進め、進め?赤の波をかき分けて、前進せよ?一心不乱に前進せよ?ゴーアヘッド、ゴーアヘッド?命令は、前進あるのみ、前進あるのみ?屍ですら、なお前進しかねない狂気の前進?戦場の喧騒と高揚に酔いしれた彼らは、悪鬼だ。いや、既に彼らの住まう境界線は煉獄上。わざわざ煉獄から地上に遊びに赴く化け物ども。神よ、我らをお許しください。帝国軍東部方面軍参謀将校の手記より。東部、蹂躙される。この一報は、東部戦線の安定を予期していた参謀本部を一撃で屠る。完全に想定外の事として狼狽しきった彼らは、それでも予備戦力を抽出。だが、当然ながら帝国の払底した戦力は彼らに厳しい現実を突きつけていた。本来の想定では、方面軍が持久する間に大陸軍で反攻戦力を担うという想定だ。だが、すでにバグラーチオ、西部防衛線等々で摩耗しきった大陸軍は満身創痍。事態は、あまりにも逼迫しており戦力が徹底的に足りないという現実を誰もが直視した。ばかりか、帝国軍内部においても深刻な継戦能力への疑念を植えつけてしまう。結局、誰もが頭を抱えながらも開戦前に提唱されていたゼートゥーア式の消耗抑制方針を渋々承認。同時に、戦略機動研究の先見性と有用性を改めて思い知らされる。此処に至り、帝国軍参謀本部はその戦争指導を勝利の追求ではなく講和の追求に変更。加えて、作戦指導におけるゼートゥーア将軍らの役割を承認。ここに、参謀本部が一度は否定された消耗抑制派が再登場する。東部の防衛は、短い期間ながらも最後まで彼らが取ることになる。最も、大局はともかく前線の仕事は変わらない。敵が攻めてくるならば、押し返す以外に選択肢はないのだ。だが、押し返せるものだろうか?彼我の正面戦力差は、隔絶したものだ。これまでは、優秀な将兵と敵の混乱に付け込むことで辛うじて対応可能だったとしても。あの、国力を最大限活用して押しかかってくる連邦の攻勢を粉砕し得るのだろうか?此処に至り、悪化した戦局を立て直すために派遣された将軍らは否応なく厳しい現実に直面した。東部の大地を踏みしめ、レルゲン准将は着任の報告を行うために東部軍司令部に足を運ぶ。彼は、ゼートゥーア大将の派閥として左遷されていた自分が呼び戻されるにいたった経緯を理解している。無理難題を上が押し付けてくるのはいつもの事。とはいえ、彼にとって上官は気心が良くも悪くも知れた相手だというのは気が楽になる要素だった。追い詰められてひっ迫している戦線で、良く知りもしない司令官の下に配属されるよりは、遥かにましだろう。楽観思考でいかねば追い詰められて、発狂しかねないだけの経験からレルゲンは努めて楽観論者たらんと努めている。「ゼートゥーア閣下、お久しぶりです。」「貴様も壮健そうで何よりだ、レルゲン。」幸い、というべきだろうか?着任の申告を交わすと、餓狼の様に飢えた眼光に見据えられる。レルゲンにとって旧知の上官は抜身の刃の様な鋭さを未だ失っていなかった。ある者が、ゼートゥーア閣下をして狂気の塊と形容したというが無理もない。なにしろ、閣下とデグレチャフだけが今日この日を予見していたのだ。最悪に備えるべく、手段を選ばない両者はどこかおかしくならざるを得ないのだろう。最近になって、ようやくレルゲンもデグレチャフが『合理的』だということが理解出来つつある。他に選択肢が無いのであって、デグレチャフは『過度に好戦的』というわけでもないらしいのだ。要するに、奴はごくごく狂った感覚で持って、命令を遂行すべく最善を尽くしているに過ぎないということになる。まあ、そんな人材を発掘してこき使うゼートゥーア閣下だ。東部における数少ないプラスの要因は素直にありがたい。「イルドア方面の状況は?」「安定してはおりますが、膠着状態です。」「では、部隊の抽出は困難か。」挨拶も早々に打ち切られ、振られる話題はイルドア戦線の情勢。現在、最も帝国軍の抱える戦線の中では安定しているイルドア。しかしながら、レルゲン准将の見るところイルドアですら余力は乏しい。そして、イルドアですら余剰戦力を欠くという事の意味は深刻だ。