封印列車の一等席。軍用ながらも、執務机を備え付けられたその一室。居並ぶ軍人らが、張りつめた表情を浮かべる中で部屋の主が口を開く。「久しいな、中佐。貴様のコマンドが被った損害は?」数か月ぶりに見るゼートゥーア中将が口にしたのは、単刀直入な用件。再会を言祝ぐ言葉も、時候の挨拶も抜き。そこにあるのは、無駄を一切斬り捨てた合理性の塊だった。戦局からくる重圧と、絶えまない部下の戦死は中将をして人間的な要素をほとんど拭いとってしまっている。居並ぶ将校らは、その事実に思い至り慄然たる思いに駆られざるを得ない。だが、良くも悪くも鈍感力に関してターニャは卓越していた。仕事の話をするのは、一向に構わないと信じている。故に、ターニャとしては特に異論もなくそれに応じることにした。「魔導師が6名重傷。本作戦にて、1人が肺をやられました。今日が峠でしょう。」短い付き合いの部下だが、1人も死んでいないのは幸いだ。おかげで、七面倒な上官の義務を果たす必要が無い。しかし、微妙な状況にある部下が1人いるのは、残念だった。できれば、持ち直して一命を取り留めてくれればよいなぁと思わず顔に思いが浮かんでしまう。だが、その緩んだ表情を咎めるよりもゼートゥーア閣下は淡々と仕事を進める方を優先された。「練度の方は?」「砂漠でしごきました。使えると思います。」南方大陸ではサラマンダーを使えないので、現地で臨時に徴発した部隊を指揮していた。その部隊の練度は、さんざん砂漠で後方敵拠点を襲撃した甲斐あってなかなかのモノ。やはり、実戦経験は何物にも代えがたい貴重な訓練だとターニャは教育効果を実感している。端的に言ってしまえば、マニュアルは読むだけでは意味が無いのだ。実践に次ぐ実践こそ唯一つの有意義な教育法だろう。数学の解法を見るのではなく、実際に解かせてみなければ出来ないのと同じだ。「損耗により戦闘行動へ支障はないのか?」「補給を頂ければ、なんら問題ありません。例えばでありますがイルドア相手ならば、ほぼ戦力たり得ると判断します。」部下の練度は、まあしごき足りないとは思う。だが、言わずもがなな相手ならば恐れるには足らない。なにしろ実戦経験が欠如している連中だ。私が汚泥にまみれ砂塵に悩まされた時、パスタとピッツァで文明的な生活を謳歌した連中である。・・・バルバロイと呼ばれる連中相手に備えを怠ることの愚を、教育してやるくらいは可能だろう。経験という授業料の高い教師から学ばせてやる。本心から言えば、文明人たちを攻撃するのは大変心が痛むことだ。だが、残念ながら私には自己保存のために緊急避難的措置をとる権利がある。私の安全のためだ。美味しいパスタは私が語り継ぐのでイルドアの諸君には、バルハラで食環境の改善を行っておいてもらおう。「結構だ。」同時に、この解答は中将閣下を満足させたらしい。これで危険極まりない戦線を避けられるだろう。後は、のらりくらりとパスタやピッツァを楽しみながら、適当に戦争すればよい。文明人同士、理解しあえばなあなあの戦争ごっこで終戦まで遊べるだろう。たぶん。「中佐、意見が聞きたい事がある。」「はっ、なんなりと。」そして、うちの上司は部下の意見を幅広く取り入れてくれる実にやりやすい相手だ。このゼートゥーア中将でなければ、今頃私は本格的に亡命しているかコミーに殺されるかしていただろう。・・・ああ、恐ろしい。存在Xへの怨讐も終わっていないうちに、奴のミモトとやらへ送られるのは断じて御免蒙るところ。ぜひとも、ゼートゥーア閣下には出来る限り協力しなければ。利益が一致している以上、協力しないのは合理的な経済人としてあるまじき愚行だろう。「イルドアについて、貴官の意見が聞きたい。」ふむ、パスタの国についてお聞きになりたいと。結構。「はっ、小官が思いますにおそらく叩き潰すほかにありますまい。」「・・・中立維持や同盟国としての参戦は望みえないかね?」