結果だけ話そう。連合王国は、合州国は軽率な軍事行動の代価を盛大に払わされた。貴重な燃料を浪費し、部隊を消耗させた結果が泥沼のライン線である。帝国は、生き延びた。少なくとも、列強として覇を唱えた面子にかけて帝国は踏みとどまっていた。そして我らが怨敵、『ラインの悪魔』は今日も今日とて浸透襲撃を繰り返す。既に、前線司令部や航空管制官の損害が許容できない範疇に突入して久しい。あのメアリー・スーは糞忌々しい事に何故か昇進しやがった。連合王国本国が散々ねじ込んだにもかかわらずである。おかげで、メアリー大尉に置かれては独立遊撃部隊を率いられるらしい。間違いなく悪夢だが、少なくとも自分の指揮下から外れたことを今は喜ぼう。そして、私ドレーク中佐は連合王国本国勤務として呼び戻された。運が良い?まったく、そう思った過去の自分を蹴り飛ばしてやりたいよ。「ふむ、ドレーク中佐、貴官はどう思うかね?」「小官は、行けと言われれば行かざるを得ません。」眼の前で楽し気に煙草を燻らせる壮年の紳士。彼の持ち込んできた案件を思えば、本国勤務よりも最前線勤務の方が幾分楽だったに違いない。そう思いながら、ドレーク中佐は義務感だけで辛うじて答えていた。「レジスタンスの解放任務とあれば、否応申し上げる権利は無いでしょう。」帝国軍に拘束されたレジスタンスの解放作戦。彼らが収容されている収容所の外壁を破壊し、逃走を支援せよという難題。不味い事に、敵の警備は厳重極まりない。すでに、空軍が二度トライして失敗している。本国情報部がなんとか、ここのレジスタンスを解放したいと思うには相応の理由があるのだろう。知りたくはないし、首を突っ込むつもりもないがともかく解放の必要性があることはわかる。だから、本国情報部付きとなった自分の部隊が投入されるという事も理解はできないこともない。「ですが、近隣にサラマンダーが駐屯していると言われれば二の足を踏まざるを得ません。」だが、よりにもよって。あの『ラインの悪魔』が陣取っている拠点に手を出す?奴は落とさねばならない怨敵だが、軽率に手を出すべき相手ではないのも承知している。「ふむ、やはり、そうか。貴官もそう思うかね。」「全力を尽くしますが、遺憾ながら公算は乏しいかと。」最善は尽くす。救助すべき人々がいるのならば、全力を尽くそう。だが、それでも、とドレークは思わざるを得ない。端正な顔をしかめ、思い浮かべるは軍港防衛以来の『悪魔』との交戦記憶。どう考えても、相手のホームに乗り込んで複数の目標を追求しながら戦える相手ではなかった。狩るか、狩られるかの全力での闘争以外に、勝算は見込めないだろう。その苦悩を傍で見ているジョンおじさんとしても、正直行けとは言いにくい。彼にしてみれば、実働部隊の指揮官が実現困難性を訴えている作戦を強行する愚は良くわかる。特に、モントンメリー元帥が強行したガーデンマーケットの結果を思えば殊更に。「…ううむ、なるほど、貴官の意見は良くわかった。尤もだとも思う。」だが、平然とした表情の裏側でジョンおじさんとしては悩まざるを得なかった。ガーデンマーケット作戦の失敗と、それに伴うレジスタンスの被害は大きなものがある。そして、犠牲を撒き散らした割に何ら得るところのない作戦というのは誰からも評判が悪いものだ。身内の連合王国軍内部からですら、批判と悪態が漏れ聞こえてくる始末なのだ。同盟軍の合州国軍からなどは、モントンメリー元帥の更迭要求すら出たという。唯一、評価しているらしいのは連邦だが、連中にしてみれば第二戦線を維持させるための方便だと思われる。こんな燦々たる結果に終わったツケとして、拘束されたレジスタンスは圧迫されているのだ。諜報関係者らにしてみれば、ヒューミット情報源の保護という重要問題が勃発している。なにより、連合王国に対する信用の回復が絶対に必要不可欠と現状ではなってしまった。連合王国は、あなた達を見捨てない。そのメッセージを発することが急務である以上、レジスタンスの救援は絶対に必要だった。