帝都ベルンより、南西方面。クルスコス陸軍航空隊試験工廠上空。高度は12000すでに、既存の演算宝珠では実用限界の高度を突破している。メートル換算で約3600酸素の残量も心許ないが、体温の低下はより深刻だ。高所順応をおこなうために、6800付近で時間を取りすぎた。はっきり言って、生身の人間が長くいられる領域ではない。「デグレチャフ少尉?意識はありますか?デグレチャフ少尉?」管制機が無線越しに問いかけてくる声に応答する事さえ、恐ろしく億劫だ。防寒服があるとはいえ、酸素ボンベと空中用無線を抱え、非常用のパラシュートを背負ってようやく実験できる高度。この高度に生身の人間を送り込もうと考えた連中は、一度自分で体験してみるべきだ。そうすべきだ。「一応あるにはあるが、長くは持たない。はっきり言って、生身でこれ以上の高度は不可能だ。」地上よりも21.6℃も寒い。酸素濃度に至っては63%弱。空戦機動で辛うじて一時的に滞在し得るかどうかという高度は、明らかに人間を拒絶する領域でしかない。そもそも本来の演算宝珠では高度6000が上昇限界。それ以上は、推進力が足りずに重力を振り切れないはずだった。だから、魔導師というのはせいぜいが攻撃ヘリ程度の制空能力しか有していないのだ。にもかかわらずだ。この新型、エレニウム工廠製95式試作演算宝珠は本来ではありえない推進力を発揮している。方法自体は極めて単純かつ古典的なものだ。エンジンと同じ発想で、単発で弱いのならば、双発に。双発で足りなければ、四発にというシンプルなもの。ただ、重要なのは。「なにより、魔力が底なしに喰われる。魔力の変換効率は最悪だ。」ガソリンの代わりに、魔力を消費する演算宝珠はエコかもしれないが、魔導師にとっては無謀もよいところだ。カタログスペック上は革新的な性能だ。だが、従来の4倍の魔力を消耗する上に、4機の演算宝珠核を同調させねばならない。驚くべきことに、核を4つも載せているにもかかわらず、試作演算宝珠は従来のものとさほど大きさが変わらない。故に、恐ろしいほどの小型化を達成したことは技術上の敬意を払われてしかるべきなのだろう。だが、使う側にしてみればたまったものじゃないとしか言えない。精密機器を、小型化するということは、遊びが無くなるということだ。ただでさえ、難解な4機同調起動を行わねばならない上に、安定性と信頼性が乏しい機構だ。理論上、魔力の消耗は4倍のはずなのに、実際には、ロスがあまりにも多く、6倍程度は垂れ流しになっていると見てよい。この高度に慣れていないことも大きいのだろうが、全力で空戦起動を行ったような恐ろしい疲労感は急速に高まっている。「少尉、もう少し、高度は取れんのかね?理論上は、18000までは固いはずなのだが。」・・・このMADめ。無線に割り込んできた元凶の乗っている管制機を思わず睨みつけたい衝動にかられる。声の主は、アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師。睨みつけたからといって、問題が解決するわけではないので行わないが。このまごうことなきMADの作品を試験する羽目になるとは、人生は実に理不尽だ。「ドクトル、無理を言わないでいただきたい。」防寒服よりも電熱服でもない限り、これ以上の高度は飛べない。そもそも、なぜ、このような高度実験をしているのだろう?酸素ボンベに一発被弾すれば、愉快なことになるのは自明だ。仮に、電熱服を着こんで、この世界に耐えられたとしよう。その電気を演算宝珠に依存するとすれば、さらに、魔力消耗度は跳ね上がる。この高度で意識を失わない保証がない以上、パラシュート装備は必須。しかし、意識を失ってのパラシュート降下とは、実戦ではただの的だ。趣味でやらされているのではないかと本気で勘ぐりたいのだが。「まだ、魔力に余裕はあるはずだ。演算宝珠の負荷もまだ許容値以前の水準だろう。」「ドクトル、遊びがなさすぎますよ。この欠陥宝珠め、いつ火を噴くかわからないんですよ!?」前回の上昇速度実験は、本当にひどかった。同調がわずかに狂った瞬間にバランスが崩壊。原因は、魔道バイパス回路のほんのわずかな伝導速度のずれ?原因を知らされた時は、どんな精密さを要求しているのだと、本気で叫びたくなった。