歴史的経緯を勘案してみよう。奴らが中立など、最後の最後でどうせ戦勝国面されるだけだ。ここで中立を維持できたところで、いつ何時裏切るかわからないのは危険すぎる。敵か味方か判別したほうが、敵か味方か曖昧な存在よりも状況次第では楽。「どちらにせよ、役に立ちません。」味方として参戦してもらったところで、実のところ微妙だ。なにしろ、使い勝手が悪すぎる上に防衛地域が一気に拡大してしまう。旧イルドア植民地防衛義務など、悪夢だ。ロメール閣下が過労死するだろうが、あるいはそれ以前に憤死するかもしれない。「戦力評価をしたかね?」「はい。その上での結論です。」確かにイルドア海軍は装備だけ見れば帝国高海艦隊並みの質だ。規模はやや小さいが、兵装だけ見れば一流と称してもよい。しかし、悲しいかな無理をして整備されているだけだ。ダイヤモンドと似ているかもしれない。見た目はきらびやかだが、衝撃には酷く脆弱。主戦場が陸でありなおかつイルドアの陸軍は致命的なまでに機械化が遅れている。というよりも、半島国家として海防を優先せざるを得なかったがために工業基盤の大半が海軍に向けられた。そして、損害を補充し総力戦に対応できるだけの基盤がそもそもない。「イルドアは、陸軍戦力において役に立ちません。逼迫する東部戦線を勘案すべきでしょう。」そんな国家だ。外敵の侵略から身を守るための海軍と、植民地確保のための陸軍程度しか持ち合わせていない。不味いことに、この国の軍隊は郷土軍の性質が強すぎることもある。はっきり言って、国防に使えても友軍として従軍してもらうには最悪だ。そんな連中と共闘したところで足を引っ張られる。史実同様に、きっとイルドア防衛に貴重な戦力を割くことになるだろう。それでは、はっきり言って東部戦線の崩壊を早めてしまうだけだ。せめて、せめて合州国が介入してくるまで持ちこたえる必要がある。コミーに覇権を許すわけにはいかない。つまり、個人の合理的安全確保の権利と世界への義務を勘案すればイルドアは滅ぼされねばならないのだ。「つまり、帝国にとって叩きやすく果実の多い敵です。」海軍戦力を拿捕できれば、戦局に寄与するだろう。拿捕できずとも、正直南方大陸を放棄さえすれば帝国はイルドア海軍に悩む必要もない。沿岸防衛軍としての性質が強いイルドア海軍当局では、到底外洋への遠征など考えもしないはずだ。仮に、仮に考えたとしてだからなんだ?フリッツXもどきで撃沈すればいい話だ。幸い、フリッツよりも凶悪な対艦攻撃兵装は複数帝国が保有している。対して、イルドアは金のかかる魔導師戦力の整備は一番列強で遅れた連中だ。「あらゆる要素を勘案した結果でも、叩くべきです。それも、今すぐに。」史実でも、イタリアは基本的に裏切るまで散々躊躇した。だから、時間という貴重な要素を稼ぐことができたとも言えるし失ったとも表せるだろう。それでも、はっきりとしているのは簡単な事実だ。連中は中立国であり力を養えるという事だ。放置しておけば、連合王国や自由共和国・合州国からの援助も届きかねない。そうなるくらいならば、さっさと外科的手術を敢行し、憂いを取り除くべきだろう。「大義名分が必要だ。ひねり出せるか。」「・・・大義名分?」そんなもの、占領してからイルドア人民の要請に応じたとでも言えばいいのではないだろうか?さすがにコミーの真似をするのは気が乗らないとしても、それくらいは言っても良い気がするのだが。「そうだ。少なくとも、一方的に同盟を破棄して攻勢には出られない。」だが、さすがに国家というものはお行儀のよい振りはしなければならないだろう。赤い国ですら、行動原理は、『人民の解放』なのだ。まあ、何から解放するかは観測者の主観も一部あるのだろうが。眉をひそめて、言葉の意味を解釈。曲解を許さないという上司の冷たい目線を感じる当たりちょっと困りものだ。法解釈を上手くこねくり回す程度の答えでは解決できないに違いない。