海水でびしょぬれになり、不機嫌極まりない表情で呼び出さた上官。雷が落ちることを恐れ、誰もが難を避けるべく手際よく用事を思い出しつつあった時に彼は戻ってきた。それも、部下の誰も見たことのないような笑顔と共に。「大佐殿?」何事かと尋ねる副官。それに対し、彼は何時になく上機嫌に笑いながら微笑みすら浮かべ吉報をもたらす。「Sog諸君、ナンバーワンだ。」「R&Rですね?」これほど無駄骨を折らされた挙句の、ナンバーワンである。兵士らにとってみれば、珍しくも上層部が頭を使った奇跡に感謝したかった。早とちりした連中に至っては、すでにパブの事を頭によぎらせている。だが、喜色満面になりつつあった兵士らから期待を込めて見つめられた彼は首を振った。「いや、それではない。」「自分は、それほどお国から給料をもらっていませんが。」画家にとって、落胆する彼らの姿はある種のモデルとしては最良だったに違いない。その時の兵士たちほど、天国から地獄へ突き落とされ絶望した人間のモデルにふさわしいものはなかった。だが、知らせを持ちこんだ大佐にしてみれば“R&R”ですら霞む素晴らしい知らせなのだ。彼の部下が、彼が、切望して久しい願いを思いもかけず手に入れてきた彼はポロリと爆弾を投下する。「いや、これに勝るものはない。…あのFNGをこの世からBCDする許可が下りた。」あのFNGをBCD。それも、この世から。それは、一瞬彼らにとって理解の範疇外にある言葉だった。夢にまで見た、一つの妄想に過ぎない願望。叶うとは、許可が下りるとは誰も考えられなかったそれ。軍法会議を要求し、『政治』とやらで棄却されたそれ。それが、叶うと理解した瞬間兵士らは立ちあがっていた。「…本当ですか!?あのワンサンザウドを!?」「志願者のみとなるが。」休暇返上を命じられた兵士が、喜び勇んで戦場に行く稀有な事例。志願を命じられた訳でもないにもかかわらず、誰もが歓喜して志願を叫んでいた。「即刻志願いたします!」潜水艦の艦内は狭い上に、暑苦しい。空気に関していうならば、二酸化酸素濃度が高すぎる上に酸素そのものが乏し過ぎる。高高度飛行に慣熟している魔導師でも、思わず呻くほどだ。酸素濃度が低い事に加えて、二酸化炭素濃度と温度が慣れ親しんだ環境と異なりすぎるのが原因である。おまけに、潜航中の艦内は薄暗くまともに日光すら浴びることができない。其れゆえに、ターニャとしてはひたすらクルーの邪魔にならない範囲で健康維持に気を払わねばならなかった。碌でもない環境極まりない。だが、碌でもないとはいえ全くメリットが無いわけでもないだろう。例えば、パンである。地上勤務で口にできるのは堅焼きというよりはブロックに近いビスケットや、耐えがたいKパン。高カロリー食を義務付けられた魔導師にKパンを増配する兵站課は、合理化の努力が欠如しているとしか思えなかった。海軍用と陸軍用で物資を分けて管理するとは統合努力の欠如した縦割り行政の極みだろう。高カロリーが義務付けられている魔導師ですら陸ではこれであったのだ。これに対して、海軍の食事は伝統的に遠洋航行を想定して其れなりの質が用意されている。中でも、危険な任務に従事する艦には艦隊司令部の配慮が施されてきた。まして、潜水艦は危険に加えて劣悪な環境である。兵士の士気維持のためにも食事は優遇されるのだ。それは今日においても、最善の努力で維持されていると言えよう。なんと潜水艦のパンは、ライ麦パン。そう、純正のライ麦パンである。このご時世、滅多にお目にかかれないどころか、存在を陸軍では疑っている種類のパンである。しかもパターとジャムをたっぷりと。おまけに缶詰とはいえソーセージとジャガイモを存分に。慣れないと若干厳しい缶詰とはいえ、塹壕職に比べれば全てが天国である。まあ、艦内の空気はありえんので術式を起動して浄化してはいるが。「…まさか高高度用の酸素生成術式と、火力制圧下の有毒ガスを想定しての濾過術式を起動する羽目になるとは。」呟きつつも、艦内環境が頗る良好になるので艦長から直接感謝され、特配まで有ったのは素晴らしい誤算だった。