たった二つの制圧目標は、遥か彼方。ライン戦線低地地方方面は、文字通りの泥沼と化していた。機甲部隊にとって大敵の泥濘。それを嫌になるほど知悉していたのは東部帰りの工兵隊だ。作戦の意図を察知すると同時に彼らは堤防を爆破。海抜高度という単純な理由によって、流れ込んだ水が泥濘を生み出す。此処に至り、平地や砂漠といった乾燥地帯の経験しか持たない連合王国・合州国は難儀することとなる。舗装された路面ならば容易に進撃できる予定だったものの、海水や泥によって足回りにトラブルが多発。ガーデンマーケット作戦発動より4日。本来ならば、とっくに完了しているべき空挺作戦は未だに完遂どころか成功の見込みすら立っていない。軍の想定では、空挺部隊の戦闘継続可能時間は4日。だが、現場ではたった2日の戦闘で保持していた弾薬の大半を射耗。緊急展開した魔導師部隊と補給物資の投下で辛うじて息をつないでいるものの、限界はすぐそこにまで迫っていた。本来ならば、すでに機甲部隊が増援として連絡を回復していなければならない。だが、冠水した大地に足を取られた部隊の進撃ペースは当初の想定をはるかに下回る。そして地形の変化と混乱の拡大は部隊の損害を急激に拡大させていた。レジスタンスに至っては、連絡線が冠水により途絶。進撃路を誘導し得た彼らの多くは孤立し、帝国軍掃討部隊に刈り取られてしまう。不味い事に、一部の暗号表が奪取されたらしく通信が解読されたと思しき兆候まで見られた。これにより、機甲部隊の進撃はおぼつかないどころか崩壊の危機すら一部には現れ始める。ガーデンマーケット作戦司令部は司令部予備の投入を決定。第一多国籍義勇空挺連隊を緊急展開させるものの、増派として急行してきたバルパー戦闘団の進路上に降下。重装甲戦闘団相手に奮戦するものの、火力と鉄量の差により増派した空挺部隊まで危機的状況に陥る。辛うじて、航空優勢を確保し得ているものの全力出撃が続いたため航空部隊の稼働率は危険域にさしかかりつつあった。さらに、難しい問題としてオラニエは帝国領ではない上に市街地が多いために非戦闘員が多数居住。戦時国際法と合州国世論の反発から、全面的な都市爆撃は躊躇され支援の効率が制約されていた。此処に至り、ガーデンマーケット司令部は魔導師による強行突破による市街地制圧と橋の占領を決断。だが、増援まで投入された魔導師部隊でもってしても帝国軍防衛線の突破は至難と思われた。みとめない。それだけは、認められない。悪魔よ!あなただけは!交戦開始以来、47時間23分が経過。同伴していた中隊は既に半数が戦死。残り半数も、魔力切れか戦闘継続不能な状況で落ちた。尊い犠牲と挺身に涙し、その犠牲を無駄にしないためにもメアリーは戦い続ける。すでに至近弾は多数。十数発の光学系狙撃式に至っては防殻に直撃した。だが、メアリーの渾身からなる一撃は間にあったはず。重爆裂術式の4重起動。奴の、異端の、悪魔の存在する空間そのものを確実に爆砕。何度となく、捉えたと確信したがそのたびに裏切られ続けた。確かに、確かに直撃させているはずなのだ。にもかかわらず。いったいどうして!貴女は、そこに立っているの!?ターニャ・デグレチャフ!「やれやれ、合理的に考えて歴史に対する敬意を持ちえないのかね?」その口を。何故、貴女は開ける!?瘴気を、撒き散らす!?「世界遺産だと思うのだがね、貴様がいま爆砕した風車群は。もう少し、文明と人智に敬意を払うべきだ。」異端が、囀るな。追跡用の術式を封入した雷撃系術式を圧縮起動。回避を阻止するため、錬成系術式により多数の鉄球を精製し射出。駄目押しで、動きを阻害するために重力系干渉式を展開し重力偏差を形成。術式の多重起動により、激しい魔力消耗とそれに伴う倦怠感が身を苛むも押し切り展開。すでに、連続戦闘許容時間は遥かに上回っている。演算宝珠の核も過負荷で戦闘後はオーバーホールが必須の状況。限界を見極めつつ、術式を展開し続けているがそろそろ無理が祟っている。だが、それでも退く訳にはいかないとメアリーは覚悟していた。我が身はとうの昔に信仰に捧げたもの。