南方大陸へ配属される部隊を初めて一瞥した時の感情は今でも忘れられない。軽装の歩兵師団、それも補充兵と予備役兵からなる新編の。申し訳程度に用意されているもう片方の師団とて、御世辞にも満足な部隊とは言い難かった。額面戦力はともかく、ライン戦で相当消耗した師団だ。数字並みの戦力を期待することすらおぼつかないとなれば、まともな指揮官ならば誰だろうと頭を抱える。参謀本部に陳情し、増強を要請したが返事は梨の礫。耐えきれずに直接申し入れ、ようやく得られた解答が一個増強魔導大隊の増派。思わず喝采を叫びかけた気分の高揚が反転したのは、指揮官の勤務評定を与えられた時だ。士官学校より一定の評価曰く、野戦将校として必要水準を満たすと認む。陸大より一定の評価。曰く、望みうる将校としての水準を満たす。これらの評価自体はまあ好意的なものだ。だが、平時ならばともかく今は戦時。そして現場での評価は散々だった。北方より酷評。曰く、指揮権に対する明確な異議申し立てにより配置転換となる。西部より講評の拒絶。曰く、功罪相反するために評価しがたい。なお、抗命未遂あり。技研より玉虫色の評価。曰く、成果はあるもののプロジェクトの採算性が最悪。もちろん、司令部から見た評価だ。野戦将校として直卒する兵からの評価は高いらしい。だが、部下として与えられるにはこれほど使いにくい部隊も珍しいだろう。命令には従うものの、上層部の方針に異を唱える魔導師というのは忌避される傾向がある。なにより、扱いにくい。悪いことに、将校としてはともかく個人としては恐ろしく優秀な魔導師との評価が付いている。ライン戦線で撃墜トップを競える程の力量。おまけに、あのライン戦線で強行突破や伏撃を平然とやってのけている野戦将校。ある士官が評して曰く、『狂犬』だ。二つ名の『白銀』がもつ優雅さとは程遠い響きだが的確な響きだと感心した。共和国からは『ラインの悪魔』とまで呼ばれたらしい。ともかく、純粋に魔導師としてみれば優秀無比。指揮官としても決して力量は悪くない。なればこそ、厄介払いも援軍という名目で行われるのだろう。率直な印象は、面倒事を押し付けられたというものだった。「・・・首輪の付いていない狂犬の御散歩にでも行けというのか。」偏見といえばそれまでだろう。ともかく余計な予備知識を持っていたのは事実。それだけに、デグレチャフ少佐が着任の挨拶に来たと知らされた時は身構えていた。淡々と儀礼的な挨拶に終始し、ともかく相手を見極めようと悪い癖もでていた。同じくらい、相手も淡々と儀礼的な応酬に興じていたので少なからず驚かされたが。多くの魔導師や士官は誇り高い連中だ。こんなところで官僚じみた迂遠なあいさつで歓迎されれば少しは動揺するものと思っていた。それが、まったく動じることなく淡々と空疎な社交儀礼の応酬になるとは。まさか、これでお勉強ができるという理由で士官学校から評価されているのではないだろうな?思わずそんな危惧すら脳裏をよぎったのは、実戦将校としての危惧だった。どうしたものかと悩んでいた時、“最後に”とデグレチャフ少佐は口を挟んだ。「閣下、私の部隊ですが独自行動権を頂きたく思います。」ご丁寧に、『参謀本部は、これに同意しております』と続けてだ。“噂には聞いていたが、まさか本当に指揮系統から外れる権限を要求してくるとは。”正直に言えば、北方や西方が持て余したのが一瞬で理解できる。魔導大隊が指揮系統からごっそりと抜け落ちるのは、ほとんど一個師団が欠落するようなものだ。別系統の指揮権を容認するなど、本来は指揮官として到底許容できるはずもない。「言うではないか!それで、デグレチャフ少佐。それだけの口上を垂れるのだ。それだけ使えるのだろうな?」だが、彼女は私の反応が気に入らなかったらしい。能力への疑義に対して、不服とばかりに沈黙を貫く。上官の問いかけに対する態度としては、ほとんど信じられない程の態度だ。跳ねっ返りの強かった自分ですら、これほどではない。