結論は、被害者にならねばならないということか。「・・・つまり、奴らに先に手を出させればよろしいのですね?」「そうだ。しかし、可能だろうか?」言われてみて、ターニャは考え込む。小さな手だろうと、振り上げれば振り下ろしたくなるモノ。つまり、上げることさえさせられれば事はなる。史実を思い出せ。・・・ロンメル元帥がアフリカを撤退し、シチリアが脅かされた時クーデターが起きたはず。つまり、逆に考えよう。ロメール閣下に南方大陸を放棄させて、シシリー島に駐留したいとイルドアに通知。軍事条約を盾に強圧的な態度で臨めば奴らの天秤も傾くことだろう。いや、まて。それでは不確実だ。「難しいですね。極めて、難しい問題です。」「貴様でもか?」・・・ここまで期待されているとは。もう少し、頑張って評価にふさわしい労働を行うべきだろう。しかし、実際問題確実性のある方策などあるのだろうか?理屈の上では、イルドアはいつ裏切ってもおかしくない。だが、裏切りに際して奴らがその気になるには帝国の劣勢が必要だ。言い換えれば、イルドアが帝国に勝てると確信する必要がある。確信。・・・確信?騙せばいいだけか。「あまり良い手ではありませんが、一つ確実なものが。」正直に言えば、随分後まで温存しておきたい策だ。ついでに言えば、大抵の司令官は信用すらしてくれないかもしれない策だ。「使えるならば、この際何でもかまわん。」だが、上司が有能であれば活用してくれることだろう。「では。ここは、連合王国情報部を活用しましょう。」ウルトラ情報とやらに依存している連中だ。一度くらいならば、上手く踊ってくれることだろう。すぐ右となりのジャンソン伍長は良い奴だった。後ろのハイデルガー少尉は、素晴らしい叩き上げの士官だった。少し前のクルーガー曹長ときたら、下士官の鑑だった。銀翼突撃章に推薦されるに値するほど、戦友への義務を彼は為している。皆素晴らしい兵隊だった。それらを過去形で語らねばならないことは、もう慣れた。頭を上げられないほど密度の濃厚な制圧砲撃。飛翔音が着弾音で霞むような、圧倒的鉄量と轟音に晒され続けて数時間。帝国軍サラマンダー戦闘団所属、グランツ魔導中尉は口に入った埃と泥を吐き捨てながら辛うじて生きていた。砲弾に耕された大地でのたうちまわる兵隊。その中で、グランツもまた生き残っている。臨時構築された塹壕では、到底対処しきれないような鉄量の投射と間断なき歩兵突撃。単純ながらも、単純であるがゆえにそれらは帝国軍全体に出血を絶えまなく強いている。それ故に、戦闘団は火消しに追われやむを得ず分遣隊が各地に飛んでいた。連日の激闘。堅いだけの連邦軍魔導師が、連戦で消耗した帝国軍にとっては鬼門と化していた。数に優れた連邦軍に対し、帝国軍の基本戦術は機動力と火力。将校と優れた下士官らによってのみこれらが成し遂げられている。早い話が、機動防御で局所的優勢を確保。適切な地点に火力を投射するというのがその基本戦術となる。だが、強固な敵の魔導師は酷く厄介だった。「連邦軍魔導師を感知!数7!」生き残っていた観測兵が上げる叫び声。盛大に罵声を上げ、グランツは超長距離光学系観測式を起動。干渉規模からして、せいぜいひよっこも良いところの敵と判断。開戦前の水準で帝国軍が維持されていれば、さしたる脅威でもなかっただろう。しかし今や、帝国は疲弊した。そして、連邦のえげつないところは、ひよっこでも強度があほみたいに堅いことだ。「伏撃一択。魔導刃でたたっ切る。」小隊規模で光学系狙撃式を集中させて、ようやく焼き切れる防殻の分厚さ。やたらめったら乱射されるだけとはいえ、火力も侮れない。その敵が数にして7。その数字は、長距離戦で落とそうと思えば中隊以上の規模が必要になる。一区画に中隊を投じるような、そんな贅沢は東部ではもはや望みえない。「距離500までサイレント!」高度を取って消耗戦覚悟でひたすら漸減。