南方大陸戦で一時乗船した時の潜水艦もそうであるが、ともかく潜水艦内の空気は酷い。潜航中は外気へのアクセスがシュノーケルに限定されるために特にそうだ。食事だけが楽しみなのだろうかと言えば、そうなのだろう。私だって、潜水艦で鉄条網やらスウェーデン蕪ばかり食わされれば我慢の限界になるというものだ。とはいえ食生活が素晴らしいのだから一先ず現状には大いに満足である。食っちゃ寝し、戦時下の帝国では本来望みえないまずまずの食生活。なにしろ員数外の人員なのだから、仕事も何もせずに好きなだけ休暇を満喫しているようなものである。戦争行為に加わらないと言うだけで、ここまで穏やかな心持になれるとは。遺憾ながら、最近の自分は心に余裕が無かったのだろう。まさか、潜水艦で人間性の回復を実感する羽目になるとは。世も末である。やることもなく、さりとて怠惰な生活を楽しむこともし難いターニャにとって時間を如何にして有効活用するかだけが問題だった。とはいえ、戦中であり思索に耽るにしても限度があり、かつ艦内文庫は既にあっさりと読み終えてしまっている。チェスでも楽しむというのも悪くはないが、艦内で他にすることがなく兵員らによって既に使用中ときている。さて、どうしたものだろうかと余暇を持て余しつつある時、若い水兵の遠慮がちな声によってターニャは思索を遮られる事となった。「中佐殿、申し訳ありません。艦長がお呼びです。至急、発令所までお越し願えるでしょうか。」「喜んで。すぐに行こう。」彼の艦なのだから、呼び出す程度の事は当然の権利だろう。加えて、暇を持て余していたこともあり、ターニャとしては断る理由が無かった。儀礼以上に手際良く発令所まで駆け、すぐに計器を注意深く観察している艦長を発見。「起こし頂き申し訳ありません、中佐殿。」「かまわんさ。なにしろ、単なる便乗者の身ではやることもない。」寝転がっているだけで、三食が比較的まともに出てくる環境。空気と騒音、それに艦内温度の問題があるとはいえ対処出来ないものでもない。術式で産み出せない食い物に比較すれば、全て対処可能なそれだ。正直なところ、申し訳ないほどだ。忌々しいコミーの働かざる者食うべからずの精神は気に入らない。が、基本的に給料分仕事をしようと思うのは当然の義務なのだ。まあ、これまで散々もらっている分以上に働いているような気もするのであるが。散漫な思考になりがちな自分に、潜水艦病かと疑いつつも意識を切り替えたターニャは本題へと切り替えた。「それで、何事が?」「本国からです。ご覧ください。」差し出された電報は、士官用。既に主力艦隊は封鎖された港に閉塞されており、潜水艦や魚雷艇のみが港から出ているような状況だ。わざわざ無線で流すという事は其れ相応の案件の告知に違いなかった。そして、ターニャや艦のクルーにしてみれば本国から発せられる電報如何によりて行動を決せねばならない立場である。発令所内の人間にとって、緊張しきった顔を意図的に自分の担当する部署に向けつつも、聞き耳を立てざるを得ない状況である。だが、それらの感情を他所にいとも造作なく通信文に眼を通したターニャはこれといった感情の変化を見せることもなく肩をすくめて見せた。「拝見しよう・・・、『赤ひげおじさんの子供が、ビスケットを分け合ってお昼寝中』?ふむ、これだけかね?」「はい、現時点ではこれだけであります。」「ふむ、了解した。」首肯する艦長に対し、ターニャは御苦労と頷き封を綴じ直す。後は、機密報として規定通りに処分すれば終わる簡単な話だ。すでに、ターニャの頭脳はもたらされた内容に向かっている。「やはり、こうなるか。」バルバロッサより、発令された状況報告。ビスケットは忌々しいブリキ缶絡み。言い換えれば、ビスケットをお友達のブリキと分け合い、お昼寝中。永眠していないという事から、まだ帝都は燃えているのだろう。当分、火が付いている間は作戦進捗状況に変化が無いという事だ。報復作戦の発動命令、並びに終戦を告げる放送もないことから作戦は順調に進捗中という事が判断できる。