ここで、悪を討つことが叶うならば、この身をどうして惜しむことがあろうか。「やれやれ。堤防を巻き込むとは正気かね?」恐るべき悪魔。メアリーとて、意図して撃っている訳ではない。撃たされているのだ。奴は、必ず射線上に発砲を躊躇させる代物を置く。実際に、それで躊躇した心やさしき仲間が幾人も落とされてしまっていた。メアリーとしては、苦渋の決断ながらも撃たざるを得ない。だからこそ、許し難かった。その悪辣さ、卑劣さは唾棄する他にない。貴女を討つ事は、人類にとって不可欠とメアリーは心中で叫ぶ。貴女を此処で取り逃がすことによって、どれほどの犠牲が生まれることだろう。かくまでも邪悪な存在は、存在が許容される筈がないのだ。「個人的には、何故低地地方と呼ばれているか考えてみるべきだと思うよ。」口をつぐみなさい悪魔よ。貴女の誘惑と惑わしには屈しない。如何なる犠牲をこの身が払う事になろうとも、ここで貴女だけは討ち滅ぼす。決意も露わにメアリーは全霊を賭して刃を振るう。全身が、神経が痛みを訴えてくるとしても義務感と信仰心でそれを押し殺す。同時に並行して近接時に擲弾を投擲。消耗戦である以上、わずかなりとも相手に打撃を与えるために可能な全てを行う。もちろんこちらも苦しいのは事実だが、それとて覚悟の上なのだ。こちらが苦しかろうとも、信仰心の無い虚栄の悪魔には何れ限界が来ることだろう。その確信があればこそ、メアリーは戦い続けられる。タフすぎる害虫や雑草の駆除。そのために、人間は『殺虫剤』や『除草剤』を開発してきた。頑強な防衛線を突破するために、ガスを人類が活用することを思い至るまでには然程も時間を必要としないのは自明だろう。だが、今のターニャにとっては厄介なことに魔導師という兵科には基本的にガスが利きにくい。なにしろ高機動戦闘が基本であり、なおかつ防御膜に初期対魔導師戦術で一般的だったガスへの対策が施されている。おかげで、ガスではなく空気中にある酸素を奪うといった小手先以外は通用しにくい。しかも、魔導師が酸素生成術式を起動していれば空気中の酸素を燃焼させたところで無駄骨となる。20時間ほど前に酸欠で撃墜できないかと試みるも結果は愕然たるもの。酸素を発生させていないどころか、一酸化炭素濃度が危険域にあって濾過していないにもかかわらず。あのアホはちっとも堪えていないらしい。いちど解剖して免疫系と呼吸器系を検査してみれば、どれほど医学に貢献することだろうか。『戦闘団長より各位。戦局を報告せよ。』本来ならば、部下の手を借りて数にモノを言わせて袋叩きにしてやる計画だった。素人じみた指揮官に率いられた中隊程度、戦争狂で構成された大隊ならば一掃できたことだろう。今頃は、空挺降下してきた敵兵を掃討し終えても良いころ合いなのだ。予定では、ホテルの食堂で紹介されたフローリン名物のマスタードスープに挑戦していた筈なのだが。それが物分かりの悪い司令部の増派要請に応えていくうちに、大隊が直掩小隊のみに減ってしまっていた。まだ気心の知れたグランツ中尉の小隊を直卒していたので安堵していたのが不味かったらしい。敵が空挺降下による増援を降ろして来たらしく至近の戦闘団を支援するべく小隊まで出してしまった。おまけに、95式が散々電波を垂れ流してくれたおかげで増援がまるでこちらに姿を見せない始末。『02より、01。ご安心ください。敵師団主力は包囲完了。撃滅は時間の問題であります。』『04より、01。現在、アーネンベルク橋を防衛中。敵圧力は減衰中。』『09より、CP並びに01。現在、敵将官級空挺将校を追跡中。おそらく、敵空挺師団長かと推察されます。』結構なことだった。戦局全般は、敵の奇襲攻撃を受けたにもかかわらず拮抗状態。敵が軽装で空挺降下していることを想定すればそろそろ継続戦闘能力に深刻な支障が生じる頃合いだろう。だが、実際のところターニャにとって今すぐにでも必要なのは増援だった。しかしながら、どうにも上手く来援させられそうな部隊がいないのだが。『01より各位。現在敵ネームド級と交戦中。