「どうなのかね?」思わず、語気を強めて答えを促していた。これで答えがなければ、参謀本部がなんと言うともつっ返してやると心に決めて。「お言葉ですが…小官は答えようのない問いに答える手間を省いたに過ぎません」「…なに?」だが、返された返答に思わず問い返してしまう。「小官は軍人であり口舌の徒ではありません。口舌で戦働きの証明は致しかねます」急な語調の変更。尊大な態度も相まって強烈な皮肉を感じさせているだろう。「仮に為し得たとしても、閣下にご納得頂けるとは思えません。それゆえ、お答えいたしかねます。」言葉は耳から飛び込んでくる。それは、よく聞きなれた明晰な帝国発音の帝国公用語。聞き取りに何ら支障のない鈴なり声。それでいて、一瞬意図するところが理解しかねた。理解が咄嗟には追いつかない言葉。即座に理解しかねる。そして、しばしの硬直後ようやくロメールはその言葉の羅列が持つ意味に理解が及んだ。「…つまり貴官は百聞は一見にしかずと言いたいのか。」「解釈はお任せ致します。閣下、どうか私と私の隊を御信頼ください。」静寂。目に浮かんでいるのは、真摯なものだ。だが、意図しているのならばそれは狂気に他ならない。我知らず唖然とする。信じられないものを見たとしか形容しがたい思いである。思い当たるのは、たった一つ。『前線症候群』暗喩ではあるが、馬鹿なことを聞くなという警告。同時に、力量を理解できないのかとばかりの脅迫。それでいて、本人は極めて真摯に対応している。傲慢だ。同時に、恐ろしいほどに単純明快に歪んでいる。何も信じていない。上層部の力量も、戦略も、友軍すらも信じていないのだろう。それでいて、ひたすらに忠実。ひとえに国家の番犬たらんとする異常者だ。不服従は理解できる。彼女はただ、国家に忠実であらんと務めただけ。有能な狂人である。何よりたちが悪いことに、自身の歪みを自覚していない。「・・・少佐。私は貴官を信頼するに足る材料を持ち合わせていない。」狂っている。しかも、有能だ。そして誠実無比。「口舌の徒として、武勲を述べることも無為。御用命を賜りたく思います。」実に、実に明瞭な意見。言葉ではなく行動で結果を示すという態度は好感が持てる。通常ならば。力量に驕っているのではなく、力に溺れるのでもなく淡々と告げる態度。何が可能で、何が困難かを見極める才能もあるのだろう。そうでなければ、一見すれば火薬庫で火遊びするようなことはできまい。限りない実力に裏打ちされた狂気だ。狂っているとしか思えない。「力量が見たい。ああ、勘違いするな。戦略家としての判断をだ。」見てみたいという思いがある。英雄とでも、狂人とでも、戦友とでも呼んでやろう。だから、力量を示すべきだ。単なる狂気に侵された猛獣なのか?それとも、狂った知性を持つ狡猾な獣なのか?「遊撃任務を与える。第二陣でやってもらいたい。」ある程度自立的な任務を与えることで判断してみよう。まあ、結果は予想が付くが。「かしこまりました。ご期待には応じましょう。」見たまえ。あの凶悪な微笑みを。喜ばしげな喜悦の表情を。戦う場を与えられて歓喜する姿を。きっと間違いなく彼女は最悪の知人になるだろう。そして、確実に頼れる戦友になるだろう。今晩は寒いですね。まあ、今晩に限らず砂漠の夜はとにかく寒いのですが。北方帰りの我が大隊ですら寒がるとはこれいかに。ごきげんよう。私達は帝国軍人です。つまり、軍人ということであります。行けと命じられれば、どこへでも参りましょう。帝国のためとあらば何処へでも。忠勇なる帝国軍戦友諸君並びに、親愛なる帝国臣民のみなさま。ターニャ・デグレチャフ魔導少佐より、敬意と共に敬礼を奉げさせていただきます。『祖国万歳!皇帝陛下に栄光を!』そして、親愛なる朋友及び盟邦諸国の皆さま。申し遅れました。帝国は、私の祖国は皆さまを必要としています。くれぐれもご自愛ください。「ロメール閣下、具申したいことが。」そろそろ夜の帳も下りようかという刻限。