予定よりも前倒しを求められないだけ、マシなのだろう。「本艦に対する命令に、変更がありましょうか?」「いや、変更はない。しかし、予定通りにアルゼルチナ入りしてもらう必要はある。」緊張しつつも、どこか不安げな口調の艦長に対してターニャは特に表情を変えることなく淡々と現状維持を指示。ターニャにしてみれば、少なくとも帝都が燃えている以上不安視する必要はないのだ。戦闘をゼートゥーア閣下が維持し続けている間は、少なくとも終戦による状況の予期しない変化は避けうる。それで、最低限度の必要条件は満たせた。加えて、ビスケットを分け合えているという事から、戦後のためのフレームワークも形成しつつあることは自明。後は、時期を待てば勝手に鉄のカーテン演説が出てくることだろう。必要なのは、少なくとも、終戦までに行動の自由を確保できる環境に入ることだ。終戦し、兵士らの里心がつけばシージャックすら検討しなければならない。潜水艦という機械を動かす専門家ら相手に、それは非常に不愉快な仕事だろう。おまけに、力づくで強制して仕事をさせた後は機密保持のために色々と面倒なこともやる羽目になる。それは、ターニャにしてみれば資源の無駄遣いも良いところである。「了解です。航程自体は順調なので、余裕を持って到着できるかと。」「結構。よろしく願う。」故に。自分達と、彼らの相互利益を思いターニャは艦長に願う。無事にタイムリーに運んでくれ、と。「はっ。」「部隊の展開。迅速にだ。」「了解、大尉殿!」目標のポイントに到着。到着後、速やかに展開するべく部隊の兵が動き回る。双眼鏡で其れを確認しつつ、間にあいそうな事に安堵しグランツ大尉は息をようやく吐き肩の荷を下ろす。油断する訳ではないが、ぎりぎりの綱渡りを何とか成し遂げたのだ。バルバロッサ作戦に選抜され、以後は死者となり司令部直轄となり一ヶ月。ニヤニヤ笑いながら、戦場へ突撃していく戦争に関してだけは誰よりも信用できる上官から本国駐在を命じられた為だ。きっと碌でもない事になると覚悟していたが、現実は想像を凌駕するらしい。本国残留命令以来、帝国軍グランツ魔導大尉はひたすら奇妙な戦争に従事していた。初めの東部で包囲されている突出部支援のため封鎖突破戦を支援する作戦は、極めて理解がしやすいものだろう。実際、軍籍を消す前も度々従事していただけにグランツにとっては手慣れたものだった。友軍援護だと言えば、誰だろうと軍人の仕事だとすぐに納得できる。次の仕事は、秘密裏に交渉を行うべく派遣される高級軍人の護衛だった。公式には、存在しないことになっている終戦のための密約。故に、意図的に連合王国が設けた防衛線の穴を通過するにしても偶発的戦闘は十分にあり得る。その護衛と言われれば、少なくとも必要だということくらいは理解できたし納得しうる。表向きは、敵戦線の強行偵察と銘打たれた彼の部隊が赴くことも至極当然だろう。だが、その次からは一般的な軍人としては判断に迷わざるを得ないものとなった。死者として生者を送った帰路、連れ帰るのは帝国軍の軍装を纏った合州国軍の作戦参謀である。曰く、双方の情報交換のために彼を往復させろとのこと。連れ帰れば、連れ帰ったで今度は打ち合わせを終えた将校を秘密裏の会合地点まで護衛である。しかも、目立たないように第三国経由でやれとのお達し。偽造した旅券が堂々と発券され、あっさりと越境できた時点でグランツも嫌々ながら常識とやらを投げ捨てることにした。その後は、バルバロッサ作戦に対して潜在的脅威となりえる親連邦派将校や共産主義者をどさくさにまぎれて暗殺である。時に依っては、連邦軍の軍装で作戦行動を行わされることすら有ったというのだから、始末に負えない。結局のところ、複雑に敵味方の境界線が曖昧になった戦域において信用できるということは『絶対的』な価値があった。その信用に際しては一切合財の世間的な評価基準というものが無意味となりただ、実力と実績のみがモノを言う。この万里霧中に等しい戦域では、敵か味方かわからないという事は、少なくとも味方ではないのだ。