帝国本土に残留している教導部隊や少数の研究部隊を除けば予備戦力が文字通りいない。教導部隊とて、帝都防空任務に駆りださざるを得ないほど帝国は追い詰められていた。「参謀本部はやはり、増援を出し渋りますか?」「駄目だな。それ以前に戦力が払底してしまっている。」参謀本部からの増援割り当ては無し。それどころか、ゼートゥーア閣下が吐き捨てたように余剰戦力は帝国から払底していた。本来ならば、こういった事態を回避するための消耗抑制ドクトリンなのだ。過去を愚痴っても有益ではないにしても、わかり切っていた破局を迎えるのは気に入らない。「…予期された事態ではありますが、直面すると厳しいものであります。」「なに、手札には鬼札もある。やれんことはない。」だが、こうなるべくしてなったとこをゼートゥーア閣下は既に受け入れていた。或いは、帝国の国防のためにならばありとあらゆることを飲み込む覚悟を決めていたからだろうか?何れにしても、ゼートゥーア大将の表情は諦観とは程遠かった。「は、鬼札、でありますか?」「サラマンダーが戦闘序列下にある。アレは、少なくとも状況を変えうるよ。」「死屍累々を積み上げて、でありましょうな。」・・・そして、鬼札についてレルゲンは吐き捨てたい衝動に襲われながらも同意する。狂ったルールの中では、あれが一番ルールを熟知しプレイしているプレイヤーだろう。帝国軍全軍から選抜された狂気の集団と形容するべきかもしれないが。なにしろ連中ときたら、損害を顧みるどころか一個戦闘団で敵防衛線を蹂躙してのける。ソレだけ聞けば、如何にも敢闘精神旺盛で優秀な部隊だろう。だが、奴の戦績はまともな古参兵ならば眉に唾を付けてしまうほど胡散くさい。北方以来、ラインで、東部で、南方で。ほぼ、帝国の全戦線における作戦行動に参加し、その何れにおいても竣功と問題を惹き起こしている。ただの戦場伝説か、誇張された戦果ならばよっぽど話は簡単だろう。問題なのは、あのデグレチャフの戦果は何れも本物なのだ。ライン低地戦線で、奴の戦果を疑った参謀本部の監査部が派遣した将校が恐怖を物語っている。「監査部の報告をご覧になりましたか?常軌を逸脱しているとしか思えない。」奴は、監査部の将校にただ、作戦行動に同行することを求めた。そして、平然と敵野戦陣地を蹂躙し、逆撃してくる敵魔導師を伏撃し、あまつさえ救援部隊を側面強襲してのけた。のみならず、唖然とする監査官の前で奴は撃破した敵から奪った装備で敵別拠点を襲撃。ケラケラと楽しそうに笑いながら、突撃を敢行するその姿をみた幾人かはいまだに魘されている始末だ。それですら、デグレチャフという災厄に関わった中では、実のところ幸運な部類に入るのだろう。信じがたい戦果を、あっさりと監査官が認めてしまうのだ。不審に思い再調査のため、監査本部から派遣された連中はさらに運が悪かった。デグレチャフのいうところの、友釣りで釣りだされた魔導師を伏撃。のたうち回る敵兵を、ブービートラップの囮として救援に来た敵魔導師を包囲撃滅。さらに、ハイキングを敢行すると称して主戦線後方に徒歩浸透。敵勢力下にあるにもかかわらず、平然と敵デポを襲撃して迎撃に来る敵魔導師を屠っていた。それが、たった一日だ。心身ともに疲弊し尽くすのが当然だが、なんと基地に帰還するや否やデグレチャフは再出撃に同行を求めてきたという。断るならば、『職務不履行』で『憲兵隊』を呼ばざるを得ないとうそぶきながら。結局、再監査はわずか一日で終了したという。「そうだろうとも。だが他に、選べるものがない。」「では?」アレを解き放つのか?そういった確認の意味合いを兼ねての問いかけ。だが、てっきりあっさりと肯定されるかと思っていたレルゲン准将は驚愕させられた。「奴の報告と作戦案は承認した。・・・やはり、アレは人間ではないのかもしれないな。」「は?」まるで、ゼートゥーア閣下が恐れているかのような発言。あの、ゼートゥーア閣下が?「・・・焦土作戦と徹底した奇襲作戦、首狩り戦術だ。」