空軍ですら本日最後の空中偵察報告を投下し終えた。当分は、静かな夜になる。最も、地上軍の参謀らはこれから乏しい光源や機材の中で分析する仕事が待っているが。それだけに、野戦将校が意見具申をこの時間帯に行うという事は少々以上の驚きをもって受け止められる。一体何事だろうかと。不審に思うという事ではない。ただ、疑問を純粋に覚えるのだ。一体、野戦将校が何を心配しているのだろうかと。「何か?」それでも、一応聞くだけは聞いてくれる上司というものは素晴らしい。部下のインセンティブを高めてくれる上官を持てたことは軍生活では最高の環境だろう。こういう相手である。ある程度、双方の利害を尊重しつつやっていけるだろう。「先行偵察の御許可を願いたく思います。」口にするのはもちろん、本音は隠しつつ双方にとって利益のある提案。本音は危険を犯したくないというもの。魔導師というのは、性質的に強行偵察やら追撃戦、はたまた先鋭としての突撃を命じられがち。各個撃破するとはいえ、毎回毎回この種の作戦行動を取らされてはたまらないというものだ。「奇襲の意図が露呈しかねない。意図するところは?」「敵情把握に不備があるかと。」そして、建前としては敵情把握。もちろん建前とする以上は完全な理論武装を行う。軍というものは、ある程度までは合理的なのだ。理屈が通らないことも多々あるが、かといって理屈を完全に無視できるものでもない。(当たり前だ。なにしろ、物理法則を捻じ曲げる理屈を唱えたところで敵は倒せない。)「偵察部隊は出しているはずだが?」「我々は現状ほぼ空軍の偵察部隊に依存しています。」現実問題として、進軍中に偵察行動というのはかなり無理がある。確かに野営中に偵察部隊を出すというのは、一見すると尤もらしい。だが、目印も何もない夜間の砂漠を一般の歩兵で偵察するというのはほとんど無理難題だ。そこで、航空機に頼る。仕方ないと言えば、其れまでだ。「加えて、夜間偵察に難があります。」そもそも、急な進軍だ。偵察行動もほとんど満足に行われていない。もちろんそのことを危惧しない程帝国軍はおめでたくないだろう。だから、偵察機が飛ぶのはよい。しかし、夜間に航空機が対地偵察できるかといえば、技術的な制約が大きすぎる。「それらを差し引いても、情報が偏りがちかと。」偵察行動は近隣の航空艦隊により行われてはいる。だが、燃料と敵航空戦力下という問題を抱えてだ。いくらパイロットが誠実かつ懸命に任務を遂行したところで限界がある。空軍の偵察結果というものは、一つの側面しか見られないのだ。依存しすぎれば、情報の偏向のみならず誤解すら招きかねない。「懸念がある以上、警戒行動をする必要があると確信いたします。」つまり、建前であれどもそう簡単に無視できないもの。同時に相手方にとっても利益のでる提案だ。双方にとってウィンウィンとなる提案を行えることは、私にとっても誇らしい。「・・・よろしい。認めよう。」「感謝を。さっそく大隊を出します。」礼を述べつつ、退出。即座に大隊を呼び出す。即応待機中だけあってヴァイス中尉が出るまでに1コール。見事だ。満足しつつ、出撃を伝達。夜間の長距離偵察。それも、砂漠でだ。航法器材は念入りに確認する必要がある。なにより、砂嵐の際に通信が途絶する事を考慮すれば備えはしておくべきだろう。砂漠特有の気象状況や環境相手に単独行動する部隊としてできる備えは全てする。そして、索敵エリアの策定。索敵線を形成するために扇状に部隊を散開させつつ、一定の地点で集合。状況が状況だ。“分散進撃中”の共和国軍相手に対抗するためには敵影捕捉が不可欠。同時に、危険なエリアから遠ざかりつつ功績をたてられると思えば完璧だ。偵察任務という事は、発見次第帰宅すればいいだけの話。強行偵察で無いので、今回は随分とマシだ。もちろん、顔には出さないが楽をできて大変満足である。おまけにどこまで飛ぼうとも接敵報告がない。敵に遭遇しないという事は、危険がないという事。