演算宝珠内部で魔力暴走で、核が過負荷に耐えきれずに魔力爆発。咄嗟に、バックアップの通常演算宝珠で抑え込んだが、あれは、高度4000程度だからできた代物だ。高度12000で行いたいかと言われれば断じてノーだ。仮に、こいつが火を噴いた場合、パラシュートが燃えれば後は大地と激烈なキスを交わす羽目になる。ファーストキスに思い入れがなくとも、誰だってそんなことは、嫌だろう。仮に、火を噴いたとして、投げ捨ててしまいたいが、機密の塊としか表現できない試作演算宝珠である。そんなことが、許されるわけがない。可能な限り、こいつを無事に回収させなくてはならないのがテスト要員の使命なのだ。だから、慎重にならざるを得ない。こんな、一輪車で綱渡りをしながら、ナイフのお手玉と、火の輪くぐりをするような遊びの無さの演算宝珠でだ。ガンガン高度をあげるなぞ、馬鹿のやることか、自殺志願者のどちらかでしかない。「私の最高傑作に、言うに事欠いて、欠陥宝珠だと!?」ああ確かに、性能は最高だよドクトル。この4発の同調機構を曲がりなりにも実現したことそのものは、恐ろしく精密な技量だ。従来のものと同じだけの機能をこれほど小型化した核で実現したのは、まさに天才的だとしか言えない。だが、だからこそ、頼むから使う人間の事を考えて作っていただけないだろうか。ドクトルの作品に合わせて人間がいるのではなく、人間に合わせるべきだということを理解してほしいのだが。「ドクトル、お願いだから無線機で大きな声を立てないでください。」「黙りたまえ!まず、先に発言を取り消したまえ!」ああ、もうこの専門バカどころか、精神的餓鬼め。本当に頭の痛い限りなのだが、よりにも寄ってこいつは、主任なのだ。こいつが主任で私が首席テスト要員。つまり、どうあってもお付き合いせざるを得ない関係だ。「ですから・・」ッ!?あああ、畜生!また同調が狂った。ただちに、魔力供給を緊急カット。同時に、演算宝珠内部の魔力を緊急排出。一動作でただちに緊急措置を実行。思った以上に、前回の教訓を取り入れた安全機構は有効に機能。だが、演算宝珠内部の魔力が完全に排除できたというわけでは無し。各核がそれぞれてんでバラバラに魔力をぶつけ合い、回路が一瞬で吹っ飛ぶ。散々要求した外殻の強化が間に合っていたこともあって、辛うじて実害なし。「管制。確認しているだろうか?パラシュート降下する。」この高度では、予備の演算宝珠を起動するよりも先に、パラシュートを開いたほうが安全だ。なにより、ここは帝都。パラシュートでゆっくりと降下しようとも狙われる心配は無用。さしあたり、現状では深刻な問題はない。おとなしく、着地に備えるくらいか。「了解しまし、ちょっ、ドクトル、止めてください!離れて!離れて下」だが、管制機の方は、こちらとことなり、問題だらけのようだ。無線を通じて、聞こえてくるのは、なにか揉め合うような音。どうやら、無理やり無線機を奪い取ろうと、誰かが横暴にも暴れているらしい。才能と、人格が一致しない事例は多々あるとはいえ、これほどひどい人物を見る機会が我が人生にあったとは。よほど世界に嫌われたのか、悪魔が私を呪っているのか。「デグレチャフ少尉!またかね!?」どうやら、通信員の奮戦も空しく、無線は邪悪な科学者に奪取されてしまったらしい。彼が無線機を守るべく敢闘したという事実には感謝しなくてはならないだろう。そして、彼が力及ばず邪悪な科学者が私の前に立ちはだかるという以上、自衛権を行使せざるを得ない。まさか、自力救済の世界になっていたとは。法律は本当に、どこに行ってしまったというのか。今ならば、法学者に心の底からの敬意と、尊敬を払うので、ぜひとも法秩序の再興を為してほしいところだ。「言わせていただければ、私こそ、またかと言いたいのですが!」なにしろ、最初は単純な爆破系干渉式でさえ、妙に凝った複雑な機構故にまともに動かなかった。飛行試験をと言われた時は、飛ぶことの偉大さと大変さをこれほど再確認させられる羽目になるとは思わなかった。安全機構を、機能美がないだの、バランスが崩れるだの言われた時は、思わず撃ってしまいそうになった。ようやく、辛うじてまともに試験ができるようになった瞬間に、変な試験項目とオプションが加えられた時は、転属届を発作的に提出してしまった。却下されたが。理由?