或いは、刺し違えるリスクを承知で近接魔導戦に持ち込み魔導刃を叩きこむ。教本では避けるべき戦術しか、グランツらには選び得ない。東部では、泥にまみれた将校らが常に直面するありふれた苦悶だ。そして、彼が率いるわずか4名の古参魔導兵らは不満一つ述べることなく配置に就く。誰もがこれしか方法が無いことを理解しているのだ。他に対抗できるすべはない。あれば、誰もが採用している。誰もが想定し得ない様な極限状況での無理な連戦。補給状況は極めて劣悪。普通ならば、後退して補給線の再編を必要とするほどだろう。悪いことは纏めてやってくるもの。厄介なことに後方連絡線は常に不安定ときた。ここしばらく、天候が安定せず航空支援も限られてしまうらしい。そのように、鑢で身を削っていくような日々が延々と繰り広げられている。空軍のやや不定期な投下物資が途絶えれば、ライフル弾どころか食糧すら事欠く。そんな日々が、もはやグランツらにとってはありふれた日常と化していた。彼らはありとあらゆる悪態を世界に吐きながら、塹壕を掘るしかない。魔導師ですらだ。状況を勘案すれば、ここに居る魔導師らは東部でもベテランに分類される古参兵といえるだろう。「観測兵、距離4000より読み上げ開始。」「了解。」距離とタイミングが伏撃には極めて重要となることを、理解できる古参兵。この戦場において、その価値は同量の金にすら勝る。なにしろ東部の平均的な魔導師の出撃回数は一日で5回。拠点防衛につかない航空部隊に至っては、7回である。東部に留まれば、生き残る限り誰もがエース様だ。魔導師ならば、あっという間にネームドたれる。・・・生き残るという事の障壁が想像以上に高いという事を度外視すれば。まあ、堅いだけで技量も何もない連邦軍魔導師でも落すのは厄介だ。なにしろ技量を尽くす戦いというよりは、鑢がけである。首狩り戦術など奇手であって、軍全体からみれば何とか追い払っているに過ぎない。「距離4000!」なにしろ、とグランツは自嘲する。相手の練度はお粗末にも程があるだろう。観測兵が緊張しきった表情で告げている彼我の距離は既に認知圏内。距離5000を切っている。本来であれば、とうの昔に感知されているべき距離だ。距離8000に無警戒で敵を入れたら、あの愛くるしいお口の主は死刑宣告を告げてくるだろう。良く見積もっても、夜間ハイキングに叩きこまれて火遊びはさせられる。ところが、連中ときたら呑気に飛んでいる。基礎以下の対地警戒も索敵もできずにただひら押しにしてくる間抜け相手だ。落せて当然。そして、そんな連中の単純な数に圧殺されているという現状。古参のベテランらにしてみれば、嗤うほかにない。どうでもいいような連中に押しつぶされそうになる屈辱は耐えがたいものだ。自身の足掻きが、足掻きに過ぎないというのはもっと屈辱を深める。「距離2000!」魔導師の領域で言えば、ほとんど直近の距離。だが、まだだ。斬り込みたくなるのを自制しつつも、グランツは手にしたシャベルを握りしめていた。その手に握りしめたシャベルを見つめながら、グランツは苦笑いする。ライン戦線でも、そう言えばシャベルを抱えて塹壕に突撃させられた。魔力でシャベルの刃を魔導刃の刀身にするようになって以来、握りしめたシャベルは第二の相棒である。実際、使い勝手が一番良い。とりわけ、この東部ではそうだ。「距離1000!」周囲を確認。魔導師がこちらは4。落ち着き払った古参兵らは頼もしい限りだ。魔導師の護衛の兵卒は、悲しいことに東部到着以来半数にまで減っている。今日、3人も一度に失ったことは大きな悲劇だった。敵討といくほかにないだろう。だが、意気込みとは裏腹にとことん今日のグランツはツキに見放されていた。「っ距離700!敵隊形に変化あり!」密集して飛んでいた連中が、咄嗟に襲撃を回避するために乱数回避機動を開始。さすがに、完全に間抜けであることを期待する訳にもいかなかった。