共和国本土陥落から2カ月。帝国の誰もが戦争は終わったものと思っていた。だが、物別れに終わった連合王国との交渉。徹底抗戦を叫ぶ元共和国軍らからなる自由共和国軍の抵抗。なにより、本戦争に介入を決断した連合王国とその構成諸王国。そこに友邦の支援が加わり、戦争は鎮まるどころか激化の一途をたどっている。「前面の敵砲兵を排除する。デグレチャフ少佐、貴官の部隊はッ」「?通信兵、つなぎ直せ!」「HQへ回せ!1105通信障害発生!バイパスを要請しろ!」通信途絶に騒然とする簡易野戦指揮所。戦局が激化する一方の南方戦線において、誰もが余裕を失っている。・・・まあ、ラインではいつものことだった。ターニャは、ここでラインと変わらない日々を送っている。簡易野戦指揮所から有線でつながっている司令部経由での交信を試みるのも既に確立されたノウハウ。塹壕戦や高機動戦時の各種通信障害といった実戦特有の問題は大凡経験済み。この位で慌てふためかない程度には対応策も練られている。故に、ここで行うべき行為は各種チェックリスト通りの迅速な処理。即座に、通信兵らはHQへの有線回線を開く。その手際の良さは賞賛に値するだろう。指揮系統の一時的な途絶にもかかわらず、戸惑うことなく対処できている。だが、わずかばかりの応酬で彼らの顔色は一気に青ざめた。「通信妨害ではありません!第44側の機材トラブルです!」ああ、畜生。ライン戦線にいれば、それが何を意味するかだいたい理解できるぞと心中でターニャは悪態をつく。おそらく、ラインで洗礼をうけた連中も同じだろう。「呼び出しを続けろ!短波通信で構わん。機材点検急げ!」わずかな可能性に希望をかけたいところだが、期待を抱くことはしない。期待するよりも、悲観的観測を抱く方がましなこともある。予想通りというべきだろうか。咄嗟に機材をチェックする通信兵だが、結果は白。機材は全て正常に稼働中。トラブルが見つからない以上、それは第44魔導大隊側の機材トラブルと彼らは主張する。事実であれば、望ましくない。バールバード砂漠の高機動戦。その左翼先鋒を担う第7戦闘団の指揮所と連絡が取れないのは指揮系統の混乱を招くだけでは済まない。状況がどうなっているのか?焦燥に駆られる将校らだが、辛うじてそれを表情に出さない程度に自制している。将校が兵卒の前で無様に動揺すれば、混乱が加速度的に拡大するのは自明の事。当然、この中では一番若手のグランツ少尉ですらこの程度の事は理解しているだろう。「コンタクト確立!短波です!」「照会符号合致!」一瞬、簡易野戦指揮所内部に安堵の空気が漂いかける。・・・若手将校や実戦経験が不足した連中はどうしても楽観的観測に陥りがちか。最悪を想定するという習慣は、合理的な経済人にとっても難しい。バブルや恐慌といった行動経済学の理屈はその点を見事に暴露している。生死がかかっていない金融取引ですらそうなのだ。戦場で楽観的に最悪へ備えるなどというのは、経験が足りない連中には難しいのだろうとターニャは即断。「ラインブルク少佐殿、戦死!」最悪の知らせだが、破局を意味する知らせではないことに自分なりに安堵。それとなく指揮所内部を見渡せば古参の連中は事態をよく理解し掌握するべく頭を働かせている。まずまず。ラインで独断専行と抗命寸前を責められ南部送りになる時、大隊を持ってこられたのは不幸中の幸いだった。おかげで、教育の手間が半分に減る。いや、一部を部下に委ねればさらに半分に減らせる。つまり、自前で新しく教育するよりも25%の時間と労力しか自分は負担せずに済むのだ。これが、効率的というものだろう。ともあれ、優秀な組織というのはいついかなる時も歯車が錆びつかないように整備されている。当然ながら、軍隊という組織は戦死という事態を織り込んで組織を設計し整備している。つまり、優秀な軍人が一人死んだ程度で軍組織は理屈上揺らぐことはないようにされているという事。「HQより、第七戦闘団へ広域コール!」ラインブルク少佐との通信途絶。短波とはいえ、友軍部隊から指揮官の戦死報告。よっぽどお花畑の住人でもない限り、次の士官に可及的速やかに指揮権を引き継がせる。