彼はつまらない男だった。仲間達からは、議論を戦わせる価値のない男だと見なされた。多くの仲間たちが栄達する中、彼はせいぜい組織の事務方を任される程度。軍事的栄光とも無縁。それどころか、彼は大きく失敗し味方の勝利を挫いたことすらある。軍人の中からは、彼が足を引っ張らなければ勝てたはずだとまで言われた。故に、彼は決定的な台頭を誰にも阻害されることなくやってのけることができたのだ。事務方の権利を抑えるという事は、要するに人事権を握るに等しい。少し、また少しと彼は自分の息がかかったものをあまり目立たないが重要なポジションに送り込んだ。なるほど、名目上は彼よりも偉大な経歴と名声を誇る先達らが長を務めているだろう。だが、その下で実務を司るのは彼が派遣した人間だ。密かに。そう、誰にも気がつかれることなく彼は政権を手にした。政権の前任者がその直前でようやく彼の危険性に気が付いた時には全てが遅かったのだ。彼だけは、危険すぎるという警告は誰も真剣に検討しようともせずに聞き流されてしまう。その代価を彼らは、自らと一族郎党の命と財産で償うことになるのだが。そうして、ヨセフという男は連邦という世界でも有数の国家を掠め取った。狡猾にして、計算高い男。彼にしてみれば、帝国の存在は許容できる障害に過ぎないはずだった。仮に、連邦が単独で存在すれば共産主義に対するブルジョワどもの憎悪は同盟を産みかねないだろう。しかし、逆に帝国という利害を掻き乱す要素が存在すればブルジョワ共は近親憎悪に明け暮れるはず。しぶしぶながらも、この戦略的思考の正しさを連邦軍すら認めていのだ。それが、突如として開戦に至った。帝国どころか、それは連邦にとってすらあまりにも唐突に過ぎたと言えよう。誰もが、誰もがその独裁者の真意を知りたがる時、ヨセフは一人で思いつめていた。夢を見たのだ。ある晩の事、粛清に成功した忌々しい軍幹部らの悲鳴を思いながらグルジアンワインを堪能してうたた寝した時だった。誰かが自分に語りかえける声。謳うように、誘うように誰かが自分に語りかけてくるという経験。優しげな、それでいてどこか聞くものにおぞましさを感じさせるような声。「・・・が・・・、問題・お・・。・・・・、・・・、・えて・・・。」何かを訴えかけるような声。いまさらか、と最初は笑い飛ばす。粛清に感傷を覚えることなど、とうの昔に止めたことだった。ヨセフに残っていたわずかな人間性は愛する妻の死と共に消え去っている。いまさら粛清で悩んだところで、止まるものではない。なにしろ、殺すか殺されるかだ。手を止めれば、自分が裏切り者の刃にかかって死にかける。「・・、考え・・・・、簡単・・・なの・。」考えを改めよとでもいうのだろうか?自分を救ってもくれなかった聖書とやらは少年時代に放り投げている。迷信深い連中の教化は手間がかかるが、地上から一掃すればそれも解決するだろう。ロリヤはその点に関しては、実に優秀であり初めてヨセフを満足させてくれた。「・は・・・解・・。」だが、頭に呼び掛けてくる声は留まるところを知らない。どうやら、懸念していたように魔導師絡みだろう。代替可能な、言い換えればいつでも首を斬れる兵隊とちがい魔導師は管理が難しかった。個人で組織に抵抗できるような連中を残しておいては火種になる。なればこそ、不穏分子の未然阻止を図って先手をうった。にもかかわらず、自分には理解しがたい何かの干渉が行われているというのだろうか。苛立ちを込めつつ、警備主任を呼び出すための受話器に手を伸ばす。場合によっては、担当者を変えるべきかもしれないと思いながら。だが、受話器をとったことを彼は生涯後悔する。まるでそれまでノイズ交じりだった声が明瞭な声で受話器から飛び込んでくるのだ。「貴様らがいるから、問題が起こる。よろしい、ならば、考えてみよう。そう、考えてみれば、簡単なことなのだ。貴様らがいなければ、問題は起こらない。 死は全てを解決する。故にアカの狗共に、私は宣告する。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!それだけが我が望み。地獄をゆっくりと味わえ!