アンドリュー記者さん、だっけ?ああ、そうさ。あの戦場の事は、いまも魘されるよ。誰だって、生き残れた連中はそうなる。いや、違うか。『違うとは?』未だに、あの声が張り付いているんだ。笑い声を上げるような狂った嬌声だ。喜び勇んで突撃してくる魔導師連中は二度と見たくない。本当に酷い戦場だった。情報参謀の間抜けどもときたら、撃ち殺しても物足りない。『・・・情報将校への発砲事件というのは本当にあったのですか?』本当に?はっはっはっははは、これは傑作だ、本当に傑作だ!・・・いや、失礼。アンドリューさん、貴方を笑うつもりはなかったんですがね。逆に聞きたいんですが、あんな連中を撃ち殺してやりたいと思わない生き残りがいると思いますか?機会があれば、私が撃っていたに違いない。いやはや。本当に惜しいことをしたものだ。『それほどまでに?』あの馬鹿どもが、上陸前に何と言ったと思います?二線級の第442特別防衛旅団と一個補充魔導師中隊程度、ああ、要するに敵はほとんど脅威たりえない。連中は、艦砲射撃後に我々は武装したハイキングでも楽しんで来いとお口にした訳なのですよ。せいぜい招集されたばかりの老兵と根こそぎ動員で形だけの敵魔導師中隊が展開?艦砲射撃で一掃するので、敵兵よりも不発弾に留意しろとまで言われましたよ。『でも、違った。』そう、違った。素人どころか、ネームドが、ベテランが、精鋭が。※編集注当時の事前分析では、帝国軍の予想戦力は予備役から絞りだされた二線級旅団程度とされ此処が主攻とされた。しかしながら、実際には東部で最も奮戦したサラマンダー戦闘団を中心に古参兵らからなる師団が展開。展開したネームドだけで中隊規模を誇るほどの重厚な防衛線が隠蔽され、上陸部隊を待ちかまえていた。みんな死んだ。上陸した時点で、師団は半数を失っていただろう。戦場を突破した時には、上陸部隊は消えていた。想像できるかね?戦友の死体に隠れて前進したんだ。なにより恐ろしかったのは敵の魔導部隊だ。信じられないことに、大隊程度の魔導師に味方は散々だったよ。はっきり言えば、役立たずだ。いや、例外はあるがね。だが、化け物どもの頂上決戦に興味はないよ。・・・まあ、そんな感じだ。あんたの知りたいことは、わからないが、こんなところで良いかな?『ありがとうございます。』ウェゲティウスに曰く『生まれながらの勇者はいない。勇者は訓練と軍紀によって育てられる』。勇者とは、勇者として生まれるのではない。1人の人間を、規律が、訓練が戦士に育て上げる。戦士は、戦場で勇者たらんことを求められ初めて勇者となるのだ。敵前上陸を敢行する兵士というのは、生まれながらの存在ではない。彼らは、名誉・愛国心・戦友への友情など多様な理由で銃を取り海岸を駆けた。そしてその多くは、二度と故国の地を踏むことなく異郷の地に果てる。『汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ』ラインの悪魔が蠢く戦場。そこは、ラインで解き放たれた怪物による人類種の天敵による最悪の戦場だった。情報参謀は何をしていたっ!!!?誰もが、一様に声をそろえて眼前の光景に対する説明を情報担当者らに求めてしまう。簡単な筈の上陸作戦。念には念を入れた艦砲射撃と、圧倒的戦力による敵前上陸。簡単な作戦のはずだった。それが、一体どうしてこうなった?一兵卒から、将軍に至るまで全員が頭を抱えたくなる戦局。そして、前線の多くの兵士はそれを耳にすることになる。『サラマンダー戦闘団長より、戦闘団各位。』戦場に響き渡る凛とした声。広域へオープンチャンネルで流されるそれは、凛々しくも禍々しい。『…汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ。ここが汝らの地獄門であると奴らに教育してやれ。』眼前に広がる地獄絵図。恐れ知らずの海兵隊だろうとも、思わず竦んでしまいそうになる光景が繰り広げられていた。