まともに、実験まで行けたのが私だけだからそうだ。前任者達の屍を越えてゆけとさ。てっきり修辞学的な意味かと思っていたが、どうもそのままの意味らしいので、帰りたいのだがね。「君が、集中をとぎらすからこういうことになるのだ!それでも軍人かね?」軍人だとも。なりたくてなったわけでも、楽しい職業でもないけど、軍人だ。「御冗談を!私の職責は兵器を扱うことであって、欠陥機械のご機嫌とりではありません!」少なくとも、私の仕事はライフル担いで、演算宝珠片手に戦争することであって、欠陥機械抱えて、自爆する事じゃないはずだ。いくら、軍隊といえども壊れたライフルか、狂った演算宝珠を支給されれば文句の一つも言う権利はある。まして、魔導師の装備とは、過酷な現代戦において、信頼性と堅牢さが不可欠というのは子供でも知っている常識のはずだ。魔導師に限定せず、軍用の装備というのは、そもそも頑丈でなんぼ。ワンオフの妙に凝った作りなど、はっきり言って戦争向きではない。競技用のレースカーが、まともな実用に耐えないのと同じで、全く無意味だ。「なに?また、欠陥と言ったのかね!?」ワールドレコード競争でもやっているならば、ともかくだ。このMADめ、まともに兵器開発する気があるのか?明らかに、趣味の世界で、やっているのではないのか?兵站総監部も、兵站総監部で、どうして、こんなことを許しているのだ?本当に、世の中は不思議な事ばかりというほかにない。「こんな高度で、突然壊れる演算宝珠のどこが、まともな兵器ですか!」航空機だって、エンジンが突然止まるようなものは、殺人機よばわりされる。酷いクラスの欠陥なら、未亡人製造機の栄光を授与されるほどだ。其れに比べたって、この演算宝珠はそもそも動くことそのものが奇跡な水準だ。すぐ壊れる上に、出力は安定性に乏しく、おまけに信頼性は皆無。兵器以前の問題の気がしてならないのだが。「君らがホイホイ壊すからだ!どうして、君達は、そんなに簡単に精密機械を壊せる!」「壊れるような構造で作るからでしょう。軍用ということの意味を御理解しておられるのですか?」本当に、軍用ということの意味を絶対に理解していないのだろうな、と思わざるを得ない。確かに、軍の要求したスペックはことごとく満たしている。大幅に上回る水準であるとさえ言ってよいだろう。実用高度が、簡易とはいえ、爆撃機の迎撃可能性を持ち得ている時点で、魔導師の戦術的価値はさらに跳ね上がる。瞬間的な火力の増大に関して言うならば、理論上は4倍だ。従来の魔導師が持ち得ていた攻撃力を飛躍的に跳ねあげられるということは、間違いないだろう。まともに、こいつが動きさえすれば、の話だが。はっきり言って、稼働率と整備性が最悪だ。本来の演算宝珠は、一か月に一度程度簡易なメンテナンスを行えば、問題なく動く精密機器だ。一度使用するたびに、技術スタッフ総出でメンテナンスをせねばならないなど論外極まる。それも兵站総監部という最も充実した後方支援設備を有する研究機関の技術スタッフでだ。先行技術検証という意味合いはあるのだろうが、どの程度反映されているのか果てしなく疑問が尽きない。「この4機同調という技術が、どれほど、革新的であるのかどうして理解しない?」「革新的であるのは、認めますとも。ですから、まともに動くものを作っていただきたいと何度も申し上げた。」「理論上、動くではないか!」頭が痛い事を、本気で言ってくれる。理系の人間と付き合う時に、たった一点だけ注意すべき点がある。それは、特に優秀な科学者や技術者の場合に留意すべきことだ。すなわち、MADか、どうかというただ一点だ。ちなみに、天才とMADの区別は実に簡単だ。私が、殺したいのがMADで、平和に会話できるのが天才だ。「ドクトル、私は実用的な水準を望んでいるのですが。」「そのための、実験ではないか!PDCAサイクルも知らないのかね!」PDCAサイクルなら、熟知しているともドクトル。だから、ぜひとも言わせてほしい。もう少し、まともなプラン立案と、チェックをしてほしいと。やらされる側にしてみれば、たまったものじゃないレベルの欠陥が多すぎる。安全機構が組み込まれなければ、本気で投げ出しているレベルだ。その水準とて、必ずしも十全ではない。今回は、どうやらまともに動作したようだが、それでも、完璧には魔力暴走を封じ込めるには至っていないのだ。