我が絶望と苦痛をおまえたちが、連邦全体が受け取るのだ! 」思わず、受話器を落した時地面で何かが割れる音。我に帰れば、いつの間にかグルジアンワインのグラスを地面に落していた。警備用の受話器など、手を触れられた痕跡すらない。「閣下?今の物音は!?」「ああ、何でもない。グラスを落しただけだ。」気にするな。暗に、何かあったのではないかとの質問を封じる目線を部下にやる。目線を合わせて睨みつけた先にある瞳は、飛ばされることへの恐怖。口をはさめば、身の破滅という事を良く理解している訓練されたまなざしだ。この恐怖こそが、人を動かす根底だとヨセフは信じて止まない。「すまないが、片付けておいてくれたまえ。」この場を取り繕う事は、彼にとってみれば決して難事でも何でもない。そう、この場限りであれば。鋼のごとき図太さを持つ彼ですら、悪夢に屈するのにはさほどの時間も必要ではなかった。排除せねばならない。断固、それを排除せねばならない。国外の危険因子を、ヨセフはこれ以上耐えられなかったのだ。だから。粛清で将校の絶対数が不足し農業政策の集団化で農民のルサンチマンが暴発寸前で魔導師の粛清を完了したばかりの軍隊で帝国という戦争機械にヨセフは彼の不完全な軍隊を差し向けざるを得なかったのだ。まあ、ヨセフの国では兵隊が畑で採れるのだが。デグレチャフ少佐率いる遊撃部隊は、意図せずして偵察から強襲へと任務変更となっていた。当然ながら、装備は偵察を前提としたものであり拠点攻略用兵装は皆無。汎用性の高い魔導師といえども、本来ならば集積拠点を襲撃するのは困難だった。本来ならば。「・・・いやはや。列車砲は良い的だな。」弾薬を露呈させて積み上げるとか、安全管理がなっていないにも程がある。おかげで、高価な列車砲が雁首ならべたところを誘爆であっさりふき飛ばせた。たった一度の爆裂式。本来ならば、トーチカの一つも潰せれば御の字。ところが、誘爆してくれれば燃やすだけでも一手間な程の物資が一瞬で吹き飛ぶ。「でかい、もろい、良く燃える。まさに、完璧ですね。」阿鼻叫喚が眼下で繰り広げられるのを余所に、ターニャとその副官のヴァイス中尉はご満悦といった表情で悠々飛んでいた。時折、散発的に飛んでくる流れ弾以外はほとんど迎撃すらない空。対地襲撃任務用の爆薬やらなんやら持ってきていないにもかかわらず、適当に撃っていれば誘爆するのだ。そんなところに並べられている兵器が脆弱な列車砲。ヴァイス中尉の言うように、まさしく標的としては簡単に過ぎる代物だ。「まったくだ。しかも、敵増援が歩兵だけとは。」そして、てっきり集積拠点の防衛についていた魔導師が上がってくるとの予想は肩すかしを受けている。猛烈な反撃を覚悟していただけに、ターニャにしてみれば肩すかしも良いところだ。春闘の時期にリストラ勧告するつもりで踏み込んで無抵抗という並みに想定外にもほどがある。「グランツ少尉らの小隊を動かしますか?」いざ敵増援部隊が出てくれば、殿軍を押し付けて自分の盾にするつもりだった予備戦力。しかし、この状況下では戦果拡大に投入したほうが効率的。戦況を俯瞰してみれば、ぽつぽつと取りこぼしが出始めているところでもある。「そうしよう。どうにも、この調子では伏撃よりも機動戦の方がよさそうだ。」「はっ、直ちに。」組織的抵抗を復活されてはたまらない。そういう意味では、叩けるときに徹底して叩くべきだと判断。ヴァイス中尉の言を入れて、即座に予備部隊の投入を決断する。「それにしても、いったい敵魔導師は何処だ?」待機していた魔導師らが偽装を解除し、掃討戦に加わるのをみつつターニャは疑問を口に出す。常識的に考えて、兵站設備のデポが襲われているのだ。無能だろうと有能だろうと、取りあえず防衛を考えてしかるべき事態。対応の良し悪しはあろうとも、魔導師らからなる増援部隊が派遣されてくるのが当然だろう。のこのことやってきたところを伏撃させよう。そう考えて、手ぐすね引いて待ちかまえさせていたのは間違いではないはずだ。ところが、一向に敵の魔導師どころか航空部隊すら出てこない。何をやっているのだろうか?いくら、いくら共産主義の非効率性といえどもさすがに限度があるはずだ。