デグレチャフは、奴は、いったいどういう精神構造をしているのだろうか?差し出された作戦計画書。それを一瞥したレルゲン准将の感想は、他には形容しがたい。焦土作戦と並行しての敵兵站拠点襲撃。そこまでならば、理解できる。だが、兵站拠点襲撃を陽動に敵司令部を直撃する?立案・実行が、奴でなければ議論の対象にすらならないに違いない。シャシリクは、粗野ではあるが大地の味がする。野戦料理だ、もちろんおおざっぱであるし塩気を優先しているのはいた仕方ない。マトンではなく、鶏肉であるのも食糧事情に制約されているからだ。それでも、野外で食べるバーベキューとしてみるならばシャシリクは一つの英知だ。だが、肉汁したたるシャシリクを貪れる時間は限られている。戦闘団司令部から飛びだして来た通信将校が手にしていた命令文で、ターニャの休息は打ち切られる。ゼートゥーア閣下直々の出撃命令。「サラマンダー01より、各隊。仕事の時間だ。」ライン線において、辛うじて持久を確立し得た帝国軍。だが、そのわずかな余裕を活用するだけの猶予すら彼らには与えられていなかった。一段落した戦線から、直ちに動かし得る機動性の高い部隊を緊急に抽出。その中には、端正な碧眼と可愛らしい口元を盛大に歪めて飛ぶデグレチャフらも含まれていた。いや、厳密に言うならば過去の戦略機動の概念提唱という実績から真っ先に動かされたというべきだろう。神経を使うパルチザン掃討から解放されるのはともかく、東部送りというのは誰にとっても愉快ではない。「各コマンドごとに浸透。敵中隊司令部を各個に蹂躙せよ。」東部では、恐るべき規模で師団が押し寄せてきていた。信じがたいとことに、素人どころか完全編成の『親衛師団』が軍団規模でだ。状況は完全に崩壊と危機にひんしている。事態に相対する軍人ならば、思わず誰もが天を仰ぐほどに。「諸君、戦争の勝ち方を間抜けな東部軍に教えてやろう。」押し寄せる連邦軍に対する遅滞戦闘すらおぼつかず、全戦線が崩壊に瀕する中で。事態を掌握し、ターニャだけが勝算を見出し得ていた。いや、厳密に言うならば『勝てない』のはわかりきっているのだ。しかし、『負けない』戦い方ならばターニャにとって容易に展開できる。なにしろ、史実で連邦は常に装備の質にかかわらず致命的な弱点を有しているのだ。本来ならば、官僚的手続きや面倒事で実行には移れなかったかもない。だが、素晴らしい事に人の縁というものはわからないものだ。東部の事態が悪化しているという状況で、参謀本部は主流派から追放されていた将校連中の再登用を開始。そして、東部方面の防衛はライン線における卓越した作戦指揮を正当に評価されたゼートゥーア閣下に委ねられたのだ。某皇国が北方で行ったような遅滞戦闘を行う事を、上申したところ実にあっさりと快諾された。ターニャ自身が、そのあまりの即決具合に驚くほど全面的な支援が約束されている。実に好都合だった。「幸い、ゼートゥーア閣下は現場を御存じだ。」ニヤリと碧眼を細めて笑って見せる。客観的にみれば、どうせ子供が笑っているように見えるだけで、面白くもないだろう。だが、少なくとも幾人かの古参兵はお愛想笑い程度に付き合ってくれた。まあ現場を知っている司令官が、ボスであるというのは誰にとってもあり難いというのは事実だ。人格異常な孤児上がりの某皇国将校ですら、焦土作戦には部下から反発があった。ところが、まあ、戦局が末期まで追い詰められている帝国軍はそんなことを気にする必要すらない。上からは、支援と補助すら得られる始末だ。まったく、コミー相手でなければこのように社会資本を浪費するような策など採用したくない。だが、必要とあれば躊躇することなく仕事は完遂しなければならないのだ。いずれにしてもこれで、まともに仕事ができる。まともに仕事ができるという事は、世界をコミーから防衛できる。つまり、許しがたい怨敵どもを駆逐できるのだ。「北極熊どもの兵站を断つ。ああ、焦土作戦の用意を怠るな?」あの国は、正面装備はともかく兵站は雑。加えて、だいたいにおいて略奪による補給前提の非常に野蛮な軍隊である。