戦争慣れしている帝国にとって、指揮権の継承というのは稀ではあるが皆無ではない事態だ。そして、この戦争ではもはやあまりにも一般化している事態でもある。「現刻を持って第七戦闘団の指揮権をデグレチャフ少佐へ移譲。ただちに戦線の再編に当たれとのこと!」「デグレチャフ了解。HQへ送れ。」オーバーワークだと叫びたいが、克己の精神でこれを辛うじて抑え込む。第七戦闘団の次席指揮官として、この状況下で取りうる最良の決断を為すのが義務だ。義務である以上、忌避する事は契約違反。そのような、近代以前のバーバリアン共が行っていた不義を為すことは断じてできない。不鮮明ながらも、把握できている敵情を書き込んだ地図を引っ張り出すと状況の把握に勤め始める。さきほど、ラインブルク少佐の部隊が接敵したという報告があったことを書きたそうと背をかがめた時。・・・何かが背中をかすめる感覚。考えるよりも先に体が動く。咄嗟に頭を抱えて地面に飛びこむ。ほとんど、経験則から導き出されて大地に這いつくばり次弾を警戒。その直後に、天幕がぶち抜かれて外の建物に着弾した何かが兆弾する嫌な音。方位から察して、連合・共和国軍の防衛陣地至近から。「敵狙撃兵展開中!糞ったれっ、40㎜抗魔導狙撃弾です!」誰かが警告を叫び、ようやくのろのろと対応が取られ始めるが遅すぎる。民間の警備会社の方がまだ迅速に行動すると叫びたいほどにもどかしい。被害確認を行うまでもなく、その種の行為に使われる兵装については帝国軍魔導師ならば誰でも知っている。40㎜という非魔導依存の火器では最大級の破壊力を有する対物ライフル。最も、物よりも魔導師に向けられることが多いために対魔導ライフルと俗称されるほど魔導師の天敵だ。これに、干渉式の影響を受けにくい重金属類で形成した弾殻の弾を撃ち込まれることを考えるとぞっとしない。大半の重機関銃程度は数発直撃を受けても最悪防殻で防げる。だが、この40㎜は防御膜でほとんど減衰しない上に防殻すら貫通しかねない代物。連合王国御自慢の一品らしい。なんでも、キツネ狩りの伝統で狐の代替品としてしぶしぶ魔導師を狩っているとか。まったく、本当にスポーツと戦争だけはまじめにやる国め。いや、ケワタガモ猟の練習にされないだけましと思うことにしよう。「制圧射撃!抑え込め!」本来ならば、そんな危険物を近づけないための外周防御。それが、まったく機能していないことには本当に腹立ちを覚えてしまう。人が、真面目に働いているというのに。這いつくばって地面に横たわりながらも、砂を掴んでわめきたくなるほどの怠慢だ。我慢ならない。まったく周囲は何をしているのだと声を荒げたくなるほどのお粗末さ。40㎜なぞ人が担げる武器とはいえ隠せる範疇にあるものではない。与えられた部隊が第二線級でなければ意図的な怠慢と見なすほどの失態だ。感情を押し殺して、舌打ちはこらえるが腹立ちは収まらない。まともに警戒していれば、ここまで接近を許すこと自体がありえない。悠々と狙撃されるなど、本来あっていい話ではないし断じて許せん。危うく、頭を持っていかれる所であった。人類経済にとって貢献し得る合理的思考が野蛮な暴力によって断たれることへの恐怖。まったく、人的資本投資が一瞬で回収できない不良債権となるところだった。背が小さくなければ、本当に危ないところである。まあ、初めて背が小さいことに感謝したということだろう。後わずかに身長が高ければ、背をかがめたところで頭部に直撃弾を受けるところだった。咄嗟に思いついたのは、狙撃兵対策の基本。怪しいところをしらみつぶしに砲撃するしかないという古典的な解答だ。塹壕ならば、区画ごとにぶち込んでやればよいがここは砂漠。砂丘の陰に隠れられるだけでも索敵は大いに手間取ることになる。ならば、躊躇うことなく区画ごと攻撃するのが正しい。市街地では採用できずとも、砂漠ならば躊躇する理由もなし。「直掩は何をやっていた!?叩き出せ、今すぐにだ!」同時に、副官のヴァイス中尉が一時的に統制を確保。待機中の即応部隊を増援として出撃させることで狙撃手排除の音頭をとってくれる。おかげで、こちらとしては指揮系統の回復に専念できてありがたい。