大戦中期、帝国軍参謀本部内部では戦争指導方針を巡り深刻な対立が生じていた。ライン戦線を全般的に指導したゼートゥーア将軍らからなる西方派。彼らは、敵軍に出血を強要し出血死させる瀉血戦略を主張。対して、東部戦線を重視する東部軍関係者を中心とした東方派。彼らは、包囲殲滅による速戦即決による決戦戦略を主張した。西方派はリスクの高い決戦戦略を強く批判。特に、消耗抑制ドクトリンの信奉者であるゼートゥーア将軍は大規模攻勢計画を忌避。塹壕戦の教訓から、分散浸透襲撃や包囲戦術そのものは肯定的に評価するものの敵に対し優勢にでないうちに攻勢に出ることには極めて懐疑的な態度を示していた。これに対して、東方派は連邦軍が数的優位を確保するという前提のもとで戦略を立案。その前提に立てば、西方派の主張する数的優位を確保した後の殲滅は非現実的であると主張するに至らざるをえない。そこで彼らが着目したのが誘引撃滅戦略と称される内線機動を活用する戦略だった。これは、第一次ライン戦後期に、出血させ衰弱させた共和国軍を包囲殲滅するゼートゥーア将軍の考案した手法の応用である。東方派は機動力に注目し、包囲の可能性を見出した。消耗抑制ドクトリンが延々と死者を積み上げるのに対し、決戦ドクトリンはただ一度の勝利で持って損害を抑制しえる。この論法によって東方派は消極的な参謀本部主流派の抑制に強く反発。連邦軍初期の奇襲攻撃によって一部崩壊した戦線から侵入した連邦軍を対象とした作戦をきっかけとして彼らは自身の理論を試みることになる。タンネーン・ニ・ベイクにて侵入した連邦軍40万をわずか15万の戦力にて包囲に成功。損耗比率は帝国軍1万5千に対し、連邦軍のそれは15万(うち、9万名強が捕虜)。数的劣勢から完全な殲滅には至らず、残余の離脱は許したものの東方派の理論を実証するには十分な戦果と見なされた。これを受けて、帝国軍東方派はさらなる戦果拡張と早期戦争終結を構想。折しも、膨大な数の犠牲者に慄きつつあった内閣と帝室に対し早期終戦の可能性を欲する動きが生じていた。参謀本部主流派として西方派は抵抗を試みたものの、東方派はタンネーン・ニ・ベイク会戦の成果を強調。なにより、ライン戦線で西方派が勝利に要した山の様な帝国軍将兵の遺体に対して東方派の成果はあまりにも雄弁だった。かくして、帝国軍参謀本部は一つの作戦を立案・実行するに至る。作戦名“青作戦”‐大規模攻勢計画による包囲殲滅作戦。ハイリスク・ハイリターンの作戦であると強い反対がいくつも出る中での強行された作戦であった。発令された命令番号は第41号。41号作戦、一般には青作戦として知られる東部戦線屈指の大攻勢である。帝国軍参謀本部命令第41号極秘‐搬送は将校により行われること。連邦における冬期戦の終わりも近い。すでに、我々はタンネーン・ニ・ベイクで連邦軍予備戦力を撃破した。状況は流動的であるが、連邦軍の余剰戦力は枯渇しつつありほぼ奇襲攻撃によって獲得した優勢を喪失している。このような状況を背景に天候と地表状態が好転し次第、帝国軍は主導権を奪取せねばならない。目標は、連邦軍が依然保持している残存戦力を徹底的に殲滅し、加えてその最重要な戦争経済上の資源を可能な限り無力化することにある。そのため、まず主要兵力を南部戦区の主要作戦に振り向けるものとする。また、拡大する戦線防御のために参謀本部は機動軍団を編成する。本作戦の一般方針はドーン河前面の敵を掃討し、ついでコーカサス地区の油田及びコーカサス山脈の道路を奪取するものとする。ただし、優先目標は敵残存戦力の撃滅におく。そして、最後に一言そこには書きたされていた。“勝利の時は近い。”、と。居並ぶ列席者の憂鬱そうな表情。建設的な提案の一つも出せばよいにもかかわらず、ただ同志ヨセフ書記長の意向を汲々と気にかけるだけの無能ども。