状況に変化なし。各位の奮戦を期待する。』直撃させども、酸欠に突き落とそうとも。なぜかビクともこらえないアホ相手にすでに48時間近く撃ちあっている。睡眠不足をアドレナリンで誤魔化すにも限界があるだろう。最善を尽くしたところで、せいぜい5-6時間が限界だ。特に、弾薬を使い果たしつつある上に魔力のストックが枯渇し始めている。このままでは、じり貧だった。下手に焦るべきではないのだが、かといって泰然と構えておくには危険すぎる。すでに、だいたいのオプションは選択済み。一番有望だった光学系術式による狙撃は、十数発直撃させてもピンピンしているので放棄。重爆裂式による酸欠、四肢損傷を狙った攻撃は有効打に程遠い。魔導刃を叩きこんでみたが、どうも木刀で鋼鉄を殴ったような手ごたえ。希望があれば、条約違反も承知でガスも躊躇せず使うつもりだが効きそうにもない。駄目で元々とポテトマッシャーからライフル弾まで撃ち込んでみたが期待外れ。熱核術式でも展開すればとも思うが、この近接戦で奴を仕留められるほどの熱量を出せば自分もただでは済まない。長距離射撃で直撃させられるならば躊躇しないのだが、如何せん悠長に距離を取れるほどの余裕が無い。距離を取ろうとしても、さんざん追撃され位置取りだけで数時間使っている。『サラマンダー01よりCP。遺憾ながら、交戦限界が近い。』『CP了解。…申し訳ありません、中佐殿。予備戦力がありません。増援は今しばらく。』『やむなし、か。』一応、最後の切り札となるようなものに心当たりがないではない。堤防ないし鉄橋爆破用に用意してある1トンクラスの軍用火薬。対艦攻撃すら想定し得る規模の威力であることを勘案すれば、有効打を与えることは期待できることは可能だ。だが、はっきり言って爆心地に誘導でもしない限りあのタフな化け物の器に致命的な一撃を与えるのは至難。正直退くだけなら可能だろうが、またこいつに付きまとわれることを思えば憂鬱で堪らない。だが耐えねばならないところだ。何れ、機会を見て超長距離から熱核術式と重力式なりなんなりですり潰すことを夢見て耐えよう。・・・。いや、これは敗北思考だ。本来ならば、手持ちのリソースを活用していかにして勝利するかを考えねばならないところ。それが、こうまでも思考が追い詰められてしまうのは、疲れているからに違いない。よろしい。最善の方策を模索してみよう。こちらは疲弊しているとはいえ、まだ術式を乱射する程度の余力は健在だ。そして、こちらの勝利条件は敵空挺部隊の排除及び機甲師団の撃破にある。これらを勘案すれば、奴に屈辱を味あわせるためには何をすればよいかは単純だろう。すなわち、一心不乱の突撃によって奴のお友達を嬲る事にある。あの手の連中は、精神が肉体を支配するような狂信者だからこそ恐ろしい。だが、逆に考えれば奴の精神のよりどころを砕けば。…、本当にそうだろうか?常識的に考えて、狂信者やあの手の連中に合理的な発想が正しいかという事に関して自信が持てない。逆恨みされることや、奮起しかねないという事を考慮すれば適切とは考えにくいかもしれない。ならば、どうすべきか?そこまで考えた時、デグレチャフ中佐を支援するべく最善を尽くしていたCPからの吉報がもたらされる。『CPよりサラマンダー01、友軍砲兵中隊が支援可能です!』送られてきた戦域情報に基づけば、120㎜砲兵中隊が二分間程度ならば支援射撃を展開し得るとのこと。しかしながら、ターニャにとって難しい事に、その程度の支援射撃であの糞袋を叩き落とせるとは考えられない。なにしろ、すでに十数発は直撃させているのだ。支援を申し出てくれる厚情には感謝の念を抱かざるを得ないが、むしろこの高機動戦では有効とは思えないのである。なにより、高機動戦である以上確率論でしか命中率は語れない。そして、忌々しいことだが奴が直撃する確率と同じくらいに自分にも当たりかねなかった。『ありがたいが、この近接戦では誤射されか…、いや。その手があるか。』…確率論?友軍誤射?思えば、何故、それに思い至らなかったことだろう。