それは、奇跡を起こすことが義務付けられた日。それは、約束された終末への第一歩。誰もが待ち望んだ終わりの始まり。親愛なる帝国臣民の皆さま、並びに親愛なる帝国友邦諸国の皆さま。帝国軍南方大陸駐留部隊を代表し、御挨拶申し上げるはターニャ・デグレチャフ魔導中佐であります。晴れがましい場ではありますが、皆様に再び見えることが叶う事に勝る喜びはございません。ただ、誠に遺憾ながら状況はやや緊迫しているというのも事実。皆様との回線に、いささか以上のノイズと着弾音が混じり込み皆様を煩わせていることをお詫びいたします。誠に、誠に恐縮ながら現在前線においては苛烈な戦闘が勃発中であります。親愛なる皆様、帝国軍は侵略行動に対し断固たる防衛措置を講じることを確約いたします。祖国防衛に邁進する将兵らの意気は堅固であり、祖国を死守せんと侵略者に対峙する意志は壮健と評すほかにございません。ですが、戦局いかんともしがたい局面も局所的に生じることを御寛恕ください。現在、帝国軍南方大陸方面軍は我を圧倒する規模の合州国軍と対峙しこれを抑え込んでおります。これらの状況は、流動的でありますがすでに大打撃を与えさらに締め上げんと我ら帝国軍は邁進しているのであります。いささか、前線は多忙であり十分に戦局に関して言葉を尽くして御説明できないことをご容赦ください。最前線より、ターニャ・デグレチャフ魔導中佐がお送りいたしました。「全戦域において、攻勢を確認!」緊張で喉が渇ききった帝国軍将校らが、戦域地図を前に喉を嗄らす。砂漠の砂塵が密閉された筈の司令壕内部に入り込んでくることを気にも留めず、誰もが眼を開いて地図を凝視。書き込まれた戦域情報は刻一刻と変化し、誰もが青い顔を並べて事態の悪化に直面する。彼らとて、手をこまねいて事態の悪化を座視していた訳ではない。叶う限りの最善は尽くしている。その上で、彼らは無力だった。「・・・大規模な行動?事前の想定とは違いすぎる。」先の衝突で完全に叩きのめした筈だった。なるほど、確かに敵の兵站は強靭であり時間は敵に有利だろう。だが、少なからず損害を与えたのも事実なのだ。立ち尽くす将校らにしてみれば、合州国軍がここで再起できるとは夢にも思っていなかった。彼らの、帝国軍の兵站概念で考えればおおよそ説明できない速度・規模での再建に近い。無意識のうちに一歩、気持ちの上で彼らは圧倒されているのだ。それほどまでに、合州国の底力は現実の障壁として帝国軍の前に立ちふさがる。「ロメール閣下からは?」「可能な限り遅延戦闘に努めつつ、敵情把握に努めよと。」そして、後方の上級司令部にできることは本国への撤退許可申請くらいだろう。ロメール将軍の手持ち予備兵力は既に枯渇して久しいのだ。南方大陸方面軍の高級将校にとって、増援の見込みなどそもそも期待するだけ無駄とわかりきっている。遅延戦闘に努めよと後方から言ってよこすのは、他に言えることが何一つないということの証明だ。アドレナリンが充満し、引き攣ったような眼光でお互いを見やる将校らにしてみれば堪った話ではない。砂漠で定点防御陣地を構築するというのは、本来無謀極まる概念なのだ。砂漠戦とは、兵站拠点を巡っての高機動戦であり動的な概念を最も尊ぶ。偽装や欺瞞措置による奇襲・伏撃は一つの選択肢だが、拠点によっての防御というのはナンセンス。砂漠でどうやって強固な防御陣地を構築しろというのかと、本国の間抜けどもに現地は絶叫してやまない。さらさらと流れる流砂の上に、塹壕線を構築できると信じているアホがいるとすれば実践してみせろ、と。コンクリートも重機も欠如しているどころか、戦闘工兵すら事欠く前線で強固な陣地構築をして見せろと。