政治的にも、諜報の必要性からも、なにより士気の面からも。だから、情報部は難しい立場に追い込まれている。「だが、ことは連合王国の名誉と信用にかかわる問題だ。」「承知しております。我が国の作戦に関わり、拘束された人々の救援は切実な問題です。」助けに行かねば。次から、連合王国を信用し協力しようという人々は激減するだろう。そうなれば、諜報作戦の成立など望むことはできない。「ですが、戦力が足りません。」「これ以上の増強は厳しい。少なくとも、当面は無理だ。」「…では、空き巣狙いしかありません。かなり賭けになりますが。」ドレークにとって、唯一現実的に思えた選択肢は空き巣狙いだ。敵が強いからといって、真正面から相手にしなければならないという法はない。故に、彼は主戦線において積極的な友軍の強行偵察を要求する。「そう簡単に動くのかね?」「断言はいたしかねますが、遊撃部隊の性質上動くかと。」突けば、性質上遊撃部隊の色が強いあの戦闘団が即応する公算が高かった。そうでなくとも、敵を疲労させておくことに意味はある。加えて、強固な防衛線とはいえ、各所に穴があるらしきことは情報部も掴みかけていた。強行偵察そのものも、決して無駄ではない。以上の消極的な理由ながらも、連合王国は手持ちの戦力の中でまともな状態の部隊をいくつか出す。同時に、積極的行動の必要性を認めていた合州国のアイゼントルガー将軍も渋々ながら部隊の派遣に同意。本人としては、先のガーデンマーケット作戦で手痛い教訓を受けているためにかなり躊躇したらしい。とはいえ、軍事上有効である上に副次的効果も期待できると押して、消極的ながらも参加を連絡官らが取り付けることに成功。平和を愛し、人的資本を慈しむターニャにとって裁量権の拡大は歓迎すべき事象である。出来る限りの範囲ながらも、血なまぐさい戦場を離れられるのは喜びだ。もちろん、職務専念義務に違反しない程度に、である。実際、軍人として国防に貢献できるような形で戦争は不本意ながらも頑張っている。敵の弱いところを突くという弱い者いじめであっても、ちくちくと刺すのは有効なのだ。まあ、それだけではアピールできる部分が弱いので、歩兵大隊や機甲部隊で陽動を出すことも結構やっている。シマーヅの採用した野でやれる釣りの真似事だが、恐ろしいほど敵は単純らしい。うろうろしている機甲部隊を怪しむどころか、嬉々として撃滅しようと伏撃の餌食となる。もう少し、頭を使えと言ってやりたいほどだ。先入観に縛られて、自軍が優勢だという過信を抱くのは自由だが注意深くあるべきなのである。というか、大局での優勢が必ずしも局地戦における100%の優位を意味しないという事を理解できていないとは。全く、スコア稼ぎに最適すぎて笑いが止まらない。司令部に対する言い訳にもなって、全く顎が外れるかと思うほどである。さすがに、敵があまりに間抜け故の一方的戦果は自分自身でも信じられないほどだった。防衛司令部が、実際の戦闘を査察するべく数人送ってきた時は無理もないと思ってしまったほど。まあ、幸いにも敵のアホさ加減が数日で変化する訳でもなく、納得してもらえたのは助かった。おかげで、最近はなにもうるさいことも言われず裁量権を行使できている。結果的にではあるが、危険なところを避けて好き勝手に動けている。やはり、インセンティブ理論的に考えても、自己裁量権があるのはうれしい限りだ。まあ、相手があってこその戦果である。その意味においては、遥々海を越えてやってくる合州国軍や連合王国に感謝しなければならないだろう。ついでに、劣悪な補給状態の改善にも貢献してもらえて実にありがたい限り。なにしろ兵站状況に格段の差があるため、敵のデポから補給しているのが現状である。孫子に曰く、敵から奪え、だ。いやはや、略奪を推奨するとは存外古人はよっぽど合理的発想に至るらしい。分捕った戦利品で、その気になれば一個魔導師大隊を新たに新編できるほどである。