『CP、感謝する。最高の助けだ。砲撃支援は無用だ。それよりも、敵の配置状況が知りたい。』素晴らしいひらめきである。これならば、あの糞袋とそのお友達が勝手に殺し合うという愉快な展開も期待できるだろう。考えただけでも、思わず喜悦の感情がこみあげてきてしまうほどだ。まあ、我ながら疲れているためか感情の起伏が激しいことだと笑いたくなるが愉快なのだから仕方ない。『各戦域で敵主力の攻勢が開始されているようです。また、敵増援は友軍戦闘団が排除済み。』『ああ、最も敵の多いところを教えてくれ。』別段、戦局の詳細が知りたい訳ではないのだ。一番重要なのは、一番巻き添えにできる奴らが多いところという事に過ぎない。『は?敵の多いところ、でありますか?』『ひと暴れして遊撃戦のなんたるかを間抜けどもに教育してやろうとおもう。』『少々、お待ちください。』空挺降下というのは、もう少し活用を上手くやるべきだ。まあ、どこの誰が考えたのかは想像ができなくはないが。やはりというべきか、連合王国というやつら、海戦はともかく陸戦は下手糞過ぎる。きっと、地下でウェリントン公爵が号泣しているに違いない。ターニャにとってみれば、知ったことではないが。牽制を兼ねて、いくつか重力系と光学系術式を展開。どのみち、大して当たらない上に有効打となりえないのだ。威力も展開速度も必要最小限に抑える。こちらが、疲弊しきったと誤解させることができれば幸いだ。どちらにしても、必要最小限度の労力で最大の戦果をおさめることに意味がある。『…中佐殿、敵の連合王国第三〇機甲軍団が最も至近では有力です。また、合同編成の第三機甲軍が前線を圧迫しています。』『なるほど、つまり近くではライミーで遠くはお友達たくさんという訳か。』難しいところだが、敵の混乱を狙うならば寄せ集めを狙うべきだろう。だが、交戦限界という事を考慮すれば最寄りの奴らを狙うべきだった。少しばかり考えるが、やはり連合王国を狙うべきだろう。それに、物の考え方を変えれば合州国と連合王国の麗しき友情に貢献し得るのだ。『…よろしい、第三〇機甲軍団に御挨拶に行く。ルートを誘導されたし。』『了解しました。』敵の位置は比較的、近距離。そして、糞袋はこちらの消耗を確信してやまないらしい。近接して手榴弾まで投擲してくるわりには、じわじわと押すつもりのようだ。大変結構なことだとターニャは嗤う。こちらが、最大戦速で飛びだしても逃げるとしか考えないことだろう。「ええい、しぶといっ!」如何にも、息も絶え絶えという観を装いつつ術式を展開。もちろん手を抜いて、展開速度・威力共に並み以下にしてある。熟練の魔導師ならば、敵が弱っているように見えるときこそ警戒するものなのだがと思いつつ相手を観察。そして、確信する。「くっ、認められん。認められん、私が、糞っ!」口では悪態をつきつつも、歓喜が抑えられない。ほっとしたような表情。アレは、こちらの消耗をようやく確認したことによる安堵の表情だ。「ええい、CP援護を寄こせ!間にあわない!?なんだと!?」奴に聞こえるように、盛大に罵声を漏らす。此処までやれば、あからさま過ぎないように逃げる用意を始めるだけだ。どのみち、一度距離を取りたいのは事実なのだからそこだけは手を抜かない。「・・・っ、これまでか。」「ついに、限界のようですね。大人しく、主の断罪を受け入れなさい!」「・・・、まだだ、まだ、諦めん!」ようやく、釣れたのだ。せいぜい付き合ってもらわねばという本音を隠して、ターニャは後ずさる。距離は、やや取れた。相手の油断が擬態の可能性も考慮していたが、わずかとはいえ後ずさることで距離を稼いでいるのに詰めてこないのだ。油断は、本物と判断できる。「今日のところは、これで失礼させてもらう!」「なっ!!?」眼つぶしを目的としたフラッシュ。全身全霊で展開した術式に加えて、牽制と足止めを兼ねて爆裂術式を家屋に撃ち込み粉塵と瓦礫を散乱させる。メアリーが咄嗟に防御と追撃に備えて身を守った瞬間に全速離脱。最大戦速まで加速し、戦線の離脱を装う。