地面を踏みしめることすらも叶わず、幾多の上陸艇が粉砕される。運よく陸に上がったものらが、あっけなく地雷に吹き飛ばされる。なんとか張り付いた中隊が、迫撃砲の集中射であっけなく消える。戦車ですら、待ちかまえている対戦車砲でたちまち火を吹く。敵のトーチカに肉迫した歩兵は、隠蔽されていたピアノ線に足を取られる。身動きできないところに、降り注ぐ機銃が、勇敢な兵士が最後に目にしたもの。『諸君、地上に生きるもの全ては、遅かれ早かれ何れは死する運命にある。であるならば、祖霊の眼前で、祖国のために怨敵に立ち向かう以上の死があるだろうか?』『『『否!断じて、否!』』』死を省みない敵兵の突撃。全員が、死兵となって突撃してくる恐怖。『諸君、かつて私をあやしてくれた人のため、赤子を抱く母のため、我らの背にいる人々のため。』阻止しようとする魔導師を。『恥ずべき悪漢、忌むべき怨敵らから皆を守るために私は行こう。』近づけまいと張られる弾幕を。『この浜辺を埋める幾万もの敵だろうとも、私は押し止めよう。』掻い潜り奴らは、突入してくる。『さあ!私に続け。私に続け、祖国を共に守らんと欲する勇者よ!』『『『帝国万歳!勝利万歳!』』』化け物どもが、やってくる。オハマビーチに上陸した合州国軍6個師団にとって、その日は最悪の一日として記録されることとなる。ブラッディ・オハマ。戦史上、最も短時間に5個師団が事実上消滅したと記憶される最悪の戦場である。それは、恐るべき光景だった。あざ笑うかのように、無数のエースがゴミの様に叩き落とされる光景。連隊規模の魔導師が即応し、突入してくる帝国軍魔導師を叩き落とさんと上がったというのに。高々、大隊程度の魔導師が落とせない。いや、落とせないどころか止めることすら叶わない。幾多の精鋭が、エースが、ネームドまでが。先陣を切って突入してくる『ラインの悪魔』に切り伏せられ、地に落とされた。蹂躙する筈が、攻守が完全に逆転した戦場。あの連合王国のドレーク中佐ですら、飛び出して来た敵の佐官に喰いつかれて抑え込めずにいる。非現実的な光景だった。ネームドすら、敵の大隊にあっけなく抑え込まれる戦場。ベテランぞろいの中隊が、いとも容易く姿を消してしまう。そして、奴らは止めようもない。辛うじて、身を呈した防戦で上陸部隊への攻撃こそ阻止し得ている。だが、当初予定されていた密接な対地支援など考えることすらおぼつかない状況だった。敵のトーチカを潰すどころか、連隊規模の魔導師を展開しておきながら防戦で限界。艦隊の眼前で繰り広げられている光景は、そこまで非現実的なものだ。まるで、誘蛾灯に吸い寄せられる蛾の様にあっけなく魔導刃に掛かる友軍魔導師。自らの眼で見てなお、信じがたい光景だと将兵らは唖然としてしまう。頼るべきネームドらが、身を守るのが限界と言わんばかりの戦場。規格外としか考えようのない敵の吶喊は合州国・連合王国の司令部をして驚嘆させるものだった。誰が想像するだろうか、この劣勢下において嗤って突入してくる敵を。少しでも頭の働く人間ならば、それが如何に無謀かという事を理解出来るに違いない。にもかかわらず、一心不乱に突入してくる奴らは悉くこちらの予想を覆している。『奴らを止めろ!このままでは、上陸部隊が!』『駄目です!追いつけません、畜生、なんなんだあいつらはっ!?』誰もが破局を覚悟した。だがその時、聖女が舞い降りる。先頭で突進している魔導師への重爆裂術式。混乱する戦場のさなかにあって、的確に針路を捉えて起動する技量は卓越していた。しぶしぶ、という観で先頭の帝国軍魔導師は針路を変更。同時に爆炎を回避しつつ散開した部隊は攻撃源に対して、各個に応射。だが、それらを瀟洒に回避し彼女は行方に立ちふさがる。「皆を守るために。私は戦う。・・・やれる。私がやらなきゃいけないのだから。」覚悟を決める声。その声は想像以上に幼いものだ。だが、その声の主であるメアリー・スー魔導師少尉は決意と共に立ちふさがる。咄嗟に突撃してくる帝国軍部隊に対して爆裂術式と光学系術式を連続展開。