万が一、酸素ボンベにでも引火すれば、愉快とは程遠いことになっていた。パラシュートも、防刃繊維に防火加工を施して作られた特注品だが、これだって、100%の安全を約束するものではない。万一意識が飛んだ場合、自動で開くかどうかの不安はあるし、なにより、爆発の規模いかんでは碌でもない体勢で首をつりかねん。地面に降下したら、こんどこそ本気で転属願か、出向から出戻りできるように、人事部にかけ合ってやる。このままでは、いくら命があっても本当に足りない。この際、教導隊で本格的に活動できるように、嘆願したほうが、いいかもしれないだろう。視点変遷:兵站総監部会議室・・・これは、また、随分と本気で転属を願っているようだ。なんと、これで、4度目である。そのたびに、切実さと、懇願の度合いが高まっていくのだから、よほどだろう。届けられたばかりのデグレチャフ少尉による嘆願書と転属希望要請に目を通して、兵站総監部技術局では管理職がことごとく頭を抱えていた。「で、どうするのかね?受理するのか?」「論外だ。あのシューゲル主任技師が求める水準に、曲がりなりにも到達したのは彼女だけなのだぞ」才能だけ、というよりも才能しかないにしてもシューゲル主任技師のそれは突出していた。基礎分野のデータ収集という一面と、先進技術の開発・検証という目的で控え目に評しても意欲的な要求水準であった、95式要求概要にカタログ上とはいえ、応じているのだ。純粋に技術の研究という面から勘案した場合、95式のもたらしたデータは大きな成果を上げていると言える。しかし、それは研究という分野からのみの評価を行った場合だ。研究機関としての性格は、それで良いとしても兵站総監部としては総合的な判断を求められる。「だが、95式を辛うじてにせよ、まともに使えている。それだけの才をすりつぶすのは、惜しい」デグレチャフ少尉以前に、殉職した人間のリストは、決して短くはない。しかも、厄介な政治的事情として次期演算宝珠の座を求めるのは、何もエレニウム工廠だけではないという事情もある。ここで、銀翼突撃章保持者を殉職させた場合に惹き起こされる政治的なごたごたは、可能な限り回避したいと誰だろうと願わざるを得ない。まして、そのデグレチャフ少尉は、これからさらに才能を飛躍的に伸ばしうるのだ。使いつぶせるかと言えば、さすがに惜しい。軍上層部が、出向には同意しながらも、教導隊所属としたことも、上からのメッセージだ。いじくりまわすのまでは許すにしても、生かして返せということだろう。「その、95式も失うには余りに惜しいから、こうして苦悩する羽目になるのだ!」本来であれば、それほどの厄介さが付きまとう試作兵器はお蔵入りするのが普通だ。しかし、そうした通常では考えられない程の優遇を95式が受けられたのは、その可能性故にである。ある程度のリスクは許容してでも、莫大なリターンが見込める。そう判断されてきたがゆえに、95式には湯水のように予算が投入され、ここに至っている。少なくとも、可能性の入り口は見え始めているのだ。行けるのでは、ないだろうか?そう、考えてしまうほどに、リターンは大きい。「4発同調という技術的な意義は認める。だが、ほとんど実用化の目処は立っていないではないか!」無論、反対派としてもその技術的な意義は認めるに吝かではない。その革新性を評価しないわけでもない。だが、彼らにしてみれば、それはあまりにも高い買い物であり、しかも本当に買えるのかすら不明な代物だ。現時点で可能であるかと言われれば、眉唾ものだと感じている。「技術レポートを読んだかね?デグレチャフ少尉の分析は、なかなか卓見だ。魔力がいくらあっても足りないというではないか」10歳という子供の書く内容では無いな、という驚きもあった。だが、技術レポートの内容そのものは、全うかつ極めて卓見であった。なにしろ、この時点で魔力保有量が人並みにある魔導師だ。将来性は保証されたようなものだろうが、その魔導師でさえ、魔力不足でまともに運用できないと悲鳴を上げている。いくら、技術検証が目的とはいえ、これは4発という仕様の構造上の欠陥でしかない。瞬間的な火力は増大するかもしれないが、継続戦闘可能時間の減少はとてもではないが、これほどを許容できるものではない。