むしろ効率無視の戦力逐次投入を延々やり続けられることを覚悟していたのだが、一体どうしたことか。ほとほと、世の中の事が理解しにくい時代である。「大隊長殿、司令部より至急電であります。」「繋がったか。読みあげろ。」さしあたり、気持ちを切り替えるとようやく連絡が取れた司令部からの指示に思考を向ける。「はっ、東部軍への支援命令であります。詳細は一任とのこと。」渡された通信文に記載されているのは、いつものごとく遊撃命令と自由行動への認可。部下のマネジメントを大変すばらしくやってくれるのはありがたい。これで上司がつじーんとか無茶口とかだったら戦意喪失して脱走するところだった。そうでなければ、うっかり上官に名誉の戦死でも遂げてもらわねばならないところ。いやはや。上官にあたるゼートゥーア閣下のありがたいことありがたいこと。この人についていけば、社内派閥の力学上出世は間違いないという素晴らしい縁故である。社会的関係資本でいうところの、有益な関係だ。「状況は?前線の状況が知りたい。」そんな素晴らしいステイクホルダーのためである。こちらとしても、誠実かつ丁寧な仕事を心がけるのが近代的合理人としての明白な天命。信頼と誠実さこそが近代以降の商慣習の基本である。情実と慣れ合いになれば、それは唾棄すべき動脈硬化を組織にもたらすが。・・・いずれにしても、効率を勘案しないコミーども相手には理解できない発想だろう。奴らのコミー脳では、生産要素とやらの内流通に関する見解がすっぽ抜けていた。大量に価値のない製品とやらを積み上げて腐らせればよろしい。こっちはこっちで、市場の導きに従うまでの事だ。アダムスミスは宗教を信じていたらしいが、どうにも神の見えざる手という表現は面映ゆい。やはり、ここは市場の見えざる手というべきだろう。いやはや。思考の楽しいことよ。最も、其れに浸ることができるのは学者くらいだ。仕事が待っている。ああ、無粋なコミー共め。「良く持ちこたえているものの、少々戦力不足とのこと。」「では、遅延戦闘で大陸軍来援待ちか。」友軍の支援任務。何をするべきかは、彼らのおかれた状況による。当然、この場合は遅延戦闘の支援となるだろう。つまり、時間稼ぎのためのお手伝い。ようするに、コミーへの嫌がらせをすればよいということだ。嫌がらせならば、私が危険なことをそんなに犯す必要もない。その一方で、コミーを叩くこともできるという私的な充実感も伴う。仕事のやりがいというものがあるわけだ。「いかがされますか?我々ならば、遊撃戦は得手でありますが。」みれば、いつの間にかグランツ少尉らに指示を出したヴァイス中尉も会話に加わってくる。彼の提案は、魅力的なのは間違いない。広大な連邦領である。おまけに、相手は非効率的なことで悪名高いコミーども。当然、硬直した組織相手に戦うならば遊撃戦は一つの選択肢だろう。なにより、ライン戦線時代に比べれば広大な領域で敵の分布はおそらく薄い。完璧すぎる状況である。こんな状況である以上、下手に主戦線に接近して友軍部隊に編入される方が面倒だ。コミーを叩くのは大好きだが、コミーに叩かれるのはちっとも好きではない。「どちらにしても、敵主戦線を突破するリスクに比較すれば迂回機動の方がベターではあるか。」東部軍の援護は行うが、それはこちらの安全あっての事。我が身よりも優先されることなぞ、ありうるはずもない。自由なのだ。自由こそが、全てに優先されるのはあまりにも自明。つまり、なにも危険なドンパチやっているに違いない戦線に加わる義理もない。幸い、大義名分もあるのでせいぜい安全を追い求めることにする。「では、飛行で?」「もちろん。ここにいたっては、隠匿よりも陽動を優先しよう。」陽動ということにすれば、当然本国の命じてきた遅延戦闘の支援とやらにも十分。なにより、派手にコミーを叩くことは痛快だ。ベトナムと違い、状況は制限なしだ。当然、都市部への攻撃も致しかたないだろう。なにしろ、コミーとやらは“全国民による総攻撃”とやらをいつも言っているのだ。きっと、国民皆兵どころか本当に兵隊しかいないに違いない。なにしろ農作業に大攻勢とやらをかける連中だ。何処の農民が農作業に攻撃を加えるというのだろう。