即座に反応し、散開されるも光学系で追撃し敵部隊の突進力を奪う事には成功。回避にこそ成功した帝国軍部隊も、衝撃力を失い再攻勢のための発起に手間取る。「私が、皆を守って見せる!」その意気込みと共に彼女は演算宝珠を振るう。幾多の術式、数多の干渉式。悉くが、味方に迫らんとする帝国軍部隊を喰いとめる。そして、その奮戦は敵の大物を釣りだしてしまう。悪魔と聖女。それは、水と油の如く交わり合う事のない存在だった。嫌な匂いだ。忌々しい連中の匂いがぷんぷんする。『ッ乱数回避!』部下が緊急回避を迫られるほどの火力と密度。なにより、術式の展開速度が生半可ではない。全力で忌々しい95式を起動したとき並みの処理速度と展開能力。・・・なにより、波に覚えがありすぎる。存在Xと不愉快な存在らの波。忌々しい連中だ。一個の自由人として、近代的合理人として、討たねばならない自由の敵は忘れようもない。滞空座標ごと重爆裂式で破砕するべく95式を起動。同時に乱数回避を想定し散弾を形成、射出。熱感知式の追尾系熱術式を組み込んだ雷撃系術式は多重展開済み。一連の動作を流れるように一瞬のうちに組みあげると即時実行。高度8000、距離至近。外す距離ではなく、まして防御することすら叶わないような至近距離である。のこのこ出てきた怨敵に直撃を叩きこむべく研ぎ澄まされた感覚。戦場に出て、喜び勇んで敵を討つのは初めてだ。なるほど、感情的になるというのは合理的とは程遠い行動でもある。実際のところ、目標を追求するための合理性を保ち得ていなければ今にも切りかかっていきたいほどなのだ。ああ、あの糞袋。狂った連中の手先を叩き潰すことこそ、我が望み。同時に、相手の規格外さも重々理解できる以上万全を尽くす。爆裂系術式を複数起動し、追撃用に展開。『灰は灰に。』けし飛ばすに足る火力。肉片の一片も残してやるつもりはない。直撃の有無は、関係ない。『塵は塵に。』出し惜しみなしの全力。通常ならば、まず撃破確実。なれども、忌々しいことにしぶとい相手であることをしっている。『戦闘団各位、近接混戦を想定せよ。遺憾ながら、突破し得ない。』如何なる術で逃げのびたのかは定かでないものの、メアリー・スーという標的は健在。爆炎の隙間を駆ける姿は、ほとんど有効打を与えられていないことをターニャに悟らせる。認めよう。極めて、敏捷でありながら強固な防殻まで展開し得る一流の素質を持っていると。自由を愛する近代的合理人らにとって、何としても此処で落としておかねばならない脅威だと。応射を回避しつつ、ターニャは幾度となく高速展開する光学系狙撃式にて目標を攻撃。高機動戦はターニャに限らず帝国軍魔導師にとってはお家芸というもの。にもかかわらず、歯がゆいことに至近弾すら与えることに至らないのだ。相手の機動は尋常ではない。その事実は、思わずターニャをして対応に窮させるほどだ。時折、部下らが交差射撃や十字砲火を試みるのだがそれもいなされてしまっている。部隊が全力でかかればやれなくはないだろう。だが、忌々しいことに複数の敵部隊と交戦している現状でそれは望みえない状況だった。困ったことに、退くことも進むこともできなくなりかねないのが現状である。打開策が必要だった。それも可及的速やかに。距離を保ちつつ、術式を応酬し合いながらターニャの頭は何とか使えるモノを見出そうと全力で回転する。彼我の技量差。遺憾ながら優越ながらも、圧倒し得るほどではなし。彼我の継続戦闘能力。奴らの干渉を勘案すると、不確定要素が多すぎるため判断困難。彼我の戦力差。精鋭なれども、物量への対応は困難。・・・この状況下において有効な打開策?敵を知り、己を知ろう。自分は、平和主義的な合理的近代人。相手は、異端は皆殺しの狂信者。自分は、保身第一の合理的人間。相手は、信仰第一の感情的人間。こちらの勝利条件は、自分の生存。あちらの勝利条件は、我々の撃滅。付け込むとすれば、自己保全能力の欠落具合と判断。そこまで考えたとき、ふとターニャの頭に愉快な考えがよぎった。