技術検証の重要性は、こうした先進技術の欠点を洗い出すことにあるとはいえ、これはどうしようもない。「もとより、先進技術の検証と試行目的だ。その程度は、許容範囲に留まる。」その点に関して、どうしようもないというのは、同意する。しかし、それが技術検証という目的に特化した場合、運用上の制約はさほど重要ではないというのが技術派の見解だ。周辺列強に対する技術競争は過酷な水準であり、彼らは彼らで、95式の可能性に賭けざるを得ない。技術的な競争で後れを取る事が大きな脅威である一方で、優越できれば圧倒的なリターンが見込める。その可能性という基準で評価した場合、彼らは95式の全ての費用を是認し得た。「技術的な意義はともかく、軍にとっては遊んでいる余裕はありません。」だが、それは、技術者の見解であって、軍隊の理論とはまた別だ。並みの演算宝珠ですら主力兵器並みの価格がするというのに、ワンオフの特注試作型だ。信じられない金額をすでに飲み込んで、なお足りない?即刻別の方面に予算をシフトしたほうが、まだ費用対効果がましではないか。その主張もまた当然の理屈である。帝国は強大で、軍事費が乏しいわけではないが、それとて有限だ。「それでも、魔力変換固定化の可能性があるということは、継続するには十分すぎる理由では?」「錬金術でも追及されるおつもりですか?有限の予算と人員はいつまでも浪費するわけにはいきません。」魔力を演算宝珠で最適化し、現世に自らの意志を干渉。その干渉により、実態をもった現象を発現。それが、基本的な魔導師が使う干渉式の原理だ。当然、発現する現象は一時的なものになる。爆発を引き起こそうという意志でもって、現世に爆発を発現したとしよう。それは、一時的な現象であって、爆発を惹き起こした魔力は拡散し、固定化できるものではない。ならば、固定化という意志を乗せればよい。其のような概念事態は、演算宝珠が実用化されたかなり早い段階から検討されてはいた。だが、魔力を魔力で現世に固定化するという発想は、極めて実現が困難であった。楽観的な見込みによる研究や、実用化の試みは、現在に至るまでことごとく列強各国において頓挫している。世界に干渉する意志に干渉し、それを現世にあるものとしてなす。もはや、錬金術の世界の話だ。なるほど、実用化すれば、質量保存の法則を無視しえる。技術としての魔法ではなく、それは伝説や神話の魔法に分類できるような技術といえよう。確かに、理論としてはすでに、確立されている。膨大な魔力を必要とするために、最低でも双発の核で持って現象を発現。同じく、その固定化のために、同数の核でもって、現象を固定化。そのために、最低でも4発の核を完全に同調し、かつ別々のタスクを並行して行える精密制御。これまでは、理論上の話でしかなかったのだ。「すでに、4機同調は実現されているのだ。可能性は否定できない」「完璧な同調が、全く見込めない状況なのですよ。唯一うまくやれているデグレチャフ少尉の稼働率でさえ、とてもまともなものじゃない。」試験のたびになにがしかのトラブルが生じている。無論、試作兵器という性質上、そのことはある程度は予想される範疇だが、これほど重大な事故が多発しているのは異例のことだ。間一髪でぎりぎりデグレチャフ少尉が生き延びているのが実態だろう。実際、稼働状況は辛うじて、動かせているというほかにない。これでさえ、従来に比べれば、著しい進歩だというのだから、程が伺える。「それにしても、何故彼女なのだろうな。」逆に言えばだ。彼女が従来の試験要員に比べてなぜ、成功したのかを探った方が解答は出るのではないだろうか?「どういう意味ですか?」「これまでの試験要員は、帝都防衛魔道大隊の精鋭。あるいは教導隊か前線で最低でも2000時間以上のキャリアがある魔導師だった。」本来、試験というものは、それを評価し、分析できる人材によって行われるものだ。実際に、兵器を運用する現場の人間の意見を取り入れつつ、技術的に洗練させていく。そうした兵器開発の在り方からすれば、今回の試験要員は、これまでにないほど選抜されていたはずだった。しかし、実際に試験が始まると、それにもかかわらず状況は一向に進展を見せなかった。豊富な経験と、実績を持った人員がことごとく失敗。「そのことごとくが、一度たりともまともに使えていない95式を、運用できるということは、特筆すべきことだ。」