情けない限りだと人民と祖国と党のために今日も勤勉に働くミスターロリヤは嘆かわしく憂う。彼には夢がある。そのためには、如何なる努力も惜しんでいない。今では、連邦でも最も勤勉に努力するテクノクラートだと自負するほどだ。夢を追いかけてこそ、青春。いや、夢があればこそ生きがいがあるのだ。なにかよくわからない怠惰な連中はラーゲリにいるのとどう違うというのだろうか?そう思いながらも、ロリヤは一先ず仕事に取り掛かる。「以上の報告を総合いたしますと同志書記長、報告によれば帝国軍は同志書記長のご予想通りヨセフグラード及びハグー油田へ進撃中であります。」聞くだけ時間の無駄だと思えるような長々しい報告。内務人民委員会の現地報告書ならば三行でまとめなければ非効率の罪でラーゲリ送りにしてやるところだ。思えば、連邦は非効率的すぎる。官僚主義がすでに蔓延し、遺憾ながら機構一つとっても簡潔に機能しない。思えば、同志書記長がイライラしているのも良くわかる話である。「ご苦労だった。さて、同志諸君、状況は今の通りだ。どう思う?」暗に解決策を求める質問。本来であれば、同志ヨセフ書記長の質問に応えるのは危険が多い。なにしろ、提言して上手くいけば権限と功績を得ることもできる。だが、成功しすぎれば同志書記長の地位を脅かす粛清の対象となりかねない。そうでなくとも、党内で足を引っ張り合いに引き込まれて没落の危険性が高まる。一方で、失敗すればその場で責任を取らされることとなる。そのことを考慮すれば、列席者らが真摯な覚悟を決めたまなざしで同志ヨセフを凝視しつつも一言も口を開かないさまで良くわかるというものだ。とはいえ。憤慨の意を込めてペンを握りしめる。そのまま書類を破らんばかりにつき立てたい衝動に駆られてしまう。これでは、無能どもが雁首並べているのと同じでしかない。全くの無駄だ。一刻を争う時に、まったく最適とは程遠い。そのうちラーゲリに送り込んでやる、と決意。一先ずは、やるべきことを決断する。「同志書記長、我々は今や敵を引きこむ事に成功しております。ここは、彼らが下がれなくするべきでしょう。」「つまり?」「餌を付けた針を飲み込ませてやりましょう。ヨセフグラードを連中にくれてやるのはいかがですか?」連邦の国土は広大だ。しかも、いいことにインフラの発展が遅れている。通常であれば、望ましくない限りであるが軍隊の進軍という点を考えれば敵にとっても悪条件。そして、機械化していない連邦軍は機械化に依存しつつある帝国軍よりも能力発揮が容易。なにより、消耗戦に引きずり込めば絶対に連邦優位なのだ。地図を見れば、子供でも分かる単純な計算。10人がかりで倒さねばならない強者が10人いたとしよう。100人がかりで、10人を襲えば、酷くてこずるかもしれない。だが、100人で1人と10回戦うのは極めて容易だ。引きずり込んで手薄になった敵をぼこぼこにしてしまえばよい。あるいは、無駄な消耗戦を強要できるところを造り出せばどうか。たとえば連中が一度獲得すれば絶対に放棄できないような政治的効果の強い都市。都市というのは、資源はない上に市街戦で消耗戦に持ち込めるという効果も期待できる。そして、南部コーカサス地域で最適に見えるのがヨセフグラードだろう。連邦軍にここの死守を命じるのはごくごく一般的に見える。ついでに付けくわえれば、帝国軍の一部もこの都市を攻略すれば絶対に手放さないだろう。我々がプロパガンダで奪還してみせると叫び続ければなおさら。そして、動きまわる組織的な軍隊と野戦に挑むならばともかく消耗戦ならば数の利がモノを言う。「同志ロリヤ!いくらなんでも、それは連邦の名誉にかかわります!」「偉大な指導者、同志書記長の御名前を掲げた工業都市をよりにもよって帝国軍に明け渡せと仰るのですか!?」