そうだ、奴の自己犠牲精神とやらはどうなっているのだろうか、と。確信は全くない上に、土壇場で試すのは賭けに近いものがある。だが、自分の脳が導き出した答えが蓋然性に富む以上試してみる価値はあると判断。少なくとも、合理性がある考えであるのは違いないのだ。速射性と追尾性優先の術式から威力と貫通性重視に術式を変更。同時に、射撃目標を変更する。賭けであるのは間違いないだろう。しかしながら、必要最小限のリスク選択だった。ターニャは、メアリー・スーから、彼女の下を航行する上陸艇に照準を変更。そして、高機動戦を打ち切り、上昇を開始。消耗が著しく跳ねあがるとはいえ12000までは実用戦闘高度だ。此処からならば、メアリー越しに上陸艇を上から撃てる。もちろん、ちょろちょろと動き回るこざかしい魔導師に充てるのは難しいだろう。高度を取ったからと言って、応射されない保証もない。だが避けられるものならば、避けてみるがいいさと対艦攻撃に重点を置く。奴が回避すれば、上陸部隊が叩かれるだけの話だ。当たりもしない攻撃を延々撃ち続けるよりはまだマシだろう。もしも。自分としては、かなり蓋然性があると思うのだが。奴が友軍部隊を守ろうとすれば、大変結構。狙う手間が省けるというものである。何かのところで読んだ話だ。避ければ、味方が死ぬという古典的な話。お優しいメアリーさんの結論を楽しむことにしよう。そうほくそ笑むと、ターニャは術式を解放した。『攻撃が緩んだ?…一体、何を考えて?』味方の援護のために緊急展開したメアリーらの小隊は、他部隊と連携して帝国軍を有効に阻止していた。敵はおぞましい勢いで突入してくるものの、正義を守るためにメアリーらの部隊は力戦。既に、敵の衝撃力を相殺し混戦に持ちこむことで動きを封じこむことに成功している。そして、メアリー自身は瘴気を祓うべく哀れな化け物に相対していた。さすがに、恐れられるだけの事はあり悪魔の攻撃は鋭利なもの。しかしながら、メアリーの心に恐れはない。メアリーは神の加護を信じ、恐れることなく立ち向かう。おぞましい執念が込められた攻撃とて、メアリーにとっては当たるはずもない攻撃だった。だが、間髪をいれない猛攻撃が止まった時、メアリーは違和感に気が付く。あの悪魔が簡単に諦めるとは思えない。一体、どんな悪逆非道な手を使うのかと警戒。毒ガスや生物兵器の類を平然と使ってきそうな相手だと知らされている。神々の御加護がある身として、メアリーは耐えられるだろう。しかし、非道な手から仲間たちを守るためには迅速に対応する必要があった。そのため、油断なく身構えて備える。『…?まさか、逃げるつもりなのかしら?』だが、メアリーの目前で敵魔導師は反転、上昇を開始する。高度9000近い領域での交戦であることを思えば、緊急離脱以外には使用されない高度。酸素濃度と温度を考えれば、追撃は命がけになる。我が身を惜しむつもりはないものの、此処で追撃を行えば余力は払底するだろう。そうなれば、守るべき人々のために力を尽くすことができない。『…それにしても。部下も見捨てて、逃げるなんて。』だが、それにしても信じられなかった。メアリーの前から逃げ出した魔導師は指揮官だろう。部下らが依然として交戦しているのに見捨てて逃げ出すとは卑怯な魔導師だった。平然と、部下を見捨てて逃げられる精神。それがメアリーには理解できず同時に恐ろしい。そんなことができる人間が、世の中に存在することが耐えられないほどに。だから。奴が上空で展開している術式を注視して初めてメアリーは理解する。敵が攻撃目標を変えているという事実を。『そんな!?』無誘導ながらも威力と貫通力を重視した対艦攻撃術式。その照準は、間違いなくメアリーの下に展開している仲間達に向けられたもの。阻止攻撃を行おうにも、行動を起こす前に術式が展開されてしまう。自分が、警戒して動かないでいるうちに早々と敵が行動を変えているという事実。味方を守る筈が、役立たずになってしまっているという事実。