安全なのはよいことだ。てっきり、逃げ帰ることも覚悟していたのだが。寒くて静かなよい夜だ。北方帰りにしてみれば、雪がないだけまだましとも言える。それにしても、静かすぎるが。「・・・そろそろ接敵してもおかしくない。警戒強化。」「はっ。」「総員、対地・対空警戒怠るな。接敵予定時刻が近い。」敵がこちらの索敵に警戒するというのは理解できない話ではない。分散進撃を隠匿しようとするのは、合理的な行動。こちらもそれを前提に注意深く索敵行動を行わざるを得ない。だが、飛べども飛べども接敵なし。どれほど飛ぼうとも敵影どころか我ら以外の生命体すら見かけない。「フェアリー01よりフェアリー。」何もないというのは、普通は歓迎。とはいえ、何事にも例外はある。「各指揮官は、状況を報告せよ。」「第二中隊、コンタクトなし。我ら敵影をみず。」「第三中隊、我の他に影なし。」「第四中隊、ノーコンタクト。」例えば、あるべきことがないというのは気にすべき事態だ。「・・・おかしい。」さすがに、これはありえない。敵がいないのだ。いうなれば、アスターなんとやら宙域の逆バージョン。・・・逆バージョン?計画では分散して進撃してくる敵を各個撃破することになっている。なるほど、集結されれば手に負えない。だが、三分割されれば我々の方が数的・質的優位で持って圧倒し得るだろう。だが、違うのだ。ばらばらの敵を襲うつもりが、敵が集結している。○スターテでは、各個撃破できたが今度は単純に倍する敵に襲われるとすれば?それこそ、こちらの理屈が逆用される。分割されていれば勝てようが、集結されては手に負えない。「HQにつなげ!至急だ。」共和国軍の連中、分散進撃で馬鹿をすると思ったが。慢心した!罠だ。これは、罠にちがいない。「嵌められた。敵はここにいない。」どこに?決まっている。戦力集中の原則を果たしたに違いない。持ちえる資源の有効活用に努めたのだ。当然、投入されているのは主戦場だ。偵察行動中の部隊として、意味するところは明白。即座に司令部へ一報を入れるしかないだろう。名目とはいえ、偵察行動義務もある。そういう事なれば、ある程度のつじつま合わせ程度を行うべき。「・・・しかし、どうしたものか。」敵が集結しているとあれば、単純な戦力比で圧倒されている。こちらの軍団は、各個撃破という蜜に誘われて前進済み。単純に後退したとしても、敵は其れこそ邪魔されることなく分散進撃できるだろう。そうなれば、破局だ。さて、ここで自分はどうするべきか。友軍の援護に戻る?論外だ。圧倒的優勢な敵の包囲下に置かれた友軍救出とは要するに、死んでこいという事。絶対に御免蒙る。友軍の撤退支援を行う?これは、難しいだろう。側面を包囲している敵を突く程度はできるかもしれないが・・・。突破口を形成したところで、維持できるかどうか。むしろ、維持するために踏みとどまることを考えれば危険すぎる。逃走するか?だが、絶対に軍法会議が待ち構えているに違いない。敵前逃亡だ。おまけに、友軍を見捨ててというおまけがつく。銃殺兵が送られてくるか、こっちが送還されるかはオプションに過ぎないだろう。誤魔化そうにも、限度がある。状況を整理して考えるべきか。目的は、生存と保身。そのためには、友軍を見捨てたと見なされないことが必須。同時に、その結果として友軍の被る損害の程度は軽い方がよい。もっとも、軽い方がよいに過ぎないという程度だが。では、名誉を保ちつつ逃げるにはどうするか?戦史を紐解けば、撤退戦ほど過酷なものはない。加えて、逃げのびたところで守るべきものを守れた事例はあまりにも乏しいだろう。だが、両者を充たす事例も歴史は教えてくれる。例えば、関ヶ原の戦いだ。あそこで、東軍と西軍が激突した時の事は有名だろう。裏切り、策謀、躊躇?何れにしても、そこから学ぶべきことは多い。そして、敗軍の末路は哀れを極めている。ほとんどは、領地没収か少なくない石高を召しあげられていた。