まったく、優秀な副官というやつはいつの時代でもきっと役に立つことに違いないだろう。人事局にいれば、即刻昇進と重用を進言しているほどの逸材だ。ともあれ、雑務を部下に任せるとやらねばならない仕事を優先順に開始せねばならない。のんびりと行動命令と情報が送られてくる前に状況を理解し対応を決定せねば大きな損害を受けかねないのだ。それだけに緊張感を覚えるが、ここで緊張を悟られるわけにもいかない。幸い、通信兵と通信機材は健在。コンタクトは保たれている。いつものように、笑顔で穏やかに事を処理していくべき状況。交渉と同じで虚勢を張るべきだろう。「指揮権を継承したデグレチャフ少佐だ。状況を報告せよ。」“つい今しがた、そちらの上司と同じような危機に遭遇しかけたよ”と親し気に笑いながら呼び掛ける。こちらが笑えるという事で、相手も二コリと微笑み返してくれる。結構な兆候だ。がちがちに緊張した新任が生き残りだったらこっちまで絶望してしまう。何事も信頼できる交渉相手やパートナーとの方が仕事はやりやすい。こんなことはビジネスに限らず全てに通じる真理だろう。「44大隊よりCP。指揮権を継承しました、カルロス大尉であります。」“お怪我はありませんか?”と付けくわえてくるのも高評価。いい根性をしている。この戦場でヒステリー症候群をおこされては、誤射するしかないのだから助かることこの上ない。突然上司が吹っ飛ばされたにもかかわらず、混乱しきっていないのは特筆に値する。こんな部下がいれば、きっと会社でも楽だったに違いないのだが。引き継ぎの困難さと、厄介さを思い起こせば本当にそういう点では軍に学ぶ点は大きい。企業経営を行う際には、ぜひともこの点を参考にした本を書くべきだろう。軍事戦略を経営戦略に応用したビジネス本も、確かに役に立つことが多かったことでもあるし、ニーズもあるに違いない。「カルロス大尉、デグレチャフだ。通信状況が悪い。改善は可能か?」ただ、厄介なことは画像処理の粗さだ。コンタクトは成功しているが、短波でしかも戦場ともなれば品質は最低限度というのもおこがましいレベル。「申し訳ありません。これが限界であります。機材ごと敵の狙撃兵にやられました。」「止むを得んか。よし、仕事の話にかかろう。」南方へ向かう船旅は快適だった。もとは、貨客船だったものを改造したためだろうか。これまでの旅程は兵員輸送船としては格別快適な船旅であった。思えば、その好待遇で気が緩んだのが不味かったに違いない。士官食堂で海軍自慢の昼食を堪能したグランツ達としては、久々にまともな食事にありついたという気分だ。この点に関しては、大隊長殿すら内海のクルーズとしてはまず及第点だとご満悦であられた。まあ、大隊長殿の行動があればこそこんなところにいるのだから少々思うところもあるのだが。・・・ライン戦線での越権行為未遂。本来ならば、大問題に発展しかねない火種であった。なにしろ、越権行為というよりもほとんど抗命寸前の暴挙だ。正規のルートで作戦が却下され、陳情が却下されるところまではまだ良かった。しかし、最後に司令官の胸倉をつかんでほとんど脅迫まがいの事までやっては揉み消せるはずもない。その制止を振り切ってまでの強行されかけた出撃。あの謹厳実直を絵にかいたような大隊長殿が、だ。副官として長く付いてきたヴァイス中尉殿をして軍法会議ものかと呟かせるほどの事態。ほとんど、一時期は“召喚命令がいつ届くか”という状況だった。だが皮肉にも、それは外部の敵によって問題が吹き飛ぶことで解決されることになる。『連合王国の介入。』名目こそ、共和国に依頼されての停戦交渉の仲介。最も仲介の停戦交渉なぞ名分であることは誰の目にも明らかだった。あまりにも一方的な条件の通告。そして、一方的な最後通告の添付まであった。当然、誰もが予想した通りに物別れとなる。さらに、予想外の事として共和国政府が徹底抗戦を宣言した。帝国への条件付き降伏を是認する前提で共和国と行われていた和平交渉。其れに対して、脱出した残存部隊を率いるド・ルーゴ将軍が国防次官として徹底抗戦を宣言。もちろん公式には帝国に占領された首都に政府があるが、共和国軍部隊はド・ルーゴ将軍についた。