まして、相手はラインでの共和国軍を遥かに圧倒する規模の火力を投入してきている。辛うじて仮設した簡易防御陣地では到底持ちこたえ得ないというのが衆目の一致するところ。最も楽観的な将校でさえ、この状況下では退路が確保できれば幸いだと考える程度だ。ゆっくりと、しかし敵に付け込まれないように砲撃の止んだ刹那に逃げるということができれば、だが。それだけに、誰もが思わず全滅の悪寒に囚われてしまう。唯一人、デグレチャフ中佐を除いて。なにしろ、こんなところでお国のために壮烈な戦死なぞ御免蒙ると考えているのだ。ターニャにしてみれば、こんな状況ならばさっさと逃げる以外にオプションはない。当然、全滅の悪寒とやらに付き合って雰囲気で集団自殺に付き合う意志はあるはずも無し。言ってしまえば、自分だけは高速魚雷艇を用意して逃げ出せるダグちゃんの気分だ。コレは酷いと歎きながら、いつか戻ってくる!と豪語して高速魚雷艇に乗り込むつもりである。そして、生きていればなんとでもなるとかなり楽観的な見通しも持ち合わせている。なにしろ、無茶口は戦線再編と撤退支援の名目で真っ先に逃げ出したが生き延びた。トミーだって、胃潰瘍の診断書をゲッツすればまあ生命だけは保全できた。まあ、トミーの事例は最悪の手段。できれば、無茶口程度の手段でここから脱走するに限るとターニャは早々に判断している。つじーん方式もないではないが、あれは運要素が強過ぎるのだ。碧眼を細めて、司令壕を見渡す限り突発的に戦局を改善させる案を持っている人間も無し。誰も彼も真面目に仕事はしているが、切迫していて今にも緊張の糸が切れそうである。まったく、御苦労なことだがこちらを巻き込まないところでやってほしいとターニャは肩をすくめる。少なくとも、自分が巻き込まれない事と保身が最優先だ。そこでここは、無茶口方式が最適だと判断。逃げ出すに足る口実を考え、即座に結論付ける。当然、撤退支援以外にない。故に。堂々と逃げるために。ターニャは口火を開く。「失礼、差支えなければ我が隊で撤退支援に志願いたします。」如何にも後ろめたいことが何一つないという表情で。内心の面倒くささを鉄面皮で完全に覆い尽くし、如何にも忠勇な軍人然とした表情で。ターニャ・デグレチャフ魔導中佐は撤退を進言した。その姿は、いっそ清々しいまでに凛々しい。戦争とは、なにも剣林弾雨を掻い潜るだけではない。だが、逆に言えば一般的に言える程度には掻い潜らねばならないとも言える。帝国軍将兵にとって不幸なことに。この日、パルトン中将率いる合州国軍が投じた鉄量は前代未聞の規模であった。古典的な操典に曰く、『砲兵が耕し、歩兵が前進する。』本来ならば、比喩である筈の耕作を文字通り国力にモノを言わせて現実に至らしめたのである。「10時方向に複数装甲車両を確認!」故に。練度未熟だろうと。連係不足だろうと。合州国軍の進軍を阻止するためには鉄量に頭を押さえられた状況となってしまう。「何故ここまで近づかれた!?識別急げ!」これが、地盤強固な山岳地帯や地下要塞構築済みの防衛線ならば押し返すことも叶うだろう。砲撃というものの制圧効果と対要塞攻撃の有効性は案外跳ね返されることも少なくないのだ。だが、ここが仮設の防御線しかない砂漠地帯ともなれば。砲撃に押しつぶされないようにするので精いっぱい。むしろ、擦り減っていく部隊の統制を維持するだけで将校らは疲労困憊してしまう。敵情把握以前に、自軍の情勢すらまともに理解できなくなりかねないのが実態である。「敵戦車を視認!急速接近中!」「戦車!?」加えて、盛大な着弾が視界と聴覚を覆い隠してしまう。