ちょび髭が『戦争経済』とやらの専門家ならば、自分は『戦闘経済』の専門家と称して良いのかもしれない。論文でも書いて、どこかに投稿してみることも検討してみよう。こんな具合で、敵の主要補給拠点や通信拠点をしらみつぶしに襲撃して久しい。拠点防衛に努めて、陣地から動けない友軍を脇に自由気ままに動き回れるのだ。ターニャにしてみれば、状況は歓迎すべきものである。前々回は、堂々と正面から殴りかかった。前回は、V○Bを活用しての強襲。そして、敵の警戒が空に向かった今回はいつもの如く徒歩襲撃。ライン戦線低地地方方面に展開したサラマンダー戦闘団は、いつもの如く戦場で暴威をふるっている。敢えて状況を説明するならば、近頃活発に活動する兆候が出てきた敵軍の邀撃戦に努めているというところだろうか。こちらのライン線が、存外穴だらけであるという事実に、敵は気が付きつつあるらしい。そのため、司令部の憂慮するところによれば強行偵察部隊がこちらの弱点部分を捜索しているとのこと。故に、独自裁量権の範疇でターニャも敵偵察部隊を叩いている。最も、根元を断つために泳がして司令部を直撃することもままあるのだ。そして、今回は見事に敵の本隊の捕捉に成功。包囲し、セオリー道理に術式を一斉に展開。敵魔導師が慌てふためく姿を堪能できないことを惜しみながら、発現。後は、戦争が大好きな連中はCQBのために吶喊。ターニャの様に義務感から戦場に立つような平和愛好主義者は、狙撃に徹する。そして、襲撃というのはいつも迅速かつ徹底的に行われなければならない。「状況を報告せよ」襲撃開始から数分後。盛大に術式が撃ち込まれ、廃墟と化したデポ。その一区画で警戒体制を維持しながらターニャは各自の進展状況を照会する。「掃討完了。」各中隊の状況。中央区画は、生存者どころか死者の身元すら怪しいほど徹底的に爆砕されている。掃討しろと命じておいために、何も言わないが正直戦力の浪費だった気もした。「魔導師排除に少々手間取っておりますが、300以内に制圧して見せます。」魔導師の生き残り連中が立てこもった外縁部。そちらの制圧が遅れているのは、ターニャとしても憂慮せざるを得ない。「時間が無い。手隙の者は?」「はっ、こちらで支援可能であります。」ヴァイス少佐の隊?なるほど、手際良くお土産の敷設が完了している。近隣に撃破対象も残っていない。「助かります、少佐殿!」謝意を述べるグランツに対し、ヴァイスの隊が支援を開始。仮設の防衛拠点どころか、急造のバリケードだ。さすがに、横合いから強かに襲われれば終わりはあっけなく訪れる。「「「「所定の目標の排除を完了。」」」」ターニャが事前に設定した目標。その悉くを部下らが撃破し、完了報告が入ってくるまでには然程の時間も要さない。「・・・よろしい、大変結構。離脱する。置き土産を忘れるな。」対人地雷からなる簡単なブービートラップと遅発信管をセットした爆薬。細かな努力を惜しまないことが、効率追求上大切だという事を『カイゼン』はターニャに教えてくれる。地道な改善策。その結果として、敵の救援を妨害するという結論をターニャは見出している。どの道、敵の物資全てを破壊するのは手間だ。加えて、救援部隊をいちいち伏撃していては逃げる機会を失う。逆に言えば、救援部隊が救援活動を円滑に行えないようにしてやれば良いのだ。そして、その間に自分自身は安全圏に離脱するという公算だ。すでに襲撃地点から、相当程度距離を取って離脱中。念のため、追撃を警戒していたが反応は無し。兆候も見られないために、おそらくはいつもの如く救援に追われているのだろう。まあ、偶に迂闊な若手による追撃がある時は、それこそスコアにしているのでどちらでもよいのだが。「おっと、そろそろか。」どちらにしても、戦闘空域を離脱、友軍識別圏も間近。手順通り、ターニャは任務完了報告を入れるべくチャンネルを開く。『CP、こちらサラマンダー01、任務完了、RTB中。』複数回指定された波長と形式で、防空司令部指揮下の防空戦闘指揮所に送信。