当然、自国の農業基盤を吹き飛ばすために国民総出で非効率なことをやっているに違いない。食糧総監とやらは、要するに略奪部隊の指揮官だと物の本で読んだ。そして、調達部隊は都市と農村から加わっているという事も知っている。つまり、これはゲリラ部隊を相手にするようなものではないか。ロジック上は、コミーは全て戦闘員。うん、よし、一つ派手にやってみるべきかもしれない。95式は使いたくないが、コミーを吹き飛ばすことを勘案すれば我慢の範囲だ。・・・そうするならば、コミー共の象徴でも打ち壊してやりたいところ。偶像崇拝とか個人崇拝とか、コミーの愛する銅像を吹き飛ばして非効率性を笑ってやろう。何処がいいだろうか?やはり、ヨセフグラードとかだろうか。いや、やるからには首都の方が効果的に違いない。当たり前のことだが交戦国家の首都だ。どう考えても防備厳重に違いないと考えるのは、実は素人。コミーの防空能力はざるだ。はっきり言うと、ざるどころか機能不全も同然だ。パイロットが酔っ払って迎撃に上がれないことなぞ日常茶飯事。いや、むしろ迎撃に上がったところで見当違いのゴーストを追いかけまわす毎日だ。連中が珍しく戦果をあげるとすれば、民間機か不注意な偵察機程度。・・・陽動ならば、ある程度迎撃があれば引き返せば良い話だ。「目標を敵首都に定めるふりでもしようではないか。」「首都強襲でありますか?・・・いささか、懸念材料が多いかと思われますが。」目標を口にした瞬間、居並ぶ部隊員の表情が引き攣ったのはいささか心外だった。まさかとは思うが、ターニャにしてみれば自分が実現可能性の検討もできないかと思われるようで不快。一方で、ヴァイス中尉が口にする懸念材料とやらが常識的な誤解に基づくものだとも理解はできる。まあ、彼らは合理的な近代人なのだから仕方ないと結論。確かに、常識的な人間ならば首都の防備をきっちり固めているに違いないと判断することだろう。誰だってそうするに違いない。ところがどっこい。相手は、コミー。「案ずるな。コミーの防空能力のなさは折り紙つきだよ。それこそ、大学生でも突破できるに違いない。」赤の広場国際空港に悠々と民間セスナ機に着陸されたことまである。一国の首都に、国境警備隊御自慢の何重もの防空網をあっさりと乗り越えられてだ。しかも、相手は訓練も碌に受けていない民間人の学生。強固極まる防空網(笑)相手に心配するのは、まったくの無用というものだ。別の世界のコミーが犯した失態だがコミーの構造的欠陥である。そうである以上、きっとこの世界でも蓋然性は高いに違いない。「まさか!さすがに、そこまではないでしょう。」「どうだろうな。まあ、陽動とはいえ示威行動としても悪くない。」実際、半々だろうがまあ機会があるのだ。アメリカ様の東京空襲に倣うのは、どうにも癪だが意義は大きい。それこそ、陽動としてならば完璧に過ぎる。本国に対しては、戦意をアピールしつつ功績を示す。ついでに、わりと安全策を採用。「では、本気で行われるおつもりですか?」「もちろんだ。ああ、念のため本国に照会を取れ。一応、政治的配慮とやらを確認しておく。」一応、敵国首都を襲撃する行動をとるのだ。政治的な要素を勘案すれば、お伺いを立てておいたというフリは大切だろう。止められたにしても、敵国首都襲撃を進言したという記録は残る。逆に、ゴーサインが出れば当分主戦線を離れる口実もできるというものだ。「了解いたしました。直ちに取りかかります。」突然の指示にもかかわらず、テキパキと行動を開始する部下を見やりつつターニャは大変満足を覚えた。同時に、にんまりと我知らず微笑む。安全策を採用しつつ、一番おいしいところを持っていくことができるポジション。実にいい。大変、喜ばしいとすら思える。「・・・本国の許可が待ち遠しいものだ。」故に、思う。はやく許可がほしいなぁと。帝国軍参謀本部、第一会議室連邦軍との開戦。この知らせは、当然ながら戦争指揮を司る参謀本部へ激流のごとき勢いで流れ込んでいた。各哨戒施設からの緊急連絡、担当する方面軍からの情勢報告。同時に、各方面からの問い合わせ。当然のことながら、参謀本部の処理能力にも限界がある。