そのために、本来ならばエンジン音で真っ先に気がつくべき敵戦車の存在すら隠匿されてしまっていた。なにより厄介なのは、単独ではなく明らかに中隊規模の敵戦車ということだ。今次大戦で飛躍的に発展している戦車の性能を勘案すれば、歩兵ならずとも遭遇したい相手ではない。単独で渡り合えるとすれば、航空部隊か魔導師程度。なお、戦車の特性上強固な装甲を撃ち抜く為には対人用ではなく対装甲用の術式が必要とつく。航空優勢なり、魔導師による支援なりが確立してればそこまで恐るべき敵ではないかもしれない。だが、魔導師の援護を欠く状況かとなれば事態は真逆に転がり落ちてしまう。そして、連合王国から戦訓を学んでいる合州国軍は敵魔導師を牽制するために魔導師を連帯させることも忘れていなかった。「に、2時方向に敵魔導師!」「糞ったれ!すぐに迎撃に向かわせろ!」歩兵の指揮官にしてみれば、悪夢のようなコンビネーションである。技量未熟といえども、敵魔導師は敵魔導師。歩兵のライフル程度では防殻どころか防御膜すら抜けるか不明。20㎜以上の大口径重火器で制圧しなければ、大損害を覚悟せねばならない天敵。しかも、戦車よりも小回りが利くのだ。数で言えば戦車の方が多かろうとも排除の必要性は依然として高い。そのため、選択の余地なく援護任務中の魔導師を迎撃に向かわせる羽目に。「戦車が抑えられません!」「野砲でも、高射砲でも使える物は全部使え!何としても適当に押しとどめろ!」当然、戦車の相手は自力で行わねばならない。泣きたくなるが、将校らはそれでも平然と鉄面皮を装って無茶を下士官に命令する。なにしろ、なんとか適当にできねば全滅だ。蹂躙されて戦車か魔導師に吹っ飛ばされかねない。生き残るためには、抵抗を行うしかないのだ。言われずとも承知している対戦車砲兵は、手早く砲弾を装填。単純に直進してくる間抜けを笑いながら、初弾を発射。ものの見事に直撃し、敵戦車一台を撃破。その戦果に思わず帝国軍将兵からは歓声が上がる。第二射、第三射と対戦車砲が戦果を生み出し、見入る将兵の前に敵戦車の残骸を積み上げ始めた。何とか押し止められるか?だが、そんな指揮官らの希望的観測は合州国軍第三艦隊戦艦群の超長距離制圧射撃によって蹂躙される事となる。遥か上空にて対戦車砲の発砲炎を観測した連合王国軍魔導師による砲撃管制。その要請によって、戦艦アイワーを中心とした40㌢砲による一斉射撃が対戦車砲陣地に降り注ぐこととなる。120㎜程度ならば、辛うじて直撃しない限りは持ちこたえられる防御陣とて40㌢はそもそも想定外。「っ!?観測されています!」「こんな制圧下で対抗砲撃など、自殺行為です!」あえなく。形容するならば、あっけなく。歩兵部隊の頼みの綱である対戦車砲陣地は粉砕される事となる。当然、観測されているという事実が将兵にとって重くのしかかる。着弾観測と砲撃管制を行われている状況では、超長距離からの重砲による射撃に対抗できない。「ええい、敵の観測要員さえ排除できれば此処まで…」そこまで、思わず口にしかけた将兵ら。しかし、次の瞬間に爆発し吹き飛ぶ敵戦車群を目の当たりにすることとなる。一体何が?誰もが思わず抱く疑問。それに対する答えは、空からやってきた。『こちらイルドアヌス戦闘団、現在撤退支援行動を開始中。』誉れ高き帝国軍魔導師。その中でも、イルドア方面で勇名を轟かせた精鋭戦闘団。対艦攻撃すら可能な重火力部隊。『イルドアヌス01よりCP。敵観測要員の排除を行う。友軍誤射に留意せよ。』彼らは、合州国軍魔導師の飛びざまが無様にしか思えないほど見事な機動で突入。