管制官を呼び出し、指定のコースでRTBする意志を表す。なにしろ、下手な機動で敵味方の識別を誤られては面倒事になる。所定の形式を踏まえているかどうか、確認しつつターニャは状況を確認する。『む?CP、聞こえるかCP?』だが、長距離通信特有のラグというには違和感。呼びかけに対する反応が無いばかりか、ノイズが異常に多い。磁気嵐や各種外的要因によって影響されるとはいえ、偶然というには不審すぎる。「…どうされました?」「長距離通信にノイズ?指向性光学系術式で呼びかけろ。」防空司令部の手順によれば、磁気嵐やなにがしかの要因で無線が使えない場合の規定は指向性光学通信。精度や信頼性の問題がクリアできないために、補助的役割に留まっている。そこを補うために、複数の魔導師が発信することで成功率を高めるのが現状唯一の解決策。小規模偵察部隊等、隠密性を優先したい部隊から改善が切に望まれている。まあ、大隊規模であれば問題ではないのだが。『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』「駄目です、反応がありません。」まあ、指向性光学系術式は相手が受信する体制を整えていなければ無意味。長距離通信にノイズが混じっているのが懸念材料とはいえ、その程度ならば良くある話だ。磁気嵐なり砂嵐なり、気象状況なり理由はいくらでも考えられる。あるいは、敵の電波妨害という可能性も無きにしも非ずだが。いや、レジスタンスによる破壊工作という線も無視すべきではない。しかしながら、その程度で麻痺していては防空戦闘など不可能だろう。複線化し、冗長性をシステムに持たせて設計されているのが当然だ。防空司令部が各地に配置している防空戦闘指揮所の通信波はかなりの出力を誇る。或いは、方面軍司令部の戦域警報はリレー式に各自が発信する性質から友軍が近くにいれば飛び込んでくる。「戦域警報は出ているか?防空司令部からの警報は?」「いえ、どちらも平常を維持しているとのことです。」「・・・よほど無能でもない限り、アラートが出る筈だろう。」ここは、ライン線の後方なのだ。会社に例えれば、本社の受付を通過した内側である。お客様なり訪問者なりがあったとして、誰かが気が付き対処しなければならないエリアだろう。社員教育によほど失敗しでもしない限り、アカの他人がスタスタと入ってこられるところではない。「つまりは、制圧されたと見るべきでしょうか。」「他に解釈できない。制圧された、と判断しよう。防空司令部にアラート。」大量破壊兵器でも投入され、有無を言わさず沈黙させられるのならば別だろう。だが、明らかに被帝国占領地域もろともガス攻撃というのは無理だ。国際法以前に、政治的理由で連合王国だろうと合州国だろうと二の足を踏まざるをえない。コミーですら、堂々とは使用し得ない筈だ。ワルシャワの蜂起を見殺しにすることは簡単でも、さすがにワルシャワ市民にガスを流すのは違うという事だろう。「無能どもめ。前線すら定かですらないというのに、黙させられるとは。全く救い難い。」つまりは、密かに近づいてきた敵にあっさりと防空戦闘指揮所は無力化されたか制圧されたに違いない。確かに、ライン線沿いの敵部隊に対してターニャは同じような戦術を再三繰り返して来た。それ故に、だからこそ知っている筈の友軍が同じ手に引っ掛かるという事が理解できないでいる。どうして、他セクションからの報告を他人事と思いこめるものだろうか。オーバーワークでFACの頭が麻痺している可能性を勘案するとしても、防空戦闘指揮所の警備担当は警備が仕事の筈だ。いや、そもそも不穏分子を掃討するためにわざわざ後方勤務要員が配置されているのである。野戦憲兵なり、情報部なりが仕事をしていればレジスタンス如きどうにでもできねばならない。だから、前線送りを見逃されているのではないのか?人を働かせて、自分が働かないばかりか仕事を押し付けてくるとは!