大方連合王国の傀儡だろうという予想とは裏腹にド・ルーゴ将軍は自由共和国を宣言。南方大陸の植民地を糾合し、対帝国戦争の継続を訴える始末。そして、もともと叛乱が相次いでいた南方大陸にいる共和国軍の戦力は地方警備軍と称するには重装備すぎた。なにより、対連合王国を視野に入れて配備されていた魔導師部隊が物を言う。帝国軍参謀本部が頭を抱え込むことになったのはいうまでもない。連合王国と同盟を結んだ自由共和国はそのすべてを対帝国に活用できるのだ。大陸本土に一定以上の戦力を残しつつ、南方大陸情勢を打開する。この難題の前に、うちの大隊長殿は切り捨てるにはあまりにも惜しかったらしい。さすがについぞ庇いきれなかったのか、叙勲の申請は取り下げられたらしいが。しかし、この結果として有力な魔導師戦力の貴重性が改めて意識される事となる。グランツらの給与もこれでだいぶ改善されたのはうれしい誤算だった。引き上げられたとはいえ、南方の砂漠まみれの地では使い道がない給料だったが。過酷な環境で有名な南方大陸。連合王国と共和国の植民地を叩くことで、継戦能力を欠如させるという戦略は悪くない。『締め上げるのは、悪くない戦略だ。』ヴァイス中尉殿や大隊長殿も基本的にこの点に関しては同意を示されている。問題は、この南方大陸へ派兵される部隊は第二線級の部隊が大半だということだろう。かき集められた予備役や補充兵らの質は恐ろしく訓練が不足している。ライン戦線では殻も取れないひよっこ扱いだったグランツですら、一人前と見なさねばならないほどだ。(だからこそ、ラインで鉄の洗礼を受けた部隊に利用価値が見出されたのだが。)口さがのない古参兵らは軍団長のロメール将軍がいつ癇癪を爆発させるかでかけ始めた。ちなみに、一番人気はすでに爆発させたである。そんな具合だ。ベテランが多いだけに、うちの大隊は大歓迎されているらしい。ロメール軍団長からは諸手を挙げて歓迎されているという事は、割り当てられた兵員輸送船を見ても明らかだろう。明らかに、期待されている。期待されていると考えられるのは悪くない。・・・そんなことを思った自分を殴り飛ばしたい。ヴォーレン・グランツ魔導少尉は軽く脳内で過去の自分を殴り飛ばすと、目前の事態に対処するべく行動する。任務は単純明快。この起伏だらけで視界が最悪の砂漠地帯に潜む狙撃兵の排除という任務。いちいち索敵しても見つからない以上、怪しい領域ごと悉く爆裂式で吹き飛ばす。おかげで、ただでさえ最悪の視界が信じられないほど最悪の視界になってしまうのが難点だ。『司令部より各員へ。繰り返す、司令部より各員へ。』その上砂漠の砂塵は、頑強な歩兵用ライフルすら動作不良にしてしまう。機械の類にいたっては絶望的だ。演算宝珠はまだ大丈夫だが、干渉式を封入する弾丸はこまめな確認が必要な戦場。そんなむちゃくちゃな環境下でロメール軍団長はいきなり機動戦をおやりあそばすらしい。飛び込んできた命令は、予定に変更がないことを促すためのアナウンス。『両翼を閉じよ。繰り返す、両翼を閉じよ。』上陸と同時に、機動戦。補給や兵站線の確立といった諸要素で時間がかかるだろうと敵が油断した隙を襲うのは大賛成だ。『フェアリー01より、第七戦闘団。聞いた通りだ。戦線を押し上げる。』『ツェルベルス01より、第三戦闘団。第七戦闘団に続く。突破支援だ。』問題は、中央が敵を拘束している間に迂回軌道で後方に回り込み包囲せん滅というドクトリンにある。海側から迂回する連中はマシだが、この砂の中を迂回機動せよといわれる側はたまったものではない。目印になるようなものも乏しい砂漠を、長距離行軍。しかも、戦闘速度でだ。第七戦闘団と第三戦闘団の練度を考えると、それだけで帰りたくなる。『編隊飛行用意!脱落に留意せよ!』「ビーコンを確認。大隊長殿直卒であります!」編隊飛行命令。CPからの命令に従って受信機能を確認。やはり、というべきか。誘導ビーコンを発しているのは大隊長殿だ。デグレチャフ少佐殿が先頭で飛ばれるらしい。戦闘団の連中は単純に驚いているだけだが、どれだけ其れが厳しいことか。戦闘指揮をしながら誘導する。