全くもって、コミーという連中はルサンチマン爆発の暴徒に等しい連中だ。合理的かつ客観的に観察すれば、奴らの進撃が長続きしないという前提で防衛を如何にするかに過ぎないのだ。「戦闘団、傾注。祖国防衛である。帝国は、諸君の献身に期待する。」「「「はっ!」」」戦争というのは、実のところ兵站を整えられるかどうかで8割が決まるのだ。ならば、正面戦力が劣勢だろうとも地の利と経験で対応するほかにない。というか、誰が正面切ってあのアホの様な国力を持つコミーとの戦闘に立たねばならんのだ。危険すぎるではないか。コミーを撃つのは大賛成だが、叶う事ならば合理的かつ資本主義的精神で一方的にやるべきだ。幸い、ゼートゥーア閣下から許可は既に出ている。必要なことを、必要な手順で、きっちりと行う事にしよう。「戦闘団諸君、今や帝国に猶予はない。」実際のところ、歴史で言えば1944年だ。1000年帝国の999年目くらいだろう。こんなところでぽっくり逝くのは、実に馬鹿馬鹿しい。だが世界を共産主義者から守り、資本主義社会と文明を、自由を守るために戦わねばならない。アカの旗の下で、自由を奪われ管理されるくらいならば、自由のために抵抗するのは一つの合理的帰結だ。ついでに付記しておくと、帝国が崩壊したとしても強い反共主義者というのはやがて『評価』されるだろう。つまり、自分が有能で、ついでに強い反共主義者であるということを示しておくのは長期戦略上も望ましい。「だが、私は諸君を信頼している。北方で、ラインで、モスコーで、南方で、イルドアで、オラニエで私に付き従った戦友諸君。」戦争狂が集まった、ある意味目的特化型の部隊を指揮することになったのは不幸だ。だが、この狂った世界においてただ一人理性的である自分の生存に利するならば、ターニャにとって選択肢はない。幸いというべきか、部下の統制はまずまず取れているのだ。戦争犯罪に手を染める反社会的分子が紛れ込んでいないことは、まったく僥倖だ。おかげで、戦後になにがしかの冤罪で報復裁判にかけられる可能性は比較的乏しい。一番危険だった連合王国潜水艦誤沈も、少なくとも國際海事裁判では過失が無かったと認められているのだ。後は、適当にコミーを倒しつつ終戦近くに脱出するに限るだろう。そこまで、帝国に見切りを付けた考えを腹の中で考えながらも表面上はおくびにも出さない。そして、ターニャは表面上では愛国者として真摯に憂う表情で告げる。「祖国は危機にある。」不味い事に、一部の厭戦感情が危険な水準に突入しているらしい。占領地域の不穏な情勢を勘案すると、ここでの混乱はターニャが資産を安全なシュヴィーツ共和国に移す前に暴発しかねないのだ。それは、さすがにこれからの世界で生きていくうえでも少し待ってほしいものである。だから、取りあえず帝国の見せかけでも良いので盤石ぶりを示す必要があるとターニャは個人的に感じているのだ。「いつもの如く勝て。いつもの如く、理不尽に屈するのではなく理不尽に蹂躙せよ。」部下からの視線が集中するのを意識しつつ、ターニャは出撃を号令する。「サラマンダー戦闘団、出撃!帝国が、誰の土地かアカに教育してやろう。」「「「了解!」」」損耗を度外視して敢行された冬季大攻勢は、ジョーコフがロリヤに確約した通り順調に進展していた。破竹の大進撃を続ける連邦軍。4個親衛軍からなる主力は、すでに帝国軍防衛線を蹂躙。後続らがその突破口を拡大し、続々と新手の連邦軍が帝国軍支配地域を蚕食。冬季故の攻勢のため、多少なりとも手間取っていることは事実だが進撃ペースは良好。すでに、全戦線で帝国軍防衛部隊は敗走に移っていた。いくばくかの強固な抵抗を行っている遊撃部隊もあるにはあったものの、数ですり潰すことに成功。再攻勢のために補給を順次受領し始めている親衛軍の兵站状況が整い次第、さらなる戦果拡張が期待されていた。ジョーコフ自身、状況全般は問題があるとしても順調な部類だと安堵しているほどである。だが、楽しい時間には唐突に終わりが押し寄せる。