空を覆い尽くさんと飛んでいる合衆国軍魔導師や、戦車部隊をあざ笑うかのような速度と衝撃力。『CPよりイルドアヌス戦闘団。敵魔導師排除に留意されたし。』『イルドアヌス01了解。友軍上空の掃討に努める。』圧倒的優勢な敵を前にして、平然たる解答。どうという事もないと、気負う事のない平静さ。その時、イルドアヌス戦闘団は前線部隊が渇望していた救い主だった。まさに、救いの神だったのだ。思わず、十字を切ってしまえるほどに。敵前逃亡は銃殺刑。将校ならば、もっとハイ・ペナルティ。こんなところで、堂々と逃げるにはどうすればよいかと聞くのは愚の骨頂。最大戦闘速度で戦場上空を横切るターニャの心中は活路を見出したがために、平静そのものだった。生き残る確率が最も高い行動を選択するという合理主義に基づき、ターニャは歴史に模範解答を発見している。逃げるときは、撤退支援という名目が不可欠。これは、偉大な無茶口将軍から学んだ歴史的教訓である。正直に言って、どれだけ優秀な弁護士だろうとも無茶口将軍には叶わない気がする。自己保身能力に関してならば、人事の視点で見ても切りたくても切れない素晴らしい保身ぶりだ。愚者は経験しなければ学べないかもしれないが、近代的合理主義は歴史から学ぶのだ。自由を愛する一己の人間として、ターニャは知恵を振り絞りシマーヅしかこの場を乗り切る方策が無いことを知っている。幸いにも、というべきだろうか。シマーヅの様に撤退、ただし前方へという発想は帝国を含めて列強に知っているような連中は皆無だ。当然の事として、友軍の撤退支援という名目で堂々と敵陣を突破してしまえばあとは何処へ行こうと自由。つまり、シマーヅの真似をして自由へ飛び立てばよい。そう、自由だ。実に甘美極まりない響きである。『イルドアヌス01より、戦闘団。繰り返すが目標、敵観測魔導師の排除並びに砲兵陣地。』素人は得てして、感情に惑わされて大きな失態を犯しがちだ。なるほど、確かに一見するとアホの様な火力を投射してくる合州国軍陣地強襲は自殺行為に見えるだろう。誰だって間違っても、ハリネズミ対空砲火に直面したいとは思わないに違いない。実際、それも一理はあるのだ。なにしろ、敵の物量は圧倒的の一言に尽きる。『友軍の撤退支援だ。諸君、刺し違えてでも成し遂げろ。本作戦行動において、撤退は認めない。』故に。こんな命令を出して突撃する指揮官というのは、敢闘精神の塊に違いない。ここまで、勇猛果敢に突撃を敢行すれば軍法会議に引きずり出されるという恐れは皆無。もちろん、何故か自分の部下は悉く好戦的なので喜び勇んで突撃してくれる始末。確かに自分の言動も、好戦的であることを装ってはいる。だが、どの将校だって自己保身のために同じ程度には好戦的言動を行っているのだ。つまり、原因を探求すれば自分以外の要素が大きい。おそらくは、最前線に放り込むに際してのゼートゥーア閣下の余計な配慮とやらに違いないだろう。まあ、こんな突破戦の時は躊躇しなくて済む分楽なのだが。『突破後は、敵後方をかき回す。遊撃戦を想定し、長時間戦闘に備えよ。』とまあ、こんな風に威勢よく言っているがこれは全て合理的計算による結論だ。一般に言って、合州国軍の強みは火力と物量と組織力である。結論としては、大量の火力によって粉砕するための軍隊と言い換えても良いほどだろう。つまり、こんな連中と砲撃戦はやるだけ時間の無駄という事になる。こちらが一方的に擦り減らされてしまうだけで、人的資源と各種消費財の浪費に他ならない。それほどまでに、合州国の火力は脅威だ。だが逆に言えば、彼らは接近されてしまうとその火力を有効に活用できなくなる。