だが、どうにも頭を押さえたくなるような馬鹿が湧く。見ればいかにも忠誠をことさらに強調する連中。追従くらいしか能のないような連中に足を引っ張られる不快感。「黙りたまえ。同志書記長、続けさせて頂けるでしょうか?」一番初めにラーゲリ送りにするリストに入れておこう。そう思いつつ、ロリヤは形式上議事進行を司る同志書記長と向き合う。少なくとも、同志ヨセフからは信頼されているのだ。例え、一時的に同志書記長にとって不快なことを申し入れるとしてもそれは忠義から。「・・・ロリヤ、続けたまえ。」そして、独裁者というやつは得てしてその手の事に敏感だ。もちろん、ロリヤは経験則上それを知りえているに過ぎないが。ともかく、この場の最高権力者は手をふり立ち上がった抗議者を座らせロリヤに続けさせる。「ありがとうございます。」そして、心得たものだ。ロリヤも大げさに礼を述べると立ち上がり、壁に掛けられた地図の前へと足を進める。状況が書き込まれている地図。馬鹿どもが主張した大規模攻勢でタンネーン・ニ・ベイクで壊滅的な打撃を被ったのは痛かった。だが、幸いにも帝国軍も間抜けらしい。基本的に、衝動的に攻勢に出たがるのは軍人というやつの欠陥だと笑いつつロリヤは心中ほくそ笑む。敵の陣地に攻め込むという事を理解できていない。「ヨセフグラードは、コーカサス地域の主要都市です。つまり、市街戦によって帝国軍に消耗戦を強要することが可能になります。」若干の工場や交通網ということもあるが、位置が最適だった。交通の要衝という点は、南部コーカサスを防衛すると見せかける際には最適の拠点たりえる。市街地という事、ある程度の規模を持つという事。この点は、軍の質で劣る連邦軍にとってはより重要な意味を持つ。「さらに、これは私見でありますが市街地の様なごく近接した戦闘ならば徴兵したばかりの新兵でもそれなりに戦えるでしょう。」前線に派遣している政治将校の中には彼我の消耗比率を報告させている。愛しいサラマンダーに至っては、どうやら大隊規模の魔導師を一人で私の天使が撃退できるほどとか。いやはや、屈服させるときのことがさらに楽しみになってしまう。それ以外の有象無象どもでも、基本的に損害比率は1:5より良くなることは今のところ報告されていない。だが、連邦軍の規模は圧倒的である。市街地で殺し合うならば、そもそも組織的戦闘やら機動戦やら連中お得意の統制がとれた行動とやらも制約されるだろう。純粋に数学を研究する数学者のような眼差しでロリヤは勝利のために計算する。「損耗比率をすこしでも互角に持ち込めば、最後は帝国が音を上げます。」少しだけ損耗比率を下げれば。彼我の損害比率は圧倒的に連邦優位に持ち込める。或いは、逆に少しだけ連中の損耗比率を引き上げれば良い。ロリヤはそこで嗤う。ああ、軍人というやつは厄介な生き物だ。連中には面子やら体面といったもののほかに矜持が多すぎる。「ですが、彼らが勝利し続ける限り土地の重要性を勝手に高めてくれるでしょう。」ピュロスの勝利と悟って、後退できるからピュロスは偉大なのだ。並大抵の将軍であれば、勝利に幻惑されてさらなる戦線拡張を、さらなる戦果を追い求めてしまう。当然、ヨセフグラード攻防戦に相手は乗ってこざるを得ない。「そうなれば、連中は後退するにできない羽目になるのです。」引くに引けなくなれば、連中は部隊を増強して守りを固める羽目になる。そう、動けなくなるのだ。機動力で包囲を得意とする連中が定点防衛に戦力を割く羽目になる。「あとは、連邦軍が英雄的に奪還すれば完璧でしょう。」そうなれば、数の暴力にモノを言わせてこちらが包囲してやればよいだけの話。幾人か、第三国経由で帝国に工作員を送り込んで世論を刺激してやるのも良いだろう。そうすれば彼らは引くに引けなくなる。