「閣下、悪い知らせです。」続けろ、とジョーコフは顎で部下に促す。無数の報告が飛びかう司令部において、形式は既に取っ払われて久しい。ジョーコフ自身、親衛軍の指揮官らとのやりとり以外は副官に取り次がせているほどだ。「なんだと!?」だが、そのジョーコフをしても思わず問いかけるほどの内容。思わず、振り返ったばかりか立ち上がり詰め寄ってしまう。「帝国軍が、市街地を焼き払っているだと!?」進撃路上に位置する都市群。何れも、市街地での頑強な抵抗が予期されたために包囲して撃滅する公算だった。それをよりにも寄って、帝国軍自身が放棄している?防衛線の再編か?一瞬、ジョーコフの頭をよぎったのは常識的な対応だ。敵に奪取されることを阻止しつつ、防衛線を再編するために部隊を後退させる。そのためにならば、敵に利用されないように街を壊すことも理解はできた。「はっ、加えて水源が汚染され、鉄道に至っては爆破されています!」だが、次の報告を加味すると事態が全く違ってくる。防衛線の再編どころか、完全に焦土化させることを前提とした行動になる。つまり、やつらはこちらとの戦闘を根本的に捻じ曲げるつもりらしい。「やつら、焦土作戦を行うつもりか!親衛軍は動けるか!?」阻止する必要があった。焦土と化した帝国外縁部を制圧したところで、なんら得るところはない。ばかりか、帝国本土へ進撃するための橋頭堡確保も果たせなくなる。帝国を直撃するための橋頭堡を確保するために、敵の油断を突いて大攻勢を展開しているのだ。橋頭堡が確保できねば、そもそも攻勢に出た意味が無い。だだっ広い防衛に適さない平野を確保したところで、補給事情が悪化するだけだ。直ちに、行動の必要があった。敵に、全てを破壊される前に阻止しなければならない。「補給の必要があります。一部の歩兵部隊程度ならば動けますが、全戦線での押し上げは不可能です。」補給をいそがせろ。怒気をこらえながら、ジョーコフ元帥がそう指示を出そうとした瞬間。まるで、見えない悪意が嘲笑うかのように立て続けの凶報が飛び込んでくる。「閣下!兵站司令部が襲撃を受けました!」ジョーコフ元帥は通信将校から、ひったくるように連絡を受けとり血走った眼を走らせる。魔導師増強中隊程度の帝国軍特殊部隊による補給拠点襲撃。よりにもよって、こんな時期に展開されているという事は焦土作戦の側面援護だろう。「何だと!?今すぐに動ける予備部隊を出せ!何としても、食い止めろ!」阻止しなければ、進撃ペースどころか攻勢すら頓挫しかねなかった。ここまでお膳立てされた作戦で、攻勢を頓挫させればロリヤの手にかかることは間違いない。何かの間違いで、ロリヤの手を逃れられたとしても、同志書記長の手は長いだろう。「親衛軍の指揮官を呼び出せ。大至急だ。」対応を急ぐ必要があった。そのため、ジョーコフはこの状況下で最も戦力を温存している部隊に注目。「親衛軍から、魔導師を抽出しろ、防衛支援を行わせる。」「了解いたしました。」対応を命令しつつも、ジョーコフ元帥としては敵が憎たらしいまでにこちらの弱点を突いてくる事を認識していた。焦土作戦で対応してくるという事は、この冬季の攻勢が何のために行われるかという事を理解していることを意味する。準備攻勢によって、春季の大反攻につなげたい連邦軍の意向を読み切っていなければありえない行動だ。つまり、こちらの戦略目的が相当程度帝国軍に読まれているとい想定せざるを得ない。焦土作戦を行いながら、後方の補給拠点を直撃してくるところは敵ながら実に見事にこちらの泣き所を突いている。これでは、進出した部隊の兵站が維持できないどころか崩壊しかねなかった。だが、同時にジョーコフは帝国軍の余剰戦力が払底しているという事も確信する。わずか、増強中隊。魔導部隊とは言え、たったそれだけしかこのように重要な作戦へ投入できない。状況を勘案するに、帝国軍指揮官が絞りだした最後のカードだろう。だが、哀れなことにその程度では打撃は与えられても押しつぶされるのが目に見えている。カードを出すのが、明らかに早すぎたのだろう。