自分の失敗で、仲間達が危機に晒されているというのは耐え難かった。だが、まだ間に合う。幸いにも、あの一撃を耐えることはできるのだ。そこまで考えた後は、躊躇が無かった。味方を守るべく身を呈して術式の射線に割り込む。そして、被弾。防殻まで揺さぶられる強固な一撃だった。だが、神々に護持され祝福された守りが敵の攻撃を弾く。敵の攻撃を阻止できたという事。そして、味方に損害が出なかったということに安堵しつつも自らの迂闊さを懺悔する。浅はかにも、敵が簡単に諦めると考えてしまった自分を彼女は神に恥じた。そして、覚悟も新たに敵を睨みつけた時メアリーは違和感に気が付く。遠くからでも誤解の余地のない悪魔の嘲笑する嗤い声。攻撃を阻止されたというのに、むしろその顔は愉快気ですらある。考えていることが理解できないが、何か陰湿なものを感じてしまう。一体何を?その疑問は再び放たれる術式で一瞬遮られる。咄嗟に再び防殻を全力で展開しつつ、身を呈して攻撃を阻止。けれども、次の瞬間に彼女は違和感の正体に気が付く。…輸送用の上陸艇攻撃に不要な筈の『対防殻』貫通用術式。対魔導を念頭に置いた攻撃術式。敵が上陸艇を狙う限りにおいては、必要のない術式の筈だった。何故、こんなものが組み込まれているのだろう?まるで、魔導師を撃つために…そこまで思考が及んだ瞬間、メアリーの鋭敏な頭は一つの仮定に思い至る。まさかと思いつつ、悪魔を見やったメアリー。そこで、彼女は自分の最悪の予想が正しかったことを不幸にも理解する。『このっ、卑怯者が!!恥を知りなさいッ!』味方を人質にとっての一方的な蹂躙。メアリーが避ければ、仲間が死ぬ。守るために、よけられない。それどころか、身を呈して攻撃を阻止しなければならないという状況。許されるはずもない卑劣な攻撃だった。その日、D-DAYに直面したノルマルディア方面司令部は最善を尽くした。可能な限りの防衛指揮と、適切な戦力運用。念入りにそなられていた防衛施設と防衛計画。これらは、遥かに優勢な敵軍を相手に互角に戦線を維持し得るという離れ業を成し遂げている。「降下した敵兵は?」「ほぼ排除が完了しました。現在、残敵を掃討中です。」すでに、師団規模で後背地に空挺降下してきた敵兵は排除済みだった。図上演習で散々行われた想定に含まれていた行動である。敵空挺部隊は降下予定地を沼地に変化させ、即応部隊で包囲することによりあっけなく壊滅させることができた。だが、その朗報にもかかわらず司令部の雰囲気はどこか思いつめた空気が漂い始めている。言うまでもなく、その原因は想定をはるかに超える規模の大規模上陸部隊にあった。「海岸の状況は?」実に900万個近い地雷を活用した海岸防衛線。トーチカを複数構築し、数倍程度の敵ならば上陸を試みた時点で粉砕し得る想定だった。「オハマでは、敵の攻勢を完全に粉砕いたしました。」実際、数倍どころか十数倍近い戦力差にあっても防衛戦を戦う事はできている。一部の戦場では、敵の上陸部隊を阻止するどころか撃退することにも成功していた。「…ですが、他の海岸線の状況は望ましくありません。一部ではすでに浸透されています。」「予備隊は底をつきました。増援が無い限り、これ以上の阻止攻撃は困難です。」だが、それでも圧倒的な戦力差というものが重い現実として時間と共に司令部にのしかかってくる。ロメールの適切な予備隊投入によって、戦線の崩壊こそまだ阻止し得ているものの破局は誰の目にも明らかになりつつあった。想定されている戦力差を遥かに上回る規模の敵部隊を相手として力戦しているとはいえ、消耗が激し過ぎる。計画段階では、数日は余裕があった筈の予備隊。だが実際には、初日で底を突くありさまである。「…敵空挺部隊の掃討を中断!再編した部隊を予備隊に充てる!」ロメールは苦渋の決断ながらも、予備隊を捻出するべく戦力の再配置を決断。本当のところは、補給線やゲリラ攻撃阻止のためにも空挺部隊を狩りたてておく必要は十二分にある。