仮に、追撃が無かったとしても面倒な敵を振り切れただけ良し。「卑怯者!逃げるのですか!」そして、期待を裏切らず間抜けが懸命に追いかけてくれる。怒りに顔を赤く染め、噛みしめられた唇は実に魅惑的だった。なるほど、もの好きな輩ならアレを聖女とあがめるのもいるのだろう。まったく、存在Xなる悪魔の一党が人類を惑わすために遣わした悪の存在とアレを判じて間違いない。せいぜい、吠えさせてやるさ。『戦闘団長より各位。馬鹿を釣った。流れ弾に留意せよ。』『『『了解』』』もちろん、自分がこれから何をしようとしているのかは理解しているのだ。味方を巻き添えにするようなことで責任を追及されたくはない。メアリー・スーだけが、そんな馬鹿なことで問責されるべきなのだ。そう思いつつ、その糞袋から放たれた光学系狙撃式を緊急回避。外れた術式が最寄りの建造物に直撃するのを見やりつつ、ターニャは自分の成功を確信する。頭に血が上ったアレは、周囲の事など気にせず術式を展開することだろう。実に結構なことだ。前線のルールでは、撃ってくる奴は敵である。『中佐殿、そろそろ目視範囲内であります。』そして、少しばかり飛んだだけで探していた敵軍主力部隊に接触。順調とはこのことだった。『・・・、っ、こちらでも視認した。誘導御苦労。オーバー。』目視したターニャは我慢できないという声で、誘導してくれたCP将校をねぎらう。同時に、逃げ切れないと悟った態で追いかけてくる糞袋に向き合うと再戦の構えをとった。市街地で入り組んだ地形の関係上、建物を挟んで背後には連合王国機甲部隊が展開中。形だけ見れば、挟撃されて追い詰められたとも言える。実際、それを思ったのだろう。あの糞袋はほくそ笑んでいる。もう逃げ場がないと勝手に思い込んでいるに違いない。糞袋が術式を展開しはじめる。ああ、愉快だ。懸命に対抗術式を生み出しながら、ターニャはぎりぎりまで引き付ける。防御術式を多重展開。これを撃ち破るべく、奴がさらに術式に魔力を注ぎこみ威力を跳ねあげるのを確認。そう、それでいい。限界まで攻撃力が高められた術式。それが放たれると同時に、ターニャは急速離脱。もちろん、よけきれるとは思わない。なればこそ、術式で防御を何重にも固めたのだ。そして、煙幕を展開。あの糞袋からしてみれば、姑息な逃げの一手だろう。もちろん、それもないではない。だが、肝心なのはこれから。≪Mayday! Mayday! Rhein's Devil has come! ≫レジスタンスから分捕った部隊が回してくれた通信波長。指向性の通信波を使用しているとは、実にすばらしいものだ。助けを求める相手は、頼もしい頼もしい連合王国軍機甲部隊。なにしろ、逃げるために煙幕を展開しているのが自分だ。そして、私を討つべく術式を展開しているあの間抜けは間接的に連合王国に術式をぶち込んでいる。どこからどう見ても、奴が味方だと信じる奴はいない。そしてこの近接戦は、私とやつの識別を困難にする。きっと、長距離観測している連中も『ラインの悪魔』とやらが展開していることを確認してくれるだろう。あとは、混乱にまぎれてRTBだ。すでに、眼下では機甲部隊が盛大に勘違いをして砲弾やら機銃やらで麗しいメアリー・スーを攻撃中。あの糞袋、反射的に術式で応射するという最大のミスを犯したおかげで火線の応酬は止めようがないだろう。いくら冷静な士官や下士官がいようとも此処まで火が付けば、簡単には止められない。翼ならぬ魔力光を振って、支援に感謝の意を示しつつ離脱。実際、連合王国の皆様には『感謝』しても、し足りないのだ。あんな狂信者の相手をお任せした揚句、離脱の支援までしていただけるとは。いやはや、紳士の国とは言い得て妙だろう。実に、愉快だった。強いて言うならば、心残りはたった一つ。奴が盛大に慌てふためいているのを思う存分に観察できないのはいささか残念だった。あとがき①今日のデグレチャフ先生による他力本願のレッスン『面倒な奴は、心強い仲間に何とかしてもらいましょう!』加筆修正するかもしれません。ZAPしました。ZAPではない程度の修正を行いました。