舌打ちしつつ、方針を即座に変更。「っっ!アサルト!アサルト!」咄嗟射撃で牽制しつつ飛翔。すり減った部隊では、ツーマンセルすら望みえない。混乱しきった状況での混戦。口を開けば悪態か罵声しか出ないだろう。学校ならば、士官が避けるべきリスクをいくつも犯したクレイジーな選択。そんな愚行を選択しなければならないほどの戦局にはもう慣れた。ベテランですら新任に苦い顔をする余裕すらもはやないのだ。教科書通りの戦術では、一日と生き残れない。牽制と揺さぶりを兼ねて煙を撒き散らすべく爆裂術式を起動。本来であれば、有効でない攻撃は牽制にすらならないと一笑される無駄だ。だが、教科書を書いた連中は知らなかったのだろう。大丈夫だとわかっていても、燃え盛る炎と煙に包まれて動揺しないには経験が必要だ。少なくとも、誰かが怯える子羊たちを率いる牧羊犬たる必要があるだろう。「・・・奴か。」混乱しきった敵兵の中で、叫び声と通信を最も発する魔導師を瞬時に識別。占位している座標も、指揮官であることを裏付けるようにほぼ中央。予想通りだが、念には念を入れて観察した甲斐があった。多重に起動した術式で推進力を確保。部隊の混乱を収めるのに忙しい連邦魔導師が気付く前に、懐に潜り込む。分厚い防殻、強固な防御膜。何れも、光学系術式では飛散してしまうだろう。だから、一切合財の躊躇をかなぐり捨ててシャベルの刃に宿した魔導刃を突きだす。急速接近する相対速度と高密度の魔力。正面からぶつけるだけで、防御膜も、強固な防殻も突きぬく。悲しいことに、この戦術は有効ながらも近接戦でこれができる新人が恐ろしく乏しい。頭を失い、さらに統制の乱れた敵魔導師を狩り落としつつ思うのは練度の低下だ。帝国軍魔導師の高い質は最早過去の逸話になりつつある。現状では、わずかな資質を持つものならば直ちに候補生として養成所に回されているらしい。従来ならば、到底許可されないような水準でだ。新任時のグランツらが尻に殻の付いたひよ子だとすれば、今の連中は卵程度だろう。温めれば、孵化して大空を羽ばたくことも可能かもしれない。だが、現実は自分達が受けた様な促成教育をさらに短縮した訓練期間で前線送り。損耗が激化し、さらに短縮圧力がかかるという最悪の悪循環に陥っていた。「排除完了!敵反応は担当区域に確認されません!」「御苦労。状況終了。各自、戦闘態勢を解除し警戒態勢へ移行せよ。」観測兵が担当区画から完全に敵魔導師反応が消滅したことを確認し、報告を寄こす。受け取った観測結果から任務終了と判断し、戦闘態勢を解除。同時に、戦域全体の状況を把握するべく情報を収集。状況が終了したとはいえ、グランツにしてみれば少しも気が抜けない仕事だった。流れを見誤ると、すぐに取り返しのつかない状況に巻き込まれる。そうして、彼は各戦区からの被害報告に目を走らせる。だが、やがて眼を走らせ、天を仰ぎたくなってしまった。「・・・また損耗か。このままでは対応しきれん。」隣接区域の部隊は、補充要員らからなる新編の魔導中隊が担当だ。いや、担当だった。現在中隊規模で防衛していた区域に残存しているのはわずか小隊規模の魔導師のみ。自分達サラマンダー戦闘団の分遣隊が引き揚げた後、当該戦線の防衛は誰が担うのかを考えるのは恐怖だ。制空権を魔導師・航空戦力が確保しているからこそ辛うじて数に勝る連邦軍を押しとどめられている。だが、言い換えればそのどちらかが崩壊した時点で全てが狂いかねない。いや、全面的に崩壊することは確実だろう。・・・どうしろというのだろうか。「・・・このままでは帝国は崩壊しかねません。」狭い陸軍連絡機の内部。呼び出された中佐に対し、操縦桿を握った若い参謀将校が苦境を漏らす。小型機の内部では、誰もが憂慮していた。そこにあるのは、深い苦悩だ。南方大陸帰りの面々は誰もが合州国の介入を実感している。