後わずかに待つ事ができていれば、事態は違うのだろうが。そこまで考えた時、ふとジョーコフ元帥は違和感を覚えた。「…早すぎる?そうだ、早すぎる。」口に出した瞬間に、違和感は決定的なモノとなる。こちらの、連邦軍の意図を一瞬で理解した帝国軍指揮官だ。まかり間違っても、そこまで迂闊な戦力運用を行うものだろうか?一部の統制がとれない連中が、突出して作戦を行う?だが、時期と場所から勘案して明確な作戦行動で無い限り、兵站司令部が直撃されるとは考えにくい。そこまで違和感と猜疑心を募らせたジョーコフがふと戦力配置に目を向けると奇妙なことに気が付く。司令部付近に戦力の空白地帯が、生まれつつあった。予備隊が、近隣の魔導師部隊が、即応し得る親衛師団の魔導師部隊が。悉く行動を開始し、司令部から離れた地点に位置する兵站拠点に急行していた。それは、ジョーコフ自身が承認し、命令した行動であるのは間違いない。個々の案件ならば、その対応は適切だ。・・・個々の案件ならば。後方に浸透し、襲撃を敢行できる敵部隊の技量。早すぎる、敵精鋭部隊の出現。まるで、おあつらえに空っぽになった司令部付近。「呼び戻せぇ!今すぐに、全魔導部隊を、呼び戻せ!」咄嗟に、何もかも他の要素は放り出しジョーコフは叫んでいた。鋭敏な彼の頭は、ようやく隠された真実を探り当てたのだ。連中御自慢の『首狩り戦術』。遠ざかりつつあった部隊を呼び戻し、防衛線に配置。だが、ほとんどの部隊は急には戻れないほど進出してしまっている。「っ!第三哨戒線より緊急!大隊規模の敵魔導師急速浸透中!」辛うじて、感知することこそ間にあった。だが、敵を撃退するための部隊は間にあうだろうか?全ては、時間との戦いになるだろう。それも、ジョーコフ自身の生命と連邦軍の命運を賭けた。敵が、こちらを蹂躙するのが先か。こちらの増援が、間にあい敵を阻止し得るか。だが、何れにしてもジョーコフには理解できた。「…してやられた。」後書き今日は、コメントに頑張って応答する(`・ω・´)いえ、これまでやれなかっただけなんですがorz誤字修正しました。そろそろ、作者としては本作の終わりが見えてきたつもりです。韋駄天マイヤーさん風に終戦するか、帝都は燃えているか?などなど迷う事はありますが。ともあれ、現時点で帝国は一九一八年ないし、一九四五年程度のジャーマン並みに追い詰められています。おまけ。イースターも近いので、中小企業を応援しようと突発的に思いました。最近、航空機事故も多いので航空貨物会社も大変じゃないかなぁと。取りあえず、全ては「(」・ω・)」うー(/・ω・)/にゃーを聞いていたのが原因だと思います。Zalamander Air Service通称ZAS従業員300人程度の比較的小規模な航空関連企業。50年代初頭に創業され、現在に至るまで細々とながらも事業は継続している。上場されておらず経営実態は不明。ただ、情報開示法により近年公開された資料によれば『重要機密保持』企業と分類されている。これは、現役で活用されている猛禽級らの技術開発に関連した企業の分類と同じだ。おそらく、技術開発系の研究目的の企業であり国防委員会高度技術研究計画局からの出費を受けたものと思われる。問題は、航空安全法の関係から我々合州国航空運輸安全局は査察を行わねばならないかもしれないという事だ。どちらにしても、深くかかわり合いになりたい企業ではないので国防委員会に照会中なので結果待ちだろう。航空運輸安全局、担当官覚書。「はい、Zalamander Air Serviceでございます。」朗らかな声の受付嬢。「いつもお世話になっております。マクレーン運輸のジョン・ドゥです。」仕事中とはいえ、気心が知れた相手に安堵する担当者の声。「ああ、ミスター・ジョン。こちらこそ、お世話になっております。御用件はなんでしょうか?」「はい、運輸関連部門の方にアポイントメントをお願いしたいのですが。」例えば、聞き耳を立てていようとも特に何の変哲も見いだせない業務連絡。