全く嘆かわしい事に、典型的なフリーライダーではないかとターニャは嘆く。せめて、給料分も仕事ができないのか、と叫んでやりたかった。「・・・やはりか。この距離に入って、照会がない。」すでに、設定されていた本来の哨戒線を数度も越えているが問いかけは無し。襲撃隊列で侵入して良い空域ではないにも関わらず、敵味方の識別要請すらない。防空戦闘指揮所がアラートを出していないのではなく、出せないという事で決まりだろう。「レジスタンスか空挺かは不明だが、浸透した敵に沈黙させられたと想定する。」まさか、軽武装のパルチザン程度に落とされたとは考えたくない。現実的な可能性を考慮すれば、魔導師または空挺部隊だろう。防空戦闘指揮所が襲われていることを勘案すれば、敵の目的はおのずと限られてくる。「強襲奪還戦を想定せよ。」通信表の奪取、情報収集行動。或いは、管制官を連れ去り尋問することもあり得るだろう。防空戦闘指揮所はある種、機密の塊でもあるのだ。最悪の場合、機密漏洩対策を厳にしても対応できない危険性がある。当然、断固阻止だ。嫌がらせと敵情報収集阻止の点から、ターニャは行動を決意。ターニャの推察は、実に合理的なものである。実際のところ、コマンド作戦というのは連合王国好む作戦でもあるのだ。ただ、それはターニャに与えられた情報に基づく分析だった。警備隊の散発的な抵抗を排除し、レジスタンスたち解放を完遂。制圧作戦を完了し、連絡将校らは限られた時間で慌ただしく情報収集に走る。一方、敵増援に備えて仮設ながらも防衛体制と迎撃態勢を整えたドレークの気分は優れない。なにしろ、敵のど真ん中に侵入しているのだ。それも、空き巣狙いで辛うじてやってのけたというのに過ぎないやり方で。このような奇襲というのは、看破されれば酷く脆い。敵増援規模次第では、あっさりと蹴散らされかねないことを覚悟するほかにないだろう。それだけに、大規模敵部隊接近との報は当初ドレークをして凍りつかせるに十分過ぎた。情報部の分析とやらを過信するつもりはなかったものの、成算はあるはずと考えていたのだ。前線と基地の往復には、多少なりとも時間を要するだろう、と。それでも『ラインの悪魔』は早すぎた。ほとんど最大戦速で飛び続けたとしか思えないような速度で、帰還。隊列は、完全に敵拠点制圧用の突撃隊列。一瞬、此処までかと覚悟を決めかけたその時。何故かドレークの眼前で、収容所とは真逆の方向に帝国軍先鋒は降下を開始。それどころか、こちらを一顧だにせず後続も突入を開始する。「どういう事だ?」双眼鏡を抱えたまま、幾人かが唖然と事態の推移に疑念を漏らす。なにしろ、中隊規模のコマンドを引き潰すには十二分な戦力が見当違いの方向に突撃していくのだ。どう考えても、目的が理解できないにも程がある。「…どうやら、帝国内務省と軍は上手くいっていないようですな。」だが、地元レジスタンスと折衝していた連絡将校が事態の謎を解き明かす。レジスタンスらによれば、帝国軍と帝国内務省は管轄権争いを行っていたらしい。実際、施設の警備は内務省管轄化の警察が行っていたと判断されている。予想されていた重装備の帝国軍憲兵隊は姿すら発見されていない。連絡将校自身、半信半疑の推論を口にしているのだが蓋然性は高いかと思われた。「どうも、連中はCPが襲われたと認識しているようです。」「ご覧ください。一直線にCPへ進路を取っています。」そして、実際に帝国軍の行動は推論の説得力を補強してやまない。明らかにこちらの想定を上回る速度で展開していながら、ドレークらには警戒すら払わない行動。誘いにしても、明らかに油断と隙が大きすぎるだろう。「ああ、オラニエ義勇兵らが制圧している筈だ。こちらには気が付いていない?」今回の作戦において、決起したオラニエ義勇兵らが通信施設の破壊と制圧を行う予定だった。計画では、制圧完遂後、彼らは潜伏している予定である。つまるところ、帝国軍は完全に空っぽとなった通信施設跡地に突撃しているのだろう。抵抗が無いという事に彼らも戸惑っているのだろうか?