そう。95式の特異性故に無視されがちだが、何故、デグレチャフ少尉は運用できる?言いかえれば、何故彼女は、先達と違うのだ?「彼女の選抜理由は?誰が、推薦した?」そして、そもそも誰が彼女を試験要員に回したのだろうか。今さらであるが、人事を承認したのは確かに兵站総監部だが、そこに書類を出した人間がいるはずなのだ。だとすれば、当然その選抜理由も記載されている。「シューゲル主任技師が自分で選んでますね。なんでも、彼女ならば動かせる可能性が最も高いとか。」「奴には、何故そのような事がわかるのだ?」散々前任者たちが失敗したことを踏まえて、デグレチャフ少尉を欲しがるということは、なにがしかの確信あればだ。肝心な事としては、その確信の理由だ。実際に、ある程度の進捗が見られたということは、その理由になにがしかの意味があるということ。思い込みだけと断じきれない以上、何故前線からそのような人材を欲したか?彼女の特質、あるいは技能に由来するのか、それとも何か別の理由があるのか?「既存のものに慣れ切っていないならば、従来の演算宝珠同様に、無茶な使い方はしないはずだと。」なるほど。確かな話ではある。この4機同調という機構は、全くの別物だ。これまでと同じ感覚で魔力を通すのは、難しいだろう。そして、魔力の通し方に違和感を覚え、力ずくでねじ伏せるなと説明され、なんとなくでも理解できるのは子供の柔軟さだ。彼女ほど早熟であれば、感覚の制御や、理屈の理解も不可能ではないし、それを実現する技量もあるのだろう。大変結構かつ、順当な理屈だ。そこまでは、理解できるとしよう。「・・・おい。一定以上の力量があって、従来の演算宝珠に慣熟していない魔導師なぞそういるものではないのだぞ」当たり前の話だが。そんな都合のよい魔導師は、そこらへんに転がってなどいない。95式で示されたことは、同調機構は、通常の運用には余りにもハードルが高すぎるということではないのだろうか?つまり、これまでの魔導師をことごとく再訓練し、訓練体系を一変しない限り、到底使い物にならないと?しかも、従来の演算宝珠よりも難易度そのものも高い故に、新兵の訓練も一からの再研究が必要になるだろう。それらを実現したところで、同調機構のもたらすメリットと、費用を考えるとあまりにも高価だ。運用がどれほど、職人技を要求されることになるかと考えれば、碌でもない事態というほかにない。「予算も無尽蔵にあるわけでもない。やはり汎用性にかけすぎるのではないのか。」「すでに、演算宝珠の安全機構といった新機軸のデータは揃いつつあります。ここらが潮時では?」結論としては、やはり開発打ち切りが妥当ではないのか?少なくとも、縮小すべきではないのか。そうした提言が、会議場の空気を支配し始める。「火力増強の可能性そのものは、あまりにも魅力的だ。なにも、4発で無くとも、双発にはできないのか?」其れに対して、惜しむ側としては断ちがたい未練が未だにある。まだ、火力増強ということを勘案すれば、2倍というのも悪いものではない。4発に比較すれば、双発という選択肢はそれほど難易度が高くないのではないだろうか?そのような見解で、運用上の選択肢を増大できないかとの意見が、惜しむ側からは提示される。「それもそうだ。双発ならば、同調そのものは簡易になるのでは?」「確かに、難易度は比較的ましにはなります。」4機同調に比べれば。双発は容易ではないだろうかではないだろうか?其の質問に対する答えは、実に皮肉なことに開発推進派の技術部から出されることになる。確かに、4機同調に比べれば楽だろう。「ですが、それさえ複雑すぎ、かつ稼働率が低迷せざるを得ないというのが技術部の見解です。」だが、そもそも同調という機構自体が新機軸で難解なのだ。稼働率の改善も、さほど見込めるものですらない。「それならば、いっそ演算宝珠を2個単純所有したほうが早いな。」「前線で稼働率が低いなど、話にもならん。そうしてみれば、同調技術は未だ時期尚早か。」開発打ち切り。それが、出された結論である。視点回帰:デグレチャフ世の中には、良い知らせと悪い知らせが混在しているものだ。上手い話など、そうそう転がっているわけもないということである。確かに、この欠陥宝珠の開発打ち切り通達と、私の教導隊への帰還は、喜ぶべき事態だ。