東部帰りの面々は、否応なく擦り減っていく帝国軍を目の当たりにしていた。「合理的な帰結は、停戦だ。なんとしてでも、な。」彼らの眼に映る帝国軍は、疲労し打ちのめされる寸前である。まだ、辛うじて戦場というリングで拳をぶつけることは可能だろう。だけれども、もはや勝機はどこにもに見いだせる状況ではない。故にこれがボクシングで、彼らがセコンドならばタオルを投げただろう。「何としてでも、余力を残して停戦に持ち込まねば。」誰かが呟く一言。それが、帝国のおかれた現状で唯一選びうる方策だった。参謀本部はまだ戦う気である。前線の部隊は、隣の戦友のためにならば銃を取ることを厭わないだろう。だが、前線の過酷な洗礼を受けて帰還した彼らが目の当たりにしたのは疲弊しきった戦争機械だった。精密に組織され、設計された筈の戦争機械ですらすでに歪み始めている。まだ、外側は綺麗に磨きあげられるべく努力が払われているだろう。しかし、内側が盛大な不協和音を奏で始めているのを彼らは耳にした。「動員年齢幅と配給制の拡大。参謀本部ですら、この方策は窮余の策だと。」街を見渡せば、辛うじて若者や働き盛りの人間を見ることもある。だが、それらは大半が軍人か工場から引き抜くにはあまりも貴重な熟練工だ。大半の労働層は動員され、一部が工場に回されたほかは湯水のごとく東部に投入されている。「・・・なにより、砲弾が足りません。海軍分も底をついています。」砲弾・弾薬各種軍需物資の消耗は、ライン戦線からの戦訓に基づく予想すら上回ってしまった。海軍割り当て分の20㎜~88㎜砲弾を緊急に融通することで急場は凌いだものの、海軍の予備すらもうない。もとより、艦隊の備蓄している砲弾・弾薬は陸軍のそれには適合しないものが多い。対空砲火用の弾薬を辛うじて転用できたのは、幸いだったが海軍とてない袖はふれないのだ。これ以上の転用は、艦隊の能力発揮に係るとして海軍は拒否する構えを見せている。「油田防衛も課題で、稼働率がこれ以上低下すれば航空部隊の運用に支障が出かねません。」「まだましだろうな。魔導師部隊にいたっては、すでに半数が基準以下の新兵だ。」突きつけられる現状は、どれほど楽観的な将校ですら頭を抱えて呻きたくなるほど絶望的。導き出される結論としての、停戦合意には誰も異論が無い。「・・・だが、落とし所は?」問題は。「連合王国・連邦・共和国に合州国。いったい、連中が何を要求してくることか。」連邦と共和国は大幅な領土を要求してくるだろう。連合王国は、海軍戦力の削減を開戦前から要求していた。これらに応じるだけで、帝国は列強としての地位を喪失するに違いない。占領した協商連合の土地を交渉材料にしようにも、そもそも無条件の返還要求が叫ばれているのだ。交渉できると考えるだけ望み薄だろう。『耐えがたい損耗を敵に強いることで、敵が停戦気分に陥るのを期待する。』この参謀本部の非公式なドクトリンは、交渉に対する絶望的な見解からひねり出された答えに過ぎないのだ。開戦当初は、あまりにも悲観的だと一笑されたその見解。しかし、それが唯一の希望となるほどまでに帝国は窮している。あとがき思ったよりも早く更新できました。でも、もうちょっとペース上げようと思います。・・・こんなことしか書けないとはorz追記大幅に誤字修正しましたorz>ホーリックス様こんな作品へようこそ!歓迎します。それにしても、被害者のデグレチャフに対して、なんと残酷な。>Oージンジ様まさに、それが書きたくて書いた趣味の作品です。>翠鈴様戦争は、ありとあらゆる手段を持って行われるものですからね。ZAPだけでは、ちょっと足りないのでしょう。>ee様“この気持ち、まさに恋だ”ですね。>D4様デグレチャフ魔導中佐殿の活躍にご期待ください。>ゲイ・ビルツ様幸福でないならば、ぜひ担当者にご相談ください。>ふ~せん様誤字修正しました。鉄の男なみのZAPの嵐が吹き荒れています。ZAP