だが、どちらにしてもドレークらにとっては最高の好機だった。「今が好機だ。直ちに、撤収する。」密かに、離脱行動を開始。焦ってこちらの行動を気取られる訳にはいかない。慎重に。それでいて、速やかに。難しいが、希望はある。「奴らが、仲たがいする間抜けで助かった。」相互に連絡が不全という事は、こちらの存在に奴らが気付いていない可能性が期待できた。帝国軍がせいぜい、蜂起したパルチザンという認識であれば追撃が出るのは遥かに遅れるだろう。そのころには、ドレークらは遥か洋上で本国に逃げ帰るべく飛んでいるに違いない。その事実は、かなりの心理的負担を軽くするものだった。「まあ、内務省と軍の中が悪いのはどこも同じなのでは?」「確かに!軍と仲良くできる内務省など、我々は見たことがありません!」部下らの冗談も、まあ明るい兆候に影響されている。まあ、とはいえ他国を笑うよりも自国の状況を反省するべきだろう、なにしろ、連合王国自身、植民地省と内務省、それに大蔵省の骨肉の争いは悪名高い。情報部や軍との内部抗争もかなりアレだ。今回は、敵失に助けられたとはいえ自分達がいつ同じ醜態を晒すかはわからない。念を入れて、相互に連絡を密にしておくべきだろうな、とドレークは思わざるを得なかった。だが、まずは無事に離脱しなければ始まらない。そこまで考えて、ドレークは意識を一先ず撤収することに集中させた。かくして、ドレーク中佐らが自戒と共に撤収にとりかかっているその時。連邦において、内務を司るロリヤは軍に対して再度攻勢を展開するように強く要求していた。その口調は、同格の同僚に対する職務上の要請という形式ながらも脅迫じみて聞こえるもの。「ジョーコフ将軍、何としても冬季に押し切っていただきたい。」「同志ロリヤ、仰ることは無謀だ。無謀すぎる。」突然の粛清執行人の訪問。それに相対する気分はどの様なものだろうか?こんな益体もない疑問に対して、連邦軍ジョーコフ元帥ほど答えを実感している人間はいない。モスコーから、飛んできた同志ロリヤの要求は単純明快な攻勢要請。一般的に、同志書記長の粛清実行者であると同時に激しい反帝国論者として知られるロリヤだ。党中枢に近い人間からは、さらに書記長の意向体現者として恐れられている。そんな人間が、司令部にやってくるなり攻勢を要請してくる?ほとんど、命令に近い要請だ。いや、脅迫というべきだろうか?一瞬、凍りついたとはいえそれでもジョーコフ元帥が抗弁できたのはひとえに彼の用心深さ故にだ。唯々諾々と攻勢を敢行し、屍を積み上げた挙句要求を達成できねば結局粛清されかねない。確かに、現在の同志ロリヤは対帝国戦のために一部の追放を解除することを主張する現実論者ではある。だが、同時に勝てない司令官ならばあっさりと斬り捨ててくる事は自明なのだ。使えない高級軍人と見なされれば、キャリアどころか財産生命に関わりかねない。「帝国は未だに、疲弊したとはいえ激しい抵抗を繰り広げている。」抗弁するリスクを恐れない訳ではないが、少なくとも説明を行う猶予程度は期待できるのだ。ならば、破滅に向かって直進するよりは破滅の綱渡りを行う方が連邦で生き残るためにはまだマシだった。実際、純軍事的には帝国軍は擦り減っているにもかかわらず未だしぶとく存在している。健在とまでは行かずとも、圧倒というよりは一進一退というのが現状なのだ。さすがに、帝国の攻勢は投入された親衛師団によって粉砕できるだろう。いや、部分的にならば親衛師団によって戦線を押し上げることも可能かもしれない。「このような状況下で、強攻しては戦局が覆されかねない。いささか、常軌を逸している。」だが、強行できる状況ではない。なにより、党の強い影響下にある親衛師団をすり潰すという行為は危険が高すぎた。はっきりと言えば、党の手駒を台無しにする行為なのである。ジョーコフ自身が、如何に党に逆らう気が無いとしても上の許しが期待できるは思えない。