だが、もちろん例外もある。敗戦していながら、まったく手を付けられない程の連中も不思議なことにいるのだ。その名も鬼石曼子。・・・シマーヅ一族?つまり、敵中突破して帰れば敵前逃亡じゃなくなるという理屈か。いや、でも、正直に言おう。敵中突破して帰るって、無理難題にも程があるだろうと。「・・・勝ったな。」「はい、閣下。」目前の光景は、ほとんど共和国軍にとって夢見たものだった。分散進撃するという偽報で敵を誘引。そして、集結した戦力で包囲撃滅寸前。ド・ルーゴ将軍としては、万全の備えで望んだ反攻作戦の第一歩でもある。当然ながら、ここまでやってきたことが効果を出していることの安堵も大きい。長かったが、帝国軍をここで撃滅できれば南方大陸の守りは固められる。大陸反攻への足がかりを強固なものに。ようやく、それが手の届くところに来たのだ。だから。鳴り響く警報音は酷い音だった。「だ、第228魔導中隊より、メーデー!」何が起きているのだろうか。ほとんど、そんな顔をした通信兵が救いを求めるような顔で報告する。「第12魔導大隊よりエマージェンシー!突破されかけています!」戦況を表す記号が書き込まれた地図。それが意味するところは、右翼に位置する魔導師部隊がほとんど突破されかけているという事実。誰もが、誰もが信じられないでいた。「第七師団司令部より、至急報!敵一個連隊規模と思しき魔導師、右翼を強襲中!」「何だと!囲んだのではないのか!?」ようやく届いた敵情報告。一個連隊規模の敵魔導師!?冗談ではないと叫びたいほど、この状況下では嫌な知らせだ。包囲するのを前提にした配置。両翼は敵の側面を攻撃する前提で対地攻撃に特化している。敵の厄介な魔導師を阻止するのは、中央に分厚く配置された魔導師の任務だ。一応、大隊程度の魔導師を阻止できるだけの魔導師は両翼とて有する。だが相手が、連隊規模となれば。それこそ、この戦場にいる帝国軍の魔導師がほとんど全て包囲下にないという事を意味しかねない。「馬鹿な!では、中央の魔導部隊は何と戦っているというのだ!?」しかし、それでは事前情報と整合しないではないか!思わずド・ルーゴは言葉を失い地図を睨みつける。こちらの魔導主力は現在敵魔導師と交戦中。数的優位故に、優勢を保っているとの報告をつい先ほど受けたばかりだ。まさかとは思うが。数的優勢を保てているのは、敵が一個連隊規模で魔導師を抽出したからなのだろうか?だが、それでは敵がほとんど旅団規模の魔導師をこの戦場に投入していることを意味しかねない。多くても、連隊規模。それが、予想されている敵の魔導師戦力のはずだ。「確認しろ、連隊規模なのか?」頭の冷静な部分が、本当にそれは連隊規模なのかという疑念を生み出す。例えば、敵がなにがしかの欺瞞措置を取ってこちらを誤解させているのではないか?或いは情報の混乱が産み出した誤解ではないだろうか、と。だが、同時に飛び込んでくる各部隊からの報告は?それが何を意味するのだろうかということはわかる。納得できるかどうかは、まったく別の問題だが。「ド・ルーゴ閣下、既に二個中隊が落とされております。」なにより。参謀らの呆けた表情が物語ることは、よくわかる。二個中隊規模の魔導師が叩きのめされたという事は、少なくともこれを一瞬で圧倒できる敵部隊が存在するということだ。抵抗の末に撃破されたというならばともかく、第一報がメーデーだというのは尋常な戦力差ではない。「第12魔導大隊が突破されつつあることを思えば、少なくともこれに倍する程度の戦力ではないかと。」加えて、直掩に宛がわれていた第12魔導大隊からの悲鳴のような報告。突破されつつあるというのは、遅延防御もままならないという事だ。右翼の師団から支援を受けても、突破を阻止し得ない程だというのだろうか?「っ、中央の魔導師を支援に廻しましょう!このままでは、包囲を突破される!」あまりのことに考え込み始めたド・ルーゴの頭。