ほとんど、人間離れした処理能力の頭脳を持ち合わせているに違いない。自分ならば、航法に気を取られて絶対に指揮など取れないに決まっている。そんな思いに駆られながらも、グランツ少尉も手慣れた動作で用意を急ぐ。砂漠での高機動戦は初体験だが、基本的にはいつもの事。割り切ってテキパキと用意を行うところは、短いながらも徹底した反復動作によって身に付いたものだ。「失明したくなければ、ゴーグルを確認しろ!」同時に、若い士官として彼は柔軟性と適応性にも富んでいた。砂漠で戦闘と聞いた時点で、デグレチャフ少佐がより大きな航空用ゴーグルを持ち込んできたのをいち早く理解できた一人だ。大きく重い新型ゴーグルに散々不満が出たにもかかわらず、グランツ少尉も着用を部下に徹底させていた。ある程度、光量を調整できる上に砂塵対策にもなる。この厳しい南方大陸の環境で戦うためには絶対に必要な装備だと直感で理解できたのだ。『フェアリー01より、第七戦闘団。進軍を開始。』「よし、行くぞ!」そんな装備をまとった上での戦争。何処だろうと、どんな環境だろうともグランツ少尉の属する国家と異なる国家らはその地を欲しているのだ。帝国軍参謀本部、戦務・作戦合同会議「定刻です。」若い士官が、開幕の時刻になったことを緊張した口調で宣告。「では、これより北方戦線の集結と其れに伴う対連合王国プランの検討会を開催いたします。」その内容は、帝国軍の基本方針を決定するものだ。当然、参加者は参謀本部参謀総長以下盛大な顔ぶれがそろっている。議題は、単純明快。この戦争の大方針を巡る意見対立の調整にある。「まず、終結した北方戦線についてですがお手元の資料をご覧ください。」ようやく終わった。そう形容するのが一番ふさわしい北方戦線の制圧。年明け早々の吉報だが、すでに遅すぎたという感が否めない。戦力・国力で圧倒した上でここまで粘られたのだ。もちろん、諸列強の援助があったとしても限度がある。それだけに、列席する将官らの表情に浮かぶものは喜びと程遠い。事後報告を受けて承認するのは仕事ではあるが、彼らの主たる関心は今や連合王国と共和国。協商連合はせいぜい軍政の問題に過ぎないと割り切っている。後は、戦務と作戦が必要な戦力を抽出して軍政統治の担当官でも決めれば済む話。「では、この件につきましては人事局とも諮った上で軍政官の選抜にあたるものといたします。」さして議論がこじれることもなく二、三の細かな補足質問のみでこの件はあっさりと承認された。そして、会議の本題はその次の案件である。「続きまして、ゼートゥーア参謀本部戦務参謀次長より発議されております南方大陸作戦についての審議を行いたく思います。」司会役に促されて立ち上がるゼートゥーア参謀本部戦務参謀次長。先日、共和国軍の誘引撃滅計画の功績によって昇進したゼートゥーア少将の提出した計画は参謀本部を二分した。連合王国本土への大陸軍による牽制計画。同時に、二線級部隊を抽出しての南方大陸作戦。一見すると、南方大陸の攻略に重きを置いているかのような作戦だ。しかし実際にはほとんど消極的な戦線再編策であり、防御を意図しての立案だと軍内部では受け止められている。もちろん、南方大陸を主戦場とすることで帝国の外で戦争をやるということは国防上望ましい。植民地の防衛は、本国との距離がある分連合王国の兵站線を痛めるだろうという分析も一理ある。だが、主力部隊を温存しつつ再編するための時間稼ぎ。それを効果的な嫌がらせとして行うという目的の下に立案されたのが本計画だ。一部からは、あまりにも消極的に過ぎるという酷評も漏れ聞こえ始めている。単純な話として、温存している主力を連合王国本土へ向ければどうなるか。当然、敵は植民地と本土の双方を守る必要に迫られる。そうなれば、本土を守るために植民地の戦力は不足することになるだろう。意味するところは、いうまでもなく植民地攻略が容易になるという事。そして、攻略に成功すれば連合王国の継戦能力を削ぎ落し自由共和国とやらの基盤を崩壊させるだろう。これらの連中も、南方大陸作戦そのものは有効と認めている。つかう部隊はそれほど抽出が困難ではない。