「もちろん、最後の最後まで抵抗するために督戦隊を内務からヨセフグラードへは派遣するつもりです。」そして、敵を引きつけるための活き餌。反連邦的言説を唱える連中や、民族主義者と反動主義者を帝国軍へぶつけてすり潰す。淡々と告げるロリヤであるが、心中では静まり返って慄いている馬鹿な幹部連中を見て歎きたくなる。みれば、静まり返った会場でおぞましげな何かを見るような顔がちらほらと。こんなところで、良識ぶるという偽善者ども。善人が、善人がこんなところにいるわけがないだろうと嗤いたくなる。「これによって、連邦軍に志願させる市民の壁と収容所から放り込む連中で帝国軍と潰し合わせることができると確信しています。」体制に忠実な将兵を温存しつつ、潜在的危険因子を排除。「いえ、言葉を変えれば全ての連邦市民が英雄的に侵略者に対抗するという事になるでしょう。」それも、粛清という形ではなく祖国のために。粛清執行人は体制の人間ではなく、なにしろ帝国軍だ。党は一切手を汚す必要はない。気が付いた自分の手際にロリヤは思わず驚いたものだった。人間、夢と希望のためにならば信じられない力を発揮し創造性豊かになるものだ、と。「同志書記長の御名前が冠する都市のために、全ての連邦市民が立ち上がる。素晴らしいとは思いませんか?」「・・・なるほど。提案は認めよう。」そして、少なくともその提案は有効だと誰にでも理解できる。善悪や道徳的価値観について、咎める者は誰もいない。だから、それは、とても簡単に認められた。「ありがとうございます。」「よろしい、同志ロリヤに一任する。ただし、失敗が許されないことは分かっているな?」「もちろんです。お任せください。」失敗は許さないという厳しい眼差し。背筋にひやりとするものが走るが、ロリヤは眼をそらすことなく強固な意志で見つめ返し続けた。彼には、夢があるのだ。「・・・同志書記長閣下、代わりにと申し上げては恐縮ですがお願いさせていただきたいことがあるのですが。」「必要な物資の手配は認めよう。他に何か?」「あのモスコー襲撃犯です。どうか、私の手で裁かせていただきたく思います。」あの、あの妖精が欲しい。何としても、何としても。何が何でも、自分のところに。「極めて、極めて敏感な案件だ。断言しかねる。」あの忌々しい事態。それをよりにもよって、同志書記長の前で口にする。それだけでも、虎の尾を踏むに等しい行為だ。実際、みれば堪えてはいるが怒りと屈辱でペンを持った手が酷く震えている。「同志書記長閣下。では、あの幼女だけでも頂きたいのです。」無謀だとわかってはいる。だが、それでも。それでも、男にはやらねばならない時がある。「・・・同志ロリヤ、君の嗜好に適ったのかね?」「もちろんです!いや、適切な表現ではありませんな。」全てをなげうってでも、やらねばならない事。いわねばならない時、それが人生にはあるのだ。「なに?」「あれこそ、我が理想とでもいうべきものであります。ぜひとも、ぜひとも我が下で喘がせてみたいものです。」純粋な決意と覚悟。ロリヤはただ、ひたすら懇願するしかない。願うしかないのか?いや、彼は行動した。願いは許されるのだろうか?それは、神のみぞ知ること。しかし、ロリヤは決断した。ロリヤはすでに決断したのだ。愚かだと笑いたければ、笑わせれば良い。「・・・・・・よろしい、憂いを除けるのであれば許そう。」「お任せください。如何なる妨害や敵を排除してでも達成してご覧に入れる所存であります。」かくして、ロリヤは夢にみたことを達成するために必要な羽を手に入れる。会議終了と同時に、車に飛び乗ると再建中の本部へすぐさま戻り仕事を再開。「同志書記長閣下の御許可は頂いた。後は、後はこの手につかむだけだ。」状況は、着実に夢を現実とすることを可能とさせていた。その充実感は、ロリヤをして年甲斐もなくわくわくさせてしまう。