優先度の低い情報や問い合わせは脇に追いやられ、ともかく優先度の高い案件から処理されていく。即刻手が付けられたのは待機中の大陸軍を東部へ派遣すること。鉄道部は不眠不休でダイヤを調整し、ともかく送れる部隊から順次送り出しを始めている。並行して、兵站の調整が行われており担当官らは天を呪いながら物資の手配を進めていた。予め手配されているデポの調整や確認のために現地へ参謀らを出すための航空便は手筈通り。ただ、厄介なことに現地からの報告ではやはり混乱しているとのことだ。ともかく、鉄火場である。行動の結果が、吉と出るか凶と出るか。半ばかけに近いところまであるのだ。誰もが血走った眼で、かけずり回っているのが各所で見える。そんな中にあって。第203遊撃航空魔導大隊という魔導師とはいえ、たかが大隊規模の部隊からの要請が最優先で検討されるのはほとんど異常だった。一個大隊が、現地方面軍を飛び越して参謀本部に直接指示を仰ぐ。軍制度上、本来は望ましくない事態。「レルゲン大佐、貴官の意見を聞こう。」「はっ、小官といたしましては成功の公算があるのならばやらせてみる価値はあるかと。」だが、でしゃばるなと叱責するどころか参謀本部はその要請を速やかに稟議に回す。それも追い立てられるように働いている各専門家らにわざわざ時間を割かせて、だ。「・・・首都直撃。陽動としては、完璧であります。」遅延戦闘を行う主戦線。その援護任務に従事するはずの第203遊撃航空魔導大隊指揮官はどうやら順調に平常運転らしい。どこをどうやったら、このような答えになるのだろう。さっぱり計算式の過程が見えないが、ともかく任務要求は完璧に満たす解答が出てきている。「この通信からして政治的要素から、許可伺いとのこと。」疲れた頭でレルゲン大佐は何を考えているのか、さっぱり理解できない魔導士官のことを頭に浮かべる。魔導士官とやらが、みんなあのように理解しがたいわけでもない。絶対に、この発案はデグレチャフ少佐のものに違いないのだ。あの少佐が、こちらに制止を求めてこのような迂遠なサインを送ってくることはありえない。通常、引き下がらない部下をなだめるために上層部の制止を欲するという事はわかる。だが今回は、逆に違いないだろう。行きたがらない部下に配慮して、一応上の許可を求めているのだ。加えていうならば、政治的配慮までできている。未然に政治的いざこざを回避する能力を有するのは、連合王国潜水艦撃沈で十分に証明済み。「成算はあるのでしょう。良い陽動になりますし、やらせてよいかと。」成算があるのであれば、当然陽動としては完璧。仮に、失敗したとしても敵は対応に部隊を割かねばならない以上東部の圧力緩和という事は期待できる。通常であっても決して悪くないレート。だが、同時にレルゲン大佐の頭をよぎるのはデグレチャフ少佐のガラスの様な瞳である。あの虚無を覗きこむような人間離れしたまなざしを思い出すだけで、十分に通常の範疇では収まらないことを理解可能。外見だけならば、愛くるしい幼女だ。だが、あの眼は人間というよりも殺人人形じみた印象をレルゲン大佐に与えて止まない。「・・・大佐、本気かね?」「ゼートゥーア閣下、御考えください。あのデグレチャフなのですよ?」いぶかしむようなゼートゥーア少将の問いかけに逆に聞き返す。本来ならば、信じられないような無礼だろう。だが、あのデグレチャフ少佐だ。ラインで笑って踊っていたらしい。あの共和国の防空網を強行突破して司令部を落すような規格外。それが、わざわざ進言してくる作戦である。「だが、首都だぞ?」「・・・・・・首輪を嵌めて飼殺すよりも、噛みつかせてやれば良いではないですか。」成算があるにちがいないのだ。それに、よしんば失敗したところであの狂犬じみた攻撃精神が発露されれば陽動としては十分以上の戦果をあげることだろう。猟犬というには、凶悪に過ぎるがともかく獲物にかみつかせた方が良いというのは共通している。野に放てば、自分の嗅覚で戦機をつかめる指揮官なのは実証済みなのだ。許可を出したところで、問題になる政治的要素も乏しい以上、行かせるべき。理由もなく制止する方が、遥かに危険だろう。ド・ルーゴを取り逃がしたことも、今となっては高くついている。