジョ」第5章10条4項準拠・初級サディスト・解体者見習い・くびきり幼女・救い難いMAD~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき本作は、ここから、末期戦ものに突入です。戦術的勝利、局所的優勢は望めるかもしれません。心底嫌になるような泥濘にまみれ、夢も希望もない敗走が待ち受けているかもしれません。なにより、勝利を錯覚し、夢見、あげく、現実に突き落とされるかもしれません。(状況としては、1942年のドイツ軍夏季攻勢前くらいです。)本作は、戦略的敗北を現場がのたうち回るという形で末期戦の本旨に忠実です。くりーく?ja!!!☜neinZAP!