子供の様な純粋に何かを楽しみにできる心。とっくの昔に失ってしまったとばかり思い込んでいたソレにロリヤは新鮮な驚きすら覚えている。「・・・帝国軍は上手く罠にはまりつつある。上手くやれば、あのサラマンダー戦闘団もヨセフグラードに引き寄せられるに違いない。」だが、彼は同時に成熟した大人として慎重さも持ち合わせている。純粋な思いを抱えつつも、彼は我慢を覚えているのだ。もちろん、最後の楽しみを彼は期待しているのは事実だが。「そのためにも、最大限抵抗する必要がある、か。軍の士気はどうかね?」努力を惜しむつもりのないロリヤはすぐさま担当官を呼び付け諮問する。彼にしてみれば、人事を尽くして天命を待つしかないのだ。ならば、後悔しないためにできることは全てやるほかにない。「決して高いとは。一部は脱走が増加しているとの報告もあります。」「ふむ、督戦隊は予定より多めに送るべきか。内務の中から選抜せよ。できるかぎり早めに送り込みたい。」当然、打てる手は全て手配する。夢追い人として、彼は理想のために自分の全てを犠牲にしている。その献身たるや、必要とあれば世界を敵に回してでも為すという覚悟。「かしこまりました。」「それと、収容所の待遇改善を図れ。」同時に、彼は知っている。夢の大切さ。希望の大切さ。人間は、夢と希望が無ければ人間らしく生きられないという事を。「はっ、しかしそれは・・・。」「10年ぶち込むよりも、1か月良い扱いをして帝国軍と殺し合わすべきだ。国家の財産は有意義に使うべきだ。」そんなことも理解できないのか、どうにもぐずる部下にもロリヤは寛大だ。彼は、夢と希望の伝道者。必要なことは、人々が幸福であること。そして、つまりは人々に含まれる自分が幸福となることである。「つまり、囚人であろうとも有用に活用するべきだ。わかったら動きたまえ。」「し、失礼いたしました。直ちにいたします。」「必要とあれば、幾人かの収容所看守を見せしめに処罰しても良い。・・・おそければ、君も対象だ。」努力せよと彼は、皆にもとめる。夢を追い求める姿は、誰にとっても大切なものだと彼は知っているのだ。生き残るという夢があれば、みんな良く頑張ることだろう。「はっ。」「なに、やるべきことをやれば何も問題はない。肝に命じておきたまえ。」だから。諸君。お願いだから、はやく、はやく私に見せてくれ。心中の葛藤を辛うじて抑え込みつつロリヤは願う。「よろしい、行きたまえ。」早く、あの妖精を私の下に連れてきたまえ。みなさまごきげんよう。綺麗な空気と、素晴らしい夜空はお好きですか?微風が優しく私達を包み込む中、大地に横になって何処までも続く雲を眺めてみようと思いませんか?過度に機械化され画一化されてしまった個性のない都市から外の世界に足を向けてみましょう。そこには、きっと素晴らしい私達の帰るべき自然が豊富に残っていると思います。機械に依存し、車社会になれてしまった皆さんは大地を歩くなどどうかしていると思うかもしれませんね。でも、思い出してください。私達の祖先は歩いていたのです。そして、今私達も歩いています。ですから、ご先祖様に倣って外を散策しようではありませんか。ああ、前口上が長くなりすぎてしまいました。お恥ずかしい。小官は、帝国軍参謀本部派遣戦闘団を預かっておりますターニャ・デグレチャフ中佐であります。現在のお仕事は、武装したハイキング。やる事と言えば、行けども行けども泥まみれの大地をオートバイか装甲車に揺られながら進むだけのお仕事であります。本来任務は、青作戦発動に伴い進軍する帝国東部方面軍B集団の側面援護。参謀本部が新設した第七機動軍団所属としての側面警戒任務といえばよいでしょう。まあ、タンネーン・ニ・ベイクの戦いで東部派が侵攻してきた敵予備戦力を叩きのめしたとのこと。