「かしこまりました。確認してみましたところ、時間に余裕があるのでいつでもお越しいただきたいとのことです。」そんな程度の電話だ。趣味人が耳をすませていたところで対して面白くも無いに違いない。ZASの運輸担当者は、やってきた来客に思わず眉をひそめる。なにしろ、マクレーン運輸の人間かと思いきや、その提携先の人間だ。もちろん問題はないが、厄介事の気がしてならないのは事実。「…やあ、驚いた。ミスター・ジョンソン。マクレーン運輸の方がいらっしゃるものだとばかり思っておりましたが。」「私だって、来るつもりはなかったんだがね。」実際、ミスター・ジョンソンと呼ばれた老人の表情は渋々といったもの。肩をすくめて、自分の用事で来た訳ではないことをアピール。「では、メッセンジャーというわけですか。」「その通り。実は、マクレーン運輸さんはイースターカードの配達業務が手いっぱいでね。」「なんとも、困ったことですね。それで、我が社にお声が?」イースターの時期なのだから、そういう事もあるのだろう。そんな表情で、担当者らはそろって溜息を吐く。『マクレーン運輸』が運べないところなると、『相当』だろうが。「ところで、いったいどなたへですか?」その疑問は、純粋に仕事からのもの。ZASは何処へでも荷物を配達が売りなのだ。届けろと言われれば、48時間以内に地上のありとあらゆるところに空輸。それが、社是である。おかげで、こんな不景気でも十分に仕事があるのだ。「ティエンヴィーフ地区のミス・ユゲットさんだ。困ったことに、色々な人が荷物を送りたいらしい。」「聞き覚えがありますな。…、ああ、そう言えば近くに空港がありました。『其処』に届けろと?」そういえば、何か業界紙か専門誌で読んだ記憶があった。確か、極東方面のどこかだ。いや、そうかあの方面に違いない。確かに、ミス・ユゲットは有名人だ。なにしろ、合州国の副大統領まで出向いていったほどである。なるほど、『荷物』もたくさんあるだろう。「ああ、大至急でお願いしたい。間にあわないと大事だからな」「エクスプレス料金での航空輸送ですと、大変お高くなってしまいますが。」だが、合州国から極東まで荷物を運ぶとなれば大仕事だ。機体の整備から、燃料の手配に中継地点の確保。何れにしても、今から大急ぎで取りかかったとしてもかなり厳しい。48時間以内のエクスプレス料金となるのは、これらの諸経費を全て盛り込むからだ。「もちろん言い値で払うとのことだ。」「失礼しました。時間外労働手当・航空特別手当・海外赴任手当等をご承認いただけますかな?」今から、配達要員を休日返上で呼び集める必要がある。まあ、少しばかりの待機要員がいるとしても時間が必要なのは間違いない。まして、かなり『繁忙期の地区』に急遽派遣するのだ。各種手当は相当なものになる。「認める。とにかく、間にあわせてほしいのだ。」「了解です。ところで、配達方式は一斉配送でよろしいですか?」手間と費用からすると、纏めてデポに届けるのが推奨される状況だった。なにしろ空港があるのだから、現地で受入体制を整えてもらうのが最適だろう。そう考えたZASの担当者の考えは、正しい一方で不十分だった。「いや、個別でやってもらいたい。」「・・・そうなりますと、トラックで戸別訪問となります。正直、我が社で行うとしてもかなり難しいものになるのですが。」航空貨物を往復で届けるだけならば、困難といえども然程の事もない。だが、『繁忙期の地区』で戸別配送というのは、正直人手がいくらあっても足りないだろう。「貴社には、そういう事が得意な人材がいるではないか。」「まさか、社長にお出まし願うのですか?いえ、仕事である以上は構いませんが。」休暇を満喫しているであろう、社長。あの人を、呼び出す羽目になるとは!納得させるには、相応以上の金額を積み上げねばならないだろう。そこまで、急ぎの仕事という事だろうか?「言っただろう。言い値で払う、と。とにかく急ぎイースターカードを届けると同時に、回収してほしいものがあるのだよ。」ZAP!