其れを思えば、狂犬の嗅覚を信じるに越したこともない。「嫌な見解ですな。大凡、前線部隊に対する態度ではない。」「中佐、君は知らないから言えるのだ。」良識的な意見でこちらを諌める中佐。その意見を、レルゲン大佐はあっさりと鼻で笑い飛ばす。一度、たった一度で良い。本質に触れてみれば、すぐに理解できる。役に立たないとなれば、訓練生に魔力刃を突きつける戦争の狂犬だ。あれは、邪魔になるとわかればきっと味方もそれとなく吹き飛ばすくらいはやるだろう。前線で無能な指揮官がそれとなく事故死するのは、決して珍しくはない。だが、彼女は合理的な理由で持ってきっちりと吹き飛ばすのだろうと思う。「あれは、狂人だ。せいぜい敵を宛がっておかねば我々が撃たれかねない。」そういう意味では、ロメール将軍の統制は見事だったとレルゲン大佐は評価する。使いにくいと歎くのではなく、放置することで最大の戦果をあげさせていた。掣肘されないということで、デグレチャフも良く働いていたというではないか。いくら、いくら共和国の植民地防衛軍が型落ちとはいえ鴨撃ちの様に戦果をあげている。まさに、英雄とでも評すべき活躍。だが、考えても見るべきだ。一歩間違えば全滅するような敵中突破を平然とやってのけるというのは、どこか狂っているに違いない。届けられた会戦の報告書は、ほとんど理論上辛うじて可能かどうかという理想的な戦術機動のオンパレード。まるで、すべてを俯瞰して見渡していたかのようなタイミングで適切な機動を描いていた。「まさか!柏付銀翼突撃章保持者ですよ?」「だからこそだ。」生きて柏のついた銀翼突撃章をあの年齢の子供が保持している。考えてみれば、考えてみるほどその異常さが際立つのだ。異常なのだ。軍人として、あまりにも完成しすぎている。ほとんど、なにか箍が外れているとしか思えない。軍に忠実なのは、まあ理解している。だが、その忠誠はどのように向けられているものか。「・・・その辺にしておこう。ともかく、私としても許可してよいと判断する。」「「閣下!?」」さすがに、見守っていた幾人かもゼートゥーア少将の言葉に思わず口を挟んだ。それはあまりにも、成算が乏しいのではないか?貴重な精鋭魔導部隊を無為にすりつぶすことつながるのではないか?軍の士気にそれらが悪影響を及ばすのではないか?いずれも、言外にそれらが込められた制止の言葉。「成算があるからこその言だろう。秘蔵のボトルを賭けても良い。」「本気ですか!?」だから、彼らはゼートゥーアがあっさりと懸念を一蹴したことに驚愕する。参謀という生き物は、あくまでも常識の範疇で物事を考える秀才だ。既存の概念から外れた発想というのは奇としてあまりなじみが乏しい。「ああ。本気だとも。さっさと許可を出してやろう。」彼らに理解しろというのが無理なのだろうな、と思いつつレルゲン大佐は敬礼し退室。今か今かと、許可が下りるのを待ち望んでいるであろう彼女に電報を打つべく通信室へと足を向ける。・・・連邦に災いあれと思いながら。あとがき※真理省より通達誤字修正:誤字があったという事実を修正するべく行動開始。※※今度の作者はきっと、上手くやってくれることでしょう。(パラノイア風)作者です。こんな時間の更新になりました。それにしても、運命のロリヤは可愛いのに。どうして連邦のロリヤは(´;ω;`)ウッ…ZAPZAPZAPしたくなります。>ewtwy様変なネタばっかりですみません。(m´・ω・`)m ゴメン…これからも、ご愛顧いただければ幸いです。今回のまとめ。①ヨセフおじさん 『先制予防攻撃!』←パラノイア気味②ゼートゥーア少将 『全力で防御!』←理解できずに混乱中③東部の皆さま 『とにかく時間を稼ぐ!』←同上④大陸軍の皆さま 『現在急行中』←混乱中⑤主戦線 『絶賛戦争中』←クリーク!クリーク!⑥ターニャ 『・・・適当に放火して主戦線の反対側いくか。』 ↓⑦レルゲン大佐 『訳が分からないよ。』←今ここ。うん、コミーの偉大な防空力と一晩で赤の広場を国際空港にかえられる工業力を賛美しよう。すごいよね。海外からのお客様に合わせて、広場を国際空港にしてしまえるんだ!※誤字修正orz+ZAPZAP