まだ、正式な決定ではなく、内々の通達に過ぎないが、おそらく本決まりだろう。だから、これ以上命を危険に晒さなくてよいというのはこの上ない朗報だ。で、最悪なのは、どの道これ以上開発できないのであれば、リスクが大きすぎてできなかった実験をやろうとMADが開き直ったことである。落ち込むとか、へこむとかしていればよいものを。どこからか電波を受信する機能までMADは備えているらしい。突然、天から天意のアイディアが降ってきたと絶叫し、『今ならやれるのだ!!!』と叫び散らしていた。当たり前のことであるが、このMADですら、普通の精神状態ではリスクが大きいと判断する実験である。碌でもない事態しか想像できない。だが、開発打ち切りということもあって、これ以上付き合わなくていいならばと、スタッフも消極的な抵抗に留まってしまう。故に、ここまで生き延びておきながら、本当にどうしようもない実験を、私が行うことになる。まともな常識ある科学者ならば絶対に眉をひそめるような代物だ。なんでも、95式の開発における最終目標はもともとこの実験の成功にあるらしいが、成功率は失敗するとしか思えない。その実験を、複合多重干渉誘発による、魔力発現現象の空間座標への変換現象発現固定化実験。通称、魔力変換固定化実験というぶっ飛んだ空想上の産物である。理屈そのものは、もっともらしい。95式は、その精密な内部構造故に、脆弱とならざるを得ず、稼働率・整備性共に難があった。故にこの課題を克服するためには、これを魔力でこの世界に同定し、固定化することで強度を確保し維持する必要がある。そして、95式は理論上、4発同調機構の搭載により、これを可能としえる技術的素地を有す。95式の技術的最終到達点に、駄目もとで挑戦してみることには、技術的課題を洗い出す意味でも大きな意義があるのだ。実に其れらしいことを言っている。だが、絶対にMADの好奇心由来なのは間違いない。もしも、まともに成功する見込みがあるならば、本来もっと最初の時期にやっているにきまっている。それを、この時期になって追及するということの背景を勘案すれば、本気で駄目でもともと。上手くいけば、ラッキーぐらいの狂った判断でやってやがるに違いないのだ。「少尉、準備は良いだろうね?」何故、そう、うきうきとした笑顔までこいつは浮かべているのだろうか?周りを見てみろと言いたい。ここは、周囲に本当何もないだだっ広い実弾演習場の一角。周囲には観測機器とドクトルだけ。スタッフは大いに距離を取って観測機器越しにしかこちらをモニタリングしていない。ようするに、誰だって爆発確定だと信じて、退避している。「ドクトル、本気でやめませんか?試算では、最悪我々は演習場ごと吹っ飛びかねませんが。」今回の実験は完璧に制御するか、吹っ飛ぶかの瀬戸際なのだ。その完璧な制御という眉唾ものの達成を信じて疑わないのはドクトルのみ。気が効いたスタッフはわざわざ医療チームを待機させてくれている。それも、救命医療班と野戦治療施設一式の本格的なものをだ。「それが、なにか?科学の進歩には犠牲がつきもの。それに、君だけではなく、私もここにいるのではないか。」「正直に申しまして、その潔さを別のベクトルに向けていただきたいのでありますが。」きさまは、自分の発明品で吹っ飛ぼうとも本望かもしれない。それに、自業自得もよいところだろう。だが、付き合わされる私が、MADの発明品で、こいつと心中しなくてはならないのはどういうことだと言いたい。無理心中もいいところではないか。「・・・?科学者足るもの、探究に忠実であるべき。つべこべ言わず始めたまえ。」なら、勝手に死んでくれ。できるだけ、周りに迷惑をかけずに。それが無理なら、せめて、私に迷惑をかけずに。第一、科学者ではなく、私はこの場では軍人で子供なハズだが。「私は、軍人です。」「じゃあ、命令だ。とにかく、さっさとやりたまえ。」なんとたること。まったくもって、どうしようもない。確かに、その通りだ。ちくしょう。「・・・95式へ魔力供給開始。」「観測班了解。無事を祈る。」その、どなどなが聞こえてきそうな通信は止めてほしいのだがね。できれば、今すぐにでも、実験中止を宣言してくれないものか。私の不安げな表情を察したのだろう。めずらしく、というか初めてドクトルが私に微笑みを向ける。