参謀本部は敵が出てこないという想定を立案しているらしいので、まったり行きましょう。ええ、まったりと。できるだけ、深入りしないように。具体的には、ピンポンダッシュくらいの勢いで。仮設された野戦指揮所。戦闘団に割り当てられた戦区は極めて平穏そのものであり、これ幸いと各戦闘指揮官は部下の訓練に勤しんでいた。一方で、散々激戦に投入されるのではと心中ひそかに覚悟を決めていたヴァイス大尉は密かに安堵。なにしろ、東方派からややうとまれる西方派閥に属する上官だ。激戦区に投入されなかったのは、幸運だったと最近軍内の派閥抗争にも知悉し始めた彼は溜息をついたものだった。そして、通信兵が差し出して来た報告書に思わず頬を緩める。どうやら、作戦は危惧とは裏腹に順調に進展しているらしい。このことを、報告しよう。そう思った彼は、野戦指揮所の一角で地図を睨み唸っている上官の下へと不用意に足を運んでしまった。「中佐殿、司令部から吉報が。」「何?」吉報とは何か?その碧い澄んだ瞳に浮かぶのは完全な疑問。理解しかねるという表情のデグレチャフ中佐殿。だが、緊張の箍が外れていたヴァイス大尉は気がつかなかった。「B集団がヨセフグラードに敵軍を追い込んだとの報告です。」届いたばかりの戦闘詳報。それによれば、B集団は当初の予定よりもやや早く敵をヨセフグラードに包囲したとの報告が書かれている。組織的抵抗を試みる模様だが、すでに相当数の敵兵は疲弊しきっているともある。この報告書を見れば、ヨセフグラードの攻略は確実だと誰でも確信できる。いや、確信できるだろう。そう判断して彼が差し出した書類をひったくるようにして受け取った中佐殿は顔を歪ませた。「攻囲戦?連中、市街戦をやるつもりなのか?」「・・・市民などいないという法解釈が出されております。」心中、ヴァイス自身気に病む事ではある。だが市街戦で巻き添えになる民間人の存在は心苦しいがここに至ってはどうにもならないという事は彼も悟った。犠牲が少ないことを、祈るくらいしか彼にできることはない。「またか。やれやれ、ご苦労な理屈である。それで?落としたのかね?」「いえ、完全に攻囲し殲滅する予定の様です。」そして、タンネーン・ニ・ベイクで敵野戦軍完全殲滅にまで至らなかった教訓から東方派は徹底した包囲を決断している。彼らは、追い込んだ連邦軍ごとヨセフグラードを攻略するつもりだ。A集団の作戦も順調に進撃中との報告が連日飛び込んで来ていた。それだけに、ヴァイス大尉はごくごく常識的に作戦が順調に進展中と判断している。「連中馬鹿かね?多少取り逃がそうとも時間をかけずに叩くべきなのだが。」だが、意外なことに上司は機嫌があまりすぐれないらしい。いや良く見れば、白磁のような能面じみた顔が珍しく青ざめかけている。なんだろうか?一瞬疑問を覚えるが、軍医の診察を受けるように進言すれば良いと判断。同時に、手早く今後の方針について伺う事にする。「・・・それで、いかがされますか。」「いかがされるとは、どういうことか?」「その、B集団の側面援護であります。かなり伸びきった戦線を晒しており極めて危険な状況かと思われますが。」与えられた命令によれば、このようなB集団の側面援護が戦闘団の主要な任務。当然、状況に適応するためには戦闘団を動かす必要がある。動かさずとも、即応できるように多少臨戦態勢を整えておかねば急な要請にも対応できない。だから、動くべきではないのか?そういう意味を込めてヴァイス大尉は申告する。「A集団次第だ。A集団がハグー油田を無傷で確保できれば即時攻囲支援に向かうがそれまではA集団の側面防御が優先される。」だが、意外なことに上官の解答は理論上正しくとも著しく消極的な意見。正直に言って、卓越した戦闘意思を有すると敵味方から恐れられる軍人のそれではない。上が期待することとも真っ向から反対しているといえる。