そして信用してくれと言って、信用されるのはなかなか難しいモノ。栄えある帝国軍、魔導士官という名誉と社会的地位だろうともほとんど無価値。バルバロッサ作戦司令部は、ただ、行動で持ってのみ価値を評価していた。それは、祖国に有益か。あるは、祖国にとって有害か。言い換えれば、悪名高き防疫官を自ら任じていた。『実力をもってして自らの価値を証明せよ、できなば去ね。それすらもできねば、今死ね。』戦闘団長殿が口癖。泥沼の東部で使いモノにならない糞ったれの新任どもへ吐き捨てた一言。士官学校出の若造が抗弁した瞬間に、無価値だと見なして吐き捨てた一言。だが、今になって思えば悉くが合理的だ。戦場において、弾丸は軍歴を、階級を、勘案しない。これほど公平で平等かつ最低な空間。覗き込んでいた双眼鏡を下ろし、溜息を吐きつつグランツ大尉は器用に肩をすくめる。20代前半と言われても、前線経験が無い人間には理解し得ないほど疲れ切った顔に浮かぶのは納得のそれ。結構だ。そうとも。それで、結構なのだ。グランツとしても、そう判断せざるをえなかった。ここまでくれば、仕事ぶりで実力を証明するほかになしというのも良くわかる。なにしろ、今度の作戦行動は陥落間近の帝都支援を放り投げての“外交的協調”とやら。部隊を指揮する立場に立ってみれば、非常に厄介な問題が複数転がっていることを嫌でも意識せざるを得ない。当然、その生存戦略は余裕が消失した鋭利なソレにならざるを得ないのである。つまり、嫌でも判断基準がデグレチャフ閣下のそれに近づくのが理解できるというものだ。与えられた命令を遂行している限りにおいてと、自ら判断して目標を設定するそれは段違い。政治的目的と軍事的目標の追求などというのは上から命じられて初めてようやく理解できるというもの。まったく、世界というのは悪意に満ち溢れすぎていて、それが日常だと理解するには人生が短すぎるというものである。「グランツ大尉殿。部隊の集結、完了いたしました。」「御苦労、軍曹。連中はどうしている?」意識を切り替え、グランツは作戦行動の進捗状況に気を向け直す。部隊を展開し、命じられた戦術目標を追求するのは容易だ。だが、戦略目標を達成するために行動せよと命じられるソレは想像以上に難しい。そして、戦略のために非常に厄介な戦術を行わされる部隊の指揮官に油断や余念は致命的だった。ほとんど無理難題を戦略上の必要性から達成するように、物事の道理を捻じ曲げて命じられているのだ。「すでに、デントルマルクを進発済み。合流は、14:00を予定しております。」「よろしい、合流まで極力発砲を控えさせろ。此処まで来て、おじゃんにする訳にはいかん。」故に、やや緊張した彼は口を開き戒める言葉を言わずもがなでも口にしてしまう。無論古参兵らからなる戦闘団の一部だ。恐るべき戦闘団長殿の統制から外れた程度で、浮足立つほどウブな神経は東部で摩耗しつくしている。だから、口にしたのはほとんど自分の不安交じりの心情だろう。だが、おじゃんか。まさしく、戦闘団長殿が苦笑い混じりに仰ることが理解できるというものだ。ようやく成し遂げようという場面において、崩れるというほど理不尽なものもない。「了解いたしました。」「しかし、何たる皮肉か。」「やはりライミーとの共同作業はお気に召しませんか、大尉殿?」「好き嫌いは、克服済みだ。ラインの塹壕で好き嫌いなど言っていれば、敵より先に閣下に教育指導を施されたんだぞ。」思い出すだけでも、口の中が苦々しい。おまけに妙に印象に残ったためか、最初に吐いた時の胃液の味まで思い出してしまう。酸っぱい上に、野戦場でみじめに嘔吐した記憶など最悪の記憶以外の何物でもない。だが、碌でもない初体験だったのだ。悪意の神が微笑んでいたとしか思えないほどに最悪だった。もしくは、悪魔に祝福されていたに違いない。最初の処女はよりにも寄ってラインで、シャベルで敵兵の頭をガツンとだ。あの塹壕線を這いつくばって動きまわり、敵の壕に飛びこむと言う狂気沙汰とセットで、である。