唯の師団ならば、党中枢もとやかく言わないだろうがそれでは突破が困難だった。つまるところ、攻勢を行うために必要なカードが足りていない。だから、追放程度は覚悟するべきかと思いつつジョーコフは抗弁した。今ならば、まだ処分されるならマシな程度に収まるとダメージコントロールを行ったからだ。しかし、彼は次の瞬間に思いもかけぬ光景に直面する。てっきり、不愉快気な表情になるかと覚悟していたロリヤ。そのロリヤが、表情を歪めるどころか微笑ませていた。どころか、こちらのこわばった表情をほぐすかのように落ち着いている。そして、口から紡がれた言葉は衝撃的ですらあった。「ご安心されたし。同志書記長に掛け合った。親衛軍を4個抽出することを党は承認した。」「・・・同志ロリヤ、貴方の言葉を疑う訳ではないが俄かには信じがたい。」軍事を司る自分ですら、親衛軍や軍の総数に関して知らされてはいないのだ。だから、党が予備部隊を隠し持っているということそのものは別段驚くには値しない。いや、追放されていた連中を呼び戻しているという事を考えれば当然だろう。仮に反旗を翻されたところで、粉砕できるだけの忠実な手勢を用意しておくのが党の常識だ。一個師団や二個師団程度ならば、まだ理解できなくもない。だが、4個軍?それほど党が温存していたことも驚きだが、それを此処で手放すということはさらに驚きだ。正直に言って、これほど協力的な同志ロリヤという存在は俄かに信じがたかった。「私の仕事は、同志たちの支援だ。私は、仕事をしているに過ぎない。」「・・・ならば、私は自分の仕事を行う事にしよう。」「結構、何としても前進していただきたい。特に、連合王国と合州国が我々の代わりに叩かれているうちに。」こちらが、戸惑っている間にもありえない程大盤振る舞いを行った男が淡々と説明を続けていた。正直なところ、未だ罠ではないのかという疑いすら抱いているジョーコフ元帥の戸惑い。それを一切無視し、ロリヤはとにかく時間が惜しいという態度を貫く。実際、ロリヤにしてみれば時間こそが全てに優越するのだ。「“階級の敵同士を争わせる”そういう戦略だったのでは?」「原則はそうだ。ただし、同志書記長の見解では緩衝地帯の確保も急務となる。」なにしろ、階級の敵同士を争わせるという悦に浸っている同志書記長を説き伏せたのだ。理由は、戦後を見据えて占領地を拡大しておくべきという安全保障上の概念から入った。実際、徹底したリアリストとして同志書記長もこの件に関しては即座に同意を示している。『腐ったドアを蹴り飛ばしてやりましょう』そう囁いたロリヤに対して、同志書記長も一瞬で肯定したのだ。前々から、誰かが言い出すのを待ち望んでいたに違いない。もちろん、失敗すればロリヤが生贄になるのは間違いないだろう。「・・・なるほど、前線を押し上げておくのは安全保障上の理由からという訳か。」だが、そんな懸念は微塵も垣間見させずにロリヤは淡々とジョーコフ元帥に建前を述べる。なにしろ、ロリヤにしてみれば満願成就なるかどうかの瀬戸際なのだ。一歩でも前にでなければならないならば、行動あるのみ。「しかり。そのためには、可能ならば帝都に連邦軍の旗が立つことが望ましい。」帝都まで突入できれば、きっとあの妖精を自分の前にひれ伏せさせることも叶う。そのためならば、ありとあらゆる苦難と危険だろうと乗り越えていくつもりだ。自分の下で喘がせるためならば、如何なる労苦だろうと惜しむには値しない。「だが、だからといってこの冬季に攻勢に出る理由をお伺いしたい。」理由は単純だ。待つことは覚悟できているとしても、耐えがたいもの。一日千秋の思いなのだ。手に入るならば、一刻も早い方がよい。むしろこれ以上待てるものか、というのが本音だ。そんな当たり前のことだが、ロリヤとしてもさすがにジョーコフ元帥にそれを話す訳にはいかない。「帝国は冬季に戦線が停滞すると考えている。我々が親衛師団を投入したにもかかわらず、だ。」だから、全力稼働したロリヤの明敏かつ悪辣な頭脳は極めて合理的な理由を見出す。