それを再起動させたのは、叫ぶようなビアント大佐の声だった。あまりの事態に一瞬凍りついていた参謀らの中から、いち早く復活したビアント大佐。遅れながらも、他の参謀らも事態への対処策を理解し始める。右翼の砲列が叩かれては、敵の離脱を阻止し得ない。ならば、右翼を援護する。・・・至極まっとうな話に過ぎない。だが、すこしばかり相手は真っ当ではないのだ。「第5魔導大隊よりHQ、敵魔導師、我へ急速接近中!」「馬鹿な、砲列を叩くのではないのか!?」辛うじて中央から予備の第2魔導大隊と引き抜いた第一混成魔導連隊を右翼へ派遣した直後。それまで右翼で暴れ回っていた魔導師らが突如としてその進路を変更した。右翼への援軍阻止ですらない機動。それは、壊滅寸前に見えた右翼包囲網の撃破を意図した行動ではない。それは、右翼へ向かった増援部隊を相手取るための行動でもない。それは、共和国軍中央集団への吶喊だった。「・・・悪魔のような連中ですな。」そして、それほど時宜を得た行動もない。この場にいる誰よりも、魔導師について知悉していたビアント大佐は敵の意図が理解できた。それが、理解できた。右翼を叩く行動そのものは、目的の一つに過ぎないのだろう。共和国が事態を放置しておけば、帝国は右翼を突破して離脱すればよい。では、真っ当に共和国が右翼を増強すればどうするか?簡単だ。右翼を増強するために抽出された中央を叩くのだ。まさか、左翼から右翼へ部隊を動かすわけにもいかない。そうである以上、右翼の敵部隊を牽制するために部隊が抽出されるのは中央。一直線に魔導師が突入するとして、ほとんどノイズや通信障害でこちらの索敵は一時的に麻痺する。そうなれば、増援部隊が出撃した徴候を帝国軍が捕捉し動けばどうなるか?ようやく右翼の防御に付きつつある魔導師らは、中央が襲撃される決定的な一瞬に遊兵化させられてしまう!ほとんど、悪魔じみたレベルでの対応だ。理論上、可能かどうかというものをあっさりと敵魔導師部隊はやってのける。帝国軍魔導師の恐ろしさは、知り尽くしているつもりだったのだが。「ド・ルーゴ閣下、お下がりください。」「何だと?」「敵の狙いは、ここです!連中は、奴らはラインでやったことを再現するつもりなのです!」“外科的な一撃”で司令部を刈り取る。誰もが、夢物語と嗤うそれを帝国はライン戦線でやってのけた。厳重無比に防御陣地の形成されたライン主戦線を突破し、あまつさえ要塞化された司令部が落ちたのだ。あの時、前線部隊が被った混乱はほとんど筆舌に尽くしがたい規模に及ぶ。・・・ましてや、今の共和国軍にとってド・ルーゴ将軍の代わりはいない。自由共和国軍という名称からして、苦心の作なのだ。共和国軍の頭となれる将軍が倒れれば、後は纏まった抵抗は難しい。帝国軍にしてみれば、それこそ南方派遣軍団すべてが全滅しようともド・ルーゴ将軍と刺し違えれば勝利だ。いや、この状況では帝国軍の撃滅は困難。帝国にしてみればせいぜい叩かれたという程度か。そして、それを阻止するためにこちらの火力や部隊を突入してくる魔導師に向ければどうなる?少なくとも、当初の作戦目標は絶対に達成できないだろう。「諸君、閣下を御守りしたまえ。正念場だ。」ラインでは突破されたが、ここは断じてそうさせるわけにはいかないのだ。あとがきつまり、今回はどんな感じよ?※①ロメール『アスターテで分散進撃してくる連中を各個撃破だ!』 ②ド・ルーゴ『馬鹿め!集結した戦力で単純に圧倒してやるわ!』 ③ターニャ:じゃあ、逃げるんで戦う真似だけでもしますか。 ④ド・ルーゴ『おのれい、伏兵とは卑怯な!叩き潰してやる!』 ⑤ターニャ:なんかくるし、方向変えよう。 ⑥ビアント『ゲゲェッ!しまった、閣下が危ない!』 ⑦ロメール『今だ、行動開始!』たぶん、こんな感じ。オプションでロメールさんとターニャちゃんの出会いを冒頭で。黒船さんのご要望に応えられたかどうか。あと、みなさんおはようございます。※誤字修正。※さらに誤字修正ZAP