味方もろとも砲撃で吹っ飛ばすのは、連邦ならばともかく合州国では難しい。誤射程度はあるだろうが、懐に入り込んだ魔導師を排除するために戦艦が40㌢砲を意図的にぶっ放せば大事だ。艦長以下命令を下した連中は、悉く合州国名物の訴訟戦争に突入することだろう。それを知っているために、誰もが味方もろとも砲撃には躊躇する。連邦軍なら知ったことかと撃つだろうが、さすがに合州国軍には出来ない相談だ。故に。端的に言ってしまえば。相手に近づく方が安全な戦場というやつもたまにはあるのだ。常識や自分の思いこみで敵に近付くことを恐れる方が、実は危険という事になる。実際、空域には合州国・連合王国魔導師もうようよ飛んでいるのだ。これを盾に、適切な距離まで並行追撃を行えば砲兵隊を叩くことも可能。そうなれば、お勤めから解放されて自由へ一直線という計画である。そして、その計画は見事に的中する事となる。並行追撃じみた混戦を繰り広げる魔導師群。ドレーク少佐率いる連合王国軍魔導部隊は、まだ奮戦し得た。大打撃を受けた残存部隊とはいえ、精鋭ぞろいの部隊だ。一時は、イルドアヌス戦闘団の1個中隊を屠り包囲せん滅を試みるだけの戦果も立てている。だが、大多数を占める合州国軍の部隊は混戦に持ち込まれそのまま押し込まれてしまう。そして、ドレーク少佐が歯軋りする前で砲兵隊が射程にとらえられ対地攻撃で一掃される事となる。さらに。悪辣極まりないことに。偽装退却を演出し、イルドアヌス戦闘団は合州国軍魔導師を誘引。艦隊や対空砲火の盾に使いつつ洋上へ誘引。その後、使い終わったとばかりにあっさり叩き落としイルドア半島方面へ急速離脱。連合王国魔導師部隊の奮戦によって、一定程度の損耗は与えるものの戦術的には大敗だった。砲兵陣地が叩かれたがために、全戦域にわたって合州国軍将兵に動揺が拡大。特に、対陣地射撃を砲兵が専従していたがために突破に必要な衝撃力が消失。敵戦列を蹂躙せよと息巻いていたパルトン中将をして、攻勢の中断を余儀なくされる。さて、合州国の首都フィラデルフィアというのは自由と文明の中心である。建国以来の精神は、確固たる民主性と自主独立に依拠した強固な自由主義への帰依による。建国以来の父祖の伝統は、合州国市民をして自ら銃を取り防衛に努めるという祖国防衛の精神をはぐくんできた。そんな国家であるものの、合州国は他の列強と異なり大規模近代戦闘の経験が乏しい。国内での匪賊討伐戦や隣国との小規模な国境紛争程度ならば経験済み。独立戦争や内戦時には、大規模会戦を戦い抜いたといえそれは前時代の経験だ。もちろん、その工業力に裏打ちされた国力は強大な軍事力を賄えた。だが、経験不足というものを軽視すべきでないという事も合州国の指導者たちは理解している。その日、フィラデルフィア中枢に位置する男達は実に憂慮していた。「・・・報告書は読んだ。」つい先日、ボロボロに叩きのめされたという報告書を読んだ彼らは現地部隊のトップを挿げ替えていた。官僚的な軍人から、現場思考の闘将タイプに切り替え行われた戦闘の報告書。それらが明らかにしたのは、フィラデルフィアが予期だにしなかった事態である。「はっきり言うが、酷いありさまだ。」「こんな状況で、合州国のボーイズは戦争ができるのかね?」パルトン中将による軍の練度確認と訓練を兼ねての積極攻勢。結果は、軍の質に深刻な疑念を喚起してやまないものだった。その衝撃は極めて深刻なモノとして受け止められている。思わず、大統領をして自国の兵士に対する懸念を口にさせてしまうほどだ。「確か、陸軍はイルドア陸軍の脆弱さを指摘したレポートを作成していたな。」