「中佐殿、よろしいのですか?」「よろしいもなにも、私はヨセフグラードなどどうでもよい。いっそ、攻略に失敗すれば良いとすら思う。」だが、ここで彼は悟る。なにか、何か掛け違いをしていた。「はっ?」「考えても見たまえ。重要なのは敵野戦軍撃滅であって消耗戦を強いられる市街戦など論外極まる。」何かを堪えるような表情の中佐殿。体調が悪いのではなく、なにか耐えがたいものを耐えるようなそれ。「市街地に追い込んで包囲殲滅というのは、理論はともかく実態を伴わん。」虚空を睨むような表情でぶつぶつと呟かれるお姿は少々どころではなく恐ろしい。「東方派の連中、なにか勘違いしているのではないか?」苦々しく吐き出される言葉。「いっそ攻略に失敗しさっさと戦線整理するべきだろう。B集団の間抜けどもめ、その方がマシだとなぜわからん?」眼をつぶって頭を振る姿は、できの悪い生徒に歎くようですらある。だが、はっきりいってそれは軍人が露骨に友軍の敗北を願うような言葉だ。下手をすれば上層部批判どころの騒ぎではない。もちろん、この卓越した上官がそのことを理解していないはずもないのだがそれでも口にされてしまうという事だろうか?「中佐殿。それ以上は。それ以上は、どうかお慎みください。」だが、ともかく彼は部下としていうべき忠告を口にする。その制止は少なくとも、誠意からのものだ。「いや、すまないな。」だが、口を閉じつつもデグレチャフ中佐殿の顔色はむしろ悪くなる一方。「しかし、しかしだ、ヴァイス大尉。貴官ならばわかるはずだ。」「中佐殿?」一体何を?顔に疑問を張りつかせているであろう自分を、その碧眼で覗き込むようにして中佐殿は仰られた。「我々も同じことした。そうとも、ラインで引きこんで消耗戦に持ち込んだ挙句殲滅したではないか。」「・・・では、この快進撃は敵の誘引であると?」一瞬凍りつくような何かが背筋を走る。いや、恐怖に包まれたと言ってもよい。まさか、そんなばかな?言葉にしがたい何か。だが、言葉にされれば理解できる。少なくとも、ヴァイス自身ライン戦線でその場に居合わせていたのだ。「敵がラインやタンネーン・ニ・ベイクから学ばないとでも思うかね?間抜けなコミーなら楽で良いだろうがそう簡単ではないのだ。」ラインで、タンネーン・ニ・ベイクで。帝国軍は引きこんで撃滅して見せた。言い換えれば、引き摺りこめる領域を活用してきた。・・・いわれてみれば、連邦軍がそれをできない道理が無い。なにしろ、連邦の面積は広大だ。広大に過ぎる。「時間だ。貴重な時間を動くべき軍が攻囲戦にかまけて浪費してしまう。」「罠、と仰るのですか?」・・・加えて、連邦の冬はつらい。もしも、もしもだ。この後退が敵の誘引であればどうなるか?「他に考えられん。」一縷の望みが込められた問いかけ。それに対する解答は誤解の余地が全く残されていない明瞭なそれ。「し、しかし連邦がよりにもよって面子を捨てるとは・・・。」「コミーは、目的のためなら躊躇せん。生き残るためなら連中はいくらでも悪あがきするに決まっている。」口にしつつも、ヴァイス自身気付いていた。おそらく、その通りなのだろう。いや、そうだからこそ何事も順調に進んでいるのだと。まだ上が罠に気が付いていないとすれば、もう罠を逃れられる時間はそう長くないかもしれない。「伝令任務だ。B集団司令部まで将校を出したい。」「了解いたしました。」・・・だが、果たして、間にあうのだろうか?あとがき(´・ω・`)困った・・・。気が付いたら、なんか知らないうちに二次創作が出てた。二次創作でるのを喜ぶべきなんだろうか?それとも、困ったなというべきなのだろうか?(*´・ω・`*)ムゥーまあ、平和に行きたいし(o´・ω・)b・・・。どうしよう?様子見?取りあえず、本作は平常運航で行こうと思います。所謂ブラウ作戦です。ZAP