平然と夜間襲撃なり敵地侵入なりをピクニック感覚で出かけられるようになった今ですら、上官の神経が信じられない。そのあと平然とオートミールを啜れる上官らの精神を疑わない方がどうかしている。生温かい敵の頭部を蹴り飛ばし、その足で食堂へ入るなど耐えがたかった。隣で吐いていた自分は正常だったと思いたい。だが、食べねば次の出撃に響くという理由で教育的指導が入ってくる。よしんば、それでも食べなければ規定量に空き足りない古参の出番だった。彼らが眼の前で食事を取り上げて食べた挙句、空腹のまま再び塹壕待機となるのだ。嫌でも食べ無ければ、力尽きていたのは間違いない。そして東部に至ってはそれ以上の過酷な環境である。レーションどころか、糞ったれのKパンより悲惨なKKパンを碌に濾過出来もしない水を生のまま流し込まなければならない戦場。術式で濾過しようにも、反応で位置が特定されるために制圧下では耐えざるを得なかった。下痢と嘔吐に苦しまなかった兵隊がいるとすれば、今は公的にはお亡くなりあそばしたデグレチャフ閣下ぐらいである。閣下ならば、ライミーだろうがなんだろうが、ニコニコ笑って握手すらやってのけるに違いない。「その通り。何より共同作業も、ライミーにしては悪くない提案だ。」「は?」そして、今のグランツにとってはライミーの提案は愉快な笑える部分すら含まれている。気が付いた時は、本当にライン以来の古参兵ら同士で大笑いしたものだった。あの国は、食事がまずいのを誤魔化すためだろうが、ジョークのセンスが冴えているらしい。「軍曹、君はいつからだ?」「南方大陸からでありますが。」「ああ、なるほど、ならば知らない訳か。」剣林弾雨で笑って遊べる狂人どもの生え抜きしか知らない事実。それを知っていた連中は、全員が全員死にたがりですら口をつぐんでいたのだから南方大陸組は知らないのだろう。機密が保持されたことを喜ぶべきか、部隊内でそれほど畏怖されている事実を閣下に伝えるべきか微妙に迷うべきなのはわかる。だが、グランツとしては何事も災いが惹き起こされていなかったことを言祝ぐ気持ちの方が強かった。「冗談でも、ご本人の前で口にするなよ?その時は、殺される方が心温まる程凄惨な未来を約束してやるぞ。」「心します、大尉殿。」「…閣下は、大変食いしん坊であらせられる。自分の獲物には酷く執着される方だ。なにしろ、成長期のままだからな。」ライン時代、戦闘団長の悪食ぶりを皮肉って当時の古参兵が冗談で口にしたそれ。結果的に、その当事者は口にするのもはばかられる修正を受けたものだった。もちろん、修正は規則順守というごくごく真っ当な観点からだろう。だが、あの戦闘団長殿が神がかった眼で、神とやらを讃えながら宝珠を構えて惨劇を惹き起こしたことは今でも思い出したくない。「…なるほど、戦闘団長の獲物を掠め取る!まさに禁断の喜びですな。」「後が怖いがな。ワッハッハッハッハッ!」言うまでもなく、やろうとしていることは恐ろしい。気が付いた時には、笑うほかなかった。なんと、閣下の獲物を横取りするということではないか。しかも、よりにも寄って、あのライミー共との共同作業によって。まったく世の中というのは不思議にできているものだった。「なるほど、確かに!」「だが、禁断の果実だぞ。間違いなく、絶対に美味に違いない。」獲物が獲物なのだ。さすがに、耐えるのはしつけられた猟犬をしても耐えがたい。戦闘団長殿には、誠に、誠に申し訳ない。だがグランツとしても怨讐が積もり積もった相手でもある。「仕方ありませんな。補給が途絶えがちで空腹なのですから。」「良く言った軍曹。その通りだ。」笑いながら、頷くとグランツは配置に戻るように軍曹に促しつつ期待を込めて密かに嗤う。「お手数だが、閣下に置かれては兵站部に苦情を申し込んでいただくほかにあるまい。」あとがき後で、コメント等対応します。ご容赦を。2017/1/29 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