「そんな余裕があるならば、まず自分達の問題を改善してみてはどうかね?」「わずか一個戦闘団の魔導師に、二個軍団が翻弄された?ナンセンスだ。」居並ぶ高官の誰もが、陸軍長官が数か月前に見せていた自信満々の表情をあざ笑うように非難を合唱。実際、開戦直前に陸軍長官は、合州国軍の状況はボタンの一つに至るまで何一つ不足していないと請け負ったのだ。だが彼の願望むなしく、展開している合州国軍は実に脆弱極まりないという事実が露呈した。兵員の技量、組織的指揮系統の未確立、対空戦闘経験の欠如に魔導師部隊の運用未熟。何れも、戦闘を通じて学んでいけば良いと鷹揚に構えるにはいささか犠牲が大きすぎた。「パルトン中将だったか、彼の指摘が正しかったのではあるまいか?」それ故に。陸軍主流派は嫌々ながら、派閥的には敵に近いパルトンを抜擢する羽目になっていた。そして、パルトンの戯言が全て戯言でないとフィラデルフィア中枢の前で暴露されてしまう。「全くその通りだ。」「彼の報告書によると、10年も前に問題になっている事ばかりだ。軍は、無能の集まりなのね?」居並ぶ高官らは、官僚的な陸軍軍人とやらの挿げ替えを既に決断している。そこにいる陸軍長官は、すでに出席者の中では『前陸軍長官』と認識されていた。「派遣前の大言壮語、高くつくぞ。・・・覚悟して起きたまえ。」そして、大統領の一言によってうなだれていた陸軍長官の肩が落ちる。促されて退室していく前陸軍長官の姿を見やりながら、大統領はため息交じりに呟くことになる。「・・・早急に後任を考えねば。」実際、想定外の事態なのだ。煙草を燻らせる高官の誰ひとりとして、このような事態は想定しえなかった。戦闘経験の欠如という問題は、認識していたとしても。ここまで崩れるというのは、予想だにされていなかったのだ。「分析の結果は?」「損耗比率で言えば、まあ許容範囲です。ですが、投じた鉄量から言えば明らかに問題が多すぎます。」実際、パルトン中将の敢闘精神と手腕をもってしても帝国軍に押し戻されてしまっていた。これで指揮官の手腕に問題があれば、個人に責任を求めることもできただろう。だが、実際にはパルトン将軍は損耗比率を辛うじてながら抑え込み敵に適う限りの打撃を与えていた。本来ならば、勝っているべき布陣で手抜かりはなかったというほかにない布陣なのだ。問題は、彼に与えられている戦力に存在していた。「・・・砲弾と火力でなんとか押し込もうとして失敗、というところですか。」魔導師、砲兵隊、機甲部隊。この全てが技量において帝国軍に翻弄されてしまっていた。そのため、規模においては圧倒していながらも戦術で敗北。連合王国の支援部隊がいなければ、本当に駆逐されかねないほど酷く叩かれている。砲兵陣地上空に侵入を許した時など、こちらの魔導師を盾とする戦術に恥ずかしいほど遊ばれていた。「実際のところ、改善できるでしょうか?」これほど深刻な問題は、そうないだろう。当然、改善が必要だと誰もが素直に認める。問題は可能かどうか、だ。「厳しいでしょうな。訓練課程を考え直す必要がある。」敵と対峙しながら、新兵の教育課程を見直すのは容易ではない。「でしょうな。加えて、砲弾だ。何を押しても火力を供給しなければ。」工業力に余力があるとはいえ、砲弾の増産には時間がかかる。「兵員の数もでしょう。限定動員では間に合いそうにもない。」兵員の確保、工場労働者の確保とて一筋縄ではいかない。何れも、合州国ほどの国力があれば克服できないこともないだろう。ただし、どうしてもそのためには時間が必要不可欠だ。この場合において、時間というのは全てに優先する。「何れにしても、時間が必要だ。他国を矢面に立たせるしかありません。」