加えて、作戦の実行によって連合王国本土攻略の障害も減らすことが可能だと彼らも評価している。だが、同時に直接大陸軍でもって連合王国本土を叩くべしと高らかに主張しているのだ。そうすれば、戦争が終わると主張して。「南方大陸で消耗を敵に強要。その間に占領地域のパルチザン平定と部隊の再編こそが急務と判断いたします。」対するゼートゥーアの思いは真逆だ。連合王国本土の制圧を楽観できないし、制圧したところで帝国は疲弊しきっていることだろう。どこから、横やりが加えられることか。「異議あり!大陸軍は即応可能。防備の固まる前に連合王国本土を強襲するべきです!」「海軍戦力の差を思い起こしていただきたい。制海権が確保できていない。」同時に、現実的な問題として連合王国海軍の優越という問題も横たわっていた。帝国海軍は質・量ともにやや連合王国海軍相手には厳しいというのが一般的な見解だ。元々、大陸国家である帝国にとって海軍戦力は急速に拡充されてはいるのだが劣る分野。「そのためにも、航空・魔導戦力による制空権を確保するべきでしょう。」もちろん、ここに参加するような将官ならば誰でも知悉している実態だ。個艦性能では、連合王国に勝るといえどハードだけで勝てるほど戦争は簡単ではない。訓練や技術といった要素は無視できない上に、数は絶対的な要素の一つ。その差を補うのが、帝国では航空戦力と魔導師なのだ。当然、その流れからいえば航空戦力と魔導師の活用によって敵を消耗させるのは想定されている。航空・魔導戦力による制空権確保と、対艦攻撃で敵に摩耗を強要。其れ自体は一般的とも言える発想だろうし、帝国軍も用意ができている。だが、想定されているのは海峡突破といった戦術的要素。「相手の土俵で消耗戦というのには、賛成いたしかねる。」長期的に敵戦力を摩耗させるために、こちらから消耗戦を仕掛けるには少々どころではなく相手がまずかった。列強のホームベースで消耗戦というのは、下手をすればこっちが先に息を上げかねないリスクがある。本土防空戦ともなれば、敵の戦意は当然高揚する事だろう。撃墜されたところで、すぐに戦線復帰も可能だ。対して、こちらは撃墜されればその時点で運が良くて捕虜ということになる。同じ程度の損耗率には耐えられない以上、常に損耗を抑制しつつ相手に損耗を強いねばならない。可能性がないわけではないが、まぎれもなく難題だ。「時間こそ恐れるべき要素です。相手の防備が固まってからでは遅すぎる。」だが、同時に防御の固められた敵本土への侵攻作戦というのも無謀と言えば無謀。幾人かの参謀らは、速戦こそが唯一の解決策と思いつめた上での攻勢計画の主張を行っていた。そうしなければ、ライン戦線規模の敵重防御陣地や要塞群を相手取る羽目になる、と。「その間に、こちらも防備を固められる。状況は同じかと。」ゼートゥーア少将の腹は単純だ。占領地ではなく軍が帝国を守ると信じている。そうである以上、占領地の拡大よりも軍の温存が最優先。いうまでもなく、相手に出血を強要しつつではあるが。つまり、戦争を終えるために何も連合王国本土を制覇する必要性を彼は認めていない。それどころか、泥沼化する最悪の方策だとすら思い始めていた。もちろん、この考えを表だって公言する訳にはいかない。共和国を撃破したと鼻高々の連中は、聞き入れるわけもないだろうし大人しく聞き流すとも思えないからだ。だからしぶしぶ限定攻勢を提案した。出血を最小限に抑えつつ、リターンが見込める作戦に絞ってだ。腹の底にしまった本音を隠しつつ、消耗抑制策を主張する。それ以外、ゼートゥーア少将には選択肢がないのだ。( ̄ノ日 ̄)更新後の一服※たぶん、ちょっと次回の更新はまた今度になるかと思います(-_-;)・・・あとがきライン戦線後2カ月が経過した時点からです。さっそく○フリカへ。ただ、バトルオブブリテンやりたいなぁ、というところです。リボン付の死神とかどしよう。本土防空戦に出す?とか考えています。次回の流れ。、停戦⇒交渉決裂⇒自由共和国成立ド・ルーゴ将軍と愉快な仲間達が南方でお客さんを歓迎する話です。次回、『歓迎しよう、盛大にな!』お楽しみに。10/17 誤字修正ZAP