まるで、安心せよと言わんばかりの表情だが、一体何を安心せよというのだ。「なに、安心したまえ。成功は約束されたようなものだよ。」「・・・ドクトル、一体どこからそのような自信が?」MADがサイコであったとしても、私は一向に驚かない覚悟はすでに決めているのだが。「なに、簡単なことだったんだよ。」「と、申しますと?」「私は、主任技師。少尉が、首席試験要員。つまり、我々が反目せず、協力すれば事を為すは容易いということだ。」・・・まあ、尤もな理屈ではある。今さらではあるし、開発がここまで迷走し、打ち切りが決まったような時に悟っても遅いのだが。それでも、まあこのMADがそれを理解できたということは、奇跡であるには違いない。「なるほど、その通りではありますな。」「だろう?そして、私は先日天啓を得てね。」「・・・天啓、でありますか?」なんだろうな。言葉の綾だろうに。何故か、嫌な予感が。それも、超ドレッドノート級の嫌な予感がするのだが。「そうだとも。我々が共に、神に成功を祈願すれば、信ずるものは救われようとな。」「・・・・・・・・・・は?」思わず、疑問が素直に口から洩れる。神に、成功を、祈願する?この、科学者が?正気か?いや、打ち切りで気が狂ったのか?ありうる話だ。今すぐにでも、安全機構を作動させるべきか。いや、まずは魔力供給量を絞るほうが重要だ。「驕らず、謙虚な気持ちになるのが重要だということだが。」「いえ。その前なのですが・・・。」まずいまずいまずい。こいつは、本気で、なにか、電波を受信している。あまりにも普段から狂っているから、発覚が遅れていたらしい。よりにもよって、こんな時になって、この事態に気がついても手遅れだ。「いい機会ではないか。二人で、神に成功を祈ろうではないか。」「ドクトル、貴方は無神論者では?」「発明の神が私に舞い降りたのだ。私は、今や敬虔な信徒だよ。」やばい。事態は、もうどうしようもない。95式は、製作者同様に、どうしようもなく狂い始めた。魔力でコーティングの制御をしているが、もう制御が効かない。回路の調子も違和感しか感じられない。このままでは、魔力暴走一直線。だから、安全機構を作動させたいのだが、なぜか、機能していない。「・・・・・・・・・・・・・・・・・」魔力を引き抜こうとすると、全体のバランスが崩れて崩壊確定。しかし、魔力を注ぎ続けると、何れ制御が効かなくなり暴走が待ち受ける未来が確定。なんだろうな。悪魔の契約を迫られているような気分は。「我らが発明の信徒となり、祈願すれば成功は間違いないのだ。」「・・・ちなみに、私が祈願せねばどうなりますか?」「まあ、二人して殉教というところだろう。」あっさりといってくれる狂人。「今すぐに、メディックを呼びましょう。或いは、私が楽にいたしましょうか?」今なら、こいつだけでも始末してしまった方がいいかもしれない。どうせ死ぬなら、せめてこいつだけでも自分で殺しておかねば納得できない。こいつを殺して、こいつの欠陥宝珠に殺されれば、まあお互いむかつくとしても因果応報だろう。「落ち着け少尉。君も神に会ったことがあるのだろう?お互い、神を信じれば救われる。」おい。ちょっとまて。「魔力係数が、急速に不安定化!?魔力暴走です!」「そんな!?核が融解寸前!総員退避ー!!!!!!」観測班の悲鳴を耳にしながら、私は意識をうしなう一瞬前に、間違いなくあの悪魔。存在Xが、にやりと笑うのを確かに実感した。ああ、そうだった。あれは、超常の存在。人間を弄ぶろくでもない悪魔だった。“図ったな!?悪魔め!!!!!!!!”~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あとがきうん、MADが、投影魔術の消えないバージョンを求めたようなものです。そういえば、大戦中ドイツの兵器開発は意味がわからないものを本気で大量にやってましたね。技術開発というより、もはや趣味な気がしてならないのですが。一応この世界の情勢を参考までに帝国:ポーランドぼっこぼっこにしてやんよ!世界:ファニーウォーそろそろ、次の局面。本格的な大戦争を?でも、勝ち戦はつまらないので、飛ばす予定です。サクサク進めて、赤ひげの王様にお会いしなくてはなりません。ZAPしました。ZAPZAP。ZAP