それは、おそらく帝国自身すら気が付いていないであろう心理的陥穽だ。帝国軍は、情報分析によればこちらの攻勢が無いという前提で行動している。だからこそ、だからこそロリヤの傍で活動していた筈のデグレチャフの部下らが西部に送られてしまった。「確かに、親衛師団の損耗は避けたい。だが、敵が固定概念に囚われているのであれば別では?」だから、その呆けた帝国軍を強打してやるのだ。そうすれば、或いは彼のイデアが近くに戻ってくることも期待できる。「確かな情報ですかな?軍情報部からは、そのような知らせは一向に入っては・・・」「装備や兵站状況ならばともかく、心理は我々の専門。ご信頼いただきたい。」そのために情報分析や情報収集を徹底して部下らに実行させているのだ。失敗の可能性を徹底して排除するために、希望的観測や推論を排して、である。耳触りのよい報告を出すアホは、情報分析のやり方を理解できないアホ。なにしろ、直属の上司であるロリヤの意向すら分析できない間抜けなのである。革命的国家財産の浪費以外の何物でもないので、おべっか連中は肉体から解放してやった。分析結果は、極端に疑い深い人間だろうとも納得できる結果だとロリヤは自負している。「なるほど、納得はできないものの理解はできる話だ。それに、党の命令とあれば否応もない。」その結果が、眼の前のジョーコフ元帥の快諾だ。満足しつつ、微笑みを浮かべてロリヤは手を出しだす。「ご協力、感謝いたす。」彼は目的のためであれば、如何なる協力も惜しむつもりはないのだ。これによって、軍を粛清したり将軍連の弱みを握ることも可能だがそれは無益。なにしろ、ロリヤにとって全ては有益か無益かの二分しかない。そして、『目的』を遅延させるものは全て今のロリヤにとっては無益なのだ。「なに、親衛軍はありがたい。戦果はご期待していただいて結構。」目的のためならば、誰とでも協力しよう。ああ、まったく、待ち遠しいものだ。あとがき帝国:(´・ω・)…連絡不備で良くわからないけど、敵に逃げられますた。連合王国:(・ω・)作戦成功!(自分達も気をつけよう)以上の事実が表しているのは、帝国主義的侵略主義者と進歩の途上にある権威主義的資本主義者による封建的植民地保有国家の思想的限界を表す退廃性と後進性である。人民によって、連邦から駆逐されたこの悪弊を引きずる退廃的かつ修正主義的な国家が、その内在的対立を克服なしえないのは自明かつ当然の帰結だろう。それに対し、党の賢明なる指導と、革命的連帯精神は、思想的優越に支えられたものであり構造的かつ本質的差異を結果としてもたらすものである。すなわち、共産国家において国家関連機関には如何なる齟齬も思想的対立どころか乖離すら存在し得ない。それは、イデオロギーの完全さゆえに共通目的のために全てを一致して革命的に前進させるという熱意と理念が正義によって為されるからである。( ー`дー´)キリッつまり、思想的優位がこの顕著な差を生み出すのである。文責:真理省つまりは、(ロリヤの)愛だ。追記コメントにおいて、同志ロリヤの革命的偉業に対する称賛と、かくまでも偉大な偉業を如何にして成し遂げられたのかという疑念が提起されてました。革命的精神が足りないようなので、革命的に解説しましょう。①連邦軍では、軍が後進的資本主義勢力の軍団と同規模です。②一般的な軍団は、2~4個師団からなります。③別の世界にある「そびえと」なる国家の親衛師団が16個以上。④ついでに言えば、連邦軍の兵力は畑で取ります。⑤でも、1個師団あたりの定数は実は少ない連邦軍。(まあ、1万ちょい?)⑥つ某戦地で銃殺刑に処された兵士数1万3千?人。⑦つ「そびえと」なる国家で懲罰部隊送りになった軍人:42万ちょい。⑧つ「そびえと」なる国家で従軍した総数:3450万?逆に考えるんだ。4個軍も、じゃない。4個軍程度、と考えるんだ。かの国では、別にその位どこから湧いても誤差でしかないのだと。ZAPしときました。