しかし、崩壊しつつある防衛線を再建するためには一刻の猶予もロメールには残されていない。「ロメール閣下、参謀本部より撤退許可が下りました。」「増援は!?まだ、支えられると送り返してやれ!」だが、それでもロメールはまだあきらめてはいなかった。ここで、戦線を放棄しては彼我に戦力差がありすぎる状況が陸上戦となるのだ。そうなれば、損耗比率で敵を押し込むという事は二度と望めなくなるだろう。敵が無防備な海岸を直進せざるを得ない此処で、阻止しなければ帝国に後はないのだ。「今引けば、崩れる!奴らめ、それが理解できないのか!?」いらだたしげに机に手を打ちつけ、ロメールは吐き捨てる。決戦主義者共は、上陸してきたところを機動包囲するつもりらしい。ロメールにとってそれは、非現実的すぎるように思えてならないのだ。「オハマ守備隊より、近接部隊への支援許可申請が。」「許可する。包囲されては元も子もない。」増援の無い状況で、やりくりしなければならないという不快感。だが、諦観に至るほど諦めが良ければ既に南方大陸で彼は膝をついていたことだろう。不屈さと強靭な精神力で持って、ロメールは勝機を懸命に模索し続ける。敵が大規模であるという事は、当初から想定していた。想定よりも大規模であるからと言って、白旗を上げるほど彼は脆弱ではない。だが、そこまで考えた時ロメールは疑問を覚える。奴は?デグレチャフはどうしたのか、と。「サラマンダー戦闘団は何をしている?」「はっ?」咄嗟に問いかけの意味を解していない参謀。戦場の緊張と狂騒の中にあって、無理もないことだとはロメールも思う。だからこそ、こんな中にあっても自然体のデグレチャフというのは異常であり貴重なのだ。「デグレチャフ中佐はどうした。奴からは何も言ってこないのか?」その奴が、今の今まで何も奇抜なことをしないというのがロメールにとっては不思議だった。いつ何時、奴が敵艦隊への攻撃計画なり迂回機動計画なり提出してきても驚かない程度には付き合いがある。むしろ、今の今まで普通の戦争をしていることが異常だと思っているほどだ。「…敵攻勢開始以来、連隊規模の敵魔導師を喰いとめておられます。」「その程度に、奴がてこずるのか?」だから、思わず。連隊規模の魔導師と交戦中と言われた時には、理解しがたかった。「は?いや、しかし連隊規模の敵ですが。」新しく配属された参謀が、何か口にしているがもはやロメールにとってそれは意味を持たない言葉だった。状況を勘案すれば、普通の部隊は奮戦していると言えるのだろう。だが、錆銀とまで呼ばれたあのデグレチャフがてこずるほどの『質』を敵が伴う?それは、ロメールにしてみれば彼我の戦力差がさらに拡大することを意味している。「奴が、手古摺っている?俄かには信じがたいな。…糞っ、想定外にも程がある。」想定ですら、かなり敵の戦力が優越であることを想定し過ぎているとの批判があったほど敵を多く見積もった。蓋を開けてみれば、それすら敵の戦力を過小評価していたというのだからお笑い草だろう。だが、加えて敵の練度が想像をはるかに上回るとなれば増援到着まで持たせるという事の現実味が急激に薄れていく。「…総撤退を検討なさいますか?」参謀長が囁く最悪の選択肢。本来ならば、そんなことになる筈ではなかった選択肢。だが、ロメールをしても最悪を覚悟せざるを得ないほど状況は悪化しつつある。挽回は、ほとんど不可能だった。「…覚悟せざるをえん、か。」あとがきコメントを多数いただきありがとうございます。おだてられると、木に上ってしまうタイプだなぁ(´・ω・)y━_(。_°/いや、もう限界なんですが。たぶん、週末まで更新さぼります。おまけ。T中佐による柔軟な考え方レクチャー。(´・ω・)ん?敵が速くて攻撃が当たらない?・・・ちがうよ、逆に考えるんだ。(´・ω・)∩じゃあ、敵が当たりたくなるようにすればいいんだ!※見方を変えれば、だいたいの事は何とかなるんだ!固定観念や思いこみを是非排して合理人を目指してほしい的な。誤字ZAPZAP