結論として、合州国はその問題を同盟諸国に押し付ける以外に選択肢が無かった。まあ、合州国にしてみれば本来旧大陸が旧大陸内での解決に失敗した問題だという認識も存在している。それくらいの負担は、当然だと誰もが簡単に納得していた。なにしろ、合州国は基本的に巻き込まれた側というのが彼らの認識である。率直に言って、積極的な自己犠牲精神というのは生まれようもなかった。「左様。連合王国や連邦にももう少し負担してもらいましょう。」「ああ、そう言えば自由共和国というのもありましたな。」「いくつかの亡命政権は連合王国に任せればよろしい。」実際、一部の上院議員や世論は未だに本格的派兵に異議を唱えている始末だ。さすがに介入の必要性をフィラデルフィアは疑いこそしないが、配慮の必要性も理解している。当面は、支援に留め損害を抑制できるように部隊を再編成する時間を稼ぐ必要性は共通の認識だった。「で、肝心の支援は?」「少なくとも装甲車両や砲弾薬は余裕があるので、これをリースしてやりましょう。」そして、少なくとも工業力にモノを言わせての大量生産は合州国の得意分野。すでに大量の経験知に基づく最適化が為されている分野である。故に、居並ぶ面々にとってみれば反対する根拠はなかった。なにしろ、既に大量の援助を連合王国に行っている。一時は継続が危ぶまれることもあったが、個々に至っては堂々と供与できるのだ。せいぜい、頑張ってもらいたいものだった。「・・・それで我らのボーイズの犠牲が減るならば。」これが、合州国政治家の本音。誰だって、自分の有権者をバタバタと戦死させたい政治家はいないのだ。どう考えても、政治的な自殺行為に他ならない。まだ有意義な戦略目標をでも確立されているならばともかく、無様な敗北は許容しがたいのだ。少数の犠牲を悼むならば、まだ許容し得る範囲かもしれないがそれ以上は断じて受け入れがたい。故に、犠牲を他国に押し付けるという提案は実のところ誰にとっても素晴らしい提案なのだ。そして、ロリヤはそれをよく理解していた。だからこそ、彼は自己責任を恐れずに貿易協定を申し出たのだ。暗に、犠牲を引き受けてやるから援助を、と申し添えて。「では、連邦のロリヤが申し出ている貿易協定に応じるという事でよろしいでしょうか?」「構わんよ、国務長官。ついでに、連邦内部の情報も収集してくれ。」断るにはあまりにも魅力的すぎる提案。故に、少々誰もが警戒しながらもそれは快諾される事となる。かくして。巨大な国力から『民主主義の武器庫』と称される合州国が本領を発揮し始めることとなる。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがき?華金だという今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?本作は、何とか南方大陸を片付けてD-DAYに向けて調整中です。①そろそろロメールが持病で帰国すると思います。②合州国が失敗をばねに奮起するそうです。③ロリヤが交渉に成功しました。ちょっと後から、あとがきは追記します。ひとまず、これにて。追記本作は、基本的に『すごい可能性を秘めているけど、実力を発揮できない』合州国が友情、悲劇、そしてそれを乗り越えパワーで頑張ると思います。ターニャさんは無茶口将軍やダグちゃんを見習う予定です。具体的には、ダグちゃんの様に逃げのびて良いポジション狙い。ツジーンの様に潜伏することも検討させています。ともあれ幼女戦記はこれからも、ちまちまと更新してまいります。もうしばらくお付き合いいただければ幸いです。